雲 2014-08-18 15:57:06 |
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ようやく斜面を登りきると、そこには生徒から連絡を受けた先生と保険医の先生が、どうやってこの斜面を下りて助けに行こうかと相談をしているところだった。
優樹菜を背負い急斜面を登ってくる海藤 新に気が付いた先生は、手を伸ばし二人を引き上げた。
「怪我はないのか?」
「はい。僕は何ともありません。
でも、相模さんが足を痛めたようなので診てもらえますか?」
息を切らしながらそういうと、背負っていた優樹菜をそっと地面におろし、手当てを受けさせる。
幸い軽い捻挫と打撲の様なものだけで、他に怪我は見当たらないようだ。
宿泊施設まで先生が優樹菜を背負って下りると言ったが、優樹菜はこれをかたくなに拒否した。
「先生、僕がおぶっていきます」
「いや、でもな・・」
「僕なら平気ですよ。相模さん軽いから」
「それじゃ海藤に頼むか・・・」
再び新の背におぶわれる優樹菜だった。
「相模さん・・・顔を見られたくないんでしょ?
だったら僕の背中に伏せてるといいよ。
そうしたら誰にも顔は見られないから」
優樹菜にだけ聞こえるような小さな声でささやいた。
優樹菜は新たに言われたとおりに、新の背中に顔を伏せ、少し震えてはいたものの、恐怖心は全くなかった。
宿舎に帰ると数人の女子達が二人の帰りを待っていた。
二人の帰りというか、厳密には海藤 新の帰りを待っていたという方が正しいだろう。
「海藤君、大丈夫なの?怪我とかしてない?」
「僕は大丈夫だよ。でも相模さんが怪我してるから、そこ通してくれるかな?」
女子達の間を通り抜け、優樹菜を部屋まで送って行く時に
「ちょっと、なんで相模さんなのよ」
「あ~ぁ・・・私が怪我をすればよかった・・・
そうすれば今ごろ海藤君に背負われてるの私だったはずなのに・・・悔しい~」
「ちょっ!見てよあれ!背中にしがみ付いてるわよ!?」
「相模のくせに生意気よね・・・!」
いらぬ所でいらぬ嫉妬心を買ってしまった。
その日から優樹菜には、女子達の陰湿ないじめが始まったのだ。
怪我の手当てをして部屋に戻った優樹菜に、誰も声をかけようとはしない。
それどころか、誰もいない、空気の様な扱いを受けていた。
優樹菜の横を通る時は、わざとぶつかってみたり、食事の時もわざと水をかけたりと、小さな事ではあったが確実に苛めていた。
周りの女子達も見て見ない振りをし、男子達は嘲笑っている。
不思議なもので、これが可愛い子なら男子も助けるだろう。
しかし、根暗なうえに可愛くなければ誰も助けようとはしないのが現実だった。
助けた所で何のメリットもないのだから。
可愛い子なら、助けた後に恋心が生まれ、そのままお付き合いという美味しい設定も夢見るだろうが、ブスと付き合っても腹下しをするだけだという事を、本能的に知っているのだった。
へたに関わりを持って、行為などもたれたものなら後がめんどくさい。
なら知らない顔をして関わらなければいいと、遠巻きに見て笑って見ているのだった。
女子の方は、かっこいい男子も好きだが、可愛い男子も好きだ。
海藤 新は、後者の可愛い系の男子だった。
背も164cmとまだまだこれから伸び盛りで、長い髪のかつらでもかぶせれば、どこからどう見ても女の子になる。
そんな顔立ちだ。
物腰も柔らかく、男女問わず差別をしないで優しいその態度には、男子にも隠れフアンが居るほどだった。
―― ドンッ ――
「あら?いま何かにぶつかった?」
「えぇ~?何にもないじゃない。気のせいじゃない?」
優樹菜は小さなため息を一つついた。
「ハァ~・・・・」
優樹菜にとってこれぐらいの事はどうでもいい事だった。
昔のあのおぞましい出来事に比べれば、とるに足らない事だったからだ。
毎日のように、知らない大人の男に後をつけられ、隠れて写真を撮られ、どこかへ連れ去ろうとする気持ちの悪い男たちに比べれば、こんな事は可愛いものだった。
オリエンテーションの間、無視し続けられ、嫌がらせをされたが、それも今日で終わりだ。
