ハナミズキ 2014-09-14 19:48:21 |
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呼び出しから戻って来た晴明は、屋敷に夕月と内弟子数名が居ない事に気が付き、残っていた者に何処に行ったのかを聞いた。
すると彼らは、術の修業をすると言い、深山に向かったと言う。
普段ならそんな危険な場所に行く事など、修行中の陰陽師には許されてはいなかったのだが、今回は夕月も一緒に行ってる事から、少しは安心をしていた。
夕月が付いて行っているのなら、あの山の主である妖狐も悪いようにはしないだろうと思ったからだ。
日が傾きだした頃、深山に向かった連中が帰って来た。
晴明に大目玉を食らい、罰を与えられたが、夕月だけはその対象から外れた。
益々嫉妬の炎に身を包まれる内弟子達だったが、そんな様子などつゆも知らずに、のほほんと過ごす夕月であった。
嫌がらせも徐々にヒートアップをしてき、初めは大量の洗濯物の押しつけや、食事の後の片付け等を夕月一人に押し付けていたが、そのうち、一番最後に入る夕月の風呂の順番をいい事に、栓を抜いて湯を流してしまう事もしばしばあった。
今の時代なら、お風呂の栓を抜かれたとしても、シャワーという文明の利器がある。
だが、この時代では、一度栓を抜かれてしまうと、水を溜めるのは一苦労だ。
つまり、ふろの栓を抜かれるという事は、風呂には入れないという事になる。
この日もお風呂の栓を抜かれ、通算して二週間ほどお風呂には入れていない事になる。
なんとなく匂って来るようで嫌だ。
そう言えば、町の人に聞いた事がある。
深山の山奥に、良質の温泉が湧いている所があるらしいと。
深山といえば白夜が居る所だ。
あの山に勝手に入って行って無事で帰って来られる者など居たのかと、不思議に思ってはいたが、物は試しに行ってみることにした。
町で軽く陰陽師商売をした後に、一人で山に行くため、食料を買い込み、トランクの中に入っていたリュックを取り出し、その中に買った物を詰め込んで、いざ温泉へと意気揚々と繰り出したのだ。
深山に入ると、教えてもらった場所に向かい歩き出すが、道なき道を進むにはたいそう至難の業であった。
木の小枝が跳ね返り、顔面をかすったり、崖から転げ落ちそうになったりと、散々な目に合う。
それでも気合と勘で、温泉に到着をした。
夕月がこの深山に入って来た事に気が付いていた白夜は、その行動を注意深く探っていた。
自分の所には来る様子はなく、何故か山を蛇行しながら登ってくる夕月の気配を感じながら、何をしたいのか不思議に思っていた。
すると、いつも白夜が居るあの大木がある広場より、三百メートル程下がった所にある温泉で、その気配は止まった。
温泉に着いた夕月は、とりあえず城下町で買ってきた物を食べて腹ごしらえをし、一息ついた所で温泉に入った。
良い湯である。
今までの疲れが吹き飛ぶようだ。
周りの色づく木々の葉を見ながら、ゆっくりと目をつぶる。
すると後ろに気配を感じたので振り向いた。
そこに立っていたのは、なんと白夜だった。
「何をしている」
「何って、見ればわかるでしょ?!温泉に入ってるのよ」
「なんで、お前が、ここで、湯に浸かってるんだ!」
白夜が今までに経験のした事のない出来事だった。
今までなら、妖狐である白夜を何が何でも調伏しようとか、使役にしようと思い、必ずまた白夜の元へ訪れる者が多かった。
しかし、一度目は見逃しても、二度目は無い。
この温泉にも、ここ何十年も人など来た事が無い。
それに、一度でも妖狐の力をその目で見た者は、二度とここには来はしないのだ。
だが、晴明は例外である。
「たまには温泉もいいかなぁ~って思って・・・・
白夜も一緒に入る?」
「なんで俺がお前と一緒に湯に浸からなければならん!」
「なら向こうに行ってよ。スケベ」
「なっ・・・・」
ワナワナと震えだす白夜だった。
いつも相手をする人間と勝手が違いすぎたのだ。
普通の人間なら、恐れと恐怖で気が乱れるはずが、この夕月だけはいつも平常心を保ち、一斉の気の乱れが感じられない。
それどころか、自分の事を妖怪や物の怪の類としては、扱ってはいなかったのだ。
それに、白夜自身は気が付いては居なかったが、夕月の言葉だけは、素直に聞いていたのだった。
今も素直に、後ろを向きながら夕月と話を続けている。
「で、なんでわざわざ、こんなトコまで湯に浸かりに来たんだ?」
「えっとね。ちょっと訳ありでw」
「まさか、晴明が風呂に入れてくれないのか?!」
ぐるりと夕月の方に振り返る。
丁度温泉から上がろうと、夕月が立ち上がった瞬間であった。
「ちょっと!何見てんのよ!!」
夕月に思いっきり風呂桶を顔面にぶつけられた白夜であった。
「・・・つぅ・・っててて・・・。何すんだいきなり!」
「そっちが悪いんでしょ!?何ガン見しようとしてるのよ!
この、スケベ!変態!」
一色触発、睨み合う二人の周りに、野次馬である物の怪達が集まって来た。
「おぃ。」
「なによ。」
「あいつらも見てるがいいのか」
「物の怪なんかに見られても何でもないわよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「なによ。」
「俺も一応は妖怪なんだが・・・」
「だから何だって言うのよ!!白夜は白夜でしょ!?何が言いたいのよ。
それより早く後ろ向きなさいよね!」
その迫力に負けたのか、それとも何かを感じたのか、素直に再び後ろを向く。
その光景を見ていた物の怪達は、自分たちの中での序列が確定をしたようだ。
物の怪の中で一番力が強いのは、妖狐である白夜ではあるが、それより強いのが夕月だという事で認識された。
あの妖狐が、誰かの言葉に素直に従う姿など、今までに見た事が無かったからだ。
例え神であろうと、気に食わない者には歯向かい、その信念は曲げた事などない。
それがどうだろうか。
夕月に怒られ、素直に従う。
決して歯向かおうとはしない。
それに、夕月と接している時の白夜の空気が、柔らかくなり、見ている者の顔も自然とほころぶのであった。
「もういいわよ。こっちへ向いても」
白夜はふてくされた様な顔をして振り返る。
「そうだ!白夜にいい物持って来たんだった!」
良い物と聞いて、ピクリと白夜の耳が揺れた。
心なしか尻尾も上下に振れている。
夕月はリュックから、向こうの時代に居た白夜の大好物であるサラミを取り出し、それを食べさせた。
やはり、こちらの時代の白夜も気に入ったようだ。
もっと出せと催促される。
持ってきたサラミを全てあげたが、まだ食べたいようだ。
「ちっ。人間の食う物なんか食ったせいか、腹減ったな・・」
チラリと夕月の方を見た。
「そういえば、お前と接吻したら気が貰えるんだったな。よこせ」
「ちょ!!?今はだめよ!」
「なんでだ」
「だって、サラミ食べたじゃない!私あれ嫌いなのよ。味が移るでしょ?!
