ハナミズキ 2014-10-10 16:57:40 |
通報 |
◆ 手に入る者・入らない者 ◆
この時代に来て、もう直ぐ1年が経とうとしている8月。
今年の夏は猛暑でかなり暑い。
この時代の着物を着慣れている人なら、そんなに辛くはないのだろうが、現代の薄着に慣れ、ましてやエアコンの生活に慣れてしまっている鈴と和也には少々きついものがある。
地面を照りつける日差しが、高層ビルなどの様に遮るものが無く、直接体に注がれる。
外に出るのが辛い・・・。
家の中に居ても、昔の造りなので風邪通しが物凄く悪い。
各部屋に窓が1つという造りなのだ。
茅葺の屋根も熱がこもり蒸し風呂の中に入っている様だ。
「・・・・・暑い・・。」
ここ数日、鈴の口から出る言葉で一番多い単語がこれだった。
「鈴先生って、本当に暑さに弱いんですね」
シュンイが笑いながら鈴をからかう。
「もうダメ・・・溶けて死んじゃうぅぅぅぅぅぅ」
鈴は暑さの限界に達していた。
すると、往診から戻って来た和也格好を見ると、なんと、TシャツにGパンではないか!
「ずるい!和也だけ涼しい格好して!
私も着替える!!」
そう言って部屋を飛び出して行ってしまった。
往診から帰って来た和也とバジルは、何がどうなったのか分からずシュンイに聞くが、シュンイも急に飛び出していった理由が分からなかった。
数分後、鈴が診察室に戻って来ると、和也以外の人が、目玉が飛び出すほど驚いたのだった。
それもそのはずだ。
現代で暮らしていたのなら普通の格好なのだが、この時代では裸同然の格好をしていたからだ。
この時代の着物を脱ぎ捨て、現代から持って来ていたキャミに薄いボレロカーディガン、それに短パンだ。
バジルとシュンイが目のやり場に困った。
「「///////////////」」
「どうしたの?2人とも??」
「鈴先生!着物を着てください!」
「ん?着てるわよ?」
「それは下着ではないのですか!?」
「違うわよ~。ちゃんとした服よ」
「で・・でも・・、その姿では目のやり場に困ります!!」
鈴は和也の方を見て「この格好、変?」と聞くと、和也は「いや?いいと思うけどな」と答えた。
「お二人は良いかも知れませんが、私たちが困ります・・」
そうシュンイに懇願され、鈴は渋々元の着物に着替えるのだった。
「・・・・暑い・・。」
「我慢してください。」
だんだん強くなるシュンイであった。
そのころ王宮では、第1皇子ソウレンが時々物思いにふけっていた。
ソウレンには15歳の時に結婚をした妃が居るのだが、それは当然の事ながら恋愛結婚などではなく政略結婚だ。
いくら政略結婚だからと言って、妃をないがしろにする様なソウレンではない。
それなりの礼は尽くしていた。
愛情は無くとも、5年も一緒に居れば情は移る。
しかし、鈴との出会いから、鈴との会話や姿がソウレンの脳裏から離れなかった。
ふとした瞬間に思い出し、勝手に笑みが零れ落ちてくるのだ。
そして大きな溜息を付き、物思いにふけるのだった。
最近ソウレンの様子がおかしいと、お付きの内管から告げられた王様が、ソウレンの様子を見に離れ屋にやって来た。
「ソウレン、何か悩み事でもあるのか」
「・・・実は・・、鈴の事なんですが」
「あの者がどかしたのか」
「はい、私の側室に迎えたいと存じます」
「・・・・・・・・」
王様は、『それは無理だろ・・』と思ったが、あえて何も言わず、ソウレンの思いを聞いている。
「鈴は聡明な女人で芯もしっかりしています。
宮中の女人とはどこか違うのです。」
興奮しながら言い、頬を高揚させていた。
王様も、もし鈴がソウレンの側室になってくれたのなら、この国は安泰だと考えていたので、反対はしなかった。
そかし、ソウレンの手に負えるような女性ではないと言う事も分かっていた。
だがソウレンは、王様が何も言わないと言う事は、賛成をしてくれたものだと思い、早速鈴に会いに行く事にする。
意気揚々と王宮を後にし、鈴の元へ向かうソウレンに、王様は肝心な事を言い忘れていたのだった。
『あっ。鈴に無理強いをすると、意識を失うほどの大怪我をするぞ
と言うのを忘れておったわ・・・』
約1年前、主治医率いる暗殺集団を一網打尽になぎ倒し、倒された者達はみな、ろっ骨を骨折していた。
下手に手を出せばソウレンもやられるかもしれない。
