ハナミズキ 2014-09-28 23:00:11 |
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この少年はいったいどうなるのだろうかと、鈴は考えていた。
するとそこに、テレビ電話の着信が鳴る。
― チャン チャカ チャン チャン チャーン♪ ―
ドラえもんが道具を出す時の音だ。
電話に出てみると、相手はトムだった。
「親愛なるリン。元気だったかぃ?」
「ええ、元気よ。トムも相変わらず元気そうね」
「実はリンにお願いがあってね。」
「私に?」
「そう、Dr,リンにね」
なるほど、添付してきた資料はそういう事だったのかと、思わず納得をしてしまう。
「そこでだ。Dr,リン。君にこのクランケをオペしてもらいたい。
そろそろメスが恋しくなってきた頃だろう?」
トムは、微かに微笑みながら、画面の向こう側から甘い言葉で鈴を誘惑する。
「そのクランケは、慶清大学附属病院の患者だ。私が丁度来日するという事で、オペの
依頼があったんだが、リンの方が適任だと思ってね。
日本でもDr,リンの事は有名らしくてね、喜んでいたよ」
「でもトム、私の素性は・・・」
「大丈夫だ。リンの素性は秘密厳守という事にしてもらった。
素性を知っているのは、慶清大学附属病院の脳神経外科の教授と、部長の二人。
病院に行く時は、例の化粧をしていくといい」
「トム・・・オペに化粧は禁止では?」
「そうだったな。はっはっはっは」
トムは愉快そうに笑い、久しぶりに顔を合わせた鈴の事を構うのであった。
例の化粧と言うのは、昔一度、研究室のみんなに、可愛い可愛いと子ども扱いをされ、自分は立派な大人だと言わんばかりに鈴が化粧をして来た事がある。
しかしその化粧が、どこからどう見ても、あの七五三の時にする女の子の化粧のようだったのだ。
鈴の中にある大人のイメージだと、色気漂う真っ赤なルージュ。頬は健康そうなピンク色。目も大きく見せるためにラインを引き、まつ毛はツケマでバッサバサ。
そして髪の毛はアップにしてまとめている。
そんなイメージがあった。
そんなイメージ通りに仕上げて出勤をすると、同僚たちは何やら必死に笑いを堪えている様子だった。
堪え切れなくなった一人の人が笑い出すと、後に釣られるかのように皆が吹き出しはじめた。
訳を聞いてみると、子供が大人の真似をして化粧をしているみたいで、可愛かったらしい。
同じ日本人の人は、これで着物でも着たら七五三になりそうだと言ったのだ。
どちらにしても、鈴の化粧は笑いを誘うようである。
トムと二人、画面越しに話をしていると、隣の部屋に居た和也がその声を聞き、何を1人でブツブツ言っているのかと奇妙に思い、ついに頭をやられたかと鈴の部屋を訪れた。
ノックもしないでいきなりドアを開けたものだから、画面に映っているトムを隠すために変な体勢になってしまった。
「・・・・お前、1人でブツブツ言うなよな。気味悪いんだよ。静かにしろ!」
そう言い放って鈴の部屋を後にした。
和也にしてみれば、こんな気味の悪い奴には関わりたくないらしい。
二人で留守番をしている間、鈴は親しい友達もまだ出来ていなかったので、家に居る事は当たり前だとしても、あの和也が、学校が終わって真っ直ぐに家に帰って来ていた事の方が不思議であった。
普通なら、これだけ毛嫌いをしていたら、友達の所に寄ったり遊んだりをして、帰宅時間を遅くしそうなものだったのだが、普通に家に帰って来、毎日一緒にご飯を食べていた。
