青葉 2013-10-19 22:21:19 |
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「でも、どうしようか。掛井君の無実を皆に知ってもらうには、今となっては難しいわよ。早野君に会って本当の事を聞いたなんて、誰も信じてくれないものね。早野君を出さないで説明しようにも難しいし。」
初穂は続けてそう言った。
確かに幽霊の早野君が現れて本当の事を話したと言っても、誰も信じてくれないだろう。そして、皆に早野君自身が話したことと捉えてもらわなければ、この話の信憑性はなくなる。
「どうすれば掛井君の無罪が証明できるのかしら。何とかしたいけど……。」
そう初穂が言った。
その瞬間、早野君が笑い出す。とても可笑しそうに。
僕は夢で見た早野君の笑いを思い出す。首を吊りながら笑っていた早野君を。
それは、肯定的に相手をみていない笑いだ。
「もういいよ。初穂ちゃんがそんな良い人のわけないんだから。掛井君がどうなろうが、初穂ちゃんにはどうだっていいんだ。そんなこと僕には分かっているよ。止めなよ、その場しのぎのことを言うのは。」
初穂の顔に怒りの色が出る。
「早野君、あたしは本気で掛井君を助けたいと思ってるわ。」
早野君は笑いを懸命にこらえながら言う。
「もう本当にいいよ、初穂ちゃん。僕が何も知らないと思ってるの?初穂ちゃんが僕にしたことを。」
「あたしが早野君に何をしたと言うの!」
初穂が感情的に声をあげると、早野君は笑いを止めて真顔になる。
「僕の一番言いたいことは話したよ。でも、まだ終わりじゃない。初穂ちゃん、話していい?」
初穂は早野君の真剣な表情に気圧されたのか、頷きもしない。表情から余裕が消えていく。
「話は僕が掛井君にマリモの瓶の水をかけられて、掛井君が早退した後のことだよ。昼休中、僕のところに二人の女子が来たんだ。僕は昼休みも女子達に囲まれるのかとうんざりしたけど、違った。皆、掛井君の行動に圧倒されてそんな気も起きなかったみたいだったね。誰もが掛井君は僕に悪意をもって水をかけたと思ってたから。」
僕は訊く。
「二人は何をしに来たの?」
「二人は僕に謝りに来たんだよ。もう僕を困らせることはしないとね。」
早野君は変わらず僕には穏やかに対応している。
「何で二人はそんなことを言いにきたんだろう?いや、何でそんな心境になったんだろう?」
重ねて僕は訊いた。
「二人も初穂ちゃんと同じで、僕の涙を見ていたんだよ。それで後ろ暗い気持ちになったみたいだね。二人は、掛井君が僕に水をかけたのは、少なからず自分達のせいだと思ったんだ。何と説明すればいいかな。つまりね、掛井君が女子達のプレッシャーに負けたと思ったんだよ。僕を庇うことで女子から掛井君も良くは思われてなかったでしょう。それに掛井君が耐えられなくなって、あんなことをしたと考えたんだよ。あの行動は、女子からの心証を掛井君が回復しようとして起こしたこだと勘違いしたんだね。」
早野君の話は少々納得出来ない。
「早野君が虐めにあう前から、僕は既に女子とは敵対していたよ。」
前から初穂と折り合いが悪かった僕は、一学期の始めから女子に良くは思われない存在だった。
「そうだね。でも、僕を庇ったことで、本来はしなくてもいいはずの嫌な思いを掛井君はたくさんしていたよ。それは僕が一番分かっている。何度も申し訳ないと思ったからね。二人は、掛井君の心が折れて、以前からのことも含めて女子達との確執を無くす為、僕に水をかけるという行動をとったと思ったんだ。」