しかし王様は、『あの者の事だ。命までは取らぬだろ』と、軽く受け流してしまったのだった。
一方、そんな事など知らない診療所では、とうとう鈴が暑さのためにダウンをしてしまう。
鈴の体を心配した和也は、しばらく車の中で休んでいろと言い、午後の診療を休診する事にした。
夏と言う事もあり、薬を買いに来る患者以外はほとんど来ない。
来ないのなら思い切って休むこともたまには良いだろうと、使用人たちにも休暇を与える。
診療所の留守番は、診療所内に住んでいる人たちに任せ、鈴と和也は車の中に戻ったのである。
車の中は、精密機器類が沢山あるので、常に一定温度で車内が保たれている。
それに、車の中なら現代の洋服を着ても、誰も文句を言わない。
鈴はシャワーを浴び、先ほど着ていたキャミと短パンに着替えると、やっと一息つけたかのように、手足を投げ出しソファーに腰かけた。
「生き返るぅ~♪」
「ババくせぇな」
悪態を付いてはいるが、その言葉とは裏腹に、和也の顔が少しほころんでいた。
「おぃ」
「ん?」
「腕出せ」
「えっ?」
見ると和也の手には点滴が持たれていた。
「おまえ脱水症状が出てるぞ」
「気が付かなかったわ・・・」
「おまえって、ほんと自分の事には鈍いよな」
そう言いながら鈴に点滴を施した。
「点滴なんて何年振りかしら」
そう言いながらケラケラと笑うのだった。
「おまえなぁ・・・自分の体の管理はちゃんとしてくれよ。
俺が心配しないとでも思ってるのか?」
そう言いながら鈴の事を抱きしめた。
「おまえにもしもの事があったら俺は・・・
だから、自分をもっと大事にしてくれ・・・」
和也に抱きしめられた鈴は、ふと、あの秘境での出来事を思い出す。
和也の広い胸に抱かれていると、とても安心する。
1人じゃないんだと思わせてくれる。
そして、温かく適度に筋肉の付いた体が心地いい。
ずっとこうしていたいとさえ思うのだった。
「ごめん・・和也・・。
これからは気を付けるね」
鈴がそう言うと、和也はそっと体を離し、鈴の頭を『ポン』と1つ叩くと道具を置きに別室に行った。
鈴は、車内の心地よい空気と温度に身を任せ、そのままソファーで寝てしまうのだった。
リビングに戻って来た和也は、その姿を見、鈴に薄いタオルケットを掛け、寝ている鈴にそっと口付けをする。
鈴も夢の中で、和也とキスをする夢を見ていた。
夢の中の和也は、大きな手の割には、しなやかに伸びた指が、とても妖艶で色気さえ感じる。
その手が近づいて来たかと思うと、後ろにある壁に片手を付き、鈴に覆い被さるように優しくキスをする。
壁ドンで身動きが取れない鈴は、そのまま黙って和也に身をゆだねるのであった。
そんな甘い夢を鈴が見ているとは、和也は夢にも思わないであろう。
ソファーで眠る鈴。
その向かい側の椅子に座り本を読む和也。
ゆったりとした時間が流れ、和也は時折、本から目を離し鈴の方を見ながら、このひと時の幸せをかみしめるのであった。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
急にインターホンが鳴り、映し出された画面にはソウレンが映っている。
「何か御用ですか」
ぶっきらぼうに和也は言う。
「お前には用は無い。鈴は居るか」
「鈴なら今は休んでますが、急用でないなら伝えておきますよ」
「急用ではないが、鈴に直接話したい事がある」
その様なやり取りをしていると、寝ていた鈴が起きた。
「ぅんん・・・・」
大きな伸びを1つすると「どうしたの?お客様?」
眠い目を擦りながら和也に尋ねる。
その仕草がなんとも可愛らしく、和也の顔には自然と笑みが浮かんだ。
「ソウレンがお前に話があるそうだ」
鈴は、何の話なのかと下まで降りて行き、車のドアを開けるとそこにソウレンが供を連れて立っていた。
しかし、ドアが開いた瞬間、ソウレンと供の3人は驚きの表情をしていた。
それもそのはずだ、鈴の格好は露出度の高い現代の服なのだから。
「す、鈴。そなた、客を迎えるなら服を着てから迎えろ」
この様な薄着の姿など、この時代では下着同然だったので、ソウレンは慌てた。
「服なら着てるわよ。話しって何?」
鈴のあられもない姿を、供に見せたくなかったソウレンは、「ここではなんだから、中に入れてはもらえんか」と言う。
鈴も暑い外より涼しい中の方が良いので、ソウレンを中に入れ1階の通路にある椅子に腰かけ、話しを聞く事にした。