帰りのバスの中で安堵していると、窓側に座っていた女の子が急に席を立ちあがり、網棚の上の荷物を取ろうとして優樹菜の治りかかっていた左足を踏んだ。
「つっ・・・・」
足首に鈍痛が走ったが、痛みをこらえ何事もなかったように振る舞うのだった。
バスが学校に到着し、ガヤガヤとしながら生徒たちが降りていく。
再度足を痛めた優樹菜は、みんなの迷惑にならないように、一番最後に降りる事にした。
左足をかばうように引きずりながら歩いていると、いつもなら人が見ていない所で隠れるように優樹菜を待ち、そっと護衛をするように一定の距離を保ちながら一緒に帰っている兄朔夜が優樹菜の方に歩いてきた。
優樹菜と朔夜が兄妹だという事を知らない同級生たちは、あこがれの先輩が何故こんな所に居るのか不思議だったが、いつもは上級生の女子達に囲まれ、近づく事さえ許されない状況なのだが、今日はその上級生達もいない。
キャーキャー言いながら、少しでも自分に自信がある子は、この状況を見逃すはずもなく、我先にと朔夜の元に近づいていく。
「せんぱ~い♡どうしたんですかぁ~?♡」
あっという間に女子達に取り囲まれてしまった朔夜だった。
「ちょっと迎えにね」
「えぇ~。迎えって誰をですかぁ~?♡♡」
質問攻めにしてくる女子達をかき分けて、優樹菜のもとに向かった。
「おい。足、どうした」
「えっと・・・くじいちゃった?」
「・・・・何故そこで疑問形なんだ・・・ハァ・・・」
朔夜は軽く自分の頭を掻きながら溜息をついた。
そして優樹菜の荷物を持ち、優樹菜をおんぶしながら学校を去って行った。
新だけではなく相模先輩まで・・・そう思った女子達の怒りは消える事を知らなかった。
しかしちょっと待ってほしい。
普通ならこの展開が来ると、同じ名字だという事で何か気づきそうなものだが、何故みんな気が付かないのだろうか。
同級生達は、変装している優樹菜しか見たことがないので、同じ名字であっても兄妹だとは気が付かないほど全く似ていなかったのだ。
新の事だけでさえあれだけの嫌がらせを受けたのに、この上相模兄弟とも親しいとなっては、来週からの学校生活が目に見えるように地獄絵図が浮かんでくる。
さあ、このピンチをいったいどう切り抜けるのか!
こうご期待!
って・・・これ続きがあるのだろうか・・・・?笑
家に帰ると、疲れを取るようにとお風呂が用意されていた。
ぬるめのお湯にゆったりと身を任せ、全身の筋肉と緊張を解きほぐす。
もちろん自宅にいるため、今は一切の変装は必要がない。
素の自分を見せても、誰も何も思わず、何も言わない。
毎日髪を三つ編みにしていると、だんだんと頭の芯が痛くなってくる。
それを開放した今は、なんと清々しい気持ちなんだろうか。
身体も心も軽くなったような気さえする。
お風呂から上がると、髪をドライヤーで乾かし、長いウエーブのかかった栗毛はふわふわとなびいている。
服装だって自由だ。
Tシャツに短パンというとてもラフな格好だ。
旅行鞄からお土産を取出し、説明をしながらみんなに配っていると、突然玄関のチャイムが鳴った。
インターホンで見てみると、そこには海藤 新が立っていた。
『なんで海藤君が・・?』
疑問に思いながら受話器を取る。
「はぃ・・」
「こんにちは。僕は相模さんのクラスメイトで海藤と言います」
「・・・あ、はい」
「あの・・、相模さんの足の具合はどうなんでしょうか・・」
「・・・えっと・・心配はいりません。大丈夫です・・・」
「・・・もしかして相模さん?」
「・・・あ、はい」
「あの・・・なぜ家を知ってたんですか?」
新は答えに少し詰まったが、正直に答えた。
「・・・・ごめん・・気になって後をつけてきちゃった」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」
思わず驚いてインターホンの受話器を落としてしまった。
「どうした!?優樹菜!」
朔夜が優樹菜に問う。
「えっとね、いま玄関にクラスメイトがきてるんだけど・・・」
「クラスメイトだと?いま母さん居ないしどうするかな・・・」
「私出るよ」
「その格好で出たらばれるだろ!」
「大丈夫だよ朔夜、海藤君は知ってるから・・」
「知ってるってまさか・・」
