YUKI 2015-09-20 23:21:52 |
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【第一章『目覚めの森』】
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何かが、背中の上で動いている。
起き上がって目を開くと、目の前にリスがいた。
「う、うわわっ!」
僕は慌てて立ち上がる。けれど、目の前のリスは動じない。何だこいつ?
「……ここは……」
視線をリスから外し、周囲を見回す。
辺り一面、木と草だらけの森だ。僕以外、人は見当たらない。
「一体、何なんだ……?」
僕はさっきまで研究所にいたはずだ。
そこで«永久不滅の結晶»(エターナル・クリスタル)の次元共振実験の最中、原因不明のシステム暴走が発生し、反次元暴走を引き起こした。
メインジェネレーターのエネルギー総量が測定不能の臨界値まで上がったことから、きっと高い次元レベルで歪みが発生しただろう。そこにエターナルというトリガー的存在があったため、何かしらの現象が起こった、という感じで何かがあったのだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
………だってそうじゃないとここが天国になってしまう。
「それだけは嫌だなぁ………」
今年で17歳になったばかりの僕には、天国はまだ早すぎる。というか、『遅かれ早かれ』でも、天国なんてお断りだ。
「はぁ……天国なんかじゃありませんように……」
半ば本気で祈りつつ、歩き出す。
まずは、この森から出なければ。どれだけ広くても、じっとしてるわけにはいかない。何事も前進あるのみ、だ。
それに、せめて川か泉くらいは見つけなければ、喉が渇いて死んでしまうだろう。
食料は木の実や何かを見つけたられればいい。幸い、植物の知識はそれなりにある。
「全く……本当に何が起こったんだよ……」
着ていた白衣を整えて歩き出す。
すると、ズボンに何かがしがみついてきた。
見てみると、さっきのリスがいた。
「何だ?一緒に行きたいのかい?んー………ま、いっか。ほら、おいで。」
僕が手を差し出すと、リスは一気に肩まで登った。
「さて、行くか……」
こうして僕は歩き始めた。
どこかわからない森の中で、とにかく生きることを最優先にして。大袈裟かもしれないが、この森の雰囲気がそんな考えをさせる。
一体、どれだけ歩けば森を抜けられるだろう……?
◇ ◇ ◇
………マジでどれだけ歩いただろう?
一時間か、二時間か。もしかしたらそれ以上かもしれないし、それ以下かもしれない。
時間の感覚が薄れると共に、とうとう限界が訪れた。
「ぐはぁぁ~~~……もう無理ッ!も、もう死にそ……」
とにかく喉が渇いて仕方ない。
研究所で水分補給をしようとしたときにあの騒ぎがあったから、まともに水分補給できていない。
そんな状態で長続きするわけがなかった。
あのときしっかり水分を摂っておけば良かったと後悔するが、後の祭りなので意味がない。それに、誰がこんな状況になることを予測できようか?できるなら神様か、それともこうなることを事前に知らされている人だけだ。
「あー………うー………」
そろそろ本気でまずい。
身体が急激に重くなり、その場に大の字でうつ伏せになる。
もう指先一本動かせる気がしない。
真面目にヤバイかもしれないというか確実にヤバイ。もう眠いし。多分寝たら本当に天国生きだ。ここが天国じゃなければ。
ああ、うん。ダメだ。眠い。疲れた。
もう無理に決まっている。
諦めよう。
そう思って、目を閉じたそのときだった。
「………大丈夫?」
「………………ぇ…?」
僕は目を開き、そして見た。
日の光に照らされて、白銀に輝く美しく長い髪をした、美しい少女を。
「……て……天、使……?」
◇ ◇ ◇
沈黙。
私は、足下に大の字で転がる男の人を見下ろす。
男の人は、白衣に、赤いフレームのメガネをしていて、黒い髪は短い。
多分、研究所にいた人間だろう。
男の人の頭の上には、何故かリスが一匹乗っかっている。リスは、私が近づいても逃げなかった。この人のペットだろうか?
