愛花 2014-06-24 08:01:46 |
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ある昼休みのこと…
悠「んー♪いい天気だなぁ」
祐「お前って本当マイペースだな」
悠「良いじゃんか~マイペースなのはあたしのいいとこなの~笑」
と話しているあたしは佐伯悠。
その横にいるのが保育園からの幼なじみの横井祐哉。
祐哉とは家が近いこともあって小さい時から遊んでいた。
いつからか分からないが物心ついた頃からあたしは祐哉が好きなのだ。
もちろん初恋だ。
祐哉とはずっと一緒にいるものの一度も想いを伝えたことがない。
祐哉はどう思っているのだろうか…
そんな思いを巡らせていると、目の前の相手が口角をあげた。
「まあ、いつもそうやって楽観的に物事考えられるっていうところは、お前の長所かもな」
そう言って、指先であたしの額を軽くつつく。
「なにそれ、なんかむかつくー」
いつもどこか飄々としてつかみどころのない彼の、慌てている姿が見たかった。ただそれだけだった。
あたしはさっと裕哉が掛けていた眼鏡を奪いとった。視覚の変化に顔を顰めた裕哉、その顔もあたしから見ればやっぱり格好良くて、思わず言ってしまった。
「やっぱ裕哉ってカッコいいよね」
「…そりゃどーも」
言いながら裕哉は眉根を寄せ、横に座っていたあたしから眼鏡を奪おうとする。するけれども伸ばした手は空振りで終わった。目に映る全てがぼやけてよく見えないのだろうから、当たり前の結果だった。
「眼鏡無い方が絶対いいと思うんだけどなー。コンタクトにしないの?」
「その予定は今のとこないね。コンタクトレンズ買う金あんならゲーム買うし」
「あは、裕哉らしい」
あたしが言いながら笑えば、裕哉はその隙に眼鏡を奪おうとする。視界が不明瞭というだけで慌てふためく彼が、いとしい。
「つーか、俺が眼鏡だろうとコンタクトだろうと悠には関係ねーだろ。いいから眼鏡返せよ」
「…そりゃ、そーだけどさ」
眼鏡がなければ80センチ少々の距離の先にいるあたしの顔すら鮮明に見えないのだろう、裕哉は眉間に皺を寄せ目を細める。あたしは、その言葉と表情に、あることを思い出して少し悲しくなった。
「…だってさ、裕哉ホントはカッコいいのに」
「…そんな拘るとこ?それ」
「…隣のクラスのさ、何も知らないやつが裕哉のこと、キモイとか根暗とか言うんだもん」
ぽつり、ぽつり、と話しているうちに言葉が止まらなくなる。
「そりゃ根暗なのは否定しないけどさあ、でも裕哉きもくなんかないのに、何も知らないくせにさあ、外見だけでそうやってひとのこと判断してさあ」
「別にいーじゃん、言わしたいヤツには言わせとけば。大体俺が根暗なのは事実だし。半分は合ってんじゃん」
裕哉が口を閉じる。言われた本人が別にいいと言ってしまったから、これ以上何か言うのは憚られた。納得した雰囲気ではないけれど。
「――俺は、」
しんと静まり返った屋上に裕哉の声が響く。
「お前が俺のことで怒ってくれたってだけで十分だよ」
しばしの沈黙が宙を漂う。その間にも、みるみる自分の顔が赤くなっていくのが分かった。どうしよう、嬉しくて、頬が、熱い。すると、固まっていたあたしの手から何かがひょい、と抜かれた。
「あっ」
「はは、眼鏡の奪還成功!」
してやったり、とばかりに裕哉が笑ったのを見て、照れ隠しにあたしも笑った。よかった、眼鏡をとっておいて。あんな顔、見られてしまったら、きっと気づかれてしまうから。
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それは一瞬のことだった。
放課後、二人で帰路についていると、前方からスーツを着た、なにやら急いでいる風のおじさんが結構な勢いで裕哉にぶつかった。結構な勢いでぶつかられた裕哉の顔からかけていた眼鏡が音もなく落ちて、反射的におじさんが振り返ったのと、そのおじさんの足に眼鏡が踏んづけられて、ぱきり、とずいぶん頼りない音を立てたのはほぼ同時だった。
ぶつかられた裕哉も、その隣にいたあたしも、目の前で起きた漫画みたいな出来事に口をぽかんと開けて静観することしか出来なかった。
「っすまない!君、ええと、とりあえず大丈夫かい?」
「えっ、あっ、はい」
おじさんの声で裕哉が一足先に我に返る。何が起きたのか、何を訊ねられたのかもいまいち良く理解できないままらしい裕哉がそう答えると、おじさんは慌てた様子で財布を取り出し、一枚の紙を裕哉に差し出した。反射的に受け取る。名刺だった。
「今すぐにでも弁償すべきなのだろうが、すまない、ちょっと今急いでいてね、明日連絡を貰いたい。本来なら私のほうから連絡をするのが道理なのだろうが、その、急いでいて、」
