我 2014-02-02 15:29:28 |
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今はもう使われる事の無くなった教室の隅で、電気が切れ掛かった蛍光灯が、揃わないリズムで消えたり点いたりしながら己が生命の危機を伝えている。
「…暇だ。」
窓の直ぐ傍の太陽が心地よく当たる位置にある机に、力無く突っ伏して彼は呟いた。
現在の彼の発言報告「暇だ」、の一言。
今の所矛盾点は無い。
現時点昼休み、生徒達、主に女の子がきゃいきゃいと騒ぎながら飯を喰らっている。
今日は空が高く雲がまばらに存在し、太陽は暖かいが風が少し冷たくふいているというなんとも微妙な気候だ。
その微妙さが影響してか、学校の渡り廊下を歩きながら彼は一つくしゃみをした。
「……」
すん、と鼻をすすり息を短く吐いて、特に何も思わず歩みを進める。向かう先は自身の愛しき空き教室。
別に教室に居たら居たで気を紛らわせば居れない事はないが、どうにも居心地が悪い。
彼は人付き合いに価値を見出せぬ哀れな子、もとい人嫌いの気があり、いつも教室では眉間にシワを寄せて「誰も寄るな」というオーラを醸しだしているのだ。笑顔などもっての他な話である。
私は貴方が心配です。
そっと言ってはみたのだけど、彼は後ろの私に数秒だけ顔を向けたと思ったら、直ぐに前を向きなおしてしまった。
私は彼の顔が睨んでいたように見えて少し悲しかったが、彼が歩を進めるのに置いて行かれまいと、気のせいだと自分を励ましつつ彼の後を歩いた。
彼は私の3歩程先を歩きながら深めに溜め息を吐いた。
現時点での発言は無い。
空き教室に到着するまでの間、私は彼の横を歩いたり顔を覗き込んだりしながら、他愛も無い事を話しかけていたのだが、彼は俯いたり視線を逸らしたり、あくびをしたりと何も返してはくれなかった。
全く訳が分からないが、黙れという意味だろうと自己完結し、仕方なく口を噤んだ。
道中は双方会話が無いままだった。
ガタ、ガタン、と立て付けの悪い扉を彼が少々乱暴に足を使って開ける。
こら、そんな開け方は行儀は悪いよ。と注意するも、彼はスルーして無視を決め込む。
一昨日までは、「へいへい。」だの「うるせーな」だの生意気だけれど情のある言葉を返してくれていたのに、それさえも無いのは悲しいし寂しい。何かをしでかした記憶も無いというのに、この仕打ちはなんなのだろうか。
むくれながら彼に続いて部屋に入ると少し埃っぽい空気が鼻をついた。殆ど人は立ち寄らないので居心地が悪いという程埃は積もってはいない。だが少々空気が悪いので換気が必要だろう。
そんな事を考えながら、様子が急におかしくなった彼の事がとても心配で溜まらなかった。
現時刻午後一時三十九分。
物置のように色んな物が積み重ねられているので移動は多少気をつける。
もし暴れてぶつかれば大怪我は免れないであろう中身のギッシリ詰まったダンボールの壁の横を、彼と私は通っていく。
私は歩きながら彼の背中を数秒見つめた。
現時点での発言は無い。
「……たるい。」
行儀悪く机に座るやいなや、溜め息と共にそんな言葉を吐いた。
そしてポケットから携帯電話を取り出してメールの履歴をチェックしだしている。あんた私の他に友達いたの?なんて聞きたかったが、流石に彼の傷口を抉りこんで泣かす趣味はないので黙っておこう。
きょろきょろと辺りを何となく見回して半分に何も言わず空いている机、彼の横の机に腰掛けた。
うん、行儀悪い、座り心地もまあまあかな。目を閉じてそんな事を思う。
ああ、そういえばこのきょろきょろ見るクセ、まるで猫みたいだってあんたに言われたんだっけ。
なんか褒められてる気がして嬉しかったんだけど、よく考えたらあんた馬鹿にしていたでしょう。
顔が笑っていたもの。
現時刻午後一時四十三分。
木の軋む音が彼の方から聞こえてきて、反射的に彼を目で追った。すると机から降りて窓の傍にいて、いつのまにやら携帯電話をしまってぼーっと外を見つめていたので、何か興味が引かれるモノがあったのかと彼の隣に駆け寄った。
現時点での発言報告「…たるい」矛盾は無いがもっと言葉を話さないと人間語を忘れるぞ。
