ブラック 2014-10-18 07:11:51 |
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VOICE(ルパン三世/ラヴリーP/VOICE)
雪が舞っている時期だろう。
はらり、はらりと何かを悲しむように雪の結晶が積もっていく。
その時期からだったのかは分からない。
――ただ、何かを愛していたのは覚えていた。
**
俺は雪が降っている中、傘も差さず田舎町と呼べる町を歩いていた。
「――」
ふと、声に出した名前は雪の中に消えていった。
何がしたいのかは分からない。
俺はただ、ついていくだけだった。
言われた作戦、言われた経路、立てられた計画、その全てに肯定やら否定を続け、コンビを組んでいるだけだった。
「……――」
もう一度声に出してみる。
その声は渇いて、あの頃のような若さは持っていない。
アイツに届く声ではなくなっていた。
――お前は今、何がしてぇんだ?
飼い犬と言われるとそうなのだろう。
用心棒、殺し屋、そういった職業は雇い主が居てこそ成り立つものだ。
雇い主が居ないと俺は何もできない一匹の野良犬だ。
「待ってろ、なんて来ねぇなら言うなよ。全く」
雪の音にかき消されつつも俺は1人で呟いた。
足元は雪が積もって歩くことは出来るが、辺り一面真っ白だ。
窓から映るぼんやりした赤色は以前も同じように俺たちも浴びていた。
時にあの女がやってきて、自由気ままな女王の様に振る舞い、情報を提供し、計画を立て、裏切られる。
そんな時期もあったんだ。
帽子に積もってくる雪を払いながら、一面真っ白の道を歩き、1本の木を求めて丘まで歩いていく。
どうしてこんなところにアジトがあり、こんな木が立っているのかは聞いた事は無い。
聞いたところで誤魔化されて終る。
そういう奴なのだ、アイツは。
「なぁ、お前は何がしてぇんだ? この雪ん中、俺を呼び出しておいて何お前さんはぐうすか昼寝してんだ?」
木の目の前に立ち、話しかける。
木のすぐ隣は赤い屋根の小さな家。
持ち主が居ないのだから、大分前に勝手に入ったところ少し生活感が残っていた。
アイツにしては珍しいと思った。
場所を変えるときは全く生活感を漂わせることなく去っていく癖に、今回は机の上に置きっぱなしのコップや、読まれていただろう、歴史書や哲学書、そういったものがリビングのテーブルに置かれていた。
そこで、今まで生活していたかのように。
「……なぁ、聞いてるんだろ? そこに居るんだろ? 何とか言ったらどうだ?」
分かっている。
もう分かりきっている、この木はただの木なのだと。
神でもなければ悪魔でもない。
「なぁ――」
『もう止めろ』
ふと声が聞こえた。
俺が聞きたくて仕方ない声が、360°から聞こえた。
聞き間違えるはずも無い『相棒』の声が。
あのナルシストで、自由気ままで、女にだらしなくて、裏切られても何ともないと言う顔で『裏切りは女の特権みたいなモンさ』と決め台詞を吐くアイツの声が、確かに聞こえた。
「おい! どこに居るんだ!! さっさと姿を現せ!」
どれだけ叫んでもアイツは返事をしない。
確かに聞こえたその声を求めて、木の後ろを覗く。
誰も居ない。
見えるのは灰色の世界と悲しそうに啼いてる海。
何を根拠に居ると思ったのだろうか、そろそろ戻る場所もないのに戻ろうかと思った。
それでも何処かに隠れているんだと密かに思い、ドアの目の前に立つ。
木製で出来た古びたドア。
何度か壊れたのだろう、修理の跡がある。
どこまでも器用な奴だ。
ギィィと音を立てながらドアを開け、リビングに向かう。
どうせソファで寝ているんだ、それかコーヒー風呂にでも浸かっているんだろう。
そう言い聞かせて俺は居もしない相手を捜す。
…………。
リビングは無音だ。
誰もそこに居ない、あの時の俺たちも、これからの俺たちも。
「そんな顔してねぇで、一杯どうよ? この酒結構いけるぜ」
過去の記憶が蘇る。
グラス片手にボトル片手にもう酔っている状態なのだが、それでも飲もうと誘ってくる姿を思い出して頭痛がする。
「おい……」
ぐらりと視界が歪む。
倒れる、普段なら何とかできただろう。
今の俺にはそれほどの余裕もない。
そのまま床に膝をついた。
コロコロと足元に何かが転がってくる。
小さい、輪は俺の足元で円を描きながら回り、パタンッと倒れた。
『見ろこの輝き。不二子喜ぶぜ』
『また不二子かよ。懲りねぇな、全く』
過去の記憶と今現在の場所がリンクする。
確かに俺たちはこの角度のものは何度も見ている。
転がってきた指輪を手に取り、立ち上がってもう一度辺りを見渡す。
家具、色、配置、確かに物は違っている。
モノクロカラーが赤色、木製テーブルがガラス製テーブル、物と色は違っているが、配置だけは変わっていなかった。
何故前来たときに俺は気付かなかったのか、それは馴染み過ぎていたからだ。
「おもしれぇ」
鼻を鳴らして放った言葉だった。
未だにアイツが何をしたかったのかなんてものは分からないし、分かろうとも思わない。
俺が組んでいる相棒は何を考えているか分からない奴だ。
久々に笑っているのが実感できた。
俺はイイ獲物を目の前にした時の笑みを零している。
身体中が熱くなる。
懐かしいと思える程の時は経っているのだろうか。
3年は懐かしい思い出として良いのだろうか。
けれど、そこには『懐かしい出来事』が起きた場所だ。
この家ではなく、前まで使っていたアジトで酒を飲み、賭け事をし、煙草を吸った、あのアジトでの出来事は『懐かしい出来事だ』。
『そうかい。喜んで貰えて光栄だ』
そして聞こえる声。
どこかでテープでも流しているのだろうかと疑うほど大きく聞こえるが、それは俺の幻聴だ。
アイツはもう居ない。
「お前さん、こんなところにアジトなんて持ってたか?」
『ただの気まぐれさ。もしもの事ってのも考えていたのさ』
「その結果がこの有様だ」
『……お前はこれからどうすんだ?』
俺の頭の中でアイツが尋ねる。
これからどうするか、このまま何もないまま過ごすか、あの頃に戻るか、はたまた別の道に進んでいくか。
「お前さんが好き勝手やっていた様に、俺も好き勝手にさせて貰うぜ」
片手を振って玄関に向かう。
その際アイツは何かを発する事はなかった。
家から出て、さっきの木まで戻る。
木から崖までの距離は短い。
ここから走って飛び出たら確実に命を落とす。
それが分かっていて崖のギリギリまで近寄り、懐からワルサーを取り出す。
弾は全部で8発。
その1発でも脳天に当たればどうなるかは散々理解している。
不思議と恐怖は襲ってこなかった。
不二子に持っていかれたと思われた指輪も、家具の配置も、読んでいる本も、全て俺に対する『挑戦』だった。
今、俺はここに居るという嘘を作る為の。
そうする必要はあったのかは分からないが、アイツにはあったのだろう。
だから俺も、アイツには意味がなくても俺には意味がある事を行う。
――チャキ。
こめかみにワルサーを当てる。
鉄の冷たさと雪の冷たさ、冬の寒さで俺の体は冷えてきている。
このまま外に居ても凍死するだろうが、それでは気が済まない。
殺されるなら、アイツと戦ったこの女で殺されたい。
「……あばよ、ルパン三世」
――バァン。
発砲の音、銃口から煙が出て手の感覚がなくなり、身体中の力が抜けそのまま下に落下する。
――ただ、何かを愛しているのは覚えている。
――俺はルパンを愛している、それは恋愛ではなく尊敬だ。
**
3年前にルパン三世は「待ってろ」と言って俺の目の前から姿を消した。
どうして待ってろなんて言ったのかは分からない。
ただ、どこかのマフィアの幹部と撃ち合いをしていたのは覚えている。
俺たちはマフィアの幹部から逃れてアジトに帰った。
そのままルパンはアジトに帰ってこなかった。
次の日、不二子が足腰に力が入っていなく、アジトのリビングを開けて泣いた。
「ルパンが死んだ」と、声にならない声で泣いた。
初めは冗談だろうと思っていたが、ルパンの死がテレビでも取り上げられていた。
遺体はどこにあるのだろうかと思っていると、ICPOの手に渡っていたので、俺と五右ェ門と不二子で盗んだ。
それで、銭形も当然追いかけて来て、いつもの様に諦めが悪い銭形なのだが、その時の銭形は本当に必死だった。
「ルパンの葬式だぁ!」と叫びながら追いかけてきた時は、あぁ、銭形も同じ事を考えてくれたのかと、銭形に捕まった。
ルパンの死因を聞けば、1人でマフィアのボスの所に乗り込み、マフィアのボスの6歳の娘に後ろから撃たれて即死だと。
笑える話だった。
そして人気のないこの街で俺と五右ェ門と不二子と銭形だけで葬式を挙げた。
俺たちはそのまま捕まるのかと思えば、銭形は俺たちを捕まえる事もなく、戻っていった。
俺たちはそこでコンビを解消した。
ルパンファミリーは終った。
**
今何してんだ、何してぇんだ、俺は此処だぜ。
切なく降り積もる雪の様に眩しすぎて、強く生きてゆく華の様に幸せになれよ、五右ェ門、不二子、あと銭形。
――ルパン三世、おめぇと組めて楽しかったぜ。
俺はルパンの命日の3年後に冷たい海へと落ちていった。
「ルパン三世」
最後に大泥棒の名を口にして。
「VOICE」
元にした作品「ルパン三世2nd/ラヴリーP/VOICE」
CP「無」
趣向「シリアス/悲しい/雪/重い」
恋愛要素「無」
ラヴリーPさんの「VOICE」を聞いて書きたくなったのです。
いい曲ですよ。
泣けますよ、いい曲なので聞いてみてください。
(ボーカロイドが苦手な方は無理して聞かないで下さい)
歌詞を元にしたという訳もなく、雰囲気をお借りしました。
所々歌詞もお借りしています(笑)
*今何してるの 何したいの 俺はここだ
という歌詞をあのマグナムを持っている男が心中で呟いています。
さてさて、どうして次元がワルサーを持っているのかを書くの忘れましたので、こちらに書いておきます。
ルパンの遺品から「ワルサーだけは持たせてくれ」と頼んだからです。
それだけの理由です。
途中の『』のセリフ、あれは全部ルパンです。
ですが、途中次元が述べているように次元の頭の中に居る「ルパン」です。
アイツならこう言うだろう、こんな行動をするだろう、そう無意識考えてしまい聞こえないはずの声を聞いてしまった。
リビングの配置が同じでルパンの細工だと気付くのですが(笑)
物は変えて配置だけは同じにした。
見たことあってもその記憶は必要とされない。
だから同じ配置にして、読みもしない歴史書を置いていた。
今そこに居たかの様にものを置いていた。
全ては次元に対する挑戦です。
幻に取り付かれるか、目が覚めるか。
この話の序盤で――ただ、何かを愛していたのは覚えていた。と述べている文があります。
これは、
――ただ、何かを愛しているのは覚えている。――俺はルパンを愛している、それは恋愛ではなく尊敬だ。
という文に変わります。
幻に取り付かれているときは「ルパンを尊敬している気持ち」が何か分からず、目が覚めた時には「ルパンを尊敬している気持ち」を思い出す。
↑複雑ですね(笑)
何故次元は死んだのか、それは自己解釈で良いです。
分かるか!と言う人のための一応の解釈↓
・このまま用心棒をしていても楽しくなく、スリルも感じないから。
・ルパン三世が居ない世界に住んでいてもスリルを味わえるわけじゃないから。
・ルパンが普段好き勝手してるから、自分が死ぬという勝手も許されるだろうと思ったから。
私は一番下のがしっくりきますね。
みなさんはどうですか?
設定上、ルパンの死は次元が死の丁度3年前です。
日本で言うと1月~2月の間です。
舞台は特に決めてないのですが、海と崖と家とデカイ木がある田舎町を思い出すようなところです。
マグナムではなく、ワルサーで死んだのも自分の手で殺されるなら、相棒の女(ワルサー/手)で殺されたいと思ったからです。
裏話的な何か。
ルパン→マフィアのボスの所に侵入→死亡→インターポールに遺体送られる。
次元・不二子・五右ェ門→マフィアの幹部と交戦中→撤退→ルパンの死を知る→警察で葬られるなら俺たちが!→ルパンの遺体盗む→銭形の必死さに違和感→銭形も焼かれるなら自分が!→一緒に葬式する。
実はこれ最初ルパンの遺体は路地裏に転がっている予定でした。
何故不二子がルパンの死を知ったのかはご自由に。
最後まで重い話でしたね。
こういった雰囲気の話、結構好きだったりします。
夢(ルパン三世2nd/オリキャラ)
「……力抜け」
優しく言いながら、肩を軽く叩く。
普段は拳銃を握っているから触れる事のない手の温度に驚きつつも、力を抜こうとする。
その度に力を抜けと言われるのだが。
「そんなに力入れたら入るモンも入らねぇだろ」
入らないと言われても力の抜き方を度忘れした。
普段していることのはずが、全く思い出せない。
こうやって体を触れられていることなどいくらでもあるのに、初めての感じがして緊張しているのだろうか。
「無理矢理押し込むぞ」
「えっ……」
**
そう言って無理矢理入れられて目が覚めた。
「いってぇぇ!!」
ガバッと布団から飛び起きる。
何が、どうして、そうなったのか、全く理解ができない。
体中に汗を掻き、服が張り付き、息も荒い。
確かに俺はリビングでボルサリーノを被った男と2人で居た。
ルパンは何処かに行っていていないし、不二子は元からおらず、五右ェ門も修行に出て行っているのだ。
留守番はたったの2人。
その留守番中にどうしてあんなことになるのか。
ボルサリーノが急に『インフルエンザが流行のこの季節だからオススメ! お前ら注射しろ!』と言ってきた。
「え……? ボルサリーノが? インフルエンザが流行してるから注射しろ? ボルサリーノが!? ボルサリーノが喋った!?」
この際夢なのだからしょうがない、受け入れるしかないのだ。
ボルサリーノが喋って、注射しろとか言われて、何故かそこに注射器があって、お互いにすることになった。
そして次元の冒頭のセリフ「……力抜け」に戻る。
どうやら俺は注射にビビっていたようだった。
謎が解けてないが、まぁ、注射の夢だったんだ、このまま寝るとしよう。
そこで違和感。
ねっとりとした、あまり良い印象がないアレ。
俺は夢精していたようだった。
うん、俺の1日終った。
**
とりあえず夢の内容は伝えず謝罪はしておこうと思い、リビングに向かう。
服は着替えている。
「おお、次元。お、おはよう!」
何故かいつもより元気に挨拶をしてしまった。
「はえーな」
「まぁ……」
「ところで、ボルサリーノボルサリーノって叫んでたが、何かあったのか?」
「え!? いや、別に……」
いや、別に夢の中でボルサリーノが喋ったということ自体は問題じゃない。
問題なのは俺がやってしまった事なんだ。
それを謝罪するために次元に会いに来たんだ。
「すみませんでした!」
取り合えず土下座。
何が起きているのか分からない次元は、目を見開きながら俺を見つめる。
そしてその場から去ろうとしたところで声が掛けられた。
「お前、俺に何かしたか?」
「え、えっと……その……言葉にしにくいというか……あんまり言いたくないと言うか……」
視線を逸らしながら言っていると次元がソファから立ち上がって俺の傍にやってきた。
何をされるのだろうかと思っいれば「ま、良いってことよ」と言ってリビングから姿を消した。
その場で安心した俺は息を吐いて、暫くその場から動けないで居た。
当分寝たくはない。
緑泥棒と赤泥棒(ルパン三世2nd/LUPIN The Third~峰不二子という女~/不定期更新)
ハッと目を覚ますと全く知らないとは言い切れないが、見覚えのあるような景色を見つめる。
辺りを見渡せば、確かお宝を盗みに来た所までは覚えていて、その先の記憶がない。
誰かに殴られたのだろうかと思いつつも、見たところ自分が居た場所と変わりが無いので、芝生の上で横になっていた体を起して、お宝がある場所まで歩いて行く。
「確かこの辺りだったよな……」
さっきまでは、という表現が正しいのかそうじゃないのかは分からない所だが、確実に言えることは今居る場所は、記憶がある頃に見た景色だった。
屋敷の回りに何本も生えている松の木、明らかに幽霊でも出そうな雰囲気の屋敷。
確かに一度見た景色だった。
取り合えず、目的の物を盗む事が最優先なので、屋敷の中に忍び込んで行った。
**
「ありゃりゃ、此処は?」
先程までとある屋敷に入って指輪を盗んだところで、仲間と銭形から逃げていたのだが、いつの間にかどこかの森に入ったらしく、一人で銭形から逃げているようだった。
その銭形も今は居ないのだけれど。
神隠しにあった気分になりながらも、独り言を呟き立ち止まって辺りを見渡す。
普段見ている風景と少し違うので混乱しつつも、冷静を装った。
そこには芝生があり、誰かがそこに居たように草の何本かが不自然に折れている。
近くに行ってみれば、横になっていたのだろうと推測し、辺りを見渡すが、人の影も見つからないのだ。
人とは限らないが熊でも居ればどこかに出口があるだろと、辺りを歩いていれば1つの屋敷を見つける。
まだ綺麗で、幽霊が出そうな、そんな屋敷。
「ほぉ、あの屋敷。中々よさそうだな」
状況判断が追いついたと言うわけでもないが、やはり泥棒の血は騒ぐのか盗む事を考えてだしては立派な屋敷が視界に入り、何か良い物でもありそうだと思い、期待しながら進入経路を探すべく近付いていった。
**
「…………」
ふと、何かが動いたような気がしたが、この時間帯なら誰も帰ってこないだろうと思いつつも油断は禁物なので、警戒しつつも目的の部屋に行った。
――そういえばこんな金庫だったな、口には出さないが、ドアを少し開けて無人かどうか確認してからドアを開いて、部屋の中に入る。
金庫の位置に向かえば、金庫の前でしゃがみ金庫を開けようとしてた――その時だった。
「手伝おうかぁ?」
と甲高い声が部屋中に響いた。
声を掛けた方にとっては、狙っていたわけではないが、どうも気になる事とがあり、それを確かめようと目の前に居る誰かが、金庫を開けようとしていたため1人じゃ苦労だろうと、場合によっては手伝うか邪魔をするか決めようと思い、背後に回り込んでいきなり声を掛けた。
「誰だ!?」
「さ~ねぇ、だ~れでしょう?」
結構前にボルサリーノを被った男に言ったことがそのまま自分に返ってきて、驚くが抵抗しないのを示す為、両手を軽く上に挙げた。
身構えて両手を挙げた目の前の人物に、場違いな間の抜けたおどけた口調で上記を述べ、懐から銃を取り出して脅す事も考えたが、目の前に映る金庫にどこか見覚えがあり、――あぁ、なーる程と、心中で呟いた。
「別に殺しゃしねぇよ」
明るくおちゃらけた雰囲気でポンッと肩を叩く。
肩を叩かれた時にカツンッと自分の左肩に何かが当たり、それが銃だと気が付くまで僅か3秒。
「銃持ってるって事は、ただの一般人じゃなさそうだな」
殺しはしない、言われた事に信用して良いとも限らないが警戒していると懐から銃を取り出して後ろにいる人物に向け「この角度だったら、確実に当たるぜ?」と、ワルサーの引き金に指を掛けてニヤリと笑みを零す。