鈴の分析によると、和也は責任感が強く、両親に「よろしく頼む」と言われた手前、1人家に残しておいて何か問題でも発生すれば面倒くさい事になるので、監視をするという意味合いも含め、鈴がトラブルを引き起こさないように見張っている。
そんな状況だろうと考えた。
確かにその通りであった。
田舎者の鈴の事なので、近所迷惑とか考えず、何かをやらかしそうな雰囲気だったのだ。
そして事件はとうとう起きてしまった。
夜の11時を回った頃、そろそろお風呂にでも入って寝ようと思い、着替えを持って風呂場のドアを開けると、そこには風呂から出たばかりの和也が立っていた。
いきなりドアが開いたので、驚いた表情の、和也の裸体が鈴の目に飛び込んできた。
鈴にしてみれば、仕事上男の裸体などは見慣れている。
平然としたものだ。
「あっ。ごめんなさい、今出るとこですか?」
平常心で和也に問いかける。
ところが和也は、プルプルと体を震わせながら
「出て行けえええぇぇぇぇぇぇ!!」
絶叫をした・・・。
次の日には両親が新婚旅行から帰っては来たが、和也はその一件以来、今まで以上に鈴と距離を置くようになった。
バカで協調性が無く、周りの空気が読めない上に、変態と言うレッテルまで張られてしまったのである。
男の裸を見ても悲鳴一つ上げないばかりか、まじまじとガン見をしながら顔さえ赤らめない。
恥ずかしいという言葉はこいつには無いのか?!と言う気持ちで一杯であった。
◆ 夏休み ◆
高校最後の夏休みがとうとうやって来た。
受験勉強に力を注ぐ者、最後だから思いっきり遊ぼうと考えている者、色々いる様だが、受験とは無関係の鈴は当然後者だ。
進学をしないわけではなく、鈴の場合は、勉強などしなくても合格できるからだ。
進学をする学校も決まっている。
グリュスフォードの姉妹校である慶清大学。
そこの医学部に進学をする事がすでに決まっていた。
その事を知っているは、鈴の恩師であるトム・シルバーと母親だけである。
鈴の成績が、あまりかんばしくない事を義父が心配をし、この夏休み中に、最後の追い込みで、塾に行かせようか家庭教師を付けようかと思案をしていた。
しかし、鈴とも話し合ったが、どちらも嫌だと断られてしまい、どうしたものかと考え、そこで一つの名案が浮かんだ。
成績が上位の和也に頼もうと。
ところが当然、和也は断った。
自分だってこれから受験が待っているのに、その勉強の妨げになるようなお荷物を押し付けられてはたまったものではない。
そこで義父は考えたのだった、自分が持っている別荘が、避暑地で有名な軽井沢にある。
その別荘に、和也達を行かせることにした。
「なぁ、和也。軽井沢に勉強をしに行かないか?
こっちで受験勉強をするより、向こうでした方が涼しくていいんじゃないのか?
あの別荘なら友達を誘って行っても余裕だし。どうだ?」
「軽井沢か・・・」
和也は少し考えていた。
勉強だけならこっちでしていた方が便利だろう。
だが、この家には毎日鈴が居る。
鈴の顔を見るだけで、何故かイライラしてしまい、結局は自分の家に居ながらも、一日のほとんどを自室に閉じこもってしまっている和也だったのだ。
父親もまた、新婚旅行前よりも微妙に関係が悪化している事に気づいていた。
これはどうにかして仲良くさせなければと、いらぬお節介を焼く事にしたのだった。
軽井沢に行く前日に、父親が突然、悪魔な言葉を吐き出した。
「すまん和也。父さん急な出張でインドの方に行かなければならなくなったんだ。
で、だな。その出張って言うのが、夫婦同伴でなければならなくてな、悪いが
鈴ちゃんも一緒に、軽井沢の方に連れてってやってくれないか?」
「ちょっと待ってくれよ!父さん!
俺、友達誘ってるんだぜ!?