……あ。
空き教室は校庭の反対側にあって、窓の外から校庭は見えない。校舎裏が見えるのだ。
そこに人影などは一つも無かったが、愛らしい猫が一匹ぽつんと自身の毛づくろいに熱心になっている姿があった。
彼は何も言わずにその姿を眺めているのだ。
その事実に私は少しだけ驚いた。
彼は猫が苦手なのである。
むかーしむかし、という程でもない二年前の五月。中学を卒業しても、家がご近所さんであり、しかも高校も一緒という私達の交流が絶たれる事はなかった。
五月だけに五月晴れの日曜日の今日は、太陽が強めに照りつけられる熱い一日となりそうです…とか朝のテレビでキャスターが言ってたっけ。
そして私は休みの日の日課である、気を抜くと休みの日はいつも引きこもっているという不健康な彼を、お菓子を買ってあげるからおいでという誰でも引っ掛かりそうな甘言で外へと連れ出す。というミッションに成功した。
「ずっとネットをするのは人格形成にも問題がありそうだから気をつかったんだよ、あ、もしかしてもう手遅れのかな、大変だタクミ君。手術しなきゃ。」
冗談まじりに私が言う。照りつける太陽の下、微量の汗を感じつつアスファルトを蹴って歩く。
「抜かせ、ミユキちゃん。俺はいたって普通であるし、何よりも手術で人格を変えるってのは前例が無いっつーか無理な訳で。イコール戯言を言うな。」
彼が私の冗談を華麗に切り捨てて、二人並んで店屋へと歩を進める。ちなみに此処は田舎の部類に入るので、コンビニに行くならバスで向かわねば、徒歩でたどり着くことは出来ない。
なので私達が向かっているのは近所の駄菓子屋。小さい頃から通っているから、店のおばあちゃんとは大の仲良しである。
「熱いねタクミ君。」
私の何でもない一言と、
「そうだな、ミユキちゃん。」
彼のなんでもない一言。
他愛ない話をしながら歩を進めると、案外と速めに目的地についた。
私達は店内でゆったりと椅子に腰掛けているおばあちゃんに軽く挨拶を済ませ、会話を交えつつまったりと買い物をした。此処は冷房が効いていて夏の暑さとは無縁の天国である。だから出来るだけ長めにこの場に居たい。
だがあまり何もしないのに店に長いするのは何となく駄目な気がする、そう、親しき仲にも礼儀ありだ。
適当にお菓子を選び終えて会計に向かい、私が一人財布を出しているのを見たおばあちゃんは、「貴方ヒモみたいになっちゃうわよ」と私の隣の彼にニヒルな笑みで言った、怖い。彼は一瞬絶句した後いつもの真顔に戻り、「財布を忘れたから今たまたま借りているのであって断じてヒモじゃない。」と早口で告げた。嘘をつくな、嘘を。
このおばあちゃんの定番のジョークに、この後帰宅途中必ず「あの冗談は止めて欲しい」と彼なりに肩を落とすに違いない。
帰り際にサービスとガムを二つくれた。ありがとう、と礼を言って冷房の未練の残る店を後にする。笑顔の可愛いおばあちゃんは、今年で81歳らしい。もっともっと長生きして欲しい。
「…あ、ついなぁ、そうは思わないかタクミ君。」
先日見たシャーロック・ホームズの口調で、肌にじんわりと汗を滲ませながら、共に家を目指して歩く彼に問いかける。
「確かに……五月とは思えない程、暑い。」
若干バテ気味のようだ。日ごろ運動をしないからそうなるのよ。これ位でバテてたら夏本番の時きっと貴方は死ぬでしょう。
一応別にホームズネタが通じなかったから少し恥ずかしいとかそんなんじゃないって事を伝えておくね。
閑話休題ストーリー 『もしかして』
怖い怖い怖い。
ガクガクと震えながら夜を越すのは何度目だろうか、護身用のナイフをギュッと握り締める。
「……………」
私はただ何も言わず、自室に鍵を閉めて、ベッドの上で震えていた。
私は旧家の一人娘の令嬢で、訳あって別邸に一人で住む事になった。
その訳というのは、私は生まれつき体が悪く、すぐに貧血を起こしたり意識を失ったりと大変で、色んな人が出入りする本邸に居ると気も体も休まらないだろうと、家の者達が気を回して提案してくれたらしい。
最初聞いた時は驚いたが、私の為を思って提案してくれたのならと断れなかった。