「ああ、ええ、はい、わかりました、いやなんか、大丈夫です取り合えず、ええと、じゃあ明日、連絡します」
「ああ、すまないね、連絡待っているから、じゃあ申し訳ないけど失礼するよ」
おじさんはそう言って早足で人ごみに消えて、漸くしてあたしは我に返った。
裕哉は踏みつけられた眼鏡を拾い上げて、その見事な壊れっぷりに小さく笑った。
「見事に壊れたなあ」
「え、ちょ、笑い事じゃなくない!?」
「いやあここまで漫画みたいだともう笑うしかないよ。っていうか実際なんか、面白くなかった?」
「いや、正直面白かったけど!でも笑い事じゃないからほんとに!どーすんの!」
「どーするもこーするもないよ。明日電話する」
「そうじゃなくって…!」
「別に裸眼でも全く見えないわけじゃないし、大丈夫だよ。家に帰れば代わりの眼鏡も一応あるし」
微妙に度、合ってないけど。小さく付け足して裕哉は歩き出した。あたしは慌てて追いかけて、その手を掴む。裕哉が驚いて顔を上げるのと、あたしが口を開いたのはほぼ同時だった。
「危ないから!手、繋ぐ」
「はあ?」
「よく見えないんだから、危ないでしょ!」
「いや、まあ、そりゃそうだけど」
言いながら裕哉の耳が赤くなっていることに気が付いて、あたしは少し心臓が跳ねた。
それを誤魔化すように、裕哉はふいとそっぽを向く。
「あーホント気まずい。世間の目が」
「そんなんあたしだって気まずいよ……っ。でも、だからしょうがないじゃん!」
言った傍から、繋いでいた手に力が込めてしまって、慌てたあたしに裕哉は苦笑した。
そんな彼の顔を見やれば、その横顔は案の定、ほんのりと赤く染まっていた。
(そう、これはきっとしょうがないこと)
胸中でそう呟くと、裕哉がその手を握り返したのがわかって、頬がまた熱くなったのが分かった。
このくすぐったくて居心地の悪い、けれども手放すには惜しいぬくもりが、照れくさくて嬉しかった。
(まあ、絶対口には出せないけれど)
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裕哉が好きなことが皆にばれてしまった。
特に言いふらしたりはしてなかった。クラスの女子数人に言ってしまったけれど、それだけだ。でもばれた。
女子は色恋沙汰の話が好きだ。女子数人が集まって話でもすれば、必ずと言っていいほどこの話題は出てくる。誰と誰が付き合っているだの、今は誰が好きだの、もう聞き飽きるくらい。あたしはいつもそういう話にはかかわらないようにしていたのだけれど、思わぬ一言でそれは一変した。
「そういえば、悠は誰が好きなの?」
特にそういう話題を聞いたことのない人物の話は皆気になったのだろう、あっという間に質問攻めになった。最初は言うまい、言うまい、としていたあたしも、大勢からずっと言い寄られていれば、もう降参だった。「絶対に誰にも言わないでね」と言ったのだけれど……そうして、これだ。人の口に戸は立てられぬ 、とはよく言ったもんだ。こうなるくらいなら、言わなきゃよかった。きっともう裕哉にもばれてしまっているだろう。
「お前、マジで裕哉のこと好きなの!?」
「…好、きだけど」
「…へー。案外物好きなんだな」
「悠、ほんとに裕哉くんのことが好きなの?」
「…好き、だけど」
「…ほんとなんだあ。ふぅん、もったいなーい、悠、意外ともてるのに」
ばれた当日、あたしが何十回も繰り返したやり取りだ。裕哉も同じようなやり取りをしているんだろうか。「悠がお前のこと好きだってよ―」なんて。あはは、死にたい。裕哉は一体あたしのことをどう思っているんだろう、ということも気になるけれど、それよりも。
あたしはその日廊下で男子たちが言っていることの方が気になっていた。
「悠のヤツ、裕哉なんかオタクみてーなカッコしてんのに、どこが好きなんだろうな。趣味悪いんじゃね?」
正直傷ついたけれど、もしかしたら。裕哉に関しては、もっと辛辣な事を言われているのかもしれない、と思った。
外見だけを云うなら、髪の毛ぼっさぼさの上、眼鏡で猫背だ。裕哉は誤解されても仕方が無い容姿をしている。それも事実だ。
「…でもさあ、腹立つわけよ。やっぱ。なんっで関係ないあなたたちにそんな好き放題言われなきゃいけないわけ?」
「気持ちはわかるけどな」
あたしの前の席に座って、けれども椅子も身体もあたしの方に向けて座っている、クラスメイトの山田が微妙な表情で相槌を打つ。
さらにその隣に座った親友のマコが、己の鞄の中から弁当を取り出しながら言った。
「まあまあ悠ちゃん、そんなカリカリしない! 裕哉のことだし、そんなこと言われたって気にしないって!
