大倶利伽羅 2015-04-14 21:18:45 |
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(西側の空から橙の絵具を浸した刷毛で秘色の空を塗り重ねていくかの如く、色味は混ざり合い東雲色に移り変わってゆく。炎陽の熱を保った大地により蒸すような暑さはあるものの、落暉に因って徐々に気温も落ち着き始め吹き抜ける風は真昼の頃と比較すると幾分も穏やかに涼しく。蝉時雨も落ち着き、時折羽を震わせる鳴き声は鼓膜に優しい。本丸内、彼方此方の部屋から聞こえるは催事を待ち切れぬ短刀達の無邪気な声や、彼らを取り纏める審神者と一部の太刀の声。かと思うと此処の縁側で花火を見ながら晩酌をするらしい刀の声も交じり賑やかなもので、其れが更に縁日への期待を昂らせる。伴って胸中の大部分を占める彼への想いをじわじわと膨らませているも、廊下で相手と遭遇するとは夢にも思っておらず、咄嗟に左側上部にある柄模様を隠すべく腕を背に回し。帯も仮止め状態で未だ不完全な姿、然し声を掛けてしまった手前逃げ出す事も出来ず彼と一言でも言葉を重ねたいという欲が其れを許さず。暫し呆けたような面持ち浮かべる彼の切れ長の双眸は寝惚け眼に映り、少し乱れた髪も仮眠後なら頷けるもので思わず口許を緩め。徐に伸び来る褐色の手、怪訝そうに首を傾げながらも優しい手つきを遮る事はせずさせるが侭に。次いだ鼓膜を震わせる柔らかな低音に気の抜けた声を漏らし硬直、それが褒め言葉だと気付いたのは相手が此方に背を向けて遠くを歩んで行った後で徐々に込み上げてくる含羞と痛い程に高鳴る心拍に堪え切れずその場に蹲り、熱を持った顔を膝に埋めて 「あああ、もう…あの色男め…!」 何て八つ当たりめいた悪態。暫しの後、漸く落ち着きを取り戻しては花飾りを取り戻った後に着付けの仕上げに向かい)
(そりゃあ鶴らしくなるからな。然しあれは戦場の話だぜ?
まあ、紅葉を見に行った時に確かめてみよう。
はいはい、素直じゃないなあ。
全部、…そうさな。近くにいる面々に分けて食べればいいか。
先にこっそり餡とちょこれいととくりーむを一つずつ頂戴しておこう。
君はそうやって俺を舞い上がらせるのが上手いな。
…嗚呼、構わないさ。しっかり記憶に焼き付けた。)
(暮れ泥む東雲を背景にした屋敷は何処か神秘さを思わせる中、宵に向かう最中である本丸の喧騒がいっこうにやまない気配は目的がそれぞれ違えども何処も彼処も感じられる。先程彼の姿を褒め称えたとは言え、姿をよくよく思い出してみるとよれたままの帯と襟が完成していないように見えた身なりは今更其れが耽美なる毒だと言うことに気づいてしまい、寝惚けていたとは言え思い出したことで完全に意識は覚醒するのに難くなく。それにより仄かな熱が目許辺りに集まるものの、邪な気持ちを抱えたまま後方に駆けて行く足音を振り返る気にもなれずに目的地の場所へと歩む足は意識を振り払うべく段々と速さを伴い、やがて狭い一室なれどもそれにそぐわない賑やかしさに気後れをするものの目的地に着いたことには着いたと言うことも相俟って見目などにとやかく口を出される覚悟をしておきながら其の室内へと足を進め。そうすると雅を基調とする文系名刀にましろい髪をした先程の彼の行き先を問われるもののあの後は振り返ってもいないためか「知らん。」