だたら、嫌。」
それを聞いた白夜はニヤリと笑い、面白がって夕月を羽交い絞めにし、無理やり接吻をし、生気を奪った。
「・・・・サラミ臭・・白夜のバカああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
リュックを背負い、逃げるように走り出して去って行った。
そしてその後も、たまにこの温泉に入りにやっては来るが、自分から白夜の元にはいかず、白夜の方からやって来る事になっていたのだった。
白夜も、わざわざ気を貰いに神域まで行かなくてもいいので、夕月が来た時には、たっぷりと吸収をしていたのだ。
夕月にとっては、いつもの日常の光景だったし、白夜にとっても、ただ餌を貰う手段に過ぎなかった。
それがある日、ただ餌をくれる人だけと言う感情だけではない事に、気が付く事が起きた。
定期的に温泉に来ていた夕月の体から血の匂いがする。
その傷はどうしたのかと聞くと、何でもないとしか言わない。
どうやら腕を少し切っているようだ。
その傷で湯に浸かるとしみるという事で、白夜が傷を治してあげる。
そんな事が数回あった頃、いつも来る間隔で夕月がやって来ない。
人間の事などどうでもいいと思っていた白夜だったが、これだけ姿を現せないと流石に心配になってきた。
とうとうその痺れも切れ、白夜自ら山を下りて夕月の様子を見に行く事にした。
人には見えぬ妖狐の姿で空を駆け、晴明の屋敷に向かう。
屋敷には結界が張ってあったが、白夜は問題なくそこを通り抜けた。
夕月の気配を探すが、気配はあるものの姿は見えない。
しかし、その気配もかなり弱まっている。
これは何かあったに違いないと思い、気を集中させた。
人間の声が聞こえる。
話しの内容をよく聞いてみると
「晴明様が帰って来るのは明日だったよな」
「あぁ。」
「しかしあいつも強情だよな。素直に屋敷を出てけばいいものを」
「まったくだ。あそこまでやられて出て行かないとは、いい根性してるな」
「あいつはまだ牢の中なのか」
「あぁ。飯も与えてないんだってよ」
「あれから何日たった」
「五日は経ってるな」
「死んだらやばくないか」
「そう簡単に死ぬたまかよ」
話しの内容を聞いた白夜は、ワナワナと震えた。
あの傷はそういう事だったのかと、殺意さえ覚える。
その殺意が白夜の妖気となり、屋敷中に広がる。
修業中の陰陽師にさえ、その妖気の凄さは感じ取られた。
「なんだこの妖気は!!」
「物の怪だ!物の怪が入って来たぞ!!退治しろ!」
一斉に陰陽師たちが庭に集結をする。
しかし、目の前に居るのがあの大妖怪の白狐だと気が付くと、陰陽師たちは恐れをなし、尻込みをしはじめる者達も出始めた。
「貴様ら・・・夕月に何をした!夕月は何処だ!」
物凄い剣幕でこちらを睨み、手には狐火が渦巻いている。
あんな物がまともに当たれば、こちらの命の保証が無いと判断した陰陽師が、夕月が囚われていると思われる場所を指さす。
白夜が手にしていた狐火を、陰陽師たちの足元に投げつけ、牢に駆け付けた。
牢の中には、ぐったりと横たわっている夕月の姿がそこにあった。
牢を破り、横たわっている夕月をそのまま抱きかかえ、屋敷を出ようとした時、晴明が一日早く帰って来た。
「これは一体何事ですか」
「晴明様!白狐が・・白狐が!」
「晴明。お前は何を見ている。夕月は俺が貰う。いいな。」
白夜は、それだけ言うと夕月を抱きかかえ連れて行ってしまった。
晴明が屋敷に残っていた者達に事情を聞き驚いた。
自分が不在な事を良い事に、内弟子達が夕月に暴力をふるっていた事。
風呂の栓をわざと抜き、風呂にも入れていなかった事。
歯向かわないのを良い事に、牢に入れて食事も与えていなかった事など、今までの全てを聞いた。
しかし、今すぐに動くのは得策ではないと考え、少し日を置く事にしたのだった。
その頃、夕月を連れ帰った白夜は、必死に夕月の看病をしていた。
しかしここには、人間が食べるような食べ物は、木になっている果物くらいしかない。
今の白夜に出来る事といえば、夕月の傷を治してやる事しかできない。
夕月の傷を治し、身体を綺麗に拭いて、その体を包み込むように抱きしめ、一晩を過ごしたのだった。
朝になると夕月は気が付き目を覚ました。
しかし、起き上がる体力は残ってはいないようだった。
そこで白夜は一大決心をし、夕月を抱いたまま里に下りていく。
一番近い民家のドアを開け、その住人に食べる物を分けてくれるように頼んだ。
するとそこの住人は、夕月の事を知っているようで、快く食べ物を分けてくれ、その場で白夜はおかゆを夕月に食べさせた。
その住人が言うには、この辺りの人達はみな、夕月に世話になっているので、どこの家に行っても食べさせてもらえると教えてくれた。
その言葉通り、どこの家でも、夕月の姿を見ると、快く食べ物を分けてくれたのであった。
三日ほどそんな事を続けていると、夕月もだいぶ回復をし、普通に生活が出来るようになる。
白夜としては、このままここに置いても良かったのだが、屋敷の方に荷物も置いてあるので一度帰りたいと夕月が言い出した。
そこにタイミングよく晴明が現れたのだった。
「何をしに来た。晴明」
白夜は晴明を威嚇する。
すると晴明は、妖狐である白夜に頭を下げ、自分の監督不行届だったと詫び、夕月の介抱をしてくれた事に対し、十分にお礼を言った。
しかし白夜の怒りが収まる事はなかったのだ。
白夜自身も、自分が何に対して怒っているのか、分からなくなっている。
夕月を傷つけた、あの陰陽師たちに怒っているのか。
それとも、その事態に気が付かないでいた晴明に対して怒っているのか。
