土佐人 2015-05-26 05:15:51 |
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「ええと、ですね、血液型はB型で、誕生日は六月の……」
もじもじしながら言いかけた俺の言葉を、姫宮は突然、片手を上げて制止する。
「ストップ。そこから先は第一種個人情報になりますから、そこまでで結構です。六月生まれということは双子座蟹座のどちらか、ということでよろしいですね」
「え?ああ、そうですけど」
「ちなみにどちらかですか?」
「えと、蟹座、です」
それなら最初から星座を聞けよ、と思いながらも俺は素直に答える。
すると姫宮は天井を見上げて、しばらく何やらぶつぶつ小声で唱えていたが、唐突に滔々(とうとう)と喋り出す。まるでコンピューターの暴走みたいだ。
「蟹座のB型。アナロジーは猫、クラゲ、シメジ、レタス、キュウリ。そよ風、真珠、ラッコ、そして……螺鈿」
俺はぎょっとした。なぜここで螺鈿がからんでくるのだろう。
いや、その前にコイツは、一体何を言っているのだろうか。
姫宮はなおも滔々と続ける。
「さらに鏡とリンパ液、オパール、いぶし銀。青白い白、水っぽい陰鬱な味。寓意(アレゴリー)は、矢を放ちながら逃げる子ども。悪と同様、善にも強い感情の絶大な権力……」
あのう、一体何をおっしゃっているのですか。
とうとう我慢しきれずに、俺は口を挟む。姫宮は小声で言う。
「田口先生って、ウワサ通りの方だったんですね。ちなみに、この評価は私がしたものではなく、国文社刊の『占星術の鏡』からの引き写しですから、どうかお気を悪くなさらないでください」
「いや、別に気を悪くしたりしませんが、気になることはあります。今の話は単に蟹座のアレゴリーで、血液型の要素が抜け落ちているように思えるのですが」
「すみません、またやってしまいました。だからいつも室長に叱られてしまうんです。お前は最後まできちんとしないからダメなんだ、と」
姫宮は自分の額をぺちん、と叩いて、ぺこりと頭を下げる。
「では血液型を総合評価に反映させていただきますます蟹座の長所は鋭い感受性、繊細な心、想像力、短所は二重性、中傷、羨望、そこにB型の周囲の状況を顧みない、自己中心と呼ぶにはあまりにも幼さすぎる突進力を加味しますと、先生の性格とは……」
そこで姫宮は、はっと息を呑む。俺は思わず引き込まれて尋ねる。
「……私の性格とは?」
「おしりぺんぺんしながら校長先生に歯向かうガキ大将……」
「おしりぺんぺんのガキ大将?」
「……のホサ(補佐)です」
途端にこれまで必死に何かをこらえていた高階病院長が、ついに爆笑をする。
海堂尊『ケルベロスの肖像』3章 ファンキー・ヒロイン 本文 田口公平 高階権太 姫宮香織 より
「ふたつ目の心残りは、ひとつ目よりもはるかに大きく、深いものです」
高階病院長は窓から遠く、海原を見た。
「昔、あの岬に桜の樹を植えようとした人がいた。私はそれを引っこ抜いた。それが正義だと信じていました。でも、長い時を経て今、自分の間違いに気がづいたのです」
その話は以前も桜宮岬で耳にしたことがある。あの時は詳しく聞けなかったが、今なら聞ける気がした。
「桜の大樹とは何のことですか」
「スリジエ・ハートセンターという大輪の花です。私はあの時、夜空に燦然(さんぜん)と輝くモンテカルロのエトワールを、地に叩き落としてしまったのです」
天才心臓外科医、モンテカルロのエトワール、天城雪彦。
天城先生が創設しようとしてた心臓疾患センターが頓挫したことを、速水とても残念がっていた。時を経て救命救急センターのセンター長に就任した時、スリジエではなくオレンジになったが、桜宮に一本、大樹を植えることができたと喜んでいた。「それはたぶん大丈夫です。速水のヤツがオレンジ新棟のトップに就任した時に、オレンジはスリジエの生まれ変わりだ、と言っていましたから」
「そうですか、あの速水君がねえ……」
高階病院長は、深いため息をついた。
こうして考えると、確かに俺は、東城大の歴史のど真ん中に近い場所にいるのかもしれない。高階病院長の跡目を継ぐなどとんでもないが、少なくとも東城大な一隅を支えていかなければならない宿命にあるような気がしてくる。
海堂尊『ケルベロスの肖像』4章 東城大の阿修羅 本文 田口公平 高階権太 より
学がなくてよかったと思う。
あははっ!