手掛かりのないような口振りで返すがその雅たる刀は始終恐ろしいほどにこやかに微笑していて、食事室にも見た顔に少し怪訝そうな面持ちをするもすぐに眼帯の伊達男とで挟まれて自分に合うものを態々見繕ったと言い寄られるままに掲示される浴衣の数々を見るものの勝手に話があれよあれよと決めつけられ、そのまま身ぐるみ剥がれて着つけの指導を教わるままに幾つかの手ほどきに対し「ああ。」やら「わかった。」と相槌を打ち、黒を基調とした装いと紅の彩りがなされた帯にきちんと時間を掛けてされるがまま、時折自分で指南された通りに整えるなどして完成となり、未だ此処に姿を現さない姿に何気なく思いを馳せつつ、普段の装いとは違う格好に違和感を覚えるもののさして気にもせずに一頻り身だしなみを終えると一応待ち人でもある彼と祭事に行く約束のため、下手に動いてすれ違うのも面倒なのか部屋の傍らで立ったまま腕を組みつつ夕日に黄昏れながら背中を寄り掛からせ。)
(戦場でなければ駄目なのか、お前の鶴らしいと言う彩は。
俺は燃ゆる紅葉でも、お前は似合うと思っている。
嗚呼。もみじ饅頭、秋と言った季節をお前とともに感じられたら良い。
贅沢だ、と笑われてしまうかもしれないが…そんなことはどうだっていいだろう。
どんな理由であれ、俺は何度も巡る季節をお前と見たい。
…――お前の歯が浮きそうな台詞のお返しだ、受け取れよ。
お前は鶴だろう、いつだって美しい羽根で持って舞う。
俺の些細で不器用な言葉でも上手く飛ばせたなら、それでいい。)
(黄昏時の縁側、淡い橙の斜陽を浴びて全てが朱の薄い羽衣を纏ったかのように面妖な郷愁を誘う世界。擦れ違って行った竜の男の頬が仄かに熱を帯びていたように見えたのはその所為か否か、立ち去り遠ざかっていく軽やかな足音に其れを確認する術は残されておらず。未だ冷めやらぬ熱は頬や耳だけでなく胸中までに燻っており、振り切るように駆けていくも切る風は微温く火照りを沈めるには不十分で。自室の籠の中から取り出した花の飾りを両手に収めると春の万屋での出来事が脳裡に蘇り胸を締め付ける。息苦しさに耐えかねて小さく吐息を零すと、頬に触れた柔らかい唇の感触を思い出すように掌で押さえ固く瞼を伏せ。然し縁日の時刻も差し迫りつつある故に、想いに耽っていた自身を叱咤し立ち上がっては着付けの仕上げに向かい。敷居を跨ぐと既に大半の者達の着付けは終わっているものの、浴衣を見せ合ったり髪の長い者は結い上げたりと賑やかで。誤魔化すような笑みを浮かべ軽い謝罪の言葉を述べながら中心に居る之定の打刀に歩み寄ると"遅い!"との小言を頂戴するも、両腕を広げては手際良く着付けの仕上げにかかる所作を感心の眼差しで眺め。模様の無い白い布地に左の肩から袖にかけて墨で描いたような竜が描かれた浴衣に黒の帯を貝の口結びで締めたもの。手中に収めていた飾りを帯に付けて貰うと、腕を伸ばしたり自らの背面を肩越しに見たりと感情の高揚を隠す事が出来ず。不意に視界に入った相手の浴衣姿に目を瞠り硬直するも一瞬の事、嬉々と礼を述べると壁際に立つ彼の元へと駆け寄って。引き締まった痩躯に纏うは漆黒色を主とした落ち着いた浴衣、差し色として緋色の帯が腰の細さを強調しており、普段見る事の出来ない和装姿に漂う色香に恍惚めいた呼気を漏らし、はにかむような笑みと共に感情を抑えるような声色にて) 大倶利伽羅。…本当によく似合っているぜ。思った通り…否、予想以上に色男で驚いた。
(紅葉の赤だと綺麗過ぎやしないかい?
…だが君がそう言うなら、葉にまみれるのも良いかもしれないな。
秋なら紅葉饅頭だけじゃないぞ?
