矢谷啓 2014-05-13 19:43:45 |
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俺も、笑のためなら…笑のために死にたい。…えみが欲しい
(自分のために死を受け入れるという相手の言葉は心に染み幸せを感じるのに、手を握られ、必死で止めようとするのに自分の中の狂気が再びうずきはじめる。握られた手が相手の首元に移動していくのを止めろと叫びたいのに呼吸が乱れて声にならず短い息が空気を切るだけで。絞めることを肯定する言葉には全身が凍り付き吐き気がするのに、自分でない己がその言葉を待っていたかのようにほくそ笑む。「えみ、駄目だよ。そんなこと、言ったら。また、止められなくなる」歯切れの悪い震えた声は徐々に低くなり瞳からは光が失われていくが口元には薄らと笑みが浮かんでおり、冷たい首元にかけられた震える手が心の何かと葛藤するようにピクリと跳ねる。さっきまで相手が苦しむことも自分の手で痛めつけることも望んでいなく、純粋に明るく笑顔の絶えない未来を思い描いていたはずなのに、相手が己を認めただけでいとも簡単に狂気が露わになる。「笑、おれを愛して…おれだけを見て」無機質な声で耳元に冷たく囁き相手を堅い床に押さえつけながら優しく深く唇に口付け自然ともう片方の手も相手の首元に伸びていけば親指を喉元にゆっくりと沈めていく。「えみ、気持ちいい」あの平らな口調で問いかけると答える間を与えず再び唇を奪い相手の口内をねっとりと犯していく。表情は冷ややかさと穏やかさが相まってどこか落ち着きがあるが首元の手は以前と震えが止まらずそれ以上力を入れることを拒んでいるようで。普通なら嬉しくて幸せなはずの照れた相手の仕草も、楽しかったはずの話題も純粋に受け取れず「大丈夫、おれが笑の全部を愛して上げる。馬鹿でアホで間抜けな笑も、おれ以外何も考えられなくなってそのまま死にたくなるくらい愛してあげる。えみ、おれのこと好き?」クスリと不敵に笑うと震えが収まりつつある手で艶めかしく相手の髪を撫で、再び首元にある手に僅かに力がこもりそのまま呼吸することを制するように口付け、堅い床に相手を押し付けることを厭わず幾度もそれを繰り返して
…うん、あげる。あげるよ、啓…
(呼吸が乱れてきた相手を落ち着かせる為に、何か伝えたほうがいいのだろうか、なんて考える。が、結局の所何も言えずに相手の様子が急変するのを見ているだけになってしまう。どうして、なんて今更過ぎて言葉も出てこない。こんな風にしてしまったのは自分だ。ネクロフィリア、その言葉が思い浮かぶ。自分もその部類に入るのだが、まさか相手が、そんなわけないと自分に言い聞かせるがもうそれにしか思えない。でも嫌いになんてならないし、拒絶も否定もしない。どちらも狂っているのだから。「啓しか見てないよ、啓しか居ない。啓しか愛せないよ」本当にそうなのだ。狂っている自分を愛せるのは相手だけだし、認めてくれるのも存在価値を見出してくれるのも相手。っから今更拒絶なんてしないしされたくもない、する理由がない。固い床と触れ合った背中が痛い、それでも今心が痛いのは相手。自分にしか相手を愛することなんて出来ない、そう思ってる。だから求められれば自分の精一杯で返すしどうにかしたいなんて思ってるのは本当だ。触れた唇は優しいのにどうして、こんなにも無機質な相手だけがこの空間で浮いているような気がするんだろう。指が自分の首に食い込むと相手の問いかけに応じるように首を縦に振る。こういう時は否定せずに肯定するのがいい方法だと思っている、しかも相手の手が震えているのだからよっぽどだ。好きかなんて問われれば今更そんな質問を、と思ってしまう。好きにきまっている、「好き、愛してる…」と呼吸がままならなくて掠れた声で述べると本当に自分達は狂っているなんて再確認してしまう。酸素を求めてわずかに痙攣する体に、自分の意思とは違って正直だなぁなんて感心してしまう。ひゅう、と苦しげな息が漏れるのが自分でもわかる、心は全然苦しくなんてないのに。先程以上に掠れた声で相手の名前を呼んでは白さを通り越してあおじろくなった顔が笑顔を作って