二人は、僕が女子のご機嫌を取るために、早野君にマリモの瓶の水をかけたと考えたということだろうか。
「とにかく二人は、まさか掛井君までが僕への虐めに参加するとは思わなかったと言った。そして、これから自分達は虐めをしないし今までのことを謝る、とも言ったよ。」
素直に謝ってきた二人を、早野君ならば容易に許すことが出来ただろうと僕は思った。
「あたしが早野君に何をしたと言うの?」
控えめな声で初穂が訊く。
「僕はね、二人に疑問をぶつけたんだ。何故、僕は女子から嫌われるようになったのかをね。それは前から訊きたかったことだった。何せ夏休みが終わった頃まで僕は女子から嫌がらせをされたことなんてなかったんだから。なのに突然に、本当に突然に、僕は嫌われ出した。いったい何でなのか知りたかった。僕に負い目を感じていた二人は、自分達がこの話を僕にしたとは誰にも言わないという条件で、それを教えてくれたよ。結論から言うと、僕が嫌われたのは……、いや虐められたのは、初穂ちゃんのせいだった。初穂ちゃんがクラスの女子達に僕を虐めるよう指図したからだったんだ。」
初穂の声がまた勢いを取り戻す。
「でたらめだわ!あたしは早野君を虐めろなんて誰かに命令したことなんてないわよ!早野君に有りもしないことを吹き込んだ二人って誰!?」
初穂はいかにも心外というような表情をした。
「誰かは言わないよ。言わない約束だからね。幽霊になったとはいえ約束は守らないと。それに、初穂ちゃんは誰にも命令なんてしていない。それは分かっているんだ。」
僕には早野君が何を言いたいのか分からなかった。それは初穂も同じらしく、
「二人の言っていることが嘘だと分かってるならば、あたしは悪くないじゃない!訳の分からないこと言うのは止めてよ!」
と、初穂は再び怒り出した。
「二人は嘘もでたらめも言っていないよ。さっき僕は言ったでしょう?結論から言うと、と。二人も、初穂ちゃんから僕を虐めろと命令された、なんて話はしなかったよ。」
初穂は、
「回りくどいわね。じゃあ何なのよ。結局、何が言いたいの?」
と、少し苛ついた様だった。そんな初穂に早野君は、
「初穂ちゃんは、クラスの女子達に、僕のことが嫌いだと宣言したんだよ。そして、暫く僕の悪口を陰で言い続けた。そうでしょう?そう二人は話してくれたよ。」
と言いながら初穂の顔を覗き込んだ。
「あたし、そんなことしてないわ。」
初穂は早野君から目をそらした。僅かだが、表情から動揺がみてとれた。
早野君は初穂の言葉を全く無視する。
「初穂ちゃんには分かっていたんだ。それだけで十分だということを。それだけすれば命令なんてしなくてもクラスの女子達がどう行動するかを。」
初穂が嫌う人は、クラスの女子達も嫌うということだろう。それだけ当時の初穂には影響力があった。そして女子達は、初穂に気に入られる為に、初穂に嫌われないように、早野君に嫌がらせを始める。僕も同じだった。僕は初穂と折り合いが悪かったが、他の女子とは何の問題もなかった。が、僕はほぼクラスの女子全員と対立することになっていた。
「クラスの女子達にとっては、決して初穂ちゃんに命令されたわけではなかったけど、それと同じことだったんだ。それから二人はね、初穂ちゃんへの不満も話してくれた。自分で僕を虐めるように仕向けておいて、いつもではないけど、虐めを注意されたと。そしてね、二人はこう言ったんだ。初穂ちゃんが僕の虐めを注意するのは、必ず先生が教室にいる時だと。分かるでしょう?掛井君。」
早野君は僕に話を振ってきた。
「え?」
突然のことで答えに詰まった。