それはまぁいいとして、男の人をよく見てみる。唇がかなり乾いている。多分、脱水症状だ。
「ちょっと待ってて。」
着ている白衣の内側から、ステンレス製の平たい非常用の特注水筒を取り出す。
男の人を起こし、口許に水筒を運ぶ。
中身はすぐになくなった。
少量だが、症状は多少良くなるだろう。
何せ中身はスポース飲料だから。
男の人は、喉が潤って安心したのか、眠ってしまった。
かなり疲れていたのだろう。
私は男の人に白衣をかけて、近くにある木の下に座った。
一旦、今の持ち物や状況を整理しよう。
まず、ここはどこか?
知らない。
何をするべきか。
まずは森を出る。
必要なもの。
水、食料。
持っているもの。
マッチ一箱・飴6個・ナイフ25本・ハサミ1本・空の非常用水筒1個・小型の端末1台・お気に入りの鈴1個。
「……とにかく森を出るしかない、か」
結局、わかっているのは自分の周りのことだけ。
まずはここから出なければ、最悪、死んでしまう。
それと、私の考えが正しいなら、ここは……
「……んん……… あ、あれ……?」
「………!」
あれこれ考えていると、男の人が起きたようだった。
妙に早く目覚めたと思えば、さっきのリスが頭の上にいた。
きっと、あのリスが動き回っていたから目が覚めたのだろう。
男の人は、周りを見回して私を見付けると、目を見開いた。
「………君は…………………んしょっと」
身体を重そうに引きずりながら私の方へ歩み寄ってくる。
そして、私の前まで来ると、彼にかけていた私の白衣を差し出す。
私はそれを無言で受け取った。
「君が、僕を助けてくれたの?」
「ええ。軽度の脱水症状だったので。少量ですが、水分補給を。」
「そっか……ありがとう。君は命の恩人だ。僕の名前は、大穹 巽(オオゾラ タツミ)。よろしく。」
巽と名乗った彼は、右手を私に差し出した。握手をするつもりらしい。
私は、握手なんて一度もしたことがないから、どう反応すればいいかわからず、困ってしまう。
それを知るよしもない巽は、「あ、ごめん……嫌だった?」などと申し訳なさげに言う。
私は普段、傲慢な科学者を相手にしているからこういう、立場が弱くて、礼儀正しく、相手のことを考えて言動するような善人の相手をするのには慣れていない。
とにかく「よろしく」とだけ言って、ぎこちなくだが手を前に出してみる。
すると
「ああ、よろしく。」
「あっ………」
巽が私の手を取った。
生まれて初めての握手。
それは、とても暖かかった。
◇ ◇ ◇
森の中を歩きながら、今後どうするかを話し合った。
まずは、森を出ることを第一目標にし、その中で最も重要なのが、水と食料の確保という考えでまとまった。
「やっぱり森は早く抜けたいな。ずっとここに長居なんてしたくはないし。君もそうだろう?……えっと?」
「……ユイナ。ユイナ=ハイティエル。」
「ユイナ、か。いい名前だね。」
「そ、そう。ありがとう。……で、森を抜けるにしても、どっちに行くの……?」
「あー……そこはやっぱり川とかを見つけることが重要になるかな。川とか、水の流れがわかるものが見つかれば、進むべき方向がきっとわかるよ。」
つまり、まずはひたすら歩くしかない、ということだ。
何にせよ歩くのには変わりないらしい。
当たり前だけど。
「じゃあ、まずは川を見つけよう…………ん?」
巽の肩にいたリスが、急に自分で歩き始めた。
早く来いと言わんばかりに私達の方を振り返る。
私はリスを追うことにした。どうせ歩くのだから、動物の勘に付いて行っても問題ないだろう。
もしかしたら、案外森の外に出られるかもしれない。
「え、ちょっ……」
巽も慌てて付いてくる。
そのまま私の隣に並ぶと、前を行くリスについて話し始めた。
「あのリス、一体何なんだろう。人間を怖がらないし、僕が目を覚ましたときには既に近くに居たけど……」
「……巽のペットじゃないの?」
「いきなり呼び捨て………ま、変に遠慮されるよりいいけど。ペットではないよ。でも、ペットか………いいかも」
あのリス、僕のペットにしようかな?