(死体愛好家なんてのは小説や文学でその言葉の意味を知っている程度と思っていたが、彼女の冷たい体と抱き締めた感触が脳裏から離れなくなって、時折またその体を抱き締めたいと感じるあたり自分はその類に含まれるのかもしれない。純粋で綺麗な彼女が自ら崩壊と消滅を選択し赤で染まり冷たくなった体を見た時の絶望感は今でも忘れることができない。暫くしたらまた目を覚ますかも知れないと硬直していく体を抱き締めて何度も名前を呼んだがその声は空虚に響き、彼女の死を見せつけられただけで。しかしそれと同時に彼女の死顔が苦しみから解放され穏やかにも見えて、また自分ももう彼女の苦痛に歪む表情も自傷する行為も見なくて済む、もう失う恐怖に怯えることもないのだと酷く安心して。自分が未遂をしたのは、彼女との永遠を望んだのか、彼女を救えなかった自分への戒めか、再び何かを喪失する恐怖からの逃走か、今となっては分からない。無意識に彼女と相手を重ねて失うことの恐怖に怯えているのかもしれない。ただ、こんな狂った己を受け止めてくれるのは間違いなく相手だけで、彼女には到底無理だったことだろう。そんな己を唯一受け止めてくれる相手を苦しめているのは紛れもなく自分で心の中で止めろと叫ぶのに震える手にこもる力は更に増していき、爪が食い込んでいく。相手の体が空気を求めて震え、喉が鳴る様を恐怖と快感の狭間でどこか人事のように見ては口角が上って。「笑、苦しいの」優しく問いかけては血の気の失った笑顔を「綺麗だよ、笑」と無機質な声で囁いてゆっくりと首元から手を引き解放するが息を吸うことを制するように深く覆うように口付けて
(息が出来ない、苦しい、なのにこの苦しみを与えているのが相手だからかその苦しささえも愛おしく感じる。感覚が麻痺していく、手足に力が入らない、所謂酸欠に陥りそうになりながらも愛してるだなんて感じてしまうのだからやはり自分は壊れ切っているのだろう。こんな歪んだ愛を誰が理解してくれるのか、居るわけもなく理解されたいとも思わず、ただ青白い顔に生理的な涙が伝うわけでもなく瞳に溜まっては水の膜をつくりいつ零れても可笑しくない。こんなに体は酸素を求めているのに自分は相手しか求めていなくて。どうして苦しいのに温かくて愛しくてこんなにも壊れてしまいそうな感覚になるんだろう。相手に壊されるのなら構わない。死を悟った時の人間、死を語るときの人間はどうしてこうも美しいのだろう。爪が食い込んで刺すような痛みが広がる。手を放されて空気が入ってくるはずなのに相手に口を塞がれる。愛しいその口付けに溺れそうになる。だけど体は正直でやはり酸素を求めて震えている。
(もう苦しむ相手を見たくなくて心の中で何度も相手の名を呼ぶのに強欲と狂気が支配して体が自分の意識から離れて操られるような感覚。でも確かにそこに自分も居て、相手を失う恐怖からの解放の快感を求めていて。「笑、おれのために泣いてくれないの」瞳に溜まる涙を舌先で拭い眼球を舐め上げるようにし瞼に口付けて。またピクリと震え始める手が相手の首元の肉に爪が食い込む感触をまるで快楽とするように指を押し付けたまま僅かに上にずらす。解放した首元は血で少し滲んでいてそれを己がつけたと思うだけで独占欲が高揚し、酸欠で震える体を強く床に押さえつけながら空気を吸うのを許すように唇を離す。そして赤く爪の後が残る首筋に甘噛みして、虚ろな瞳でぼんやりと相手を捉えるがその瞳の裏には相手はいなく、愛という皮を被った狂気と欲にまみれていて。しかしそれは相手を失うことに怯え、狂おしいほど愛しているのにそれを受け入れられない弱い下衆な人間でしかなく、それを自覚しているのにそんな醜い己でさえも愛し受け入れる相手に甘え、そこから更に快感を得ようと貪るように、また相手から幻滅され拒絶されることを恐れるように何度も角度を変えて口付けて「笑もおれのことも壊してくれる?」冷ややかながら相手の同調を強く求める声色で再び首元に手を添えながら問いかけて