「初穂ちゃんは先生の前では優等生でいたんだ。僕だけでなくクラスの女子達を犠牲にしてまでね。」
早野君はそう言うと、すぐに僕から初穂の方を向く。
「見事だったよ、初穂ちゃん。初穂ちゃんは、自分の手を下さずに、嫌いな僕を虐め、さらに大人達からの評判も勝ち取ったんだから。」
僕は間違えていた。早野君は初穂を買ってはいなかった。初穂を僕の味方にしようとしたのではなかった。
「あたし、そんなことしてないわ。」
初穂は絞り出す様な声を出した。だが、早野君は完全に初穂の主張を流す。それだけ早野君は自分の見立てに自信があるのだろう。
「二人の話を聞いて僕は納得したよ。思い返せば確かに初穂ちゃんは、先生がいた時だけ僕を助けてくれた。」
「………。」
「僕はね、初穂ちゃんに訊きたいんだ。何で初穂ちゃんは僕を嫌ったの?僕は何か嫌われるようなことをした?」
早野君が問うと、初穂は顔を上げて、
「したわよ。あたしは早野君を気に入ってたのに、早野君はあたしのこと何とも思ってなかったみたいじゃない。あたしが他の男子に声を掛ければ、はにかみながら皆喜ぶのに、早野君は素っ気なかったもの。早野君はあたしの純真な気持ちを踏みにじったのよ。」
そう、ふてぶてしさ感じる顔でそう言った。初穂は短い間に完全に開き直ったようだった。
早野君はあきれた顔になる。
「そんな理由で僕を嫌ったの?我が儘が過ぎるよ。」
「嫌ってないわよ。」
思わぬ答えだったのか、早野君は言葉が直ぐには出なかったが、少し思案した後、
「でも、女子達に僕を虐めさせたよね?」
と質問をした。
「そうよ。好きだったけど早野君を女の子達の嫌がらせの標的にさせたわ。」
初穂が自分の非を認めた瞬間だ。
「好きだったのに、そんなことをさせたの?」
と、僕が訊いた。
「早野君に人気があったのよ。女の子達で好きな男の子の教え合いをしたら、早野君の名前を出す子がたくさんいたわ。早野君は優しいし可愛いってね。」
「そうだと何で僕を虐めるように仕向けることになるの?」
「早野君のことを好きな子達が、早野君に嫌われるようによ。自分を虐める女の子なんか好きにならないでしょう。女の子達はあたしの思い通りに動いてくれたわ。」
初穂に悪びれる様子はない。
クラスの女子達は、初穂に悪く思われないように、好意を持っていた早野君に嫌がらせをすることを選んだ、ということだろう。早野君よりも初穂。当時の初穂の影響力を考えれば当然のことだと思う。
「じゃあ、何で先生がいる時しか早野君を助けなかったの?どんな時であろうと助けた方が、より早野君の心を引き寄せることが出来たんじゃないの。」
僕は自分の考えを初穂にぶつけた。
「あたしは早野君が嫌いと宣言して、それによって女の子達が早野君に嫌がらせを始めたわけでしょう。あたしの望みに沿ってるつもりの女の子達にそうそう注意できないわ。頻繁に注意すると反発されるかもしれないでしょう。単純な男の子達なら簡単だろうけど、多感な女の子の中心に立つのは思うより難しいのよ。」
初穂は何故か自慢気に言った。確かにそうなのかもしれないが、初穂は早野君に謝りに来た二人からは反感を買っている。初穂も上手く立ち回ったわけではなかったと思う。
「それで先生がいる時だけ注意することにしたの?」
僕は重ねて訊く。
「最初は先生がいるかいないかなんて、どうでも良かったわ。女の子達の反発がないようにしながら、早野君に好印象を持たせることだけを考えてた。でも、そのうちどうでも良くなっちゃったのよね。何がって、早野君のことよ。女の子達の嫌がらせに、されるがままで怒りもしなかったじゃない。挙げ句に、掛井の後ろに隠れて守ってもらうだけだったでしょう。男の子らしさが全くなくって見てて情けなくなったわ。幻滅しちゃったのよね。それからよ、先生のいる時だけ女の子達に注意するようになったのは。」
