風人 2014-11-30 06:00:58 |
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スリジエセンターは何らかの形で高階先生に潰されはしたけど、いろいろな形で高階先生たちの内に心残りや後悔として残った……。
スリジエ(さくら)がオレンジ病棟に変わったのもひとつの継承なんでしょう。
速水先生の内に何らかの形で考えはあったと思われる。
世良先生が医療債権請負人になったのもおそらく『ブレイズメス』での過去のやり取りそして東城医大になんらかの限界を感じたからでしょう。現に『ブレイズメス』において高階先生たちは議論とはいえ天城先生に納得できる答えを返していないのを世良先生は直に見ている。
他の本ばかり読んでるので海堂先生の本は今年まだ読んでない。
『外科医 須磨久善』は去年一度読んだくらい。
『カレイドスコープの箱庭』でいったん完結した感があったのかもしれない。
まだ文庫化にいたってない本もあるからゆっくりじっくり読まないとならない。
『スカラムーシュ・ムーン』『スリジエセンター』を早く文庫化してほしいもの。
『ケルベロスの肖像』の物足りなさを『輝天炎上』がフォローしているが『肖像』はもう少し踏み込んで欲しかった。
田口先生がなにも知らないまま物語を終えているのはある種の切なさ。
小百合・すみれ姉妹は本当に亡くなったのか。謎のまま。
城崎さんは妹ふたりの生死は気にならないのか。『夢見る黄金地球儀』ではまだ4Sエージェンシーは続けたと思うがいずれは4Sエージェンシーを城崎さんは離れるつもりか。
『桜宮サーガ』の大半の登場人物は社会や病院などの組織の内にいる人間が主役をつとめる。
ただ城崎さんに限っていえばその枠から出ようとしてる感はある。自由でもあるし自分勝手とも取れるが、『輝天炎上』でのすみれとの会話から察するに父である巌雄先生との間になんらかの確執があったと思われる。
とはいえ習った医療関係は彼が芸能界に身を置いた際に皮肉にも歌手育成に役に立つことになる。
城崎さんもたぶんに医療から逃れられない運命にあるとも取れる。本意ではないかもしれない技術や知識だろうけど役に立つのはなにかのひとつの証明。
今年は他の本に目移りしている。
肝心の『桜宮サーガ』シリーズにはまだ手を出してないことに気づく。まだ三月だけど。
『特Aランク病院の愉悦』でしょうか。田口先生を主役にしてる本を読みたいですね。
ようやく『ランクA病院の愉悦』を手に入れた。
『玉村警部補の災難』同様に短編集なので読みやすい。
はじめの『健康推進モデル事業』で厚労省の小太りの上司は明らかに白鳥さんですね。
だけど『夢見る黄金地球儀』の久光譲治でしょうか。彼が出てきてる。
『ランクA病院の愉悦』に収録されている「緑剥樹の下で」に登場しているセイは渡海征四郎なんですね。
『モルフェウスの領域』でヒロイン涼子に大きな影響を与えた人物と思うけどノルガ共和国で一匹狼的に活躍するのがこの人物の在り方なんでしょう。
なにものにも縛られず己の信念のまま生きていく。それを考えたら『ブラックペアン1988』のラストで東城医大という組織を出たことは正しかったように思われる。
基本的に組織や縦社会に縛られるとなにもできない反骨精神のあらわれとも渡海先生はそんな風にいえる人物。
だけど佐伯清剛病院長はおそらくそんな一面さえも認めた上で若き高階先生と競わせることで東城医大の未来を担いたかったんだろう。
だけど渡海先生には東城医大はおろか日本が狭かったのかもしれない。
いずれどこかで他の人物と渡海先生は出会う未来があるかもしれない。
渡海先生は『モルフェウスの領域』『緑剥樹の下で』では謎の人物扱いなのは格好いい反面、いささかもったいない使われ方してるともいえる。
おそらく海堂尊先生の頭のなかではいろいろ活躍されるアイデアはいくらかはあるでしょうけど。
「被災地の空へ」は自衛隊との連携や縦割り社会が被災地への行き来を困難にしてる描写や救急医の在り方などがリアル。