いっ…
(ようやく出た言葉は食い込んだ爪が傷をつけたことで零れたなんだか妖艶に聞こえる声。引き裂かれる痛みはまるで挿入されている感覚に似ていて体が熱くなる。相手から与えられる痛みに愛しさを感じ、決してマゾではないがこの痛みは何だか好きだ。眼球を舐められると背筋がびく、と反応してしまう。オキュロメディス、つまり眼球愛好家のしそうな行為と一致している気がする。やっと入ってきた酸素に懐かしさを感じては咳き込みながら呼吸をする。今度は生理的な涙がとめどなく溢れて来て何故か息苦しい。暗闇のような瞳に自分は映って居ないのだろうか。捨てないで、行かないで。依存してしまった心は相手を求めて揺らぐ、愛してる、そう呟いてはまた笑って。甘噛みによって洩れた甘い声に聴覚を刺激されると同時に狂おしい愛情に支配されていく自分と相手が世間一般からどんどん遠ざかっていくことを理解してはやっと二人になれた、なんて。「うん、嫌って言うほどの愛情で壊してあげるよ」首に添えられた手に自分の冷たい手を添えては「好きなだけ壊してよ」と笑いながら述べて
痛い?気持ちいい?おれを感じてくれてるんだね、もっとおれを感じて
(首筋にさらに爪が食い込むことでもれる相手の甘い声に欲が満たされ全身震えるが、手の震えだけは何かを抑制し恐怖に犯されたように小刻みで。熱い吐息を吹きかけながら己の欲を注ぎ込むように耳元を舐め上げ、螺子が外れ壊れた人形のように狂った言葉を口にする。「おれは笑の心の闇も愛せる。彼女を妬む気持ちも、おれ達を邪魔する奴をぐちゃぐちゃに殺したい気持ちも…全部。おれは笑の狂ったところがみたい。もっと壊れてよ」甘い自分とは違うのだと言うように床に抑えつける手の爪を立て肩を強く握りこみ更に深く沈み込ませるように体重をかける。そして、耳元から再び瞼に、そして口元に舌を通わせ下唇を甘噛みして。「笑はどっちのおれが好き?…選んでよ」第三の選択を禁ずるように二択を強いれば己を選べというように再び首元に置かれた手に力がこもっていく、しかしそれに反して瞳からは一筋の涙が零れ、虚ろな瞳で相手を捉えようとする自分がいて
(知っている、相手は本当は自分のことを失うのが怖いことに、彼女と重ねて再び悲劇を繰り返してしまうかもしれないと怯えてることに。だから否定もしないし拒絶もしない、する理由がないから。相手は自分を愛してくれていて、自分も相手を愛してる、求めてる。首筋に食い込む爪の痛さだけが妙に現実的で意識を手放しそうになる自分を引き止めてくれて。心の闇も愛せるという相手に何か言いたいのに息を吸っても入ってこなくてひゅうひゅうと苦しげな呼吸し化出来ない。首に添えられた手に力がこもっていくと泣いてる相手と目が合ってしまう。酸素が行き届いてなくて感覚がない重たい腕を持ち上げると相手の涙を拭って、泣かないでとでも言うように眉根を寄せてみせる。全然好きだ、愛してる、どちらかを選ぶなんて出来ない、そう言っては相手は起こるだろう。でもこんな問い、答えなんて決まっているようなものじゃないか。自分が答えられないとわかってて問い掛けたのだろうか、相手は掛けたのかもしれない。でも流れる涙の意味が知りたくて涙を拭った手で頬を撫でて。その手はいつも以上に冷たく正気がなくて