初穂は、早野君への興味がなくなり、早野君の気持ちを引き寄せるために作り上げた状況を、先生に良い印象を与えるという目的に変えたのだ。
ずいぶんと酷い話を早野君に聞かせるものだと思う。しかし、それは早野君の心を傷つけるだけではなく、初穂自身にも良くないことだ。初穂は早野君を怒らせるべきではないのだ。早野君はこの世の者ではない、いわば得体の知れない存在だ。怒らせると何をしてくるのか想像もつかない。最悪の事態だって想像するのは難しくない。初穂も、ついさっきまで早野君を恐れていた。開き直った様だが、度が過ぎる。いったい何を考えているのだろう。
「さあ、早野君も掛井も、そろそろいいでしょう?」
初穂が早野君と僕を交互に見る。そして、初穂は僕を再び呼び捨てにすることにしたようだ。
「何が、もういいの?」
早野君が訊く。
「もう、話すことはないでしょう?そろそろ出て行ってよ。」
それに対して早野君は何も言わなかった。僕も言葉が出ない。
「掛井は、自分のせいで早野君が自殺したと思っていたけど、それは間違いだと分かった。早野君はそれを掛井に伝えることができた。そして、何で急に女の子達に嫌がらせをされるようになったのか謎が解けた。もう、いいでしょう?出て行って。」
早野君は沈黙を続ける。
「早野君の魂胆は分かっているわ。早野君は、あたしに反省させて、あたしを掛井の無実の罪を晴らす助けにさせようとしたんでしょう?いいわよ、掛井を助けてあげても。」
溜め息混じりの言葉だったが、早野君は少し驚いた様だった。
「初穂ちゃん、本気で言っているの?」
「ええ。でもね、助けるかは、さっきも言ったけど、これからの掛井の態度次第よ。掛井はこれから、あたしに対してどんな振る舞いになるのかしら。凄く楽しみよ。下手な態度は取れないわよね。だって、掛井が無実なのを知ってるのはあたししかいないんだから。つまり助けられるのは、あたしだけよ。残念ね、早野君。あたしは反省なんかしないわ。理由がないもの。確かにあたしは、掛井が早野君を自殺に追い込んだと責めたけど、それは仕方ないことだわ。状況から皆がそう思ったことだし、当の掛井もそう思って反論もしなかったんだから。それに責めたのは、あたしだけじゃなかったわ。他の人も責めたのは、掛井も覚えているでしょう。それから、早野君が10階のベランダから落ちたのは早野君自身のせいであって、当然あたしが反省することではないわね。それに、早野君が女の子達から嫌がらせを受けたのも、あたしのせいではないわ。あたしがそうなるように仕向けたと早野君は言うけど、あたしは命令してないのよ。それで、あたしが悪いと言えるの?だいだい、男のくせに女の子に虐められるなんて情けないわ。早野君、本当にありがとう。あたしに掛井というオモチャを与えてくれて。早野君が大好きな掛井は、早野君が大嫌いなあたしに頭が上がらなくなったのよ。そして、早野君は、あたしのことが大嫌いでも、あたしに何も出来ないわね。掛井の無実の罪を晴らせるのはあたししかいないんだから。」
初穂は高笑いをする。そして、一度は自分が早野君を虐めるよう仕向けたと認めたが、今は否定する。開き直りの開き直りだ。
初穂はさらに言う。
