安清、非募集。

え？ちょっと何言って……んぅ、
(予想と真逆の反応に思わず一瞬呆気にとられ、胸倉を掴まれてからようやく抗おうとするも唇を奪われ文句を言うことは叶わず。すぐに離れたとはいえ誰かに見られていたらと思うと気が気でなく、腹を立てることも忘れて辺りを見回し懸念していたことが杞憂であったと分かれば胸を撫で下ろして。人前で恋仲と悟られるようなことをするなと言ったのは相手であるにも拘らずその相手自身からこのような行動に出られれば、自分が我慢していたのが馬鹿馬鹿しくもなってきて、先を行くその背に「バカ清光、誰かに見られたらどうするんだよ」と拗ねたような声音で文句を浴びせて。部屋に着く手前で間合いを詰め相手の肩を掴んで無理やり此方を向かせれば、自分の裏をかいたことでさぞかしご満悦だろうとばかり思っていた相手が茹で蛸のように赤くなっていたため怒る気も失せて目を丸くし。小さく溜息をついてから宥めるように軽いデコピンを食らわせた後、さっさと身支度を済ませようと部屋に入り。)

う、るさいよ…俺は安定と違って周りの目に敏感だから大丈夫なんですー。
(相手から逃げているうちに上手く表情も取り繕おうと思っていたのに思っていたより早くに捕まってしまい、まだ赤みを帯びた顔を晒すことへの屈辱からか僅かに顔を逸らしながら不服そうに眉を寄せて。デコピンを受けた額を片手で押さえながら拗ねたような口調で反論を口にすると相手の後を追い部屋に入って。最後まで上手くやり切る事こそできなかったが相手の裏をかけたことは何だかんだ達成感があり、この後のデートのこともありそれ程引きずる事もなく支度を進めればお相手が今まで散々想いを寄せていた相手ということもあってか化粧が途中で崩れたら、だの道中でもし雨が降ったら、だのあれこれ考えているうちにいつもより少々多めの荷物を持つことになってしまい。女子は鞄が重いというがそんな彼女たちの想いに何となく共感できてしまいひとり小さく苦笑すると鞄を背負いながら相手の方を見て。)
…どお、準備出来た？

(充電が終わったためコンセントを抜きポケットにスマートフォンを突っ込めばそれ以上特にすることもなく、ベッドの端に座り携帯を弄るふりをしながらてきぱきと支度を進める相手を盗み見て。予想通りの荷物の多さが可笑しかったのか静かに笑みを零して、相手が支度を終え此方を向けば頷いて立ち上がり。「どうせ清光も何か買うんでしょ？そしたら、僕が荷物持ちさせられるのかなぁ」すでに鞄一つ持っていることを暗に揶揄しながらも“恋人の買った物を持ってやる”ということ自体は満更でもないらしく、柔らかく笑みつつ先に廊下に出て。)

そーだなー、この前気になってた靴とかー…あ、あとクラスの子に教えてもらった可愛い部屋着もみたいしー。まあ、俺が全身コーディネートしてあげるんだから荷物持ち位当然の対価でしょ？むしろお茶位奢ってもらいたいくらいだっつの。
(自分の男にしては大荷物な状態を笑われたと思ったのか相手の笑みに少しだけ不満そうにじとりとした視線を向けるものの、続いた台詞に当然とばかりに胸を張りながら言葉を返すと相手の後を追い部屋を出て。街に向かうバスは学校を出て校門付近にバス停があり、そこに向かうため相手に一瞬視線を投げかけてから歩み始め。その頃には相手に大荷物をからかわれたことなど最早頭の片隅に追いやられており、脳内の大半をこの後のデートのことでいっぱいにさせながら自然と笑みを浮かばせて。)
そうだ、なんなら俺とお揃いの部屋着も見繕ってやろっか？さっき言ったやつ、すっごい可愛いから双子コーデみたいにするのもいいかも。

それは…そうだけど。
(茶ぐらい奢れという相手の言葉に思わずぎくりと身を竦ませるも、すぐに取り繕ってドアに鍵をかけて。もともと何もしないというつもりではなく、お返しにと考えていたことを悟られてしまわぬよう何食わぬ顔で相手の後を追い。相手の話に耳を傾けながら連れ立って歩いてバス停を目指すも、耳慣れない言葉が出てくればだいたい察した意味合いのせいか如何にも胡散臭そうに眉を顰めて「ふたごこーで…？」とオウム返しにして。“可愛い”部屋着だと言われればさすがに自分が着るには抵抗感があるようで、隣を歩く相手を横目に躊躇いなく本音を吐露し。)
その「すっごい可愛い部屋着」を着てるお前は見てみたいけど、自分が着るのはちょっと…。