笑…(相手を目が合い力無い冷たい手で涙を拭われて、自我が徐々に戻り始め瞳に光が戻ると相手をまっすぐに見つめ愛おしい名前をポツリと呟く。先程のように取り乱したり、謝ったりすることはもうなく、ただ首元から徐々に震える手の力を抜いていく。心の中は罪悪感と自分への戒めですぐにでも殺してやりたいくらいだったが、それは何の意味もなさず相手も自分も苦しめるだけだと知っていて、ただ狂気に満ちた己に何度も呆れることなく愛を向けてくれる相手に此方も応えなければならないと思って。「苦しかったね。俺の苦しみを受け止めてくれてありがとう」瞳には涙はもうなく、微笑みもないが苦しみは相手が傷を負うことでもう自分には無くて、自分は苦しくないのだと伝えて。そして自分たちの先の明るい未来を壊し介入してくる奴はたとえそれが己であろうと原型を留めない死体にして排除しなければならないと考える一方、両方を愛してくれる相手のために自分自身が己を認めなければならないと察していて。まだ不安定な自分はいつか相手を本当に殺めるか、自ら死に逃げてしまうか分からない。それでも「ずっと一緒にいたい。そばに居て欲しい」落ち着きのある声で狂気に満ちた自分に縛り付ける残酷で醜い言葉を呟いては堅い床から酷く冷え切った死体のような相手をすくい上げるように、まだ小刻みに震える手で優しく抱き寄せて「笑、どっちの俺が好き?」と今度は威圧的がない甘く優しい声で問いかけて、相手の髪の匂いを嗅ぐように頬をすり寄せて「まだ…生きてる」と安心と落胆のどちらとも取れる声色で空虚に呟いては「愛してる」ともはや自分の弱さを蔑んでいるかもしれない相手にとって意味のなす言葉なのかは分からないが愛することを止められず。
(やっと瞳に光が戻った相手に安堵の表情を浮かべてはやっと満足に呼吸が出来る状態になった、なんて死にたい、殺されてもいいと思っていたのに生にすがってバカみたいだ、なんて考えて。自分が相手を壊しているのかもしれない、もう相手の側に居てはいけないのだろうか。考えただけで涙があふれていく、もう相手は泣いてはいないのに。ふと自分の首に手を当てると血がついて、その傷をつけた時の切なげな相手の顔を思い出すと苦しくて辛くて自分は結局何も出来ないのだと改めて無力さを知る。「苦しくなかったよ、啓だったから」泣きながら笑って言う、辛くなんてなかった、このまま死んでしまってもいい、本当にそう思っていたのだ。相手の苦しみが消えるのなら、相手が苦しみから解放されるのなら自分をいくら利用しても傷付けてもいい。どんな相手も愛している。「うん、ずっと一緒に居よう。側に居させて、啓の側に」抱きしめてくれる相手は温かいのにどうして自分はこんなに冷たいのだろう。いつか生徒にも母にも言われたように死んでるみたいな自分が憎い。「全部啓だから…どっちも啓なんだよ、だからオレはどんな啓も愛してるし、啓の苦しみは受け止める」なんて述べては「生きてるよ、ごめんね…」と。相手が自分が生きてることに落胆したように聞こえて謝ってしまって、それでも「愛してる」と何度も何度も伝えて
(ずっと一緒に、というがそれはどんな形を想像して相手は言っているのだろう。幸せに満ちあふれた純粋な未来か狂気に満ちあふれた永遠の幸せか。どちらも受け入れてくれるなんて自分には重たすぎて、愛が溢れてこぼれ落ちていくような感覚。相手の愛が大きすぎて自分が酷く陳腐に感じ、依存し合っていると思ったが思い上がりだったとさえ思えてきて。こんな陳腐な人間が相手のような人間と釣り合うとは思えないと女々しくも考えてしまい、相手への愛情は変わらないはずなのに不安ばかりが脹れあがる。「俺…今自分に呆れてる。笑に申し訳なくて。多分また笑との間に距離を置こうとしてる。笑を愛してるから」距離を置きたいなんて微塵も思っていない。できることなら片時も離れたくないのにそう言うのは壊れた己でさえも受け止めてしまう相手の愛が、相手を失うことに繋がるからで。もういっそのこと永遠に壊れたままの自分のほうが良いのではないかと思えてくる。「笑…今の俺のままだと笑の愛は苦しいよ」気付けば相手を遠ざける冷酷な言葉を泣きそうな笑顔で呟いていて。自分の気持ちは相手から離れていないはずなのに酷く距離を感じるのは何故だろう。「…謝らないで。笑が生きてないと俺も生きれない」愛の言葉は本心からなのに安っぽく浮いてしまうのは狂気が足りないからだろうかと考えてしまう。首筋に残る傷を指で優しくなぞりながら「ごめんね、笑は何も悪くないんだ」と何度も呟かれる“愛してる”に応えることができなくて