そこにこいつなんか連れてったら変に思われるだろ!」
「なら鈴ちゃんも友達を誘って行けばいいじゃないか」
鈴には、一緒に旅行に行くような親しい友達は居ないのだ。
グループの中に入れてもらってはいるが、ただそれだけの事。
それでも一番親しい友人といえば、その人達しか思いつかなかった。
旅行期間は1週間。
慶清でオペが入ってる日は8月。
まぁ、何とかなるかと、グループの子たちに連絡を取った。
軽井沢と聞かされては、女子達は即答で「行く!!」と返事をする。
そしてその旅行に、和也達のグループも加わっているとなれば、勉強どころの騒ぎではなくなってしまった。
車で行けば楽なのだが、運転できる人が居ない。(鈴はアメリカで16歳の時に免許を習得し、国際免許も所持をしている。日本に帰って来てからも手続きをし、日本の免許も更新をした)
一応、鈴が持ってはいたが、それは秘密なので、一行は電車に乗り、男子4人、女子が4人、計8人の大移動となる。
女子も同行する事になったのを知った男子は、テンションが上がりまくっていた。
女子の方は、お目当ての男子と、この機会により仲良くなろうと勉強どころではなく、それこそ何処から声を出しているんだと言わんばかりの黄色い声を張り上げ、猫なで声を出しながら纏わり付いているのであった。
鈴にしてみれば、そういう光景は、日本に来るまで身近ではあまり目にしない光景だった。
大学時代は皆、勉強に精を出しそれどころではなかったし、研究所でも、研究が恋人だと言う人がほとんどだ。
勿論、ERでイチャイチャしているような人はいない。
そんな事をして乳繰り合っていたら、助かる命も助からなくなる。
紛争地では、そんな事をする余裕が何処にあろうか。
皆、今を生き延びる事に必死だ。
そんな事が出来るのは、平和な世の中になった時だけであろう。
そう考えると、「日本は平和だなぁ~」と思えるのであった。
皆がそれぞれに、電車の中でくつろいでいたり、お喋りをしていたりしていた時、話しの話題が「何を持ってきたのか」になった。
勉強道具は勿論持って来てはいるが、それ以外にも色々と持って来ていたようだ。
男子はゲーム機やPCで、女子は化粧道具にアクセサリー類が多い。
いったい何をしに行くのやら・・・。
その時、1週間の旅行の割には荷物が大きい、鈴が持ってきたキャリーとリュックが気になったようだ。
「ねぇ宍戸さん、その中には何が入ってるの?」
友人の一人である、相川 美里がキャリーを指さしながら聞いてきた。
「着替えと参考書(医学書)と、PCに薬です」
「薬?」
「風邪を引くといけないので」
「じゃあ、その大きなリュックには何が?」
「これには、救急セット(自前の手術道具)とおやつが入ってますよ。
何か食べます?」
「えっと・・・今はいいかな・・・?」
何故に救急セットを?と思ったが、普段から少し変わっているので、そこは大した疑問にもならなかったようだ。
「ここが草薙君んちの別荘なの?大きいね~♪」
「すげぇでっけぇ~・・・・」
口々に呟いている。
5LDKはあると言うその別荘は、20畳程はあるかと思われるリビングに、8畳のダイニング、お風呂場も8畳程ある。ちょっとしたホテルか旅館の様だ。
各部屋は8~10畳ほどの広さがあり、庭にはプールも完備という豪華版であった。
事前に連絡をしてあったので、管理人が掃除と風通しを行っていてくれたため、埃っぽい匂いや汚れなどは見られず、快適に過ごす事が出来そうだ。
食事などは、近くのケータリング業者に父親が頼んでいてくれたため、飢える心配はない。
和也達はひたすら勉学に励めばいい、と言う様な環境を整えてくれていた。
部屋は1階に二部屋、2階に三部屋という造りだ。