えーなんでだよ！いいじゃんどうせ俺しか見ないんだからさー…。
(自分の提案に難色を現した相手にあからさまに不満げな声を上げるとむっと唇を尖らせて。自分の着ているところは見たい、という言葉にうっかり照れてしまいかけたのをどうにか堪え、一先ず相手を説得しようと相手の服の袖をぐいぐいと引っ張りながら駄々をこねるように言葉を続け。バス停に到着しても相手への説得を止めず、相手の袖を掴んだまま腕ごと揺らすようにしながら相手を見つめると、強請るという目的があるためか可愛い子ぶったように上目遣いでそちらを見つめ。)
なーあ、ほんとにだめ？一緒にお揃いの部屋着くらいいいだろー？

…お揃いが嫌なんじゃなくて、可愛いのが嫌だって言ってるんだよ。
(あざとくも可愛い仕草に相手の思惑通り意思が揺らぎかけるもなんとか踏み止まり顔を背けて訂正すれば、自分たちのようにバスを待っている他の利用者たちの目を気にして袖口を掴む相手の手を黙って外し。とはいえ可愛い相手の願いを叶えてやりたいと思うのも山々で、少し悩んだ末にいいことを思いついたと言わんばかりに目を輝かせれば、内緒話をする時のように相手の耳元に口を寄せ交換条件を囁いて。我ながらずるい手段だとは思いつつも昨夜は課題やら何やらであまりくっついていられなかったため、今度は此方が強請るようにじっと相手を見つめ。)
──今晩、一緒に寝てくれるならいいけど。

ッな、に言ってんのお前…っ！
(人目があるとはいえ相手から袖を離させられると何だか少し寂しい気持ちになり、今更ながら周りの目を気にするよう促した自分の昨日の発言を悔いて。掴むもののなくなった片手を軽く握りしめ、その手を名残惜しげに見つめながらむっと唇を尖らせると小さなため息と共に視線をバスが来る方向の道の先へと向けて。中々折れてくれない相手に後はどう交渉してやれば自分の要求を呑んでくれるか考えていたからか耳元に近寄ってきた相手に気付けず、不意に耳にかかった吐息に少々驚くもののそれ以上の驚きをもたらした言葉の内容にぱくぱくと口を開閉させながら相手を見て。愛されたがりという面倒な性格上経験こそないくせに無駄に耳年増で、だからこそ他意はないであろう相手の言葉も意味深な方に捉えてしまい、顔を一気に赤くさせた後視線を泳がせながら若干震える声で返答し。)
ッお、前が…その、何もしないなら、いいけ…ど…。

お前こそ何言ってるの？
(間違った意味合いで受け取られたということは相手の動揺っぷりを見れば一目瞭然で、今回ばかりは下心が皆無だった分ぽかんと口を半開きにし問い返して。普段は口喧嘩の絶えない仲ではあるが相手のことは大切にしたいと常々思っていたため、交換条件として相手に無理強いをするような人間だと思われていたことがショックでもあり。むくれて黙り込んだままそっぽを向けば、相手の方を見ずにぶつくさと不満をぶち撒けてからタイミング良く到着したバスに乗り込みICカードを機器に押し付けて。)
ドスケベ清光。軽々しく手を出すようなやつだと思われてたなんて心外だ。

ッ違うって、そういう意味じゃなくて！
(相手との思いの相違に気付いたときにはもう遅く、自分の言葉に呆れてしまったように先にバスに乗り込んでいった相手に顔をさあっと青ざめさせながら焦ったように声を掛けると急いでその後に続いてバスに乗り込んで。座席に座りある程度落ち着いてから先程のことについて弁解をと口を開こうとするものの、正直弁解などすればするほど自分の人に知られたくないような、それこそ相手にだけは隠しておきたかったような女々しい片思い時代の想いを暴露することに等しくて。だからこそバスが発車しても中々言葉を続けることが出来ず、バスが走行する音や他の乗客である学生たちが話し出し車内が賑やかになりだすころ漸く僅かに相手の服を引っ張ってから俯きがちになりながらも言いにくさから酷く重たい口を開き。長年ため込んだ想いは愛されたい願望からおのずとそういった方面の想像にも繋がってしまい、男同士という時点でそんなことを考えること自体気持ち悪いと思われても仕方ないがそれでもこんなことで相手に嫌われたくはなくて、じくじくと広がる胸の痛みに瞳に涙の膜が出来ていくのを感じながらもそんな我儘な想いを吐露して。)
――…軽い奴なんて、思ってるわけないじゃん。お前ちゃんと分かってないかもしんないけど、俺もう何年片思いしたか分かんないくらい想ってたんだよ？…お、とこなら、さ…その好きな人と、とか…想像したり、するじゃん。憧れたり、とか…叶わないって思ったら、尚更想像して…気持ちだけでも、浸りたいって思っちゃうじゃん。だ、から…お前の言う通りだし、我儘かもしんないけど…はしたないとか、気持ち悪い、とか…思わない、で。

