かっぱ 2015-10-08 14:54:24 |
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(鼻を啜るように短くスンと息を吸い込めば夕暮れ時の切ないが美しいこの短い時だけの特別な少し肌寒い空気が鼻腔を擽り、この秋の香りの中混じるように現れた彼は何処までも現実味が無い自分で形容するには聊か頂けないが奇人である自分の事を目の当たりにして尚自分と離れたがらないその要望に頭痛すら覚えて。チカチカと目の奥が痛くなるような案内役に露骨な程嫌がる表情を浮かべれば「善人になりてぇとも思わない、最高の持て成しを受けるには教養が足りない。よってお断りだ」吸い込んだ息をふーうとため息交じりに長く吐き出して、然し相手の身分が相当だと言う事はその身なりや先ほど提示された金額から嫌と知っており「今の時間じゃ見つからないようにと言うのはさぞ難しいダロ。もう少し、そうだなァ…せめてあの忙しない男達が見えなくなるまで、――焼け爛れたみたいに真赤な夕日が消えるまでこの家を貸してやるよ。」相手に向けていた伏し目がちの瞳を移動させるように顔ごと少しの日差しを与える幌の隙間に向けて、別に彼を送り届けたって構わないが考えを繰り返す度にそれは無謀だと知る事になり、自分が外を出歩けば悪い意味合いで嫌でも注目を浴びる事など百も承知だからこそ暗くなるまでの時間潰しを提案して)
あれもこれも駄目。まるで縦に揺れる事を知らない振り子時計のようです。もしも俺だけに振り子時計になってしまうなら酷く傷心する。
(遠慮なのか懸念なのか若しくは利害打算でもしているのか全く肯定を見せず、常に高潔なものを見るような瞳でそのくせ何かに引き気味な様子に段々と相手には烈士が無いのかと疑いを持つ程。悉く提案を下ろされると眉を寄せしかめっ面で不満を露わにさせ。最早詫びる為の理由はいつの間にか単なる勝手な都合の押しつけとなっている事を理解せずに毒づき。無理強いする程の面識はない故にこれ以上咎める事はせず渋々後方へと下がり今一度ぐるりと天井から壁の隅々までを見渡し太陽の色に染まる調度品を眺め。「それじゃあお言葉に甘えて陽が沈むまで屋敷内を探査してきます。沈み切れば何時の間にか消えているでしょう。ここに来る”理由”が無ければ二度と目にする事もきっとない、貴方が外に出る事もきっとないのだから。」あえて相手の死角へ自然と周り込めば、今まで不満だらけの顔付を一変させ悪だくみに生き生きとした瞳を細め。再び相手の視界へと戻る時にはしかめっ面から寂しげな面持ちに移り変わる一連を見せつけあからさまに肩を竦めるなり、早々踵を翻し風を切るが如く颯爽とその場から立ち去り。置き土産として埃塗れの棚には学生帽を、部屋の外には自らの学生書など収納された財布を。相手がこの二点に気付いた時、動揺に蝕まれるか不愉快で終わるかは今後の楽しみにとっておき、暫くの間は屋敷内を探索、その後翌日の展開を楽しみに幽霊屋敷を後にし)
(これ以上手を伸ばして近づいてしまっては後戻りが出来なくなると解るからこそ自制する為にも相手の願いを悉く断り続けていたが、結果として名残惜しさを与える様な不貞腐れる幼子の様な表情を相手が作るのだから自分が悪い事でもしている様に錯覚をしてしまう。結局はその相手を硝子越しに見るように顔を背ける事で自分の中に生まれる罪悪感を無理やりと押し込め掻き消して、開いた時と同じギイと言う古びた音を立てて相手が立ち去るまで背けた顔を戻す事は無く扉が閉まり切る音を聞くのと同時に体の力が抜ける様子でフーと長く息を吐き出して。別段緊張していたわけではないが聊か何とも形容しがたい疲れすら感じていて肩から力を抜いたまま暮れる町をボーと眺めつつ、先ほど相手をこの腕に抱いた感触を余韻のように思い返し。艶やかな黒髪は清潔感のある石鹸のようで、あれは香水も有るのだろうか、爽やかな柑橘の香りが入り混じるようでずうと嗅いでいたかったと思わせて何よりも触れている個所から広がるように自分の体までぽっぽと暖かくなるその不思議な現象は初めての事だったと思う。