だが私は生まれ育った家から離れるのも怖く、まだ齢17という事と、病気で心細いので一人ぼっちで広い家に居るのは寂しいという事を父に訴えた。
「…しょうがないな、あまりお前に人を近付けさせたくはないが…腕利きの料理人と、身の回りの世話をさせるメイドを3人派遣させる。」
父様は苦々しい顔をして言った。あまりに心配のしすぎだ、と、私は若干呆れて溜め息を付いた。
だがまあ愛されている証拠ではあるのか、と少しだけ誇らしくもなった。
瞬間ふと、ある事が頭を過ぎり、父に質問をした。
「ねぇ、でも父様。最近使用人が減ってきているのでしょ?私に3人も、いえ、4人も派遣して下さって、本館の使用人は大丈夫なの?」
そう、何故か最近使用人がパタパタと減っており、メイドも執事も面接を増やしているのだ。
「む、…いや、気にしなくて宜しい。私はお前の事が何よりも心配なんだ。」
父様は愛の篭った、とても心配している顔をして、私の顔を見つめた。
そこから3日程経って、私は別邸へと移り住んだ。
森林が家の周りを囲んでいて、空が高く、とても空気が澄んでいて美味しい。深呼吸をゆっくりとすると、心がすうっと洗われるようだ。山の中とはいえ素晴らしく、何とも爽やかで、心が和んだ。
使用人は派遣すると言ってはくれたが、やはり本館の来客の対応に追われて人の数が足りないらしい、朝に料理を作ってはすぐに料理人は本館に呼び戻され、メイドがベッドを整えては呼び戻され、更に部屋を清掃しては呼び戻され、と、いつも4人はバタバタと走り回って、私とゆっくり話しをする暇もないようだ。
少し寂しくは感じたが、まあしょうがない事なのだと、今日も昼から慌しく私の前でベッドを整えるメイドの姿を、椅子の背にもたれて、まどろみながら見つめていた。
そこからあの惨劇が始まったのだ。
どれくらい時間が経っただろう、私は椅子に座ったままふっと目を覚ました。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。傍の時計を見ると1時29分。まどろみ始めた時は10分程だったから、20分程寝てしまったらしい。寝ぼけ眼で目を擦る。
「!……?」
瞬間奇妙な香りが鼻についた。まるで、鉄のような、それ以外に、何か混じったような香りだ。
メイドに何をしているのかを聞こうと、ベッドの方を向いた。
「ねぇ、一体この香りはなあに……?」
刹那、
「…………え…」
掠れたような声が、自然と出る形で私の喉から漏れ出した。
目の前にメイドの姿はあった。
だが、ピクリとも動きはしなかった。。
メイドはベッドにうつ伏せになったまま背中に包丁が突き刺さり、真っ赤に服とベッドを染めて死んでいた。
顔が此方を向いて口をあんぐりと開け、そこから血を多量に流し、目をぐうるりと見開かせて動かなかった。
「ひ、い、きゃあああああああああああああああああ!!!!!!」
私は背筋を凍らせながら金きり声で叫んで、ガクガクと震える足を何とか動かして椅子から飛び降り、部屋の外へと廊下に飛び出した。
息を切らして、手足を何とか動かそうとするも、がガタガタと恐怖に震えて思うように動かない。心臓がバクバクと鼓動を早め、冷や汗のようなものが一斉に吹き出す。
「お嬢様!?どうなさいました!!」
もうひとりのメイドが血相を変えて左側から走って来るのが見えて、内心どこか少しだけホッとして、涙を溢れさせながら私はもう一人のメイドに縋り付いた。
閑話休題ストーリー 『もしかして Ⅱ 』
もう一人のメイド、河野さんはしゃくりあげて泣き出した私の傍まで寄って肩を抱いて、立て膝をつき、あやすように背中をさすり始めた。河野さんは私が物心ついた時から本邸に仕えてくれている馴染みのメイドで、別邸に移ると言った時、笑ってお供しますと自分から申し出てくれたのだ。
河野さんは辺りを少し見回しながら、すぐに開けられた扉から漂う匂いに気づいて、腕を伸ばして少し乱暴に大きな音を響かせて扉を閉めた。そして耳元に顔を寄せて、お嬢様、お立ちになれますか、と泣きじゃくる私を抱き寄せ小さく言った。
私は震え、ろれつが回らないままに恐怖で足が動かない事をなんとか話した。すると河野さんは無言でコクリと頷いて、胸ポケットから小さな無線機を取り出した。