面倒くさがるとは思うけど!」
「……そうだろうね。だから今日学校来てないんだろうと私も思うよ」
言いながら、あたしはちらりと右側の空いた席を見る。そこは裕哉の席だ。
同じ場所を見つめて山田が再び口を開く。
「あいつ、暫く学校休む気かな」
「どうだろうね、昨日相当機嫌悪そうだったし」
あたしの左隣、片手に握ったパンをもそもそと租借しながら裕哉の親友である香椎くんが言う。
付き合ってる事実がばれて質問攻めにあったのが昨日、今日もその質問攻めが止む気配は無い。これを予想して、裕哉は学校を休んだのだろうか。あたしは昨日の裕哉の様子を思い出す。眉間に皺を寄せて、酷く不愉快そうだった。あんなに機嫌の悪そうな裕哉は見たことがない。
「…裕哉、怒ってたなあ」
小さく呟く。どうしてあんなにも怒っていたのか、あたしには見当がつかない。質問攻めにうんざりした?あしらうことすら面倒くさかった?……それとも、自分が彼のことを好きだったのがそんなにも嫌だった?
ネガティブな疑問ばかりがぐるぐるとあたしの頭を回る。電話でもしてみようかと思ったところで、遠く聞こえていた喧騒の雰囲気が一気に変わったのがわかった。
他の面子も気がついたらしい。マコが「どうしたんだろ?」と零してドアの向こうを眺めている。香椎くんや山田もその疑問を口にこそ出してはいなかったが、同じように廊下の方へと視線を向けていた。
ざわめきがどんどん大きくなっている。あたしたちのいる教室に近付いてきているようだった。
外側から、結構な勢いで扉が開く。
ざわめきが一際大きくなって、その大きくなったざわめきを背に立っていたのは見慣れぬ容姿の男子生徒だった。だらしなく肩に鞄をかけて、右の手にはコンビニの袋を提げている。
彼は他の生徒の視線やらひそやかな声やらを一切気にするそぶりを見せずに、つかつかと教室の中に入ってくると、あたしの目の前までやって来た。
あたしの隣、空いている席にどさどさと自分の荷物を乱雑に放ると、彼はにこりと笑って言った。
「おはよ、悠」
その声に、驚く。
「ゆっ、裕哉?!」
「裕哉だけど。いやあ髪の毛切るだけで1時間も掛かるんだね俺知らなかったよ」
「どどどどどーしたのッ、それっ!!」
「それ、ってなに?」
「眼鏡!!」
びしりと指をさしてあたしが叫ぶと、その指を乱暴に払いのけて裕哉が言った。
「コンタクトにした」
「コンタクトって…あんだけ嫌がってたくせに…っていうか髪の毛も!どーしたの!?今まで山田が言ってもマコが言ってもどーにもしなかったくせに!!」
「だから切ったってさっき言ったじゃん。お前耳にゴミ詰まってんの?」
「言うに事欠いてそれなの!」
わあわあ喚くあたしを無視して、裕哉は椅子に座る。裕哉の前の席にいたマコが、真顔で問うた。
「ゆうやくーん、ホントどうしたの。別人じゃん」
「別にー。イメチェンだよイメチェン」
適当な口調で答えながら、裕哉がコンビニの袋を漁る。漁って、眉間に皺を寄せた。
「…しくった。飲みもん買い忘れた」
「ゆーうや、俺お茶」
「香椎てめー何ちゃっかり買いにいかせようとしてんだよ」
「ゆーうやっ!あたしオレンジジュースー!!」
「てめえも何便乗してんだんのバカマコ!!」
「あっ裕哉あたしもお茶ー」
「悠、お前もさっきあんだけテンパってたくせにこういうときだけ何なの?」
腑に落ちないらしい様子だったが、財布を持って裕哉は立ち上がる。「山田は?」と訊ねると山田が立ち上がった。ひとりで5つもジュース持てないだろ、ということらしい。「ったく、間抜けヅラさらして飲み物を待ってるお前ら、山田を見習えよ」と言うと裕哉はそのまま山田とふたり、連れ立って教室を出ていった。
(/わああ!すっごいかわいい二人ですね!参加させていただきました……!裕哉くんサイドです)
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廊下にたむろしている生徒数人が、俺を見て何事かを囁いていたが気にせずに通路を進んだ。
階段に差し掛かったところで、山田が少々、意地の悪い笑みを浮かべて尋ねた。
「で?どういう心境の変化?」
「別に。さっきマコにも言ったけどイメチェンだよ、ただの」
「悠のこと悪く言われるの、よっぽど腹立ったんだ」
その見透かすような一言に思わず山田を見る。
山田ははなから俺を見ていたようだ。目が合う。
「まーな、相当言われてたから、お前もそうだけど、アイツも。趣味悪いだのなんだの、言われたい放題だったし」
「…だから、ただのイメチェンだっつーの」
「って上手に誤魔化せないくらいには図星、っと」
「…もー。俺山田のそーゆーとこ、ホントきらい」
きまりの悪い俺が言い返せば、山田は小さく声をあげて笑った。
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