願うなら、ずうとこの腕の中に閉じ込めておきたいと熱を持った脳みそが正常じゃない考えを浮かばせる程に相手は魅力的な男性だったと、再び先程まで彼が居たその場所へ顔を向ける。凛と澄ました表情だけではなくあの整った顔はどんな表情を浮かべるのだろうか、その変わる表情を成長途中である証の学生帽は焦らす風に隠すのだろう。そう、あの学生帽が――「!?」記憶の中の学生帽を連想する途中で今までは無かったものがそこに有る現実に気付きガタン!と跳ね起きるように椅子から体を起こしその場に近づく「何で、」ギョと見開いたままの眼球にその学生帽を映せばそれを手に取り付いてしまった埃を指先でパッパと払う様に動かし眉を下げ八の字に。今直ぐ追いかければ間に合うかもしれないと扉を開けば今度はもう一つの置き土産、それによりこれが彼の策だと知る。癖のように頭をガシガシと引っ掻くと落ちている財布を拾って何か手掛かりはと中身を開いた所で出て来る学生所、「浪花津、千。」誰も居なくなった慣れた静寂の中その名前を呟くとその苗字が誰だって知ってる有名政治家の名字と同じだと言う事に納得をする。あぁ、どうするか。と頭を抱えたがコレが無ければ坊ちゃんは困るのだろうと言う事も重々承知で今度は不思議な気持ちを抱えている事に気が付いた。外に出る億劫な感情、それよりも今し方思い出として消そうとしていた彼に再び会えるかもしれないのだと言う現実に重湯を飲んだ時に似たポーとする感情も沸き起こる。外出用のストールを首に巻けば山高帽を目深に被り、学生帽と財布を紅葉色の布で包んで抱えてもう片方の手に黒塗りのステッキを持ちそれをズル、ズルと引き摺り外へと出て。すっかり星がチカチカと煩く輝きだした道を頼りない足取りで歩むとこれが人の多い日中じゃ無くて良かったと心底思いこの周辺では有名な大屋敷に到着して。いざ到着すると今度は如何したものかと考えが至らずに身分が違い過ぎるその場所にただ只管と圧倒されて逃げ出したい感情に駆られ、右へ左へ右往左往とウロウロするのを繰り返し。傍から見れば不審者そのものと佇まいでキリキリと胃が痛くなるのを覚え顔色を真っ青とし)
(追わせるには十分な時間を与えた筈、後は時の流れに任し自身は帰宅するのみで人々の注目を集めないようにうる覚えな人通りの少ない帰り途を辿り。幾ら空が変わらず見る景色であっても、眩い星々を眩ませてしまう都会の街の灯りは見慣れぬ街並みを艶やかに映し出している様。疾走する産業の発展に期待を抱くのと半面、父の関連する内訌が近付いて来ているようにも感じられ一括りで良しとは云えない時代に黙す事しか出来ない歯痒さにただ苦笑が洩れるのみ。いずれは背負うべき立場と責任に何故だか息苦しく、気が付けば今日会ったばかりの幽霊屋敷の住民の姿を思い出し。それは帰宅しても尚思い起こされる記憶となり、結局使用人に咎められる羽目になってしまっても、相手は置き土産を己を抱き締めた腕で大事そうに握り締めてやって来るのではないかと込み上がる期待が後を尽きず。己を目の前にしてもお堅い頭を下げず白々しい畏まり方もしない男、浮世離れした愉快な人に出会ってしまった、甘い現実逃避だと理解していながら不意に見上げた廊下からの窓の外。門の前で立ち往生する人影に気付くなり、身を翻し呼び止める使用人の言葉も耳に入れずに真っ直ぐ裏庭へと向かい。「夢前さん!」子供の背丈程度に造られた隠し扉から身を屈めて脱出し、顔面蒼白した相手の元へ駆け寄りながら拙絡みついた表札から見つけた単語を口にし。少し乱れた前髪をそのままに相手の手首を掴むなり先程出て来た隠し扉の中へ相手を押し込み。裏庭へと到着すると今度は人目に付かない草叢の背後側へ誘導させ「こんなに早く来て下さるとは思いませんでした。後、こんなにも不用心な方だとも。」海外のセキュリティシステムを導入させている造りで既に相手の存在は屋敷の中の一部では門の前に何者かが行ったり来たりしている事を知られており警戒体制に入る直前で。そんな言葉を発する表情には小さな笑みが浮かべられておりくつくつと声を押し殺しながら笑い声を零し)