………こうして、誰かと普通に会話するのも、いつ以来だろうか。
会話といえば、研究がどうだとか、利益がどうだとかという話だけだった私にとって、こうして他愛ない話をするのはひどく新鮮だった。正直、何と言えばいいのか考えるので精一杯だ。
だから私なりの精一杯を出してみる。
「あのリスなら、捕まえやすいからすぐ食べれる。マッチは持ってるよ。」
「えッ!?食べるためにペットにするんじゃないよッ!?」
けれど、努力も虚しく巽にツッコミで一刀両断されてしまった。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いて、それは現れた。
透き通った綺麗な水の流れる小川。
リスは一目散に小川へ飛び込み、気持ち良さそうに水に浸かっている。
一方巽も喉の渇きを潤すため、一目散に水を飲みに小川へ近寄った。
「ん……んぐ…………っはぁぁ~!生き返る!いや死んでないけど!」
喜ぶリス&巽を無視して、小川が流れていく方向を見る。
しかし、少し先からは小川が曲がっていて先が見えなくなっていた。
「ふぅ………あ、エイナさん、何か見えますか?」
「いえ、特には。」
「そっか……じゃあ、今度はこの小川に沿って歩こう。」
「ええ。そう……ん……………………ッ!!」
嫌な気配を感じて一方後ろに下がった。
その途端、さっきまで私の頭があった場所を、“それ”は弾丸の如く通過していった。
地面に着地し、獰猛な獣の唸り声を出す。
狼に似たそれは、しかし、形こそ狼だが、明らかに狼とは違うものだった。
針金のような毛並み、黄色く濁った目に灯る獰猛な光、縦に細長い瞳孔。
暗い灰色をした動物だ。
これは、普通じゃない。
白衣の内側から、ナイフを2本取り出して両手に握る。
「ユ、ユイナさん!?あれは一体……!?」
今、巽と話をするわけにはいかない。
もし意識を一瞬でもそらせば、喉笛を噛み千切られるかもしれない。
けれど、私もそんなに柔じゃないつもりだ。
あんな狼もどきの一匹や二匹、対応して見せる。
「グルル………グガァッ!!」
次の瞬間、狼もどきは地面を蹴って私の方へと跳躍した。
___速い。
けれど追い付けないわけじゃない。
この相討ち覚悟で腹部を切り裂く為に構えた。
しかし、狼もどきが私へ突っ込んでくることはなかった。
「っ?」
狼もどきは、「キャゥンッ!!」と犬が潰れたような声を出して横へ吹き飛んでいった。
わけがわからず、ただただ立ち尽くす。
狼もどきに何かが直撃したようだった。
狼もどきが吹き飛んで行ったのと逆の方向を見てみると、5人の男女がいるのが見えた。
………彼らが何かをしたのは明確だろう。
【第ニ章 連合皇国都市ミカヅチ】
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森を流れる小川に沿って、僕達は歩みを進めている。
あの後、狼のような生物は、黒い霧になって肉体が消滅し、代わりに赤黒い石が残っていた。
僕もユイナさんも、わけが分からずに立ち尽くしていると、そこへ例の5人組が現れて、僕達は保護された。
そのまま特にコレと言った話はせずに5人組に連れられて今に至る。
「すまないねお二人さん。ちょいと急がなきゃならねぇから、詳しい話とかは後でな。」
「は、はぁ……」
急に赤い髪の青年にそう言われて、とりあえず返事をする。
ユイナさんは黙ったままだ。
そうしてどれくらい歩いただろうか。
それほど長い道のりではなかったと思う。多分だが。
すると、視線の先に森の終わりが見え、安堵感に包まれる。ユイナさんも同様だったようで、少し表情が柔らかくなったように思える。
「………さて。」
「うわびっくりしたっ!」
突然、僕の前を歩いていた金髪の男が振り返り、驚いてしまった。
急に振り向くなよぶつかったらどうするんだ。
そんな僕の驚いた表情か反応が可笑しかったのだろう。金髪の男の隣にいる少女がくすくすと笑いを堪えていた。
……要らない恥をかいたかもしれない。
いや、必要な恥っていうのがあるのかは知らないけど。
「ははっ。何てアホな顔をしているのかな。と、それは置いておくとして」
「いや置いとくなよッ!?何げに人のことアホ呼ばわりして普通に会話しようとするなよッ!?何ッ!?新手の嫌がらせッ!?」
出会って早々にこんなことされるなんて心外だよッ!
いやむしろ侵害だよッ!主に心のッ!