(距離を置こうとしてる、愛が苦しい、そうかこれが拒絶なのか。一方通行の愛なんて重いだけで相手を苦しめる、分かっていたのにどうしてこんなに胸が痛くて苦しくなるんだろう。一度幸せに触れてしまったから、以前の自分になるのが怖い、でも闇の中から前の自分が手招きしてるような気がして気付いたらポケットに忍ばせていたカッターを握っていた。相手が要らないと言うのなら、相手がもう自分を必要としないのなら。居なくなってしまえ、こんな自分なんて。光の失われた虚ろな目でカッターの刃を出すと狂ったように何度も何度も手首を切りつける。手首だけじゃ足りなくて、相手が付けた傷をなぞるように首に刃をあてては抉るように切る。手首からも首からも血が止まらなくて涙が出てきて血塗れのカッターをしまっては「…ごめんね…」なんて。生きててごめんなさい、貴方しか愛せなくてごめんなさい、**なくてごめんなさい。その謝罪には数々の意味があったが言えたことはちっぽけな謝罪の言葉。やっぱり自分なんて居ない方が良かった、自分なんかと出会わなければ相手が壊れることもなかった。好きな相手を破滅に導いたのは紛れもない自分だ。「…ごめんね、愛してる」そんな風に笑ってはふらふらと立ち上がって先程リンゴを剥いた包丁を握って自分に向けて
(相手にどれほど残酷で惨い言葉を浴びせたのかもう後悔なんて言葉では足りなかった。自ら何度もカッターで深く抉るように切り付けて、血まみれになり彼は今、命を絶とうとしている。生にしがみつく行為でも、苦しみから逃れるためでも、自分の存在を確認するためでもなく、戻ることの出来ない闇に落ちようとしていて。こんな時まで脳裏に浮かぶのは彼女の姿、そして失ったときの絶望。失うことがどれほど辛いのか知っていたはずなのに今、自分は自ら相手を突き放し、間接的に殺めようとしていて。弱く人間離れした狂った自分を受け止め愛で包んでくれるのは相手だけで、生きることに絶望した相手を守ることが出来るのは自分だけなのに、相手の愛の深さに甘えていた自分が憎くて。今喪失感と苦痛に喘いでいるのは相手に、愛している、そばに居て欲しいと伝えなければいけないのに恐怖が支配して乾ききった声しか出なくて。自分は彼女が死んだときから少しも成長していないことを思い知らされ、また救えずあの真っ暗で何もない世界が待っているんだと震える。何もない、それがどんなに楽なことか。気が付けばまた狂気に満ちた己になっていて震えは完全に収まり包丁を自分に向ける相手の背後に回ると包丁を持つ手に自分の片手を重ねて「えみ、やっぱり笑の全てを愛することが出来るのはおれだけだよ、笑、愛してるよ、壊したいくらいに。この傷もこの血も。ねえ…自分を切り刻む笑、綺麗だったよ。おれにも教えてよ。その痛みを」耳元で妖艶に囁きながら空いている手で血の流れる手首の傷を抉るように爪を立て、首筋から溢れ出る血を舐め上げると狂おしく相手を求める声で愛してる、と何度も囁く。そして包丁を持つ手を重ねられた手で強く押さえ込み力尽くで背後にいる自分の脇腹に刃先が当たるようにすればそのままゆっくりと肉に刃先を僅かに食い込ませて「…ッえみも力、入れて、?おれはこんなにも笑を愛してる、一緒に死んだっていい。ずっと一緒にいたいんだ」口から出る言葉は乱雑で混沌としているが迷いは一切なくただ狂気溢れる愛を一心に向けていて、互いの血で満ちる快感を望むように包丁を持つ手に力を入れていき