「あれま、怖いことするのねぇ~」
銃口を向けられて緊迫した空気にも関わらず、相変わらず飄々とし、「大方おたくも同業者でしょ」と金庫を開けようとするのは泥棒しか居ないと目に見えて分かる状況で、ライバル出現にか劣り作戦で警察が泥棒に扮している可能性もあると、口に出さずに身構える。
暗くて後ろに誰が居るのか分からないが、雰囲気は自分と同じものを放っていた。
銃を下ろし「まぁ、自分で言うのもアレだが、狙った獲物は逃がさねぇぜ」とキャッチコピーを口にした。
懐に銃を仕舞えば、金庫を開ける事を再開する。
「そりゃ同感だ」
当然目の前の人物と同じキャッチッコピーを持っているので、同感しながらも、中身を確認してからお宝を戴こうと企み、素直に他人に任せて邪魔せず後ろから見る。
「しかしまぁ、ここの家主は相当オバカさんだったようで」
元の世界といえば良いのだろうか、いまこうしている世界と同じ場所に同じ物が置いてあり、ここの家主が隠していた金庫を開けるメモを金庫と床の隙間から見つければ呟いた。
そしてふと同じ意見を持っていた事に気が付き、金庫のロックを解除した。
「っで、俺が金庫の目の前に居たら、盗めねぇんじゃねぇか?」
「さぁて、それは分からないぜ?」
どうやらお見通しだろうと思い頭の中では策を練り、この場でどうにも出来ないようでは祖父に顔向けできないと必死になっているが、そんな様子は態度に表さないように努め、さも良い方法があるかのような振りをし、腕組をしながら目の前の人物の行動をただ眺めた。
「コイツがそんなに良いモンか俺も知らねぇから、何とも言えねぇぜ」
解除した金庫のドアを開いて中にあるお宝――ルビーの指輪を確認し、人から頼まれた物で自分から予告状を出して頂こうと思った訳ではないので、価値のある物なのかどうかは興味がない。
金庫の中から指輪を取り、360°指輪を見て「……コレ、レプリカか?」と誰に対してでもないが尋ねる。
「ご名答! 実は既に本物は戴いちゃったのよ」
突如妙に明るいトーンでレプリカというのを肯定し、警察を誤魔化す為に前の世界にいた時にすり替えたのだ。
ジャケットの内ポケットから僅かな光の中でも輝きを放つ宝石の付いた指輪を出した。
当然目の前にあるのが偽物だと分かれば偽物には用がなく、拗ねたようにポイっとレプリカの指輪を後ろに放り投げた。
本物の指輪を金庫のドアの反射越しに確認すれば、どうやって奪おうかと考え、どうせ警察を誤魔化す為だろうと思いつつも、自分がされるのは腹が立ち「ご苦労な事で」と呟いて立ち上がり、懐から愛銃のワルサーP38を取り出す。
そして後ろにいる人物に振り返ることなく、腕をそのまま後ろに向けて銃口を向けた。
「本物をよこしな」
「酷いことする奴だなぁ」
捜査撹乱にと折角作ったレプリカを捨てられた事にも、本物が分かった途端銃口を向ける事も、酷い奴だと思うが、そんな脅しに屈する事はない。
「コレでも苦労したんだから、そう簡単には渡さないさ」
指輪を自分の指にはめ宝石が放つ輝きを楽しんでいる。
「どうせ警察には分かりゃぁしねぇよ」
「警察も舐めてかかっちゃ、痛い目見るぜ?」
レプリカを投げた方を見つつも、分かってもあの銭形ぐらいだろうと単純に思い、今更酷い奴だと言われても表情が変わる事はない。
大抵の人なら見抜けないだろうが、銭形ならあっさりと見破ってしまうだろうと考えさりげなく忠告はしておいたので、その後目の前の人物がどうなろうと、自分には関係がないだろう。
「とくに銭形はやっかいだな」
銭形幸一、その人物の名を聞き「俺も同じ人に追い掛けられてるぜ?」と、目の前の人物も泥棒なのだろうと予想を立てる。
「ま、お互い同じ奴に追われてる身って事だな。……ま、お前から奪ったところでレプリカを奪いに来たんだったら何の面白味もねぇだけだ。それはお前にくれてやる」
一気に気分を変えて、その指輪を後ろに居る人物にあげると言い、指輪が特別欲しい訳でも無かったし、元々自分は不本意だったので、懐に銃を仕舞った。
「あ~ら、意外と優しいところもあるのね」
「生憎と不本意な物だったんで」
銭形の話はもう出てこず、銃を仕舞った動作を見ればおちゃらけた口調で述べ、先ほどから薄暗い場所に居る為、目の前に居る人物がどんな人物なのかと気になりだしてくる。
肩を竦めて短く返答しては、綺麗と言うほうが近いかもしれない床に横になり、何となく馬が合いそうだと思いながらも口に出すことはなく、ポケットから煙草を取り出し口に咥えジッポで火を点けては、後ろに居る人物は、僅かに匂った『ジタン』の匂いで、喫煙者で自分と同じ銘柄の煙草を吸うと分かり、吸うか?という意味を込めて差し出した。
煙草を差し出され、自分が吸っている銘柄と同じジタンだった事につい笑みが零れつつも、短く礼を言って1本抜き取り、ジャケットのどこかにあるはずのライターを探す。
だが、どこのポケットを漁ってもライターは見つからず、仕方なく火を点けずただ咥える。
不本意、という言葉に何かあるのだろうと思うが、自分から首を突っ込む事はせず「色々あんのねぇ」と呟いた。
「ほらよ」
呟きに返す事は無く、ぼんやりと横になったのだから天井しか見えず、顔すら見えないのだけどふと、同じ名前の警部に追われている事を思い出し、同じような立場なのかと思った。
何故か嫌いになる事はなく、煙が上がっていないのを確認すれば、ポケットからジッポを取り出す。
火を点け、自分は横になっているので一度上半身を起こし、腕を伸ばした。
「こりゃどーも」
同じ稼業で同じ奴に追われているからなのか、何処となく良い奴だと思い始めていれば、火をくれたことに礼を述べ、少し屈むようにして煙草に火を点ける。
その瞬間、ジッポから放たれる小さな火に照らされたシルエットが、自分に見えたので「ところで、あんた名前は?」と唐突に尋ねた。
「俺は……ルパン三世だぜ?」
煙草に火が点いたのを見れば、ジッポを直し、唐突に問われた事に少し驚きながらも自分の名前を、後ろに居る人物の方を見ながら名乗る。
「……ルパン三世?」
「そう、ルパン三世」
目の間に居た人物が口にした名前は自分の名前であり、『ルパン三世』はこの世に1人しか存在していなのだが、どういうわけか同じ名前の人物が目の前に現れて「待てよ、ソイツは俺様の名前だぜ?」と混乱を表に出さないよう平然としながら言った。
そう、自分があのルパン三世だと言うような雰囲気で言うが、後ろに居る人物の言葉を聞いて思わず煙草を落としそうになるも、何とか落とさずに、吐いてこう言った。
「俺があの世紀の大泥棒ルパン三世さ」
「へぇ、言い張るのか」
「言い張るも何も俺は生まれた時から『ルパン三世』って名前だからな」
「そうかそうか。って、納得する訳にもいかねぇがな」
「ま、信じられるわけねぇよな」
「そりゃ同感だ」
実際、名前がどうだったかなんて覚えてはいない。
取り合えず『ルパン家に生まれたアルセーヌ・ルパンの孫』で、『ルパン三世』と呼ばれていることだけは事実なのだ。
耳を傾け納得するように『うんうん』と頷いているも、信じるはずもない。
小さく呟いては床で煙草を捨てる。
そして「おもしれぇ」とハッと鼻を鳴らして嘲笑うかのように「こうなりゃ、どっちが本物勝負でもするか?」と余裕な態度で尋ねる。
「そりゃ、ハッキリさせておきたいよな。その勝負乗った」
ニヤリと笑い勝負に乗ると宣言した。
楽しそうにしているのを気配で感じ取れば、「交渉成立だな。っで、何で勝負すんだ?」と撃ちあうのか、盗みを競い合うのか、勝負内容を尋ねた。
自分がルパンであることを胸を張って言える為、本物相手に少しハンデをあげようと「さぁな。好きな勝負選んでいいぜ?」と勝負内容を委ねた。
「俺の好きなことは盗みだぜ?」
「俺たち気合うのにな」
同じ人物が2人存在する訳がないがお互い譲る訳にもいかず、ただ目の前の人物と考えが似ている事には好感を持ち『盗みが好き』だと聞けば、ニヒルに笑った。
「いっそのことコンビ組むってのはどうだ?」
「それもアリっちゃアリだが……」
気は合う、コンビを組んでも問題は無いだろうが、ただ名前が同じなだけでそれ以外問題は生まれないだろうと思い提案をしたのだけど、『YES』『NO』というより、曖昧な答え方をしたのが気になり「俺達互いの顔知らねぇから信用できねぇの?」と、1つの可能性を口にした。
考え方も似ている、おそらく最高のパートナーになれるだろうが「そりゃねぇ、いきなり自分と同じ名前の人が現れりゃ警戒もするさ」と、顔が見えない事も信用するには困難だと、自分も同じように床に座り、肘を曲げ両手のひらを向けて『ふぅ』と息を吐く。
欠伸をして「しかしまぁ、不思議な事もあるもんだ」と呟いてはさっきから電気が点いていないので当たり前なのだが、顔が見えない訳だと1人で納得すれば「そりゃ同感だ。それより先に電気点けようぜ」とスイッチがある方を指差す。
「確かに暗いな。ほらよ」
「サンキュ」
指を差された方を向けばスイッチがあるので、そこまで歩いていき明かりをつけるとさっきまで見えていなかった物が全て見え、やっぱり自分が来たところは前の世界でも来た事があるところだと確信しつつも、話をしていた人物の顔が見え、まじまじと見つめた。
初めはポカンと口を開けていたのだが、次第にムッとした表情になり「そっくりだが、なぁんかお前のがハンサムじゃないか?」と緑のジャケットを羽織った――ルパン三世を見ては足踏みをして大人気ないが怒り出した。
軽く礼を述べ、見つめられると何とも言えない複雑な気持ちになりつつも顔には出さず、いきなり怒り出すので溜息を吐いて「なんでそうなるんだよ」と、呟いて仮にも『大泥棒』なんだから、細かい事は気にするなよ、と赤いジャケットを羽織った――ルパン三世に心中で呟いた。
「俺はお前さんの方が人当たりは良いように見えるな」
そう口角を上げて言う。
「人当たり良いねぇ」
褒めてもらったのだと受け止め、あからさまにニヤつき、基本誰かとコンビを組むとなれば相手の力量を試すところから始めるのだが、相手が自分自身ならそこは省いて良いだろう。
「何ニヤついてだよ」
「いや、別にぃ?」
呆れたように息を吐いた。
確かにニヤついた自覚があったので、指摘されれば表情を正して真面目モードに切り替えた。
「ところで、お前さんはどうして此処へ?」
何故同じ人物が2人も集ったのか気になり尋ねる。
「マフィア関係の奴にその指輪を盗めって言われたからこの屋敷に来てみりゃ、お前さんに出くわしたって訳」
頭の後ろで手を組み、逆に自分も気になったので「そう言うお前さんはどうしてなんだ?」と聞き返す。
「俺は特に理由なんてないな。単位此処のセキュリティは厳しいと聞いて、言うなれば腕試しに挑戦ってとこか?」
理由などなく、興味本位で盗んだと答える。
となると、赤ルパンが前に居た世界で腕試しに此処にやって来て、指輪をすり替えていて、逃亡した後に緑ルパンが来た事になる、が、それだと説明がつかない。
緑ルパンが来た時には金庫が開けられた形跡はなく、開けてみると中にレプリカが入っていた。
考える事は前の世界で赤ルパンが本物とレプリカをすり替え、レプリカだけがこの世界の金庫の中に来た、という事になる。
そのレプリカを緑ルパンは盗みに来て、赤ルパンも何故かやって来たという事になってしまう。
「腕試しで盗まれるとは俺の腕も落ちたもんだな」
急に真面目になった赤ルパンを見つつもはぁ、と溜息を大きく吐き、それより何故同じ人物が居るのだろうかと考えながらも思い当たる節はなく、パラレルワールドなのかと一瞬思う。
「いやぁ、俺でも危うかったぜ?」
実際噂通りのセキュリティの厳しさで手こずった所もあるので、謙遜して軽く否定をしておく。
こちらも同じく何故か分からず考えてた所に「――なぁ、パラレルワールドって信じるか?」と聞きなれない単語を真面目に緑ルパンに尋ねられた。
「パレルワールド?」
単語だけを返せば緑ルパンが「もう1つの世界みてぇなモンだ」と言った。
聞いた事はあるが、実際に存在するのかどうかなどあまりにも興味が無く、仮に存在したところで行き方も分からない。
「そのパラレルワールドが関係してるって、言いたいの?」
「可能性の1つとしてな」
考えられないという訳ではない可能性に頷きつつも、信じがたく、取り合えず元の世界に戻る方法を探すしかないのかと思った。
「……取り合えず、一旦アジトに戻るか」
緑ルパンは呟く。
今この屋敷に居ても何も始まらないだろう。
アジトに戻れば誰かが居るかもしれないのでそう提案したのだ。
祭りというのにあまり縁が無かった。
そんな時代もあった。
**
これはほんの数時間前の話。
赤いジャケットを羽織った男がいきなりリビングに繋がる木製のドアを開けながら放った。
「お祭りに行きましょう!」
有無を言わせぬその笑顔に突っ込みたいのをその場に居た全員が思ったのにも関わらず、ジャケットを羽織った男は気にすることなく、自分から1番近い場所に居る、文庫本を読んでいる少年に近付いた。
「勿論、行くよなぁ?」
笑顔、一言で言ってしまえば笑顔なのだが、何故かその笑みは追い詰められた鼠と獲物を見つけて、余裕のある猫を表している。
少年は文庫本から顔を上げ、ジャケットを羽織った男、ルパン三世を見上げる。
「……俺じゃなく次元誘えば?」
素っ気無く、文庫本を人差し指で挟み、窓際に置かれている大分古くなった藍色のソファに横になって煙草を咥えている男、次元大介を勧める。
それに対して次元は鼻で笑えば灰皿に煙草を押し付けるようにして消した。
「次元ちゃんはもう了承済みよ」
「おい待てルパン。いつ、誰が祭り何かに行く何て言ったんだ?」
ルパンが今勝手に了承したと口にすれば、突っ込むように次元はルパンに尋ねる。
ルパンはその質問を待っていましたよと言う表情をし、人差し指をピンッと立て、「今に決まってるじゃない」と言ってのけた。
その姿は自分の獲物を自慢している猫に似ている。
「くだらね、俺は降りるぜ」
祭りに行く事を「くだらない」と言って次元は行かない宣言をした。
少年、恋也も祭りにはあまり縁がなく、行く事もないのだろうと思っていた方なので、「俺も良いや」と行かないと宣言して、文庫本に目を移した。
そんな様子をルパンは見つつも、1人で行く気にもなれず、既に不二子と五右ェ門は予定があるので誘う訳にもいかず、ただどうやってこの2人を連れ出そうかと考える以外にはないのだ。
「そんな冷たい事言うなよ、俺と恋也ちゃんの仲でしょ?」
「どんな仲だよ。良い人に連絡とってやるからその人と行けば良い。きっと喜ぶぞ……あ、もしもし? 銭形さん? 実は――」
恋也がポケットから端末を取り出して電話した先があの銭形警部だと知ったルパンは、恋也の端末を奪いとって恋也の声で「ワッパの意味を知りたいんだけど……。え? 手錠? 警察用語……有難う、仕事の邪魔して悪かった。じゃ」と不自然に切る事は出来なかった。
その所為か恋也の声で手錠の別の言い方、『ワッパ』の意味を知りたいと、適当に思いついた嘘を銭形に尋ねた。
銭形はご丁寧に警察用語だと返答して、何の違和感もなく通話は終了された。
そして端末は恋也に返却される、だが「何でとっつぁんと祭りに行くの! 楽しくないでしょ!」と文句と一緒に。
恋也は溜息を吐きながら、端末の中に入っている連絡先をぼんやり眺めつつ「俺と行っても楽しめないと思うけど……」と呟く。
ルパンは関係がないのか「不二子ちゃんも五右ェ門ちゃんも予定あるから、次元ちゃんか恋也ちゃんしか居ないのよ」と跪いた。
どこの夢物語だと、次元が零していたのだがルパンは気にすることなく恋也を祭りに誘おうとしている。
「俺が行ったら、コナン君誘うけど?」
「ガキンチョ誘うのか?」
「何か不満か?」
恋也の獲物を逃さないという笑みにルパンは負け、首を横に振り恋也が江戸川コナンに連絡をしているのを暫し聞いている。
コナンは特に用事がなく、祭りに参加すると言うが条件付だった。
『パパも連れて来てねって世良の姉ちゃんが……』
「世良が?」
『一度見てみたいんだって』
「まぁ、引っ張り出してでも連れていくしかない、か……」
『じゃまた後で』
傍に世良が居たのだろう。
次元も連れて来いと言うのだからよっぽど世良が次元に興味を持ったのだろう。
推測しか出来ないが、世良も来るなら連れて行くしかない、恋也は簡単にそう思う。
「コナン君いけるって。あ、あと、次元も来いって」
「はぁ!?」
次元のボルサリーノがずれて普段見えない次元の目が見える。
やはり驚いているのだろうか、目を見開いている次元に恋也は笑みを浮かべ「とっつぁんに捕まるか祭りに行くか、どっちが良い?」笑みの明るさは黒かった。
**
脅されて脅してを繰り返してはルパン、次元、恋也の3人は雰囲気作りだとルパンに言われ浴衣を纏った。
ルパンは淡い赤の無地、次元も灰色の無地だった。
恋也はというと、同じく無地で緑の浴衣を羽織っている。
現地集合としており、目印は【赤い鳥居】。
「さーて、集合時間まで遊ぶぞ次元!」
「元気だなぁ」
「そうだな」
ルパンは1人ではしゃいでいる(いつものこと)が、次元と恋也ははしゃぐというより、ルパンの行動を傍観している。
コナン達からしてみれば距離があるだろうこの場所も、夏の雰囲気が出ており、辺りにはちょうちんが飾られ、太鼓や尺八などで奏でられている音楽が流れつつ、数々の屋台と数え切れない程の人で賑わっていた。
何人か恋人同士で来ている組や、学生の集り、親子で祭りに来ているのを見かける。
周りが周りなので、自分達が浮いている感がハンパないと感じてしまう。
「じげーん、こっち来て見ろよ! 射的あるぜ」
ほらほらと手招きをしながらルパンは射的の屋台の前で止まっている。
祭りなのだから、射的はあるだろうと次元は呟きながら、仕方なくと言った雰囲気でルパンに近付く。
端から見れば一体どんな光景で見えているのだろうか。
「10発中に倒れたら賞品やるぜ」
体格の良い、腹に腹巻をして頭にバンダナをしている男性にそう言われ、1回100円の射的をルパンと次元はしようとしているのだが、内容は酷いものだ。
「俺が1発で決めたら『タコ』焼きな」
「じゃぁ、俺が1発で決めたら『エビ』フライ」
何故互いが嫌いな物の名称を言いながら、それを食べさせようと言う風にしているのだろうかと恋也はぼんやり思いつつ、そういえばと2人が日本円を持っているのかと、ふと気になった。
「どうでも良いけど、日本円持ってるのか?」
恋也の問いに次元とルパンは財布を取り出して確認したところ、確かに日本円はあるのだが、諭吉が3枚という両替もしにくい金額だった。
「福沢諭吉が3枚ならあるぜ」
「いや、見せ付けなくて良い」
次元がヒラヒラと1万円札3枚を振っているのだが、見せ付けられている気分になった恋也は間髪入れずに言葉を発した。
ルパンも持ってはいるが同じく1万円札が3枚という状態だったので、恋也が200円を払うことになった。
「兄ちゃんもてーへんだなぁ。なんだぁ、父ちゃんの知り合いか?」