1階の部屋は男子が使い、2階の部屋は女子が使うという事で決着がついた。
どの部屋にもベッドが二つ備えられていたので、ベッドの取り合いで喧嘩になるという事もないだろう。
一旦部屋に荷物を置き、くつろいでいる女子の一人が、鈴にある疑問を投げかけて来た。
「ねぇ、宍戸さん。宍戸さんと草薙君ってどういう関係なの?」
「そう言えばそうよね。草薙君に誘われたんでしょ?この別荘の事」
「えっと、草薙君のお父様と私のお母さんが知り合いで、それで・・・」
ニュアンスは違うが、間違ってはいない。
女子達は、二人が付き合っているのかどうかが心配だっただけで、違うと分かれば、もうそんな疑問はどうでもよくなっていた。
とりあえずは、今日は付いたばかりの初日だからという事もあり、和気あいあいと騒いでいるのであった。
勉強は明日から頑張ればいいや。
みんなそう思っていた。
これから1週間は、修学旅行なみの賑やかさになるだろう。
和也の友達である男子はみんな頭がいい。
和也は馬鹿とは付き合わないからだ。
女子の方はと言われれば、めちゃくちゃ頭がいいと言う訳ではないが、そこそこ出来る女子達だった。
涼しい午前中に受験勉強をし、午後には遊ぶと言う日程で進んでいたが、鈴は受験勉強をせずに、1人部屋に閉じこもっていた。
変わり者の鈴の事なので、誰も鈴の事を気にも留めず、8人で来たはずなのだが、いつの間にか7人で行動をする事が多くなっていくのだった。
別荘に来てから3日目の事。
台風が近付いて来ていたため、もしもの時の為に非常食を買出しに行こうという事になった。
雨風が強いこんな日に外出をするなんて自殺行為にも等しいのだが、運よく隣の別荘に来ていた人が、一緒に麓のスーパーまで乗せて行ってくれることになり、大した量ではないので、鈴が一人でその役を買って出る。
いつもの様に大きめのリュックを背中に背負い、車に乗り込んでいった。
◆ 医者が居ない ◆
台風のせいか、スーパーには人もまばらにしか居ない。
とりあえず急いで必要な物を買いそろえる事にした。
水が出なかった場合を考えて、ミネラルウオーターを大量に買い込み、電気が止まった場合を想定して、ローソクや懐中電灯の電池も大量に買う。
もしもの場合は当然ガスも止まるだろう。
そうなれば死活問題になる。
家庭用ガスも大量に購入。
あと必要なものは・・・、というか・・・これって一人で運べるレベルなのか?
そんな事はさて置き、台風が酷くならないうちに早く別荘の方へ帰ろうとしたその時だった。
― ゴゴゴゴゴ ドッガァーン! ―
という物凄い音が響いてきた。
外に出て辺りを見回してみると、すぐ近くで山崩れが発生したようだ。
このスーパーがある場所は、一応住宅地とは遠い所にあり、ここは別荘を利用する人のために建てられた様なスーパーでもあったため、山崩れの被害にあった家は無かった。
しかし、この避暑地と町を繋ぐ道路が崩れた土砂により埋まり、通行不可能な状態になっている。
それに、山崩れの振動で怪我人も出てしまったようだ。
その連絡が観光センターから無線で、この避暑地に呼びかける放送が流れた。
「只今、○○地区で山崩れが発生いたしました。
この災害の為、道路に土砂が流れ込み、通行不可能となっております。
その為、○○地区にて、怪我人が出ておりますが、皆様の中に、お医者様か看護師さんがおりまし たら、至急管理事務所の方までお越しいただければ幸いに御座います。
どうぞご協力をお願いいたします」
と言うものだった。
一緒に乗せてもらった隣の別荘の人が、実は医者であったらしく、鈴はそのまま管理事務所まで乗せられていく事になる。
事務所のドアを開け、自分は一応医者だと言うと、事務所内にある医務室のような所に案内をされる。