「早野君は大きな判断ミスをしたわ。あたしが反省すると踏んだ。バカね。さあ早野君、早くお母さんの所に行きなさいよ。行ってお母さんにも今した話をするのね。もしかするとお母さんも、掛井の無実の罪を晴らす助けになるかもしれないわ。でも、お母さんだけでは、きっと世間は信じてくれないわよ。息子が幽霊になって真実を話に来ただなんて、誰が信じるの?結局、第三者のあたしが必要になるのよ。あたしは、掛井を責めた急先鋒だったからね。お母さんより、あたしが話した方が効果があるわ。勿論あたしは、早野君の幽霊が現れたなんてことは言わないで、上手く説明するけどね。」
初穂が開き直ったのは、自分が早野君にとって必要な人間と判断したからだと思う。僕の無実の罪を晴らす為に。
しかし、僕も一度は、早野君が初穂を僕の味方にしようとしているのではないかと考えたが、早野君の顔を見ると懐疑的になる。早野君の表情は冷めている。
そして、冷めた顔の早野君が言う。
「僕はお母さんに会いに行くけど、この姿をお母さんに見せることは出来ないんだ。この姿は恨みを持つ初穂ちゃんの前でしか人に見せられないんだよ。お母さんの前で出来ることは、お母さんの夢枕に立つことだけなんだ。」
早野君の声は寂しそうだったが、そんなことを感じ取ることなく初穂は笑いながら言う。
「ならば、尚更あたしが必要ね。お母さんは、夢に早野君が出てきたと思うだけだものね。本当にありがとう、早野君、掛井はあたしの思うがままよ。そして掛井は、あたしのご機嫌を取るようこれから頑張って!名誉を回復出来るかは、あたしに掛かってるんだからね。」
初穂の高笑いが再び響く。が、初穂の高笑いが終わる前に、もうひとつの笑い声が起きる。
早野君だ。
「本当の本当にバカだね、初穂ちゃんは。」
初穂の笑いが止まる。
「バカとは何よ!」
「お礼を言うのは僕の方だよ。一瞬、本当に初穂ちゃんが掛井君の力になろうとしたのではないかと思って、焦ってしまったよ。僕は初穂ちゃんに何の期待もしていない。初穂ちゃんが反省するなんてハナから思ってもいない。それに、なまじ初穂ちゃんが反省して、掛井君の無実の罪を晴らすつもりになっても、初穂ちゃんの力量じゃあ無理だね。掛井君の無実を世間に信じてもらうのは、非常に難しいことくらい僕には分かっているし、だからこそ初穂ちゃんには、そんな能力はないことも分かる。それからね、掛井君は初穂ちゃんに媚びてまで自分の無実の罪を晴らそうとはしない。掛井君の誇りは、初穂ちゃんなんかに汚されるような生易しいものじゃないんだよ。掛井君は、僕を自殺に追い込んだ罪を一生背負う覚悟を決めた人だ。覚悟を決めたことのある人は誇り高いんだ。僕はね、そんな掛井君の前に、何の勝算もなく現れたわけじゃない。僕は掛井君の無実の罪を晴らす切り札を持っているんだよ。ありがとう、初穂ちゃん。反省してくれなくて、本当にありがとう。お陰で僕は迷いなく切り札を切ることが出来る。僕が掛井君の苦悩を知りながら、ここまで切り札を出さなかったのは初穂ちゃんがいつか改心した時に、掛井君を助ける切り札が初穂ちゃんにとって辛いことになるかもしれないと心配したからなんだ。そのせいで掛井君の苦しい時間を長くしてしまったけどね。これまでの時間は、僕が初穂ちゃんを見限るのに掛かった時間なんだよ。」
早野君の言葉を聞いて、初穂は直ぐに訊く。
「何よ、切り札って?」
僕にとっても、非常に知りたいことだ。
「僕はね、小学生になってから日記をつけることを習慣としていたんだ。誰にも見られたくはなかったから書く時以外は、鍵の掛かる引き出しにしまっていたけどね。それには、全てが書いてあるんだよ。それが僕の切り札だよ。」
初穂の顔色が変わる。