「崖から落ちた時に助けてくれたのが海藤君でね、その時変装が外れちゃって(てへっw」
「てへっ、っじゃないだろうが・・・まったく・・・」
とりあえず鍵を開け居間に通す。
居間に通され椅子に座るように促されるも、目の前の椅子に鬼のような形相で座っている、あの有名な相模先輩が気になってどうにも落ち着かない。
「お兄ちゃん!そんな怖い顔してたら海藤君が怖がるじゃない」
「えっ・・・お兄さん?」
「うん。私のお兄ちゃんよ」
海藤は思わず納得をした。
この兄にこの妹ありかと。
しかし何故こんなに可愛いのにあんな格好をさせるのかと、疑問に思う所もあるが、いまはそんな事を聞けない雰囲気だ。
気を落ち着かせるために、一つ大きな深呼吸をしてから優樹菜に聞いた。
「相模さん、足大丈夫?バス降りる時に引きずってたように見えたから」
「大丈夫よ。それでわざわざ来てくれたの?」
「うん、まぁ・・」
「用件が済んだのならもういいだろ?君も疲れてるだろうから帰ったほうが良いんじゃないか?」
朔夜が早く追い返そうとする。
玄関まで見送りに行った二人だったが、帰り際に朔夜が
「あ。君、海藤君とか言ったかな。
今日見たことは誰にも言わないでくれるかな」
「えっ?」
「言わないでくれるよな?」
何とも言い難いどす黒いオーラが朔夜を纏っているように新たには感じた。
「は、はい!誰にも言いません!」
不本意ながら優樹菜の秘密を知ってしまった新を含め、この奇妙な4角関係(?)が来週から始まるのだった。
月曜日、オリエンテーションの事もそうだが、その後の相模先輩との事も気になっていた女子達は、直接優樹菜に聞いてきた。
「相模さん、あなたと先輩ってどういう関係なの?」
「苗字が同じだけど、まさか親戚とか言わないわよね?」
「えっと、はい」
「マジで親戚なの?うっそぉ!?紹介しなさいよ!!」
「無理です」
「はぁ?!無理って何がよ!」
「朔夜は紹介とか嫌いますから・・」
「ちょっ!なに先輩の事呼び捨てにしてんのよ!生意気なのよ!相模のくせに!」
カッとなった女子に思いっきり頬を叩かれてしまった
―― バシンッ ――
優樹菜にとってやり返してひれ伏させる事などぞうさもない事だったが、事を荒立てたくはないという思いから、ここは大人しく引き下がっていた。
そのやり取りを見かねた新が
「やめろよ!殴ることはないだろ?!」
「だって海藤君、相模さんが・・・」
とっさに相手が悪いんだと言い始める女子達。
女の本能とは恐ろしいもので、いくら自分に非があったとしても、それを正当化し、悪いのは全部相手だと涙を流しながら訴え始めた。
「先輩の事を知ってるなら紹介してって言っただけなのに、絶対にいやだって・・・」
「そうよ。そうよ。私たちみたいな女の子には釣り合わないから無理だって言ったのよ?」
『私そこまで言ってない・・・嫌だとは言ったけど、絶対にとは言ってない・・・。
それに、釣り合わないからとも言ってないはず・・・。』
殴られた頬を手で押さえながら、うつむき溜息をついた。
「相模さん、頬が赤いよ。冷やしに行こう?」
その場から逃げるかのように、優樹菜を連れて水道がある所まで行った。
新は自分が持っていたハンカチを濡らし、それを優樹菜の頬にあて、優樹菜の事をじっと見ている。
「ねえ、なんで本当の事を言わないの?」
「昔色々とあってね」
「そっか・・」
それ以上深く追及する事が何故か出来なく、またいつか話してくれる日を待つことにした。
むかし、優樹菜が中学生の頃だった。
朔夜と紫音が優樹菜の兄だとバレたとたんに、いままで空気のように扱われ、誰も何も話しかけてこなかったのが、急に友達になろうとか言いだし、友達面をしては優樹菜の家に遊びに行こうとしつこく誘いをかけてきてた。
その度に断ってはいたが、一人だけいつもなにかと世話を焼いてくれる子がいて、授業でペアを組む時や班を作る時などは、必ず仲間に入れてくれていた子がいた。
優樹菜も少しづつその子に心を開きかけていたころ、トイレでその子と友達が話している会話を聞いてしまった。
「なんであの子の事をいつも構うの?」
「うふふ。だってあの子のお兄さんって、あの相模先輩なのよ?