――ひ。(肋骨の下あたりにキリを使い小さな穴を開けられているような痛みは絶えず巻き起こり、ステッキを持って来て良かったとそのステッキに体を添えつつ改めて思い直す。ジンワリと嫌な汗が額に滲み始めるころには弱い電流に触れているかの如く指先にピリピリとした小さい痛みが痺れとして表れて、本当ならば落とし物を届けに来た事を素直に告げてそれでも何か追及を受けたなら今し方起こった事を説明すればそれで終わる話なのだがあと一歩その積極性に足を踏み入れる事が出来ずにこうも近くまで来たことが無いその屋敷に全てを圧倒されたままで。すると唐突に自分の名前を呼ぶ声が風に乗り耳に届いた為、驚きに心臓が高鳴り気圧されたように息を吸い込んでギョと目ん玉を見開いて其方へ顔を向けて。其処からは流れ流されるように目まぐるしく展開が進んだため記憶は薄く気付いた頃には自分が居てはいけないと誰が見ても理解が出来るその場所に居ると言う事に再び顔色が悪くなり。状況把握をしようと周囲に目を向けても自分の目を奪うのは今まで出会った誰よりも比べるのも烏滸がましい程の魅力を持つ、それであり事の発端であるその彼で、加えて彼が笑いを零すものだから居た堪れないとやり場のない感情を持ちグ、と言葉に詰まり悔し紛れと持ってきた紅葉色の包みを押し付けるに近い動作で差し出して「朝が来る頃、之が無けりゃ困るのは坊ちゃんだろ」先ずは此処に来た尤もの理由を述べ、落ち着かせるように冷たい酸素を頭に送り。不器用な笑みを口元に浮かべると潜める様な声で「――奇遇だなァ?、俺も坊ちゃんがこんな無茶をする悪戯坊主だと露ほど思いはしなかった」そのまま力の籠らないそんな指先だが相手の顔元へ手を伸ばすとバチンとその額に指を弾かせるようなデコピンを与えて、そこで漸く自分らしくない行動にく。と喉を鳴らすそんな小さい笑い声を零して)
そうそう此れがないと一大事です。ふふ、何処で落としたんだか、…痛ッ!
(諂う事無く笑ったのは何時ぶりか、己でもそう思う程自然に出てしまった声に内心驚きさり気なく口元に手を遣って人様に見せるべきものでは無かったと訂正を加えつつもりで一笑。しかし自身の驚きを上回る出来事は相手から訪れ。それは此れまで笑う事すら忘れていたような負を纏った姿に常に青白く表情の変化が乏しい上、埃に埋もれたまさか男が笑い声を零した事。小さく隠された声でありながら、苦笑の混じれた声からは親しみ易さが感じ取れる。惚けた振りをしつつ早速指摘しようとした刹那、風を弾く音と共に額の中心部分一点に衝撃が走り突発的な反射で両目を固く瞑り。そしてじんわりと広がる地味な痛み、決して飛び上がる程痛い訳では無いがそうでない訳でも無い。詰まる所諂笑に変わり、指先で個所を摩りながら珍しい光景を焼き付けるが如く笑う瞳をじっと眺め。「ほら、ね。やっぱり外に出た方がいいでしょう?髪だって月明かりに染まってとても綺麗だ。此処だと星は見えないけれど、さっきよりずっと貴方の顔を見る事ができます。」軽く咳払いをし身を引き締め姿勢を正すと瞳を捉えたまま、相手の瞳を覆って見せぬように隠してしまう前髪に指先を触れさせそっと開き、瞳へ月明かりが差し込むように仕向け。やはり濡れ鼠の様な格好の下は女房の一人や二人、いてもおかしく無いような整った顔立ちで。唯一惜しいのが不健康さを露わにさせる隈。此れさえなければ身に脂肪が付いて無くても顔だけで乗り切れる筈だろうに、前髪を分けていた手を離したのはそれらの考えが最終的な答えを出してしまったから。もう少し我儘に付き合わせ話し相手にさせておきたい。そんな欲が脳裏に生まれてしまった直後、はっと我に返って乱暴に包みを受け取るという八つ当たりめいた行動を起こしてしまい。「……、あぁそうだ。折角来てくれたんです、上がっていきましょうよ。」間を縫う為に浮かべた他人行儀な表情と態度で草叢から抜けようと手招きし)
