大倶利伽羅 2015-04-14 21:18:45 |
通報 |
っ…、
(一部のみ開いた窓から吹き込む宵風は肌寒いとは言えど数か月前の冬の其れと比較すると幾分か温かく、中庭に植えられていた木のものであろう桜の香りを仄かに含んで廊下を漂う。葉の擦れ合う心地好い音は鼓膜を優しく擽り、玄関に屯していた刀剣達が散り散りに為った事も相俟ってか微睡むような静寂が訪れ。然し揶揄に対し不機嫌さを帯び跳ね退けるような簡素な低音は予想外のもので、小さく肩を震わせると心臓に氷の塊が圧し掛かるような息苦しさと身体の芯から冷えてゆくような感覚に陥り、言葉を詰まらせ満悦の表情は僅かに翳り。今日の昼間を含め普段の淡泊な言動とは異なる語調に、脳内に次々と浮かび上がる数多の疑念を紛らわすよう笑みを張り付けるも、無意識か否か眉尻は僅かに垂れ下がっており。互いの間に漂うは静電気が張り巡らされたような気まずい空気、其れの打開策を練るべく必死に思考を働かせるも拭い切れぬ不安感が邪魔をし隔靴掻痒の感を抱く。自然と目線は彼の胴から細く長い脚を経由し木目の床へと下降するも、其れが動き出し此方へ距離を詰めたかと思うと淡い花と共に伸びてきた相手の手に焦点を合わせ、「…どうしたんだ。」飾りを持たぬ彼の手を掬い取り其の侭指同士を交互に噛み合わせるよう握りながら短く問うた言の葉は己が思うよりも情けなく頼りない声色で。)
…おい、付けられないだろう。
(春先とは言え、未だに夜は肌寒い。時折吹くそれは、冷たさを伴わせて自身を包み込み、腕を捲った袖から覗く肌を冷やす。僅かな隙間程度に開け放った窓は其のままに、背中に草木の音を背負い込む様に揺れ、更に鮮明に聞こえる。彼を彩る為に近づき、手を伸ばしている最中にひっそりと表情を窺い見てみれば、それは衝撃的なもの。なぜか、自然な笑顔では無い様に見え、むしろ先程よりもその笑みは暗さと、無理矢理表面はいつもの彼だと言う事を崩さぬようにとやっているのだろうが違和感をはっきりと覚えてしまい、前髪の隙間から覗く整えられた眉は何処か寂しげに見える。その表情に気を取られていてしまうと、ふと伸ばしていた手が声と共に絡め取られ、指と指の付け根が交差するそれは更に自身の胸の高鳴りを煩くさせてしまう。尚更平常心を保たなければ、と思い、出た言葉はごく普通なもので。此方を見詰める眸は、いつもの相手を感じさせない珍しく弱った切なげな視線、じくりと高鳴る胸の鼓動は、限度まで膨らませた風船に針先を僅かに触れさせた様にちくりと痛み、それは少しでも揺らいでしまったら割れてしまう、そんな状況の中、絡め取られている手元ではとてもではないがきっと上手くつけられないと言う答えに辿り着き、桜の花のそれをゆっくりと彼の耳上へと移動させる。その時、胸飾りではなく髪留めの方が良かったかと僅かな後悔もしつつ、驚くほど白い髪に馴染む淡い桜色の花の胸飾りを持つ指先は相手の髪に触れ、そのまま手で固定を。儚い見た目の、儚く散る桜が似合うのはこの目の前の男しか知らない。思わず、「お前は、…桜が似合う。」口から洩れたものは素直な感想、同時に双眸は柔くなり、微かな笑みを口角に浮かばせ)
君の所為だろう、―…いや、俺の思い違いか?