200円払うと、射的屋の男は気さくに恋也に話しかけ、どうやら次元を恋也の『父親』だと勘違いしたようで、ニヒヒと笑いながら一通り射的のルールを言い、銃を渡す。
「2人とも俺の父さんの友人で、暫く海外生活していたらしく、日本の生活を忘れてる感じです」
その場で吐いた嘘なのだが、射的屋の男はパイプイスに座っていた腰を上げ、実際見てみると恋也よりも背が低く、そろそろ腰が曲がってきている。
パイプを優雅に咥えながら恋也の傍に寄って来ては「振り回されてるなぁ」と声を高くして言った。
その瞬間、バァンと音が聞こえたかと思うと1番上の真ん中に置かれている、白猫を誰かが撃った。
構えているのは次元なので、次元が白猫に当てたのだろうと予想を立て、そうなればルパンがたこ焼きで苦笑いしている姿を思い浮かべ、その次に同じ音が聞こえてはルパンが「コレで1対1だぜ?」とニヤリとした笑みで言った。
10発中、全て撃った場合どうなるのかと聞いてもいなかったので、順番に当てられていくのを見つつ、残り最後の1発になった時に射的屋の男が言った。
前触れもなく、ただの遊びで。
「お前さんたち、腕は確かなようだな。どうだい目を瞑って的に当たった方が勝ちって事で」
――どんな遊びだよ……。
内心呟きつつも面白そうだという2人は止めることが出来ないので、少し離れたところで見物しようと距離を取り、銃の引き金を引かれる時を待つ。
チャンスは一度、失敗すれば苦手な食べ物が待っている。
目を閉じて、得意のワルサーでもコンバットマグナムでもない銃を握り、気配だけで獲物の場所を確認して、一切の迷いも無く、引き金を引く。
――バァン。
祭り会場の射的屋の近くで銃声が鳴る。
確かに2人が発砲したのは同時だった。
その同時さは良かったが、目を開けてみた光景は何とも言えない光景そのものだった。
ルパンの目には狙っていた赤猫、次元の目には同じく狙っていた黒猫、そのどちらもが倒れることなく台の上で座っている。
「……あれぇ、もしかして……」
ルパンが赤猫を指差しながら、次元に向き苦笑いを浮かべる。
次元は被っているボルサリーノを押さえ、射的屋に背を向ける。
間単に言うと、どちらも獲物に当たらなかった。
「2人とも罰ゲーム受けるの?」
ルパンの問いに恋也が笑いそれを答えにした。
**
「この辺りのはずなんだけど……」
「見えないね。場所を伝え忘れたとかじゃないのか?」
ボーイッシュな子が眼鏡をかけた子供に尋ねる。
2人とも格好は洋服だ。
ボーイッシュでぱっと見は少年を思わせる少女――世良真純は帝丹高校の青を基調と制服を身に纏い、片手にスクール鞄を持って、男らしく待ち合わせ場所の【赤い鳥居】の前に立っていた。
眼鏡をかけた子供――江戸川コナンは青いブレザーに赤の蝶ネクタイ、灰色の短パンを穿いていた。
祭りなのだから浴衣を着れば良いのに、という事も毛利蘭から言われているのだが、それだと待ち合わせの時間まで間に合うかは分からない状態だったので、2人は制服といつもの服で来た。
「確かに【赤い鳥居】に行くって言ってたんだけどなぁ……」
可笑しいな、という笑みをコナンは浮かべた。
時刻は午後7時。
待ち合わせの時間はとっくに過ぎていると言うのに、未だに現れない3人の姿をキョロキョロと辺りを見渡して捜している。
もう待ち合わせの時間から10分は経過しているのだが、来る気配がないのでコナンはスマホを取り出して、恋也に電話をした。
3コールで電話に出た恋也の声を聞いて、辺りがざわついている事からもうこの場所には来ているのだろと予想した。
「あ、もしもし? 僕だけど」
『あぁ。コナン君、すぐそっち行くから少しだけ待ってて』
「うん。分かった。場所分かる? うん、分かった。10分経っても来なかったらまた連絡したら良いんだね」
バイバイ、と子供のように言ってから電話を切った。
もうこの場所には来ているのだが、【赤い鳥居】が見つからなくて今捜しているそうだ。
普段あれだけ目立つ格好をしているのだから、すぐに見つかるだろうと思っていつつも、どうも目立つ連中が居なくて辺りを見渡す。
けれど周りには家族連れや、恋人達で、待ち合わせをしている人物ではない。
「どうだった?」
世良がコナンに尋ねる。
コナンは無邪気な顔で「出来るだけ早く向かうって。10分経っても来なかったらまた連絡してって」と電話内容をそのまま伝えた。
**
「んで、その【赤い鳥居】はどこにあんだ?」
「それが分かれば苦労はしない」
次元の問いに恋也が答える。
待ち合わせの時間が近付いたので、待ち合わせの場所に向かおうとしていたのだが、【赤い鳥居】が見つからなく、ずっと捜し続けている。
大体20分ぐらいが経った頃にコナンから連絡が入り、できるだけ早く向かうと告げたのだが、全くもってどこにその鳥居があるのか分からずにいる。
「そこにあるじゃないの」
ほら、とルパンが【赤い鳥居】を指差した。
「どこに?」
指を差した所を恋也が目で追うと、確かに【赤い鳥居】があった。
古びていて、朱色というわけでもなく、そろそろ剥げてきそうで、雨風に晒されていたのだろう、黒ずんでいる鳥居があった。
地上から30cmぐらいの高さで。
「……誰も小さいとは思わないな」
恋也が呟いたことにコナンが気が付いたのか、世良と話していた途端振り向いた。
「あ、やっと来た。久しぶり、パパ!」
「パパって呼ぶな!」
「パパ!?」
次元と世良の声が重なった。
次元はコナンに『パパ』と呼ぶなといつも通りに言い、世良はコナンが次元に対して『パパ』と呼んでいる事に驚いている。
「コ、コナン君……、この人が君のパパなのか!?」
世良は次元を震える指で指差しながらコナンに尋ねている。
「前に親子の振りして事件を解決しただけだよ」
世良の問いに何でもない風にコナンは答えた。
暫くそのやり取りを見ていたルパンと恋也は、赤い鳥居の方に興味がいき、小さい鳥居を色んな角度で見つめて「何でこの高さなんだ?」とか「よく踏まれなかったな」など言っていた。
「それよりおめー、コイツは誰なんだ?」
「あ、そうそう。パパに会いたがってた世良の姉ちゃんだよ」
次元とルパンと世良は初対面なので、まず紹介が先だろうと次元に会いたがっていた世良の『姉ちゃん』と女の子である事を伝えつつ、世良に対しても次元の事を簡単に説明した。
「へー……、コナン君と事件を解決したって事はやっぱ賢いのか?」
興味深々に次元の事をコナンに聞いている辺りはいつのも世良のようで、ルパンと恋也は未だに鳥居について話しているのだが、「じゃぁ、揃ったところで行くとしようぜ」とルパンが言ったので、屋台を回っていく。
「次元ちゃん、アレやろうぜ!」
ルパンが『金魚すくい』と書かれた屋台を指差す。
世良とコナンなら可愛げがあるのだが、ルパンと次元では画になるのかとふと恋也が思う。
「冗談はよせ。俺たち2人が金魚すくいしてる図なんて誰が見たがるんだ?」
「僕が見たいさ!」
次元の言葉に世良が両手を腰に手を当てて言った。
にぃ、と言う笑みが一番似合うだろう。
無邪気に笑みを浮かべて頭の後ろで手を組んでいる。
「やってみても損はないだろ?」
世良は笑みを崩していなく、隣でコナンが苦笑いを浮かべているのだ。
「あのさ、俺の金でやろうとしてるだろ」
そう言えばと恋也が口を開き、ルパンがバレたかという表情を浮かべていると恋也に笑みを浮かべられながら「たこ焼き30個」と宣言され、ルパンは止めてくれと両手を合わせて謝罪していたのである。
その光景は意外にシュールだ。
**
金魚すくい、文字にしてしまえば金魚をすくうのだが、金魚をすくう行動を見ていると、誰が1番初めに考えたのだろうかと思ってしまう。
本気でルパンと次元が金魚すくいをしている光景は滅多に見られないだろう。
「I do not miss the take that I aimed at.The master thief who strikes everywhere at once――It is Lupin the Third」
「Yes, therefore?」
狙った獲物は逃さない、神出鬼没の大泥棒――それがルパン三世。
うん、だから?
何故か急に英語で話し出したルパンに恋也が英語で答える。
勿論その場に居た全員が英語を日本語に訳せるのだが、独り言の様にも聞こえたのだろう。
恋也以外誰も何も発さなかった。
「おじさん、さっきから一匹も取れてないよ」
「うるせぇな! 金魚なんて盗った所で嬉しくねぇよ!」
今のところ次元が3匹、ルパンが0匹、コナンが3匹、世良と恋也は不参加という状態だ。
といっても、ルパンはもうとっくに終了しているが。
子供に紛れて大人が金魚すくいをしている所を、カメラに撮っても良かったのだが、世良がいるため、からかう用に写真を撮れずにいる。
ルパンは1匹も取れない事に不満なのか、頬杖をつきながらコナンと次元の勝負を見ている。
世良はと言うとニヤニヤしながら上から眺めている。
「ルパン三世も金魚には敵わないのか」
良い情報を手に入れたと言う表情を作っている世良に恋也は「ルパンの情報を得る為に祭りに来たのだろうか?」と言う疑問を持った。
コナンから次元の事は多少聞いていて、それを口実にしてルパンの情報を得ようとしているのだと考えると、恋也は自分がした事に後悔した。
後悔して顔には出さないようにしつつも下唇を噛む。
あくまで可能性の話なのだが。
どうやらコナンは終了したようで、合計4匹の金魚を水槽に返却した。
次元はというと7匹目で終了した。
「じげーん、もう1回」
1匹も取れなかった事に不満なのかもう一度させてくれとねだるのだが、恋也の「たこ焼き33個」と言うセリフで何事もなかったようにその場から立った。
**
「恋也ちゃんアレやろうぜ!」
今日のルパンはいつにも増し元気だな、と恋也と次元が思う。
恋也の肩に腕を回し、ホレホレと『くじびき』と書かれた看板を指差す。
くじびきぐらい自分1人ですれば良いだろうと思うコナンと次元なのだが、口に出すを面倒なので2人とも黙って見ている。
「1回100円だから、安い方だと思うよ」
世良が値段標を見てルパンと恋也に伝える。
「1回ぐれぇ、良いだろ?」
溜息を吐いて、恋也とルパンはくじびきをすることになった。
「何で……」
「良かったな、コレで毎日悪夢が見れるな! 俺なんてイカだからな」
「イカの方がマシだっつーの!」
くじを引いた結果、ルパンがA賞で恋也がC賞だった。
ルパンが持っているのはどう考えても8本脚の吸盤の付いた、ルパンの苦手な「タコ」だった。
両手に乗るサイズのとても可愛いぬいぐるみだ。
自分の苦手な物のぬいぐるみが当たった事にガックリと肩を落としてるルパンに次元が励まし、コナンと恋也では呆れた表情を浮かべていた。
恋也は何故か「イカ」のぬいぐるみだった。
次元ちゃんあげる、とルパンが次元にタコを渡し、次元も断らずタコを受け取った。
「次、どこ行こうか?」
世良が頭の後ろに手を組んで尋ねる。
誰に、と言う訳でもないが、それぞれ考えて「……俺焼きそば買って来る」と恋也が言い出し、休憩所で待ち合わせになった。
**
恋也が焼きそばを買いにいって数十分が経つ頃、恋也は来た道を戻ってきていたのだが、前触れも無く背中にカチャリと音を立てて、押し当てられた。
「おっと、騒がないで下さい。私は貴方を撃つ気はありません」
本当にキザな奴だ、口には出さずに恋也はそう思った。
恐らく背中に当たっているのは拳銃だろう。
人を殺すことは出来ない、拳銃だろうけれど、脅しぐらいには使えるものだ。
「俺に何の用で?」
「とある同業者の方にお会いしたいので、案内をしてもらおうかと」
同業者、それは誰のことかすぐに理解した恋也はすぐに「YES」と言える訳もないので、暫し間を置いてから「……俺の正面に来たら案内してやる」と述べた。
キザな男といってもまだ高校生の黒羽快斗通称「怪盗キッド」は、クスリと笑みを浮かべトランプ銃を仕舞い、恋也の目の前に姿を現した。
その姿は普段目にする姿ではなく、地味なパーカーとスラックスなのだがこの場で普段の格好をするのは、変に悪目立ちをするだろう。
仕事をしているわけではないので格好を変えたのだろうと恋也は予測し、快斗を見つめる。
「『同業者』って言ってたな。見てたのか?」
同業者、字の如く同じ業界の者。
アニメ関連ならアニメの同業者、芸能界関連なら芸能界の同業者、恋也の目の前に居るのは『怪盗』。
怪盗の同業者など、1人しか存在しない。
恋也の問いに怪盗キッドは肩を竦め、「えぇ。まぁ。あのお方が日本にいらっしゃると小耳に挟んだもので、一度お会いしたいと思いまして」と笑みを浮かべ答えた。
完全に見られていたという事だ。
見ていたが姿を現さなかった原因は2つある。
1つは江戸川コナンがいるという事。
2つは次元大介がいるという事。
探偵とガンマンが居られると幾ら怪盗でも、撃たれて死にはしたくないし、捕まえられたくないという思いがある。
その為、誰かが1人になるのを待っていたのだろうと単純な推測が立てられる。
「……まぁ、会ったところで気に入ってくれるかはどうかは知らないけどな」
ついて来い、恋也は片手を上げて怪盗キッドの目の前を通り過ぎた。
距離的にはまだ距離がある為、コナンにもルパンにも次元にも世良にも、キッドの事は知られていないだろう。
だがしかし、急に知り合いにあったなど言える訳も無いので、どう言い訳をするかと考えながら休憩所に歩みを進めていくのだが。
**
同時刻。
「おいガキンチョ……」
「何、ルパンおじさん」
「いい加減そのタコこっち向けるの止めろ!」
休憩所にある木製で出来たイスに腰掛けるも、次元から例のあのタコを貸してもらい、ルパンの目の前に突き出しているコナンの姿があった。
端から見れば子供がぬいぐるみを渡しているようにも見えるのだが、コナンにしてみればただの『嫌がらせ』である。
「僕も預けられたイカを向けてみても良いか?」
コナンとルパンのやり取りに世良が食いつく。
大人を苛める子供の姿が、休憩所では他の客に暇つぶしとして面白い図として、記憶に残っていた。
次元に助けを求めようと、喫煙コーナーと手書きで書かれた看板の下に行っている次元に手を伸ばして見たのだが、ルパンに気付いてはいるが助ける気はないようで「本物じゃねぇだけマシだ」と、他人事にした。
「嫌ならルパンおじさんも喫煙コーナー行けば良いじゃん」
コナンが逃げ道を作ってあげるも、実際に行こうとしたら大声で叫ばれた為、動かずにいる。
煙草を吸いに行く時は何も言わない小学生と高校生だが、逃げようとしたら大声で叫ぶのだ。
どろぼーっと。
事実なのだが、何も盗んだ訳でもないので、反論しては休憩所の禁煙コーナーから動けないでいる。
それを繰り返して大体数十分後に、恋也が姿を現した。
「よう名探偵久しぶりだな」
ルパンが恋也に声をかけようとした途端に後ろにいたキッドが、コナンに声を掛けた。
キッドはコナンに対して結構砕けるのだ。
「ストップストップ! 今日はただの『一般人』だ」
手で来るなと言うようにしてコナンを近づけさせないようにしており、盗みに来た訳ではないのだから一般人で合っている。
用があるのは名探偵ではなく、同業者のルパンなのだから。
世良は世良で色々キッドに言いたい事があるのだが、それはもう大分前に蹴飛ばした事で終りにしておき、コナンとキッドの様子を見ながらも、「ところで何の用なんだ?」と気さくに話しかける。
「あぁ、その事なんだが……」
「ルパンに会いたいんだとよ」
キッドの言葉を無視して恋也が告げた。
フードを被っていないのだが、特に顔バレはしているこのメンツでは顔を隠しても意味が無く、素顔ではないが、怪盗キッドの髪型等にセットはしているものの特に隠したりはしていない。
「ルパンに会いたいなんざ、物好きも居るもんだな」
煙草を吸い終えて禁煙コーナーにやって来た次元が会話を聞いていたのか、ルパンに向かって茶化すもルパンは口角を上げ「それだけ俺様の人気があるってモンよ」などと言いのけた。
「じゃ、その場はお2人に任せるぜ」
次元が腕を軽く上げ、コナンと世良と恋也をつれて休憩所を後にした。
愛/LOVE(オリジナル/不定期更新)
苛め。
人を無視したり馬鹿にしたり、嫌な事をする事を人は【いじめ】と称した。
何処の誰がなんてものはタイムマシンが無い限り分からないだろう。
いじめは無くならない。
誰かがそう言ったのをふと思い出した。
人から人へ、それは感染病の様に広がってしまう。
いじめられる人に原因はあるとも言われる。
それは責任を被害者に押し付けているのではないだろうか。
もし、いじめられている本人に全く原因はなく、ただの気まぐれでいじめが行われいると言うならば、本当にそれは楽しいのだろうか。
加速していき、後先考えず、後悔する程酷くなるのだろうか。
私はそれが疑問だ。
【無関心/Indifference】
時は高校入学したての5月の上旬。
毎日暖かい気候は眠気を誘う春の特権。
教室から見える大きな桜の木は今日も今日とて咲き誇っている。
――ガラッ。
ドアを開けて普通棟のドアを開ける。
白いそのドアは所々傷んでおり、そろそろ新しく設置されるだろう。
ドアを開けて目の前に映る光景は、いつもの様に桜の木が何かを言いたげに花びらを一枚落とした。
窓際の後ろの席の人はこの桜の花びらが邪魔そうだけれど、私はこの桜の木は嫌いではない。
「…………」
教室には沈黙が訪れる。
後ろのドアから入ったのだから、全員振り向いているのだ。
けれどそんな事に気を配られていれば他に手が回らないと、自分自身でも思う。
さりげなくドアを閉めて全六列のドアからみて三列目の、一番後ろの席に座る為に歩みを進める。
5月に入って席替えを行ったので出席番号は関係がなくなった。
机の目の前に着けば、机の上には油性マジックでカラフルに落書きがされているのを目にする。
『ヤクザ親父』
『ヤクザの娘!』
『総長(笑)』
『万引き女!』
『警察行け』
『学校来るな』
『ギャンブル好き』
赤、青、緑、ピンク、黄色、オレンジ、水色、上から順に左記の色で書かれている。
ヤクザと言う文字が2回も登場しているのだけれど、事実なので仕方ない。
私の父は学生時代、私と同じ歳ぐらいにバイクの免許を取り、走り回っていたという歴史があるのだけれど、父曰く『走り屋』。
ヤクザと一緒にはして欲しくないと何度か聞いたことがある。
父との仲は悪くない。
ヤクザ、ツッパリ、走り屋、暴走族、全て『不良』とまとめてしまえばそうなのだけれど、学校の授業、この場合数学で説明した方が分かりやすいと思う。
展開、二次関数、因数分解、連立方程式、不等号式、相似、数学とまとめてしまえば全て『数学』である。
その『数学』の中の「展開」「二次関数」「因数分解」……なのだ。
同じ数学でも公式や解き方が違う、それと同じで『不良』と言っても「ヤクザ」と「ツッパリ」じゃ定義が違う。
私は定義の内容までは知らないのでこの話はここまでとしよう。
それよりもこの机の落書きをどうやって消すか、はたまた悲しんでいる姿を見たいのだろうかとあたりをぐるりと見渡す。