あまり勉強しちゃうとね。あの人たちはリアリストで研究してると思ったら、全然私の方が地に足つけて生きてる。
バラエティ『ホンマでっか!?TV』明石家さんま マツコ・デラックス より
博士!! 筑波さんが意識を・・・・
!! 本当か!!
・・・・ここは
洋・・・・・・・
よく・・・・ 目を覚まして・・・・
志度博士・・・・・
酷い怪我だった それが6日間でここまで回復するとはな・・・・・
博士のおかげです
そうか 単身でネオショッカーの大首領に・・・・
ええ・・・・ 奴は断末魔にこう言っていました
大・・・・ 回・・・・転 スカァイキック!!
おのれ・・・・ 仮面ライダァァァ 覚えておくがいい ここでネオショッカーが潰えても・・・・
バダンは幾重にも策を構えて 大首領JUDOの復活を遂げてみせる・・・・・・
・・・・・・・JUDOの復活・・・・・か
洋・・・・・ この戦い勝てると思うか
そう考えた事は 一度や二度じゃないですから
病み上がりで悪いが お前には向かってもらいたい所がある
はい
日本中に展開されたバダンの作戦も各地に散らばったライダーとSPIRITS部隊によって4つの組織を鎮圧
残る組織は関東・東海・東北・北陸・九州・沖縄の6地区となった
現在関東地区では仮面ライダー1号が「ショッカー」と交戦中
九州・沖縄地区「ゲドン・ガランダー」をアマゾン
東海地区「ブラックサタン」をストロンガー
東北・北陸地区「ドグマ・ジンドグマ」をスーパー1が戦っている
当初は戦った経験のある組織に戦力を振り分けたらしいが ゲドンとガランダーの様に拠点を分けられることで アマゾンライダーを欠いた6分隊は沖縄地区で苦戦を強いられている
ドグマ・ジンドグマと戦う9分隊も同じだ
スーパー1は東北での戦いの半ば 北陸の支援をするべく奔走している
グレゴリー刑事は9分隊と共に東北に残った
・・・・・・・
そうか 頼むよ
ゼクロスと10分隊は沖縄に向かいました
俺は東北に行きます!!
洋・・・・
たとえ・・・・ 又 必ず私が治してやる
博士としてじゃない お前の亡き親代わりとしてだ・・・・・
解ってますよ 会長!!
漫画『仮面ライダーSPIRITS』15巻 第38話 影の切り札 筑波洋 志度敬太郎博士 ネオショッカー首領 より
「イエス、マイボス」
「マイボスはやめろ」
俺が顔をしかめると、島津はモニタの向こうで笑顔になる。
「行灯もダメ、マイボスもダメ、いちいち細かいヤツだなあ。それじゃあお前のこともなんて呼べばいいんだ?」
島津は捨て台詞を吐くと、白い輝点になって、モニタから姿を消した。
俺は、彫像のように動かなくなってしまった南雲に尋ねる。
「南雲さんは、この症例を解剖すべきだ、とおっしゃっていましたが、体表から見てモチによる窒息ではないと見抜いていたんですか」
南雲はうすら笑いを浮かべて、首を振る。
「私は、解剖するぞと遺族を脅してみろ、と言ってみただけだ。こうなった以上、今の質問に答えるのは野暮、というものだ」
俺は、半分は挑発する気持ちで、残り半分は純粋な好奇心から南雲に尋ねる。
「ちなみにこの症例、法医学者が解剖していれば真相はわかりましたか?」
南雲は振り返ると、俺を凝視した。それから、ふう、と笑うと、答える。
「私なら、解剖しなくてもわかった。大概の法医学者は、解剖すれば真相はわかる。だが一部の出来の悪い法医学者は見逃したかもしれない」
そして扉を押して外に出ようとして、振り返る。
「こんなゴマカシは極北市にごまんとあったが、私は解剖せずに見破っていた。だから極北市警の署長は私に頭が上がらなかったのさ。だが、検視の質が低下している今、Aiは必要悪かもしれんな」
そういうのは悪とは呼ばないでしょう、と言いかけたが、その時にはすでに南雲の姿は忽然と視界から消えていた。