「で?話しって何?」
ソウレンは少し間をおいて、慎重に話しを切り出そうとしたが、あられもない姿の鈴を目の前にしては、そんな事はどこかに吹き飛んでしまったようだ。
「鈴、私の側室になってくれ」
前に一度、命令形でものを言った時、えらく怒られた。
その過去を踏まえて、今回はお願いをするように言ってみた。
お願いをすれば側室になる事を承諾してくれると思ったからだ。
しかし鈴の答えは、その思いとは逆のものであった。
「側室って愛人って事よね?お断りします。」
次期王の側室になるのを断る人間が居るとは思わなかったソウレンは、「なぜ断る!?側室になれば贅沢をさせてやれるのだぞ!?」と、鈴に聞き返す。
「私は愛人になる気は無いわ。それに、あなたの事を愛していないもの」
「鈴が私の事を愛していなくとも、私が鈴を愛している。それではダメか?」
「ダメよ。それじゃ良い夫婦関係は築けないもの。
・・・あっ、夫婦じゃないのか。愛人だものね」
ソウレンはそれでもなを、鈴に側室になれと遠回しに言ってくる。
だが鈴は、愛人ではなく結婚ならするが、それでも価値観が自分と同じ人でないと嫌だと言う。
「価値観が同じか・・・それはもしかして和也の事を言ってるのか?」
ソウレンが聞いてきた。
「和也なら私と価値観が同じね。
それに、私の事を理解してくれようとしてる。
今の私には、和也はとても大きな存在だと言う事だけは確かよね・・・。」
鈴は自分に何かを言い聞かせるかのように答えた。
その話を2階からこっそり聞いていた和也は、小さなガッツポーズを取っていたのである。
2人の話しは平行線のまま決着がつかず、その日は良い返事を貰えずにソウレンは帰る事になる。
そして別れ際に一言。
「必ず『はい』と言わせて見せるからな」
そう言い残して帰って行った。
『やれやれ』と溜息を付きながら2階の戻ると、和也の機嫌がなぜか良いようだ。
何か良い事でもあったのかと思いながらも、あえてその事には突っ込まず、ソウレンの話しの事を切り出した。
和也は鈴の話を黙って聞いているだけで何も言わない。
「この時代の人って言うか、昔の人って平気で愛人になれとか酷いよね~」
「俺は、奥さんさえいれば愛人なんか作ろうとは思わないけどな」
「普通そうよね!?やっぱり昔の男の人の考えには共感できないや・・」
鈴は小首を傾げながら溜息をまたついた。
和也はおもむろに椅子から立ち上がり、鈴の頭を『ポンポン』と二つ軽く叩くと台所に向かい歩き出した。
そして内蔵されている冷蔵庫を開け鈴に聞く。
「鈴はリンゴジュースで良いのか」
「うん♪和也やっさしぃ~♪」
和也は鼻で笑いながら、「一応お前は病人だからな」と言うのだった。
でも、そのさり気無い優しさが、鈴にとっては何物にも代えがたい存在になりつつある事に、今はまだ気が付いていなかったのである。
鈴に求婚(?)を断られたソウレンは、王宮に戻り次の策を考えていた。
どうすれば鈴は側室になる事を承知してくれるのか、いろいろ考えてはみたが、普通の女性と違う考え方の鈴を落とす事は、かなり難しそうだ。
お金をちらつかせてもダメ。
贅沢をさせてやると言ってもダメ。
当然、命令などして無理やり側室にでもしたなら、鈴はこの国から出て行くだろう。
女性との駆け引きに疎いソウレンは、その道の達人と言われている、第1側室の息子コウレンに聞いてみた。
「コウレンは女人を落とす時、どのようにしているのだ」
「はい、兄上。私はまず、贈り物で気を引きます。
高価な物や珍しい物は、どの女人も喜びますよ」
「そうか。早速送ってみよう」
そして次の日から、ソウレンの贈り物攻撃が始まったのである。
「本当に頂くわけにはいかないので持って帰って下さい」
「受け取って貰わなければ私の首が胴から離れてしまいます。受け取って下さい」
こんなやり取りをしているのは、鈴とソウレンの使いの者だった。
ソウレンは、義弟コウレンのアドバイス通り、鈴に真珠で作られた髪飾りの、貢物を送ったのだ。
しかし鈴は、貰う謂(いわ)れの無い物を頂くわけにもいかないと断っていた。
日本のことわざに、「只より高い物は無い」と言うことわざがある。
只で何かを貰うと、代わりに物事を頼まれたり、お礼に費用がかかってしまい、後でとんでもない目に合う。と言う意味だ。
(余談だが、この「只」という漢字を上と下ばらすと、「ロハ」となり、この字の語源はここから来たらしい。)