(毛先へ向かうに従って焦茶色の髪は緋色を段階的に塗り重ねたように彩を添え、色味異なる其れが彼の傍らに在る夜の闇に溶けず視界の端で揺れる。無意識の中、意識的に作られた微笑に違和感を抱かれている事は薄々察知しているものの、其れを普段通りのものにする事が出来ず、もどかしさと困惑に僅かに眉根を寄せて。先程の人を寄せぬような声色は錯覚であったかのように、己と相対し平常通りにてやんわりと不満を述べる目の前の男。行動を遮断された事に因るものだが、絡むような互いの指は隙間を持ち合わせ振り解くには難く無い、にも関わらず其の侭である事に自惚れを抱いてしまう。表情に憂色の余韻を残した侭、伏し目がちに浮かぶ思考の侭に独りごちるよう言葉を落とすと不意に持ち上がる腕と顔の横に留まる薄紅色の花に従い目線を上げ。此方を映す円い蜜色の眸には、髪長が為すような滑稽な姿が映っているのだろう。然し想像に反し柔和に緩められる端麗な面と淡々と紡がれる言の葉、驚きを隠せず双眸を僅かに見開いてしまう。花に喩えるような外交辞令を扱う男で無い事を理解しているが故に、次いで込み上げてくるものは震えるように高鳴る脈動と喜色を伴った面映さである。目尻や頬骨の辺りに徐々に熱が集まるような感覚を抱きながら、「君がそんな口説き文句を言えるようになるとはなあ、…驚いたぜ。」平常通りに軽口を叩くも声色は嬉々と弾み、目の前の彼につられるよう表情を綻ばせて。)
思い違いで、そんな顔をするのか。
(絡め取られた際に感じたのは、ただ一つ。此方側を求めている様な錯覚すら覚えるさなか、その交差した指と指は少しでも自身の手が後ろに退けば簡単に糸が解かれる、そうする事をしないのは何故か、自身ならなんだって振り払う事も出来る、だが目の前の男は違った。絡みついた肌でさえ、たとえ指であっても目の前の彼ならば心地の良い温もりに塗り替えられ、解くなど到底考えつきもしなかったもの。どういう心境の変化なのか、自身で驚きの種を育てている事にようやっと自覚はするものの、耳上へ綺麗な薄紅色の花を添える前に見えた、伏し目で良く映える長い睫毛はとても美しいもの。此方側の事が見えないのを良い事に一瞥する様に視線を遣り、思わず伊達家で200年余り眠っていた刀の事を思い出させてしまう。自分の所為だ、と言う言葉には疑問を持ち、それに加え別の解釈には眉根をひっそり寄せ、上記。先程の彼の顔といったら、何とも言えぬ、だからこそ疑問をぶつけながらも、自身とは相反する様な白い見た目、首筋の線に沿って流れる襟足の髪は自身と同じくして、長い。其処が今は色気を纏わせて異彩を放っている錯覚、思わずその邪な思考を頭の片隅に追いやれば、いつもと変わらぬ揶揄交えた快活な声に「こんな事を言うのは、お前だけだ。…俺は風流など分からないからな。」この光景は薄紫色の髪をした刀剣に見られればひとつ"雅"だと言うだろう。そうして見せた、貼り付けている笑顔という面が剥がれる様な、今度は笑みに感情が乗っている様な表情に少しばかり見惚れてしまい、そのまま空気やら風やら人の手やらに連れ去られてしまいそうな儚い姿には、あの頃の様に又離れてしまうのは御免だと、思わず絡んで繋がっている指先の力を込めて捕まえ、此方へ引き寄せると同時に花を象ったそれの位置はずれていき。)
(御久し振り?です。いつもうちの鶴が御世話になっております。
諸事情で、日曜まで返事が出来そうにないので連絡を、と出て来た所存です。
毎日やりとりができていたのに、返す時間がとれず申し訳無いです…。
返事を書いていたら時間が過ぎるのがあっという間で、本当に楽しいです。
大倶利伽羅は貴方以外考えられないくらい。…重いですね、黙ります(←)
それでは日曜日、出先から戻りましたら光の速さで返事を書きますので
申し訳ありませんが、待っていて下さると嬉しいです。)
(/おや、御久し振りでございます。此方こそ、うちの大倶利伽羅がお世話になっております。
いやいやいつも、毎度楽しませて頂いています、本当に有難うございます(ふかぶか)
諸事情の報告、承りました。気を付けて、行ってらっしゃいませ(?)
毎日のやり取りと言うのは理想の中の理想らしいですからね、此処だと。レスに関しては、どうか無理をなさらず自分の出来る範囲と時間で書いていただけたらな、と思っております…!