「それでさー」
「そういえばさ」
「あとさ」
発した者は全員別人。
一人はロングの黒髪を束ねる事も無く下ろして、ブレザーを肩から掛けて耳にピアスを空けている、このクラスの女子で一番権力がトップに当たるだろう存在の女子。
胸はそんなに大きくなく、シャツのボタンを二つ開けてネックレスを毎日つけている。
名前は確か西城(さいじょう)しなの。
一人は金髪に染めた髪を後ろで一つで束ね、カーディガンを羽織っている女子。
どちらかと言うと巨乳の類に入り、西城派閥この学校では西城閥と呼ばれている、の一員で一員なのに、他の派閥の人と話をする事で有名。
名前は名取良子(なとりりょうこ)。
一人はシャツのボタンを全て開けて、黒のTシャツを着ている男子。
見た目は今で言う『不良』なのだが時々見せるドジや、天然発言が不良とは思えないらしい。
茶髪で短髪で目はつり目、ベルトに家の鍵らしきものが付けられており、歩く度に鍵が揺れていたりとしている。
名前は長谷部公太(はせべこうた)。
西城は教卓に腰掛け、脚を組みながらクスクスと笑いながら私をチラッと見て、すぐ隣に居る西城閥の女子と視線を合わす。
名取は前のドアに凭れながらすぐ近くに座っている、男子に話しかけては時々私を見てはスマホを取り出したりとして男子に見せている。
長谷部は私の二席前の机の上にあぐらを掻いて、周りに三人ほど友人とPSPで何やらゲームをしている。
「誰が書いたの?」
茶髪で赤色がが多い髪を肩まで伸ばし、特に束ねてもいなく頬杖を付きながら私を見ていた一人の女子に声を掛ける。
席は窓際の一番後ろ。
「……さぁ、知らない。何処かの誰かが勝手に書いたんじゃない? 興味ないけど」
冷たく言い放つ。
その瞬間クスクスと西城が笑うのを聞きながらも、机の上に鞄を置いて腰を下ろす。
机の中には何も入れていないので、何もされなかったようだった。
問いに返答してくれた女子、名前は自己紹介の時に聞いていなかったのだから仕方ない、後で名簿標を見ておこうと決め、心中で礼を述べながらも、机の中に教科書類を入れるのは気が引けたので鞄の中に入れたままで鞄を机の横に掛けた。
「ねぇ、何とか言ったらどうなの?」
西城が教卓から私に問いかけた。
うざったい、という態度というより何も言わないので痺れを切らしたようにも思える。
「油性マジックで書いても重曹で消えると思うよ」
敢えて何で書いたのや何でそんな事思うの等の事は言わなかった。
全て事実という訳ではない。
万引きは只容姿が似ているだけで、万引きの現場には居合わせたものの、実際私はノートを買いにコンビニまで行き、万引き犯はパチンコ雑誌を服の下に入れて店を出ようとした所で、店員に見つかった。
似ていると言っても同じ茶髪で身長的もあまり変化が無いだけで、よく見れば私よりも万引き犯の方が胸はあったり、ウエストがくっきりしていたりした。
それで万引き女と言われると反論したい部分もあるのだけれど、私が反論したところで意味が無いだろう。
それよりも私の返答が気に食わなかったのか、西城は怒りを含めた表情で「そんな事聞いてねぇよ!」と怒鳴った。
怒鳴る程のものなのかと思いつつも、溜息等は零さず俯いた。
そうしている方が西城は喜ぶから。
案の定、嬉しそうに声を高くして笑っていた。
「初めからそうしてれば良いのよ」
西城の声はそれが最後だった。
教室に担任の武中亮輔(たけなかりょうすけ)がやって来たのだ。
さすがにいじめと呼べるのかは怪しいが、西城には見られたくないと判断したのだろう、ドアに武中のシルエットが映った途端、教卓から飛び降りて自分の席まで何でもない顔で戻った。
因みに西城の席は私の右斜め前である。
「お前らそのゲーム好きだな」
武中は教室に入ってくるなり、長谷部がしているゲームに気付き、気さく話しかける。
「あ、ちょっ……」
話しかけられて返答しようとしたのか、顔を逸らした隙にモンスターに攻撃を食らい、危うく死に掛ける所だった。
それでも気を取り直して友人とゲームに集中する。
ここまでは何となくだけれど見えていた。
武中の服はいつも黒スーツでネクタイはしていないけれど、ボタンを開けてシャツをスラックスの中に入れている。
身長は長身になるのだろうか、見た感じは170前後。
武中が教卓に名簿を置いた表情を変えた。
私に気が付いたのだ。
「仲田(なかた)……。その机、どうしたんだ?」
当然教卓からでも見える落書き。
詳しく見えずとも何かが書かれていることは分かる。
それが普通ではないことも武中は気が付いたのだろう。
下に向いていたので顔をゆっくりと上げて前の教卓を見つめる。
確かに目の前の武中は『教師』として、私を心配する。
一人の生徒として私を心配し、一人の生徒として接する。
だからなんだという話なのだけれど、教師というのは教師でしかない。
教師が教師なら生徒も生徒だ。
「いえ別に。特に気にしてませんけど」
気にしているわけではない。
書きたいのなら書けば良いとさえ思っている。
書くなら真実だけを書いて欲しいというのが本音だったりする。
気にしていないから首を振って返答する。
だけど武中は気にしている気にしていないの問題ではなく、誰が書いたのかという事を尋ねていたと言う事には気が付いていた。
「自分で書いたのか?」
「読んでいた本で同じ事が書かれていたので真似してみただけ――」
「西城さんと名取さんが書いていました」
私の声を遮って誰かが喋った。
聞いたことある声の方を向けば、さっき冷たく言い放った女子だった。
頬杖を付きながら、本当に興味が無いのだろう、つまらなそうに欠伸をしてはHRまではあと10分あるのを黒板の隣に掛けられている時計を確認して、席を立った。
何処に行くのだろうかと思っていれば、後ろのドアを開けて右側に歩いて行った。
方向的には女子トイレと西多目的教室とその他の教室がある。
「西城、名取、今すぐ職員室に行きなさい」
武中は2人に命令して、ほぼ無理矢理と言う形で西城と名取と職員室に向かっていった。
茶髪の女子が戻って来て数分後に、副担任の岡本洋太(なかもとようた)がやって来て、HRが行われた。
**
時は変わって放課後。
ほとんどが帰宅し、どこかのゲームセンターやスーパー、コンビニでたむろって居る時間帯であると言える。
私は昼休みに食べなかった昼食を食べる為に普通棟の方に足を向ける。
片手にコンビニ袋を持ち、もう片手をブレザーのポケットに入れて、肩にスクバを掛け普通棟の階段まで歩いている。
特別棟と普通棟の間には道があり、その左右には桜の木やその他諸々の木がある。
簡単に言えば平原に道を作って校舎を作った、と言った方が早いかもしれない。
あの机はすぐに回収されて他の机と交換された。
私が通っている学校は至ってバカ校である。
偏差値は37だった。
当然と言えば当然なのだけれど、結構荒れている。
校舎も名門私立校と比べるとボロボロだと思う。
それでも進路の関係でこの学校に来たので、文句を言うわけではないし、入学できただけでも有り難いと言って良いと思う。
特別棟に図書室があり、その図書室に借りていた本を返す為に行き、帰り道に鞄からコンビニ袋を取り出して歩いていると言うことになる。
昼休みに食べれば良いだろうと言われればそれまでなのだが、何かを食べる時ぐらいはゆったりとした気分で食べていたいので、放課後、誰も居ない教室で食べる事にしている。
家に帰ってからでも良いのだけれど、帰る道中西城や名取に出くわすのが嫌なので、極力放課後学校で食べるようにしている。
普通棟に着き、自分のクラスの前に着いてドアを開ける。
特に変化は無く机も交換してから落書きされる事は無くドアを閉めて、自分の席に着く。
赤く染まった光が教室の三分の一を占めていて、時々桜の花びらが風で舞っているのを見つめながら足をクロスさせる。
鞄を下ろしてイスに座り、コンビニ袋からガサガサと音を立てながら、メロンパンと抹茶オレを取り出した所でドアに人影が映った。
確か西城や名取は早退をさせられていたはず、と思いつつもベリッ、とメロンパンの封を開けて紙パックの封を開け、透明のストローを差していた。
ガラッ、と音がすると「あっ……」と言う声が聞こえた。
「忘れ物でもした?」
姿は見えないけどメロンパンを咥えながら尋ねた。
前を見ていれば姿は見えないな、と誰にでもなく呟きメロンパンを飲み込み抹茶オレを飲む。
右側からドアが閉められるのを聞きながら、遅めの昼食を口に運ぶ。
「お手洗い行ってた」
その冷たさからあぁ、あの子かと思いつつもメロンパンを食べながら「何で朝、西城さんと名取さんだって言ったの?」と礼も言わずに尋ねた。
名前が分からないのでどうとも表す事ができないので、ここでは一応女子と称しておく。
女子は自分の席に向かって歩いて行き、机の隣に掛けてある鞄を取って「興味ないって言った」と返答した。
表情は見えないけれど、会話が成り立っていない雰囲気なので「興味ないなら普通は言わないと思うけど」と、苦笑いを浮かべた。
「落書きされていた事にも、落書きをしていた事にも興味がないけど、あのままダラダラとした時間が続くのは嫌だったから言っただけ」
よいしょ、と言って女子は机に座ったのを横目で見た。
行儀が悪いけれどそんな事を言っても仕方ないと思う。
「帰らないの?」
「帰って欲しいって事?」
質問を質問で返される。
頬杖を付いて話しているんだろうなと思いながらも、少し気まずさを覚えて抹茶オレを飲む。
少しでも気が紛れたら良いなと思ったのだけれど気は紛れない。
「家何処?」
初めて女子が話しかけてきたと思う。
急な事に驚きつつもストローから口を離して「丹神橋(にしんばし)市」と答えた。
「同じ所に住んでるんだ。俺も丹神橋」
一瞬「俺」と聞こえて女子の方に向く。
確かに見た目は女の子、紺色のブレザーを身に纏って、チェックのスカートを穿いて、黒のハイソックスを穿いて、緑色のスリッパを履いている女の子。
「……一緒に帰って良い?」
不意に尋ねられた。
多分、初めてだと思う。
誰かに「一緒に帰っても良い」と聞かれるのは小学校以来だと思う。
「良い、けど……」
どうなっても知らないよ、と言いたかった私の表情を読み取ったのか、顔にそう書いていたのか私には判断できる事ではないけれど、気を遣ったのか「西城さんと名取さんは「古川(ふるかわ)市だった」と言った。
だった、と言う言い方に違和感を覚えたので首を傾げながら「だった?」と尋ねると「クラス発表の時に名前の横に中学校の名前と住んでいる市が書かれてた」と答えた。
「知ってて、私の住んでるとこ聞いたんだ」
ムッとした。
知っているなら聞かなくても良いと思いながら、最後の一口のメロンパンと、抹茶オレを口に入れて流し込んだ。
席から立ち上がり、コンビニ袋に空になった袋と、紙パックを入れてゴミ箱にコンビニ袋を捨てる。
「俺の記憶が正しいかなんて俺だって分からないから、確認した」
机から飛び降りて、鞄を持って私の目の前に立つ。
と言っても教卓から私の席までの距離はあるけれど。
「で、一緒に帰っても良い?」
再度同じ質問をされて、両手にポケットに入れて「名前、教えてくれたら……」と俯いた。
今度はワザとではなく、どうしようもなく恥ずかしさを覚えたから。
「西東(さいとう)ちあき。そっちは?」
「仲田ちとせ」
互いに自己紹介をして暫く沈黙が続くも、ちあきが口を開いた。
「帰ろうか」
私は頷いて、席に戻って鞄を持ち、真っ赤な教室を後にした。
ちなみに私が人の名前を「さん」も「君」も「先生」も付けていないのは、特に理由はないが敢えて理由を付けるとするなら慣れないから。
『5月上旬。
今日一番嬉しいと感じたのは、図々しいかも知れないが、ちあきが私を庇った事でもなく、単純に一緒に帰って良いかと聞いてくれた事です。』
ワールドイズマイン(ルパン三世2nd/ryo/初音ミク)
春の上旬。
寒さを感じない季節はどうしても眠気を誘うものだ。
「ルパ~ン、デートしなぁい?」
ふとソファにだらしなく横になった次元が「眠気を誘う」と思っていた頃に、アジト内に甲高い女性の声が響く。
不二子か、と声だけで確認しつつも、不二子が大好きなルパンの返答がない事に気が付く。
「ルパ~ン?」
一つ一つの部屋を見て回っているのだろう、遠くから聞こえてきた声がだんだん次元に近付いてくる。
バタンッ、と隣の部屋のドアが閉められてリビングに不二子が姿を見せる。
「あら、次元一人だけなの?」
不二子の問いに帽子を軽く上げ、「五右ェ門は修行。ルパンは起きた時からいねぇぜ」と返答した。
どうやら不二子はリビングにルパンが居ると思ったようで、リビングに次元一人しか居ないことに驚きながらも、辺りを見渡す。
見渡したところであるのはソファとテーブルとウイスキーと、次元とその他諸々なのだが、肝心のルパンの姿がない。
寝室にも居ないことを確認している不二子は、何処かに出かけたのだろうかと思い、次元の目の前にあるソファに腰掛ける。
「そういや不二子。いつルパンとデートの約束なんかしたんだ?」
次元は上半身を起こしながらも不二子に尋ね、片手でウイスキーが入ったグラスを持ち、口に運ぶ。
「今よ」
即答である。
「全く、『お姫様』の扱いも分からないのかしら」
脚を組みながら偉そうに呟く。
その姿はまるで女王だな、と内心思いつつも次元は口に出さず酒を煽り続ける。
よく見れば不二子の服装が、いつもとは違う雰囲気を放っていることに気が付き「おめーさん、そんな服持ってたか?」と聞くつもりは無かったのだが、声に出ていたようだ。
脚を組み替えながら「あら? レディがデートに着る服は普段とは違う服にするに決まってるじゃない」女の常識、と言うように首元にある髪を後ろにしながら述べる。
今日の不二子の服は白を基調とした大人しめで、腰に茶色の飾りベルトが付けられ、黒のオーバーニーだった。
太腿にはいつもの様に拳銃があるのだと思うと清楚でもなんでもないのだが。
「ルパンも用事があんだろうよ、今日は諦めな」
そうした方が身のためだと言う様にグラスを不二子に捧げるようにしては、鼻で笑って残り少ないウイスキーを口に流しこんだ。
「何よ! そんな事言われなくたってルパンが帰って来ないのは何となく分かるわよ!」
ダンッ、とテーブルを叩きながら不二子は立ち上がる。
どうせどこかの女と遊んでいるのよ、そう言って不二子はリビングから姿を消した。
**
「たっだいまぁ~」
玄関から陽気でご機嫌な声が聞こえて次元は溜息を零す。
――やれやれ、やっと帰ってきやがったな。
あれから不二子は部屋から外に出ることはなく、もしかしたら部屋から外に出た可能性もあるのだが、次元は不二子の姿を確認していない。
「あれ、次元ちゃんだけ?」
「部屋に不二子が居ると思うぜ」
リビングにやって来ては不二子に問われた事と同じことを問われ、不二子の部屋を顎で示しながらソファに横になる。
ふと、不二子の服装や髪型が頭によぎるがすぐに鼻を鳴らして帽子を深く被った。
「なーんだよ、その俺は見てねぇぜってみてぇな動き」
何とでも言えと思ったのか、片手を上げ手をヒラヒラとさせて誤魔化す。
ルパンはそんな様子の次元を残して不二子の部屋に向かった。
「ふーじこちゃん、俺の帰り待ってたりしちゃった?」
おちゃらけながらノックもせずにドアを開ける。
不二子は驚くことはなく、ベッドに横になりながらパソコンを触っていた。
検索内容は色々お見せする事が出来ない。
「あら、ルパン。どこに行ってたの?」
振り向いてルパンの顔を見ながら尋ねる。
ノートパソコンを片手で閉じ、色仕掛けをするかのようにベッドに座り体を逸らす。
「おっかなーい、爺さんの所」
ただの知り合いの店で酒を飲んでいただけなのだが、話の内容はおっかないので大体は合っているだろう。
ルパンは不二子の隣腰掛けて「それよりポニーテールにしちゃって不二子ちゃんイメージチェンジ?」と、次元が敢えて聞かなかった髪型の変化にルパンは躊躇なく尋ねた。
不二子の髪に自分の指を絡めながら珍しいと思いながら。
「そうよ。こうしている方が動きやすいでしょ?」
ルパンの太腿の右手を這わせながら不二子は顔を近づけて、息がかかるぐらいの距離まで近付いた。
「服装も清楚な服で。それに靴も普段ブーツなんて履かないのに、俺とデートでもする気だったのか?」
不二子の考えなんてルパンにはお見通しだろう。
冗談で「デート」と言っていても、どこかに出かけようとしていたなんていうのは普段と違う服装を見れば一目瞭然だった。
ムッとした不二子の表情を図星と見たルパンは笑みを浮かべ「わりぃな。明日なら予定ねぇから明日行こうぜ」と特に行くところも決めていないのに、提案する。
「さすがルパン! 愛してるわ!」
ご都合主義者と次元が見たら思うだろうが、この際次元はこの場に居ないので関係がない。
抱きついた不二子の背中に手を回し、軽く頭を撫でた。
**
時は進み、翌日。
「ルパ~ン。アレ買って」
盗め、ではない。
ただのクレープを盗むとなんてルパンファミリーはしない。
街中を歩いていると甘い匂いがふんわりと飛んできて、何事かとそちらに目を向けると不二子の目の前に『クレープ』と書かれた看板が目に入ったのだ。
「クレープで良いのか?」
「クレープが良いの」
クレープが良いと言うのでクレープを購入する。
味は普通に苺味。
不二子の服装は昨日と同じである。
決して風呂に入っていないという訳でもなく、何着も同じ服があるという事だ。
さて、クレープを食べるべく、近くにあるテーブルとイスに腰を下ろす。
日陰の具合が丁度良く、暖かい風が時々吹いて春を感じさせる。
生憎と桜は咲いていないのだけれど。
「不二子にクレープってあんまり似合わねぇな」
頬杖を付きながらそう述べた。
普段不二子は札束、宝石、金、などと言った物が回りに付いており、女性が好きな『スイーツ』とはあまり縁がない。
「失礼ね!」
「冗談だって」
ルパンはクレープ屋で買ったブラックコーヒーを飲みながら、苦笑いを浮かべる。
本当に冗談ではないのだけれど、こういう時は大体冗談と言った方が良いのだ。
フンッとそっぽを向きながらもクレープをモフモフと食べ、急にルパンの目の前に差し出した。
「一口あげるわ。お礼よ」
不二子にしては珍しいと思うルパンだが嬉しさ満々で差し出されたクレープをかじる。
「不二子ちゃんの味」
「何よそれ」
どんな味だろうかと考えながらも、不二子は肩を揺らしながら残りのクレープを食べるのを再開した。
こうしてみれば一人の女性なのだけれど、良い女ほど強欲なのだろうかと思えてくる。
「ごちそうさま」
クレープを食べ終えて、生地を包んでいた紙をゴミ箱に捨てに行き、席に戻って来て「そういえば次元は?」と、今頃あのガンマンはどうしているのかと、尋ねる。
ルパンは背凭れに凭れて「多分寝てるぜ」と他人事にした。
寝ていようが、起きていようが、襲撃がなければ連絡も入らないだろう。
「ルパン、今回の仕事で盗んだ宝石私にくれる?」