「大丈夫ですお嬢様、私が傍に居ります。」
それだけを私に言うと、無線機に向けて何か小さく誰かに話し出した。後から料理人がバタバタと走り寄ってきたのとそれは同時で、大丈夫ですか、お怪我は、と少しオロオロとしながら私に問う。
何かを話し終えた河野さんは、別室に移動しましょう。と料理人に私を担がせ、廊下を走り出した。
料理人の背中で揺られながら意識がだんだんと遠のき、ブツリと気絶するように私は眠りに落ちた。
○ ○ ○ ○
気づくと私はベッドの上で、河野さんが心配そうに見下ろしているのが見えた。少し顔を横に逸らすと、窓の傍に料理人が居て、お嬢様、とホッとした顔で傍に駆け寄ってきた。窓の外ではいつの間にか雨が降っていて、窓を激しく打ちつける雨の音が響いていた。
「…………う、…」
小さく呻き声を上げて上半身を起こすと、二人が体をそっと支えてくれた。
「…あれから2時間程、気絶なされておりました。お加減は……?」
頼りなく控えめにそう聞いてきたのは料理人、確か高橋さんだ。本邸で何度か見かけて、何だかおどおどと頼りないような印象を覚えた男で、確か河野さんと同期だと聞いた事がある。
「……大丈夫、…それよりも…っう、あ、」
ぐ、とあのメイドの姿を思い出して吐き気がこみ上げてくる。とっさに口を手で覆った。大量に流れた血の香り、ぎょろりと向かれた生気の無い目、だらりと力なく空いた口が、頭をフラッシュバックする。
「お嬢様、」
即座に河野さんが洗面器を渡してくれた。きっとこの状態を想定していたのだろう。
私は洗面器を受け取ってげほげほと咳き込んだ。河野さんは静かに私の背中を背中をさすってくれた。その様子を、落ち着いた様子で高橋さんが見守っていた。
口元をティッシュで拭って、ゆっくりと深呼吸をして、やっと落ち着く事が出来た。片付けをてきぱきとする河野さんの代わりに、私の傍には高橋さんが居て、体調はどうか、と心配そうに聞いてくる。もう大丈夫、と少し笑ってみせると、どこか安心した様子で、そうですか、と小さく笑った。
ベッドで上半身を起こして座ったまま、落ち着いた頭にふとある疑問が過ぎった。
あんな事があったというのに何故この二人はこんなにも冷静なんだろうか。
高橋さんと河野さんは、あの死体を確実に見た筈だ。きっと私が気絶していた時に、私が一人にならないようにと、代わりばんこに死体の確認に行っている筈。
そして確実にあの死体はあのメイドだったと、同僚だったと確認している筈なのだ。
私の記憶を辿って客観的に見てみたとしても、朝ヨロシクお願いします、と挨拶に来たあのメイドであったと言える。
…なのにどうして、
うろたえもしていないんだろうか。
「お嬢様」
ハッとすぐさま河野さんの顔を見る。
「どうかなさいましたか?俯いて、何かを考えておられるようですが…。」
心配そうに河野さんが私を見つめる。
片付けを終えて私の傍に来ていたのに気づかなかった。
「…2、3、質問をしてもいいかしら。」
相手に聞こえる程の小さな声で、ぎゅ、と拳を握って問う。河野さんはふわりと微笑み、どうぞ、と澱みなく返事をした。
閑話休題ストーリー 『もしかして Ⅲ 』
雨の音が響く室内で、私と河野さんが見つめあう。口を開こうとした瞬間、河野さんが先に言葉を発した。
「安心して下さいお嬢様、この高橋という男、私と同等に信用の出来る男です。」
すっと河野さんが高橋さんのほうへ視線を逸らす。釣られて私も高橋さんを見た。4つの目にいきなり見られて、えっ、と一瞬驚いていたが、大丈夫です、俺はお嬢様を裏切るような事は誓ってしません、しておりません。と真っ直ぐに目を見つめて言った。
河野さんは不正が大嫌いな人だ。例えどんな些細な事であったとしても、頑として間違った事は認めない、おつかいで例え1円でも残ったら必ず領収書と添えてきっちり返す人だ。
…自分の流儀は崩さない人。
私は黙って頷いた。そんな人が信用に値すると言った人だ、疑う事など出来ない。
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