ちょっと待って、はしたないとも気持ち悪いとも思ってないから待って。
(服を引っ張られそちらを見ると頭を垂れる相手が目に入り、自分の失言によって酷く相手を追い詰めてしまったことに気がついて。次々と吐露される思いもよらない言葉の数々に頭がキャパオーバーしかけ、とにかく相手の思考回路を正すことを最優先にピンポイントで否定し。落ち着かせるかのごとく相手の手を取り指を絡めて所謂恋人繋ぎをすれば反対の手で自らの前髪を乱暴に掻き上げて、じんわりと熱を持ち始めた頬を冷まそうと無心で車窓からの景色を眺め。しばらくそのまま相手の手を握っていたものの一向に収まる気配のない顔の火照りを気にしてか目を合わせられず、いまだに視線は窓の外に遣ったままぽつりぽつりと言葉を紡いで。恋愛含めた色事全般に疎く相手の存在を除けば剣道一筋で女子とも親しい間柄になったことなどないため、普段の竹を割ったような性格がなりを潜めいかにも初心で純粋そうな言葉を口にし。)
怖かっただろ、話してくれてありがと。でも、その……清光のこと大切にしたいし、僕自身の覚悟が中途半端なままそういうことしたくないっていうか…それに僕たちまだ高校生、だし…。

…別に、俺も今すぐお前に…とか、そこまでは流石に考えてないよ。ただ…その、テンパっちゃって、くちから出ちゃっただけで…。
(愛されるためにと収集してきた情報がまさかこんな形で裏目に出てしまうとは思ってもみなくて、一瞬で不安のどん底に落とされた中触れた相手の指先は自分に安心を与えるには十分なもので。自分の落ち込みやすい性格を分かっているからか真っ先に否定を口にしてくれた相手にほっと安堵の息を漏らしてから強張っていた表情を緩めると視線の合わない相手の方を見て。相手らしい、純情で初心な言葉はむしろ清々しささえ感じるもので、そもそも耳年増なだけで経験においては相手と同レベルの初心な状態であることもあり、うっかり出てしまった発言により何となく流れ出した気まずい雰囲気に言い訳を残して。絡められた相手の指をしっかりと握り返しながら安らいだ表情でかすかに口角を上げると並んだ座席のせいにして少しだけ相手の肩に自分の肩を寄せて。)
そりゃあさ、いつかはって思ってるけど…ぶっちゃけ俺もまだ覚悟とか出来てないし。…あ、でもいつまでも覚悟がーって言って長引かせんのは無しな？お前なら分かってると思うけど、俺すっごい面倒臭い奴だからさ。やっぱり女の方が、とか…考えない、とは言い切れないから、さ。

善処する……っていうか清光、普段は「意外にそういうのも詳しいよ？」とか言っちゃうタイプのくせに案外初心だよね。お前にリードされるなんて癪だから安心したよ。
(身を寄せられればようやくそちらを向き自分からも少しだけ寄りかかるようにくっついて、相手の言葉に頷き応じながらふと気がついたように普段の相手の物真似を混ぜつつ指摘し。相手が初心なのはそれだけ一心に自分を想い続けていてくれた証であり、改めて相手が愛おしくいじらしく思えて。同時にもしも相手の好きになったのが自分ではない他の誰かだったとしたらと思うと仮定しただけでも胸の辺りがずきずきと痛み、ついついいつもの癖で軽口を叩きながらも少しくらいは素直に本音を打ち明けてみようと直後に自ら訂正して。)
…嘘。お前が誰のものにもなってなくて、良かった。

ッお、前…それ俺のマネのつもり？
(相手の真似した声が思いのほかツボにはまってしまったのか、真似されているのは自分だというのにうっかり吹き出しかけるものの流石にバスの中で大笑いして注目を集めてしまうことは避けたいため何とか堪え切って。込み上げる笑いを収めきった後、不意に掛けられた珍しく素直な言葉に思える相手の一言に何だか愛してもらっている感じがして思わず胸の辺りが温かくなり。仄かに赤みを強めた頬を緩め、嬉しそうに笑みを浮かべると指を絡めた手を手慰みのように握ったり離したり繰り返しながら口を開き。)
…そういうお前はどうなの？まさかとは思うけど、初めてはもう年上のおねーさんに…とか、ないよね？

