ナツメグ 2015-02-17 16:09:00 |
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『森』
少年は薄暗い森の中にいた。
樹木が自然繁殖して木漏れ日がほどほどにしか降り注がれない、そんな薄暗い森だ。
どうして此処にいるのか。
それは少年にも分からなかった。
誰かに連れてこられたのか、自分で歩いてきたのか。
少なくとも少年の中にはそのような記憶は存在しないし、それを尋ねるべき人の存在も周囲には見受けられない。
ただ、少年が薄暗い森の中にいる。
それだけが事実として少年の目の前に横たわっていたのだ。
数分の間だろうか。
少年は暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて呼吸をひとつ、意を決したようにたしかな足取りで何処へともなく森の中を歩き始めた。
見たこともないような__もしかしたら少年が日々の中で気付いていなかっただけかもしれない__腰丈もある草を踏み倒して、少年は思い立つままに森を掻き分けていく……。
日は着実に傾きつつあった。
不意に野鳥の叫び声が響きあがった。
少年の体感時間にして歩き始めて二時間後くらいのことであろうか。
生き物の気配があまり感じられないこの森であったが、先ほどから周囲の枝葉が擦れ合う音を少年は耳にしていた。
だが明確な生の音を聞いたのは今回が初めてのことであった。
もしかしたら何か現状が変わるかもしれない。
少年は一抹の不安を抱えながらも、野鳥の声がした方角へと舵を取るのだった。
その場所には人がいた。
先ほどと同じ森とは思えない、切り株の立ち並ぶ比較的開けた場所であった。
誰だ、貴様は。
野太く低い声が辺りに木霊する。
中年の男性だろうか、その人物が少年に誰何をしたのだ。
少年は恐る恐るながら男に自分が此処へ訪れた経緯を話していく。
もしかしたら、この人物ならば何か打開策を知っているかもしれないと、僅かな淡い希望を抱いて……。
男の足元に転がる野鳥の屍が、傾く夕日に当てられて、やけに薄気味悪くそこに陰を落とす。
日没はもうすぐ其処まで近付いていた。
少年の話を神妙な面持ちで聞いていた男は、あらかた内容を理解するとこう切り出した。
それは迷子などではない、ただ時間が過ぎ去っただけだろう。貴様はきっと死んだのだ。たしかに時間は経過していた。載れなかったのは他でもない、貴様の責だ。
少年は既に死んでいた。いや、活きていなかったのだと男は語る。
少年にはそのことの訳が分からなかった。当然であろう。何も少年だけではないのだ。
同年代の連中は皆一様に少年と同じである。
少年だけが特別なのではない。少年は普通であり、不運だったのだ。
さて、そうとなれば俺は貴様を殺さなければならない。
整理を終えた男がそう少年に告げた。
日は完全に落ちていた。
貴様を殺す。
男のその表情には冗談の色など毛ども混じってはいなかった。
殺される。
本能的にそう感じた少年は動揺を隠せないままに男へと言い募る。
どうして自分を殺そうと言うのか。どうして自分は殺されなければならないのか。曰く自分は既に死んでいるのではなかったのか。
男はそれには応えず、ただ少年の左足に猟銃を打ちつける。
獣のような悲鳴が広場に響いた。
日は既に落ちて視界が悪い。
今宵の月はどうやら繊月らしく月光も望めないようだ。
男から逃げようと足を引く少年。
その左足からはなま温かい液がだらだらと皮膚を伝っていた。
面白いですね..
改行位置、行間の空け方も
適宜な印象で
読み進み易かったです。
台詞の少なさ、
第三者の視点から
語られる描写は、
ライトノベルを彷彿させる作品とは
全く異なった趣がありますね。
此の後の展開が
気になります。
また、もしも良かったら
自分のトピックで
此方のトピックをURLも添えて
紹介させて
頂きたいのですけれども
如何でしょうか..??