仲良くなっておけばいつか家に遊びにおいでとか誘われるかもしれないじゃない?」
「うっわぁ~。あんたって結構計算高い女だったのね」
「何の得もないのに、あんな面白くもない子と一緒に居るわけがないじゃない」
それもそうね。あははは。と、嫌な笑い声が聞こえてきたのだ。
それからというもの、優樹菜は男子はおろか女子とも話さなくなってしまったのだった。
頬を冷やしながら新と一緒に教室に戻ると、机の上にチョークで『ブス しね キモイ』などと書かれていた。
さすがに中学時代にはこんな事はされてはいなかった。
なぜなら、そんな事をしたら兄である相模兄弟に筒抜けになるからだ。
しかし今は違う。
誰も優樹菜が相模先輩の妹だとは夢にも思っていないから。
周りからはクスクスと聞こえる笑い声に混じり、ざまぁみろ!という声も聞こえる。
優樹菜がこの落書きをどうしたらいいものかと考えていると、隣の席の男子、林 広大が雑巾を濡らして拭いてくれた。
キョトンとする優樹菜を見て、軽く笑みを浮かべながら
「相模さんは何も悪くないのにね。酷い事するよね」
「・・・・・・・」
こんな事をされたのは初めての経験だった。
誰もが見て見ない振りをする中で、一人だけ、本当の意味で助けてくれたのだった。
新も助けてはくれたけど、山で助けられたのは、その時新が一番近くにいたからであって、さっき助けてくれたのも、優樹菜の素顔を知ってしまったから・・・。
知らないままならきっと助けなかっただろう。
宿泊施設に居た時だって、嫌がらせを受けていたのに気が付いてたけど、助けてはくれなかった。
一瞬しか見てないその素顔に確信が持てなかったのだろう。
だけど、家に来て、ありのままの優樹菜を見てしまってからは、少し以前と態度が違うような気がした。
朝からずっと、新の視線が気になる。
たぶんチラチラと見ているのだろう。
それと引き換えに林君は、優樹菜の素顔など知らないはずなのに、助けてくれた。
この嬉しさは優樹菜にとって初めての感情だったかもしれない。
お昼休みになると、今日はお兄達に用事があって一緒には食べない日だった。
教室で一人でお弁当を食べていると、愛羅が近寄ってきて飲みかけていた牛乳をご飯の上にぶちかけた。
「ごっめ~んw手が滑っちゃったみたい♪」
「・・・・・・・・」
「でもほら、牛乳って栄養がたっぷりあるしぃ~♪美味しいわよ♪」
「そうですね。牛乳って結構好きなんですよ。ありがとう・・・・。」
漫画で絵に起こすのなら、うつむき加減で顔面上部に斜線が入ったどんより顔という表情が、隣で一部始終を見ていた林 広大のツボに入ったらしい。
「ぶふっ。あははははは」
思わず声をあげて笑ってしまった。
「ごめんごめんww相模さんって、面白い人だよねw」
キョトンとする優樹菜だった。
根暗とかつまんない人とかなら言われた事があるが、面白い人とは今まで一度も言われたことなどなかったからだ。
いったい何故彼はそう思ったのだろうか。
考えてみても思い当たるふしはない。
「ほら、そう言うとこだよw
普段はおとなしくて無口なんだけどさ、1本筋が通ってて、周りに流されないよね?」
はて何のことやら・・・?意味が解らなかった。
「嫌なものは嫌だってはっきり言う勇気も持ってるし、何をされても動じない強さもある。
面白いよね、相模さんってw」
あぁ、そう言う事かと思わず開いた左手にグーの形に握った右手をポンッと打ち付けてしまった。
「あははははwそんな事普通しないよねwwwほんと、面白いよね・・・相模さん」
林 広大はクラスでも大して目立つ存在ではなかったが、優樹菜にとってはとても興味の引かれる男子となったのだ。
