KRA八十九。 2015-06-04 07:52:10 |
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…店で売ってるような綺麗な三角形じゃ、ないけど。(先程より近しい位置に寄せられた相手の顔をジィと凝視し、真っ直ぐに己を捉える切れ長の双眸から逃れるように斜め下へと視線を逸らすと照れ臭そうにぽつり。それでも、きっと彼は自分の握ったおにぎりが良いと言ってくれるんだろうなあ、と些か自惚れた思考を巡らせつつ緩み切った口元を隠す為手甲を宛てがい。僅かに呼気を漏らした後、後部座席に相手の荷物を預け、代わりにおにぎりの入った鞄を取り出すと助手席側の扉が閉まるのを確認してから車へと乗り込んで。アクセルに片足を添えながら鞄を開き、中からお茶のペットボトル、ラップに包んだおにぎりを三つ程出しそれぞれを見比べ。眉を顰めあー、だのんー、だの唸り声を上げ散々思案した後手にした中で一番形の良い鮭入りのおにぎりを差し出すと気恥ずかしさを紛らわせるかのように小さく笑って)はい、どーぞ。やすすの口に合うと良いんだけど。
形なんて口に入ったら関係ないだろ。…俺の為に愛情、込めてくれてるんですよね?それならきっと美味しいはずです。(言い訳めいた台詞に片眉をそろりと持ち上げると逸れた視線を追い掛けるように目線を下げ、珍しく茶目っ気を含ませた語調にて冗談半分本気半分で首を傾げ…たものの、立ち所に込み上げる羞恥心に顔を顰め。誤魔化すように短い前髪の隙間から露出した秀でた額を軽く弾くと太々しく助手席側の席に乗り込んで。程なくして運転席側の座席に乗り込んだ相手に妙な緊張感を覚えて小さく息を飲み込むと、何やら妙な唸り声を上げて思案に思案を重ねている相手の様子をさしたる興味も無さそうな風を装いながらも横目で確と観察を…手渡されたおにぎりを受け取り、粗方冷めてはいるもののほんのりと温かみの残ったそれに表情を和らげ。頂きます、と小声で告げた後器用にラップを剥がして現れた米を一口…幾度か咀嚼した後嚥下すると続けてもう一口、眦を下げて顔を相手側へと向けると思ったままの感想をば)正直、味的には普通の鮭おにぎりです。…けど、何でしょう。あんたが俺の為に作って来てくれたって思うと…すげえ美味く感じる。
……今日のやすす変。どうしたの。いつもだったらまあまあですね〜とか、内蔵助さんにしては上手く作れてる〜とか言いそうなもんなのに。…ほんと、どうしたの。調子狂う。(弾かれた額を指先で擦りつつ忙しなく相手の様子を伺い…次いで此方に向けられた顔にぱちと瞬き、彼の口から紡がれる一言一句へ徐々に情けなく眉根を垂らしハンドルに顔を伏すとそこにぐりぐりと額を押し付け恥ずかしそうに唸り声を上げ。普段のように茶化す事さえままならず暫く無言で窓の外に視線を注ぐが、再びぱっと反対側を向いて相手と目線交えると同じように間の抜けた笑顔を浮かべ。大好きな人が己の作ったものを口にして美味しいと笑ってくれている、その事実がどうしようもなく嬉しく、ついにまにまと唇を歪ませ。しかしすぐにだらしなく緩む頬を軽く叩く事で気合いを入れ直すと、背筋を伸ばしハンドルを握り。腿の上に乗せた鞄を運転席と助手席の間に置き、普段息子と出掛ける時と変わらないノリで車を発車させて)…そろそろ行くか!早いうちに着いて良い場所取っちゃおう!よーし、出発進行〜!