急にいつも通りに手に入れたお宝をくれるのかと尋ねた不二子に、ルパンはどうしようかなという表情を浮かべた。
今回の仕事はまだ作戦も立てていないが、あげる人が居るので不二子に渡す事ができない。
しかし、それを口にすることも出来ない。
「不二子ちゃんのお願いは分かるんだけど、俺にもちょぉっと考える時間くれない?」
「何でよ」
一気に不機嫌になる不二子。
「俺も色々考えてぇ事あんのさ」
宝石をあげる人の事は言わずに、何かを考えているようにでたらめを言う。
特に用が無くなればあげるとは言っているものの、不二子の不機嫌な顔つきは変わっていく気配がない。
「酷いわ! 私以外に女が出来たのね!」
端から見れば被害妄想で、次元が見ればいつもの事だ。
当然ルパンもいつものことだと思っているのだが、急に不二子が「私以外にプレゼントするなら、私死んでやるわ!」などと言い出した。
ここに次元が居れば『アホかお前は』と一言飛んでいそうだが、生憎と次元は居ない。
「そんな不二子ちゃん。ちょっとの間だけだって」
苦笑いをしながらも落ち着かせようとしているのだけれど、不二子は立ち上がって走り出して行った。
――トーリャンセ、トーリャンセ……。
すぐ近くにある信号が青に変わった事を知らせる音が流れる。
不二子は走って何処かに行こうとして、その信号の方に走っていったのだが、ルパンが「おい、不二子!」と叫んで立ち上がる。
続いてルパンも走って不二子の後を追う。
当然男女の違いでルパンの方が足が速い。
不二子が信号を渡ろうとしたその瞬間――。
「きゃっ!」
物凄い勢いで後ろに引き寄せられる。
バランスを崩してそのまま倒れるかと思えば、誰かが受け止めてくれたようで、それ以上後ろに行く事はない。
「……轢かれるところだったぜ」
不二子の胸の上あたりにある腕は赤色のジャケットで、それが誰の腕かなんて聞かなくても分かる。
ルパンが不二子に追いついて、抱き寄せた。
ルパンの声が聞こえたと同時に明らかにスピード違反の車が不二子の前を通過し、もしあのまま信号を渡っていたらと考えると背筋が凍る。
「……こっちの方が危ないわよ」
急に、抱き寄せるなんて――。
縛りプレイ(ルパン三世/オリキャラ)
日本語と言うのは難しい。
一つの音でも意味が全く違ったりする。
例えば『雨』と『飴』。
同じ「あめ」という音なのだが、空から降ってくる粒と口の中に入れて溶かしていくという違いだけで、字も違えば意味も違う。
**
「五右ェ門、ルパンと恋也は?」
寝室からドアが開かれた音がして、キッチンで昼食を作っていた五右ェ門は、どうせ朝から酒を飲むのだろうと思った。
冷蔵庫に用があるのか、次元がやって来た。
隣の部屋がリビングなのだからキッチンに来る途中に覗いてくれば良い話なのだが、リビングのドアが閉められていたか、次元が面倒だと思ったのか、大体その両方だろうと五右ェ門は思い「リビングで『しばりぷれい』とやらをしておるぞ」と、何ともない顔で言いのけた。
時刻は午前11時。
そんな単語を耳にした次元は冷蔵庫から取り出した水を落としそうになった。
「縛りプレイ? よくもまぁ、こんな朝早くから出来る事で」
それなら寝室でゆっくりしていた方が良いなと思いつつも、次元は一瞬違和感を覚えた。
五右ェ門が恥ずかしがらずに『縛りプレイ』と言ったのだ。
普段の五右ェ門なら「あ、あんな破廉恥な事など拙者に聞くでない」等のセリフが返って来るだろうと、長年仲間なのでどんな事が苦手なのか、ある程度は理解してきている。
五右ェ門が普通に「縛りプレイ」と、言う事は次元が思っていたのとは違うことなのだろう。
『縛りプレイ』そう聞いて出てくるものはSMの世界の事だろうか、それともまた別のなにかだろうか。
「縛りプレイ、か……。俺には、不向きなプレイだな」
小声で呟いた。
壁の向こうでは死闘が繰り広げられているのだろう。
現実ではかなりの『縛り』はあるのだが、現実以外では縛りたくないものだ、と次元はふと思うのだった。
**
「なぁルパン、これ縛っても意味がないと言うか、俺とルパンってコレできるから恐怖も何もないというか……」
「難易度上げるか?」
「今の難易度は?」
「ノーマル」
「……ハードでやってみるか」
ガガガ、画面の中から凄まじい銃の音がし、不気味な音と共に画面の中にいるゾンビは倒れていく。
ゲーム開始から2時間、ひたすら『縛りプレイ』を続けても、何でも出来るルパンとグロゲーが得意な恋也には縛りをしても意味が無い。
ただ暇だからゲームをしていたのだが、普通にゲームをしていてもつまらないので、『縛り』を入れてゲームをした。
その姿を五右ェ門に見られ、暫くの間リビングにいたのだが、今日の昼食の当番は五右ェ門なので、キッチンに姿を消した。
それから暫くして次元が寝室から出てきたのである。
【縛りプレイ】
ただ単にゲームをするのではなく、回復薬を使わない、ノーダメージでクリアするという縛りをつけて遊ぶことである。
緑泥棒と赤泥棒Ⅱ(ルパン三世2nd/LUPIN The Third~峰不二子という女~/不定期更新)
何事もなく位置的に近い緑ジャケットのルパンのアジトに到着し、ドアを開けると見知らぬ人物がお互いに居た。
「よう、ルパン遅かったな」
片手を上げて黒のボルサリーノを被った男――次元大介、スーツ、ネクタイ、スラックスまで真っ黒で統一されており、緑ルパンが知る『次元大介』ではない。
何より顔つきが全く違うのだ。
「あれ、次元ちゃんでねぇの? どしたのこんな所に」
ひょいっと後ろから登場した赤ジャケットのルパン三世が、自分の相棒の姿を確認し釘を傾げながらも何故、こんなところに居るのだろうと疑問を感じる。
だが当然、次元にしてみれば見知った顔のルパンが現れようとも、目の前に全く知らない顔の「ルパン似の男」が居る事に違和感を持ち、警戒しつつも表情を崩さずにソファに腰掛けて脚を組んでいた。
「何だかよく分からねぇ話なんだが、ソファに座った途端よ、グラっと世界が変わっちまったんだぜ」
次元は普段目にする赤ルパンの顔を見ながら告げた。
この時次元は気が付いていなかったが、その話を聞いた緑ルパンと赤ルパンは「あぁ、お前も連れてこられたのか」と同時に思った。
位置的には緑ルパンのアジトで、家具や配置も大体同じなのだが、所々違うかったりもする。
それはおそらく赤ルパンのアジトの物か、はたまた別の世界の物なのだろう。
そう思う事にして気にかけないようにした。
だからこうして次元が緑ルパンのアジトに似た部屋でくつろいでいても、良く似た部屋でくつろいでいる、知らない人、という事になるのだ。
「俺の知ってる『へなちょこマグナム』よりかは、砕けてるなぁ」
何時ぞや、赤い孔雀を追っていた時に強欲な女――峰不二子が次元の事をそう述べたので、不二子の言葉を借り、初対面にも関わらず失礼な事を言っては、次元の目の前にある、つまりは手前にあるソファに腰掛ける。
「てめっ、誰がへなちょこマグナムだ!」
言われた事に腹を立てた次元はムキになって反論しているが、相棒の赤ルパンに抑えられ緑ルパンと次元の仲介役になりつつも、笑顔でその場を収めた。
「お2人さん。今は言い合ってもしょーがないでしょ!」
呆れたように言い放つ赤ルパンに次元が「おい、どういう事だ?」と視線を向け尋ねた。
「どういう事もないも無いよ。俺たちは気が付いたらこの世界に居たってだけで」
「冗談も程々にしておけよ」
「冗談だって言うなら、次元ちゃんの目の前に居るお方は誰よ?」
「あ? 知らねぇおっさんだろ」
赤ルパンでも自分自身の事を「知らないおっさん」と言われた事にガックリを肩を落とし、緑ルパンが腰掛ける深い青色のソファの肘掛に腰掛け、「酷い事言うねぇ」と、緑ルパンの方を見て僅かに口角を上げた。
「何も分かっちゃいねぇ次元によ、信じられねぇ事教えてやるぜ。コイツの名前はなル――」
「ルパン三世だ」
「――あ、自分で言うのね」
赤ルパンが陽気に、自信あり気で緑ルパンの名を名乗ろうとした途端に、今まで会話に参加してこなかった緑ルパンが口を開いた。
当然、赤ルパンはぎこちない笑みを浮かべながらぽつりと呟いているのだが。
ルパン三世、確かに緑ルパンはそう言った。
その事実が次元は信じることが出来ず、暫くの間帽子を押さえながら固まった。
「ルパン……三世、だと?」
やっと口を開いたかと思えば、驚いた様子で唖然としているのが良く分かる。
それもそうだろう、自分の相棒が目の前に居るのにも関わらず、何故かもう1人相棒と同じ名の人物が居ることに赤ルパン自身も信じられない事だったのに、他人なら余計信じることも出来ないだろう。
「おい待てルパン。ソイツは信じる事のできねぇ冗談だぜ」
組んでいた脚を下ろして脚の上に腕を置き、手を組みながら次元は上記を述べ、鋭い目つきで赤ルパンを見つめる。
そんな次元に対して赤ルパンは「俺も信じられないのよねぇ」とちゃらけて、返答する。
「ま、何がどうなってんのかは知らねぇけどよ、おもしれぇからこれからコイツもよろしく」
「何がよろしくだ!!」
バンッ、とテーブルを叩く次元を緑ルパンは見つめつつ、ジャケットのポケットからジタンを取り出し、口に咥えて火を付ける。
「俺の知ってる『次元』とは別人だな」
ぽつり、呟いたのだが、どうやら赤ルパンには聞こえてたらしく赤ルパンはニヤリと笑みを浮かべ、緑ルパンの肩に腕を回して「何々? そっちの次元ちゃんはどんなだったってーの?」と、興味津々で尋ねている。
「おい、ルパン……。俺がどうなんて……」
「へなちょこマグナム」
「だからへなちょこマグナムと呼ぶな!」
いつぞやどこかの眼鏡の少年に『パパ』と呼ばれていた頃を思い出しつつも、近くに置いてあったウイスキーを取って、同じく近くに置いてあったグラスに入れて飲み始める。
「俺アンタの名前知らねぇからよ。人に名乗らせておいて自分は名乗らねぇってのか?」
顎を上げてお前も名乗れ、というようにしては煙草を灰皿に挟み、ウイスキーのボトルを取り、初めからそこに置いてあったようなグラスに手を伸ばし、次元と同じようにウイスキーを飲み始めた。
「俺は次元大介だって、聞かなかったのか? その赤いジャケットのルパンに」
脚を組んでつま先で赤ルパンを差し、グラスをテーブルに置けばその瞬間赤ルパンの手が伸び、次元のグラスを取ってウイスキーを注ぎ、自分の口に運ぶ。
相性は悪いものの、酒の好みは合っている。
「いーや。次元ちゃんとは言ってるが、次元大介とは限らねぇだろ」
グラスをテーブルに置いては煙草を手に取り咥える。
「そりゃぁ、正論だ」
赤ルパンが声を出した。
そして続ける。
「此処に居るのが、俺と次元とお前さんなら、五右ェ門や不二子、とっつあんは一体どうなってんだ?」
「とっつあんも巻き込まれてんのはゴメンだな」
緑ルパンは『とっつあん』が誰の事を差しているのかは分からないが、違う言葉にすれば『銭形』も巻き込まれているのは面倒だと、口に出さずにいた。
「ところでよ、俺は何て呼び分ければ良いんだ? 『ルパン』」
「ん?」
「あ?」
次元の問いに緑ルパンと赤ルパンが声を揃えた。
『ルパン』だけだとどちらを差しているのか、検討もつかないので取り合えず2人とも返事をしたものの、尋ねた次元が固まっているようにも見えたため、溜息をついた。
その動作もシンクロしているのは、もはや双子を見ている気分になる。
「赤ルパン、緑ルパンで良いだろ」
と赤ルパン。
なるほど、と我に返った次元は手を叩きこれからそう呼ぼうと決めたのだった。
**
「なぁ、ルパン」
「…………」
「おいルパン聞いてるか?」
「…………」
「ルパーン」
「どっち呼んでるか分からねぇから、分かるように呼べ!!」
リビングにて。
結局昨日は3人でウイスキーを飲み、賭け事をして親睦を深めたのだったが、酒に酔って良い気分だったのもあるのか、次元は昨日『緑ルパン、赤ルパン』と言い分けると決めたのだったが、酒のせいで忘れてしまった。
泥棒稼業がそれで良いのかという問題なのだが。
2人とも覚えていたので、次元が呼び分けるまであえて無視をしていたのだが、どうにも呼び分ける様子はなく、声を揃えて発言する。
「あぁ、わりぃ……」
帽子を押さえて謝罪するも、あまり誠意はないように感じられた赤ルパンは溜息を零して、「っで、どっちを呼んでたの? 次元ちゃん」と問う。
「あっちの、黒シャツ着てる方だな」
只今緑ルパンはジャケットを着ておらず、服で表すなら黒いシャツを着ているので、黒ルパンになってしまうが、そこは気にしないでおこう。
次元は緑ルパンを指差し、お前だよと言うような目つきをした。
「俺に何の用だよ」
緑ルパンはソファーの背凭れに掛けていたジャケットを羽織って、次元を見つめる。
「いや、何かお前さんのその緑のジャケットを見てるとな、あの頃を思い出しただけだ」
「だったら呼ぶな」
「ま、良いじゃねぇか。見たところおめーさんは俺達よりもまだわけぇんだから、おっさんの思い出話に付き合ってくれよ」
向かい側のソファーが次元が移動して緑ルパンの隣に座る。
何故だか肩に腕を回す次元。
その様子を壁に凭れながら赤ルパンは「次元ちゃん飲んだ?」と尋ねた。
「ん? あぁ、数滴な」
そう、次元が飲んだのは赤ルパン試作の『飲めば必ず絡み酒になる液体』である。
今度と言ってもいつになるのかは分からないが、いつか約に立つだろうと試作段階ではあったが、一応作っておいたのだ。
それをどうやって手に入れたかは分からないのだけれど、どうせ昨日このテーブルにでも置いていたのだろうと予想をつけて、次元を元に戻すには大体1時間か、と心中で呟いた。
「暫く相手してあげて。1時間もすれば元に戻ると思うから」
そう言って赤ルパンは逃げるようにその場を去った。
**
「1時間、ねぇ……」
短いようで長い、長いようで短い時間なのだ。
昨日飲んでいた時は何も変化がなかったのだが、今日何かを飲んだのだろうかと考えながらも、適当に相槌を打ちながら「眼鏡のガキがよぉ~」と言ってくるので、どこの誰だと思いつつも、煙草を咥えて「それから?」と適当に返事をする。
「おいルパン。聞いてんのか?」
「俺はお前の知ってる『ルパン』じゃねぇよ」
思い出話を聞かされても、自分がそこに居たわけでもなく、そんな話をされるとは思っていなかったのだが、何かの情報を得られるだろうと聞いていたのだが、次元が『ルパン』と連呼するのを呆れて、次元にあえて否定の言葉を言った。
「あぁ、確かにそうだな。でもよ、俺にとっちゃぁ、『相棒』がまた増えたってのには変わらねぇだろう? ルパン」
元からそういう性格なのか、それとも何かを飲んだせいなのか、緑ルパンには分からないがおそらく後者だという事は分かり「そうかよ。そりゃ、光栄だ」と、自嘲気味に頬を上げた。
それから1時間後、次元は元に戻り、「俺は一体何をしてたんだ……」と緑ルパンの向かい側のソファで頭を抱えていた。
緑ルパンはそんな次元を見つめながら――あぁ、そういう世界もあるみてぇだな、なんて普段思いもしない事をふと思い、本当に馬鹿らしく思えてソファに横になった。
とあるバーで(ルパン三世2nd/オリキャラ/ノンフィクションつまり夢)
とあるバー。
人気がないといえばそうなってしまいそうなほど、物音一つ一つが良く響くようなバー。
このバーは至ってどこにでもあるバーだと思う。
カウンターがあり、テーブル席がある。
木製の重たいドアを開けるとチリンッ、と鈴が鳴り、さらに辺りを見渡すと壁、床、天井、カウンター、テーブル、イス、が木製で出来ている。
その木は「ヒノキ」という名前の木だったりする。
そのヒノキの香りすら、煙草や酒、焼香、様々な人がつけてくる匂いで色々な香りと化していることであろう。
ゆったりと、煩くなく、けれど聞こえないと言う風ではなく、ジャズの音楽が流れている中、2人の人影がそこにはあった
「……マスター、もう一杯」
金髪の少年と呼べる一人の客がバーテンダーと名乗る男に、グラスを向けた。
バーテンダーはにっこりと笑みを浮かべ、グラスの中に再び酒を注いだ。
金髪の少年――恋也という者はグラスに酒が注がれるのをぼんやりと見つめ、ある程度注がれるとグラスを口まで運ぶ。
その動作を見ているのが、ボルサリーノを被った全身真っ黒な男。
恋也と男の距離は離れてはいるが、互いの声が聞こえないぐらいと言うわけでもない。
五席離れているのだが、実際ガヤガヤとした飲食店ならこれぐらい離れていたら、声も聞こえないだろうが、このバーはそんなガヤガヤ感はない。
「お客様、バーボンのお代わりの方は?」
バーテンダーが男に尋ねる。
丁度、男のグラスの中にあるバーボンも無くなっていたので尋ねたのだろう。
それか、バーテンダーがこの男はまだ飲むのを知っていたか、ということになる。
どちらにせよ恋也には関係の無い事だ。
「あぁ、頼むぜ」
男は手馴れているかのように、軽く笑いバーテンダーにもう一杯と告げる。
本当に何ともないただのやりとりなのだ。
どこにでもある、『お代わり』だ。
そう、これが10杯目でなければの話なのだが。
特にどちらかが良い始めたわけでもない。
急にそうなっていた。
もうすぐ五杯目だなと思っていた恋也はふとカウンターの奥の席に座る男を見て、対して酔っているわけでもないという感想を持ち、勝負しようという気にもならなかったのだが、どうしてかその場から去ろうとも思わなかった。
去ってしまったら負け、そう思ったわけでもないのに、その場に居続ける。
そして気が付いたら十杯目なのだ。
――そろそろ、終るか。
何故自分がそこに居たのか、それは分からずに残りの酒を飲んでから帰ろうかと思っていると隣から声がする。
「おめーさん、酒はつえー方かい?」
こうして話してみると渋い声だなと思いながらも、グラスに視線を向けて「酒の種類にもよる。日本酒なら問題はないけど、カクテルやチューハイは飲むと拒絶反応を起こす」と答える。
互いにまだ呂律は回っているので、酔いはそこまで回ってはいないのだろう。
「それにしちゃぁ、ちと掻き過ぎやしねぇか」
言われた言葉に恋也はピタリと動きを止める。
あぁ、やっぱりバレていたのかと、内心溜息を吐けば左足首を見つめる。
そこにはやっぱりと言って良いほど赤い斑点がいくつもあり、更にデコボコしているのが良く分かる。
――飲みすぎたな。
心中で呟きながらも先ほどまで掻いていたのもあり、左足首から掻いてくれと主張するように痒みが襲い、耐え切れず、右足の踵で押さえながら残りの酒を飲み干した。
革靴だったのが幸いしたのか、痒みは暫く和らぎ飲んだ分の代金をカウンターに置き、イスから立ち上がった。
歩く度に痒みと痛みが増し、顔が歪みつつも重たい木製のドアを開けて、店の外に出る。
その瞬間に「ありがとうございました」というバーテンダーの声を背にしながら、夜の風にあたりドアが完全に閉まったのを確認すれば、左足の靴と靴下を同時に脱いだ。
左手に靴と靴下を持ちながら近くにある公園に向かい、足首を冷やすように歩いていた。
春の上旬と言えるのだが、まだ寒さは続いており、ジャンパーやパーカーが必要と言う時期に恋也は白いTシャツに茶色のパーカー、灰色のスラックスを身に纏っていた。