食事の後トイレに行こうと廊下を歩いていたら、数人の女の先輩たちに声をかけられた。
「あなた、朝相模君たちと一緒に登校してた子よね?」
優樹菜はただ黙って下を向いているだけだった。
何の反応もない優樹菜にごうを濁したのか、女子達は近くにあるトイレに優樹菜を連れ込んだ。
中に居た下級生達を全員外にだし、仲間の一人を入り口で見張りにつけて、トイレの中で優樹菜を取り囲むように尋問し始めた。
「いったいあの二人とどういう関係なの?」
「まさか付き合ってるなんて言わないわよね」
「やめてよ!こんなブスと相模君が付き合うはずがないでしょ?!」
各々に罵声を浴びせる。
「ちょっとなんとか言いなさいよ!!」
「くすっ。そんなに言いたくなかったら、言えるようにしてあげようか?」
そう言って優樹菜に、水道の蛇口に繋いであったホースを向けて蛇口をひねった。
開放された蛇口からは勢いよく水が流れ、ホースの先から飛び出してきた。
水をかけられずぶ濡れになりながらも、その口は堅くつむがれいまだ何も言わない。
「強情な子ね!」―― バシンッ ――
強烈な平手打ちが優樹菜の頬をとらえた。
何事かと遠巻きに見ていた生徒達からもザワザワと声が漏れ始め
「先生がこっちに来るわよ!」
その合図とともに上級生たちはその場から素早く逃げて行った。
ずぶ濡れになっている優樹菜に、先生は何があったのか聞くが、蛇口が壊れてて勝手に水が出てきて濡れてしまったとしか言わない。
トイレを取り囲むかのようにいた他の生徒に同じ質問をしても、答えは同じだった。
クラス内では小さな嫌がらせだったものが、徐々にいじめと思える行動に移って行ったのは言うまでもない。
初めは教科書の落書き、その次に教科書を隠し、はてには破り捨ててしまう。
持ち物も時々無くなり、ゴミ箱や焼却炉から発見されることもあった。
海藤は、自分が見てる時は一緒に物を探したり、言いがかりをつけられている時は制止して仲裁役を買って出てくれた。
しかし隣の席の林は、優樹菜がどういう行動に出るのか面白がって見ているだけだった。
毎日どこかしらに傷を負って帰ってくる妹に、学校で何が起こっているのか兄達は問いただすが、転んだだけ、ぶつけただけと言葉を濁すだけだった。
「ねぇ、お兄ちゃん。可愛くない子って、やっぱり関わりたくないのかな?」
「本当に困ってれば、可愛くても可愛くなくても、俺は助けるけどな」
何かに感づいた朔夜は
「クラスの雰囲気がおかしくなりそうな時に、わざと話題を変えてその場をなごます奴は
どのクラスにも一人はいるよな。
だけどその場限りだ。
本当に困ってる子や危ない目に会ってる子には、とっさに体が動くと思うぜ」
「だよな~。口先だけなら自分に矛先が向かないように、いくらでも助ける事はできるけど
あいつ、なんつったっけ。海藤?オリエンテーションの時お前を助けてくれた奴。
俺達、去年同じ場所に行ったけど、あそこの急斜面を助けに降りていこうなんて
普通の男には無理だな。
へたしたら自分も転げ落ちるような斜面だったしな。
そんな時に可愛い子だから助けに行こうとか、可愛くないからほっとこうとか
そんなこと考えてるやつは、普通何の行動も起こさないと思うけどな」
兄達にそう言われて、優樹菜はじっくり考えてみた。
自分の素顔を知る前の海藤の態度と、知ってからの海藤の態度。
良く考えてみるとそれほど変わりはなかった。
初めから「おはよう」や「ばいばい」は自分にも目が合えば声をかけてくれていた。
いつも側に居るわけではないが、何か困ったことがあれば声をかけてくれていた。
素顔を知ってからもしつこく言い寄ってはこなかった。