>>7
感想ありがとうございます。
コンセプトとして「軽めに読める純文学」を意識して書いていたので、そのような評価を頂けたこと嬉しく思います。
このトピックを紹介してもらえるということで…喜んでお受けさせて頂きます(。>ω<。)
話のネタバレではないのですが。今書いているこの物語は『よくありがちなある中高生(それもこのチャットにいそうな)』が題材となっています。
彼らにも感じて頂ける機会があるのなら、私も書ききる気力が湧くというものです。
それから、最後に申し訳ありませんが。
なるべく文節は一続きにして初見様でも読みやすく残しておきたいので、今後のやり取りは下記のトピックでお願いしても宜しいでしょうか?;;
http://m.saychat.jp/bbs/thread/553403/
男から逃げようと足を引く少年。
男はそれをすぐに追おうとはせず、その場で淡々と語り始める。
まるで少年に真相を手向けるかのように。
たしかに貴様は既に死んでいる。今、此処にいる貴様はもはや貴様ではない。言わば亡霊のような存在なのだ。貴様は本来の肉体としての貴様から乖離して未だにシガラミという名のこの森をさまよっている。…あたかも自分がまだ生きているかのように。…あたかも迷子になったかのように。時間は思った以上に残酷だ。気が付かないままに取りこぼしてしまってはもう遅いのだ。どうやら貴様は平和ボ*ケし過ぎていたようだな。それが貴様の責であり、罪なのだろう。
少年は男の言葉を耳に入れながらも懸命に足を動かす。
ただ一言。意味が分からない…とだけ呟いて。
理解が出来ないのか。それも無理もないことなのかもしれない。理解が出来ないからこそ貴様はこの森にいるのだから。そうやって惰性に飼い慣らされた結果が現状なのだがな。…さて、そろそろ俺も仕事を全うしなければならない。不憫だとは思わないが、悪いが死んでもらうぞ。
そのときだった。
男の足元で不意に何かが揺らめいたのは。
それは生首だった。
まだ完全に乾ききっていない血塗れた野鳥の生首…。
片目は剥がれかけ、舌はだらしなくも嘴の外へとはみ出て、その先からは涎なのか血なのかも分からないどす黒い液体がとめどなく流れている。
目も虚ろげだ。何処を見ているともない。それも当然のことであろう。
この鳥は死んでいるのだから。
しかし、どうしてだろう。死んでいる筈のこの鳥。その目は何故か男を見ているように感じた。
まだ生きていたのか。おとなしく死んでおけば良かったものを。
男がそう口に出したところ、生首の窪んだ目玉から瘴気のような黒い霧が溢れ出る。
イミガワカラナイ…
それは所謂、怨念といったものであった。
フン、と鼻息ひとつに鳥の生首を踏みつける男。
…何かがかち割れる音が静寂な森の中に響いた。
その次に森の中に響いた音は、ガサッとした男のたしかな足踏みの音であった。
手には猟銃を構え直ぐにでも発砲出来る形だ。
なおも逃亡を図る少年。その姿を夜闇の中で捉えているかのように、開いた距離をのそりのそりと確実に縮めていく。
この化け物も貴様も根は同じなのだ。時間を見る能力がない。知ればこの化け物、白亜紀から現存する生き残りらしい。貴様もそのようなものだろう。さあ、死*ね。
そのとき。
男の背後から鋭く尖った嘴が彼の胸を貫いた。
…まだ成仏していなかったのか。それほどまでに生に固執して、貴様の居場所はもうないというのに。
グギギググゲ…
もはや野鳥の念すら聞き取れない。ただの肉塊と化していた。
…少年。運が悪かったな。俺はもうすぐ此処を去る。時期にそこの肉達磨も成仏するだろう。貴様は此処で暫く時を待つのだな。
暫く?
少年は恐る恐る男に尋ねる。
暫く、だ。時を待つといっても食い潰す訳ではない。時を見るのだ。そうすれば貴様のお前の死も透明になってくるだろう。…さて俺はそろそろ行く。こんな化け物にやられて死ぬのは不快極まりないが、まあいい。思えば俺もまた死体だったようだ。
男は死んだ。
野鳥の怨霊も消えた。
その後、少年は男の死体から猟銃を抜き取り、森を歩き回った。
時に遭遇した獣を射止め、その皮を剥いでその肉を食し。
時間の感覚など無いままに、少年は静かに成長を果たす。
成長も言わば「時間の流れ」であろう。
死体の少年はたしかに時間の流れに載ることが出来た。
それは生前には有り得なかったことだ。
そして少年は安らかな最期を遂げる。結末は他殺であった。
成仏の間際、少年は自分の死の原因をはっきりと理解していた。
その死については我々の感知出来るところには無い。
が。しかし、言及出来るところならばひとつある。
これは少年だけに起こる特別な事例などでは決してない。
我々にも起こり得る。
それはもしかすると日常にこそ、転がっているのかもしれない。
そのことを、どうかゆめゆめ忘れないでいてほしい__。
~完~
しっかりと完結させて頂きました。
最後まで御覧頂き有り難うございました。
やしろ様ならびに読者の皆様に心より感謝を。
そして、さようなら。
なるほど。面白かった。完結させてから去るところ、律儀な作家様だ(*´ー`*)
作家様の別トピックでのコメントも知っていたほうが、楽しめそうだな。この作品をこれから読む人は。
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