速水先生と似た者同士の満島、この人物もまた深いことを考えている人物。
速水先生がまだ若いというのもあるんでしょうけど広い視野や思考というのが救急医やドクターヘリを扱うフライトドクターには必要なんだと思う。
それに被災地に同類の人間がふたりいる必要はないというのは理解する。
ひとりいれば事足りる。
短編ではあるけど必要なことを書かれてある。
『ガンコロリン』には八神所長と別宮葉子が出てる。ちゃんとそこかしこに『桜宮サーガ』のシリーズの一端と伝わる。
「ガンコロリン」はコメディ色が強い話。
癌を治す特効薬の末路は癌手術を出来る医者が育たないままになりさらに新たな癌が生まれるという始末。
雰囲気としては『世にも奇妙な物語』ぽい。『世にも奇妙な物語』に似た物語があったでしょうか。
『ランクA病院の愉悦』に収録されている「被災地の空へ」で速水先生が死体検案書にサインをする時の気持ちは複雑だったでしょう。
救うべき命を救えず相手の魂はすでに天に返り肉体は死と化している。
だけど死者を看とりひとがが現世から還ったことを現実に示すこともひとつのおこない。
ただサインをするのではなく検案書を記すことでひとが生きていた証を本人やその遺族に届け伝わることにもなる。
『桜宮サーガ』シリーズではたびたびひとが亡くなる描写は少なくない。
患者を救えなかったことに後悔もある地方病院の医者の気持ち。
また虐待を見過ごさないために死者の声に耳を傾ける気持ちなど。
“死者に耳を傾けろ”は『桜宮サーガ』の一貫したテーマのひとつでもある。
死体検案書にサインを記すというのも救急医としては報われないし満足いかない行為ではあるだろうけど誰かがおこなわなくてはならない。
現実に東北が震災に遭った当時に速水先生のような気持ちを抱えた救急医がいたとも思われる。
だけどそれが無駄な行為でもない。命が失われるのは悲しいことだが誰かがサインし示さなくてはならない。
『ランクA病院の愉悦』収録の「被災地の空へ」で速水先生の勘が働かなかったことは素直にいい兆候ではなかったでしょうか。
『伝説』や『凱旋』の時みたいに救急患者で被災地があふれていたら速水先生のチームだけでなく満島先生たち他のチームもつぶれてたのではないでしょうか。
マンパワーにも限りはある。これはボランティアにも同じことがいえる。
軽症患者といえど患者。物語内ではそれでおさまりドクターヘリで重症患者は各々の病院に運ぶ。
行政や自衛隊の不便な縦割り社会の一面が読み取れるのも複雑なところ。
とはいえ行政や自衛隊がいなければ情報や現場が統制が取れない一面も生まれる。
まだまだこの辺りの連携はむずかしいんでしょうね。
だけど救急医にも速水先生や満島先生などいろいろあり風の噂もある。
だけどしっかり現場指揮を取れる人物が取ることは現場に混乱を少なくさせる利点もある。
短編ではあるけど情報量がかなりある物語。
『ランクA病院の愉悦』の「健康推進モデル事業」はある意味厚労省など役所がおこなうことはわからないことへのブラックユーモアでしょう。
『桜宮サーガ』全体でもなにかとメタボをところどころに挙げながら登場人物たちは疑問を持ち吐息を漏らすのにあらわれている。
「健康推進モデル事業」もそのひとつ。仮にいくら快適に健康的に過ごせたとしても職場で生きられなかったらメンタル面から不健康になってしまう。ある意味現代社会のストレスの源である会社という誰もが直面する現状にもスポットをあてていると取れる。
肉体的健康か精神的健康かどちらを取るかを聞かれたらみな両方取りたいでしょう。それで会社で出世できたら万々歳でしょうけど。
現実はそんなうまくいかない。
物語内の主人公は結果的に会社を辞するものの愛する人を得て田舎に帰り健康に生きるという顛末。
だけど厚労省に限らず役人のやることはわからない。既得権益や天下りの一環がおおもとだからタチが悪い。『桜宮サーガ』では時にコメディとリアルさを交ぜて書かれてる。