周り見ろよッ!!
苦笑い1人と真顔4人だよッ!!
「巽、落ち着いて。」
「あっ……すみません……」
ユイナさんに真顔で諭されて平常を取り戻す。
そうだ。仮にも命を助けてくれた人だ。僕があれこれ文句を言える立場ではない(ということで納得しよう)。
反省しなければ。
素直にそう思うことにした。
………したのだが。
「ほぅ。尻に敷かれているんだね。それは実に嘆かわぁぐッ!?」
「アンタ一体何なんだよッ!!!」
意味わかんねぇッ!!
こんな一言も二言も多い人に助けられたのかよッ!?
殴っていいッ!?
もう回し蹴りしたけどッ!!
「…………巽」
「不可抗力です。」
「うん。」
ユイナさんの了解は得た。
これで特に問題ないだろう。うん。
そう考えているうちに、男はのっそりと起き上がった。
そしてよろよろと僕の方へ向かって来る。
……ヤヴァイ。
本能でそう感じた。
あの人を怒らせてはいけない。もう手遅れだろうけど。
そして、男は顔を上げずに僕の肩に手を乗せた。
「あ、あの……ごめんなさい大丈夫ですか!?」
「あはは……」
男は笑う。
そして、その顔を上げた。
「心配はいらない。大丈夫だよ。」
その顔は、涙と鼻血と土で汚れていた。
それはもう、見事に。
「この程度、どうということはない。安心し……ゲフォッ!!…………安心したまえ。」
「いや安心できねぇよッ!?今吐血したッ!?鼻血ヤバイんじゃねぇのッ!?」
マジでこの人大丈夫だろうか?(いろんな意味で)
ある種の不安を、感じざるを得なかった。
◇ ◇ ◇
この世界は、やはり私達の知る世界ではなかった。
話を聞くと、ここは連合皇国都市ミカヅチから南に離れた場所にある『目覚めの森』という場所だと言われた。
全く聞いたことがない。
やはり、ここは異世界と見て間違いない。
研究所の出来事を思い出せば、何ら不思議ではないだろう。
「ふぅん。で、あなた達はその爆発に巻き込まれて、目を覚ましたら森に居た、と。」
赤の強いピンク色の髪に、赤い瞳、黒い尖り帽子にゴシックロリータを着た少女が、私と巽に問う。
「そう。そしてあなた達に出会った。」
「ふんふん。なるほど……」
「あの……」
「ん?なになに?」
巽がおずおずと手を挙げる。
そして、私も思っていたことを言った。
「こう言うのも失礼なんですけど、目的は何ですか?」
「………」
沈黙。
恐らく、何かしらの目的を持っていると見て相違だろう。
「どうして、そう思うの?」
少女は巽に問う。
けれど巽は、「ちょっとした勘です。」とだけ答える。
少女はそれに苦笑した。
「鋭いね。そう。私達にはちょっとした目的がある。単刀直入に言うと」
「“次元の漂流者”の保護、でしょ。」
「む、ご名答。もしかして経験あったりするの?」
「いえ。ただの勘。」
ふぅん、と少女は興味深そうな目をする。
「まぁでも正解。確かに私達は次元を漂流してきた人を保護してるよ。」
「まぁ、全部人間とは限らねぇけどよ。」
予想は正しいようだ。
仮説だが、多分この世界は、空間が不安定な場所がいくつか存在するはず。
そこに私達のような、別の次元や世界から飛ばされる人間がいてもおかしくはないのだろう。
そして、人間が来れるなら、他のモノも来れる。
それにしても、さっきから5人のうちの二人の男女が無言のままだ。
片方は、長い灰色の髪をした少女。
もう片方は、焦げ茶色の髪を後ろで束ねている、タキシードを着た執事のような男。
二人はそれぞれ、ぼーっとしていたり、目を閉じたまま微動だにせずに立っていたりしている。
憶測だが、この二人には別の目的か何かがあるのかもしれない。そうでなければ、ここまで無関心なのはちょっとアレだ。
「………なぁ、今更なんだけどさ。」
赤い髪の青年が言う。
ごく一般的で、本当に今更なことを。
「自己紹介、した方が良くね?」
◇ ◇ ◇
「というわけで、自己紹“会”を始めまーす。ドンドンパフパフいえーい」
「では、まず私から始めよう。」
突然始まった自己紹“会”。
トップバッターは、巽に顔を蹴られた金髪の男。