そうだよ、似てるだろ。
(ツボに入ったらしい相手を見て満足げに言い返すと今度は思い切り笑えるところで披露してやろうと心に決めて、声をあげて笑う相手の姿を想像してはくすくすと笑いを零して。しかし次の相手の言葉に不意をつかれれば咳き込んで、繋いだ相手の手を咎めるように軽く抓りながら小声で否定の言葉を並べたて。相手の言うシチュエーションならば相手自身のほうがよほど似合う気がしなくもないが、余計なことを言って誤解を招いたり傷つけたりしてしまっては不本意なため、必要最低限簡潔に説明を加え。)
──どう考えてもそれはないでしょ。お前みたいに年上の女の知り合いなんていないし、そもそも僕が食われるところとか想像できないだろ。

…へへ、だよな。安心した。
(相手に限って既に初体験を済ませているはずないと分かってはいたもののやはりきちんと聞かなければゼロとは言えない可能性に不安を抱えてしまい、そうして無駄に相手を困らせてしまわないうちにと訊ねたことへの返事に満足したようにふにゃりと表情を緩め。僅かながら感じていた不安が拭えたことで気分も上向きになったのか上機嫌な様子で相手の肩にそっと頭を乗せ。しかしそうしている時間も長くは続かず、ふと車内に鳴り響いたアナウンスに顔を上げると相手を立ち上がらせるよう肩を軽く押して合図しながら視線をバスの前方の方に向けて。)
――あ、次降りるとこじゃん。此処降りる人で混むから早めに前に行っちゃお？

うん、わかった。
(肩に頭を預ける仕草がどうしようもなく愛おしく、つられるように表情を綻ばせてはしっかりと手を握り直して。アナウンスにより目的地が近づいていることに気がつき、相手の言葉に応じてから絡めていた指をそっと外して手を離し。ふわふわとした幸福感に包まれているような感覚のためか前方に移動し待っている間も落ち着かず、いざ停留所に到着しバスから降りればこれからデートをするのだという実感がようやく湧いてきて、嬉しくて仕方がないといった様子で振り返り少々照れくさそうに相手に笑みかけて。)
行こう。こんな格好じゃ清光の隣歩くの恥ずかしいし、まずはコーディネートお願いします。

…まあ、今のもお前らしいっちゃお前らしくて良いとは思うけど。引き受けたからには完っ璧に可愛くしてあげる！
(バスを降り流行の服やら雑貨やら、若者に向けた店が立ち並ぶ通りへと降り立つと相手の方に向き直り。相手は恥ずかしいというものの別に流行云々を気にしないだけで素朴な雰囲気の格好はある意味相手の容姿に合っていて、悪い訳ではないと軽いフォローを口にしてから相手の足先から頭のてっぺんまで一度視線を向けると任せろとばかりに自分の胸を叩いて。それから辺りをちらりと見て相手に合いそうな服があるだろうと目星をつけていた店に目を止めるとそちらを指さし、にっと口角を上げながらその店に向かって歩き出し。)
まずはあそこね。いくつか店回るから、その中でお前が気に入ったコーディネート選びな。

可愛くはしなくていいんだって。普通で！
(相変わらずな返事を聞けば頼もしく感じると同時に少々不安にもなり、困ったように笑いながら念を押して。しかし相手の指差した方を目で追うと普段の自分ならばまず用事のなさそうな店が目に入り、思わず笑顔を引き攣らせ小さく「うわぁ」と呟けば相手の言葉に尻込みしつつも頷いて。相手の後について店の前まで歩いていけば自ずとそのショーウィンドウが目に入り、センス良くコーディネートされたマネキンを見ればますます居心地が悪くなってきて相手の腕を掴んで引き止め。)
清光、やっぱりやめよう。服に着られそう。お前みたいに着こなせる気がしないよ。

お前、その顔で何言っちゃってんの。大体合わせてやるの俺なんだよ？そんな服選ぶわけないでしょー、ほら入った入った！
(不意に感じた後ろから腕を引かれる感覚にそちらを振り返れば何だか居心地悪そうにしている相手が目に入り。此方にしてみれば相手の顔の良さを引き立てるような服を探すつもりだっただけに相手の言葉は理解できず、何を言うとばかりに顔を顰めながら相手の顔を指さし。そもそも任せてもらった以上相手に似合う服を用意するのが今日の自分の目標で、だからこそ相手の言葉の真意が違うと分かっていても何だか自分には無理だと言い渡されたようで少しだけむかついて、頬を膨らしながら相手の背後に回るとそのまま相手の背中を押し店の中に押し入れていき。)