『ランクA病院の愉悦』収録の「ガンコロリン」のエピローグ部分はおそらくパラレルワールド的解釈でしょう。
作品自体が半ばコメディですし『桜宮サーガ』本筋の路線を考えたら癌治療が治療できることになってしまったら癌をテーマに作品は書けなくなるでしょう(苦笑)。
「ガンコロリン」に『モルフェウスの領域』の未来科学センターと八神所長に触れられているけど『領域』にはガンコロリンそのものには触れられていなかったから。
後半はパラレルワールド的解釈でいいと思う(笑)。
だけど癌を仮に治療できたとしても新たな耐性を身に付けた癌が現れるのは癌そのものもある意味、生命進化のひとつなんだと思う。
薬が毒というのも『桜宮サーガ』ではたびたび触れられている。薬自体も人間にとっては治療する良薬でもあるが一方では本来は身体が摂取しない成分も含まれるからそんな意味では害悪ないし身体における必要善であり必要悪。
人間の身体はむずかしい。
『ランクA病院の愉悦』に収録の「ランクA病院の愉悦」にしっかり東城医大不定愁訴外来が出てくる。
これは田口先生の意向に関係なく医療関係者たちが宣伝したり自分の手に負えない患者が現れた際の措置でしょうか。
見方を変えたらほぼ宣伝にしか思えない(笑)。
良心的に解釈したら不定愁訴外来を積極的に取り入れる旨とも受け取れる。『ナニワ・モンスター』でも徳間先生は父親に伝えてたこともあるから『桜宮サーガ』の世界では不定愁訴外来は重宝されてると考えた方がいい。
現実に不定愁訴外来が浸透してるかはわかりませんが。
「ランクA病院の愉悦」で東城医大の不定愁訴外来が取材を拒否したのは笑えた。
主人公はヤバいことを隠してるのではと揶揄や邪険な考えを一瞬持ったけど実際は不定愁訴外来からランクC病院に紹介できる患者はいないということだけ。
これは田口先生なりの誠意ある返答でしょう。
世の中にはこういうこともあるというひとつの答え。
それにしても『桜宮サーガ』世界では田口先生の存在が徐々に重宝されている雰囲気ある。
『桜宮サーガ』は医療小説にちがいない。
だけどそのジャンルを確立や認知されるまでは長い道程でしょう。
とはいえ本筋の『田口白鳥シリーズ』、地域地方に焦点をあてた『極北シリーズ』、女性に視点をあてた『ジーン・ワルツ』『マドンナ・ヴェルデ』、バブル時代を舞台にした『バブル三部作シリーズ』。
『ひかりの剣』と『夢見る黄金地球儀』は『桜宮サーガ』シリーズのひとつではあるが医療小説ではないが組み込まれている。
『玉村警部補の災難』『ランクA病院の愉悦』それぞれの短編集ながら内容が充実してる。
『スカラムーシュ・ムーン』『スリジエセンター』を早く文庫化してほしいと共に中古書店に並ばないと買えないorz。
医療において治療法やあるいは制度などにおいても絶対的な答えはないかもしれませんね。
手術や治療、薬などもあくまで効率や医師、患者などの精神的負担の軽減もあるだろうし制度においても医者と患者双方が納得するシステムの確立。とは医療費が高くなる現実もある。
『桜宮サーガ』のシリーズを読むと医者、患者、官僚、地方行政、薬剤師、あるいは医療関係業者など様々な職業の人たちが携わり成り立つ。
一個人や患者から見える範囲はごくわずか。薬の適用や副作用などは懸念する患者はどこにでもいるのも現実。
基本的に『桜宮サーガ』の世界に官僚は利権や既得権益を頑なに守ろうとする。
例外は白鳥さんや姫宮香織、坂田局長など特殊な人たちくらい。官僚ではあるけど彼らは組織を内側から打破してゆく人物として書かれている。
現実に白鳥さんみたいなことしてたら左遷されっぱなしでしょう。
だけど『領域』や「ガンコロリン」では八神さんは出世コースから外れ白鳥さんにこき使われてるみたいでなんだか不憫。
その布石はたぶん『イノセント・ゲリラの祝祭』のハシゴ外しがきっかけでしょう。あれがたぶんふたりの立場を変えたはず。