私がレス返早いだけで…唯一の楽しみですし(はは)
重いなんてとても!今、不覚にもときめいてしまいました。凄く、そう言って頂けて嬉しいです!
大倶利伽羅も、相当男前で素敵な鶴さんに惚れ込んでしまっているのも事実、…素直になれないだけなのです(←)
はい、それではお待ちしております。態々ご報告、有難うございました!)
…俺は酷い面でもしていたかい?
(触れ合った部分から伝わる滑らかな肌の感触と彼の温もり、刀の形を為して居た数百年前には持ち合わせていなかった五感と体温に順応出来ていたにも関わらず、今更ながらも何故か此の感覚が特別で奇跡的なもののような心地と為り、其れを手離してはなるまいとの思考に因り絡んだ指先に力を込め。此方に注がれる視線に気付き怪訝な問いに反応するは殆ど同時、彼の言葉から解釈し無意識の内に見るに堪えぬ表情を露呈していた事を自覚した様子。彼の事と為ると余裕の無くなる自身の弱さに対す情けなさや人間と何ら変わらぬ感情が芽生えている事に対す戸惑い等、込み上げてくる様々な感情が複雑に入り混じり、隻側の眸を僅かに細めながら少しの自嘲を含んだ笑みを薄らと唇に浮かべ。此方が幾ら平然を繕い剽軽な冗句を吐こうと、彼によって紡がれる言の葉は恥ずかしげも無く感情を真っ直ぐ訴え掛けてくるものばかり。其れは相手の凛とした強かさを表しており、眩しさと共に確かな差異を認識せざるを得ず此方が含羞を抱いてしまう程である。「確かに、風流は一人で十分だ。…そんな君に言われるからこそ、嬉しいんだろうな。」"風流"との単語に脳内に浮かぶは芸術肌の刀剣。然し其れは込み上げてきた嬉々とした感情によって塗り替えられていく。はにかむように表情を綻ばせると、引き寄せるような腕の力を利用し彼の方へと重心を傾け、遠慮も皆無に空いた隻側の腕を彼の首へ緩やかに回し抱き着くような体勢へ。)
(只今戻りました、御待たせ致しました…!
勿体無いくらい嬉しい事が沢山書かれていて、満ち足りた気分です。
やりとりを楽しみにしているのは、此方も同じですよ。
ただ…貴方のようにすらすらと文章を書くことが出来ないだけなのです。(沈没)
けれど、貴方が言ってくださるように自分のペースで出来ていますので、本当にありがたいです。
引き合っているのに、簡単にくっつかないところがもどかしくて、凄く楽しいですね(←)
前にもお伝えしましたが、何か希望の展開などありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね。
それでは、此方はどろん致します!)
…ああ。
(握り合わせた指先から段々と熱を持ち、其れは程好く手の内に熱を篭らせる。ふと思い出すは刀の時代、その時代は鉄となり得ていた為、温もりなどとうに忘れ去られ、気の遠くなる位の年月を過ごした過去。その間に2つ刀があの家から居なくなり、次第に心は死んでいったも同然。そんな時人の身に賜った身体、そしていつしか求めてやまなかった白い姿の彼には到底驚いたもので、そんな日の事について思い耽っていれば、僅かに甲へと篭った柔い力には、じんわりと温かい気持ちが心を包む。相手の言い方からすると、先程の苦虫をかみつぶした様な顔に微笑みを浮かべていた何とも彼らしく無い振る舞いをようやっと酷い顔について自覚をしてくれたかと、一人安堵の息を洩らせば、「もう二度とあんな顔をするな」眉根を寄せて双眸を鋭くさせて力強く言い聞かせる様な声音で少し含み笑いを浮かべている彼へと"二度と"と言う単語をいっそう強く唸らして声をかけ。彼の後ろの方はいつの間にか静かで、彼よりも向こうの光景を一瞥しても人の通る気配は感じられぬ、それとは別の居間の方面からは談笑の声音が微かに聞こえ、当分此処を通る刀剣は居ないかと見越し。「そうか。…だったら、尚更お前にしか言わない。」此方へと引き寄せる際に見えた、あどけなさが垣間見る笑顔にはどくんと胸が打たれる。そうして密着させた身体同士、胸飾りを持っている腕にて背中へと回れば「…もう、行くな」懇願にも似た声音にて呟くと、腕は彼の身体に沿って力を込め。)
(/御帰りなさいませ、お待ちしておりました…!