…そう言ったら言ったで可愛げがないだとか、もっと優しくしてよとか言うだろ。理不尽っスよ。……あんたはどうか知らないけど、俺は今日の事…楽しみにしてたんで。だからあんまり水を差すような事を言いたくないだけです。(ハンドルに顔を俯せ唸る相手を後目に涼しい顔でおにぎりを咀嚼…ほんのりと塩気の利いた鮭と白米を無言で噛み締めつつ調子が狂うのは此方も同じとばかりに口中で溜息を噛み殺して。窓の外を眺める相手とおにぎりを食す自分、暫しの間車内に無言の時間が流れたもののその沈黙を断ち切るようにおにぎりを平らげご馳走様でした、と一言。此方に向けられた破顔しきった表情につられて思わずと言った様子で唇に弧を描くも、頬を叩く相手を視界に映すと我に返った様子で誤魔化すような咳払いを。テンション高く出発の合図を上げる姿にげんなりと肩を竦めるとアームレストに肘をつき、冷めた一瞥を向けながらも程なくして動き始めた車体に姿勢を正して)…子供じゃないんでやめてください、萎えます。しっとりした雰囲気を出せとは言わないですけど…流石にもうちょっと何かあるだろ。
俺だって、……。(楽しみにしてたよ。続く言葉は喉の奥で飲み込んで。彼らしい素直な詞に自ずと双眸を細め嬉しそうに微笑むと視線を真っ直ぐ前に直し立ち並ぶ住宅街や道路を見据え。先程の己の発言の後発せられた相手の声色と頬に突き刺さる冷めた眼差しにへらへら笑い、少しばかり考え込む所作を見せると徐に片手でハンドルを回しながらもう片手をオーディオへと伸ばし。音量ボタンに軽く触れ、次いで助手席側側にあるダッシュボードを指差して。中の物を取り出してと言う趣を込めて指先を数度曲げると、温和な笑みを携えたまま呟きを零し、一際大きな声を張って話題を転換)もうちょっとかあ、…俺さ、甘い雰囲気っていうの?慣れてないし。嫌ではないけど、ずっと続くとどうしたら良いか分かんなくなっちゃうんだよな。だからすぐ逃げるし、誤魔化しちゃう。…やすす!!そこの棚にCD入ってない?何か曲聞こう!
…俺だって慣れてない。一度は殺そうとすら思った相手とこんな風になるなんて、考えもしなかったですし。…まあ、それも今となっては良い思い出かもしれないですけどね。……でも今日はデートだろ。内蔵助さん、習うより慣れろです。あんたが逃げようが誤魔化そうが俺はエスコートし通しますから。(途中で飲み込まれた言の葉の続きを促す事もなく、自然と視線を窓の外に流すと自宅付近ゆえ半ば見慣れた、これと言って目新しさの無い景色をうっそりと視界に映して。ふと指されたダッシュボードへと視線を移し、中を探るように視線を下げたままぽつりぽつりと言の葉を並べ…早く討ち入りをしろと声を荒げた事、命すらをも奪おうとした遠い過去を白茶けた映画のようにぼんやりと思い出すと改めて今の相手を確と見据え。腹を据えたような、それでいて何か企んでいるかの如く悪戯な雰囲気も含ませたしたり顔を相手に向けると共にさしてタイトルも見ず適当に手に取ったCDをケースから取り出し、カーオーディオの中に吸い込まれて行くディスクを眺めながら首を傾げ)…適当に選んだんで何の曲かよく分かりません、すみません。いつもどんな曲聴いてるんですか?
あはは、だよなあ。お前俺を殺そうとしてたんだもんな。昔の事で色々と記憶が曖昧だけど、討ち入った日の事だけはよく覚えてる。…んー…、おう。よろしく。やすす頼りになる〜!(相手の口から飛び出した物騒なワードに一寸ばかり瞳を見開き…視線を他方へ。遥か昔、己が目にし身を持って体験してきた幾多の光景を脳裏に思い浮かべしみじみと言葉を紡ぐものの、その途中で湿っぽい空気を打ち破るように快活に笑うと惚れ直した!百点!なんて、続けて声高らかに告げて。彼の方を見ずとも分かる悪戯な視線にいずそうに唇を歪めるが、程なくして車内に流れ始めた音楽にほうと息を吐き。点滅する目前の青信号に車の速度を落としつつ相手側を向くと半身を隣に倒しダッシュボードからとあるCDを1枚取り出し。体勢を元に戻して表面をジィと見つめた後、彼の前にそれを差し伸べ…からかい混じりに口角を持ち上げて)BUMP.OF.CHICKENって知ってる?そのアーティストのスノー.スマ.イルっていう曲なんだけど。…この時期にこの曲は少し季節外れだったかもなぁ。どうする?俺達のファーストシングルでも聞く?
