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白亜  2015-01-27 15:46:03 
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  • No.1 by 白亜  2015-01-27 16:33:54 

その夜は季節はずれの雨だった。意識が遠のくような籠もった生活音、地を打つ度に弾ける街を映した鈍色の雨。窓ガラスには遠くのネオンが張り付き、それがぼやけていて気分が悪くなった。俺は気にしないように、きつく瞼を綴じると手元の作業に集中する。ウォッカ、ピーチリキュール、ブルーキュラソー、グレープフルーツジュース、パイナップルジュース、正確に計りシェイカーに入れていく。美しい水色のカクテルは、俺の指先によって生まれ、俺の手元からグラスに移り、客の体内に含まれる。俺はその瞬間を視るのが堪らなく好きだ。まるで俺の一部が他人の中に取り込まれるようで、一種の悦びであった。
染み付いた仕草で目の前の客に酒を提供すると、伏し目に微笑んで哀愁に浸る時間を邪魔しないように他の作業を進める。同時に何か要求がないか、客の視線の先に気を配る。ここが俺の店であるなら、もう少し気さくな接客をしただろう。しかし俺は雇われているに過ぎない。店の雰囲気を崩してはならない、言ってしまえば俺もこの店の客と変わらないのかもしれない。
21時、客足はまだ疎らで酔った客も居ない。この店に来てから半年、落ち着いた店ではあるものの時折、悪酔いして手間のかかる者も居た。できれば避けたいと思ってしまう自分は向いていないのだろうか。
然し、初見の客が馴染み客になって行くことは喜ばしく、誇りであった。年齢層は比較的若い。20代から30代後半の客が大半、それは市街から一歩奥まった路地裏という隠れ家的な立地と、一見表札のような看板というスタイリッシュな雰囲気が理由だろう。若者の琴線に触れたと言ったところだろう。

  • No.2 by 渋谷ん*  2015-01-27 16:57:01 

拝見させて頂きました。
文章力があって、抒情描写も素晴らしかったです。

反面、後半部が少し荒いようにも感じました。
plotが甘かったのか、もしplot無しで書かれていたのなら相当な文章力ですが。

何にしても良かったです。
最後ぷつんと切れているので、まだ詳しいバックは分かりませんが、続きがあるならば是非読ませて頂きたいな…と思いました。

  • No.3 by 白亜  2015-01-27 19:36:08 

ありがとうございます。後半が甘い、仰るとおりですね。plotは今後の展開をネタバレしない程度の備忘録に使用したいと思っております。
長い作品になると思いますので、少しずつ丁寧に書かせて頂く所存です。
ご指摘を活かせるよう尽力致しますので、またご意見があれば宜しくお願いします。

  • No.4 by 白亜  2015-01-28 16:06:19 

 L字のカウンター、そこに10席程。他には一般的なバーと変わらない壁面の酒、奥にある大きな窓の前には酔いの邪魔をしないよう配慮された硝子の造花、広くない敷地だが装飾も最低限に留まり色も原色を避け落ち着いた雰囲気で統一されている。隠された間接照明にうっすらと照らされた店内は、客の心を解きほぐし様々な事情を落とさせる。
 扉の上部に施されたアンティークの装飾に照明が反射し奥の窓、硝子の造花が輝く。3人目の客が訪れたようだ。彼はL字の一番奥に座る、それがいつもの場合であり、最初から自分のものであるかのように。

開店直後に訪れた女性客は堂々と真ん中の席に着いた。顎のラインで揃えられた深い茶色の髪、涼しげな目元だが少しマスカラがダマになっていて勿体無いと思ってしまう。その視線からも、すっきり整えられた眉、紅い唇からもサバサバした印象を受けた。おそらく、27歳前後、インテリアデザイナーを生業にしているようだ。服装はさして着飾っていないものの、毎回ボートネックの服を着てくる。拘りはあるようだ。
 俺は彼女にネグローニを提供する。女性客にこのカクテルを作るのは、なかなか貴重な体験である。そっと提供すると此方を見て少し微笑み口を開いた。
「ねえ、アナタはどう思う?やっぱ、わからないかな、好きと結婚って違うと思わない?」
彼女は隣の男性客に身体を向けながらも、何かを期待するような視線を此方に向けている。
 その視線が不愉快になった俺は「そうですね」と、適当に答えた。あまり興味のないことだったが、近い考えだったので否定はしなかった。