(行ったデコピンで相手が見せる反応は大人びている訳ではなく年相応であどけない、その様子が嫌と伝わるようで何処か微笑ましさすら持ちつつ目尻の皺を深めて。しかし相手の言葉が紡がれるのに合わせて浮かべる笑みも戯れ程度、直ぐにスウと慣れた仏頂面に戻りつつその面に戻っている自覚が有るからこそ自分の顔が見やすくなったと話されれば何処かバツが悪く、瞳を伏せかけたが前髪を退けられる事で鮮明に見える彼の姿を瞳に焼き付けようと瞼は降りる事が無く。再び前髪が顔に掛かるとこちらの方が違和が無く自然と受け入れる事が出来、向けていた包みを受け取る相手の動作が今までと違い落ち着きが無いと言うかどうも慌ただしいと言うか、自分が見ていた相手の新しい面を向けられているようで驚きにも似た新鮮な気持ちを持って一度瞬きをし。その後向けられる手招きに再びヒュと喉を鳴らすと「――冗談はやめろよオ…俺みてぇなのが上がるのは失礼にも程が有る」とんでもない事を言うもんだと後ずさりをズリと行いつつ屋敷の中に踏み入れば好奇の目だけではなく怪訝な目も向けられる事だろうと容易い想像を頭の片隅で行いつつ、どうせなら彼との出会いを綺麗な思い出の一つとして持っていたいと我儘めかした気持ちのせいでそう言った横槍を未然に防ぐ為の防衛本能から引きつる表情で「マーダ、犬猫を拾って帰る方がマシなこったろう」変な動揺のせいで指先を氷のように冷たくしながらかじかむような指先は持っていたステッキをカランと音を立てるように落として)
(手招き顔色を良くして付いて来るどころか最早死人のように蒼白した顔で後退る有様に小首を傾げて今暫く様子を見つめていようと無言のまま静寂を紡ぎ。芝生の上に落ちたステッキを合図に漸く身体を動かし屈むと片手でステッキを拾い取っ手に着いた土を叩くようにして払い退け。「そう、犬や猫を拾って帰る方がマシですか。俺は貴方が良ければ、と思ったんですけれどね。これじゃあ苦しめてばかりだ」片手を取ると拾い上げたステッキを握らせるように掌を重ねて指先に力を込めそっと離し。相手を正面からでは無く裏庭に連れて来たのも、頑丈なセキュリティシステムの前でうろうろとしていた様子に使用人達が騒ぎを立てるかもしれないと嫌な予感を回避した結果で、一様に相手の思う卑下の視線が飛び交う事が無いとは言えず。少し先走ってしまったかと自分らしく無い行為を思い返してヒートした脳を冷たい夜風が冷ましてゆき。良かれと思う最善の方法は何故だか相手を悩ましてしまう、こういった洒落た作法でしか感謝を表す事を知らない故に一体相手には何をすれば喜ぶのか案を出すのが非常に困難であり無意識に包みを握り締め。「やっぱりこれ、差し上げます。売れば高値が付きますよ。俺の方は新しいのを買えば良いだけなので。」徐ろに包みから学生帽を取り出すと目の前へと差し出し。ほんのりと微笑みかけ。きっと相手は売る事は無いだろうが思い出の品にでもなればそれはそれで光栄で有無を聞く前に先に元来た道を歩み出し扉を抜けると先程とは違う道へと出て)
(ステッキを拾った彼が土を払い再び自分にそれを返してくれると遠退き掛けた意識がフワリと戻り、苦しめてばかりと言うその発言に答えないのが返事になっている自覚が有りながらも自覚が有る程に冷汗が伝う自分がその言葉を否定したところでなんの現実味も無いだろうと結局は沈黙するのみで。彼と居ると驚きが絶えない、そう改めて感じる理由は相手が自分に差し出す学帽に有り。微かに唇を開くとその唇は断りの言葉を紡ぐためにも関わらず、貰えるならば思い出を形にしてと悪い心が嘯き言葉が喉に通らず。差し出された学帽を受け取ってしまえばゴクリと生唾を飲み込んで喉を動かし、先を行く相手の手首をグイと掴んでその動きを途中で引き止めてしまえば「――それ、坊ちゃんにとったらチッポけな布切れだと思うがよ。家に置いてある中で一等品の布なもんでね。 坊ちゃんが時間を持て余した時にでも返しに来いよ」頭の中では理解している、相手を綺麗な思い出にと言う考えがいざ直面しようとした時には出来ず、ついさっき見た年相応な彼の姿が目に焼き付いていると彼の違う面をもっと見たいと欲が湧いてしまい、確実な約束はしないものの「鍵はいつだって開いてる」と彼にその気が有れば何時でも来て良いと不器用ながら自分なりにでっち上げた嘘をツラツラと述べつつか細い糸で相手との交流を繋ぎ止めようとしてしまって。なんとも自分らしくないと思い直せば掴んでいた手を離し山高帽を一層と目深に被り直して)
………勿論……!