「コホン……私の名前はジラード=レグレイス。24歳独身だ。特技は剣術。よろしく頼む。」
ジラード=レグレイスと名乗った男は一礼した。
彼は穏和で大人しそうな雰囲気をしているが、彼の目は戦う者の鋭い眼光を灯しており、特技が剣術というのも頷ける。
次に、赤い髪の青年が前に一歩出てきた。
「よし、じゃあ次は俺だな!」
そう言って、何故か私の方に向き直る。
「俺はゼノ。ゼノ=ユノウェイン。特技は………ないな。あるとしたら、戦闘そのものだ。ってなわけで、よろしくな!!あ、19歳な!」
ゼノと名乗った青年は、私に手を差し出す。
握手のつもりらしい。
そうだとわかっていても尚、私は冷ややかな視線を送り続ける。
やがて彼は、肩を落として戻って行った。
その際に巽の方を睨んでいたような気がするが、気のせいだろう。
「はいじゃあ次は私いきまーす。」
次はあのゴスロリの少女の番のようだ。
「えっと、アリア=デュミエンドです。えー………多分214歳、かな?よろしく。あっ、特技は魔術です!」
…………………もはやここは何でもありのパラレルワールドなのだろう。
年齢が214歳で、しかも魔術が得意ときた。
アリアと名乗った少女?は、見た目こそ16、17といったところで、とても200年も生きてきたようには見えない。
これには私も、興味を持たざるを得ない。
なかなかどうして、面白い世界に来たのかもしれない。ここなら退屈せずに済みそうだ。
そうこうしているうちに、長い灰色の髪をした少女が前へ出る。
少女は、眠そうな目をしながら、静かに語り出す。
「……モルテ……16歳……死刑、執行するの……。…………レド……」
それだけ言って、黙り込む。
『死刑執行』と『レド』に関しては何かは分からない。
結局、それで終わりのようだった。
そんな彼女の隣に、焦げ茶髪タキシード執事が立つ。
そのまま、隣にぼーっと立っているモルテを気にするでもなく、すらすらと語り始めた。
「私の名は、ヴェルナーゼ=フラウアーディスと申します。以後お見知りおきを。何かお困りの際には、お気軽に声をお掛けください。」
そうしてキッチリと礼をすると、彼もまた、元の場所で無言で立つ。
残るは私と巽だけ。
最初に語るのは
「えっと、じゃ次は僕が。」
巽。
「はじめまして。大穹 巽と申します。えっと、17歳です。特技などは特にありません。よろしくお願いします。」
そして、ラストは、私。
「………ユイナ。ユイナ=ハイティエル。17歳。」
それだけ言って終わりにした。特にコレと言って、伝えることもない。
こうして、自己紹“会”はあっけなく終わった。
「………ふむ。じゃあ、行こうか。」
「行くって、どこにですか?」
巽はジラードに問う。
そんな巽に、ジラードはいい放った。
「連合皇国都市ミカヅチへ、だよ。」
◇ ◇ ◇
三日後。
連合皇国都市ミカヅチは今、私達の目の前に迫っていた。
ミカヅチは、東、西、北を大きな山岳地帯に囲まれており、南は海に面しているという、これまたちょうどいい場所にある。
無論、様々な特産物が多くあるのだそうだ。
船の上から港を見る。大小様々な船が出入りするあの港は、長さ10キロメートルほどにもなる規模があると聞く。
あれから三日、私と巽はいろんなことを教わった。
巽は話を熱心に聞いていたようだが、私は特に興味のないことばかりだったのでほぼ聞き流した。
けれどその中で、私の興味を大いに刺激するものがあったのも事実で
「やっほー。ごめんユイナ!待った?」
「ううん………と言いたいけど、アリア、遅すぎ。」
「あ、あはは……だって入港場所の確認やら荷物整理やらで時間が………あ、それとユイナの為に良いもの持ってきたんだよ?」
そう言って、私は小さな箱を渡された。
中身を見ると、何やら模様の入った紙が大量に入っている。
「……これは?」
「«式紙»って言って、東方の国でよく使われてる魔道具だよ。でも、今使われてるのは全部模倣品で、本物は神様を呼び出せるんだって。」
すごいよねー。