全部、本当の事ですので…満足して頂けるのはまだ早いかと。(?)
いえいえ、私は…!ちょ、待ってください沈まないでください(慌)
はい、是非是非自分のペースにてレスを書いていただければ、
本望ですので…!此方も、自分のペースで書かせていただいております。
そうですね、もどかしいものは好きです…!是非、御付き合い宜しくお願い致します。
はい、此方も遠慮なく仰ってくださいませ、お応えいたします。
では、私の方もどろん、です!)
それは何というか、…情けない所を見せてしまったなあ。
(噛み付くような炯眼と、先程晒していた表情に対し嫌悪すら感じているように見える咎めるような言葉に、困惑混じりの乾いた苦笑が漏れ小さく肩を竦ませる。面持ち一つで想定外に不機嫌な相手、余程酷い面だったのだろうと思案を巡らせながらも、「君が俺に"あんな顔"とやらをさせないようにしてくれよ。」相手の言動に一喜一憂してしまう程度には懸想している事を朧げながらも確りと感じ取っており、戯れのような語調ながらも其の言葉はまさに己の真意で。互いが交わす声を遮るものは無く、遠くで聞こえる賑やかな談笑と風が通り過ぎてゆく音のみ。「そうじゃないと困るぜ。」間隔は無くなり触れ合った身体と鼻を掠める仄かな薫香の香りに、記憶が湧き上がるような面妖な感覚に陥る。人を惑わし殺める為の己が刀は付喪神として人の器を得、数奇なる運命に因り再び戦乱の世に呼び戻され今に至る。伊達家に在った期間は天皇御物と為るまでの二百数年程、彼と共に在った年月は束の間とも言えるものだったが、人の身体が無き頃ですら目を掛けていた相手との邂逅は数百年の無聊を吹き飛ばす程のもので。懐かしさと自分が無き後の彼に思いを馳せていると耳元付近にて紡がれる嘆願の言葉に胸の奥が締め付けられるような圧迫感を覚え僅かに眉の形を歪める。「…どうした、俺は此処に居るだろうよ。」強まる腕の力、己の視界に入る事の無い彼の表情は如何ようなものだろうか。態々覗き見るような野暮な行為も出来ず、呼気に近い軽い笑みを溢すと握り合った手の力を抜き緩慢に解いて、相手の背中に回しあやすように掌にて弱く叩いてやり。)
本当に、情けない顔だったな。
(未だ記憶に新しい"情けない顔"と言うのは瞼の裏に思い浮かべなくとも鮮明に描かれる。そのざまは本当にそのものであり、言葉を労わる事も無くはっきりとそのまま肯定の意を示す様な発言。"あんな顔"はもう出来れば二度と見たく無い程であり、自身に降りかかる言葉には「原因が俺の所為だったらな」あくまで自分が引き起こした表情に対するもの。中々、彼が真摯な願いとは違う伝えたい言葉とは裏腹な自身の口許は此処は少しばかり恨めしいとさえ覚え、微かに下唇を噛んでしまう。風流じみたものは性に合わない為、口にするのはごくわずかであり、そのうちの僅かな言葉が相手への想いを示す為なら悪くないかとひとつの思案を思い浮かべながらも夜は深まったのか、はたまた時間はそれほどしか経っていないのかも分からない冷えた風の囁きが聞こえる程自身の身に降りかかり。長い年月を越え、こうして出逢えたのも何かの引き合わせか、柄にもない考えをするようになったのもこの目の前の刀が原因なのか。考える度に謎は深まるばかりのそれ、本当はこの男は幻で、此処に見えているのは夢なのではないかと酷く内心黒い靄に覆われ。呼吸は自然と詰まりながらもそう自問自答しているうちに、背中に回った優しい手つきと吐息交じりの声音はまるで自身の気持ちを落ち着かせているかのようで、息を再び安堵の色を混じらえて宙に逃がす。「昔の俺じゃないんだ、子供扱いはやめろ」自身の腕が背中に回って居るのを良い事に、その動作を止める為か彼の羽織りに付属している帽子のふちを摘まむなり数回引っ張って。)