桧山シオンが、風にそよぐ葦のような風情で、俺をひっそり見つめていた。一瞬目が合うと、シオンは目を伏せた。
その時、煌めくようなアルペジオの和音が清冽に響いた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』21章 Aiセンター、始動 本文 田口公平 島津悟郎 南雲忠義 桧山シオン より
高階病院長が意気軒昂なのはわかったが、世の中はそんな風にきちんとしていないのでは、と俺は斜に構えてしまう。そこで別の角度から、つついてみる。
「でもこの前のように、刺客が送り込まれてきたら、大変でしょうね」
高階病院長はうなずいてうっすらと笑う。
「その点は考えがありますので、お任せくださいませんか、田口センター長」
上司に肩書きで持ち上げられて、俺の背筋に寒気っ痒みが同時に走る。
「何でも言うことを聞きます。ですからその慇懃無礼な嫌がらせはやめてください」
「慇懃無礼?嫌がらせ?何のことでしょうか?」
高階病院長の無邪気な表情を見て、俺は悟る。この人は天然なのだ。
海堂尊『ケルベロスの肖像』4章 東城大の阿修羅 本文 田口公平 高階権太 より
高階病院長は大きく伸びをした。
「田口先生に告解したら、気分が軽くなりました。若返った気分です。久しぶりに封印を解き、前線に参戦し、私の本当の姿をお見せしましょう。こう見えても私はかつて、帝華大の阿修羅と呼ばれていたこともあったんですよ」
東城大内部で、高階病院長ほど数多くの言葉で語られている人物は他にいない。
臓器統御外科の黒崎教授との確執、かつての恩師・佐伯前教授に掲げた反旗。そのために外科の名門、国手率いる総合外科学教室が分裂したというウワサ。穏やかな風貌とは裏腹に、この人はいざとなったらどんな手段を使ってでも、自分の思い通りに物事を敢行するという印象がつきまとっている。
その高階病院長が自ら最前線に立ち、東城大の最終防衛ラインを率いるという。
俺は、湧き上がってくる高揚感に身震いした。
海堂尊『ケルベロスの肖像』4章 東城大の阿修羅 本文 田口公平 高階権太 322の続き より
ケルベロスの塔という言葉が何を示すのかわからなくても、文面から明瞭に読み取れることがある。脅迫犯は「八月に東城大を破壊する」と宣言しているのだ。
「つまり白鳥さんは、脅迫状の送り主は碧翠院の生き残りだとお考えなのですね?ならば碧翠院の生き残りを固定することはあまり重要ではないのでは?どちらが生き残っても破壊工作を仕掛けてくることは同じなのでしょうから一緒なのでしょう?」
すると姫宮は、首をふるふると横に振る。
「全然違います。S1さんとS2さんでは攻撃方法ががらりと変わってしまうのです。ですので相手のタイプに合わせて防御策を練らなければなりません」
姫宮は俺の目を凝視した。
「どちらが生き残っていても、攻撃力は以前よりグレードアップしていることは必定です。でもふたりのアタッカーの性格は正反対で、S1さんは暗い情念を道連れにした冷徹な攻撃を、S2さんなら明るい絶望感を武器に、思い切り派手な仕掛けを炸裂させてくるでしょう。ですのでディフェンス・ラインが変わってしまうんです」
----どうせ同じ人生なんだから、せいぜいド派手にいかないと、ね。
女性の華やかな笑い声が、ひかりのかけらのように煌めいて、消えた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』2章 亡霊狩り 本文 田口公平 姫宮香織 より
はあ はあ グ・・・・ まさか・・・・
まさか・・・・ 奴等が参戦してくるとは・・・・
!!・・・・・ しまっ・・・・
どうした本郷 お前が苦戦するなんてな
一文字
ま・・・・ しょうがねえか テメエらまで 出てきたんじゃな なあ
デルザー軍団!!