(拒絶されることには慣れていた。昔から浴びせられた"なんであんたはお兄ちゃんみたいになれないの"という母の言葉も、"初山は可笑しいから""あいつに関わったら可笑しくなるから"幼いが為の無知が他人をどこまで傷付けるか知らないクラスメートの言葉も自分にとっては意味もなく通りぬけるだけだったのに、相手が放った「笑の愛は苦しいよ」が何度も何度も頭の中で繰り返される。相手に対する怒りなんてものはなく、ただ自分が依存しすぎたことに苛々してはもう居なくなればいいのに、と自分の存在を否定して。愛してる、愛しているのだ。ただ純粋に相手のことだけを必要としていて、大好きでずっと側に居たくて、側に居させて欲しくて。何だか意識が朦朧とする、相手が何を言っているのかよくわからんくて反応が出来ない。時折聞こえるノイズがかかったように聞こえる声、手首に食い込む相手の爪が自分を壊していく。痛い、痛い、でもその痛みでさえも愛しい。首筋に這う相手の歌に身体は素直に反応して、唾液が傷口に入って沁みるその針を刺すような痛みに「ッ…」と声にならない声を出して。ようやくまともに聞き取れた相手の声に「…啓、愛してる…愛して、オレのこと…啓が求めるならいくらでも壊れるから、人形でいいから…」と言っては自分のわき腹に深く食い込むようにして力を入れる。こんなときにも相手の負担を軽減しようとする余裕はちゃんとある。死をもって、この愛情は永遠になる。どうせなら、もっと沢山の相手の表情を見たかったな。そんな後悔が一度でも頭をよぎると"まだ**ない"なんて生にすがりついてしまう。結局、自分は弱いのだ。「…啓、啓…」涙声で相手の名前を呼んで
(どちらの自分も相手のことを愛している。笑顔で満ちあふれた明るい家庭のような甘く光り輝く愛を思い描く自分は相手の明るい幸せを願っている。しかし酷く臆病で互いが求め合うことで傷付き、失うことを恐れ、もう一人の己を否定し、また相手に己を受容されることを危機としている。一方でもう一人は臆病な自分を切り捨て快感と狂気に身を任せることで互いが求めるもの全てを受け入れて、傷付け痛みを与えることも互いを繋ぎ止める幸福と感じ、完璧な2人の世界である永遠の愛さえも厭わない。記憶は共同しているため二重人格とは少し違うがどちらもしっかりと共存していて。そして今表に出る己は相手の苦痛に歪む表情に酷く快感を覚え、意識を朦朧とさせる表情でさえも愛おしく、更なる欲を満たすため首筋に歯を立てて。まるで相手に生きていることを実感させるように、それでいて死を追い立てるように苦痛を与えて。「笑のその顔、すごく綺麗。このまま人形にしてたっぷり可愛がってあげようか。それとも壊れかけのまま抱いてほしい?」肉体に刺さる異物の所為か声は徐々に弱々しくなるものの妖艶に囁きながら熱い吐息を吹きかけて。包丁に力が加わったことで脇腹の肉が裂け今までに感じたことのない鈍痛がし、そこから全身を駆けめぐるように痛みが支配して脳内を麻痺させていく。手首を握る手に力がこもり生暖かい血が爪に入ってくる感触に溺れそうになる。このまま2人だけの世界に…と心の中の自分が覚悟を決めた時、あの愛おしい声で自分の名前を呼ぶ声がして、自分はなんて弱いのかその涙声だけで、離れたくない、ずっと一緒に明るい幸せを築きたいと願う自分が返ろうとして。「笑…愛してる」と甘く囁きながら、相手の体温が同化していくのを感じ、このまま包丁を引き抜けば、もっと一緒になれるのかと2つの人格の狭間で相手との幸せの共存を願って
(相手の中に二人の彼が居ることはもう十分に理解している。どちらの彼も愛している、相手に代わりはないのだから嫌いになる理由がない。「俺」と「おれ」が存在して、愛されたいのに愛が怖い相手と痛みを共有することさえ愛としている彼が複雑に絡み合っている。世界は残酷で、そんな狂った愛でさえも受け入れることの出来る自分を作り出してしまった。それはきっと自分が育った環境や今まで触れ合ってきた人が関係していて、それがなければこの狂った愛を受けいれることなど出来なかっただろう。歯や爪が傷に入り込んでくる度に喘ぎ声にも似たそれが洩れて欲望を高ぶらせていく。痛い、この痛みは愛情だ。壊れた自分を愛せるのは相手だけだ。「啓…痛い、だけど凄く気持ちいい…」と妖艶な笑みを零しながら言っては脇腹から流れる血を掬いとり、舐める。自分のか相手のかわからないその血の味に浸りながら手首の痛みに慣れ始めた身体が震えて。涙が出そうになうのに出ないのはこの鈍い痛みがやえに現実的で自分を引き止めているから。「ねぇ、啓…オレ、啓と生きたい。側に居たい。啓にとって愛が苦しくても側に居たいよ…我侭かもしれないけど…」肩で息をしながら言っては何度か咳をした後に膝から床に崩れ落ちては脇腹から手首から首筋から流れる血が血色が悪く、青白くなった自分の肌を伝う感覚が心地よくて。この血でさえも相手は愛してくれる、汚れきった自分も、過去の自分も、これからも。相手に依存してしまった自分が酷く弱いことを再確認しては「愛してる、愛してる…」とひたすらに呟いて