一方隣の席の林は、目があっても笑いかけるだけ、こちらから挨拶をすれば返してくれるが、自分からは声をかけてこない。
優樹菜が困っていても、自分には関係がないと知らぬ顔で事の一部始終をただ見ているだけ。
二人の差は歴然であった。
優樹菜は、本当の優しさが何なのか、いま初めて知った気がした。
7月の初めごろ、日直の仕事で先生に頼まれた資料を教室まで運ぶために階段を登っていた時、前方から林が降りてき、その横を女子が抜かす様に降りて来たかと思うと、思いっきり肩をぶつけられてバランスを崩した。
両手に荷物を抱えていたため、階段の手すりに捕まる事が出来ず、そのまま後ろに倒れ落ちてしまった。
倒れ落ちていく瞬間に、林の姿を目で追うが、助けてくれる気配はなかった。
優樹菜を助けようとしたなら、自分もバランスを崩し、そのまま二人とも落下するのが分かっていたからだ。
しかし、階段中段辺りから落ちたはずなのにあまり痛さは感じない。
周りの子がキャーキャー悲鳴を上げてはいるが、何がなんだか・・・。
目を開けて恐る恐る確認してみると、海藤が優樹菜の事を抱きかかえるように守っていてくれたのだった。
「なんで・・?なんで海藤君が・・・?」
「イタタタ・・・なんでって・・・ふつう助けるだろ。
てかさ、相模気づいてたか?俺に声かけられても、触れられても固まらないって」
「!!!!!!!」
初めてだった。
男子に声をかけられるだけで緊張して固まったり、触れられると地蔵になったりが日常だった優樹菜にとって、家族以外で初めてまともに話す事が出来、触られても平気な存在が。
海藤との一件もあり、腹黒い一部の女子がある計画を立てた。
優樹菜をカラオケに誘い、そこに自分の彼氏とその友達を呼び、一生外を歩けないような傷を心と身体に植え付けようと考えていたのだ。
実行する日は終業式の日だ。
計画通り優樹菜をカラオケに誘い、そこで男子達と合流をした。
「へぇ~、こいつが例の子か」
「俺の好みじゃないんだけどなぁ~」
「ただでやれるんだから贅沢言うなよ」
『!・・そう言う訳だったのね・・・』
「大人しくしてたら痛い目に会わないからさー、ちゃっちゃと終わらせようぜ」
ニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべ近寄ってきた。
普段女子達には、何をされても手も足も出さないでいた優樹菜だが、こういう不貞に輩たちには問答無用でなぎ払った。
だてに10年も合気道を習っているわけではなっかのだ。
軽く腕をひねるだけで、面白いように男子達は投げ飛ばされていく。
更に歯向かって来る者には、両腕の関節を外したりして再起不能に追い込んで行った。
騒ぎを聞きつけた従業員が来る前に、優樹菜は急いでその場から逃げたのだった。
家に帰り今日の出来事を兄達に報告すると、もうそろそろその変装も潮時なのではないかという事になり、明日から夏休みという事もあり、変装はもうしなくてもいいという事になった。
でも外出する時は、必ず誰かが付き添わなければいけないと言う事で、夏休み中は、これからの生活にどう影響が出るのかの、外出時行動調査が始まった。
優樹菜が歩くと男性はみな、その美しさに振りかえる。
一人で待たせておけば、3分もしない内にナンパをされる。
兄達の心の休まる時間はなかった。
夏休み中優樹菜は、ナンパのかわし方、一般人と下心がある人の見分け方などを兄達から学んだ。
その甲斐があってか、いつもオドオドと下を向いてばかりいた昔の優樹菜はもう何処にも居なかった。
今は自信に満ち溢れ、堂々と前を向いて歩いている。
「おい!あの子誰だ・・・すげぇ可愛い・・・」
「えっ?!相模先輩達と一緒に居る子・・・誰?!」