いや、自分から夕月を取り返しに来た晴明を怒っているのかもしれない。
どれに対して怒っているのか、今はもう分からない。
たぶん、全ての事に対して怒っているのだろう。
「妖狐よ。今しばらく夕月を私に預けてはくれぬだろうか。
この子にはまだ、やらなければならない事があるのだ。
そんなに心配ならば、屋敷まで夕月に会いに来ればよい」
「なっ・・!」
「本当?白夜の方から来てくれるの?嬉しい♡」
白夜は口をパクパクさせながら夕月を見る。
夕月は、何を期待しているのか、嬉しそうに白夜に飛びついて離れようとはしない。
そんな二人を見て、晴明がニヤリと笑った事は誰も気が付いてはいなかった。
◆ 半同棲 ◆
夕月が晴明の屋敷に戻ってからというもの、夜になるとほぼ毎日の様に白夜がやって来るようになった。
夕月が怪我をしてはいないだろうか、苛められてはいないだろうかと、内心では心配をしていたのだ。
晴明との夜回り修業は今も続いており、物の怪が出るという噂の場所に行っては、その真意を確かめ、退治をしていた。
勿論、白夜も夕月の後に付いて歩いている。
物の怪の姿が見える、他の陰陽師が見れば、卒倒しそうな光景だ。
稀代の陰陽師である安倍 晴明と、その稚児。
そして、稚児の後ろからは白狐が歩いているからだ。
今日の依頼は、宿場町の方で、男だけを選び、その生気を吸い尽くして干からびさせる妖怪が出没しているという噂だ。
たぶん女郎蜘蛛だろう。
この時期になると、繁殖のため度々出没をするが、ここまで被害を大きくした者は居なかった。
この悪質な女郎蜘蛛を退治するのが今回の依頼だ。
飲み屋が多く並ぶその道筋に、一人の女が立っている。
艶っぽい顔で、何かを物色するように、行き交う男を見つめている。
そして狙いを定めたのか、一人の男に声を掛けた。
男は酒が入っているのか、だいぶ気分がいいようだ。
二つ返事でその女に付いて行こうとする。
晴明たちがその様子を観察していると、人気の居ない路地へと消えて行ってしまった。
慌てて後を追う三人。
男が消えて行った路地裏へ行ってみると、女が男を襲っている。
今風でいえば、女の方が「壁ドン」スタイルで、男が逃げられないように固定をし、何処から生えているのか、もう二本の手で顔面を両側から抑えたかと思うと、生気を食らうために、
濃厚な口づけをして骨抜きにしている所だった。
そんな奇妙は生き物を初めて見た夕月は、いま目の前に居る者が妖怪だという事をすっかり忘れてしまい、
「えっ?!ええっ!?手が四本!?」
驚くところはそこかぃ!と、思わず突っ込みを入れたくなるような言葉を発するのだった。
その声に気が付いた女郎蜘蛛が、吸い付いていた男を離しこちらを見る。
途中までしか吸われていなかった男は一命を取り止めはしたものの、ぐったりと気を失いその場に倒れこんだ。
「お前は陰陽師か・・・おや?白狐が何故、陰陽師と一緒に居るのだ。
そうか。お前もとうとう人間の犬になったか」
馬鹿にするような、見下すような言い方で、白夜に向かいそう言った。
白夜は、人間より嫌いな犬と言われ、ワナワナと震えだす。
「誰が犬だ・・・ふざけんなよ!女郎蜘蛛の分際で!!」
狐火を手に灯し、それを女郎蜘蛛に投げつける。
青白い炎に包まれた女郎蜘蛛は、断末魔を上げながら、塵と化し消滅をしていった。
「ふん!誰が犬だ!誰が!」
まだ怒っているようだ。
この様に、白夜が一緒に見回りに参加をしていると、勝手に妖怪を退治してしまう事が多々あり、晴明と夕月の仕事がかなり楽になるのである。
「すっご~い!あっという間にやっつけちゃったわね。
でも白夜って・・・物の怪に対しては、この時代でも鬼畜だったんだね・・・」
「ふふん。」と、鼻で返事をするかのように答えるが、夕月に褒められ、満更でもなさそうな顔をしている白夜を、横で見ていた晴明がの顔が思わず綻ぶ。
『おやおや、この白狐はこういう顔をするんですね・・・』
などと思ったが、決してその言葉を口にはしなかった。
口にすれば、また怒り出すのが分かっていたからだ。
すると夕月が、先ほど女郎蜘蛛に生気を吸い取られていた男の元へ駆け寄っていき、生死を確認する。
「あの~、晴明様。この人まだ息がありますけど、どうします?」
「放っておきなさい。そのうち目が覚めるでしょ」
「でも・・・」
「男の介抱などしても、何も良い事はありませんからね」
ボソリとそう呟いた。
『うっわぁ~・・・晴明様も意外と鬼畜・・・・』
夕月はこの時、男性の表と裏の顔を見た気がした。
頼まれていた依頼も終了し、家路に向かっていた時、宿場町の外れで道端に倒れこんでいる女の子を見つけた。
行き交う人々は、誰もその女の子の事を気にはしていないようだ。
よく見ると、その女の子を踏んで歩いている者もいる。
「あれは・・・」
「「座敷童だな(ですね)」」
晴明と白夜が同時に答えた。
座敷童と聞き、夕月は修学旅行で泊まった旅館の事を思い出した。
あの座敷童は自分の事を知っている様子だった。
もしかしたら、この時代であの座敷童に、どこかで出会っていたのかもしれないと。
道筋を、行き交う人の間をかき分け、倒れている座敷童の元へ行き、その体を抱き起すと、やはりあの時に会った座敷童の顔だった。
「私この子知ってるかも・・・。
ねぇ、あなた。どうしてここで寝ているの?」
状況的に見て、寝ているわけではなく、行き倒れだと思うのだが・・・。と、晴明と白夜は顔を見合せて、ガックリと肩を落とす。
「そいつは寝てるんじゃなくて、行き倒れだ」
「えっ?なんで?!普通、座敷童って家に付く妖怪なんじゃなかったっけ?