…それは困ったなあ。
(相手らしい歯に布着せぬ言葉は彼の真意であろう、突き刺さるような忌憚の無い意見に苦みを帯びた表情を引き攣らせると瞼を伏せ薄く開いた唇から息を吐き零す。周囲から楽天的な印象が強い事は自覚している上に、此の事が三日月の刀剣等に知れたなら揶揄される事が想像に難くない。「他の奴には内緒にしておいてくれよ?」困惑混じりに一度小さく肩を竦めてみせると緩やかな弧を描いた唇に食指を添えて。目も当てられぬ表情とはいえど中々には見せない弱い一面、思慕の相手対し露呈してしまった事は彼の事となると情けない程に余裕が無くなる事の表れでもあり。空白の期間があれど長年懇意にしている相手の事、言葉こそ淡泊だが根は酷く優しい男である事を理解しており、時折率直過ぎる言葉に翻弄される事はあるものの其れにすら胸中は雀躍を覚えるもの。彼とは無縁にも思われる雅なる言の葉が真意ならば、気恥ずかしくも此れ程嬉しい物は無いだろう。春の夜風は穏やかな肌寒さを引き連れ、開いた侭の窓から吹き込む。すっかり日は落ち、夕餉の時刻も近いだろう。然し其れすらも頭にあらず、距離が縮まった途端に高鳴る鼓動や、過去の彼を思うと胸を締め付けられるような原因不明の痛みを持て余しており。此方の行為を咎めるような言葉は既視感を覚えるもの、其れを中断させるべく背後へと掛かる弱い力に陽気な笑みを漏らし「いやあ、すまん。…だが、君がそう幼子のように不安そうにするからつい。」背を叩く手を止めると彼の行為に因って空いた距離を再度縮めるべく柔く腕の力を込めると、回想するかの如く双眸を細めながら穏和に告げて。)
お前がそんな顔をする事を、俺が口外するわけないだろう。
(彼の表情は頭の上、伺い見るように視線を其方へと寄越した。そんな時に、困り果てて仕方が無いと言った口調と洩れた溜息に似た吐息は何処か懐かしさと、同時に伏せった睫毛が再びこの目にまみえる。相変わらず睫毛が長い、などと野暮な事を考えれば、行き場の失くした、先程は絡み合っていた指先を緩慢に動かし、それはやがて彼の目許へと辿り着いて。親指の腹で撫でようと動かした矢先、唇に食指添えた動作は如何せん胸にくるものであり、思わず指先は其処に血が滞ったかと思うくらいに動かなく。此のまま唇を塞いでやってもいい、塞いで自分の事しか考えられなくなるような、と思わず黒い欲が湧き、それには内心自分でも驚いてしまう。おそらく他の刀剣の事を考えているであろう視線は、その気持ちをより一層掻き立てて。夕餉の時間は決まって皆で集まって食卓を囲むのが主で、時刻は把握出来ないがもうぐ其処にそれは迫ってきている事だけは理解出来、そしてやっとの事幼子をあやす手つきはおさまったが、再び縮まろうとする距離には手持ち沙汰になった胸の飾りの行き場が無く。いつもの陽気さを感じさせる笑い方に「別に…。」消え入りそうな声音で呟いて視線は落とされるが、ふと玄関前にての"約束"が未だ果たされていない事を思い出し、瞼に沿えるだけの手先を彼の羽織りの、紋が描かれた箇所のすぐ下、ふちと言える襟元を掴んでぐいと皺が出来る程に引き寄せてしまえば、距離と言うのは存在しない位に近く。「それで?あの"約束"はいつやるんだ。…俺は、待ちくたびれそうだ」痺れを切らした虎、目の前の獲物を捕らえるべく、双眸は鋭く彼の眸とかみ合わせながら、自然と行きついた耳元へ低く唸る龍を連想させる程に抑制をかけた囁きを施し、それは時折熱さを孕んだ吐息を混じらえ。)
そりゃあ一安心だ。