白鳥さんはなんだかんだで東城医大に思い入れがあるわけだし救済措置を『肖像』で示し未来科学センターで具現化してる。
再びAiセンターができるか否かはわからないけど。
医療に限らずだけど技術の進歩イコール人間の心や精神、中身がまだまだ伴わない時代なんでしょう。
飛躍的に科学技術が進んでも人間の心や精神はいろいろ善悪、画策などがありそこに利益を求める人間もいる。
『イノセント・ゲリラの祝祭』(上巻)で白鳥さんが彦根先生に苦言を呈した一件は医師会クーデターの件ですね。
だけど彦根先生はクーデターを起こした張本人にも関わらずとある地位を得て仲間から反感を買ってしまった。
『祝祭』の前半をあらためて読むといろいろな輪郭がみえてくる。
『イノセント・ゲリラの祝祭』と『カレイドスコープの箱庭』の彦根先生の人物を見るといくぶん雰囲気変わった感じ。
“スカラムーシュ(大ボラ吹き)”という一面はたぶんに変わりないけど未読にあたる『スカラムーシュ・ムーン』で敗北(?)から何かを学んだ可能性があると思われる。
先輩として田口先輩は『箱庭』で心配する一面は見せながらもコイツは立ち直るだろうくらいは予見してるから。
『スカラムーシュ・ムーン』で斑鳩室長にやられたんだと思う。
警察か医療か主導になる組織で民間に伝わる内容も異なると思う。それがまた社会にどう作用し影響するかというのも考えるべき内容なんでしょうね。
『桜宮サーガ』のシリーズを読んで気づかされるの主人公や主体が誰もしくは所属する組織などによって視点が変わるということ。
『田口白鳥シリーズ』は窓際医者だった田口先生が火喰い鳥の官僚の白鳥さんと共に難題や事件を解決してゆく。
『極北シリーズ』は地域地方の病院が舞台。
今中先生もまた田口先生同様に一見、平凡な医者ではあるが現状現場あるいは自分の居場所から病院や地域を考えて見る目や思考を彼は持っている。
おそらく今中先生みたいに個人や組織に属する者もしくは医者としては医師や看護師などはそれくらいの見識はあるでしょう。
『ジーン・ワルツ』『マドンナ・ヴェルデ』は産婦人科が舞台。
女性の出産や代理出産などを扱いながらすこしずつ問題をひも解き解決してゆく。
『ブラックペアン』に始まるバブル三部作は物語としていえば『田口白鳥シリーズ』の過去の時代にあたる作品。
かわりゆく時代と共に高階先生や世良先生、天城先生たちが挑む。
昭和の頃の医療の現状がよくわかる。
シリーズ総じていえるのは立場や立ち位置で異なる意見や意思があるということ。そこに利権や個人的思惑もあるがそれが遠回りして結局は良かれ悪かれ我々市民に伝わり提供サービスにもなるし医療費負担にもなるということ。
無関係とは思えない実感が読むたびに伝わる。
黒崎教授は読むたびに愛されるキャラだな思う。
いい意味悪い意味含めて東城医大のナンバー2。
藤原看護師も裏という意味ではナンバー2かもしれませんが。
『アリアドネの弾丸』では高階病院長が逮捕されたことにより病院長代行を兼任する器。
白鳥さんから見てもものわかりの悪さは多少あるものの黒崎教授がいなかったら病院運営は成り立たないのもある。
バブル三部作時代においても佐伯病院長から気概がないと言われる存在ではあるが高階先生、世良先生を当時は従える立場にもある。
よくも悪くも等身大かつ典型的な権威を振るうタイプの人物ではあり無用小器用型。
だけど組織においては必要不可欠な存在なのも否めない。
組織は天才肌や才能ある者だけでは仲間意識や集団意識あるいは組織に帰属意識なども芽生えない。
ある程度は無用小器用な存在がどこかにいて組織を見守り監督指導するのも組織内から暴走や離反者を最低限なくすこともできる。
黒崎教授がある程度、権威を振るうというのも必要に見えてくる。
『箱庭』では『肖像』のラストの件があったから田口先生に自ら口を挟めなくなったのは自業自得と表現せざる得ない(笑)。
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