前に言った月見酒だってしたいし、焼き芋なんかも風情があって良い。
贅沢?そんな事は思わないさ。俺だって君と四季折々を過ごしたい。
君としたい事が多すぎて忘れてしまわないか心配なくらいだ。
…君は本当に狡い。そんな小っ恥ずかしい台詞、何処で覚えてきたんだ。
舞い上がらせるのも程々にしておいてくれよ。君の元から飛び立ってしまうぞ。)
(…俺もお前も、いろいろと欲張りだ。
どれも、お前と過ごしてみたく思う。
大切な思い出として日々をお前と過ごせたら、それでいい。
飛び立たれたら竜を飛ばして迎えに行かせる。
それでいいだろう、元からお前を逃がすつもりはない。
悪いが描写つきのものはもう暫く待っていてくれ。)
(同じ気持ちなら何よりだ。
昨日ははろういんとかいう、南蛮の祭り事だったらしいぜ。
仮装をしてお菓子を貰ったり悪戯をしたりするんだと。
これはまた来年だろうが、君とやってみたいもんだ。
竜を飛ばす位なら君が迎えに来れば良いじゃないか。
…そんな事を言われると何処にも行けなくなってしまうなあ。
今日から霜月。
月の終わりと始まりは慌ただしくなる。慌てる事はないぜ。
冷え込みが激しくなってきたからな、体調には気を付けてくれ。)
(萌ゆる萌葱の草や木々は今や照りつく西日によって焼けるように赤く見え、眩いほどに突き刺す赤よりも白装束にて血をその身に纏わせるただ一振りだけが頭に強く残る。不意に思い出すは此処に足を運ぶ前、とある一振りの彼に掛けた言葉。無意識の内とは言えどじわりと頬が熱くなるのを感じ、それを誤魔化すように周りの喧騒から遮断すべく双眸をやんわり伏せると其処でも思い浮かぶのは彼の笑顔や切ない顔、さまざまな顔をいくつか持つ豊かな個性や感性を持った美しい刀。暗い頭の中でほんのりと現れる、ましろく滑らかな肌とさながら鶴の美しい羽根で織られたような透いた繊細な銀の髪、触れると忽ち雪のように儚く溶けて行くような戦装束と、琥珀の彩りを持った麗しい望月の眸よりも彼の心の強さを示したかのような繋がれる金の鎖。うすくぽってりとした、桜貝のような形の良い薄桃色の唇に長くしなやかで麗しい睫毛。そのどれもが心を惹かれ、彼の一挙一動のたびに恋情の気持ちを山のように募らせる日々。物思いに耽っていたためか雅なる刀のお小言も耳にそれほど届かなく、ただ脳裡や瞼の裏側にあるのはただ想いを馳せる彼のみ。そんな中、すぐ近くで声のする彼の言の葉にうっすらと瞼を持ち上げてみるとまず視界に入るのは彼の浴衣の柄。其処には自分の腕に持つ竜と同じような位置、その腕で自由に伸びる竜の尾はごく自然に生きているような心地さえ感じながら其の儘視線を上に向け、此方を褒め称えるような物言いよりも気になるのは自分の竜がまるでそのまま彼に巻きついているような柄。何処となく独占した気分になる前に「嗚呼。…国永、その柄はわざとなのか。」特に深い意味はなく口をついて出るは自分のものであるような言い草にて確かめる語調、微かな支配欲に見ぬ振りをするものの振りきれない自分の言葉に壁から背を離して組んでいた腕を解いては「もういい、俺は行く。」答えを聞く前にその準備室から出るように敷居を跨ぎ、彼の浴衣を見ていると自惚れからの平常心が保てられなくなる気持ちに急かされ、足早に玄関口へと向かってゆき。)
(はろういん…ああ、勝手にしろ。
どうでもいいが、俺は参加しないからな。
と言っても、どうせ話を聞かないんだろう。
俺が迎えに行ってもいいが、きっと辿り着くのが遅くなる。
だからこそ、だ。飛ばす必要がないように、見失わないように、俺の傍にいろ。
それでも鶴は渡り鳥だろう、もし何処かへ渡っても俺のところに帰って来てくれるなら。
それだけで俺は、いい。
此処最近気温の上がり下がりが激しい。
お前も体調などには懸念をしろ、風邪を引かれたら困る。)
(西に傾き潤んだ陽の光は薄い硝子のように危うく周囲を橙に染め、徐々に夏空を濃縹の色へと塗り替えていく。それに伴い茹だるような蒸し暑さも和らぎ、平時よりも薄手の衣装を纏う刀剣達は開いた首許や袖を通る風と何処からともなく鳴り響く澄み渡る風鈴の音に清涼感を抱いており。浴衣の着付けを終えて如何やら待たせてしまったらしい懸想の相手の元へ駆け寄り、新鮮且つ精悍で麗しい見目を引き立てる装いに恍惚とした眼差しを向けて。緩めの襟から覗いた筋張った細い首や栗色の髪の隙間から露わになった項、無駄のない細身な身体と引き締まった腰を表す緋の帯。