鈴は、使いの者の首が飛ぶと聞き、仕方なく受け取ったが、それが運のつきで、その日から毎日ソウレンから何かしら送られてくるようになったのだ。
ある時は高価な飾り物。
またある時は、綺麗な花が咲いた鉢植え。
そしてある時は、珍しい食べ物が送られて来た。
それらの物を仕方なく貰う鈴だったが、貰った物のうち、換金出来る物は換金をし、医療費に充てたり、食べ物は貧しい人に分け与えていた。
「またソウレンからか?」
往診から帰って来た和也が聞いてきた。
「うん。こんなに無駄遣いするくらいお金が余ってるんなら、貧しい人に何かしてあげればいいのにね・・・」
鈴は呆れたように言う。
その様子を見た和也は、「いつの時代でも、お偉いさんは何にも分かってないよな」そう、ポツリと呟くのだった。
確かに、お忍びと称し時々国を見て回っている様だが、それは言葉通りただ見るだけ。
庶民の生活の内情など、本当のところは理解していないだろう。
普段幾らで毎日の生活をしているか、何を糧としてお金を稼いでいるのか。
そんな深い所までは知ろうとしない。
逆に鈴達は、その様な人たちの健康診断をしているので、普段の食生活がいかに貧しいか、そして何が足りないのかを知っていた。
その足りない物を、和也が往診でお金持ちから高額金をせしめ・・基、頂いて、そのお金を元に貧しい者からは医療費を貰わず治療をしたり、薬を出したりしていたのだ。
貢物を毎日持たせていたソウレンは、使いの者が帰って来る度に聞いていた。
「今日はどうであった?」
「いつも通りお礼だけでした」
ソウレンは、「そうか・・」と溜息を付く。
そしてまた、義弟コウレンを呼び、再び意見を求める。
「贈り物ではなびかなかったぞ。他に良い手は無いのか?」
「そうですね・・・。何処か旅行に連れて行くと言うのはどうでしょう。
二人っきりで良い雰囲気にでもなれば、自然とそうなるはずです。
兄上と一緒に過ごせて嫌がる女人がいましょうか」
それもそうだな、と思ったソウレンは、早速鈴を旅行に誘う事にした。
お忍びで町の様子を見て回った後、診療所にやって来て鈴にその話を切り出す。
「この日照りで、北の領地が水不足になり、病人も大勢出てるそうだ。
鈴、私と一緒に行ってはもらえないか?」
ソウレンは、鈴が最も「YES」と言うだろうと思われる言葉を並べて誘ってみた。
当然鈴の答えは「YES」だ。
しかし、ソウレンの思惑とは裏腹に、一緒に行くのは鈴だけではなかった。
なんと、和也も一緒に行くと言うのだ。
なんとか鈴1人だけを連れ出したかったソウレンは、和也まで出かけたらこの診療所は誰が患者を診るのだと、必死に置いて行こうとしたが、普通の診療ならバジルに教えてあるので心配ないと言われ、結局は鈴と和也の2人が同行する事になってしまった。
付いて来ると言うものは仕方がないと言う事で、現地に着いてから二人きりになる時間を作ればいいと、安易に物を考えていた。
大名行列の如く、大勢の従者を引き連れ、ソウレン一行は出発をした。
その一番後ろから、鈴と和也が乗り込んだ医療車両が後を付いて来る。
何とも奇妙な光景だ。
歩いて移動をする事一週間。
やっと北の領地に辿り着いた。
話しに聞いていた通り、田畑は荒れ果て、人々は死人の様な生気のない顔をしている。
その人々の中を通り抜け、その領地で一番大きな屋敷を持っている、貴族の屋敷に滞在する事になった。
とは言っても、屋敷に滞在できるのは、皇子と貴族の重臣だけである。
他の者は外でテントを張り、その中で寝るのである。
皇子様たちが泊まる屋敷では、何処から持って来たのか、ご馳走が山の様に並べられていた。
それらの前で、重臣や皇子は何の疑問も抱かず食べようとしていた。
その時、鈴の姿が見えない事に気がつき、家臣に鈴を連れてくるように命じる。
しかし、何処を探しても見つからない。
見つからないどころか、2人の乗って来た車も無くなっている。
その事をソウレンに伝えると、ソウレンは慌てて歓迎会を切り上げ、鈴が向かうであろうと思う場所にやって来た。
ソウレンが思った通り、鈴達は倒れている人々の診療をしていた。
診療だけではない。
大きな鍋におかゆを炊き、それをみんなに配っていたのだ。
「そんな所で何をしている」
ソウレンが鈴に声を掛けた。
「見ればわかるでしょ?