アレルギー、そう言ってしまえば簡単なのだが、アレルギーにしてみれば酒を飲んだ一口目から様子が可笑しくなるはずだ。
役7杯目から足首を掻き始めて、今に至る。
そこまで進んでいないのか、足首だけで済んでいる筈だと信じていたい。
「……今の所、足以外に痒くないな」
そんな事を呟いている間にも公園に着く。
公園と言っても人が大体集合場所にするぐらいで、遊具など無く、ある物といえば自販機と手洗い場とお手洗いと、噴水とベンチとテーブルである。
柵の内側に木などが立っているが、それが何の木かは分からない。
ひとまず手洗い場に向かい、水がかからないであろう場所に靴と靴下を置き、蛇口を捻る。
キュッ、キュッと音がして冷水が流れ、恋也は左足首を冷水に当てた。
「あー……。痛い、気持ちいい」
いたぎもちい、その名の通り、痛いけれど気持ちが良い。
掻いた後に水につけると激痛が襲うがある程度の時間が経てば、激痛は襲ってこない。
人の体というものは不思議なものだ。
治まるまでにどれ程の時間が掛かるのだろうかと思いながらも、足首全体に水を当てていく。
「こりゃぁ、随分痛そうなモンで」
ふと、声がした。
あのバーで聞いた声を恋也は耳にして、声のした方に向く。
そこにはやっぱりというか、なぜ居るのかは分からないがあのボルサリーノを被った男が居た。
「……何で、居るんだ」
視線を自分の足に戻し、大分治まってくれば水から離して適当に水を切る。
タオルなど持ってはいないので乾くまでベンチで座っておこうと、靴と靴下を持ち、ケンケンをしながらベンチに向かう。
「いやぁ、何。おめーさん、随分と痒そうにしてたモンでよ、薬ぐれぇ塗ってやろうと思ってよ」
どこの世界に他人にそんな事をする人が居るのだろうか。
特に裏社会で生きているなら余計にしないだろう。
自分がそれで殺される事だって考えるはずだ。
なのにこの男はそれをしようとしているので、呆れたように恋也は息を吐いた。
「いつもの事だ。水に濡らすか冷たいタオル巻いておけば治ってる」
適当な処置だな、と自分でも思う事を口にすれば男は恋也の近くまで歩き、恋也がベンチに座ったのを見て、一人分のスペースを開けて隣に座れる。
「いつもあんなになるまで飲んでやがんのか?」
男が煙草に火を付けながら問う。
チラッと銘柄を見た恋也は『マールボロ』という文字が見え、自販機でよく見かけるアレかと所々の自販機にある煙草を思い出す。
「いや。普段はアレだけ飲んでも何ともない。疲れてたりすると、出やすいだけ」
ふぅと煙の吐く音が聞こえながらも自分の足を見つめながら返答する。
あまり見ないようにしていたのだが、やっぱり赤い斑点が気になり右手を左足首に持って言って掻こうとすれば、隣に居た男に右腕を掴まれる。
「止めておきな。それ以上やると悪化するぜ」
「悪化したら冷水風呂にでも入る」
痒いのか、と男は内心思うも口に出すことはせず代わりにというように「俺よりアイツの方が詳しいだろ、ホレ、乗ってけ。蕁麻疹が治るぐれぇの間だけなら、面倒見てやる」と言って、ベンチから降りて、しゃがんだ。
背中に乗れというように。
「別に俺も子供じゃないので」
「あのマスターもおめぇさんがまだまだガキだって事には気付いてるぜ」
ピクリ、と肩を動かしてヤバイなと思っていたのも束の間で男の「そうだろ、ルパン」と言う声と共に、恋也の左側から気配がした。
「次元もっとマシな登場のさせ方はねぇのかよ」
愚痴を零すかのように言いつつも「ルパン」と呼ばれた男は緑のジャケットを羽織って、煙草を咥えながら恋也の方に歩いてくる。
次元はというと暫くしゃがみながら煙草を吸っていたが、脚が疲れたので一度立ち上がっていたのである。
「あのバーのバーテンダーはルパンだったって事に気が付いてりゃ、足なんて掻かなかったんだろうな、お前さん」
「……知らないし、てか何でバレてんだ」
小声でブツブツと未成年だとバレた理由について述べているが、正解という正解に辿り着けなくて考える事を放棄し、「っで。ルパンさんとその知り合いさんが俺に何の用ですか?」と背凭れに凭れて尋ねる。
「いや、何。次元がガキの癖に俺と同じ酒を飲んでやがる。とか言い出すんでちょっくら顔を拝んでやろうかと」
ふざけているような、そうでもないような雰囲気で話すルパンに理由がしょぼすぎると感じた恋也は溜息を付き、今度は右足の踵で左足首を掻こうとしているとルパンから「止めておきな」と言われる。
「コイツはな、タコを見ると蕁麻疹が出るんだ。おめぇさんよりかは、蕁麻疹に詳しいだろうぜ」
得意気に言う男――次元に呆れを覚えた恋也は真っ黒なけれど澄んでいる空を見上げて「俺は何て言えば良いんだ?」と、ルパン、次元、それとも2人に問うた。
ルパンと次元は顔を見合わせニィと笑みを浮かべてこう言った。
「蕁麻疹が痒い」
結局あの後恋也は次元に背負われて、ルパンのアジトで蕁麻疹の薬を塗ってもらい礼に、何故青年だと偽っていたのかと尋ねられ、同じ裏社会で生きていて、馬が合ったので一時的な仲間としてルパン一味に加わったのである。
打ち上げの際、酒を飲もうとすればルパンに「蕁麻疹が出るだろ」と言われて、雰囲気が出るようにと、かなり味の濃い麦茶を出されるのが、毎回のオチになっているのであった。
愛/LOVE(オリジナル/不定期更新)
【帰宅/Return】
帰宅。
そうただの帰宅のはずなのに、いつもと違う。
隣に誰かが居る事なんて無かったからそう思うのだろうか。
「今日の授業ほとんど聞いてないって言うか、こう毎日プリントだと裏に落書きでもしたくなるなぁ」
道はそんなに細くも無いのだけれど、何故だかちあきが前にいて、私が後ろにいる。
その為表情は分からないが、肩が少し上がったので笑顔を浮かべたのだろう。
ちあきはニィっと笑って、そう言っているのだろうと予想を立てる。
その瞬間、春の風が後ろから吹いたのだけれど、それでも気にする事ではないのかちあきは笑ったまま、歩みを進めていた。
ふと、スカートの端から黒い布が見えて、思わず目を逸らしてちあきの後ろを歩く。
「ちとせー、聞いてる?」
くるりと振り返って私の方を向いた途端、チェックのスカートがヒラリと揺れて、少し捲れる。
見間違いではなければ、ちあきの膝には確かに黒い布が見え隠れしている。
「き、聞いてるって……」
少し、ぎこちない返事をしながらもちあきは教室では見せなかった笑みを浮かべながらも、膝より五センチほど下にある捲れたスカートの裾を元に戻しながら、「聞いてたなら何か言ってよ。俺途中で違う道から帰って行ったのかと思った」と、口にした。
そうじゃない、と口にしたいのだけれどあまりにも失礼に当たるだろうと思い何も見ていない風を装っているのだけれど、ちあきには見破られたのかそれともそういう表情をしていたのか、ちあきは「どしたの?」と首を傾げた。
「あー、えっと、スカートの下、何か穿いてるの? さっきから気になって……」
「あぁ。半ズボン穿いてる。長さがあるからちょっと折ってるけど」
ほら、と言ってちあきは恥ずかしがらずにスカートの裾両手で摘まんで私にスカートの中を見せた。
女の子なのにと思うけれど、確かにちあきの言うとおり黒い半ズボンが穿かれており、別に気にする事も無く、ちあきは両手を離す。
「スカートの中見られてもズボン穿いてるぜ、って言えるから中学の時から穿いてるな」
前を向いてちあきは続けて、ゆっくりと歩き出していく。
目の前ではないのだけれど、夕日がとても眩しく感じて顔の前に手をかざし、ちあきの後を追いながら最寄駅まで目指している。
その道中の事。
不意にちあきが「ちとせってさ、いじめられるの?」と尋ねてきた。
お互い名前を呼び捨てにする事の方が慣れているのか、強要はしていないけれど自然と名前を呼び捨てしていた。
ちあきの問いにイエスともノーとも答えて良いのか分からず、「いじめの定義が分からないから何とも言えない」と返す。
何を【いじめ】と言うのか、【いじめの定義】とは何なのか、人によって定義が違う。
机に落書きをされていることから『いじめ』と言う人も居れば、暴力を受けたところから『いじめ』と言う人もいる。
たいていは前者だろうけれど、私自身前者はいじめに入らない。
ただの暇つぶしだったのだろうと、そう思ってしまうから偏った考え方をしているのだと、自分でも思う。
「いじめの定義ねぇ……。大体は机に落書きされてたらいじめられてるって思うな。ちとせはそうは思わない?」
「思うか思わないかだと、思わない。かな」
「珍しい考え方」
『珍しい』そう言ってくれたのはちあきだけな様な気がする。
中学が同じ名取にも『いじめの定義』という話で盛り上がった事があった。
当時はまだ仲は良い方で、普段行動も一緒だったのだけれど、名取は私と同じ高校に入学して西城に惹かれて、それからは私との縁を切った。
人の縁なんてものはそんな程度で、特に女はとっかえひっかえが多いと思う。
名取が絶交と言ったわけでもなく自然と縁が切れていったと言った方が早い。
そんな事より、私と名取が仲の良い時期があってその頃に『いじめの定義』は何だと思う、なんて会話で、私がちあきに言った事をそのまま名取に言った事がある。
その時の名取の返答が『ちとせってさ、ひねくれてるね』だった。
ひねくれている自覚はあったものの、実際に見ている世界が楽しくなかったのか、父から聞いた話の方に惹かれたのか、おそらく両方だろうけど、対して気にはしていなかった。
ひねくれていても私は私で、私が思った事は一意見であり、正解ではない。
それすらも考えない事に呆れていたのか、名取の発言に怒りなど湧いてこなかった。
「珍しい?」
「まぁ、珍しい方だと思う。俺の周りそんな考え方する人居なかったからな」
それは一種の、『ひねくれ者』として捉える事が出来るセリフなのだが、その後にちあきが続けた。
「俺が言えた事じゃないけど、良いんじゃない? そう思っても。俺みたいに興味ないで片付けるよりよっぽど賢いよ」
ふとどんな表情をしているのだろうかとちあきの隣に進み、顔を覗きこむようにすればどこか悲しんでいるように見えたのは私の錯覚なのだろうか。
ちあきにもまた、何かがありそうな雰囲気を出しつつも人通りの少ない道を歩いていると、途端に「今日、これから時間ある?」と尋ねてくる。
「え、まぁ……あるよ」
今日は父も帰って来ないので家には一人という状態なので、夜遊びなどはできるのだけれど、警察に補導されるのがオチなのでしないが、これから何処に行くのだろうという僅かな期待と不安で押しつぶされそうになりながらも、ちあきの隣でただ返答を待つ。
こうやって誰かと放課後遊びたいと思っても、誰一人友人といえる友人は居ない。
数回話す程度なのはあるのだけれど、一緒に帰ったり、話をしたり、どこかに行く可能性もある会話もした事がない。
「どこか行くの?」
「行きたいけど、制服だと面倒だからな。俺の家でも来るか? 門限の時間までなら何か話していても問題ないだろ。外だと体調崩しやすくなるしな」
そして、駅が見えて、改札口に行く前に切符を買うと言ったちあきに続いて私も切符を購入し、2番ホームが丹神橋駅行きだったので、2番ホームに向かう。
丹神橋市は基本的に普通、快速、区間快速、全て止まるのでどれに乗っても問題はない。
だから来た電車に乗れば良いのだけれど、次の電車があと30分で来ると電光掲示板で確認したちあきは、2番ホームに向かう道中にあるシュークリーム屋でシュークリームを購入した。
期間限定の抹茶シューだった。
「ちとせは? 甘いのと抹茶嫌いじゃなかったら買ったら?」
一瞬どうしようかと悩みつつも抹茶も甘いのも嫌いじゃなく、寧ろ好きなので買おうと思ったのだけれどその抹茶シューが二百三十円で、今の手持ち金が百十円だった。
千円があるかと探してみたのだけれど千円札は見つからず、買えない状態になる。
「百十円しかないから良いよ」
「一個ぐらい奢ってやるのに」
「良いよ、悪いし」
「俺この五百円崩したいから奢らせろ」
どうして今日話したばかりのクラスメイトにそこまでするのだろうと思いながらも、ちあきを止める事は出来なくて、もう一つ抹茶シューを購入すれば私に渡してくる。
「ありがとう」
そんなことしなくても良いのに、と思いながらも抹茶シューを受け取って一口かじれば抹茶クリームが丁度丁度良い具合の甘さで、私好みの味だった。
端から見れば女子高生2人がシュークリームを食べているだろうと思いながらも、行儀は悪いものの、食べながら2番ホームに足を進めた。
ちあきは食べるのが早いのかもうシュークリームを食べ終わっていて、一緒についてきた包み紙をゴミ箱に捨てている。
その様子を見ながら残り半分のシュークリームを食べながらも、ちあきが私に謝罪した。
「あ、そういえば抹茶オレ飲んでたから抹茶嫌いじゃなかったな。ごめん」
特に気にしていない事を謝られて首を振り、気にしていないという意思を伝えつつも残り三分の一になったシュークリームを食べ、口を動かしていれば丁度アナウンスが聞こえて、あと20分で電車が来ることが分かった。
最後の一口を食べて包み紙を全体が銀色のゴミ箱に捨て、イスに腰掛けながらちあきに尋ねた。
「どうして、そこまでするの? 今日話したばかりのクラスメイトなのに、奢ったりなんて普通は出来ないと思うけど」
俯きながら尋ねれるとちあきが隣に座って、今日初めて聞いた時と近い声で返答した。
「『俺の周りにそんな考え方する人居なかった』って、言ったのは覚えてる?」
「うん、まぁ」
「それって捉え方によると『ちとせがひねくれ者』ってのと『俺がひねくれ者』って捉え方があるのは知ってる? 周りにそんな考えを持つ人が居ない。それってつまり、自分と考えが合わない、って事だと思わないか?」
多分私を見ながら言っているのだろう。
だけれど、そうだとしてもどうして、私にそこまでするのか、それは分からない。
不満、後悔、恐怖、不服、どれも違うけれど、それと似たような感情なのは分かる。
私が今、不安で疑問を持って、自分が自分じゃなくなる様な感覚に浸っているのだ、という事だけは理解ができている。
「でも、それだと、奢る理由にはならない」
「奢るのに理由がいるのか? 何か理由を付けて欲しいのか? あんな財布の隅から隅まで探してるの見たら買いたいって気持ちが何処かにあるって事だろ。それで、足りなかったんだから、奢ってあげた。それは理由にはならない?」
特殊、その言葉が頭から離れない。
私ならそこに居たのがちあきじゃなくても例えちあきだとしても奢ろうとは思わなかっただろう。
ちあきは一見冷たそうに見えてきっととても思いやりがあって、優しいのだろう。
でもそれを表に出そうとはせず、隠しているのか面倒だから出していないのかは分からないけど、私にその優しさを出したというのは、どうしてなのだろうか。
「……じゃぁ、聞くけど何で俺に忘れ物でもしたと聞いた? 普通なら俺の事は無視してると思うけど」
「それは……。理由なんてないよ……」
純粋に忘れ物でもしたのだろうかと思ったから、そう聞いただけで、それ以外には理由がない。
それを答えても良かったのだけれど、何だか違う気がして答えずに理由はないと答えるとちあきは「ほら、理由もないのに俺とやってる事は同じじゃん」と呟いた。
あえて聞こえるように呟いたのだろう。
「例え何か理由があったとしても人間って奴はそれを隠したがる。俺にはどうでも良いことだけどさ、ちとせが俺に話しかけたのも、俺がちとせに奢ったのも結局は形が違うだけで一緒なんだ」
上手くまとめられた感が残りつつも、電車が来るアナウンスを聞いて、ちとせは立ち上がった。
そして七秒後に到着すると言うアナウンスの声にいつも本当なのか、と心中で突っ込みを入れながらも私も席を立ち、ちあきの隣で電車を待つ。
「ま、良いや。何か暗い話したな、この話はもう終るか」
そうちあきが呟いている頃に電車が来て、目の前で止まり、ドアが開かれ、中から数人の人が出てきて、電車の中に入る。
『5月上旬。
ちあきの一面、というか、ちょっとした部分を知ったような気がする』
「とあるバーで」
元にした作品「ルパン三世1st」
CP「なし」
趣向「大人の雰囲気 夢」
恋愛要素「なし」
舞台背景「バー 公園」
タイトルが間違ってましたね、
「ルパン三世2nd」ではなく「ルパン三世1st」が正解です。
投稿してから気が付くと色々面倒ですね。
あと誤字、『役二杯』は『約二杯』です。
この話はほとんど夢で見た内容です。
何故か次元と恋也が酒を飲んでいるというなんとも普通な夢。
何でそんな夢を見たのかも分からない。
それをそのまま形にしたんです。
裏話的何か
実は実際夢で見た内容は少し違っていたりします。
実際はこう!
次元と恋也りと(恋也の兄)がバーにいる
↓
バーテンダーはルパンではない
↓
何故かどれ位飲めるか対決する事になった
↓
なんか凄い甘ったるい酒がバーテンダーから出された
↓
次元普通に飲んでた!(笑)この際夢なのだからしょうがない
↓
恋也が7杯目ぐらいから隣にいたりとにもう飲むなと止められた
↓
目が覚めた
……と、いうのが実際見た内容なんですけどま、無理だろというのが何個かあったので色々変更させて戴きました。
二度寝した時にも同じ夢を見たのでさすがに焦りましたね。
二度寝バージョン
次元と恋也がバーにいる、りと居ない
↓
バーテンダーはルパンではない
↓
特に会話もなく自分のペースで飲んでいる
↓
恋也:蕁麻疹出てきたので、バーから去る
↓
次元:後をつける
↓
恋也:公園で足を冷やす
↓
次元:恋也に声をかける
↓
少し話している
↓
目が覚めた
二度寝の方を書かせてもらいました。
バーテンダーはルパンの変装にした方が良いかなと思ったのでルパンの変装にしてます。
こうルパンが泥棒以外の仕事してるの好きです!
次元が話しかけたほうが良いかなと思って話しかける方向で書きました。
一応恋也の設定として「どの酒を飲んでも酔わない」というのあるんですけど、体調を崩している時は別だったりします。
そういえばオリキャラが男しか出てないので女の子も出して見たいですね。
一応アンケートというなの自分がまとめ表的なものを見るために作った奴
女の子キャラを登場させよう!
・恋也関係の子(姉、妹、友人、クラスメイト)
・恋也に関係なくその場に居た子(アルバイトの女子高校生、スナックのお姉さん、など)
・愛/LOVEの登場人物を持ってくる(ちとせかちあき)
・どこかのアニメ/ゲーム/マンガキャラを持ってくる(デュラのセルティや茜やKのせりちゃんやアンナや、ボカロのリンちゃんとか)
↑のどれかにしようかと悩んでます。
誰かこんなのが良いというあれば教えて下さい。
あ。ついでに『愛/LOVE』の正式タイトル決まりました。
一応仮タイトルでした(笑)
正式タイトル「Birds of a feather」です。
読み方は分かりません。
これからはこのタイトルで更新するので、よろしくお願いします!