そこには数人の怪我人が、椅子に座っていたり横たわっていたりしていた。
見た限りでは、大けがをしていそうな人はいない。
そこに薬剤を倉庫から運んできた看護師が入って来た。
「先生ですか?薬はこんな物くらいしかないんですが、これで足りますか?」
「それくらいあれば大丈夫だと思いますよ」
鈴は口を出さずにジッと様子を見ていた。
怪我人の容態としては、打撲2名、振動で倒れた花瓶の破片で腕を切った人が1名だった。
ここは医務室とは言っても、小さなレントゲンが1台置いてある程度で、後は何もない。
医師と名乗る男性が、患者の容態を見ているが、なんともおぼつかない手つきだ。
まだ若いとは思ってはいたが、自分も若くして医者になった身だ、そこは何の疑問も持たなかったが、ここは日本だ。
日本に自分の様な若い医者が居るわけがない。
レントゲンの扱い方もろくに知らないその医者は、実はまだ医学生だと言うではないか。
医学部の5回生で、何度か病院の方にも実習に行っていたため、大した事の無い怪我なら自分でも見れるだろうと思ったらしい。
そこで鈴は初めて口を開いた。
「あの~、お手伝いしますね。
まず、そちらの二人、レントゲンを撮りますので、こちらへ来てください」
「おぃ君、これは遊びじゃないんだぞ」
「分かってますよ?でも貴方、レントゲンの使い方知らないでしょ?」
「じゃあ君には分かると言うのか!?」
「はい。任せてください」
そう言い鈴は二人のレントゲンを撮りに行った。
出来上がったレントゲンを見てみると、一見何もないようには見えるが、一人の患者の方に小さな血栓が映っていた。
たぶん頭を強く打ち付けた時にでも出来たのであろう。
このまま何もなく消えてくれればいいが、悪化をすれば・・・確実にその膨らんだ血栓が脳神経を刺激し、昏睡状態に陥る事になるだろう。
それだけは避けたいと思う鈴だった。
しかしここには何もないのだ。
こんな場所で手術なんか・・・と、普通の人ならだれでも思うであろう。
しかし鈴にしてみれば、こんな状況下におかれて手術をする事何百回。
元々、僻地や紛争地には、設備の整った施設などは存在しない。
その場にある物で、患者の命を繋ぐのが仕事だったのだ。
レントゲン写真を見ながら鈴が発した言葉は
「この人、血栓が出来ていますね。
30分様子を見て大きくなっているようなら手術しましょうね」
だった。
医学生も看護師も驚いた顔をし
「手術っていったい誰がするの!?
それに、ここにはそんな事出来るような人なんていないわよ!?」
「俺には無理だぞ・・そんな・・・手術なんて・・」
「私がします。これでも一応医者ですから」
「君はまだ高校生だろ?!嘘をつくのも大概にしろ!」
そこで鈴は、いつも持ち歩いているリュックの中から身分証を取り出しみんなに見せる。
「マジかよ・・・」
医学生が驚きはしたが、その名前を知った方が更に驚いたのであった。
何故なら、若き天才医師Dr,リンがいま、自分の目の前に立っているからである。
医師を目指す者の中で、この名前に憧れを抱かない者は居ない。
本名は公表されてはいないが、この医学生には直感で分かったのだろう。
この医学生の名は、水島 琉希(りゅうき)という。
30分後、再度レントゲンを撮ると、血栓が大きくなり広がっていた。
「これは速めに手術をした方がいいわね」
付き添いの家族に手術の同意を取り、その準備に取り掛かる。
リュックから出て来た物は、手術道具一式・麻酔薬・カテーテル・抗生物質などの薬剤だった。
血管に造影剤を流し込んだ後、再びレントゲン写真を撮り、その光景を頭に中に叩き込んだ。
そしていよいよ手術が始まる。
頭の中に映し出されているレントゲン写真を見ながら、カテーテルの先をゆっくりと進めて行く。