なんで行き倒れなんかになるの?」
「そいつの住んでた家に、なんかあったんだろうよ」
白夜はそんな事はどうでもいい。興味が無い。と言った風に答えた。
「でも、座敷童って、住む家がなくなっちゃうと、消滅するんじゃなかったかしら」
「その通りですよ、夕月。その座敷童はもう長くは持たないでしょう」
晴明が答える。
それは可愛そうだと、夕月が座敷童を抱きかかえて、晴明の屋敷まで連れて帰る事にした。
座敷童を連れて帰ると、自分の布団に寝かせ、この子も妖怪だと言うのなら、自分の「気」を分けてあげられないものかと考へ、軽く口づけをし、「気」を与えてみた。
すると、薄くなりかけていた座敷童の体が、元通りになったではないか。
「やっぱり思った通りだわ」
夕月は嬉しそうに、座敷童の顔を撫でながら見守っている。
しかし、側にいる白夜は少し面白くないという顔をしている。
「白夜。何怖い顔してるのよ」
「この顔は生まれつきだ、馬鹿女」
夕月は、「はぃはぃ」と言うように、また視線を座敷童の方へ戻し、小さなその手を握る。
「おぃ・・・。言っとくが、そいつは男だぞ」
夕月は驚き、何かを考えている。
『・・・妖怪って・・・美形しか存在しないのかしら・・・。』
考える処の視点が、人とはちょっと違う夕月であった。
この日はもう真夜中という事と、いくら子供で座敷童だとは言っても、男と二人っきりの部屋に寝せる事が嫌だったのだろう。
白夜も今晩はここに泊まる事にした。
狭い布団の中に、左から座敷童と子ぎつね化した白夜に、夕月だ。
ギュウギュウである。
『せ・・・狭い・・・』
夕月は苦笑いをしながら眠りについた。
日が昇る頃、例の陰陽師が嫌がらせをしに夕月の部屋まで来た。
戸を開けるなり、いきなり汗臭い着物を寝ている夕月の布団の上に投げつける。
「おぃ。いつまで寝てるんだ!これ洗っとけよ」
その煩い声と、臭い着物の臭いで、白夜が目覚め、夕月の布団の中から、その姿を現す。
「臭ぇんだよ。夕月が寝てるだろ。失せろ」
そう言いながら、子ぎつねから元の大きさの妖狐の姿を取る。
「うっ・・・うわぁあああぁああぁぁぁぁ」
腰を抜かし、這うように逃げ出すへっぽこ陰陽師であった。
「なに?何かあったの・・・?」
「なんでもない。まだ寝てろ」
「・・・うん。」
また寝息を立てて眠ってしまった。
一方、夕月の部屋で白狐を見たと、さっきの陰陽師が言いふらしている。
修業中の陰陽師達は、夕月が白狐に取り付かれているとか、操られているなどと、根も葉もない事を、いかにも真実かの様に話を広めた。
今までにも白夜は、この晴明の屋敷に度々来ていたが、朝まで居座っている事などはなかった。
しかし今回は、妖怪が一匹増えているというおまけ付だ。
妖怪と言っても小さな子供の座敷童なので、陰陽師達は見て見ないふりをしていた。
しかし、この座敷童が居ついてから、今まで夜にしか現れなかった白狐が、昼間も居る回数が増えた。
夜、少しの時間ならまだ我慢も出来たが、日中までその姿を拝まされると、生きた心地がしなかった陰陽師も中にはいたのだった。
先ほどの、意地悪な兄弟子がその一人だという事は言うまでもない。
しかしある時、事件が起こった。
この京都の町で神隠しが頻繁に起こるようになったのだ。
神隠しに会うのは、十五~二十歳までの女に限られており、それも美人だと有名な女ばかりだ。
かどわかされる時間帯もバラバラで、日中連れ去られる事もあれば、夜中に家屋敷に忍び込み連れていかれる事もある。
その事件の原因を追究する為、宮中の名だたる陰陽師に依頼があった。
当然この安倍 晴明にも依頼が来ることとなる。
晴明は、昼夜問わずに城下町周辺を警戒せよと、門下生の陰陽師達に通達を出す。
夕月も町に行った際には、慎重に辺りを見回し、怪しい気配が無いかを探っていた。
夕方、日が沈むと同時に深山から白夜がやって来る。
晴明の屋敷には結界が張ってあるので、野党は入って来ても妖怪の類は入って来られない。
妖怪の方にしても、陰陽師の屋敷に入り込むという事は、自殺行為に等しい。
神隠しを手引きしている者が物の怪ならば、陰陽師達に任せておけばいいが、それがもし人間だとすれば、陰陽師ごときでは歯が立たないだろうと踏んで、日が沈む頃を見計らい白夜がやって来るのだ。
そして、日が昇り、辺りが明るくなるまで、夕月の側から離れないという、半同棲生活の様な日常であった。
また、この半同棲生活には利点があり、朝夕に行う、日に二回に渡る白夜への生命エネルギーとなる「気」を送り込む時に、部屋の中でそれをすれば誰にも見られないので、辺りを気にすることなく「気」を与えられる。
それに、夕月にしても、白夜が側にいると言うだけで安心をし、最近では元の世界に戻れなくてもいいような気さえしてきていた。
それでもこの二人、時々派手な喧嘩をする事もしばしばあった。
それも本当に些細な事でよく喧嘩をしている。
この間も、後で食べようと取って置いたミカンを白夜が食べてしまい、それで怒っていた。
「白夜、私のミカン食べたでしょ」
「知らねぇな」
「じゃあ、その顔に付いてるミカンの汁は何?」
「えっ?!」
思わず顔に手をやる白夜だった。
「ほら見なさい!やっぱり食べたんじゃないの!」
「てめぇ・・・騙したな!?」
「騙してないわよ!カマをかけただけよ!」
「それを騙したって言うんだよ!屁理屈を言うな!」
「なによ!何よなによ!!悪いのはそっちじゃない!!!」
そう言うと、白夜の弱点ともいえる尻尾をギュッと力いっぱい握り絞める。
「痛ってえぇぇ!!」
「ふんっ!」
周りで見ている者の方がハラハラする。
白狐が本気で怒り暴れだしたら、この屋敷などはひとたまりもないだろう。
何時そんな事態が引き起るか、心中は穏やかではなかった。
「たかがミカン一つでがたがたと煩いんだよ!