(もし相手の過去に汚れて腐った獣たちが関与していなければ今の彼いなかったかもしれない。残酷な過去が無ければ自分と己を受け入れる彼は存在せず、こうして愛を奏で合うこともなくただ平凡な日常が過ぎていっていたかもしれない。過去の醜悪を良しとする訳ではないが今こうして相手と時を共にして依存しあえるのも過去があるからで。数奇な運命と言うがこういうことなのだろうかとぼんやり思ったりして。相手から発せられる艶やかな声に欲情が掻き立てられ、首筋から垂れる血を舐めとり吸い上げると口内で唾液と混じり合わせわざと水音を立てながら耳元に唇を寄せ耳朶に甘噛みすると生暖かい液を冷たい首筋に滴らせて。「足りない…もっとおれに笑を見せて、おれにも痛みをわけて」妖艶に脇腹の血液を舐め取る様を満足げに見ては自らも脇腹に食い込ませていた包丁で手首を切りさき震える相手の口元に噛むことを要求するように押し付けて。もう自ら傷付けないそんな約束を破ってしまったことに涙する自分はそこにはいなくて。それでも崩れ落ちる相手の言葉が不安定な自分を何とか呼び覚まして「大丈夫、笑。今、笑と生きてる。そばにいる。笑がくれる愛の苦しみが愛おしい。我が侭じゃないよ、俺がそばにいたいんだ」床に座り込む相手を支えるように自分も崩れ落ち、互いの生暖かい血が冷えた体温に酷く映え、浮くように感じて。それでも自分より傷付く相手の出血量は彼を急速に死に近づけるようで自分も同じ場所に行きたいと床に落ちる血に濡れた包丁で首筋を傷つけ手の届かぬところへ投げると、強く相手を抱き締めて「笑、俺たちまだ生きてるよ…。ねえまだ生きたい。ずっと同じを感じてたい。…笑、狂っててもいい。生きようよ…」弱い自分が相手を強く求め甘い言葉で生を囁く。自分を傷付ける行動と生きようとする言葉は矛盾しているのに相手との共存が実感でき溢れ出る血が混ざり合うことが至福に思え「愛してる」と抱き締めながら確かに自分が薄らと笑んでいて。
(艶かしい水音に聴覚を刺激されながらもまだ肩でする呼吸と時折洩れる甘い声は続いていて。こんなになってまで愛したいというのは罪だろうか。自分が過去に受けた傷なんて痛くない、ただ思い出した時に吐き気がするだけで何ともない。なのに相手自身が相手を傷付けることが深く心に突き刺さる。 止めて、約束したのに、お願いこれ以上、自自身を壊さないで。言いたいことはたくさんあるのに伝えられずにいて。口元に当てられた相手の腕、やらなければもっと傷付けてしまうかもしれない、体とは違い温かい舌先で相手の傷を舐め、吸い上げては歯を立てる。口内が鈍い鉄の味で侵食され、それが相手の血だなんてなんとも愛しいのだろう。取り憑かれたように血を舐めとっては口を離して、「啓の血、美味しかったよ」と笑って。「生きたい…」一緒に生きたい、初めてそんな風に思える人と出逢えた。自分はこのまま愛に触れないで終わっていくのだと思っていた、幼い心についた傷跡はまだ消えそうにない。兄の死をあっけないと笑ってた自分がこんなになってまで生にしがみつき、死を恐怖としている、しかし、相手の手で終わるのなら死など怖くないのだが。「…生きたい…啓、重くてごめん…辛くさせてごめん。啓と生きたいよ」なんて子供のように泣きじゃくりながら言う、嗚咽混じりに告げたその言葉がどこまで相手に届くかわからないが、それでも伝えたいのは愛してるということ。しっかりと腕を回して力の入らない腕で相手をだきしめて
