ハナミズキ 2014-07-29 20:56:35 |
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夏休みも中盤に差し掛かった頃、サナは、朝起きると直ぐにパソコンのスイッチを入れ、スカイプを立ち上げるようになっていた。
二人のうちのどちらかが来るのを待つという事が、ここ最近の日課になっている。
午前中ならたいがいサイがやってくる。
へたをすると、サナより先に来ている事もある。
一方マメの方は、午後にならないと来ない事の方が多い。
たわいない会話をし、サイが良いと言えば通話の時もある。
ある時マメが
「なぁなぁ、今度この3人で会わないか?」
「会うってオフ会?」
「そそ。オフ会。どう?」
「どう?って・・・サイは良いの?」
「めんどくせー」
――― やっぱり・・・ ―――
「行こうぜサイ・・・1回だけでいいからさ」
「お前だけ行けばいいだろ」
「一緒の方が絶対に楽しいって!
なぁ・・・サイィ・・・行こうぜw」
マメの押しに負けた感じになり、サイもオフ会に参加する事になった。
場所は両方の中間地点の町で、駅の入り口付近で待ち合わせだ。
当日着ていく服をお互いに言い合い、それを目印に探す、ゲーム感覚の待ち合わせ。
めいっぱいのお洒落をし、ドキドキしながら待ち合わせ場所に立っていると、1人の男の子に声をかけられた。
「あの・・・待ち合わせですか?」
その声に聞き覚えがあった。
「もしかして、マメ?」
「あっ!やっぱりサナだ!」
辺りを見回してみても、サイの姿が何処にもない。
「サイはどうしたの?
逃げちゃったとか?」
私は笑いながら聞いてみた。
「そ・・そうそう。
あいつね、朝迎えに行ったら家に居なかったんだぜ?
酷いと思わないか?」
マメも笑いながら話す。
「もしかして私、嫌われてるのかな?」
慌ててマメは
「そうじゃなくて!
なんつーの?
急用がが出来てそっちに行った感じ?」
なんとも歯切れの悪い答えだが、嫌われてないのなら良しとしようと、マメと一緒に予定通りカラオケに行く。
マメは年上のわりには可愛いと言う感じの人で、俗に言う『男の娘』そんな言葉がぴったりする感じだ。
そのわりには結構、趣味と実益を兼ねたような、プロのホスト並のセールストークを良くお姉様方にしていたけど、そこは見なかった事にしようと思った。
カラオケで思いっきり歌を歌った後は、私の買い物にも付いてきてくれた。
結構フェミニストである。
ファーストフードでご飯を食べ、プリクラを撮り、午後4時には別れた。
帰りの電車の中では、サイが来なかった事にガッカリし、サイの事ばかり考えていた。
オフ会の日の夜も、次の日の夜もサイは来なかった。
来ない日が続くにつれ、サイに会いたい。
サイに会いたいと思いは募るばかり。
とうとう夏休み最後の日がやってきた。
その日は、くしくも私の誕生日だった。
今日で私は17歳になる。
それなのに両親は朝早くから喧嘩をしていた。
喧嘩の原因は父の朝帰りだ。
2階にある私の部屋までその怒涛(どとう)は聞こえてくる。
聞きたくなくても耳に入ってしまう程の大声。
私は耳をふさぎ、布団にもぐり、なるべく聞こえないようにしていた。
それでも微かに聞こえてきてしまう話の内容が恨めしかった。
「そんなにその女が良いなら、その女と一緒になれば良いでしょ!?」
「ああ!そうさせてもらうよ!お前みたいなヒステリーな女はもううんざりなんだよ!」
―――― ガシャン! ガチャン! ――――
何かが壊れる音がする。
「もういいわ!私この家出て行くから!好きにすれば良いわよ!!」
―――― ガチャリ! バタン! ――――
勢いよくドアが開けられ、勢いよく閉められた。
そのあと、家の中でごそごそと何かをしていた父も出て行ってしまった。
静まりかえった家には、お皿やコップが割られて床に散乱している光景だけが、私の目に映っていた。
それらを泣きながら片付け、自分なりに考えを色々と整理してみた。
昔から両親は不仲ではないかと感じていた事。
二人とも、仕事にかこつけて、家に帰ってくる時間が遅い事。
私が高校に入学した頃から、やたらと出張が増えた事など、考えれば山ほど出てくる。
いまはもう、あの優しかった両親の笑顔さえ思い出す事はできない。
何時間泣いていたのだろうか。
泣き疲れて声もしがれてしまっている。
優しかった両親はもういない。
その両親も、今朝二人とも家を出て行ってしまった。
あのオフ会の日から、サイの姿も見ない。
私は誰からも愛されない子なのだろうか。
こんな自分は要らない・・・。
いっそ・・・いっそこの世から消えて居なくなってしまえばいいんだ。
私一人が消えたからって、誰も悲しみはしない。
両親でさえ私を置いて家を出て行ってしまった。
サイもあの日以来こない。
もう・・・どうでもいい・・・。
手には、先ほど台所を片付けていた際に、なんとなく握り締めて持ってきてしまっていた包丁が1本握られていた。
部屋の片隅で、今までの事を考えながら、その包丁を見つめている。
静まり返っていた部屋に、とつじょ見知った音が流れた。
私はその音のする方向に視線を向けた。
鳴っていたのはパソコンからのスカイプ着信音だった。
だれだろ・・どうせマメだろう。
でも・・マメがこんな時間に起きる?