(後は別れを告げるのみそう口を開きかけた時、冷たい指先が手首に絡み付いたのに気付いて徐々に瞳を大きく見開きながら後ろに働きかける引力に促されるまま少しも連れながらも足を止めて振り返り。最初こそ何を伝えようてしているのかが分からず何度か瞬きを繰り返して連なる幾つもの言動からその真意を探ろうとして漸く誤魔化しの中に見え隠れする本心に辿り着くと唖然とした面持ちから瞳に輝きが現れ始め。まるで夜空浮かぶ星々を瞳一杯に注いだ様に煌々とさせて感情を剥き出しに声色にまで反映され。己との別れは当然淘汰な成り行きだと思い込んだ反動で、不器用ながらにも必死に己を食い止めようとする感情の揺れが休み無く並べられる言葉の一つ一つに焦りや動悸の速さまでもが伝わってくる様、悦に入るには十分過ぎる程で三高帽によって遮られた瞳を何時までも見つめ続け。「---…是非とも家まで送りたいのだけれど、門限が決まっているんです。此の道を真っ直ぐ行った所に川があるから沿っていけば見知った街並みに出ると思います。」出会いの余韻に浸るのは此処まで、家内が騒がしくなり始め自ずと己の表情も厳しさを保ち。背中を押すようにして細道まで誘導すると三高帽の下から覗き上げる形で闇に埋もれた瞳がある位置へ視線を向け人差し指で真っ直ぐ前を指差し「それじゃあ気を付けてお帰り下さい。……また。」声色は数時間前よりも柔らかさを帯びて、背を押す掌を手の甲からゆっくりと離していき最終的には惜しむ様に指先を離す、今回の出会いが無駄では無かったのだと念を押すように背後でぽつりと呟き掛けると踵を翻して音も無くその場を去り騒ぎが大事になる前に屋敷へと帰って。)
(それはまるで資料の一つ、経験の一つと担当に連れられて見に行ったた電気館での病んだシーンのようだ、人の出会いをこの上なく美しく終わらない世界の一つでも表すように描く儚さすら有る。それ程までに相手と言う人間は人の目を奪い魅了するのだと痛い程に感じて、変わる声色その表情に心臓にてを掛けられて少しずつ握られる様な圧迫感と共に心地よさを持ち。無意識の内に目尻の皺を深めていると気付いた頃にはぽつねんと細道に一人になっていて、音を無く舞台を降りた彼に体の力がスーと抜け落ちて夢見心地、まさに桃源郷に居たのではと未だ今日一日を振り返る事でポーと頭を沸かして。今日が秋で良かったと、頭を冷やす冷風に意識が混濁するのを留まらせ。今日は少しばかり寄り道をして帰ろう、ステッキをズリズリ引き摺りながら指示を受けた通りの道を幾つか考え事をしつつ帰路に付いて。家に着く頃、頭は冷えて少しの冷静さを取り戻し今日の出来事に思いを深め欲を生み執着してはいけない、終着の見える出会いなのだから。と月を背負いながら吐息を落とし、魘される程の浅く深く不快な夢を迎えて。そうして太陽と共に働きに出るあの人この人の賑わいに自身もまた目を覚まし、そこからは飲む錠剤の量が決まっているのと同じく、何の変哲もない日常を繰り返し)
(珍しい出会いのきっかけとなった幽霊屋敷の一件から、時は直ぐに流れてあっという間に数週間が経ち。今日の空もあの日の様にさっぱりとした乾いた青色で一面を覆っていて辛うじて漂う雲もその存在を掻き消される程気持ちの良い。海外から仕入れたばかりのパリッとしたスーツを身に纏い、片手にはにはキャラメル色の革を張った手箱、今でいうアタッシュケースを持ち出会いの場所へと向かい。今は休日の昼下がり、街は普段に増して人口が溢れており洋と和が入り混じれ正にハイカラ。子供のはしゃぎ声や何処かの婦人等の笑い声、騒がしく時には多くの車が去った後に残る排気ガスで視界が曇ってしまい時代の進展と景気の活気を鮮明に感じられて良いと思う反面道路整備の行き届かない現状で信号の無い道路を渡るには一苦労。自動車ばかり活気付いてどうするんだと声に出したいのを堪え人々の視線をぐぐり抜けながら漸く何本もの蔦が絡み付き茂みに囲まれてしまった屋敷へと辿り着き。相手は自分の存在を覚えているだろうか、数日なら記憶に残るかもしれないものを既に何週間も経ってしまった。忘れているのも無理は無い、けれど少しだけでも記憶の断面に残っている事を期待して「常に鍵が開いている」と教わった屋敷のドアノブを捻ると不用心にも確かに鍵が掛けられていない事を把握し、ほっと胸を撫で下ろして。