油断するな一文字!!
奴等には過去の記憶がある 俺達と戦った記憶が・・・・
ナニ・・・・
ククク・・・・ 我ら改造魔人は 大首領JUDO樣 ある限り 何度でも蘇る!!
下等な人間の魂など元より持ち合わせておらぬわ
ダブルライダー!!キサマらの伝説もこれで終わりだ!!
漫画『仮面ライダーSPIRITS』15巻 第38話 過去の切り札 仮面ライダー1号(本郷猛) 仮面ライダー2号 (一文字隼人)デルザー軍団 より
い、いよいよです……!
緊張するね……
うわぁ〜、心臓が飛び出しそうちゃいだよ
おわりましたかおわりましたか……
まだよ!
誰か答えてください!
それじゃ聞こえないでしょ
そそそそうよ。予備予選くらいでなにそんなに緊張してんのよ
そうやね。ウチのカードによると……
よると?あ〜ん!やっぱり聞きたくな〜い!!
キマシタッ!!最終予選進出1チーム目はA-RISE
2チーム目はeast heart
あとは?
3チーム目はミ…midnight cats
ああ〜!!
最後は!?
ん……!4チーム目は……
ミュー……
ミュー…〜〜!!
ん、ああ……?
ミュータント ガールズ!!
ああ……
そそそ、そ……そんなっ〜!!!
っていう夢を見たんだよ!……あれ?
夢なんか〜い!!!!!!!!
アニメ『ラブライブ!(二期)』第四話 宇宙No.1アイドル アバンタイトル 香坂穂乃果 園田海未 南ことり 小泉花陽 星空凛 西木野真姫 矢澤にこ 東條希 絢瀬絵里 より
看板をでかでかと掲げるほど、不定愁訴外来の実存と意義から掛け離れたことはない、というのが表向きの理由だったが、実は本音の理由もそのまんまだった。
不定愁訴外来は日陰の花。人に知られずひっそりと咲く。
それが俺のモットー、いや不定愁訴外来の理念、というヤツだ。
海堂尊『ケルベロスの肖像』5章 廊下トンビの墜落 本文 より
だから 怖いものじゃないって・・・・
なあ・・・・本当に覚えてないのかよ ラジオ・・・・
・・・・あ
チ・・・ チ
あのさ なんで ラジオなんです?
ウホン
マサヒコ それ・・・・貸せや
?・・・・ モグラがラジオ どーすんのさ?
これから俺も 社会で生きていくために 社会勉強しないとな
バッカみたい!!
そりゃ・・・・ ムリでしょ・・・・
え?
説明しましたよね バダンが再生した獣人は過去とは 全く無縁のものだって・・・・
そんな・・・・ ラジオの記憶なんて・・・・
ま・・・・ 臆病な性質は受け継いでいるみたいですがね
ほっといてくれません?
記憶なんかなくったって こいつは俺の「トモダチ」ですから
そいつはなぜ アマゾンに協力したんだ?
村雨・・・・さん
いや・・・・俺はまだ彼の事を知らなくて・・・・な
どうせ捕虜だろ ムリヤリ協力させただけだろ
食料として 取っておいた・・・・とか
愛よ!二匹は愛し合っていたのよ
あ・・・・あんたらなあ
く・・・・苦しいよお 体がひからびてゆく・・・・
!! 水・・・・!? 水だ・・・・
キサマ・・・・ アマゾン・・・・ やめろ・・・・ キサマの情けなど受けるか・・・・
黙れ!! 水・・・・飲む!!