(噂好きでも無く義理堅い彼らしい尤もな返答に、安堵と杞憂な心配を為していた自身を笑うかの如く、悄然とした感情は緩々と消え去り満足げに目尻を細める。厚底の履物を脱いでも猶、己より幾分か小柄な彼へと視線を落とすと此方を見上げる蜜色の双眸に何処か仄暗い感情の色が滲むような感を覚え、空目を疑い数度瞬き。恐らく誤想であろうとの結論に至るものの、脳裏に過った其の思考に危機感と好奇心に因る高揚を抱き、心拍を高鳴らせる。恐らく夕餉の時刻迄は半刻も無いだろう、本日の内番に当たっている刀剣が準備を為し、本丸内に食欲を唆る香りが漂うのも時間の問題である。触れ合った身体から感ず体温は心内を満たすような幸福感と、屋敷前での甘美なる遣り取りを彷彿とさせ渇求を覚えて。然し何かを求める事に関して経験の浅さ故、幾ら思考を巡らそうと適当な一言目が思い浮かばず口籠っていた矢先に距離を皆無と為す強引な力。意識は別にあった為か驚きを隠せず僅か目を瞠るも、心拍音だけでなく吐息すら感じられる程の至近距離と、痺れを切らしたような言葉に鼓動は跳ねる。肉食獣を思わせる炯眼から視線を外す事は敵わず、己の許可を待つように抑止の掛かった語調は酷く扇情的で小さく喉を鳴らし唾液を下すと「そう言われるともう少し焦らしてやりたくなるが―…否、冗談だ。」戯れに紡ぐは高揚に震える心中を落ち着かせる為。僅かに瞼を伏せ頭部を少しばかり傾けると首に回していた側の掌を彼の項に添えると、形の良い唇から零れる熱い息に吸い寄せられるが如く緩慢に唇を重ねて。)
お前のあんな姿を見るのは俺一人で十分だ。
(情けない姿を周りに言いふらす程の趣味も興味も無いのも理由のうちの一つ、先程の姿は自分の中で留めておきたいという僅かな独占欲と呼ばれるものから来ている為、表では何も、少し欲をちらつかせるほかに当たり障りない言い回しを。肩を並べても、身体に触れても存在する身長差を埋める事は不可能で、微かに相手の美しく艶のある髪の毛先が肌に当たり少々自身の身体を後ろへと動かしつつ、脳裏では夕餉の時刻が迫ってきている事を警鐘として鳴らされており、台所の方面から聞こえるは食器でも出しているのか金属器同士が当たったような、それよりももっと柔く陶器の甲高い音。もう其処まで準備が整えられているのかと察すると、口籠る彼に対する催促は些か急なもので。視線同士絡み合い、彼の白く淡い肌は此方の逸る気持ちを急かすようだ。「馬鹿言ってろ、…―国永」唇が合わさろうとした直前、此処でも何一つ変わらぬ揶揄を言葉の中に宿した口調には柔く牽制、それからぽつりひっそりと彼の名前でもある銘を口に。伏せ気味に眸を覆った瞼、さらりと彼の長い髪が横に揺れたのを感じ、羽織を掴んだ手は自身の項に存在する、彼の手の上へと重ねて。相手の柔らかい唇が、自身の唇に触れた瞬間、其処からじんわりと温もりが広がり、その感触だけを感じようと瞼を伏せ、早まる心臓の音がまた煩く脈を打つ。高揚感を抑えるのに精いっぱいであり、余り余裕というものは持ち合わせていない。そんな最中、足音が此方側へ向かっているのを感知、はっと瞼を起き上がらせるともう片腕の方の手で背中を柔く叩いて制止をするように。)
…、君だからこそ見せてしまうのかもしれんなあ。
(他ならぬ彼だからこそ其の一挙一動に憂愁し欣幸為す、単純明快ではあるものの脳裏を過る正鵠を射た見解はすとんと胸に収まる。掃除の行き届いた窓硝子越しに映る宵闇へ視線を漂わせると思考を其の侭唇に乗せるかの如く紡ぎ、彼の胸中に渦巻く感情など露知らず納得した様子にて目線を交えはにかむような笑みを浮かべて。唇を重ねる間際に至近距離にて吐かれる悪態と己の銘、心地好い低音は脳内に響きの余韻を残し心悸を高鳴らせる。触れ合った唇の柔い質感と興味本位に一度瞼を持ち上げ、狭く霞掛かった視界に映る精悍な顔立ちに呼吸を忘れてしまうほど胸中は酷く高揚を覚え。