「相変わらず生活感の感じられない内装だ。しっかりと生きていてくれればいいけれど。」屋敷内は昼時でも陽を通す窓の設置が乏しい故に薄暗く感じられて、前回と同様異世界に迷い込んだような気持ちで書斎へと足を踏み入れ「……おや。寝ていらっしゃる。起こしてしまうのはあまりに可哀想ですかね」音も無く扉を開けたのは正解で静寂な室内からは小さな寝息が聞こえ、僅かな緊張をほぐし。扉の傍へと手箱をそっと置くと、うつ伏せで寝てしまっていると思われる相手の顔を上から覗き込み)
(血色が良いとは世辞にも言えない顔色に加え、頬がこけるような痩せ細る肉の薄いからだが横たわる姿は死人を連想させるほど縁起が悪く。寝つきが浅い事も有り、神経質な性分では人の気配に敏感で相手が顔を覗き込んだその瞬間にバチと反射的な動きで瞼を開き黒目に彼の姿を反射させるように一点を見つめ。起きたその先に人がいると言う事自体が信じられなければ加えて端麗すぎる、綺麗な思い出の坊ちゃんが此処に来ているなんて夢の一つでしかないと寝ぼけ頭で考えを決めつける事数秒、クと喉を鳴らすようにくぐもった小さい笑い声を上げて「やっと来たのかぁ?、――その面を忘れちまいそうになる位、待ちくたびれた」これは夢だと微睡の中で決めつけてしまえば簡単で掠る声で紡ぐのは相手の事を待っていたと言う本音を一つ、布団の中に入っていた腕をモゾモゾと動かしてから取り出して「夢ン中でも冷てぇのな」筋張る手が相手の頬をなぞる様に触れるとその顔が外から来たことを告げるようにヒンヤリと冷たかった為直ぐに逃げるようにその手は離されて、然し微睡も段々とこれが現実だと理解を深めてその動きを止める事になると今度は我に戻った様子でハと今一度瞳を大きく開き今度は体をノソと起き上がらせて「――本当に来たのか、奇特な坊ちゃんだなァ」頭がしっかりと目が覚めた所で早速口を付くのは嫌味の一つであり、その直前に相手の事を待っていたと言った身であればその言葉はなんら意味を持たないのかもしれないが、目の前に居る相手の姿をチラリちらり、と垣間見つつガシガシと力任せに頭部を掻いて)
---あ、おは……。…!
(長い睫毛が交差し瞳の下にくっきりと付いてしまったクマを程良く隠しているお陰で目が覚めている時とはまた別の無垢な一面が伺え、このまま目覚めないのかと思った矢先突如開いた二つの瞳。脊髄反射で僅かに肩を跳ねさせ数秒遅れてから言葉を紡ごうとするが先手を打ったのは相手であり己の目を釘付けで見つめる瞳に喉元までせり上がった言葉がその場で止まり。相手はこんなにも恍惚な笑みを見せる男だっただろうか、寝起きの気怠げな瞳や掠れた声は以前目にした自分自身を卑下する相手とは全くの別人。乱れた髪からは艶気すら感じられ、思わず見つめ返してしまう程。大体は同じような反応で返す故に今回のような予想を覆す一連にはフリーズしたように次の言葉が出ずに、伸びてきた腕を目で追いかけ。そして触れる熱い掌、冷えていた自覚は無いが温度差を改めて感じる事で熱を貰った頬は疼くようで漸く整理が少しずつ出来始め。自分の感情を表に出すのは不器用なのだろう、得た情報によって相手が我に返った頃には既に事を理解しており、今更になって弁解目的の嫌味を述べようと皮肉る何処ろか愉快そうにくふくふと笑い出し。「お早う御座います。まさかそんなに待って頂いているとは思いませんでしたよ。てっきりもう忘れられているかと思った。」あまり笑っているのも居た堪れなくなるだろうかと口元に手を置いて今度は薄っすらを微笑みつつ上着を脱ぎ側の棚へと掛けて。室内は外よりは冷たくは無いものの寝起きの温まった身体には悪いだろうと「確かキッチンは向こうでしたよね?紅茶淹れてきますよ、身体が冷える前に。」という体で、ほぼ勝手に部屋を出て行き以前探索した際発見した生活感を全く感じられないキッチンへと向かい。)