・・・・そうか 会ってみたいな アマゾンという男・・・・
漫画『仮面ライダーSPIRITS』15巻 第40話 ガランダー 村雨良 アマゾン(山本大介) 岡村マサヒコ モグラ獣人(同回想)ウェイ・ペイ SPIRITS隊員 より
「また天馬のヤツが何かやらかしたんですか?」
どうやら東城大では、天馬大吉は札付きの問題児として一目置かれているようだ。
「いや、学習状況とかの話じゃありません。別件でちょっと話を聞きたくて」
俺は医学生の学習状況が悪いからといって、お説教をするようなタイプではない。自分にそんな資格がないことは、俺自身が一番よくわかっている。
学生課の男性事務員は過去の履修表をプリントアウトして手渡しながら言う。
「授業をサボっては留年を繰り返し、放校寸前でかろうじて踏み留まっている怠け者の劣等生ですよ。まあ、最近は少し心を入れ替えたようですが」
履修表を見て、その評価が妥当なことを確認する。だが俺は成績表を改めて詳細に見直して、言う。
「でも、ここ二年はきちんと履修しているようですね」
「どうでしょうねえ。人間の本性ってそんなに簡単に変わりませんですから」
肩をすくめる。学生時代にサボリ魔だった俺は、ひとつ間違えば天馬と同じ運命をたどった可能性もあった。そうならなかったのは高階病院長がいい加減で、かつ度量が大きかったからだ。ただし、そのツケは今も延々と払わされている、というオチがあるのだが。
海堂尊『ケルベロスの肖像』9章 碧翠院の忘れ形見 本文 田口公平 学生課の男性事務員 より
「私は責任なんて、取れません」
俺の言葉を聞いて、渡辺さんはくわっと目を開く。
怒濤の言葉が押し寄せてくる寸前に、ぽん、と蓋をする。
「お薬というのは、もともと毒なんです。ですから正常の人は絶対飲みません。どうして毒を飲むのか。それは毒の害以上に、病気の状態が悪いからです。薬は毒で身体には悪いんですが、病気に対する害の度合いが、身体に対する度合いより強いので、お薬を飲む意義があるのです」
「しかし、そのことで私の身体がダメージを受けたら……」
「ちょっと待ってください。私の言葉はまだ途中です」
俺は渡辺さんの話を途中で遮る。渡辺さんは開きかけた口を開けたまま言葉を止める。根は素直なタイプのようだ。
「渡辺さんのお身体を治すのはお薬ではありません。渡辺さん自身の身体が治すお手伝いをするだけです。今回、渡辺さんの身体を治す薬を見つけながら、副作用でその薬が使えなくなってしまいます。薬はこれまでな医学の叡智(えいち)の賜物で、ひとつがダメならすぐに次というわけにはいきません。ですから微量成分によるアレルギーの可能性が考えられる以上、まずそれを除外してみる必要があるんです」
渡辺さんは頑迷な表情を浮かべ、きっぱり言う。
「それはムダです。私の身体は、この薬が問題だと叫び続けていますから」
「でも、夜は眠れているようですから、掻痒感は我慢できないほどでもなさそうです。なので、新しいお薬は必ず飲み続けてください。二週間後、もう一度、診察します」
俺はさらさらと処方箋を書き上げ、渡辺さんに手渡した。
「これは私の勘ですが、今回のお薬では身体は痒くならないと思いますよ」
渡辺金之助さんは、釈然としないという表情でありありと浮かべながら俺を見つめていたが、結局はその処方箋をひっ掴んで出て行った。
兵藤クンは閉ざされた扉を見つめていたが、やがてため息を吐く。
「僕、田口先生が、患者さんにあんなにキツく物を言ったのを初めて聞きました」
「だろうな。俺もあそこまでキッパリ言ったのは、初めてだから」
俺が責任者を努めている不定愁訴外来では、相手の言葉に耳を傾けるのが大原則だ。俺は忍耐力がある方で、そうしたことは苦にならない。だがそんな俺も例外的な対応することも、ごく稀にある。それがさっきのような、他人の言葉に耳を貸さない患者が相手の場合だ。
海堂尊『ケルベロスの肖像』5章 廊下トンビの墜落 本文 田口公平 兵藤勉 渡辺金之助 より
桜宮岬に設置されたAiセンターに、我々の車が到着したのはそれから二時間後、陽が傾き、夕方の帳(とばり)が包み始めた頃だった。