鈴にとっては造作もない事だったが、モニターを使わず勘だけでやるその姿に、二人は圧倒された。
こんなに凄い医者がこの世に居たとは思いもよらなかったのであろう。
初めて見るその手さばきの速さに、感動と敬意を払うのだった。
手術時間そのものは意外と早かった。
時間にすると45分くらいだろうか。
手際の良さ、迷いのない動き、まるで目の前の肉体の中身が見えているかのような手早さだった。
琉希は、『これがあのDr,リンなのか・・・本当にすごいや・・』感動で胸がいっぱいになり、言葉が出てこなかった。
あのDr,リンの手術を目の前で見れる事なんて、普通の医者なら一生かかってもない事だ。
自分は運がいい、そう思う気持ちと、Dr,リンってJKだったのか・・可愛いな。
と思う邪な気持ちが入り乱れていた琉希であった。
手術が終わった後に、管理人事務所の関係者及びその場に居た人達に、固く口止めをする事を鈴は忘れはしなかった。
だが、どういうわけか、この水島琉希には懐かれてしまい、今後も何かと接触する事になるのである。
道路の復旧は意外と早くに進み、台風も何事も無かったかのように過ぎ去って行った。
予定の1週間がこようとしている時、スーパーまで買出しに行った男女数人が奇妙な噂話を仕入れて来た。
「ねぇねぇ、さっきお店で聞いたんだけど、この間の台風の日、怪我人が出たから
医者を探してたじゃない?
その時、すっごい医者が来てくれたらしいよ!」
「そぅそう!なんでも、世界的に有名な人が偶然にここに居て、あっという間に
手術をしちゃったらしいよ」
「医者ってかっけぇ~!俺、医者になろうかな」
「無理無理!今の成績じゃ絶対に無理だって!」
この出来事は、何人かの少年達に夢を与える事となったのだった。
そして夏休み後半、トムとの再会を果たし、依頼されていた手術を秘密裏にこなした。
表向きはトムが執刀したことになっており、その術中は誰もその場所に近寄る事が出来ず、チームメンバーもアメリカから連れて来た、鈴の元同僚たちばかりであった。
病院側としては、術中の見学をさせてもらいたかったらしいが、今回はそれを断られてしまったそうだ。
来年、鈴がこの病院の付属大学に入った時に、飽きるほどその腕前を拝めるのだから、それまで我慢をしろという事らしい。
その条件を渋々呑んだ教授たちは、ぜひ自分の科へ来てほしいと訴えて来たが、鈴は1つの所に留まる気は全くないようだ。
自分が持つ技術は、万遍なくみんなに教えたいと言う。
それに、契約金も破格の値段が付いたようだ。
学生の間は、1回の手術料が数百万という値段が・・・。
◆ 和也の疑問 ◆
10月になると、殆どの人は受験モードに入る。
学校では、休み時間になってもカリカリというシャーペンの音が、あちこちから聞こえてき、とても緊張感が漂っている。
今日は、各大学の説明会があり、午後から目指す大学へと各々出向く日だ。
意外な事に、鈴の志望校が慶清大学だと和也は知り、怪訝そうな顔をして鈴を見つめていた。
どうせ受かるわけなどないと思ってはいたが、冷やかしでも同じ大学の下見も兼ねた説明会で顔を合わすとは思ってもいなかったのだ。
しかしどういうわけか、鈴はこの大学の校内の事を良く知っている風であった。
迷うことなく講堂に行き、なぜか出会う教授たちにも頭を下げて歩いている。
講堂で1時間ばかりの説明が終わると、校内を見学してもいいと言われ、皆はパンフレットを片手に校内を散策する。
その時に遠目で和也が見た光景は、鈴が先ほどの教授と外国人の男性と話している姿だった。
さっきの教授は医学部の教授で、さしずめ外国人はその来客だろうと思われる。
何やら親しげに話し、鈴はその二人の後についてどこかに行ってしまったが、鈴の事だから迷子にでもなり、場所でも聞いて連れて行ってもらったのだろうと思っていたのだ。