――ぐ、う。(相手の笑い声が何を示しているのか、それは考える事無く明確に伝わり。自分が夢だと思っていたそれらが全部現実であったと言う事とそれに伴い夢に浸る言動の情けない事と心臓を絞られるような息苦しさに言葉は詰まり、蛙の鳴き声のように掠める声を上げて眉尻を尚々と下げ。何か文句の言葉を考えているその中で相手がキッチンに向って行った為その言葉は現実になる事が無くギィと寂れた音で扉が閉まるのを見届けて今この家にまた坊ちゃんが来ているのだと言う現実に冷静さを取り戻そうと長い息を吐き出して。それからベッドを降りると慣れた手つきで小瓶を一つ取り出して、中に入る錠剤を数個口に放り込めば相手がいる現状に気分を上げ下げさせないよう、安定を保つ為の暗示を込めつつ飲み込んで。相手が来るまでは埃だらけだった硝子が貼られる木造のショーケースは今ではスッカリと綺麗に磨かれていて、その中に入る相手の学帽に眉を上げれば「――危ね」と見つかっては気味悪がられるだろうとそれに関しては今更だと自覚が有るがそれでも発覚されては気恥ずかしいと大事に扱って居た事がばれぬように学帽を取り出しては文を連ねる机の、原稿用紙を纏めて入れる引き出しにしまい込んで。来客に飲物を出させるのは聊か心が痛んだが、それでもこうやって時間が稼げたことは有り難いと目じりを細めつつ、薬を飲んだばかりだから効いていないだけか、相手が来たことを知ってからどうも煩い心臓辺りに軽く触れて)
いいポットですね、きっと美味しい紅茶が出来ますよ。---…やっぱり、唐突の訪問は迷惑でした?
(戸棚に閉まったままの暫く使われていなかったと思われる食器類は使用の機会が無いのみで質の良いものが揃えられているとの印象を受け、滑らかな質感のポットの外側へ触れ優しく撫で下ろしそのまま添えたまま熱いお湯を注ぎ冷たい表面が徐々に温かさを増してゆくのを感じて。ナンヤムの独特の芳ばしい香りに口元を緩め、トレーにポットとティーカップ、そして砂糖とミルクを付けて部屋へと戻り。瞳を伏せがちに扉を開け背を向けてドアノブを確りと閉めて改めて相手へ視点を置くと何やら胸に手を置いている模様。寝惚けていたという限り無く素に近い状態で己の訪問を待ち望んでいたと促しす発言はしっかりと脳に焼き付いている為、問い掛けの言葉に深い意味は無く、きっと肯定をしようと否定をしようと構わず先程の発言を思い出すのみだと分かりきっていて。そうしている内にトレーを机の上に置こうとした所又もや鼻を掠めるインクの強い香り。普段からインクを使っているのであれば説明がつく、トレーの上に置かれたティーカップへ紅茶を注ぎながら唇を開き「普段何か書き物でもしているんですか?それとも仕事は家へと持って帰る人で?」同時に注がれたティーカップからは芳醇な香りが部屋一体に漂い始めインクの匂いを掻き消すようで。ふと、己ばかり相手に質問をしてしまっている事に気付きそっと顔色を伺い。己からこんなにも質問を次々としてしまうのも驚きたがそれ以前に相手を知りたいと思う気持ちが今一番に驚かせており、知りたいと思う理由も分からないまま少しばかり居た堪れなくなると視線が合う前にカップへと視線を戻して心の中で静かに自身を叱咤。ソーサーを摘み側のチェストに砂糖とミルクも合わせて置くとティーカップを相手へと差し出し)
――…一個ずつ答えてやるから、坊ちゃんも一個ずつにしろよ(戻って来た相手が香り豊かな空気を纏いつつ戻ってくると戻って来るや否や幾つも向けられる質問事項の波に飲み込まれると元々勢いで来られるとそれに流されてしまう癖が有るからか、それの自覚が有る為自分を冷静にさせる意味合いを持たせつつ相手の質問の羅列を一度止めるのに筋張る手の平を指先までピンと伸ばして言葉を選び、言葉を紡ぐ前置きとしてスウと短く息を吸い込むと伏目がちの瞳を相手へ向けて「…いつ来ても良いと言ったのは俺だろ。迷惑も何もねーなァ」ゆったりと落着いた声色で返事をしつつ向けていた手の平をトンとゆっくりとした動作で下ろし、差し出された紅茶を受け取っては近づいたことで尚更香り豊かに感じる紅茶の魅力を胸いっぱいに浸り。温かい空気を顔の近くで感じてからスウと一口分の紅茶を飲み、熱い紅茶は気持ちを安らげるはずなのにどうも心臓は忙しなく落着く事を知らないようで、そんな動揺を少しでもと抑え込みながら「夢を書くのが趣味なんだよ。夢が浮かんだらそれを紙に記すんだ」嗜んだ紅茶を机に一度置いて、机の上に広がっている原稿用紙の一枚に一指し指をツーと滑らせてからトントンと紙を叩きつつ言葉通りに相手からされた質問に対して確りと答えて