仇討ちするするって言って全然行動に移そうとしなかったあんたも大概、だろ。……俺も、あの日の事は今でも鮮明に思い出せます。寒い夜でしたね。…まあ、折角のデートで話すには野暮な内容なんで今は言いません。――急進派ですから。仇討ちも恋も急進派です。(半袖一枚でも事足りる今の季節とは真逆の身体の芯から底冷えるような寒さのあの一夜を思い出すと穏やかな笑みを口元に浮かべ…うっかりと口にしてしまった所為で何処となく湿っぽくなった車内の空気を払拭すべく意識して明るい声音を繕うとアイドル活動の際にはお馴染みとなったポーズを相手側に向けて得意気な顔を。むにゃむにゃと歪められた柔らかそうな唇を横目で捉え切れ長な瞳を細めると、間も無くカーステレオから流れ始めた音楽に耳を傾け…ふと思い立ったようにボトムスのポケットに突っ込んでいた携帯電話を操作する事数十秒。画面に表示された文字に目を通すと何事かを考えているかのような顔付きにて一つばかり首肯し、端末の明かりを落として再びポケットへとしまい込むと揶揄めいた様子で差し出されたCDを神妙な表情で受け取り今流れている物と差し替えて)…前にあんたが気に入ってる~って言ってたから名前位は知ってます。でも今はやめましょう、俺は“内蔵助さんの居ない道”を歩くつもりはありませんから。無難にファーストシングルで良いです。
そうだなあ。今から行く場所はあの日とは比べ物にならない位…凄く、平和な所だもんな。本当に。時間の流れって早いね、俺なんかついこの間まで学生だったはずなのに、もう子供が居て、パパやってるんだから。……でもねぇ、何て言うの?やすすはちょっと成長しすぎだと思う!(頭の中いっぱいに愛しの息子の満面の笑みを浮かべでれでれと頬を揺るませ感慨深いと言った様子で大きく息を吐き出す…ものの、次いでふと隣の相手を頭からつま先まで食い入るように見つめると些か残念そうに、羨ましそうに再度溜息を。暫くが経ち信号が赤から青に切り替わり、車の波が次々動き出すのを視界に認め此方もアクセルへと足を掛けるが液晶画面を見下ろす相手に僅かに首を傾げ。後に続けられた言葉をぽかんとした表情で聞き受けるも、次第に顔をにやつかせうんうん頷き。先程のバラードソングとはまた違ったアップテンポな曲が車内へ流れ始めると口端を持ち上げ、聞き慣れたその曲に自然とハンドルを握る指先がリズムを取って)…ふうん、ふーん?覚えててくれたんだ。今度は失恋ソングじゃなくて、もっと明るい曲聞こうかな。…俺も、やすすが居ない道は寂しいからさ。うんと幸せな歌を探そう。
時の流れが早いのには同意しますけど、あんたが言うと年寄りっぽくて笑えない。……成長して何か悪いですか。どんな意味でも、成長するのは良い事だろ。…内蔵助さんは俺の方が背が高いの気にしてるんでしょうけど、俺は高い位置からあんたの顔を見下ろせるの割と好きですよ。優越感?みたいな。(彼の溺愛の対象である我が子を思い浮かべているのであろう事が考えるまでも無く分かるその締まりの無い表情を横目で一瞥し肩を竦めてみせたものの、次いで己に向けられた形容し難い眼差しに怪訝に眉を寄せ。優越感、とやや大袈裟にはっきり唇を動かすと自慢気な表情を湛えて。対象が己だけでないのが残念ではあれど彼より背が高いからこそ見られる様々な表情や仕草への愛しさを優越感の他に抱いているものの、小癪なようでその件に関しては口には出さず…言葉を飲み下すと一つばかり鼻を鳴らし。羞恥心を誤魔化すように破顔する相手の顔を一睨みすると幾度も聴いた愛着のある楽曲に彼と同じようにリズムを取って軽く足先を揺らし…己の振りが入る位置で条件反射と言った様子で軽く身体を動かすと我に返ったように動きを止め、気恥ずかしさに窓の外に視線を流すと移り行く景色を視界に映して)…内蔵助さんが歩く道が、俺の歩く道です。基本はあんたの背中に付いて行きますけど…ふらふら間違った方に行こうとしたら手引っ張って連れ戻すからな。覚悟しとけよ。――もうちょっとしたらコンビニ、寄りましょうか。何か買う物があったら考えておいてください。