おれが傷付くのが怖い?いやなの?…えみ、それはわがままだよ。同じこと、してるのに
(自傷したことで相手の表情が悲しげになったのと見れば言葉足らずな物言いで我が侭、と冷たく切なげな声色でいう。相手が己を認めることでいつか本当に壊して殺してしまうのではないかと恐怖に怯える自分の気持ちと同じなのだと「おれは笑のためだったらいくらでも傷付いて良いんだよ。この痛みさえも愛おしいから」腕の傷を伝う相手の舌の感触に満足げに笑み、時折吸い上げられ歯が当たり感じる痛みにゾクゾクとするがまだ足りないと言うように相手の腰に手を回す。そのまま自分の脇腹の傷まで手を伸ばし、傷を抉るように握り込んでは表情を苦痛に歪ませるでもなく優しく艶やかに子どもをあやすように相手の髪を撫でつつ付け「いい子だよ、笑。もっとおれを感じて」髪に口付けを落としながら相手を愛せる幸せを噛み締めるように抱き締める腕に力が入る、とは言っても実際はほんの僅かしか変わらず互いの体力が着実に奪われていくのを感じそれさえも愛おしく。「…俺も笑と生きたい。でもまだ笑の愛してくれるおれは好きになれない。俺は弱いからおれのせいで笑が傷付いて壊れていくところを見たくないんだ。でもね、おれなら笑にごめんなんて言わせない。重たくないしまだまだ足りないくらいだよ。全部受け止めたいんだ。…辛いのは笑がいれば幸せになるから。だから笑と生きたい」こんな狂った人格を求めてくれるのは目の前の愛おしい子どものように泣きじゃくる相手だけ。優しく好きなだけ泣いてもいいのだと抱き寄せると、いつもは冷たく感じる相手の体が自分と同じで、温めて上げられなくて悔しいのに同じで嬉しい。相手から愛が痛いほど伝わってきて、まだ口内に残る鉄の味のまま深く口付けると、やっぱり相手の口の中も同じ味がしてどうしようもなく嬉しくて「愛してる」と何度も奏でて
ごめ、ん…なさい…
(我儘だと言われれば親に怒られた子供のように震える声で謝って、辛く苦しい自分の気持ちを打破するように相手の傷口を噛んで。これが得策だとは思えないが、これが自分達の愛の証ならそれでいい、こんな行為でさえ吐き気がするほど愛しいのだから。腰に回された相手の腕がいつもと違い酷く冷たく、そんなものにまで反応を示す自分の体が恨めしい。幼い顔が涙で溺れ、自分の頬を伝う涙は確かに自分自身のものなのに何故か他人の物のような気がする。オレの為に傷付かないで、なんて言えるはずもなく、飲み込んだその言葉を忘れるように口淫のようなその行為を続けて。何度も艶かしくそれを繰り返しては「啓、そろそろ血…止めないと…」と小さく呟いて。共に生きたいのにこんな所で死んでは元も子もない。居なくなってしまえば、ここで果ててしまえば、相手を想うことすら出来なくなってしまうのだ。そんなものは嫌で、自分はずっと相手を想っていたい。いつか相手自身の手でこの身が果てるその時まで相手と愛を紡いでいきたい、と言葉にするのは億劫だが、そう考えている。しかし、幸せと辛さは隣り合わせ、だからこそ幸せに怯え、辛さに恐怖を感じてしまうのも事実。でも相手とならそんな辛さも乗り越え、共有出来る気がするのだ。これが共依存なのかはわからない。ただ相手が苦しいと自分も苦しくて泣きたくなる。相手が嬉しいと自分まで笑顔になる。よく、2人なら辛さは半分幸せは2倍、なんて言葉をドラマや小説で見聞きするがそんなのは幻想だと思ってた。なのに相手となると本当にその通りなのだ。「啓、オレ…壊されてもいい…だから啓の側に居たいよ…オレはどんな啓も愛してる…啓が嫌いでも、いつかは啓自身が好きになれるように頑張るよ。だから…ずっと側に居て、オレを側に居させて…愛してる、どんな啓も啓に変わりない…」と泣きながら言ったからどれほど伝わったかわからないが何度も愛してると
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