掌を覆う黒い布越しに触れるは毛先に向かうにつれて朱の彩を塗り重ねたような滑らかな髪、其れを緩く指間に絡め取りながら手の甲に触れる温もりを感じるが侭に。唯重ね合うだけに留まる心算は皆無、欲の侭に小さく唇を開くと彼の薄い唇の輪郭に沿うよう緩慢に舌を這わせていくも、背に感ず控え目な抑止の手と接近する足音に気付くは殆ど同時であり。恐らくは夕餉を知らせる一振りの刀剣だろう、見せ付けるような無粋な真似や無碍に追い払う気は無いものの、やはり不完全燃焼感や名残惜しさは拭えず離れ際に下唇に甘噛みを施すと、抱擁の腕を解き距離を取って。其の侭此方へと近付く足音の方へと忍び足にて向かい曲がり角から飛び出すと「わっ!―…どうだ、驚いたか?」宵の静けさに不相応な声を上げ、驚いたような反応を見せる緋色の首巻を纏う刀剣に軽快な笑声を溢し、次いで不機嫌を露わと為す言葉を受け流しながらも用件は予想通りのもの。"もー…、何してんのさ。早くしてよね。"不満を漏らしながらも食事室へと先を急ぐ彼の背を一瞥した後、先程まで甘美な行為をしていたとは思わせぬ幼子のような悪戯な笑みを相手へ向けて。)
そうか。…是非ともそうしてもらいたいものだな。
(自分の前でしか見せない、そんな意図が感じられる発言にすら一喜一憂する心はせわしない。ふと、目配せをした先は自然と彼以外目に入らないもので、此方を見て居ない事を良い事にその自身より後ろの方角を見詰めている憂いさを伴わせた様子を眺めていれば、唐突に無邪気さを思わせる笑顔。それには些か言葉が詰まり、肩に力が入りながらも眸を僅かながらに瞠って、それからぎこちなく言葉を紡ぎ出し。そうして触れ合った唇、其処から熱が洩れ出ている錯覚。心の中からじんわりと、何とも形容し難い感情、心拍を早まらせる元凶も気持ちも向けているのは彼である。これを愛しい感情と名付け、もっと、と求めてしまう欲求には逆らえずに此方から何か仕掛けようかと思った矢先、唇への生温かい感触。これには少々くすぐったさに表情を歪め、少しの隙間が出来た其処から詰まる吐息だけが宙を舞わせて。自身の長めである襟足を弄ぶ手つき、重ねている手を離れさせ、自分と同じようにして長い相手の襟元へ手を伸ばそうとしたが、此方にむかう来客につきそれはかなわず。惜しくも離れ際にもたらした甘い痺れは脳内に迄伝わり、離れて行った事で肌寒さと寂しさは感じるものの、耽美で密やかであるそれは背徳感を思わせてしまい、相手が姿を現した刀剣に向かって驚かせに行く様子を呆気として見遣るも、じわじわと目元に熱い羞恥。その刀剣との会話など耳に入らず思わず隻手で顔を覆って、前髪をくしゃりと握りしめてしまえば、「くそっ」と悪態を吐き。改めて彼の方へ見向きをすると、まるで先刻の甘い表情はどうしたかと思うくらいに見る影も無い笑顔に胸は切なく締まり、そのまま隻手は下ろし俯き気味に相手へと大股で近づけば手に持っていた胸飾りを相手に強引に押し付け、受け取ったかも知らぬまま其処から去り際に「…早く来い」食事室への催促を言い残し、先程の甘美な行為を考えてしまう頭を振り払うかの如く足早にその場を去ると、段々と賑やかな声が近づき、やがては目的の地へと辿り着いて、すとんと座布団が敷かれている其処へ腰を下ろし。)
―…君からそんな反応が返ってくるとは、驚きだぜ。