平時は嵌められている手袋も無く、袖から伸びた褐色の左腕には美しい昇り竜の尾が垣間見えて胸中の雀躍を抑え入る事は難く。態と彼に合わせた浴衣の柄も本物を前にしては比較対象にすらならぬもの、それに加えて此方の言葉に反応を見せる事無く淡々と紡がれる指摘の言葉に反射的に左腕を押さえ。 「あ、これは――」 声色にのった感情を汲み取る事が出来ず表情を窺いながら唇を開いた矢先、踵を返して先先と部屋を後にする相手に微か瞠目し慌てて後を追い。胸中を渦巻く不安は蜷局を撒いて心臓に絡み付き、柔々と締め付ける。大部屋の周囲に屯している刀達を掻き分けて早足に玄関方面へと向かう男の背の後を浴衣故に大股になれぬ事を歯痒く感じながらも出来得る限りに小走りに駆けて玄関の方へ。) っ、おい、大倶利伽羅!待ってくれ。そんなに急いでも縁日は逃げないぞ。
(分かっているじゃないか。
君は強制参加だ。仮装をして皆を驚かせてやろう。
そうやって俺の自由を優先して貰えるのは有難いなあ。
だが、君の言葉に縛られるなら本望だぜ。
それに俺は竜胆だ。竜の傍に咲く。君から離れる事はないだろうさ。
そうさな、俺の後ろも炬燵が欲しいだの何だのとぼやいているぜ。
俺達はまだ夏だっていうのに、月日が巡るのはあっという間だ。
あの暑さが今じゃ恋しいんだから、この寒さも大したもんだわな。
それじゃあ、またゆっくりやっていこう。)
(刻一刻と時を刻むたびに夏の空は、夕焼けと宵の境界線を段々とあいまいなものにしてゆく。まるで海に飲まれていくようなものを思わせる宵には既に煌めいて瞬く星々が浮かび上がり、さながら宝石のような眩い光がぽつりぽつりと寂しげに姿を現す。空から雨でも降ったかのような煩わしいほどの蝉しぐれも段々と落ちつき、そうして静かながらも何処か喧騒のやまない夏の夜はこれからのことを予知しているよう。周囲が各々と祭りに思いを馳せている中で目の前にいた彼が何か言の葉を紡ぎ出す前に踏み出してしまった足は止まることを知らないと言ったように、一直線に目的地である玄関の方に繋がる縁側を足早に抜けてゆく。その後方について来る彼と自分の光景は他の刀から見れば奇妙なものに映るだろう、それほど好奇の目を惹きつけているのにもかかわらずに単純にも彼の一声によって歩行する足の速さを幾分か遅め、それでも相手の方に顔を向けることは出来ず「自惚れて、しまうだろう…。」ごく小さな星を落としたようにぽつりと独りごちては言葉とは裏腹に嬉々とする気持ちに諦めたようにため息を唇から溢れさせつつ、そうして辿りついたのは綺麗に手入れが行き渡っていて清潔な戸口。其処に几帳面にも並べられた下駄に足を滑り込ませるように履いて。不意に彼のことを意識すると普段はましろき美しい羽根を持つ鶴の名を背に負っている男が、今宵だけは竜を冠する姿をしているとなればどうにも優越感が隠せない。そんな中、邪魔にならないようにと一足先に戸口を出た先で背を寄り掛からせて待機していると何処からともなく遠くに響く祭囃子と丁寧に吊られた提灯が照らす神の通り道、それを目の当たりにすることでいよいよ本格的な祭りがすぐ其処に迫って来ているのだと知りながら空を見上げ、もう夕暮れが宵の海に身を投げ出すほどの暗さをした境界線を眺めながらすぐ近くにいると言うのに彼の身なりを縛るように纏う竜の模様を思い出すと少しばかり胸の中が焼けるような痛みに襲われるままその矛盾した感情を持て余していて。)
(その竜胆は、一輪だけでかまわない。
その一輪が唯一の一振りであるお前が生き生きと咲けば、それでいい。
そして俺はきっと、その花をいっとう大切にするだろう。
炬燵に蜜柑は良いものだ、と俺の後ろも言っている。
確かに炬燵は良いものだが、寝るのはよせ。風邪を引く。
お前のその言の葉にいつも助けられている、…ありがとう。
嗚呼、物事はゆっくりで良い。急いても良いことはないだろう。
それじゃあ、また。)