殺しと少女と嫉妬と(ルパン三世2nd 鏡音リン)
「おい、とっつあん!! しっかりしろ! くそっ 一体誰が……」
黒い服を身に纏った帽子を被った男、次元大介が、1人の男に声をかけている。
声をかけていても男は起きることなくその場で倒れていた。
男の名は銭形幸一、ルパン三世専任捜査官である。
夜の港、人を殺すのには持って来いだろう。
海に死体を捨ててしまえば発見されるのは遅くなる。
銭形の傍には次元、和服を着た石川五右ェ門が銭形の遺体に近寄り、次元が必死で声をかけ、五右ェ門が次元の肩に手を置いて、何も言わずにそこに居座る。
「鏡音」
ふと、次元と五右ェ門、銭形から離れた位置に居た、赤いジャケットを羽織った男――ルパン三世が、亜麻色の髪の少女――鏡音リンの名を呼んだ。
リンはルパンと同じジャケットを羽織って、ネクタイをし、白いホットパンツに、黒のオーバーニーを穿いている。
格好はルパン三世なのは別に良いとして、リンは右手を後ろに、左手をポケットに入れている。
その表情は悲しそうでも、嬉しそうでもない無機質な顔で、彼女に『感情』というものが存在しないと言うのを悟らせる。
鏡音リンには感情が存在しない、それは彼女がロボットであって、人間ではないから、というわけではない。
「ボーカロイド」として造られた彼女はその声や容姿、性格などが評価されていたが、いつの間にやら闇組織の手に渡り、『金儲けの材料』として扱われた。
ボーカロイドでも一応は感情というものはある。
人間でなくても嬉しかったり、悲しかったりするのだ。
それなのに何故、リンは感情をなくしたのか、金儲けの材料として扱われ、人間として扱われることなく、改造にプログラムの変更をされたのだ。
当然機械はプログラムを変更すれば変更した通りに動く。
「鏡音リン」という、我儘で、声が高く、明るく、無邪気な女の子は「鏡音リン」という名前だけで、無機質で、命令通りに動き、表情も、感情もなくされたのだ。
その組織は、組織の中にあるとある財宝を盗みに来たルパンによって潰れたのだが。
「何ですか? 三世様」
無機質なその声は何を思うわけでもなく、無機質に発していた。
ルパンの手に酔って潰れた組織が根城にしていた屋敷の瓦礫の山に、リンは何を思うこともなくその場に立っていた。
丁度冷たい風がリンが当時羽織っていた黒いジャケットをすり抜けて、どこかの彼方に風は消えていく。
瓦礫の山を後にしようとしたルパンと次元と五右ェ門、初めにリンの存在に気が付いたのは、次元だった。
何か居るぜ、次元の声と共に振り返ると先ほど述べたようにリンが立っている。
ルパンが女を大事に扱うのは今に始まった事ではない。
いつもデレデレと鼻の下を伸ばし、時に裏切られ、それでも女を恨むことはないに等しい。
なので、この時ルパンが14歳の少女に声をかけても、次元と五右ェ門は『いつもの事か』と済ましたのだ。
そして、リンに感情がない事を話しかけた瞬間に気付いたルパンはこの世界に1人にしておくわけにもいかず、リンの殺しの腕や盗みの腕は知っていたので、暫くの間、行動を共にしようと決めたのだ。
彼女が元の生活に戻りたい、ボーカロイドとしてライトの下で歌いたいと願うその時までは、こうやって仲間になるつもりでいた。
ルパンの名を教えたその時から、リンは「ルパン」ではなく「三世」に様を付けで呼ぶようになった。
プログラム上、リンはその組織のリーダーのいう事しか聞けないようになっていたのを、組織を潰す前にリンの存在を確認したルパンは、そのプログラムを解除した。
『自由に生き方を選べる』というプログラムにしたため、リンは自分の中で「ルパンのいう事を聞く」というプログラムを作った。
ルパンは少し表情を曇らせて口を開いた。
「お前が……お前が銭形を殺ったのか?」
ルパンの目には確信でもない、疑問の光があった。
本当にリンが殺したのか、それとも別の誰かが殺したのだろうか、そんな光がある中、リンは向き質な声で「否」と否定する。
「リンには殺す理由がありません。私は三世様の言う事しか聞かないよう、プログラムされています。なので命令外の事は出来ません」
彼女の無機質な声は、宙を舞い、その場に響かせる。
そして彼女は無機質で無表情のまま続ける。
「仕事がやりやすくなって良かったじゃないですか。三世様。厄介、だったのでしょう?」
彼女の無機質な瞳は真っ直ぐなのだ、彼女は背にしていた体を少し傾けてルパンの背中を見つめるような体勢になった。
ルパンはリンを振り返るように見つめながらも、リンに対してではなく、銭形を殺した誰かに対して怒りを含めながら、普段の高い声とは対照的に、いつもより低い声で「厄介だと言っても殺してぇとは言ってねぇぜ」と口にした。
その瞬間、少しだけリンのリボンがショボンとしたのはルパンは気付いていない。
「そう……ですか……」
そして、続ける。
「リンには関係がありません。銭形警部を殺した犯人を捜すなら、早くした方がいいのでは? 逃げられてしまいますよ」
「あぁ、そうだな」
ちらり、と銭形が被っていたハット帽を見つめ、「それもそうだな」と呟いてから、銭形の遺体に居る次元と五右ェ門に「おーい次元、五右ェ門、とっつあんの事は後にして行くぜ」と声をかけた。
一瞬次元は信じられないという表情を浮かべたのだが、すぐにルパンが「あとはICOPさんに任せる事にしようぜ」と告げた。
その言葉に納得した次元と五右ェ門は、遠くから聞こえるサイレンの音に気が付き、銭形から離れていく。
ポトリ、一滴の赤い涙が地面に落ちた。
その涙に気が付く者はおらず、ポタ、ポタ、と涙は線を描きながら落ちていく。
「でも良かったです」
無機質な呟きだった。
「何がだよ」
「いえ、何でもありません」
リンの呟きが聞こえたのか、ルパンは声に出すもリンは否定し、それから一呼吸置いて、自分の否定を打ち破った。
「だって、私を殺すのは貴方でしょう?」
その背で輝く銀の刃が見えたわけでもない。
ただ、長年裏の世界で生きていると言葉の節々から誰がどんなことをしたのかと、分かってしまうのだ。
そう今彼女が口にした言葉は所々省略されている。
その省略された言葉をルパンはIQ300の頭で理解し、怒りを露にしながらリンに方に振り向いた。
「お前まさか!!」
そんなルパンの様子を気にも留めないリンは、穏やかにゆっくりと口を開く。
「三世様は……銭形警部と……」
そして、今初めてルパンとリンは目が合った。
その瞬間、リンの両手には銀に光りつつも赤い涙を流している包丁が姿を現す。
「随分仲が良いですね」
その時浮かべた表情が今まで見てきた中で一番、人間らしい表情だった。
妖艶に、ふんわりと笑みを浮かべたリンは、ルパンを一言も発しないほどの優しい笑みを浮かべていた。
「私が殺したんですよ? 三世様」
それはまるで、ルパンに殺して欲しいかの様な呟きだった。
「殺しと少女と嫉妬と」
元にした作品「ルパン三世2nd/鏡音リン/リンちゃんなう!」
CP「なし」
趣向「裏の世界 死ネタ」
恋愛要素「ルパン←リン」
舞台背景「港 どこかの組織の根城」
タイトル通りなんですけどね!
いやーリンちゃん可愛い!
この作品、実は漫画の「リンちゃんなう!(何巻目かは忘れました)」からとってきています。
読んだことある方はアレ…?と思ったはずです。
リンちゃんなうの方でリンちゃんのマスターがずっとツイッターをしている
↓
お茶淹れてとリンちゃんに言う
↓
ツイッターバグってる
↓
確か三ヶ月前からツイッター様子おかしい
↓
三ヶ月前?
↓
三ヶ月前ってたしか…
↓
リンちゃんが「マスターはツイッターがお好きなんですね」という
大体の流れがこんな感じです!
うん、もろパクリだ!(笑)
だって書きたくなったんだもん!
では裏話
実はリンちゃんにルパンの服着せたらどうなるか、から始まった物語です
それからはリンちゃんの性格をどうするかとか、無機質にしようか、とか、考えて作中のリンちゃんになりました
元は元気で明るい女の子だったのに、金稼ぎとして扱われこんな感情もない、女の子になっています
感情を隠すのは得意そうだな(笑)
今回五右ェ門全く喋らない
次元が一番初めに喋って終る(笑)
ルパンとリンちゃんの会話のみ
あとリンや彼女と書き方が変わっているのは大体はワザとです
そうした方が雰囲気でるかなって思って……
結果的にリンちゃんが殺したんだけど、違うと言いつつも最後に私が殺したというオチ
とっつあんが「ルパンルパン」って言っててルパンも「とっつあんとっつあん」というところまでは良かったのに、どちらかが死ぬってなると助けようとするのが、リンには理解が出来なかったんです
厄介なら殺してしまえばいいのに、死にそうでも放っておけばいいのに、と思っていたから厄介な銭形を殺しました
包丁で殺すというのもあれなんですけど(笑)
ただ、コレ私が描いたマンガが元になってるので、色々付け足していくのが面白かったです!
あとリンちゃんに「ルパン」ではなく「三世」と呼んで欲しかったのです!(キリッ
自分でプログラムしたのに、命令外の事をするリンちゃんって……
でもまぁ、嫉妬心には敵わなかったということにしといてください
私を殺すのは貴方でしょう?
↑銭形警部を殺した私を殺すのは貴方でしょう?という文になります
一種の名言にしようかな
では、読んでくれてありがとう御座いました!
エイプリルフール(LUPIN The Third 次元大介の墓標)
何も無い日、そう言ってしまえばそうなのだろうが、そうでもないと言えばそうでもない。
4月1日、エイプリルフールと呼ばれるその日は「嘘を吐いても良い日」だとされている。
そんな事に興味がない人はただの1日だろう。
**
紅色の高級感あふれるソファーに、窓付近に置かれたビリヤード。
先ほどまで誰かが使っていたのか、使用済みのような状態になっている。
ソファーの前には小さなけれど多少物は置く事の出来る大きさの、木製のテーブルがある。
ソファーは1つで、近くにこれまた木製のイスがポツンと置かれ、虚無感をその部屋は放っているのだ。
そんな部屋で1人の男、ルパン三世がソファに身を委ねながら新聞を読んでいた時の頃。
ガチャリ、とリビングと呼べるその部屋のドアが開くと、髭面の男、次元大介が姿を現す。
いつもクールなガンマンと呼ばれる次元の顔は、何かを考えながら、けれどどこか決意したような様子でソファに近付いていく。
そして、――ルパン。と小さく声をかける。
「次元どうした?」
名を呼ばれ顔を上げると次元の姿があり、首を傾げながらもテーブルに新聞を畳んで置き、上半身を起こす。
次元はその間にもルパンの様子をじっと見つめては、小さく息を吐き、顔を上げて「好きだ」と告げた。
「……は?」
一瞬何を言っているのか分からないガンマンに対し、気の抜けた返事を返すも、何かの冗談なのだろうかと思考をめぐらせるが、次元はルパンと違い滅多に冗談を言わないし、ノリで冗談を言うような雰囲気でもない。
その中で出た答えは『本心』という言葉。
「いやいや、次元。俺男だぜ? お前の『好き』が尊敬や友情なら受け止めてやるけどよ……」
ルパンの返しに納得がいかないのか、次元は表情を柔らかくする事はなくルパンの後ろにある、背凭れに両手をつき、「そうじゃねぇ」と一言発した。
そしてボルサリーノの中からルパンが困惑している姿を捉えると、次元はその身を近づけた。
それから、ルパンの唇に柔らかい何が触れた途端、それが次元の唇だとルパンが気付くのに約3秒。
「おい、次元。何の真似だ」
次元が離れてからルパンは怒気を含んだ声で、次元を睨みつける。
そういう芝居でもなければ、そんな事をして気を引いて逃亡するわけでもない。
アジトにはルパンと次元しか居ない、銭形はまだこの国には来ていない。
なので、こういった芝居はしなくても良いはずなのに、この男は、次元大介という男は、馬鹿げたことをしてきた、そうルパンは心中で誰にでもなく呟いた。
「だから言っただろ、好きだってよ」
本当に訳が分からない、ルパンがそういう表情をしていたのだろう、次元がフッと笑みを零し、ルパンから両手を離して離れるといつもの調子で「わりぃな、ルパン。今日はエイプリルフールだからよ、どんな反応するかと思ってたんだ」と、帽子を押さえながら肩を竦めた。
エイプリルフール、その単語が頭の中でぐるぐると回り次第に「普段は俺の事嫌ってるのか?」と口元を引きつりながら言えば、次元が「さぁな」と誤魔化した。
片手をヒラヒラとさせて、リビングから出て行った次元はドアに凭れ――今日ぐれぇしか、本音言えねぇだろ。とドアの中に居るルパンの方を見ながら、小さく呟いた。
その呟きはルパンは聞こえる事はなかったが、暫く頭を抱え、頬を朱に染めながら動けないでいた。
シークレットメモリー(ルパン三世1st/ルパン三世2nd/オリキャラ)
ふと、過去を思い出す事がある。
何気ない時に何気ない事を思い出して、それで終わる。
そんな過去話のような話。
**
「次元、今回のヤマはそう簡単に行かないのが面白くてねぇ」
緑ジャケットを着た男が黒のスラックスに両手を入れながら話す声は、とても年齢に合うとは言いがたい高い声でおちゃらけており、ニシシと良くないことを考えながら色々と危ない単語を口にしている。
「だからさぁ、今回のヤマ上手くいけば、分け前は山分けって事で」
気楽に話している男、ルパン三世は今回の仕事はそこまで難しくもなく、簡単でもない仕事に浮き足だっているが、それを隣にいる全身真っ黒な男、次元大介がその仕事の話を聞いている。
次元も今回の仕事には参加するのだが、よほど気分が良いのだろう、先ほどから同じような話ばかりだ。
そろそろ聞き飽きてきた次元は何度目か分からない溜息共に、ポケットから『マールボロ』と書かれた煙草を取り出してそっと火を点けた。
街は基本賑やかで、こんな目立った男2人が居ても街の中心部なのだから、何かのコスプレやどこかのホスト、などとしか認識されない。
それほど知名度がないとも言えるのだけれど、それはこの際無視しておこう。
「……ルパン、いい加減その話聞き飽きたぜ」
言うか、言うまいかと悩んでいたのだがもうかれこれ10回目だなと思い、100回は聞かされそうになった話題に飽きと疲れが襲い、あまり不機嫌になるような事は言いたくなかったのだが、この際仕方ないと判断して、次元が口を開く。
その瞬間、綺麗とは言いがたい二酸化炭素がしき詰まっている空気に、更に煙草の副流煙が空に舞う。
「なんでぇい、ちーっとはノリ気なのかと思ったじゃねぇか」
案外すぐに話題を切り替えようと、辺りを見渡しているルパンに次元はそれほど機嫌が良いのかと関心しつつも、とあるパン屋を目にした。
そういえば朝食も昼食も口にしていなかった事を思い出し、更にパンの匂いで空腹が刺激されてパン屋に釘付けになる。
「どした? あぁ、そう言えば何も食ってなかったな。そこのパン屋入るか」
察しが良いのか、自分がそう思ったのかは分からない次元だったが、悪い気にはならなかったので、ルパンが歩いている後ろについていきながらも、パン屋に入店した。
「いらっしゃいませ」
喫茶店とは違ってパン屋というのは案内がされないのだから、ありがたい様なそうでもないような気分に浸りながらも、トングとトレーを取ってパンを乗せていく。
適当に目に付いたパンをトレーに乗せて、先に会計をしようとした次元は、ルパンの姿を捜し、辺りを見渡せば子供の高い声が、右耳に響いた。
「あ……」
ふと視線を向けてみると、そこには小学生ぐらいの子供と、ルパンの姿があった。
恋愛小説や恋愛漫画でよくある光景だ。
ヒロインが手を伸ばした先にのちに恋をする男の手も同じ場所にある、というかなりベタなものだった。
2人が取ろうとしていたパンは残り一つのメロンパンという、ロマンもないものだ。
「おいルパン。先に会計済ましておくぜ」
ルパンに近付き、一応声をかけた次元はそのまま会計をして、窓際に近く2人掛けようの席に店員から笑顔で渡されたトレーと、その上に乗っている白い皿と数々のパンと、レジで購入したコーヒーのブラックを置いた。
この店内はどこでも喫煙が出来るようで、テーブルの上には灰皿が置かれていた。
喫煙者のルパンと次元にとってはありがたい事だ。
一方ルパンと子供は次元の様子など知らずに、沈黙が訪れている。
子供にしていれば知らないおじさん、ルパンにしてみれば素手でも殺せる程の小さなガキ。
「あ、どうぞ……」
先に口を開いたのは子供で、トングを持っていた右手をメロンパンの方に差し出して、クルリと方向を変えた。
ルパンを背にした子供は金髪で毛先が黒髪、遺伝なのか染めているのかはルパンには分かったのだけれど、同世代の子供が見れば不気味に思うだろう。
顔つきは日本人なのだろうか、肌の色は白く、一言で言ってしまえば五右ェ門と同じで顔つきはぱっと見、女っぽいのだが、高校生にでもなれば美少年に入る部類なのではと、思った。
服装や声の高さで男の子だと気付く、と言うわけでもなく、背中に背負った黒のランドセルで判断した。
「おぉ、わりぃな」
普通は大人が子供に譲るものなのだが、その逆を行った子供に笑みを浮かべながらルパンはメロンパンをトレーに乗せ、その他にも色々なパンを取り、次元と同じくレジでブラックコーヒーを購入し、会計を済ました。
「おまたせ~」
左手にトレーを乗せ右手をヒラヒラとさせながら笑みを貼り付けて、次元の元にやってくる。
ルパンが戻ってきて、席に腰を下ろした頃合に、先ほどルパンにメロンパンを譲った子供が窓際の2人掛け用席に腰掛けた。
ランドセルを隣の席に置き、まずクロワッサンを食べながらゴソゴソとランドセルの中を探っている。
子供が取り出したのは高校生が使うような筆箱、計算ドリルと書かれた練習帳、漢字練習帳と書かれたノートに、数枚のプリントだった。
トレーを窓の方にずらし、つまらなそうに筆箱の中から鉛筆ではなくシャーペンを取り出し、漢字練習帳に漢字を書いていく。
小学校で習う漢字は難しいのは少なく、大半が簡単なので意外にもすぐに片付く。
ただ単にこの子供が休み時間に漢字をほとんど終らせていただけなのだが。
漢字練習帳と書かれたノートをランドセルに仕舞い、次に計算ドリルを広げて文字を書き込んでいく。
その姿を見つめているルパンに「どうした?」と次元が声を掛ければ「いやー、懐かしいと思ってねぇ」と呟いた。
ルパンの言葉はあまり信用できないのだが、表情がどうしても穏やかに見えた次元は、短く返事をして煙草の煙を口に入れた。
計算は得意なのか、子供はすぐに計算ドリルを閉じて、ランドセルに仕舞う。
学校でほとんど済ましているのか、そうでないのかはルパンには分からないが、その光景を横目で見たり、あるいはガン見しているとふと、子供の手が止まったのに気付く。
初めは何か間違いでもしたのだろうかと思うルパンだったが、そこから暫く動かない子供の手を見ながら不思議そうな表情をしていたのだろう、再び次元から「どうした?」と声が掛けられる。
次元の問いに手で制して子供が座る席に身を乗り出してみると、子供の手の下にあるのはどうやらアンケートのプリントで、アンケート内容が『すきなもの』『しょうらいのゆめ』と、平仮名で書かれていた。
「好きなもの、ねぇ……」
ルパンが口を開いた。
いや、わざと子供に気が付かせるために声を出したのかも知れない。
「……人のプリントを盗み見ないで下さい」
隠そうとはせず、淡々と口にしながらも子供は他の箇所を埋めていき、残った二項目だけをじっと見つめている。
その表情はどこか興味が無く、好きなものも将来の夢もないように感じられた。
「いやー、さっきメロンパン譲ってくれたお礼に何か分からねぇとこあったら手伝ってやろうと思ってよ」
ルパンが無償で誰かのために何かをするという事はないのだ。
無償で行えば待っているのは、裏切りでもあり殺しでもある。
そんな世界で住んでいる人間が例え子供でも無償では動いたりしない。
普通ならそう思うだろうが、今のルパンは【とても機嫌が良い】ので、そんな事気にしないのだろう。
「おめぇさん、好きなものとかないって目してんぜ?」
「…………」
無言。
肯定と捉える事が出来るその返答はルパンは肯定と受け取り、表情を和ませて「そんなモン何でも良いだろ。書いたモン誕生日にくれたりする訳でもねぇのに無理に考える必要なんざ、ねぇよ」と実にロマンのないアドバイスをすれば、子供は思いついたようにシャーペンを走られせる。
『好きなものはない』と。
「でだ、その将来の夢とやらも適当に書いちまえ。例えばこのルパン三世の相棒になる、とか」
これまたロマンのない否、小さな子供を犯罪に巻き込もうとしている大人の図なのだが、それでもルパンなりのアドバイスはしたわけで、子供は暫し悩んだようにしつつもプリントに『何かを極める』と書いた。
それを見たルパンは口角を上げ、「銃の使い方なら教えてやるぜ!」と子供の頭を撫でながら、後ろに手を伸ばし、メロンパンを掴み自分の口に運ぶ。
次元はその光景を見ながらも『何やってんだ、コイツは』と心中で思うも、口に出して面倒なことになる可能性もあるので何も言わず、本日何本目か忘れた煙草を灰皿に押し付ける。