分かったよ。もう来ねぇよ!」
そう言い残して白夜は山に帰って行ってしまった。
それからしばらく白夜の姿を見ることはなく、少し寂しい夕月だった。
白夜が来なくなってから何日が過ぎただろうか。
晴明が仕事で屋敷を空けていたある晩の事である。
屋敷の中からガタゴトという物音と共に、陰陽師達の呪文の声も聞こえてくる。
何事かと夕月も部屋から出て、様子を見に行くと、そこに居たのは大きな烏天狗と無数の物の怪達だった。
夕月も応戦する為、呪文を唱える。
「臨める兵闘う者、皆陳列れて前に在り 臨兵闘者皆陣裂在前 急急如律令!」
この一撃で雑魚妖怪は一掃した。
並の陰陽師達が束になってかかっても、次から次へと湧いて出てきていた者が、夕月の一撃で綺麗さっぱりと居なくなってしまったのだ。
今まで夕月の、本当の実力を知らなかった者達は、驚きを隠せない。
年端もいかない様な子供が、一人でやっつけてしまったのだから無理もない。
残すところは親玉である烏天狗のみとなった。
夕月が一人、前に出て烏天狗と話をしはじめる。
「貴方、いったい何をしにここへ来たの?」
「勇ましい小娘だな。お前みたいなやつは嫌いじゃねぇ。
俺の嫁になれ」
いきなり妖怪に求婚をされた。
「お断りします。貴方、趣味じゃないのよね」
「はっはっはっ。面白い小娘だな。気に入った。」
有無を言わさず、夕月を肩に抱え、夜空に向かい飛んで行ってしまったのだ。
呆気にとられ、事の成り行きを見守る事しか出来なかった陰陽師達は、朝までかかり屋敷の掃除やら修繕をしていた。
次の日、久しぶりに姿を現した白夜が、その荒れ果てた屋敷の様子を見て愕然とする。
近くに居た陰陽師を捕まえ、何があったのかを聞き、その全貌を把握したようだった。
「おぃ、お前ら。これから俺が言う事を晴明に伝えろ。
連日の神隠しの犯人は、鞍馬の烏天狗だ。
奴は若い女を連れて行っては嫁にしている。
そして、用が済んだらそいつらを殺し、その血肉を糧として生きてるやつだ。
奴だけなら俺一人でもなんとかなるが、他にも女が何人も居るんじゃ、他の奴の
命の保証は出来ない。
そう伝えろ。」
それだけ言うと白夜の姿は消えてしまった。
7話終了
◆ 烏天狗の嫁 ◆
烏天狗が住みかとする鞍馬山に連れてこられた夕月。
山の中にある洞窟のような所に連れてこられ、奥の方に進むと十数人の女の人達が座っていた。
洞窟の中に外の光が差し込まないので、奥に行けばいくほど暗い。
光の代わりになっているのが、一つだけ灯されている松明だった。
「大丈夫?怪我はない?」
優しく声を掛ける夕月。
その声に少し安心をしたのか、泣き出す人も居た。
さっきの烏天狗とは違う、別の烏天狗がやって来て、女たちの前に、殺したばかりと思える野ウサギを放り投げる。
「飯だ。食え」
食べろと言われても、生で食べる勇気はない。
それに、夕月は肉が嫌いだ。
他の女の人達も、お腹が空いてはいるものの、生肉は食べる勇気が無かったようだ。
そこで夕月は、ウサギを調理したいから、何か切る物とかまどが欲しいと訴えた。
「はぁ?肉は生が一番旨いんだよ」
そう言われ、話を取り合ってはくれない。
いくら夕月でも、道具無しで動物を解体する事など不可能なので、どうしたものかと思案していると、夕月を連れて来た天狗集落の若頭らしき人物がやって来て、女の人全員外に出るようにと言う。
外に出されると、そこには大勢の烏天狗たちが立っていた。
出て来た女の人の中から、好きな者を選んで連れて行ってもいいと言い出す若頭。
烏天狗達は喜び勇んで、各々好みの女性を選んで連れて行く。
最後まで残っていたのが夕月だったが、若頭が夕月の腕を掴んでいたため、誰も手を出そうとは思ってはいなかったようだ。
女の人達は、各々の塒(ねぐら)へと連れていかれ、そこでは手籠めにされるか食われるかの二社一択しか用意されていない。
妖怪の慰み物になるくらいなら食べられた方がましだと、自ら懇願をする者さえいたほどだ。
夕月もどちらかを選べと言われたが、どちらも嫌だと断る。
「お前は自分の立場が分かってないようだな」
「分かってるわよ。でもね、ついさっき会ったばかりでいきなりはないんじゃないの?」
他の人間と違い、夕月は烏天狗を怖がったりはしなかった。
その気の強さが気に入ったのだろうか、若頭は夕月に興味を引く事になる。
「お前、人間にしておくのはもったいないな。
俺たちの仲間にならないか」
「お断りします」
「そうつれなくするなよ」
何故か楽しそうに会話をする烏天狗の若頭だった。
「そうか。この姿だから嫌なのか」
烏天狗は妖力で人型を取る。
「これならどうだ?どこから見ても人間だろう」
黒髪が良く似合う美形の青年になった。
妖怪という者は、みんな美形なのだろうかと夕月は心の中で密かに思っていた。
白夜だって人型を取ればかなりの美形だ。
それはもう、嫉妬をするくらいの。。。
「いくらかっこよくてもねぇ~・・・・」
「ほぅ。格好は良いんだな。なら問題はないはずだ」
いや、大有りだと思う。
いくら見かけがよくても、所詮は妖怪。
妖怪と人間の夫婦などはあり得ない。
そう思っていたが、ふと、自分と白夜の事を思い出す。
『そう言えば、白夜も妖怪だっけ・・・忘れてたけど。。。』
「ごめんね、烏天狗ぅ。やっぱり私には無理だわ。
別にね、本当に好きな相手となら、結婚する事は嫌じゃないのよ。
それが例え妖怪だったとしてもね。
でもね、私は貴方の事をそういう対象には見てないの。
だから、ごめんなさい。諦めてw」
夕月ははっきりと求婚を断った。
一夜明けた次の日、辺りから血の匂いが漂ってきた。
側にいた烏天狗の若頭に問いただすと、
「この匂いはまさか・・・」
「あぁ、誰かが食われたんだろうな」
やっぱり・・・と言う顔で更に問う。
「こんなに匂いを漂わせてたいら、そのうち獣も来るんじゃないかしら」
そう言った側から森の中がざわつき始める。
どうやら烏天狗の天敵ともいえる、妖狼族がやって来たようだ。
そこら辺から雄叫びが聞こえ始めた。
「チッ!めんどくさい奴らが来たな」
若頭は合図をして、昨日連れて行った女達をここに連れてくるように指示をだす。
次々に女達を連れて烏天狗が集まってくる。