夕闇の中、車から降りた高階病院長が、薄暗い空に浮かび上がった天空に屹立(きつりつ)するジャックナイフのような塔の輪郭を指して言った。
「あれがAiセンターです」
すると東堂が両手を広げて言う。
「ファンタスティックだな。ここがミーの職場になるのか?」
高階病院長はうなずく。
「ここも拠点ですが、東城大の画像診断ユニットに遠隔診断ネットを構築しますので、大学でも業務が可能になります」
「WOW(ワォ)、そいつはすごい。一発で気に入りはったどすえ」
なぜに京都弁?東堂の常人離れした独自の思考についていくので精一杯の俺だが、とりあえずノーベル賞候補最右翼の大物に気に入ってもらえてほっとする。
しみじみと塔を眺めていた東堂は、俺に向かって言う。
「このタワーはシャープにしてグロテスクなスネイル(かたつむり)だな」
俺は呆然とする。この塔が、かつてこの岬を睥睨した碧翠院のフォルムを踏襲したらしいことを、東堂は知る由もない。にもかかわらず、碧翠院が持っている秘められた怨念を嗅ぎ当てた東堂の嗅覚は恐るべし、だ。
車から降りる時、東堂ウルトラ・スーパーバイザーはとりあえず俺の頭に載せたカウボーイハットを取り上げ、自分の頭に載せた。その行動の真意を付度すれば、単なる帽子置き場から、マイボスという名の地位に実質的には多少なりとも近づけたようだ、とも思ったが、それは単なるうぬぼれかもしれない。
海堂尊『ケルベロスの肖像』7章 東堂サプライズ 田口公平 高階権太 東堂文昭 より
兵藤の院内における評価は、“お調子者の廊下トンビ”というものだ。だが兵藤が患者とトラブルを起こすことは滅多になかった。口先から生まれたようなヤツだからあることないことをぺらぺらと喋りまくるものの、気のいいヤツなので患者受けもよく地雷を踏むこともないのだ。
「お前が患者ともめれなんて珍しいな」
「実はこの患者、モンスターなんです」
「モンスター?クレイマーとは違うのか?」
「ちょっと違います。何というか、医学知識おたくで、自分の病気に調べ上げ、僕がちょっと違うことを言うと、途端に厳しく追及してくるんです」
「ほう、勉強家の患者なんだな」
「そうなんですけど、ちょっと度を超しているんです。ナースステーションや医局で盗み聞きしたり、カルテを覗き見したりと、とにかく情報収集欲がものすごいんです。何でも、昔は社会部の新聞記者だったらしくて……」
「なるほど、そいつは大変だ」
昨今、ネットの情報革命によって医療に対する社会の姿勢は大きく変わった。
そのひとつの原因に、これまで専門家しか知り得なかった専門知識がネットで労せずに獲得できてしまうという現状が挙げられる。だが検索で得る知識は実体験の裏打ちがないため、あまり有効に機能せず、結局は経験がものをいう専門職の必要性は損なわれていない。ただし、素人にはそのあたりの阿吽の呼吸がわからない。
つまり“生兵法は怪我の元”という格言を地で行く医療素人が増えているわけだ。
病気に罹ると、誰しも自己防衛本能に刺激されて知識欲が異常に高まる。それがきわめて稀で、かつ軽微な疾病だったりすると、専門職である医師の関心が低いため、意欲のある素人が知識量で凌駕しとしまうこともある。すると診療現場で、主治医が患者から病気についてレクチャーしてしまうという悲喜劇が起こる。
そこまでなら、まだ可愛いものだ。
そうした検索知識の中には、あまりに先鋭的すぎて、臨床現場ではとても使えないようなものも混じっている。そんな専門家の説明を無視し、検索知識に固執し、声高に治療方針に異議を唱え、自分の主張を押し通そうとする患者がいる。
そうした患者は、情報モンスターと呼ばれている。
海堂尊『ケルベロスの肖像』5章 廊下トンビの墜落 本文 田口公平 兵藤勉 より
三人のクレームが一斉に噴出した後、黒崎教授がコメントを取りまとめる。
「お前のように頼りないヤツに率いられるとは、東城大もとんだ災難だ。仕方がないからワシたちが、お前が転ばぬように、みっちりと監視してやる」
振り返ると、高階病院長は新たな煙草に火を点けながら、苦笑している。