「おい、ルパン。ガキをからかうのもその辺りにしておけ。迷惑だろ」
一応声を掛けてみたものの、ルパンは気に入ったものを手から離さない主義なので聞く耳も持たず、いつの間にか子供の目の前の席に腰掛け、談笑をしていた。
――バカヤロウ。
次元の溜息と呆れが同時に襲ったのはこの時だった。
**
それからと言うもの、ルパンと次元はまだ仕事を終えていないので、暫く滞在する事になったのだが、何故だか子供が住んでいるところを調べ、その付近に住むようになった。
そしてその付近で住むようになってから気が付く事が多々あった。
まず、その子供の名前が『六条道恋也』ということ。
そして、あまり良い印象は近所にはないということ。
同級生にはいじめをあっているということ。
全てにおいてあのパン屋では見せなかった子供、六条道恋也は何かを持っていた。
「わー! 恋也の奴が来たぜ!」
「こっち来るなよ!」
同級生の男の子2人が恋也の前を小走りして、振り返ってから上記を言うのを何度も繰りかえしていた。
小学生だから、というのもあるのだがワンパターン過ぎて突っ込むところが多いような気がする。
「俺らにビビって路地裏に入って行ったぜ」
ビビったのではなく、面倒だから恋也は路地裏に消えた。
単に歩く距離を減らしたいというのもあったのだけれど、恋也には同い年と帰るのは気が進まなくて、面倒なことなのだ。
そんな事も知らずに2人は恋也の後をニヤニヤしながら続いていくのだ。
そしてやっぱりというか、お決まりの展開で、恋也の目の前にはクラスで一番トップと言われる存在の大将がいて、意味も無く恋也は殴られる。
子供に理由などは存在しない。
気に食わなかったから、ムカついたから、そんな誰が信用するかと言われるほどの低レベルな理由なのだ。
恋也の周りにはざっと5人。
全員同性というのもあるので力は結構なものだろう。
ランドセルを背負ってでも恋也はこの5人を置いていけるほどの脚の速さはある、けれど面倒だから行わない。
恋也は基本面倒だと思い、他人に好き勝手させている。
のちにそれを理由に色々しでかすのだが。
「コイツビビってる感ねぇな!」
ふと、一番図体のでかい子供が声を出した。
チラリと地面に叩き付けれられている体で上を見上げる。
緑色のTシャツを目にした途端、あの日の事を思い出した。
あのパン屋で出会った、ルパンと口にした男の事を。
ルパン三世と名前は聞いた事があるのだが、人物は知らない。
だからあのパン屋で出会ったのが本当にルパン三世なのかという疑いもあるので、信用はあまりしていなかったのだが、ルパンと会話した時は楽しかったな、と思い出す。
一方的にルパンが話していたのに近いけれど、飽きることはなく、奇想天外で、話し上手だとその時理解した。
――そういえば、あの煙草吸ってた人、知り合いなのか? あー、ちゃんと名前聞いておけば良かったな。
もう会うことはない。
そう決め付けてしまった恋也の頭の中には『もう一度会いたい』という思いが、消えかかっているのだ。
「これで良いだろ」
誰かが鉄の何かを壁にぶつけた音がする。
殴られるんだ、と思っても逃げようとせず、目を瞑った。――その時だった。
「こりゃまたぁ、ガキがこんな遊びをするとはねぇ」
聞き覚えのある声を聞いて目を開ける。
地面の位置から見えるのは靴だけで、どうやら2人居るようで、1人前に居る人がしゃがむのが分かった。
そしてその顔に見覚えがあり、「ルパン、三世……」と口にした。
会う事はない、そう決め付けていたのだから嬉しさもあるのだろう。
必死に俯いて涙を見せないようにしていたのだけれど、地面にいくつもの染みを見て泣いているのだと、ルパンとその後ろにいる次元は気付くが、突っ込みなどはしない。
「久しぶりだなぁ。元気にしってっか? っていう質問はあとだ」
おちゃらけた口調から少し声のトーンが低くなり、「ガキがガキを殴ってる画には興味ねぇけどよ、『相棒』に怪我負わせれちゃ洒落になんねぇから仕返しはさせてもらうぜ」と、有無も言わせず、ルパンは腕を一番図体のでかい子供に伸ばし、ドンッと前に押した。
子供は大人の力に敵うはずもなく、そのまま尻餅をつき、残り4人が睨みつけたり怒鳴ったりするも、次元の鋭い眼差しには負けるので、泣きながらその場を去っていった。
「大丈夫か?」
ルパンが恋也に問う。
恋也は頷くも5人全員に殴られたりしているので、到底大丈夫だと言える訳もなく、ルパンが恋也を背負い、アジトにしている家に連れて帰る。
幼稚園の頃親を亡くした恋也は親戚の家に預けられており、心配をかけるというので帰ろうとしたのだが、ルパンがその怪我のまま帰宅をすれば余計心配するだろうと言い、友達の家に泊まる、という口実を作った。
**
それから何週間目の事。
ルパンと恋也の関係は特に変わりはなく、子供と大人、という線が引かれている。
ならなぜあの時「相棒」と呼んだのか、それはルパンにしか分からない。
「え……?」
ふと、ルパンのアジトの前でルパンに言われた事に頭がついていかない。
『俺達はもう居なくなる』と、ルパンの口からそう言われた。
恋也がルパンが裏稼業をしていることに気付き、口には出さなかったが、ひそかに憧れを持ち始めた。
自分もその場に入る事が出来るのだろうか、何か約に立てるのだろうか、そう思いつつも、まだ小学生の身、誰も中に入れようとは思わないだろう。
だったらもう少し大人になってから仲間に入りたいと宣言しても良いだろう、と思っていた。
あるいは小学生の頃にそう言って、大人になってから再びいうのもい言いだろう、と考えていた矢先にルパンからの言葉である。
「居なくなるって? 何処かへ行くって事? 二度と帰って来ないって事?」
不満、不安、そういった負の感情に押しつぶされそうになり、肩を震わせ、目尻に涙を溜めながらルパンに問う。
緑のジャケットは恐らく何百万とするだろう、それでも構わずルパンのジャケットを握りながら嫌だ、と首を横に振る。
生きるより所、それを無くしたくはない。
ルパンがいたから耐える事のできたことも、居なくなれば耐えれないだろう。
そう思っているからそこ、近くに居て欲しい。
せめて国内でも構わない。
近所に居なくても良い、西から東に移動するなら良かった。
でもルパン達は国外に行くと告げられ、自分じゃ到底いける場所ではない事は口にせずとも分かり、必死に行って欲しくないと伝えていると急に頭を撫でられた。
顔を上げると、ルパンはこの時初めて優しい表情をしただろう。
「また戻ってくっからよ。次は10年後に戻って来てやる、だから俺が誰だか分からねぇ奴になるか、それとも一瞬でお前だと分かる奴になるか、俺も楽しみだぜ」
「そんな事言って、来ないんだろ……!」
「来てやるよ、今月の今日に」
だから、もう行くぜ。
ルパンはそう口にして優しく子供の手を離していく。
最後に片腕を上げて、近くで待機していた次元と合流し、恋也に背中を向ける。
恋也は俯きながら通り過ぎて行った影を見ることは出来ず、頬に暖かい雫を流すだけだった。
**
9月の20日。
そろそろ冬服になってきている者もいれば、まだ半そでの者もいるシーズン。
暖かい日もあれば寒い日もある、そんな体調を崩しやすい季節になっている頃、赤いブレザーを身に纏った1人の少年は街中を歩いていた。
目的は特にないのだ。
何か歩いていれば目的ができるだろう、それと、今日がその日でもある。
信用しているわけではない、何せ世界中を飛び回るのだから、忘れているだろう。
10年も経てば人は忘れるのだ。
「この前食べようよしたロー『ルパン』がさ、腐ってて――」
ふと聞いたことのある単語に耳を傾けたものの、後々全く違うものだと理解し溜息をついて、視線を上げるとそこに、見覚えのある顔が見えた。
服装は変わっているものの、帽子に髭面、猿顔にがに股は変わっておらず、自然と近付いているのが伝わり、次第に歩くペースを上げ、ぱたりと足を止める。
「わりぃな」
どうやら男は歩いていた道を塞がれたのだと思ったのだろう、すぐに体を逸らしてそのまま通り過ぎて行こうとしているのだけれど、今ここで何もしなければもう会う事はないだろうと判断し、そのまま腕を伸ばして、赤いジャケットを掴む。
「……ルパン」
そう口にして男の体を引き寄せて人の目など気にする事は無く、そのまま抱きつき、そして「会いたかった」と、男の胸に顔を埋める。
「おめぇさん、誰かと勘違いしてんじゃねぇか?」
男はこんな少年見たことないと思いながらも過去の記憶を辿り、ふと、髪の毛に見覚えがあるのを感じ、毛先まで辿っていくと、毛先が黒髪で赤いジャケットの男――ルパン三世は頬を上げた。
「大きくなりやがって」
それでもあの頃の子供はそこにいるようで、これじゃまだ「相棒」というにはまだまだだ、と思い出しながらも、ルパンは少年の両肩を持ち少年を離した。
「久しぶりだなぁ、恋也」
10年の時を越えて、再び出会ったのは奇跡なのか偶然なのか、それともルパンがたまたま仕事でやって来たのか、それは誰も知る事はない。
Birds of a feather/不定期更新
【宿泊客/Hotel guest/1st】
友人、そう言えるのかはまだ分からない。
実際会って少し話した程度で、それで友人と言えるのなら世の中の『友人』という線引きが狂ってしまっているのだと、俺は思う。
俺の自論だが、『友人』とは字の如く「友の人」という意味ではないと思っている。
もし『友人』が見たまま字の如くと言うのならば、友の趣味を嫌ったりしないだろう。
「友の人」、それが『友人』の意味ならば――。
俺にとっての『友人』と言うのはやっぱり、どこかズレているのだろうか。
**
客、そう言うのが正しいのか、俺の家にちとせが来る。
俺が誘ったから来たのであって無理矢理押しかけて来たという訳じゃない。
「とりあえず上がって。そのまま二階に上がったらリビングだから、先行ってて」
ドアの鍵を開け、重たいドアを開けてちとせに告げる。
本当は俺が案内するべきなのだけれど、一階にある兄貴の仏壇に顔ぐらい見せてやろうと思い、ちとせを先に行かせた。
そういえば最近線香も上げていない事を思い出し、頭をガシガシと掻き乱しつつ、廊下を歩いていく。
その道中「ちあきー。本当に先に行ってて良いの?」とちとせの高い声が家中に響く。
「あぁ。先行って何か色々あるけど、どこでも良いから座っておいて」
表情こそ分からなかったが、ドタバタと階段を上がっていく音ではなく、ゆっくりと丁寧に階段を上っていく音を耳にし、ちとせが了承したと受け取る。
さて、と……。何日ぶりだっけ、線香上げるの。そう小声で呟き、木箱の中から緑色の棒状の線香を取り出し、近くに置いてあったマッチに火を点ける。
ユラユラとオレンジ色に揺れながらそこにある炎は、蝋燭の火の様に存在し、暫くの間燃え続けた。
――チンッ……。
控え目に鳴らした鈴が振動で僅かに揺れる。
線香に火を憑け、鈴を鳴らし、手を合わせる。
兄貴が亡くなってからどれ程の時が経つのか、思い出せそうで思い出せない。
俺が小さい頃に亡くなったのか、俺が中学生頃に亡くなったのか、でも一つだけ覚えているのは兄貴がしょちゅう口にしていた『死ぬならバイクで死にたい』という思いだけ叶ったという事。
それから何事も無かったかの様に鞄を抱え、階段を上り、リビングに繋がるドアを開ける。
リビングは決して広くもなく、狭くもない。
適当な配置の机とソファ。大体は兄貴の趣味だった気がする。
「ちあき何かしてた?」
「まぁ、ちょっと……」
ちとせが首を傾げて不思議そうに尋ねてくるので、言葉を濁しながらも肩を竦め、苦笑いで返答した。
別に言ったところで何かが変わっても俺には興味がない。
隠す必要もないのだが、どうやら俺は他人に踏み込んで欲しくない部分があるようだ。
「……聞かない方が良さそうだから、聞かないでおく」
物分りが良いのか、単に聞く気がないのか、どちらかは俺には分からない。
ただ、ソファに腰を下ろしているちとせに見えない様肩の力を抜き、安堵したのを俺は心の奥底で確認した。
「そういえば何も出してなかったな。えっと、今あるのは……麦茶とミルクティーか……」
冷蔵庫を開けて、一番初めに見えたのは1Lと書かれたペットボトルが二本。
一つは『午前の紅茶』と赤いラベルが貼られていて、もう一つは『午前の紅茶』と白いラベルが貼られていた。
お茶とミルクティーとは良く分からないチョイスだ。
誰が買っておいたのか、俺しか居ない。
「そんな良いよ! シュークリーム奢ってもらってるし……」
「家に招き入れたらお茶ぐらい出すのが普通だろ。お茶だな」
独り言と返答を繰り返しながら木製の食器棚から白いマグカップを二つ取り出し、ペットボトルに入っている昨日の夜沸かして、今日の朝入れたやつだと、一人で誰にでもなく心中で呟き、カップに注いでいく。
大体9割ぐらいだろうか、お茶が入ったのでペットボトルを冷蔵庫に仕舞い、ちとせが座っている目の前に、カップを置く。
机の上に置かれたカップは急に冷たい液体が入ったせいで、ひんやりと冷たくなっており、この季節なら少し寒さを覚える感じだろう。
「あ、ありがと」
遠慮気味に礼を述べたちとせに鼻で笑ってから、カップを口元に持ってくる。
やっぱりというか予想を裏切らないのが良いのか、麦茶は冷たく、冷やしすぎたかと立ったまま麦茶を飲む。
「行儀悪い……」
じと目でちとせに見つめられたので、カップを机に置き、ちとせと向かい側にあるソファーに腰掛ける。
いつ座ってもフカフカのソファーは時々そのまま寝てしまっていた事があり、兄貴に随分と布団に行けだの、風邪引くだの、だらしないだの、と言われていたのを思い出した。
久しぶりに線香を上げた所為で感情的になっているのか、そう思うことにして、今は忘れようと黒いソファに寝転がって窓の外を見る。
――雨、降りそうだな。
雲行きが怪しくなってくれば、小雨なのか雷雨なのかは分からないが、多分、雨は降る。
「なぁ、ちとせ。雨降りそうだからさ、『賭け』してみるか?」
「賭け……?」
突然の事で驚いたのだろう。
そりゃそうだ、俺自身も驚いている。
何故ちとせを家に誘ったのか、多分馬が合ったんだ。
駅のホームで話している時に俺自身の中で『仲良くなりたい』そう思ったから、こうして家に誘った。
帰るのが遅くなれば、俺が送って行こうと思っている。
同じ丹神橋市だ、そして丹神橋市はそんなに広くない、だから現在一人暮らし中の俺にはあまり問題はない。
両親が共働きで滅多に家に居ない。居ても一年に2、3回ぐらい。
それでも俺は自由に過ごせていたので文句は言った記憶がない。
「そう、賭け。雨が降るか、降らないか。18時までに雨が降ったら、また雷雨なら俺の家に泊まる。降らなかったらまた小雨ならちとせは帰宅する」
「どうして急に?」
「楽しいかと思って」
いえい、とピースサインを送ればちとせは暫し悩み、そして「乗った」と、得意げに笑った。
賭け事が好きなのだろうか、ちとせがこれといって得をする訳でもないのに何故乗ったのだろうと考えていると「何で乗ったかって顔してる」と言われた。
肩を竦め、上半身を起こし、制服が乱れるのも気にする事なく、笑みを浮かべ「誰かと何かを賭けるって久しぶりだからな」とカッターシャツの胸ポケットから千円札を取り出す。
その千円札を机の真ん中に置き、「勝った方がこの千円を手に入れるって事で」と、トントンと人差し指で千円札と机を一緒に突く。
ちとせは暫くフリーズするも我に返り「高額すぎじゃない?」と首を傾げる。
「俺にとっては安い方」
「金持ちのセリフみたい」
そんな事を言われ冗談で財布から昨日下ろした生活費の一部の一万円札を取り出し、「こっちが望みならこっちでも構わないぜ?」とヒラヒラとうちわみたいに扱う。
そろそろ罰が当たりそうで止めておく。
「千円で良いよ」
さすがに一万は高すぎたかと思いつつも、交渉成立し、18時までする事も無くというのもあれなので、ゲーム機を引っ張り出して来た。
懐かしいゲーム機だと思いつつも、コントローラを握り締め、ガガガッとマシンガンやワルサーやS&WM19やM92Fショットガンなど、様々な銃が画面にチラチラと見えては消えてを繰り返す。
何故海外のゾンビゲームにワルサーやS&Wがあるのかは分からないが、気にする事もなくワルサーの引き金を引く。
「ちあきその銃って弾数少ないよね」
「あぁ、コレ。Yボタンでマシンガンに切り替えれるけど、面倒だからこの銃のままでしてる。弾数は八発しかないけど」
それでも結構なやり込みと言うより、人任せにゾンビを撃って貰っていたのもあって、ワルサーだけでクリアした事もあった。
ゾンビの集団にはマシンガンやショットガンを使ったりするけれど、それ以外では基本ワルサーだったりする。
ワルサーと言っても色々あるが俺が使っているのはワルサーAP。
確かワルサーP38の原型と言われていた気がする。
ネットで調べた程度なので、正しいのかどうかは判断しにくい。
ちとせはひたすらマシンガンでゾンビを撃っているので、弾の減りが早い。
「あー、また弾が無くなった……」
ゴロン、と黒いソファに横になる。
最早自分の家の感覚になってきたのだろう、俺が楽な体勢にしろと言ったので文句など出てこないのだが、若干拗ねているのが分かる。
「単体で居る時は拳銃の方が弾の減りは遅いと思うけどな」
「そうだけどー!」
ムゥ、その表現が似合うのか分からない。けれど、ちとせは頬を膨らませた。
不満、一瞬で単語が出てきたので軽く肩を竦め、妹を見ている気分になりつつも、実際俺には妹は居ないのだが、微笑ましく感じられた。
「ほら、此処で弾がゲットでき――ってもうゲットしてるし」
それがないと銃が撃てないから仕方ないか、と心の中で思いながら、暫くちとせとゾンビゲームをしているとダンッ、何かがぶつかる音が耳に響く。
ポーズ画面にして音のした窓に向けば、雫が下に落ちていくのが分かる。
粒は大きく、面倒なパターンなのだろうかと暫く見ていると次第に雫の数は増え、その度に屋根に当たる音、地面から響く音、窓に当たる音が大きくなる。
時計を確認すれば、18時。
「俺の勝ちだな」
窓の方を向きながら言っていたので、ちとせの状態に気付く事が出来なかった。
何か文句の一つでも返ってくるのだろうと思っていたのだが、うんともすんとも言わなかったのでちとせ、と声を掛けながらちとせを見れば、口元を押さえて俯いていた。
「来い」
短く告げて、ちとせの腕を引っ張る。
力加減が分からないのでそんなに力を入れず、けれど引っ張っていけるぐらいの微妙な力加減でリビングを出て少し歩いたところにあるトイレまで連れて行く。
「マシになるまで此処に居たら良い。無理に我慢せずに吐いたって良いからな。俺はリビングに居るからマシになったら戻って来い」
そう言い残してトイレのドアを閉めてリビングに戻る。
ホラゲー、グロゲー、ゾンビゲー、3Dゲーによる悪酔い。
目に優しくないので長時間プレイすると頭痛や吐き気、体調不良などが起きる。
ちとせの場合吐き気だ。
ゲームをすることになった時、ちとせが「コレやりたいけど、グロゲーとか3D系のって普段しないから、気分悪くなる」と言っていた。
だから、気分が少しでも悪くなったら言えと言ったのだが、一体どの辺りから具合が悪かったのだろうか。
それともゲームを中断したので一気に吐き気が襲ったのか、どっちにしろ、暫く休めた方が良いのでゲームの電源を切り、テレビを消した。
そういう事をしている内にちとせがリビングに戻ってきて「気持ち悪い」と呟いた。
「ソファで寝といたら良い。長くゲームをしすぎたんだろ、暫く休んでたらマシになる」
ちとせはソファに座り、お茶を飲み、ソファに横向きに転がった。
「賭けも俺が勝ちだから俺の家に居ることになるんだけどな」
そうちとせに発して、ゲーム機を片付けていく。
本当に、俺は一体……何がしたいのか、自分でも分からない。と目を伏せて思うのだった。
待ってた(ルパン三世2nd/次元大介の墓標/超短編)
「……待ってねぇ」
「待ってたんだろグフフフ」
あ~れま、そんな顔しちゃって。
どしたの? 拗ねちゃった? 可愛いねぇ、お前さん。
どう考えても待ってました、って格好だぜ?
肩や頭に雪積もらせてほっぺた赤く染めちゃって、何? そんなに俺様のこと待っててくれたの?
嬉しいねぇ。
今日たまたま下見してたら長引いちゃって、待ち合わせの時間に遅れた俺も悪いんだけどさ、どう見ても三時間も前に待ち合わせするはずだったのに、三時間後の今、待ち合わせ場所にいるって事はどう考えても待ってただろ、素直になれよ。
「待ってねぇって言ってんだろ」
そんな怖い顔してもだーめ。俺様は何でもお見通し。
顔を逸らしてほっぺた赤く染めてる時点でお前さんの負け。
「待ってたって言ったら、褒美やるぜ」
ピクリ、分かりやすいねぇ。
「……待ってた」
よくできました。じゃ、ご褒美にこの俺様が楽しい事教えてあげましょう。
――ルパン三世君。
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