私たちはもてなしを受けに来たわけじゃないの。
命を救いに来たのよ」
そう言われ、何も言えなくなるソウレンだった。
「・・・・あいつは・・和也はどうした」
「和也なら車で巡回して患者を運んで来るわよ」
2人はきっちりと、自分に与えられている使命を全うしようとしている。
それに比べ自分はどうだ。
目先の甘い言葉に釣られ、ここに来た目的を忘れていた。
ここに来た目的は・・・『鈴と二人きりになり、良い仲になる事』だ!
(おぃ!そこは違うだろ!!)と、突っ込みを入れたいところだが、所詮ソウレンの頭の中は、領民より自分の事の方が大事らしい。
そんなソウレンの事は放って置き、2人はせっせと患者の容態を診たり、お腹を空かせている人にはご飯を食べさせたりと大忙しだ。
ソウレンは付いて来た供に「手伝え!」と言い手伝わせるが、ソウレン自身は口だけを動かしている。
忙しくあちこち歩いて回ってる者達に取っては、ソウレンは邪魔でしょうがない。
だが、一国の皇子であるソウレンに、そのような事など言えるはずもなく、ソウレンにぶつからない様に動くのであった。
そしてとうとう鈴に言われてしまった。
「邪魔!」
キョトンとするソウレン。
それをさらに追い打ちをかけるように、鈴の怒号が飛ぶ。
「そんな所で突っ立ってるだけなら何処かに行って!
邪魔なのよ!迷惑なの!!」
『邪魔』とか『迷惑』とかの言葉など、生まれて初めて言われたソウレンは、ショックを受けた。
しかし周りを見ると、みな忙しそうに動いている。
自分は、ただ命令しているだけだったと言う事に、初めて気が付いたのだ。
事態もひと段落し、この地域は、後は食料の配給だけとなった。
「ソウレン、配給の手配は進んでいるんでしょうね」
「手配?」
「まだしてないの!?いったいここに何しに来たのよ!!」
また怒られる。
良い雰囲気になど一向になれる気配がしない。
「ここにいつまでも突っ立ってないで、屋敷に戻ってとっとと準備しなさい!」
鈴に怒られたソウレンは、従者を連れて屋敷に戻り、ありったけの食料を持って来た。
「・・・・ソウレン・・・。」
「なんだ? 礼ならいいぞ」
沢山の食料を持って来たソウレンは、満足げな顔をして言った。
しかし鈴の口から出た言葉は、
「いったい何考えてるの!?
食料に困ってる人はここだけじゃないのよ!?
全部持って来てどうするの!
他の地域の人は死んでもいいって言うの!?
あなたのその頭は飾りなの!?