女達は一か所に集められ、そこに見張りの烏天狗が十名ほど配置され、残りは若頭と共に飛び立って行ってしまった。
ほどなくして、そこら中から断末魔の様な叫び声が聞こえ始めた。
やられたのは妖狼族なのか、それとも烏天狗の方なのか、ここからは何も見えない。
その無数の断末魔に怯え、泣き出す女の人達が続出した。
警護に当たっている烏天狗もイライラとしだし、煩いから洞窟の中に入れと言われる。
とりあえず洞窟の中で待機をしていると、入り口の方からバサバサという羽の音が鳴り響いてきた。
どうやらここまで妖狼族がやって来たようだ。
夕月は入り口付近まで様子を見に行った。
烏天狗と妖狼族が乱戦状態になっている。
しかし、どう見ても烏天狗の方が分が悪そうだ。
もし烏天狗が負ければ、今度は自分たちが標的になる事は明白である。
どうしようかと考えていると、一人の妖狼族が洞窟の中に入って来た。
夕月はとっさに呪文を唱える。
「臨兵闘者皆陣裂在前 六根清浄 急急如律令!」
中に入って来た妖狼族を消し去った。
外に出てみると、烏天狗と妖狼族が居なくなっていた。
たぶん、さっきの術の巻き添えになったのだろう。
洞窟の中に居る女の人達を安心させるために、自分は陰陽師だから心配はするなと言葉をかけると、その言葉に少し安心したのか、泣き止む者もいた。
8話終了
◆ 別れ ◆
森の中では相変わらずの乱戦状態の様だ。
だが、その音がだんだんこちらの方に近付いて来ている。
しばらくすると、一匹の烏天狗が血だらけになりながらこちらにヨタヨタと飛んできた。
「逃げろ!早くこの場から逃げるんだ!妖狼族が来るぞ!!」
そう言うと烏天狗はこと切れてしまった。
女達は一斉にその場所から逃げ出した。
しかし、少し遅かったようだ。
目の前に妖狼族が数名立ちはだかっている。
『この人数ならやれる』
そう思った夕月は臨戦態勢に入る。
「美味そうな女が沢山居るな」
妖狼族はニヤニヤとしながら舌なめずりをした。
「臨める兵闘う者、皆陳列れて前に在り 臨兵闘者皆陣裂在前
急急如律令!!退魔爆風!」
― バーン ― という爆音と爆風が辺りに鳴り響く。
さっきまで居た妖怪達は影も形もなくなった。
夕月は肩で息をしながら胸をなでおろす。
高度な呪文を使うほど体力が消耗する為、大技はなるべく出さないようにしたいのだが、今はそれを許してはくれないようだ。
次々に妖狼族がやって来る。
夕月は、女の人達を守る為、大技をかまし続けた。
そこに烏天狗達がやって来て、追撃をする。
何ともおかしな風景だが、知らない人が見れば、妖怪と陰陽師が力を合わせて戦っているようにも見えるのだった。
なんとか妖狼族を退治する事が出来た夕月と烏天狗達だったが、大勢の烏天狗が負傷をしていた。
夕月は、いくら妖怪とはいえ、深い傷を負っている烏天狗を見捨てるわけにもいかず、残っていた力で治癒を施したのだった。
怪我を治してもらった烏天狗達は大喜びをしたが、若頭は何か一人で考えているようだ。
「おぃ女。仲間を助けてもらった礼を言う。何か欲しいものはあるか」
夕月は即答をする。
「私たちを里へ返して」
「それはできん」
「なら、彼女たちだけでも返してあげて」
夕月の巧みな駆け引きだった。
初めは全員返せと言う。
ダメだと言うのは分かっていた。
ならば、この中で一番使えそうな私が残ると言えば?
たぶん答えはイエスだろう。
実際そのような答えになった。
「いいだろう。お前は使えるから残れ」
その願い通り、女の人達は里へ返される事になったのだ。
その時、白夜が現れ烏天狗を襲ってきた。
「貴様・・・白狐か。何しに来た」
「夕月を返してもらおうか」
「なに?」
「白夜・・・・」
夕月が白夜の名を呼ぶ。
「ふん。悪いがこいつは俺の嫁だ」
烏天狗がそう言い切った。
「ちょっ!いつ、誰が貴方の嫁になるって言ったのよ!」
「ここに残ると言ったのはお前だろ」
「残るとは言ったけど、嫁になるとは言ってない!」
「どういう事だ。夕月」
白夜にはいまいち理解しきれてないようだ。
「囚われていた女の人達を返す条件で、ここに残る事になったの。ごめんね、白夜」
「ダメだ!俺と一緒に帰ろう。夕月」
夕月は泣きそうな顔でいやいやと顔を左右に振る。
今まで黙って見ていた周りの烏天狗が、白夜に向かい攻撃をしはじめてきた。
「止めてええぇぇぇぇぇ!!」
夕月はあらん限りの声で叫ぶ。
しかし攻撃は収まらない。
烏天狗と言っても、下っ端相手なので、白夜には手遊びくらいにしか感じなかった。
何匹か倒されたところで、若頭が白夜に向かい襲ってきた。
不意を突かれた白夜の対応が少し遅れる。
「危ない!!」
夕月は、言葉でいうより先に、身体が動いたようで、白夜の前に覆い被さり、その攻撃を一身に受ける事となる。
まともに食らったその攻撃で、夕月の体からは大量の血が流れ出す。
どうやら内臓のどこかが破裂をしたようだ。
みるみる血の気が引いていき、しゃべる事もままならない様子だ。
「夕月・・・夕月・・死ぬな夕月!!」
夕月の体を抱きかかえる白夜の手が震えている。
「・・・だ・いじょう・・ぶだ・・よ・・びゃく・・・や・・」
「大丈夫なわけないだろ!もうしゃべるな!」
白夜の目から、大きな粒の涙が零れる。
「びゃく・・や・・こ・・れ・・・」
夕月の手の中に握られていたのは、修学旅行のあの日、あの旅館で買ったお守りだ。
それを握りしめ、白夜に渡す。
「生き・・て・・・やく・・そ・・・く・・・」
白夜はその手をぎゅっと握りしめ、お守りを受け取り、そして決心をした。
唯一、夕月を死なせない方法が一つだけあるのを、白夜は知っていたからだ。
その方法とは・・・、「同筋」だ。
お互いを思い合い、愛し合っている者にしかできない同筋とは、妖怪が自分の心臓を相手となる人間に貸し与える行為の事を言う。
妖怪の心臓を貸された者は、多少の傷では死ななくなる。
貸された者の霊力が高ければ高いほど、その治りも早く、傷痕さえ残らないのだ。
そして、心臓を貸し与えた妖怪は、その人間の仕鬼となり、相手の寿命が自分の寿命となるのであった。
白夜は躊躇することなく、自分自身の心臓をえぐり、夕月の中に入れた。