(微細ながらも動揺に類似した反応を見せる彼に少々の疑念や怪訝が過るも、思考の侭に零した世迷言紛いな発言を、何処か拙いながらも許容するような意の其れは想定外で、今度は此方が双眸を僅かに瞠ってしまう。真意を漏らした本音であったが故に驚嘆に次いで胸の中に込み上げてくるは確かな満悦、無意識の内に緩んでゆく表情を制御出来ず。障碍を経て漸く交わり合った唇、込み上げる愛おしさに心音は煩い程に騒ぎ立てる。舌先の愛撫に零れ落ちる彼の吐息は熱と湿度を含み、背筋をやおら這い上がってゆくような焦燥と期待に背中に回した隻側の腕には抱き直すように力が入り。手の甲から離れた温もりは戻る事無く、官能的な時間は一振りの刀剣の親切に因って中断させられる。脳内に残る噎せ返る程に甘美な余韻を誤魔化しながらも、薄暗い廊下に二人という不揃いな状況は己の滑稽な行為に不審感を抱かれる事無く済んだだろう。平然を装いながらも内心にて胸を撫で下ろし、不満を吐く中性的な声に混じる小さな悪態に気付くと居た堪れないとばかりに目許を掌で隠した姿。唐突に距離を縮めてきたかと思うと押し付けるが如く手渡される花の飾りと急かすような声、床に落とさぬよう慌てて両の掌で掬い上げると先程の刀剣を追って行く背を呆けた様子で見送るも、隣を通り過ぎる際に髪の隙間から垣間見えた頬は仄かな朱を帯びており、形容し難い愛情に堪え切れず其の場にしゃがみ込んで。遠退く足音を聞きながら自身の心拍を落ち着けるように深く息を吐き出し、膝の間に熱に浮かされたような顔を埋め「あー、もう…。」言葉に為らぬ声は衣服に吸収されくぐもり暈ける。一頻そうしているも吹っ切れたように立ち上がると、大切そうに手の内に包み込んでいた贈物を胸元に在る自身の紋と対となる位置に付け早足にて食事の場へ急ぎ。既に殆どの面々が揃っており、"遅い"との繰言を受け流しながら空いていた場所――先程甘い遣り取りを交わしていた彼の座卓を挟んだ正面に腰を下ろして。)
俺が勝手に思った事だ、お前が気にする事は無い。
(相変わらず白一色を纏う姿は後方の硝子より外側の宵闇に相反する眩しさ。ふと紡ぎ出した言葉の後に柔らかそうな頬を緩ませる彼の表情は何処か締まりが無く、それに救われたような温かく穏やかな光がぼうっと心の中の蝋燭が揺らめいで。食事室に足を向かわせている際、この時彼が何かを堪える動作をしているなど露知らず。滲む愛情と呼ばれる感情、これを抑える方法は何処かに在るものか、今度光忠にでも聞いてみようかなどと一人思考を巡らせ。そして火照った唇と身体だけを引き連れたままで密やかに、熱に溶けて行く先程の情熱は食事室に移動した今も燻って消えずに、不完全燃焼にも似たこの靄の所為で表情は少しばかり思い詰めたものに。暫くしてこの食事室に足を運んだ音、其方へと視線だけを向けてみれば胸元に僅かな桜色がちらつき、それを視界内に捉えると燻っていた内心からふわりと身体全体に広がる熱、半ば強制的に押し付けたものの彼の事だ、きっと懐にでも入れるんだろうと思って居た考えは消し去られ。羽織りが揺れる毎に桜の飾りも合わせて揺れ動くそれは其処から彼を彩っている錯覚すら覚え、その姿は段々此方側へと向かう足、そうしてついに目の前迄遣って来たかと思えば向かい側に腰を落ち着けた動作、その時ばかりは脳内が甘く痺れて軽く眩暈を。「…わざとか」先刻の縁側にてのやり取りをまるで忘れる事を許さないと言いたげな解釈を捉え、賑やかな周りを利用し一つ胸元に篭った吐息を吐き出せば目の前の彼だけにしか分からない、彼に対し問いにも似た声を小さく呟いて。そうして揃う"いただきます"の一声により一斉に手を付けだす他の刀剣達、それに遅れて箸を持ち、その箸の先を少しばかり椀に入った味噌汁に付け、そして掻き混ぜつつそのまま椀を手に傾けると熱々の汁を喉奥に流し込んで味わえば元の位置に。何処か吹っ切れた表情には怪訝さを持て余しながら早速とばかりに顔は極力見ずに相手側へと存在するきゅうりの漬物に箸を寄せ。)
トピック検索 |