  • No.5 by 白亜  2015-01-30 20:24:08 

彼女は不服そうに肘を付きながらグラスを持ち上げ、底の部分此方に傾けた。然し、俺が黙ってカウンターを拭くのを確認すると再び連れの客に話し始めた。
隣の男は彼女よりいくらか若いように見える。短く揃えられた黒い髪からは真面目な印象を受け、一重の割に大きく、実直そうな瞳には涙が滲み続け溢れることもなく、乾くこともなく、ただ粘膜に張り付いていた。 彼はまだ数回しか此処に足を運んでいない。それもネグローニの女について来たことしかなく、酒もあまり強くないように見受け彼にはトムコリンズを提供していた。
 数日の会話内容からして、トムコリンズの男には交際している女性が居たようだ。ネグローニの女ではなく大学時代からの彼女であった。然し結婚願望の有無そのものに相違があったようで、別れる別れないとくだらないことで気分を損ねている状況だ。俺はネグローニの女が好意を寄せている、と暴露してやりたいような衝動を雨音でかき消した。
一人で来る客は物思いに黙って呑むことが多いが、この客は違う。俺が何をしているのかを観察しながら、目が合うと嬉しそうに微笑み話し掛けてくる。よく職場の同僚の話や、同級生だという獣医の話しをしているところからすると友人が居ない訳ではなさそうだが、週に2、3度来る割に一人も連れて来ていない。そして彼が何を生業にしているかもいまいちよくわからない、どこかの研究機関に居るようだがそれ以上のことは何も明かされず、此方から聞くこともない。俺は、よくわからないまま会話の相手をしているが実はある共通点がある。それは彼自身も知らない共通点だろう、それはお互いに人に興味が無いということ。彼は同僚の話しをする時も、同僚の所持品の話しや飼い猫、犬の話し獣医の話しも連れられた動物の話し、よほどの動物好きかと思ったが聞けばそうでもないらしい。俺に話し掛けて来る場合も俺自身については何も訊ねて来ない、ひたすら仕事内容か酒の歴史を話させようとする。 酒の歴史ならいくらでも話せるのだが、以前話した際は閉店間際まで質問攻めにされたのでなるべく避けることにしている。今日も俺はなるべく自然に視線を合わせないように逃げている。
そして俺が何度目かの酒をその客に提供した時、冷たい外気が流れ込み店内の空気が糺されたような気がした。カツカツと規則的な軽い音の先を見ると、そこにはオフホワイトのロングコートを着た女性が立っていた。

  • No.6 by 八代目やしろ  2015-01-30 20:45:23 

惹きつけられますね‥
風景・風俗描写が丁寧..

硬派な文体で
読み応えも
感じました(''*)

長い作品に、
なりそうだとのコト、、

連載作品として
続きを楽しみにさせて
頂きます(><*)

支援も兼ねてあげ♪

  • No.7 by 白亜  2015-01-30 20:56:25 

ありがとうございます、恐縮です。
気をつけて書いている箇所をお褒め頂き、とても嬉しいです(^^)
期待して下さると、より丁寧に言葉を紡がなければと思えます。未熟者ですが、今後も宜しくお願いします(^^)

  • No.8 by 白亜  2015-02-02 19:57:17 


L字カウンターの一番端、一人用の席を勧めると彼女はコートを脱ぎ椅子の背もたれに掛けた。ハンガーもあったが、視界が閉ざされたぶん手元にあったほうが安心なのかもしれなかった。朝晩はかなり冷えるというのにコートの下は想像より薄着で白いハイネックのセーターにジーンズだけのようだった。席に着くと「なにがあるのかわからないから、美味しいのを頂戴」と言った。美味しいの、というのが大変難しい注文だと思ったがすぐにコニャックレモネードを少し冷まして提供した。何も言わず、ゆっくり飲み進める姿をしばし眺めてしまっていると急に飲むのを止めて何かを堪えるように俯き震えていた。
「あの・・・、」
控えめに声をかけてみるが一向に返事がない。あまり反応がないと悪いことをしたような居心地の悪さを感じた。
「だって、ずっと見ていたでしょ?・・・恥ずかしくないのかと思って」
此方を向くと困ったように笑っていた。女性は長い髪を束ねていた赤い髪留めをといてカウンターに置く、店内にはない原色が瞼の裏側に張り付いたように残像になって目が覚めたような気がした。別に眠かった訳ではないのだが、鮮やかさが脳に強く届いたように思え、我にかえったような爽快さだった。
「ああ、すみませんつい・・・お口に合いましたでしょうか」
何が「つい」なのかは自覚していない、人は無意識に無意味な単語を選んでしまったりする、そして俺はよくその無意識下の意識に苛まれたりして会話が嫌になる。とりわけ初対面の人間には強く思ってしまう。そのようにしていちいちざわつく感情が邪魔なこともあるが、この感情を手放してしまうと虚無感を得るような気がして改善しようとはしてこなかった。