入れた瞬間に、夕月の体を白い光が包み込み、白夜の腕の中から夕月の姿が消えてしまったのだった。
「夕月いいぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・・・」
白夜の声が森にこだまする・・・。
9話終了
◆ 白夜 ◆
血だらけの夕月が、白夜の腕の中から消えてから一週間が経っていた。
あれからずっと、白夜は夕月から貰ったお守り袋を握りしめたままだ。
深山に戻り、大木の幹に腰を掛け、力なく寄りかかったまま、動こうとはしない。
時折、手の中のお守り袋を眺め、天を仰ぎながらその涙に目を霞ませていた白夜だった。
「生きててくれ・・・・夕月・・・・・」
白夜は、自分がこの世に存在をする限り、夕月もまだ死んではいないと確信をしている。
しかし、あの深い傷を目の前で見てしまっては、弱い生き物である人間がそう長く持ちはしないと言う事も知っていた。
妖怪ではあるが、この時ばかりは神に頼りたくなっていたのだった。
稲荷の神にその事をお願いをしに行くと、稲荷神はある条件を出した。
「その願い聞き入れよう。ただし条件がある」
願いを聞いてもらえるのなら、どんな悪条件でものむつもりでいた。
白夜は二つ返事で即答する。
「夕月が生きてさえいれば、どんな条件でものむ。
頼む・・・夕月を助けてくれ」
それを聞いた稲荷神は、再び夕月に会うまでの間、自分の仕鬼として働くように言う。
それは、稲荷神の心遣いとでも言えよう。
普通なら、仕鬼という者は、主からしか「気」を貰えなくなる。
今までは、生きている者全てから「気」を摂取する事が出来たが、人や神に仕える仕鬼となると、それら以外の者から「気」を摂取すると、その「気」が体内に入った瞬間に毒と化し、その体をむしばんでしまうのだ。
唯一摂取出来るものがあるとすれば、それは、神の「気」しかない。
つまり、仕鬼の仕事をする代わりに、「気」を白夜に与えるという事らしい。
白夜は一縷の希望を託し、夕月に会うその日まで、時々、気まぐれに神の手伝いをするのだった。
あの日から、白夜は眠るのが怖い。
眠れば決まって悪夢を見るからだ。
自分をかばい、覆い被さる夕月。
その夕月の体から大量の血が流れる。
血の気が引き、しゃべるのもやっとの姿の夕月。
蚊の鳴くような、細い声の夕月。
最後の最後まで、自分の事を心配してくれていた夕月。
血にまみれ、か細い声で発した最後の言葉
「生き・・て・・・やく・・そ・・・く・・・」
この言葉が耳から離れない。
そして夕月が自分の腕の中から消えてしまう処で、いつも決まって目を覚ます。
目を覚ませば、必ずと言ってもいいほど、白夜の目からは涙が溢れていたのだった。
起きている時ならば、優しく笑いかける夕月の顔が浮かぶ。
自分が怪我をした時には、心配そうに顔を覗き込み、手当てをしてくれた。
些細な事で、怒って、膨れる可愛い顔が脳裏に浮かび、そして消える・・・。
そして何より、「白夜、白夜」と、自分の名を呼ぶ、耳触りのいい声が忘れられなかったのだ。
百年が経ち、二百年が経った頃、白夜は一つの希望をみいだした。
自分はいまだ消えてはいない。
つまり、夕月は何処かで生きているという事だ。
人間の寿命は長くても百年だろう。
その期限をゆうに超えたにもかかわらず、自分はまだこの世に存在をしている。
もしかすると、夕月は違う時代の人間だったのかもしれないと、白夜は思い始めていた。
その推測に希望を託し、白夜は待った。
長い、長い時を待ち、あれから千年が過ぎた。
時代も移り変わり、近代化を遂げたこの国を、ただ流されるように見て来た白夜。
そんなある日、あの懐かしい「気」を感じたのだった。
白夜の耳が動く。
白夜の鼻がその匂いを感じ取った。
「気」と匂いのする方向に飛んで行く。
そこは人間が病気になった時に行く建物だった。
窓の外から中を眺めると、生まれたばかりの小さな赤ん坊が居た。
匂いは少し違うが、まぎれもなくそれは夕月の「気」だった。
人間がその赤ん坊の名前をこう呼んでいる。
「夕月ちゃんは元気でちゅね~」と・・・。
やっと出会えた。
夕月だ。
白夜は嬉しさのあまり、自分でも気が付かないうちに、大粒の涙を流していたのだった。
何故、東京に居るはずの夕月が、ここ京都で生まれたかと言うと、実は、夕月の母親が京都出身であり、里帰り出産をしていたのだった。
しばらくは実家で子育てをしていたが、夕月が生まれて三か月ほど経った頃に、東京に戻る事になった。
白夜は、夕月が生まれてからずっと、その側を離れようとはしなかった。
しかし、もしこの地を離れる事になれば、稲荷神から「気」を貰う事が不可能になる。
だが、夕月の側に居る限り、夕月から零れ落ちる「気」のみでも、生存は可能だ。
いつも空腹状態ではあるが、死ぬ事はない。
なによりその事を、一番望んでいるのが、当の白夜自身であった。
新しい家族を連れて、家に戻った夕月の母親を見た、当時の宮司(夕月の祖父)は驚いた。
夕月の母親の後を付いて歩くように、白狐が付いて来ていたからだ。
その白狐は、殺気や妖気などは感じられず、神に近いような気が感じられる。
いったい何処で、どういう経緯で嫁に付いてきたのかと思いきや、その白狐は、赤子の側を離れようとはしなかった。
赤子の顔を舐めたり、自分の尻尾で赤子をあやしたりと、何かと世話を焼いているようだ。
宮司はその白狐の事が気にはなっていたが、なかなか話しかける事が出来なかった。
それでもある日、意を決して聞いてみる事にする。
「白狐様、貴方はいったい・・・何故この子の元へ・・?」
白夜は尻尾を少し振りながら、優しい目で答える。
「約束をしたからだ」
「この子と・・・ですか?」
「あぁ。遠い昔にな」
「この子はいったい・・・」
「夕月は俺の・・・主だ」
驚いた宮司だったが、目の前の現実を受け入れるしかなかった。
月日も経ち、夕月が歩き回るようになる。
白狐の姿では守り切れなくなってしまう白夜が、次にとった行動が人型の半妖スタイルだ。
これならどんな危険からも守ってやれる。
転びそうになれば、その体を支え、いたずらをして火傷をしそうになった時は、自分が盾となり守る。