アリアは«式紙»と呼ぶソレを一枚手にして、ひらひらさせる。
「この«式紙»はね、原理こそそこらの模倣品と一緒なんだけど、実は私のオリジナルなの。」
「オリジナル?」
「そ。まぁ私にしてみれば、こんなののオリジナルなんて、理解を深めればいくらでも作れるものだよ?それに、これなら魔術の勉強にもうってつけだし。」
魔術。
それが、私が最も興味をもったもの。
三日間の間、アリアに魔術についていろんな話を聞いた。
魔術と魔法の話から始まり、実際に見せてもらったりもした。
実に面白い。
「前にも言ったけど、魔力適性のない世界の人間には、魔術や魔力は使えないから、こういう魔力が予め内包されている魔道具が必要になるのよね。」
「アリア」
「ん?なに?」
「アリアには魔力適性はあるの?」
ちょっとした疑問をぶつけてみる。
実のところ、三日間の中でアリアは、必ず何かしらの道具を使用していて、アリア自身が魔術や魔法を使うところを見たことがない。
「あるっちゃあるけど……」
「けど……?」
そこまで言って黙り込む。
そして、何やら決意をしたような顔をして私を見た。
「……この際だから言っちゃうけど、実は私、魔力適性が半端じゃないのよね。」
それはもう普通じゃ考えられないくらいで。
「………それで?」
この後はだいたい予想できる。
きっと、多くの人に………
けれど、返ってきたのは、私の予想をある意味越えたものだった。
「………たっくさんの人に求婚さんたの。」
「………………………………………………は?」
…………は?え?求婚?
さすがの私も、キョトンとする。
求婚?
普通、その力を恐れた人々に迫害されるとかじゃないの?
よりにもよって求婚?
…………………何だか、世界の広さを改めて実感させられる。
「やー……大変だったなー………買い物とかしようにも、外に出ればとんでもない数の貴族の男がずらーっと……」
「で、その男達は……?」
「吹っ飛ばした。」
だよね。私でもそうする。
話を聞いて、早く魔法でも魔術でも、使ってみたくなった。
研究し甲斐がありそうだし、何より面白そうだし。
「ま、とにかく今はその«式紙»を使って、いろいろ見たりしてね。«式紙»は設定されてる合言葉を言うだけで起動するから。」
「わっかた。」
こうして私は、魔の道に進んでみることにした。
◇ ◇ ◇
船は無事に港へと着いた。
皆、纏めた荷物を持って港に足を踏み入れる中、私だけは“足をつく”ことはなかった。
「ん…?うわっ!ユイナさんが浮いてる!?」
「ふっふっふっ!見よ!これがアリア特製、ゼロ・グラビティなのです!もともと重い荷物とか運ぶのに使ってたんだけど、人体にも使えるんだよね。」
つまり私は今、アリアの作った«式紙»、ゼロ・グラビティとやらの効果で空中に浮いている。『浮遊』の«式紙»だ。
実は、さっきからずっと«式紙»の効果を確認していた。主にこのゼロ・グラビティを。
まぁ、一応は他の«式紙»も調べた。
『発火』や『凍結』、『爆発』といった危険なものもあったし、『変身』、『治癒』、『風起こし』といったものもあって、実に面白い。
まぁ、実際に使ってみたのはこの『浮遊』の«式紙»だけなのだが。
ゼロ・グラビティの名の通り、フワフワした感覚がある。
それでいて、進みたい方向に苦もなく進めるので便利だ。
「へぇ、いいじゃん。アリア、俺にも«式紙»くれよ!」
「ダメです。これは全部ユイナのだから、ゼノにはあげない。あ、『爆発』の«式紙»ならあげるけど。」
「俺に爆発しろと!?」
「いやその発想はおかしいでしょ………そこいらのリア充でも爆発させときなさいよ。」
「お前一体俺を何だと思ってんだよッ!?」
………“こっち”にもリア充なんて言葉あるんだ。
そうこうしていると、船からモルテが降りてきた。
何やらフラフラしていて顔色も悪い。きっと船酔いでもしたのだろう。
「アリア、治癒の«式紙»。」
「え?あ、うん。はい治癒の。」
「ん。」
アリアから素早く«式紙»を受け取り、モルテのところまで移動する。