  • No.9 by 白亜  2015-02-05 12:30:16 

  「あまり酔いたくないの」
女性は寂しそうに零した。それはため息のように空中を漂ったように思えた。理由を他人から聞かれるのを拒むかのように自ら語りだすのを俺は黙って受け止めるしかできないと思った。
「ほら、私…こんなでしょう?、でも不満はないの。少し気をつけないといけないだけでね。私、一駅行ったところにある図書館に勤めているんだけれど、同僚が飲み会に誘ってくれるの。でも私、酔うのが怖いからいつも行けなくてね、家まで付き添ってくれるような親しい人もいないし」
そういう姿はどこか嬉しそうだった。一人でいるのが好きなのか、それに慣れて楽しむことで心を守っているのか、尋ねようかと悩んだがきっとそれは俺の無神経さを露呈することになるだろう。何か適当な言葉を探さなければならない、当たり障りのない何か。
「じゃあ、こういうところに来るのは貴重なのかな?」
なんてつまらない、こんな言葉は何を満たしてくれるというのだろう。
「貴重というか、初めて。今まで数回は自宅で飲むことはあったけれど、それも酔わないくらいにね。じゃないと危ないから、だから私自分がお酒に強いのか弱いのかもわからないし酔っちゃった、とか言って男性に甘えてみるなんてこともしたことないのよ?」
「それは、そういうことがしてみたいということですか?」
「改めて言われると、そんなことしたくないわね、だってあんなの白々しいじゃない?本当のところ酔っているのか知らないし男性はそんなのどうでもよくて嬉しいのかもしれないけれど、私はいや。そんな面倒なことするくらいなら、直球で勝負するわね」
「なんて?」
「酔わせてみる?って」
「それは、怖いなあ」
初めて女性が笑った。整った唇を恥ずかしそうに白い手で隠して、本当はそんなことを望んでいるということを隠すように。その初めて見せた頬笑みはとても悲しく見えた。
  女性は少し考えるように宙を見た後「帰る」と言った。酔いを察知したのか、限度がわからなくてやめたのか、いずれにせよ女性は満足したようだった。器用に鞄から財布を出すと指先から手に持つものを判断して会計を済ませた。女性の指先は大層繊細になっているのだろう。コートを羽織り、しっかりとした足取りで歩きだす。俺は特別そうすることを心掛けてはいないが、その時だけは自然にカウンターの外に出てドアを開けて送り出した。
「また、いらしてください。お好みのお酒を一緒に探しましょう」
「そうね、気が向いたら」
女性は振り返って悪戯っぽく言うと、来た時と同じように規則的な音を残して去って行った。
 店内の戻ると女性が座っていた席に強い原色を覚えた。どうやら髪留めを忘れていったようだ。そっと手に取りカウンターの中に戻る、しばらく考えて明日にでも図書館に行ってみようと思い持ち帰ることにした。その赤は何度見てもその色は鮮やか過ぎた。
  雨はやんでいた。瞼の裏側が熱かった。