「全てって、何よ?」
「だから、言葉通り全てだよ。まず、僕が女子達から虐めにあっていること。そして授業中に失禁してしまったこと。それから、掛井君が病気で苦しんでいる中でも自分を悪者にしてまで、僕の失禁を隠してくれたこと。さらに、二人の女子が僕に謝りに来たことと、僕が虐めに遭う羽目になった理由もね。つまり、初穂ちゃんのせいで僕は虐めに遭ったということをだよ。ここは初穂ちゃんにとって隠したいところだろうね……。最後の五日間は、掛井君に早く会いたい気持ちを書いたんだ。会ってお礼を言いたいことと、掛井君を悪者にして自分を守ったことをお詫びしたい気持ちがあることをね。お母さんは、僕が死んだ後、哀しみのあまりか僕の部屋を封印してしまった。だから、その日記は誰も読んでいないんだ。お母さんは、僕の部屋をあの時のままの状態にして、誰も入れていない。お母さん自身さえね。それがまた掛井君にとっての不幸になってしまったね。」
早野君は初穂の顔を見据える。
「僕のお母さんは、曲がったことが大嫌いで、妥協を赦さない厳しい人だよ。掛井君の無実を知ったら、必ず掛井君にコンタクトを取って、疑ったことを謝罪するよ。その後に、掛井君の無実を世間に公表することに奔走するのは間違いないね。そして、初穂ちゃんのことはどうするだろう……。さっき言った通り、お母さんは曲がったことが嫌いなんだ。初穂ちゃんが、女子達に僕を虐めるよう仕向けながら、僕が死んだ後、全ての罪を掛井君になすりつけるように掛井君を責めたことを知ったら、お母さんはどうするんだろう。例えばマスコミを使ってでも真実を公表しようとするかもしれない。まあ、どこまでするかは僕にも判らないけど。でももう、それは僕にはあまり興味がないことだよ。掛井君が無実の罪で苦しむことがなければそれで良いんだ。だから、初穂ちゃんが何も思わないならばそれでいいよ。でも、何も感じないならば、僕は初穂ちゃんを軽蔑くらいはするかな。もし生まれ変わりがあるとしても、初穂ちゃんとは未来永劫に会いたくない。それだけだよ。」
早野君は唐突に立ち上がる。
「さて、もう掛井君にも初穂ちゃんにも話すことは何もない。僕はお母さんの所に行くよ。夢枕に立って、僕の部屋に入って日記を読むよう話をしてくる。最初はお母さんも、ただの夢だと思うだろうけど、何度も何度も訴えてくるよ。お母さんが僕の日記を読むまで僕はお母さんの夢枕に立ち続ける。掛井君、色々ごめんなさい。僕の弱さが、長い間掛井君を苦しめてしまったね。掛井君だけでなく掛井君の家族をもだね。でも、苦しみは終わらせるよ。掛井君、僕を恨んでくれてかまわないよ。でも、僕は掛井君が大好きなんだ。もう、僕にとらわれることなく生きてね。どうか、今までに失った人生を取り戻して。……僕は掛井君と一緒に大人になりたかった。ずっと友達でいたかったな……。もし本当に生まれ変わりがあるならば、僕は掛井君とまた会いたい。また掛井君と友達になりたいよ……。」
早野君の話す内容から、別れが迫っていることを理解した。
次の瞬間、早野君の姿が薄れていく。
「掛井君には迷惑ばかりかけたね。それが心残りだよ。さようなら……掛井君。また会う日まで。さようなら……。」
その言葉を最後に早野君は消えた。それは、あっという間のことだった。
「早野君、僕もまた早野君に会いたいよ……。」
早野君がもういないことは分かってはいたが、遅まきながらそう呟いた。それと同時に僕の目頭が熱くなった。二度目の早野君との別れに感情が抑えられなくなったのか、気持ちが高ぶり、無意識に言葉が出てしまう。