そんな事を考えながら、パソコンの画面を見ると、チャットの主はサイだった。
「いるか?」
私は急いで返事を返した。
「いるよ」
「元気にしてたか?」
「元気に決まってんじゃん」
会話が続かない・・・。
何を話していいのか分からないのだ。
サナの異変に気が付いたのか
「なぁ、いま通話できるか?」
「えっ?」
「出来るのか、出来ないのかどっちなんだよ」
「できる・・」
通話に切り替えてから、『しまった!』と思った。
「おい・・・お前、泣いてただろ」
「泣いてないし」
「なら、その変な声はなんなんだよ」
「変じゃないし・・・普通だし・・・」
電話の向こうから「はぁ~・・」とため息が聞こえる。
「何かあったんなら言ってみろ」
「・・・なんもない」
「じゃあ、なんで今、お前は泣いてんだ!?」
「・・・えっ?」
「泣いてるだろ。
俺に隠そうなんて100年はぇーんだよ」
「ううううぅぅぅぅ・・・・・」
堪えていたはずの泣き声が漏れてしまった。
サナは泣きながら、今朝の出来事をサイに話した。
「・・・そっか。
辛かったな
よく1人で頑張ったな
偉いぞ、サナ」
普段は俺様で憎まれ口しか叩かないサイだけど、本当のサイは優しくてとても温かい人だと言う事を再認識した。
一通り話し終わってから、サナは今日が自分の誕生日だという事を告げた。
誰かに「おめでとう」を言って欲しかったからだ。
「今日が誕生日なのか、おめでとう」
「・・・うん。」
「誕プレやりたいけどやれないしなー」
「どうしてもあげたいって言うなら、欲しいものある・・・」
「言ってみろよ。
でも、お前んち知らねーぞ、俺」
「大丈夫だよ。
いま貰える物だから」
「いま?!
なに要求する気だよ」
「・・・サイの・・顔が見たい」
「・・・・・・・・・。」
しばしの沈黙。
「お前なぁ~・・・しゃーないか・・・
誕生日だもんな、10秒だけだぞ」
「ええ!?もっとがいーい!」
「なに調子こいてんだ?10秒だ!10秒!
それ以上は却下だ!」
「・・・はぃ。」
初めて正面から見るサイの顔。
目にかかるくらい長い前髪に、切れ長の目、鼻筋も通っていてモロ好みの顔である。
でも、前回ちらっと見た時よりも痩せて見えるのは気のせいだろうか。
「満足したか?」
「・・・まだ」
「お前なぁ~・・・はぁ~」
ため息をつきながらも、10秒を過ぎてもスイッチを切らないでいてくれてる。
やっぱり優しい人だ。
「で、お前はどうして欲しいんだ?」
「どうって?」
「親の事だよ」
ああ・・・忘れてた・・・。
「離婚するならそれでも仕方がないかなって思ってる」
「そっか。」
「今のままで、ギスギスしてるくらいなら、そっちの方がいいかな?」
「・・・うん。」
少しの間があり
「お前・・・泣くなよ」
「泣いてないし・・・」
「ふっ」
「あ!今笑った!ちゃんと見たんだからね!!」
それくらい元気があれば大丈夫かと、カメラのスイッチを切った。
「あー!ずるい!逃げる気だ!」
「逃げてねぇだろ・・・
ちゃんと居るだろ
ここにな」
「・・・だね」
少し寂しそうな声にサイには聞こえた。
「なんだよ、俺の顔が見えないと寂しくて泣いちゃうのか?」
「・・・うん」
「・・・・・・。」
予想外のサナの反応に、サイの方も一瞬どう答えて良いか分からなくなり、その声に反応するかのように
「しかたねーな
たまになら見せてやるよ
だが10秒だぞ!」
「うん!」
嬉しそうに返事をするサナ。
その声を聞きながら、画面の向こうではサイが笑っていた。
オフ会の当日、マメがサイを迎えにやってきた。
―――― ピンポーン ――――
何度鳴らしても、誰も出てこない。
もしかして・・・マメは悪い予感がした。
その時後ろから
「あらマメちゃん。サイに用事?」
「あっ、おばさん!サイは?」
「サイなら、昨日の夜に発作が出てね、そのまま病院に入院よ」
今回の発作は、比較的軽いものだったらしく、近所の病院に入居したらしい。
病院に行くと、意外と元気そうなサイが居た。
サナに会ってくる事に伴い、シャメを撮ってくるように言われた。
シャメが無理そうならプリクラでも良いと・・・。
ほんとは、どんだけ行きたかったんだよ・・・・お前・・・。
こいつら亮思いのくせにまどろっこしいよな・・・まったく。
男の俺から見ても、サイはイケメンだ。
一緒に歩けばよく逆ナンされるし、サナだってサイを見れば絶対に惚れるに決まってる。
あー・・・でも、サナって、サダコでニキビちゃんだっけか・・・・。
こりゃダメかな・・・?