(紺天鵞絨へと染まってゆく宵の空に一つ、また一つと星が煌めきを灯してゆく中、真昼のさざめきが嘘のように寝静まった蝉たちに代わり、中庭の水辺付近に揺蕩う淡い蛍の光。然し本丸内は喧騒と言って良い程に喧騒に溢れており、玄関へと続く廊下にごった返す刀剣達は談笑し、支度を急かす声で犇き合う。其の中を掻き分けて傍らを駆け抜けていく短刀達の背を一瞥しながら、徐々に縮まる距離に無意識に引き留めようと伸ばした手は彼の歩調が緩速となる事に因って背に触れる事に叶い。薄手の布越しに伝う引き締まった体躯と仄かな熱に跳ねる心拍、斜め後方からかんばせを覗き見た折に薄い唇が微かに動くのを見留めるものの、 「…?なあ、今何て――…」 周囲の賑わいにより語気の微弱な其れを聞き取る事は困難だが、其れが自らの浴衣への感想である事を薄々察知すると不思議と聞き直す事も躊躇われるもので。駆けて来た故か早々に辿り着いた玄関、各々の足蹠の大きさに合わせて揃い並んだ下駄の一つに足を入れて、屈み込み鼻緒の位置を固定するべくその場で地を擦り。体勢を戻すも竜の打刀の姿が見えぬ事に些か瞠目し慌てて敷居を跨ぎ外に出ると、視界の端に佇む黒の布纏う姿が映り安堵に目尻を緩めて。此処まで届く祭囃子と人々の愉快そうな声に引き寄せられるよう、宵の薄暗さに緊張と仄かに上気した喜色満面の顔が悟られない事を願いながら、極自然を装い竜の蜷局を巻く側の手首を弱く掴んでは促すように小さく頭部を横に傾けて。) すまん、待たせてしまったな。君がそう楽しみにしているとは驚いたぜ。…ほら、早く行こう。
(君なあ、…そういう事を恥じらいも無く言うんじゃない。
全く、…この天然色男め。
そこまで言うなら責任を持って世話をしてくれよ?春の三番。
っはは、人の子はどいつも同じ事を言うんだなあ。
心配有難う。君達もうっかり寝落ちて朝を迎えるなんて事無いように。
この頃は返書が遅れてすまない。寂しがってはいないかい?…何てな。
そろそろ落ち着く頃だから、大丈夫だろう。
余裕がない時は一層、君の言葉が恋しくて堪らない。
――…泣き言を言っても仕方がないか。それじゃあ。)
(俺は天然色男じゃない。正直なことを口にしたまでだ。
それを言うならお前こそ天然色男だろう。
…竜胆の世話は俺一人で十分だ。
うっかり寝落ちはつい先日やった。何度も言い聞かせているが、駄目だ。
いや、俺の方も返書が遅れていてすまない。…―お前が、一番寂しがっているんじゃないのか。
寂しがり、とは誰の言葉だったか。
そういうことを簡単に口にするな、この伊達男。おかげで俺が花吹雪で参るだろう。
返書を認めるまで少し時間がほしい。
お前も、その背後も。風邪には懸念しておけ。)
(恥ずかしげも無く言ってのける所が天然で色男なんだ。
…俺かい?俺は分かって言っているからなあ。天然でも何でもないのさ。
おいおい、眠るなと言ったのは其方だろう?しっかりしてくれよ。
…嗚呼。君と言葉を交わせないのは"退屈"だ。
寂しがりはお互い様だろう?…何てな。
冬空に桜の花弁とは風流で好いじゃないか。沢山舞わせてくれ。
構わないぜ。ゆっくりしてくれ。
心遣いを感謝する。君達も炬燵で眠るのは程々にな。)
(いまだ本丸内の其処彼処に佇んでは談笑をして盛り上がったり、ぼちぼちと玄関に向かう刀も多々も見受けられる所で後方から覗く彼の存在に微かに身体を強張らせるものの「何も言ってない。」ため息もひとしおに彼とは反対側の方にある景趣を眺めながらも其処には本丸内に残ろうとしている少人数の太刀や大太刀などと言った刀剣達の姿があるだけで花火もまだ上がるには早い時刻の其れは少々味気なく。宵の空は雲一つもなく、あるのは時刻が経つたびにその顔を覗かせる星々と少しばかり欠けた月が浮かび上がっている。月の何処か幻想的なるものを思わせる絶対的な眩さに少しだけ目を眇めて眺め。遠くから耳にまで届く和太鼓の音、三味線、祭囃子だけで賑やかな気配を察知出来、提灯の火が揺らめくこともなく目的地まで道を照らしてくれているのはさながら百鬼夜行。多くの刀剣がわれ先にと提灯に従って向かって行く中、彼のすらりとした手元によって手首が包み込まれる感を覚えて思わず彼の方に視線を転ばせると合った金糸雀の美しい澄んだ眸より先ず目に入ったのはいつか在りし日の思い出の品とも言える桜の飾り。その飾りは雪のような彼に芽吹くような春を報せるただ一つの花を思わせる感を抱き、其れを目にしたことで嬉しいやら絶妙な気持ちやらで複雑に混ざり合う心持ちに何故か緊張をしてしまい。今更彼が触れた箇所から熱を持つように広がって身体全体に伝わらせ、そのやり場のない想いがまた一つ募るのを確かに感じながら燻る熱をどうにか胸中に押し込んで促されるままに抵抗はせず逆に彼の手首を掴んでは肌理細やかで華奢な手元へ滑り落ちるように手のひらを落とさせるとしっかりと手を繋いでいるように見えるぎこちない繋ぎ方をして屋台の文字が見えるすぐ近くまで歩んでゆきながら前に向き直り。)楽しみにしていない。寧ろお前が楽しみにしているんだろう、…はぐれるな。
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