それからしばらくして、センター試験があり、受かるはずがないと思っていた鈴が、見事慶清大学に合格をしていた。
それも、なんと医学部にだ。
和也も医学部を受験をして受かってはいたが、まさか鈴が受かるとは思ってもいなかった。
そうなると、色々な事に疑問が生じて来たのだ。
まず、鈴の部屋には受験勉強のための参考書が無かった事。
参考書の代わりに、英語やドイツ語らしき本や辞書が置いてある時がたまにあった事。
大学の説明会で、教授と親しげに話していた事。
学校ではいつもボーっとして何かを考えている風だったが、いきなり当てられた時、答えを即答していた事。
その時は偶然だろうとたかをくくっていたが、もしかしたら偶然ではなく、本当に分かっていたのかもしれないと言う疑問。
一般常識は怪しいものだったが、直ぐに色んな事を吸収し、同じ間違いを繰り返さなかった事も思い出す。
それらの事を総合すると、鈴はもしかして頭は良いのではないかとさえ思えて来た。
高校の卒業式が終わり、打ち上げと称してクラスで盛大にカラオケで騒いだ。
その時、みんな必ず1曲は歌おうという事になり、歌は苦手だと言う鈴に無理やり歌わせる事になる。
その時に選曲をした歌が、あまり聞いた事の無い英語の歌であった。
しかし、その歌唱力と言うか英語力が凄かった。
英語教師でもある担任が、絶賛するほどの歌声だったのだ。
そこに居た一同が唖然とし鈴を見守り固唾をのんでいたほどである。
この時、最後の最後に、鈴は本当の自分を少しだけさらけ出した瞬間であった。
家に帰ると、和也が鈴の部屋を訪ね、鈴にその疑問をぶつけて来た。
「お前、本当は頭良いだろ」
鈴は笑いながら
「さぁ?どうかしら?」
スルリと質問を交わす。
この1年で鈴もかなり日本の生活に慣れ、和也の扱いも上手くなってきていたので、敬語を使わなくても済むようになっていたのだ。
「さぁ?どうかしら?じゃなくってさ、本当はどうなんだよ」
「ん~・・・今だから言うけどね、頭は悪くないと思うな」
「なら何で馬鹿の振りなんかしてたんだ」
「振りというかぁ~、日本事態に慣れていなかったし?」
「はぁ?日本に慣れてないってどういう事だよ」
「実は私、ここに来る前まで、ずっとアメリカに居たのよね」
「はぁあ?!なんで嘘ついてたんだよ」
「それは秘密だから言わない」
「お前な・・・・」
その時だった、テレビ電話の着信音が鳴り響いたのは。
― チャン チャカ チャン チャン チャーン♪ ―
テレビ電話の画面に映ったその人は、あの時大学で見た外国人だった。
鈴は流暢な英語でその人と会話をし、次々と何人かの外国人とも話をしている。
会話の内容は早口でよく聞き取れなかったが、映る人皆が白衣を着て居る事に気が付いた。
「おぃ・・その人達っていったい・・・」
鈴の側から人の声がしたことに対し、画面の向こうから一斉に
「Oh my god」という声が流れて来た。
その後にトムが再び現れ、鈴に、もう隠す必要もないだろうから、家族にだけでも本当の事を話しても良いのではないかと助言をしてくれ、そのまま通話を切る事にした。
そして鈴は和也に本当の事を全て話したのである。
既にアメリカで大学を卒業している事。
更には、アメリカでは医師として活躍をしていた事。
日本へは、国際免許ではなく、日本の医師免許習得のために来日をした事などだ。
そして、春からまた同じ大学に通う事になった和也に対し
「そういう事なんで、4月からまたよろしくね♪」
と、満面の笑みで微笑んだのであった。
― 完 ―
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