とりあえず、今日は楽しみますか!
待ち合わせの場所に到着すると、意外にも人が多かった。
前日に教え合っていた服装を頼りに、サダコ・・もとい!サナを捜索開始である。
入り口の横の壁にもたれかかるようにしてうつむいて立っている女の子が居る。
服装からしてサナだろう。
うん。髪の毛も長いし間違いない。
「あのー・・・待ち合わせですか?」
女の子がマメの声に反応して顔をあげた。
―――― ニキビじゃなーい!?・・・間違ったか・・・ ――――
目がクリンと大きく、美人というより可愛い感じの子だった。
「もしかして、マメ?」
「やっぱりサナか!」
実際のサナは、他人にもの凄く気の使う子だった。
でも短気で強気だ。
・・・うん。いつものチャットのサナだ・・・。
歌い終わってからサナの買い物に付き合い、軽く食べてる最中に思い出した。
写真!!!サイに頼まれてたんだっけ・・・。
「シャメとっても良い?」
「ヤダ!」
―――― あっ、やっぱりそうっすよね・・・ ――――
「じゃさ、プリ撮ろう?今日の記念にさ」
「プリなら・・・」
―――― よっしゃあーーー!これで任務完了だ!! ――――
そのプリをサイに渡すと
「へぇー、こんな顔してたんだ」
「かわいいだろ」
俺はにやにやしながら、サイの顔を見ていた。
サイも心なしか微笑んでいる。
検査だけで、すぐ帰れるはずだったサイだったが、入院中も数回軽い発作が起こり、結局2週間も入院する事になってしまった。
そして8月30日にようやく退院する事ができたのだった。
やっと退院できた俺は、夜なかなか寝れなかった。
浅い眠りに入ったのは、朝方近くの事。
目が覚めると同時に、パソコンのスイッチを入れてみる。
居た。サナだ。
「いるか?」
「いるよ」
いつもなら「この浮気者!」の第一声があるはずなのに、今日はない。
「元気だったか?」
「元気だったに決まってんじゃん」
ほら、やっぱりおかしい。
いつもは「元気すぎて3キロも痩せたから安心して!」などと、軽口を叩いてくるはずなのに・・・おかしい。
かまを掛け、問い詰めてみると、今朝、両親が喧嘩をし、離婚するといっていた事や、誕生日なのに誰にも祝ってもらえない事などで、自分はこの世に居なくても良い存在なんじゃないかと思っている事など、かなり思いつめてる様子だ。
だから、気休めでも良いから何かをしてあげたくなった。
何か欲しい物があるらしい。
・・・・俺の顔が見たいだと?!
普段なら断る所だが、俺には少し後ろめたい事がある。
この間のオフ会に、行くと言って行かなかった事。
いや、行かなかったんじゃない、行けなかったんだが・・・。
マメと二人で映ってるプリを、俺がもらってしまった事。
―――― やっぱ、相手の顔だけ見るのって、男らしくないよな ――――
だから承諾をした。
カメラで顔を映す事に・・・。
1回だけ。
この1回だけだ。
これ以上は出来ない。
これ以上他人と深く関わってはいけない。
俺は・・・・。
俺には・・・・。
だが、しかし、悲しそうな、寂しそうな声を出すサナを突き放す事が出来なかった。
これ以上関わるとお互いに辛くなるのは分かっている。
分かってはいるけど、この気持ちは止められない。
結局、最後には冷たく突き放し、泣かせる事になるのも分かっている。
どうすればいいのか、今の俺には・・・分からない・・・。
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