「また会いたいよ……。でも勝手だよ、早野君は。今度も、突然に僕の前から去ってしまうんだね。また、僕はお別れが言えなかったよ。少しぐらい別れを惜しむ時間を呉れてもいいじゃないか……。」
暫く僕は心の動揺で動けずにいたが、どうにか心を落ち着かせると立ち上がる。僕も早野君と同様に、もう初穂に何の感情もなかった。初穂がどんな表情をしているのか見ることもなく、声をかけることもなく、初穂の部屋を出た。
明け方前の外は肌寒かったが、あまり気にならない。ただ、早野君との昔の思い出が浮かんできた。
とっくに終電は終わっている。
僕は早野君のことを考えながら、遠い我が家に向かって街を歩いた。
数日後、僕は大学に行くと畠田先輩を探しだし、オカルト研究会を辞めると話した。畠田先輩は引き留めようとしたが、僕は頑として聞き入れなかった。
そして、その日の夕方、授業を終えて家に帰るとお母さんが手ぐすね引く様に僕を待っていた。
「お帰りなさい!あのね、昼間に早野君のお母さんから手紙が届いたの。生前の早野君が書いた日記のコピーも手紙と一緒に入ってたわ。読んでみて。」
そう言って、僕にその手紙を差し出す。
宛名は僕だけになっていた。が、お母さんは先に封を開けて読んでいる様だった。きっと、僕を傷つける内容ならば、僕に渡すことなく握り潰すつもりだったのだろう。その気持ちが嬉しかった。
お母さんが、僕に手紙を読ませようとするのだから、内容は分かっている。
早野君は、早野君のお母さんに日記を読ませたのだ。早野君の日記が添えられていることも、それを裏付けている。
「読んでみるよ。」
僕が笑顔で手紙を受け取ると、
「あら、あなたが笑うなんて珍しい。」
お母さんは驚きの顔でそう言った。
そうだった。僕は、早野君が亡くなってから笑っていなかった。七年間も。
僕の笑顔をまじまじと見て、お母さんも微笑む。微笑みながら、お母さんの目から涙が溢れ出した。
僕は戸惑う。そして、お母さんの気持ちを考えると心が痛くなった。
そういえば、お母さんも僕と同じで七年間笑っていなかった。だから、久しぶりのお母さんの笑顔だった。この七年間、僕の苦悩を見守り、僕を守ろうと必死だったお母さんは、笑顔を失った僕をどんな気持ちで見ていたのだろう。
僕の目からも涙が溢れ出す。その顔をお母さんに見られないように、さりげなく横を向き手紙を封筒から取り出して読み始めた。
お母さん、もう僕は苦しまないよ。もう、心配させないよ。
そう、心の中で呟きながら。
良かった!!
書き上げて頂け、本当に良かったですww
感想が遅くなってしまいましたが、
こういう大人しい男の子同士の友情…共感できるところも多々ありw
素敵でした♪
ありがとう、青葉さん♪
いつもの匿名さん、
やはり、こっちにも来てくれていたね。
長く放置していたところで、続きを書くモチベーションをくれたのは、いつもの匿名さんだね。書き終わらせることができたよ、ありがとう(*^ー^)ノ
888888…
完結迄の執筆に感謝です(^^)
雰囲気も展開も、結末も…
とても良かった..!!
やっぱり、青葉さんの作品は
書籍で欲しくなりますねw
私事ですが、今日になって漸く
年末のバタバタから、
解放されましたので、
自分は今後、
暫くはのんびりする
つもりです(^^)v
青葉さん作品を
拝読しながら今年は
年越しをしたいかも!!w←
完結、お疲れ様でした♪
やしろさん、
感想くれて、ありがとう(^-^)/
書籍!そこまで言ってくれるなんて……
誉められるのは好きなので書いて良かった!