…うん、成長するのは悪い事じゃないよ。ないんだけどね!これ以上大きくなんないで。俺からやすすの顔が見えなくなっちゃうのは寂しいからさ。…別に羨ましいなんて思ってません〜。(彼の得意気な表情を横目に渋い面持ち浮かべるともごもごと唇を動かし。眉根をほんの少し寄せて何処か棘を含んだ、間延びした語調にて返答。今まで自分達が発表してきた数多い曲の中でも、己がセンターを務めていた事があるこの曲には特別愛着があるようで、コールが掛かる毎にふんふんと鼻を鳴らし機嫌良く相槌を打ち。相手の振り付けが入る所で何気無しに隣を一瞥すると、思わずといった様子で身体が動くその姿に軽く吹き出し耐え切れず肩を震わせて。普段大人びている彼のお茶目な一面をからかいはせずとも、確と心に留めておきますとでも言うように深く頷き自らの胸をぽんぽん叩いて。…暫く車を走らせる内に見慣れた都会の景色の色は次第に薄まってゆき、いつしか辺りは緑豊かな田園風景に。辺り一面に広がる光景を目のあたりに懐かしむように目尻を下げつつ、相手の言葉にもう一度首肯を返して)花火と、飲み物と、……そのくらい?あっ、花火は花火でも線香花火付きのやつだからな!後打ち上げ花火もしたいから、デカイの買おう!セットだと安いし。やすす何買うの?お菓子とか?
…俺が大きくなり過ぎたら内蔵助さんの事を見付けられなくなるかもしれませんしね。これ以上背を伸ばすのはやめときます。…俺も、あんたの顔を見られなくなるのは寂しいですよ。(目前に手を翳すと視線を下方に落とし、相手の姿を探している風を装ってわざとらしく視線を泳がせ…いつも通り可愛げのない小癪な言動を見せながらも声のトーンを下げて零した言の葉は真剣な響きを持って辺りに響き。栄えた場所から徒然と離れてゆくにつれ緑の増えて来た周囲の景色、悠然として何処か懐かしみのある風景にぎらぎらと強い眼差しを放っている事も多い切れ長の瞳を穏やかに細め…ハンドルを握る相手の姿を一瞥し、揶揄うように口端を軽く吊り上げると小学生の遠足のお約束の如し台詞と共に笑い混じりの吐息を洩らして)…取り敢えずそれ位で、後は必要そうな物見付けたら買いましょう。…お菓子は要りません、俺甘いのあんまり好きじゃないし。小腹が空いたらあんたの作ってくれたおにぎりの残ってる分を食べます。…内蔵助さんは欲しかったらどうぞ。三百円以内なら買ってやっても良いですよ。
本当?っていうかなーにそれ。内蔵助さんが欲しい物なら何でも買ってあげますよ〜って言う所だろ、そこは!…でも、どうせなら買ってもらおうかなあ。何にしようかな。(己の握ったおにぎりを食べると言う相手に照れ臭いような嬉しいような、何とも言えない気持ちになると瞼を伏せがちに視界を狭め。小首を傾げ少しの間思案した後口元を緩ませて。それから暫く車を走らせて行く内にぽつりと見えてきた白と青のお馴染みのカラーに車のライトをカチカチと鳴らし右折すると、コンビニの駐車スペースへと車を停めて。辺りに目を配り、エンジンを切ったり車内の温度を調節したりと忙しなく体を動かし…一通りの整理が付くと再び隣にぱっと顔を向け。二人の間にあるコンソールボックスに片手を乗せ、徐ろに半身を相手側に寄せると彼の唇に自らの唇を軽く押し当てて。満足そうに笑いにんまりと笑み自らの唇に親指を添えつつ、相手の肩をぽんぽんと叩き鼻歌交じりにドアを開けて)――よし!出て良いよ。