部下が上司よりふんぞり返るであろう、そんな連中を引き連れて、一度は潰れた東城大学医学部付属病院の復興をしなければならないなんて、茨の道どころか、ガラスの破片があふれる瓦礫の山を裸足で歩くようなものだろう。
だが、それもいいではないか。所詮この世はそんなものだから。
俺は病院長室の窓に歩み寄ると、窓の外の景色を眺めた。
自分の姿をハーフミラーになった窓に映し見る。すと一瞬、俺の姿が三つ頭のケルベロスに見えた。これから俺は冥界と現世の間を行き来する番犬になるのだろう。
あるいは、大学病院と市民社会の境界線を綱渡りするピエロだろうか。
いずれにしても、長く険しい道になることは間違いない。
だが、俺は覚悟を決めた。
心配ない。いつでも俺は、そうやって綱渡りで生きてきたのだ。
振り返ると俺は、大勢の人々の温かい視線に包まれていた。
思わず照れてしまい、再び窓の外に視線を投げる。
ふと、この窓から見える桜宮の風景が大好きだったという古い記憶を思い出す。
院長代行になるということは、この窓からの景色を独り占めできるということだ、と気付いて呆然とする。それは長い間ずっと、叶わぬ望みだと思っていたからだ。
願いごとは叶う。ただし半分だけ。そして肝心の願いごとを忘れ果てた頃に。
どうやらそれが俺の宿命らしい。
桜宮湾の水平線がきらりと輝いた。
眼下では今、暑かった夏が終わろうとしていた。
海堂尊『ケルベロスの肖像』最終章 東城大よ、永遠に 本文 田口公平 黒崎誠一郎 より
1974◆中学。夏の間しか稼働しない水泳部に入部。
『刑事コロンボ』にハマる。ノベライズを全巻読破。連動して、エラリー・クィーンなど海外ミステリーにハマる。あと、筒井康隆にハマる。
生徒会役員に立候補(させられ)、性格に合わない、「会計」に当選する。生徒総会で、会計報告の数字が合わないことを指摘され、「計算機が間違っていました」という答弁で乗り切る。だって本当なんだもの。当時の電卓は四〇項目の足し算をすると、毎回数字が違っていた。これは言い訳でなく事実である。
海堂尊『ジェネラル・ルージュの伝説』History 海堂尊物語 義務教育時代 本文 より
1995◆結婚をした。やがて私は論理ではどうにもならないことを思い知らされる。翌年、第一子が生まれる。人格として相手を認める気になる最低限の条件は、シモの世話を自分でできることだ、と心底実感する。
瀬名秀明さんの『パラサイト・イヴ』が大ベストセラーとなり、小説の舞台と同じ分子生物学教室で研究をしていたこともあって、これくらいなら自分にも書けると思い込み書き始める。「健康な男子がある日怪我をし、入院先の病院で真面目な看護婦が一生懸命ケアしてくれるのに、何故か怪我がどんどん病状が悪化していく」という物語を何も考えずに書き始め、五枚で挫折。この程度の思いつきで小説を書けると信じていた。あの頃の自分の能天気さが信じられない。だかふと、今も同じようにやっている自分に気づき愕然とする。
この時のプロットは十年後『螺鈿迷宮』として復活する。『螺鈿迷宮』は構想十年というホラを吹いたが、ウソではない。それにしても、どうしてある日突然書けるようになったのだろう。謎だ?
海堂尊『ジェネラル・ルージュの伝説』History 海堂尊物語 大学院生時代(外科医+病理医) より
2003◆某医療系雑誌で「治療効果判定病理学」なる連載を始める。
Aiについての世界初の英語論文が受理される。
筑波メディカルセンター病院でAiと類似概念であるPMCT(検死CT)を実施していることを知り、責任者のS先生に会いに行く。この時S先生が「十年後にAiの厚生労働省研究班でも立ち上がるといいですね」と言ったので、私は「五年以内に立ち上がりますよ」と予言した。後に私の予言は的中する(というか、強制的中させた?)。ただし、当たったのは半分だったが。
海堂尊『ジェネラル・ルージュの伝説』History 海堂尊物語 病理医時代 より
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