  • No.10 by 白亜  2015-02-06 15:37:53 

閉店後自宅にもどり仮眠をとった後、外出着に着替えると女性が忘れていった髪留めをコートのポケットにしまいどこにでもあるようなアパートの扉を開けた。二階建ての1DK、一人暮らしなのでワンルームでも良いのだがこのあたりは相場が安いこともありここを借りた。寝室と他の生活空間は別のほうがメリハリがあって良い、そんな思惑があったがいざ住んでみると家にいる時間など少ないものでほとんどが寝に帰ってくるようなものだった。
 外気は鋭い冷たさで肌を刺した。午前9時、今から行けば多少迷っても10時には図書館につく。あまり電車に乗ってどこかへ出かけることもないが隣駅に行くくらいなら何の問題もなく躊躇わずに済んだ。最近は人付き合いも店くらいで、休日は一人で読書をするかため込んだ家事をする程度だった。昨晩の忘れ物は俺にとって出かける口実に過ぎないようにも感じた。理由がないと外に出れない、目的がないと行動に移せない、いつの間にかこんなつまらない生活を送っていた。
 冬らしい寂しい並木道に差し掛かると多少車が走っていた、それぞれの家、それぞれの人々がそれぞれの暮らしを滞りなく送る。歩行者は少なく自分の時間だけが遅く進んでいるような気がした。勘違いにすぎないことは解っているが吐く息の白さ、ゆっくりと広がる吐息がスローモーションのようで妙な疎外感を覚えた。時折吹く強い風の音が耳に痛い。俺を追いたてるように背中を押した。
 並木道の中程に差し掛かるとT字路になっており右折すると駅が見える。大きなロータリーの先にある入口に人がどんどん飲みこまれていった。俺も今からあの口に食べられる、その先には一人で歩いている今とは違い多くの人間の思惑や汚い感情が渦巻いている。混沌の中に、泥濘のような集団に交じれば俺もその一部になる。気持ち悪いようなそれに流されて飲みこまれてしまいたいような気持になった。しかし改札を抜けてもあんなに人が飲みこまれていたとは思えないほど閑散としており、呆気ないものだった。どこの街にもあるような上りと下りがあるだけの駅、ここから30分も行けばターミナル駅に行けるが、もうずいぶんと行っていない。上り列車を待つ間、12分の時間がある。こういった微妙な時間が嫌いだ。何をしようにもできることなどなく、かといってただ座っているには長い。最近はこのような待ち時間をスーマートフォンのゲーム等で簡単に消化するようだが何故かそういった娯楽が苦手で手を出せずにいた。実体が欲しいのだ。電子書籍ならと考えもしたが、どうも紙の質感が欲しくなる。特に文庫本の紙、あの「ぬめり感」が非常に安心を与えてくれる。仕方なくベンチに座って何となく空を眺めた、晴れているのか曇っているのかわからないようなただ白い空だった。くすんだ白、透明度が低く、彩度の低い空、しかし暗くない。自分の心が重なった。
 寒さに体が軋んできた頃列車が到着した。つまらないアナウンスと圧迫感を連れて。乗り込むと湿ったような暖かい空気が顔じゅうに張り付くようで不快になった。空席が目立ち平日のこの時間帯が寂しいものだと久々に感じた。そう言えば昼間に活動すること自体が久しぶりだったのだ。次にこの時間の「他人の生活」を感じるのはいつだろうか。窓に流れる街並み、家のすぐ隣を走る列車の窓から一瞬だけ覗ける他人の生活。カーテンを開け光を入れているつもりだろうか、こちら側からは家の中を見ているというのに家主はそれを知らない。知らずに生活を送っている。ある家はとても綺麗な白い壁紙、大きなテーブルに一人で座って前を向いていた。恐らく家族は仕事に出かけ、子供が居れば学校に行っているのか、その間にあの女性はテレビでも見ているのだろう。ある家は前かがみになって何かをしていた。きっと掃除機をかけている、主婦なのだろう。この時間に自宅で活動しているのは大抵主婦なのだと解った。そうして他人に一方的な干渉をしていると隣駅についた。なんだか楽しい時間を奪うような耳障りな声で到着を知らされた。何故、車掌のアナウンスというのはこういう声なのだろうか。
 一歩外に出てしまえば途端に現実へ連れ戻され、やはり冷たい空気が刺さったが外気のほうが居心地がいいと知った。此処からはまた自分だけの時間が流れる。

  • No.11 by 匿名  2015-02-06 20:36:14 

支援上げ

  • No.12 by 八代目やしろ  2015-02-13 19:49:33 

自分も支援あげ!!w
続きを待っています(*^^*)