そう、言ってくれると思いましたよ。
(広がる掌の指の隙間から見える相手の顔が腕を下ろす行為によって改めて鮮明に見る事となり。僅かな不安を吹き飛ばし、期待をしていた言葉が実現すると決して感情の全てを表に出したりはしないものの満足気な面持ちは自然と浮かび。相手より二三歩離れた位置で立つようにして、己の紅茶にはミルク少量と角砂糖二つを投入し熱に溶かす為スプーンで滑らかな動きでかき混ぜ。と同時に原稿用紙へと視線を落とすと瞬きを繰り替えし「夢を書くだなんて、貴方は本当に風変わりですね-----例えばどんな?とても、見てみたい。」夢など睡眠の一部で目覚めてしまえば一日の内に何の支障も無く忘れ去られて、また繰り返されていくものというだけの認識を一気に興味の対象に持っていかれたのは当然初めてであり、発想の転換には思わず息を呑んで。一口も口をつけていない紅茶を一端机の上に戻し前回は深くまでは見る事の無かった机の上のものを今回は遠慮なく見下ろして目で文章を探し)
坊ちゃんが思う様な面白い事なんざ何一つと残ってなんかいねえからなぁ? (目の前の彼の視線を点線でなぞる様にツーと追いかけて行けば話の流れから当たり前だがその先には自分の机が有り、別段見られて困る物は無い。なんだったら見られて困る物は今し方バレてしまわないようにと隠したばかりだとその安心感が人の気を大きくするようで肩の力を抜いては先ずは前置きひとつと言う様子で捻くれたそれを告げ、「言葉の通り、その日に見た夢を忘れちまわない内にメモに残すんだよ。そうすりゃそれは記憶の欠片として残ンだろ、今度はスッカスカの骨みたいなそれに現実味を与えて肉付けして少しは見れたもんにして残すだけだ」なんとも自己琉な掻い摘む説明を行ってから一拍、そうしてそのまま数秒の沈黙の間を残すとバツが悪そうに自分の唇の端を指先で軽く掻き「あ゙ー…なんだ、その。 よもや本当に坊ちゃんが此処に来るなんざ思って無かった、もし本当に来るンだったら素敵な菓子の一つでも準備したかったなァ?」本当に思っているのかは定かじゃないが、会話処か人付き合いすら上手に出来ない自分が少しでも相手の事を引き止めたいと思う人間の欲深さをヒシヒシ感じつつ、相手の周りにいる人間は老若男女問わずに確実に彼の興味を引く会話がさぞや上手なこったろうと相手が紅茶に垂らしたミルクのように自己嫌悪染みた感情がヒタリと垂れ広がって)
小説家がやり兼ねそうな思想ですね、どんなものであれ文体は好きですよ。書籍は勿論、英文も面白い。
(拝借を軽くは伺ったものの何も触れる事が無かったのはそれなりの理由とプライベートな事情故だと解釈し、無理強いをせず一旦は身を引いて原稿用紙から顔は下を向けたまま瞳は被さる前髪の間から相手を一瞥し。読書を越えなく愛するといったら捏造になってしまうが、勉学の面では大きく関わりのあるものでそれこそ物語は無くとも英文書がかれた羅列を解読し理解を深めていくのは実に爽快であり一日中読み更けても良い程で。まさか相手は名の知れた小説家だとも知らず、押し付けがましい下りを語る瞳は煌々として単調な声とはかなりのミスマッチであり。そうこうしている内に何やら惜しげな表情を浮かべている事に気付き分かりやすく小首を傾げ「俺が此処に来る度にそんなものを用意するおつもりで?---…インク臭い部屋とそこから見える景色夕陽さえあればそれはもうご馳走となんら代わりはありませんよ、菓子よりもずっと価値のある事です」自己の満足を満たす為なら勿論の事有難く受け取るつもりだが、己を見上げて気を遣っているのであれば当然肯定する事なく肩を竦め。自らを卑下してしまう事が日本人らしさの謙虚さというのか、それにしてはマイナスに傾きがちの思考をひっくり返す為には両手を取ってまずは立ち上がらせる事から始まり)夢を記録する、おかしな夢前さん。尊敬と感謝の意を込めて貴方を先生と呼びたい…!
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