――ッ…!くそ、あんた後で覚えてろよ……!(定番のコンビニエンスストア、その駐車場に停車してからも何やら忙しなく動いている相手を助手席に腰を下ろしたまま手持無沙汰に眺めていたのも束の間…ふと己側に寄せられた身に何事かと緩慢と瞳を瞬かせた刹那、軽く押し当てられた柔らかな感触。それが相手の唇だと気付くと心臓を鷲掴まれたかのような衝動に襲われ、蠱惑的な唇に吸い寄せられるように此方からも顔を近付け掛けたものの…他の車が駐車場に入って来るのを視界の端で認めると相手から距離を置いて乾いた舌の音と共に低く掠れた声音で呟きを洩らし凛々しい眉を憎らしげに寄せて。そわそわと落ち着かぬ気持ちを持て余したままに車から降りると半ば腹いせのようにドアを手荒に閉め、横髪を掻き上げると相手が鍵を閉めるのも待たず開かれた自動ドアを早足で潜って――)
…あ、待って待って!(ご機嫌に鍵を閉め終えちらりと相手に視線を移す…が、瞳に映ったのは彼の顔ではなく後ろ姿。そのままいそいそと店の中へと消えてゆく背中に呆気に取られ目を丸めるものの、次いでこみ上げる愛おしさににやける口元を食指と親指で抓り、短く息を吐き出して。駆け足でその後を追い閉じかけた自動ドアの隙間に割って入ると、立て続けに軽快な入店音が店内に鳴り響き。アイス、雑誌、飲み物と商品に順に目を配りつつ相手の元へ歩み寄り。先程と同じように軽く肩を叩き、派手なモールや折り紙等で大仰に飾り付けられた一角を指差すと更に距離を詰めひょいと顔を覗き込んで。…一度頭に手を触れさせるが、人目を気にしてか撫でることなくその手を離し彼の服をかるーく引っ張り)やーすす。あっちに花火あったよ。見にいこう。
(頬辺に感じる熱さを誤魔化すように素知らぬ顔を浮かべると店内へと足を踏み込み、いささか自意識が過剰かとは思いながらも店員にお決まりのいらっしゃいませを投げ掛けられたタイミングで少しばかり頭を伏せてその場を通り過ぎ。入口に近いコーナーから半時計周りに店内をぼんやりと見て回っていた所でふと叩かれた肩に振り向くと予想した通りの相手の姿、先程の事など気にも留めていないと言わんばかりの澄ました表情で彼と視線を交えると指差されたスペースに視線を向けた…ものの、不意に詰められる距離と頭部に軽く触れた掌に面映ゆさを堪えるように眉間に皺を寄せ。以前は剣豪と呼ばれた身であるからか人の気配を察するのは得手なよう、一角に誰の姿も無いのを良い事に己の服を掴む華奢な手首を掴んで引き寄せると手指同士をほんの数秒絡ませ…直ぐに何事も無かったような顔をして相手から離れると近場にあった買い物カゴを手に先程指された棚を覗き込んで)…どれが良いですか、折角だから一番派手なヤツにします?あと、何か欲しいのあったらこのカゴの中に入れてください。
(己の気持ちを察してか、それとも彼の意思でか。一度離しかけた手を引かれた事に僅かに瞳を見開くものの、その後互いの手指を絡ませる所作に思わず目元が緩んでふふとはにかみ。まだ相手の長細い指の感触が残る指先に視線を落とし開いたり閉じたりを繰り返すと、再び相手の隣へ立ち軽く身を屈め下の棚を覗き込んで。さり気ない彼の気遣いには笑顔と共に感謝の言葉を添え…袋の一番上に線香花火が見える手持ちの花火セットと打ち上げ花火を交互に見つめその二つを手に取ると買い物カゴの中に入れ、膝に両手を付いてよいしょと腰を伸ばし。他に必要なものはないかと思考を巡らせた後、ふと先程彼が口にしていた“三百円までなら”のフレーズが頭を過るとお菓子のコーナーに目線を向けてそちらへと足を運び。行った先で小さなカゴを手に駄菓子を眺めている子供のすぐ傍で足を止め、甘いものが苦手な相手でも食べられるものを、と棚に並ぶ商品と値段を見比べて)…んー。とりあえず多めに買っといて、残ったやつは家に帰って主税と源吾と一緒にやろ!あと、はー……。