・・・・まったく・・信じられない・・・。」
鈴はプルプルと体を震わせながら言った。
「おぃ、この食料、分散して車に積んで俺が運ぶわ。
その方が確実そうだし」
「ありがとう、和也。
そうしてもらえる?」
ソウレンのやることなす事が、すべて裏目に出るのだった。
しかしここの領主、どれだけ年貢を霞め取っていたのだろうか。
不作の割には、かなりの量の食料が倉庫に眠っていたようだ。
地域の調査と食料の手配。
全てが終わるのに一週間がかかった。
ようやく落ち着いた頃、とうとう鈴と二人だけの時間が出来たソウレンは、鈴の労をねぎらい、少し散歩をしようと言う。
鈴にしてみれば、散歩をするよりベッドで横になりたかったのだが、ソウレンに子犬のような目をしてお願いされては、むげに断るのもはばかれた。
近くの川辺を散歩しながら、ソウレンは鈴に問う。
「私では、そなたの伴侶には不足か?」
「・・・そうね、私とは価値観が違うと思うから、不足と言うより相性自体が会わないかも」
「そんな事はない。私は鈴が好きだ。他に何がいる」
「ごめんね。私はあなたの事を弟以上に見た事が無いわ」
「今はそうでも、そのうち一人の男として見て貰えるように努力する」
「・・・ごめん。私、好きな人がいるのよ」
「それは・・和也の事か?」
「ええ。」
鈴の答えを聞き、ソウレンは愕然とした。
今まで自分が望めば何でも手に入った。
逆に言えば、手に入らない物など無かったのだ。
それを何度求愛をしても断り、好きな人がいるから無理だと言われた。
頭が真っ白になる様な虚無感がソウレンを襲う。
そして一つの感情が生まれた。
―― 和也さえいなければ・・・と。
◆ 旅立ち ◆
仕事がひと段落した鈴と和也は、その晩、車内で2人、お疲れ様と言う意味での打ち上げをした。
大きな仕事をした後には、必ずと言ってもいいほどやる、飲み会だ。
現代から持って来ていたワインを開け、それを飲み深い眠りにつく。
この1週間、殆ど睡眠を取っていなかった2人は、ぐっすりと深い眠りについた。
気が付くと、鈴の顔には、窓のカーテンの隙間から差し込む朝日が注がれている。
明るさを感じ、重い瞼を開けると、鈴の目の前には和也の顔があった。
『あっ・・そっか・・昨日あのまま寝ちゃったんだ・・・』
鈴は、朝日に照らされている和也の柔らかそうな髪を見つめ、昨日の事を少し思い出してしまった。
思い出すと恥ずかしさが込み上げてき、顔を赤くさせる。
鈴の熱い視線に気が付いたのか、和也も目を覚まし、「・・・起きてたのか」少しかすれた声で言った。
その声が耳元近くだったので、鈴の顔は益々赤くなる。
しかし、いつまでも昨日の余韻に浸っている2人ではない。
やる事はやる主義だ。
いつもの様に身支度を整えると、王都に帰る準備をしはじめる。
その頃ソウレンの所では、何やら親密な話が進んでいた。
「本当にやってしまうんですか?」
武官の顔に戸惑いが隠せない。
「これは命令だ。どんな手を使ったもかまわん。和也を殺せ」
とうとう嫉妬に狂ったソウレンがとんでもない事を言い出した。
「だが、鈴には傷一つ付けるな。
もし、怪我などさせたら、その時は、貴様の首が胴と繋がってるとは思うなよ」
そう付け加えたのだった。
「それでは、王都に戻る道中で葬ればよいのですね」
「そうだ。鈴には悟られないようにしろ」
ソウレンは、思いを達成するためには手段を選ばないようだ。
武官たちは、今まで国の為、人々のために働いて来た二人の事を知っていた。
時には流行病から国を救い、また、王妃の命さえも救った二人だ。
そんな二人を手にかけるのは、なんとも言い難い心境だった。
しかし、皇子の命令となれば従うしかない。
命令に背けば自分の命が無くなる。
やるしかなかったのだった。
王都に戻る道のりで、1ヵ所だけ宿屋に泊らない場所がある。
そこではテントを張り野営をするのだ。
その時に1人で行動をする和也を狙うと言う作戦だった。
「今日はここで野営にする。準備しろ」
武官たちが慌ただしくテントの準備を始める。
最後尾から付いて来た鈴達の車も、テントの近くに止め、鈴と和也は手分けをして、具合の悪そうな武官たちの診療に走り回っていた。
和也が鈴から離れた所を確認した数人の武官が、和也に近付き言う。
「あっちのテントに具合が悪そうなやつがいるんだが、見て貰えないか?」と。
武官に連れられてテントに行ってみると、中に数人の人がおり、テントの中で囲まれる状態になった。
「なんだ?いきなり」
「すまん。これは命令なんだ。悪く思ないでくれよ」
そう言いながら刀を抜き、切り掛かって来た。
この時代に来てから、幾度となく同じような事があった和也は、とっさに身をひるがえし、武官たちを指輪に仕込まれているスタンガンモードで気絶させ、その場から逃げて車の中に入る。
慌てて走って行く和也の後姿を見た鈴は、何事が起ったのかと後を追う。
和也の背後から、スタンガンから逃れた武官が、剣を振りかざして追っているのが分かる。
それを見た鈴は、レーザーモードでその一人を気絶させ、和也の後から車に乗り込んだ。
「いったい何があったの!?」
「わからん。命令がどうのとか言ってたな」
―― 命令
その言葉で何かを思い出したのか、鈴はすぐさま車を出すと言った。
「何か知ってるのか?」
「これは推測だけど、たぶん・・・ソウレンね・・。」
「ソウレンが何で?」
「和也さえいなければ、私がソウレンの愛人にでもなると思ったんじゃないかな」
少し考えた和也は、『そう言う事か』と納得をした。
「で、どうするんだ?」
「もう、この国には居られないわね。
ソウレンの事だもの、何処に行ったって追って来るわ。
隠れて暮らすなんてまっぴらごめんよ!