  • No.13 by 白亜  2015-02-20 10:14:42 

 一隻の小さなボートが漕ぎだす、果てない大きな闇にこぎ出す。どこかのデートスポットにあるような一人で乗るには寂しくて二人で乗るには手狭なボートだ。そんなもので俺は荒れる海を渡る。目的などない。こんなにも広いだけの海では一つの理由程度あってもなくても変わるものではない。押し寄せてくる波を交わしたらまた次の波が来る。そうやって波の中に飲まれないようにするだけで精いっぱいの俺が、ささやかな何か、ひっそりと訪れる平穏を望む。人がまた押し寄せた、急ぐようにして急かすようにしながらお互いを交わしてどこかへ向かう。俺はゆっくりと歩いた。
 大通りには流行りの飲食店が並ぶ。どこもかしこも今はやりのハワイだなんだと掲げる、みんな同じ顔をした店に同じ顔をしたものが行列をなす、どいつもこいつも笑顔だが俺には悲しいように見えた。能面通りをうつむき加減に歩いてみればすれ違う人間は嘲り笑うようだった。人はこんなにも気分で他者の言動に機微になる、別に俺のことを笑っているわけではないと解っているし、実際に嘲り笑っているかはどうでも良いことだった。車道からクラクションが聞こえる、耳障り以外の何でもなくて、ただ人に不快な刺激だけを与えることを目的とした音だ。街路樹はこの街でも寂しい、それぞれがざわざわとして風に大きく揺れ不安感をあおるようで好ましくなかった。街の不快さを探すのはたやすい、然し本当は小さくても好きなものを見つけるべきだった。俺は図書館の標識を探すことにした。
 少し顔をあげて歩くと太陽光が目の奥に刺さって痛くなった。しかし先ほどまでの靴の裏側に粘りつくような柔らかい道ではなくなった。能面通りの一角に差し掛かると小さな路地に入れるようになっており、その手前には図書館の名が記されていた。気恥ずかしい話だが少し身体が軽くなったような気がした。路地に入り両手を広げれば届きそうな狭い道を歩く、俺の後ろの道が一歩進むたびに閉じていくように感じた。何故、こういう路地には花のない植木鉢が転がっているのか、さながら屍の道のようで俺は屍の中を嬉々と歩いていた。屍の道もよく見れば生きた草が生えているもので、その草はさっきの能面通りの花屋のものよりも美しかった。花こそ無いが強くて誇らしかった。光は届きにくい。真上に太陽が昇ったときくらいしか満足に照らされることはないだろう。突き当りに差し掛かる、右にしか道はない。俺は蔦の絡まった外壁の建物が促すままに歩いた、すると階段が待ち受けていた。階段には燦々と日が差し階段の中央には鉄の手すり、両側には背を低く整えられた椿。瑞々しい深い色をした緑に湿った質感の赤銅色に近い深緋。鉄に反射する光は鋭利な自己顕示をし、その鋭さを椿の深さが奪っていた。俺はその微垂みのような柔らかさの中をゆっくりと昇って行った。一段一段は緩やかでこれから来る人間を許容してくれているようだった。こんな鮮やかな色彩を最後に見たのはいつだったろうか、足りないものなどないようなそんな気分にしてくれる。幻想だろうが虚像だろうが何でもいい。
 階段を昇りきると静かだった。静かなカーブを描いた道路があり車の通りはない。道路の向こうは古い煉瓦造りの建物があり煉瓦には黄朽葉色、赤錆色、千歳緑の蔦。誠実で勤勉な蔦は図書館に相応しく荘厳でありながら圧倒しない惹きこむような柔らかさがみえた。きっと煉瓦の温かみと蔦のコントラストがきつくないからであろう。車のない道を渡り向こう側へ渡り図書館に踏み入れる。俺は無意識に息を止めていた。ここから先は違う世界につながっているようだった。
 静粛な空気に満ちた館内に迷い込んだ俺はすでに気持が高揚していた。こんなに楽しい気持ちなのに理由がわからない。確かなのはこの空間が好ましいということだけでそれ以上でもないようだった。道なりに、誘い込まれるがまま、俺はこの誘惑に乗ってやることにした。
 薄暗い通路の先に明るい部屋が見えた。そこがどうやら点字図書のある一角だ。開け放たれた扉を抜けると予想外の光景だった。所謂、図書館のような様々で色とりどりの表紙はなく、ファイルに入れられたような書籍、言葉がそこに閉じ込められている。そのまま奥へと進み机が並ぶひらけたスペースに来るとすぐに意識を集中させられた。茶色い窓枠、蔦の覗くガラス窓。蔦の隙間から鋭さを奪われた光が女性の結いあげた髪と頬を照らす。女性が作り上げた影が机に落ち、指先の本の上を生きたまま動く。その光と影は見事に調和して女性の花色のように聡明な青いカーディガンも相まって、それはさながらレンブラントの絵画のように美しい画だった。
 ファイルに入れられた点字シートは真っ白く、点字も白いまま浮き上がり、白く美しい指が真っ白な点字の上をなぞっていく。女性は指先から言葉を取り込み、指先から世界を広げていた。神聖で繊細な作業に見えた。

  • No.14 by 白亜  2015-02-20 10:20:21 

>11さん
八代目やしろさん
ご支援ありがとうございます。
最近はなかなか言葉が見当たらずにお休みしていました。
これからも宜しくお願いします。

  • No.15 by 八代目やしろ  2015-02-20 17:26:54 

更新、嬉しいです(^^*)

続きを拝読できるのなら、
じっくり、幾らでも
待たせて頂きますよw

重く感じられたら
申し訳ないのですけれども(^^;)
楽しみにしています♪

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