本来の姿を交えた相模兄妹の事を、夏休み明けの全校生徒が、まるでおとぎ話の絵本かモデル雑誌の表紙から飛び出してきたような、この3人を見つめ我を忘れていた。
優樹菜が教室に入ると、今まで騒がしかった教室内が一瞬で静かになった。
そして口々にこう言った。
「誰?あのこ」
「転校生・・・?」
「すげ・・・かわい・・」
先に来ていた林も、あまりの可愛さに顔を赤くしながら見つめている。
そして海藤はと言うと、優樹菜の姿に気づいたのか
「おはよ。相模さん」
いつも通りの、いつもの挨拶をした。
「「「「「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」」」
悲鳴ともとれるような怒涛の声を一斉に出した。
「おはよ。海藤君」
「今日はどうしたの?いつもの姿じゃないんだね」
「うんwもうしなくてもいいってお兄ちゃんたちが・・・」
「あっ、海藤先輩たちのお許しが出たんだ。良かったねw」
「「「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ?!お兄ちゃんんんんん?!」」」」
更に怒涛が沸き起こる。
そして、今まで優樹菜に意地悪をしてきた子達は、徐々に青ざめていき、陰で嘲笑っていた男子達も、軽薄だった自分の行動を思い出して赤くなったり青くなったり忙しかった。
今まで自分たちが優樹菜にしてきた事を思い出すと、声をかける事もはばかれた。
根暗で冴えない女の子だった時は、遠巻きにいつも嘲笑い、苛められていても知らんぷり。
可愛くなったらなったで、気おくれをして近づく事さえ出来ないのだった。
そこに自分の教室に鞄を置いてきた兄達がやってきて
「優樹菜。大丈夫か?」
「苛められてないか?」
などと様子を伺いにやって来た。
「大丈夫よ、お兄ちゃん」
「海藤、不本意だが、優樹菜の事頼むな」
「俺で良いんですか?」
「優樹菜はまだお前にくらいしか慣れてないだろ・・・」
「不愉快だがお前しか居ない」
「はい!頑張ります!」
やっと普通の女子高生らしい、明るく楽しい学園生活を手にした優樹菜は、これからの高校生活が少し楽しみになった。
友達を作り、一緒にお弁当を食べたり、ショッピングにも出かける。
そんな日常がこれから出来るのかと思ったら楽しみでしょうがなかった。
それに、初めて出来た友達が女の子ではなく男の子であっても、嬉しくてたまらなかった。
幼少期から変な趣味の人に付け狙われ続け10年。
己の身を守る手段としての変な変装。
それが今やっと解禁されたのだった。
優樹菜の新しい高校生活に幸あれ!
―― 完 ――
読者さん 八代目さん
読んでいただいたうえに感想まで頂
ありがとうございました。
思いつきと、気分とノリで書いてしまったのですが
読んでくださっている方がいると知り
とても嬉しく思いました。
ありがとうございます。
集中して書き上げると目に来るわぁ~ 笑
昨日は集中不足だったので
話が乱雑になってしまいました・・・。
読み返してみると
酷い・・酷すぎます! 笑
消してしまいたいです・・・はぃ。。。
とりあえず目を休息させなければです。
ん~・・・
逆ハーでいくべきか・・・いやいや、一人空気の読めない人がいる方が面白いかも。
やはり大筋の軌道は曲げられないし・・・
彼には道化になってもらうしかありませんね・・・。
短編のつもりが意外と長編になってしまいそうです。
と言うか、すでに長編への道を歩みつつあります。
途中で飽きてこなければいいのですが。。。
とりあえず頑張ろうと思います。
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