浮遊していると、積み荷や段差などの障害物が全く気にならないのて本当に便利で楽ちんだ。
「あぅ……うぅぅ……」
「モルテ」
「……なに?……うっ……」
«式紙»を使用する対象を認識する。
あとは、合言葉で起動するだけ。
「『万の薬宝を模倣せよ』」
「……!」
唱えると同時に、«式紙»が青白い光を放つ。
やがて«式紙»は、ピンポン玉くらいの光の球体になって空中に浮いた。
光の球体はそのままモルテの左胸の辺りへと沈んでいく。
私もモルテも、目を丸くしてその光景を眺めていると、やがて完全に光が消えた。
「……気分は?」
「………」
モルテは私の問い掛けに答えず、ぼーっと自分の手を眺めている。
どうかしたの?と問い掛けようとした、その時、モルテが顔を上げた。
「……いい。」
「そう。ならよかっ……」
た、と言おうと思って、声をつまらせる。
モルテが、私の方に身を乗り出して来たのだ。
何事かと目を見張る。出会ってから三日間、こんな反応をされるのは初めてで、少々狼狽えてしまう。
「…………かい」
「?」
頬を少し赤くしながら、何やらモソモソと呟く。
「も、もう一回」
「???」
はっきり聞こえても尚、意図が読めない。
そもそも意図があるのかどうか……
「あー……きっと心地よかったんだろうねー」
後ろでアリアが呟く。
心地よかった、とはどういうことだろうか?
そんな私の疑問を読み取ったように、アリアは説明を始める。
「その治癒の«式紙»も、私のオリジナルなんだよね。で、普通のと違って私のは『魂』にほ影響するから、その不思議な感覚が心地いいんだよ。きっと。」
そうなのか。
それは………別に私がまた«式紙»を使う必要はない。
だから、浮遊してその場を離れる。
「ま、待って……!」
モルテは必死に私を追いかけるが、障害物のせいでうまく追ってこれないらしい。
アリアの隣に着地して、私は彼女の肩に手を置いて言った。
「あとは、よろしく。」
「………え?ちょ」
それだけ言って、別の場を求めて移動しようとした、その時
クイッ___
白衣を引っ張られた。
後ろを見る。
「………」
「………」
案の定、モルテが居た。
何かを期待する目を、私に向けている。
……非常に、面倒だ。
どうしようかと考える。
そして
「はっ!?空飛ぶラティメリア・メナドエンシスっ!?」
虚空を指差し、適当に考えついたことを言う。
ちなみに、ラティメリア(略)とは、簡単に言えばシーラカンスだ。多分。
モルテが何事かと余所見をした隙に、浮遊して逃げる。
モルテは、しまったという顔をして、肩を落とした。
「んなにッ!?ラティメリアッ!?マジか一体どごふぉッ!!」
…………白衣を着た男が約一人、海に落ちたが多分気のせいだろう。
少し先にジラードを発見し、そっちに向かって移動する。
後ろをチラリと見てみると、肩を落としたモルテを、アリアが必死に慰めているようだった。
「………期待されるのは、好きじゃないから」
ポツリとそんなことを呟いて、私は再び前へ向き直った。
◇ ◇ ◇
「ですから、あなた方のお荷物は全て運び出しましたし、ましてやそのようなものを盗むなどと……」
「しかし、現に今朝はあったものが無いのです。リストにもチェックされていない。」
「で、ですか……」
ジラードの方へ近付くと、何やら中年の男と話をしている。
内容を察するに、何かが紛失したのだろう。
「こっちも面倒そう。」
別のところに行こう。
そうしてその場を後にする。
後ろから「何で話し掛けてくれないのー……」と絶望混じりの空耳が聞こえたが気にしないでおこう。
他に何か面白そうなものはないだろうか。
◇ ◇ ◇
ラティメリア…………
どこにもいない。
はっ!?『空飛ぶ』だから海の中を探しても意味ないんじゃ………そもそも海には落ちただけだし。
けれど、今更気付いてももう遅い。
「ぶくぶくぶく………」
僕、カナヅチなんだよなぁ……
◇ ◇ ◇
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