…そうですね、主税も喜ぶと思います。っつーか、主税より源吾の方がはしゃぎそうな気もするけど。(確と血液が巡っている事が分かる指先の温もりに棚の中を覗き込む振りをして顔を背けると口元を僅かばかり緩ませたものの、己の隣に相手の姿が並んだのに気付くと表情を引き締めて。腰を伸ばす際の何処か年齢を感じる掛け声に吹き出しそうになった刹那、咳払いで誤魔化すと花火の近場に置いてあったライターを手に取り…念の為購入しておいた方が良いだろうと相手が入れた花火の上からカゴに放り込み。ふらりとチルド製品の陳列されている区画を覗いた後、相手の姿を探してカゴを片手に店内を闊歩し…ふと目に留まったのは小さな子供とさして変わらぬ表情をしてお菓子のコーナーを眺める良い歳をした大人の姿。込み上げる可笑しさとそれ以上の愛おしさに空いた手で思わずと言った様子で口元を覆い、暫し死角になる位置からその姿を眺めた所で何事も無かったような体を装って相手の前に顔を覗かせ。三百円と言わず彼が望むなら幾らの物であろうと懐が痛みはしないものの、甘やかしているようで気に食わないのか念を押すように口を開いて)…決まりました?三百円までですからね。
そんで主税は、花火する源吾を見て格好良いです!って目ぇキラキラさせて言うんだろうなー。ついこの間までは大きくなったら父さんと結婚したいって言ってたのに。なんか悔しい。(口にする事で改めて感じた愛息子の成長に嬉しいような寂しいような複雑な心境になると、ほんの数年前、まだ幼かった頃の息子に言われた言葉に思いを馳せ。視線を斜め上へと向けしみじみと語った後、再び目前に並ぶお菓子に意識を戻し目についた箱を二つ手に取りパッケージに視線を落とす…ものの、己が菓子を手にするのとほぼ同時に隣にしゃがんでいた子供が此方を向いて“お兄ちゃん二個も買うの!?”お金持ちだー!なんて、小さなカゴを両手に瞳を輝かせ始め。その期待に満ち満ちた眼差しに思わずぎくりと肩強張らせどうしたものかと思案するも、程なくしてやって来た相手の姿にほっと一息吐いて。きのことたけのこ、それぞれのチョコレート菓子を彼の持つカゴの中に入れ申し訳なさそうに一瞥しつつ、直ぐ様笑顔で数度頷き。後ろ手に軽く相手の背を叩きながら頼む!とでも言いたげにアイコンタクト)そうそう、このお兄ちゃんが買ってくれるって。なっ!そうだよな!!
…仕方ないですよ、主税だってもう14歳だし思春期だろ。そういう時期って親の事うざったくなるでしょう?まだ主税は聞き分けが良くて良い子な方なんじゃないですか。あんたもそろそろ子離れの準備、した方が良いですよ。…主税が結婚してくれなくなったとしても俺があんたを貰ってやりますから大丈夫です。(“目に入れても痛くない”という諺の手本のように愛息子を甚く溺愛している相手にいささかの冷めた眼差しを送り水を差すかの如く半ば脅しにも似た台詞を投げ掛けた…ものの、冗談なのかフォローのつもりなのか得意気に片眉を持ち上げてしたり顔を。此方の様子を窺うような眼差しに何事かと瞳を瞬かせるも相手の視線と幼子の輝く眼差しに言わんとする事を察した様子、好かれるかは別問題としても小さな子供は嫌いではないようで低い位置からは見えないように相手を一睨みすると視線を下げあどけない小さな姿を覗き込んで。対子供用のぎこちない笑顔を作ると話し掛ける途中で言葉を噤んだりまろやかな口調に変えたりと落ち着きの無い様子、やり取りを間近で見ている相手の笑いを買っているような気がしてげんなりとした気分になりつつ低い位置にある双眸に視線を合わせるように腰を折り)…大人になったら、二個でも三個でも買えるようになるからな。……お前、じゃなくて…君、は何を買う…の、かな。
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