のんびり出来て羨ましいな。
今度は「とりとめない思考」の方でね。
畑と住宅地が入り交じる道をバス停に向かって歩いていた。通勤通学時間でも人はまばらだが、平日の昼過ぎの今、本当に静かだった。
バス停のある大通りに出るため、もう随分と前からシャッター閉まったままの商店の角を曲がる。ここから5分も歩けば大通りだ。
商店を過ぎようとした時、
「ううぅ……」
うめき声が聞こえた。
声がするのは商店の向かい側から。商店の向かいは空き家だが、その家の古い小さな門の前でビザを着いてうずくまる男性がいた。
顔は見えなかったが白髪。男性の側には杖が落ちている。老人と呼べる歳のようだ。
「どうしました?」
声を掛けながら近付く。
老人がこちらに顔を向けた。
「あっ!!」
つい声を上げてしまった。
老人の顔は血まみれだった。
走り寄り、両ヒザ着いて老人の顔の傷口を確かめる。
額がのまん中辺りが縦に3センチほど割れていてボタボタと地面に血が落ちる。
何処かに額を強打したのだろうか。傷の深さまでは分からないが、とにかく酷い出血だ。
「大丈夫ですか!?いま救急車を呼びます。」
あわててスマホを背負っていたリュックから出し、119番通報をした。
救急車は直ぐに来てくれるとのことだった。
「救急車を呼びました。少し待ってて下さい。」
そう告げると、
「やはりか。またダメか……。」
と老人はつぶやいた。
「え?何です?」
「今回も……今回も行けないのか……残念だ……。」
老人は独り言の様に悔しさを込めて言った。
よほど大事な用があったのだろう。
しかし、怪我をしている。行くのは無理だろう。
僕は上着を脱いで、丸めて地面に敷いた。
「さあ、これを枕がわりにして横になって下さい。」
老人は、膝をついてアスファルトに座っている。
横になった方が良いと思った。
「いや、いい。君の服が汚れてしまう。」
老人の額から出でる血液は、老人のグレーの上着と白いシャツを容赦なく赤く染めている。その範囲は今も広がっている。
「そんなこと気にしないで。さあ、横になって下さい。」
そう言ったが、老人は聞き入れず、体勢を変えようとはしなかった。
何度か勧めたが、結果は変わらなかった。
救急車が来るまで、このままの姿勢でいて貰うしかないようだ。
諦めて立ち上がると、
「ありがとう。世話になった。本当にありがとう。」
老人は見上げながらお礼を言った。
僕が立ち去ると勘違いしたようだ。
「救急車が来るまでいます。サイレンか近づいてきたら、ここに誘導しますから。」
そう言うと、次の瞬間に老人は僕の靴に手を置き、そして強く握りしめた。
「君は誠実で信頼できるようだ。そんな君に頼みがある。」
老人は思い詰めた表情をしている。その顔は迫力がある。
「……どんなことですか?」
気圧されながら訊いた。
「これから、ある人に会ってきてもらいたい。」
目線を合わせるため、再び僕は座り込む。
「それは誰です?」
老人は上着の内ポケットに手を入れると、古びた封筒を出した。元は白かったようだが薄汚れていて、何とも表現の難しい色をしていた。
「会ってきて欲しいのは、この手紙の差出人なんだが……」
老人が間をおいたので、僕は口を開く。
「随分と前に受け取った手紙の様ですね。」
「いや、受け取ったのは数日前だ。」
老人はそう答えた。
しかし、どう見ても古そうな封筒だった。送らてきたのもかなり前のはずだ。
僕は怪訝な顔つきをしていたのだろう。
老人は、僕の表情から気持ちを察したようで、
「確かに、この封筒は古いものだ。差出人が手紙を書いたのも随分と前のことだろう。しかし、届いたのは数日前なんだ。」
と言った。
「そんなこと、あるんですか?」
口に出してから後悔する。
疑うようなことなど言うもんじゃない。
「ある。……君は、真夜中の郵便配達人の存在を知らないか?」
「真夜中の郵便配達人、ですか?」
これだけ時間が空いたのに再開を望む人がいるのは嬉しい。
月夜野さん、
ありがとうございます。
まず、どんな物語を考えていたか思い出さないとね。
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