今ではそんな光景が当たり前の様に繰り広げられてはいるが、人型を取ったばかりの頃は、その姿を見た家の者達が驚いた。
いきなり中性的で美形の少年が現れ、しかも、その頭には耳があり、お尻には尻尾まで付いていたのだから。
その少年の正体が、夕月の仕鬼であることを知り、更に驚く。
神社に住む家族と言うだけ会って、仕鬼が神に近い存在だという事は、みんな知っている。
家の者はみな、白夜を敬い失礼のないように接していたのだが、夕月だけは違っていた。
物心つく前から一緒に居るので、いい遊び相手になっていたのだった。
耳にじゃれ付くのはまだいいが、夕月がかんしゃくを起こして、白夜の尻尾に噛みついた時には、家の中に居たみんなが、流石に凍り付いたようだ。
それでも白夜は、その痛みが嬉しかった。(決してマゾではない。)
夕月が側にいる。
この痛みも、自分が生きている証の痛みであり、また、共に生を歩いている証拠でもあるからだ。
しかし、尻尾を握られたり噛まれたりするのは、白夜にとってもくすぐったくてしょうがない。
ここは思い切って、完全なる人型を取る事にした。
人間嫌いだった白夜が人間のふりをするという事は、今までに無かった事だ。
激減りでは無いが、いつもお腹を空かせていた白夜。
「気」の摂取の仕方は知っている。
しかし、まだ三歳にもならないこの夕月から「気」を貰う事は出来なかった。
摂取した「気」の量により、夕月を殺してしまうかもしれないからだ。
そんな時は、気休めに人間の食べる物を食べていた。
ある日ミカンを食べていると、夕月がそれをジッと見つめて、白夜が口に入れたミカンを噛みつく様に、白夜の口元から奪い取ってしまった。
その一瞬の間だったが、それだけで白夜のお腹は膨れたのだった。
その時から白夜は、二度とお腹を空かせることはなかった。
更に時が過ぎ、ついにあの日がやって来る。
修学旅行三日目、晴明神社前でのあの光景だ。
「臨兵闘者皆陣裂在前!破邪退魔!!」
夕月の呪文に合わせ、白夜の黒鋼が物の怪を切り付ける。
親芋虫は粉々になり塵とかした。
しかし、数匹残っていた子芋虫が再び夕月に向かい襲ってきた。
とっさに避けようとした夕月だったが、バランスを崩し、段差を踏み外してしまう。
白夜が子芋虫に、狐火を放ち焼き殺し、夕月の方を振り向くと、段差から落ちた夕月の足元から白い光が湧き出ており、あっという間に夕月の体をその光が呑み込んでしまった。
「夕月いいいぃぃぃぃぃ!!!!!!」
白夜は力なくその場に座り込んだ。
夕月が消えた。
あの時と同じように、自分の目の前から消えた・・・。
助けられなかった・・・。
そのもどかしさと悔しさで、白夜はコンクリートの道路を力一杯叩くのだった。
「くそっ・・!クソッ!!クソオオォォォォ!!!!」
辺り一面にその声は木霊をした。
10話終了
◆ 帰還 ◆
白夜は漠然としてその場に座り込んだまま動かない。
そこに消えかかっていた晴明の霊魂がやってきて、白夜に語り掛ける。
「白狐よ。お前はまだ消えてはおらぬだろ。
それが何を意味するものか分かっておるな。」
白夜は黙って聞いていた。
「それが答えだ。約束したのだろ。あの者と」
白夜はハッと我に返る。
確かに自分はまだ消えてはいない。
という事は、夕月はまだ生きている。
何処で?
千年前のあの時か?
いや違う。
あの後、夕月は大けがをして死にそうになっていた。
なら・・・戻ってくる・・・・?
もし夕月がこの時代に再び戻って来るのならば、一刻も早く見つけ出し、傷を治してやらなければならない。
その為には、俺は、今この場所を離れる事は出来ない。
そう思った白夜は、行方不明という事にして、人型を解除し白狐の姿に戻った。
この姿の方が人の目には触れず、行動範囲も広まり、小回りもきく。
毎日、毎日、晴明神社の前で、夕月が戻って来るのを待っていた。
自分が消えて居なくならない限り、夕月はきっと生きていると・・・。
待ち続ける事一週間。
その時が来たようだ。
夕月が消えた時と同じように、路面に白い光が包み込む。
その光が消えると、そこには夕月の姿があった。
千年前、消えた時に着ていた着物とは違う。
夕月は、一週間前に消えた時と同じ服装をしている。
血で服が汚れているという事もない。
しかし、この夕月は確かにあの時代から戻って来た夕月だった。
その証拠に、チラリと見えた夕月の胸元には、白夜との、同筋の印とする、真紅に染まる星型の様な痣が浮かび上がっている。
人型になった白夜は夕月を抱きしめ、その鼓動と息遣いを確かめるのだった。
「生きている・・・良かった・・・」
ホッと胸をなでおろす白夜の背後に、稲荷神の気配がした。
振り返りその姿を確認すると、
「白狐よ。我は約束を果たした。
後はお前しだいだ。」
白夜はお礼を言い、すぐさま夕月を病院に連れて行った。
検査の結果、怪我などはしておらず、身体は無傷な状態だ。
しかし、衰弱が激しいようで、点滴などの治療を受けるが、三日ほど眠ったままで、目を覚ます気配が無い。
夕月の目が覚めたのは、こちらに戻って来てから四日目の事だった。
目覚めた夕月が最初に言った言葉は。
「白夜、泣かないの・・・。
生きていてくれて・・・ありがとう・・」
で、あった。
この後二人は、いつもと同じような日常を過ごしたが、ただ一つ違っていたのが、夕月の霊力で、本来仕鬼として仕える為の白夜の力を、同筋をしたことにより、最大限に引き出せる能力を身に着けた事だ。
夕月と白夜も相変わらず仲がいい。
この二人を見ていると、ほのぼのとした気持ちになってくる。
いつか、この二人の子供が見られるかもしれない。
などと言う、淡い夢を見てしまう者も数名居たが、それが叶うかどうかは神のみぞ知る。
と言うところだろう。
そして、現代の陰陽師として、これからも夕月は活躍し続ける事だろう。
― 完 ―
8888…
良かったです(´∇`*)
夕ちゃんの素直な可愛さと
白夜君の一途だけど
素直になりきれない
ひたむきな愛情が良かったv
ほんわかできました
勝手ながら次回作も
楽しみにしています(_ _*)
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