このまま1度診療所に戻って、この国で稼いだお金を全部置いて、後は診療所の
みんなに任せて、私たちはこの国を出ましょう」
「それで何処に行くつもりなんだ?」
「決まってるじゃない!日本よ!」
鈴はにっこりと笑い決断をする。
和也は、いつも鈴は突拍子もない事を言い、それを実行する鈴には慣れていた。
そして、その突拍子もない事が、ほとんどの場合良い方向に向かっていくのも知っている。
「お前がそう決めたなら、俺は何処までも付いて行くさ」
口角を少し上げながら、クールに笑う和也だった。
和也の暗殺に失敗をしたと報告を受けたソウレンが外に出てみると、鈴達の乗っている車が宙に浮かび、そのまま消えて行ってしまうのが見えた。
事の重大さに全く気が付いていないソウレンは、暗殺に失敗した者達を葬ってしまったのだった。
夜になり、診療所に戻った二人は、全員を呼び今後の事について話し出した。
「急で申し訳ないんだけど、この診療所は今後、あなた達に任せます。
今まで通り、バジルは内科的症状を見てあげてね。
ウンデグ、貴方は軽度の外傷なら技術を教えたわよね。
頑張ってちょうだい。
シュンイ、貴方には診療所内の全ての権限を与えるわ。
今まで通り、分け隔てなくお願いね。
ホウミン、貴方にはもっとも重要な任務をしてもらう事になります。
ここに今まで稼いだお金の全てが入っています。
これをうまく活用して診療所を運営して行ってちょうだい」
そう言って大きな金庫を差し出した。
「これはいったいどう言う事ですか?」
いきなり任せると言われた台所番のホウミンが尋ねる。
「和也が命を狙われてるの。
この国に居ては殺されてしまうから、私たちは遠い国へ行きます」
「遠い国とはどちらですか?」
鈴は少し考えた。
行先を告げずに行けば、ここの人達が拷問にあうかもしれない。
そんな事態は避けたい。
「私たちの祖国に行きます。行先は日本です」
この時代での日本の呼び名は『和国』だ。
『日本』と言っても差し支えは無いだろうと、鈴は本当の事を言った。
もし日本まで追って来たとしても、この時代の日本は戦国時代だ。
まともに上陸などできるわけがない。
それは日本史ですでに学んでいる事だ。
そして次の日の朝早く、2人を乗せた車両は、今日の目的地である南の領地『淡憐』に向かって飛んだ。
そこで一旦充電をし、夜になるのを待つと、再び日本へ向かって飛び立って行ったのだった。
着いた場所は『長崎』。
ここの港町でしばらくお金を稼ぎ、最終目的は京都である。
しかし、あの白い霧が発生した場所を後にした二人は、どうやって元の時代に戻るつもりなのか疑問である。
元の時代にはもう戻らないと決めたのだろうか。
そんな疑問は残るが、この2人の事だ、『なんとかなるさ!』で乗り切ってしまうのだろう。
また、機会があれば、その後の2人の様子でも覗きに来よう思う。
― 完 ―
トピック検索 |