歯車 2013-09-14 14:20:29 |
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シベリア沖、ノヴォシビルスク諸島…
ソ連のサハ共和国に位置するここは主に三つの諸島から成り立っている。
アンジュー諸島…こことシベリア本土のあいだに位置するリャーホフスキー諸島。
そして、アンジュー諸島の北東に位置するデ/ロング諸島。
我々はその中でも一番大きな島…アンジュー諸島のコテリヌイ島に派遣された。
本土ソビエト連邦から離れたといっても、凍てつく寒さは変わらない。
1945年…第二次世界大戦は幕を閉じ二つの大国が互いに睨み合う冷たい戦争が始まった。
冷戦という時代の幕開けである。
国の今回の命令はこの島に設けられた『ヴォルシイェ・ナイディエジュディ設計局』の警備。
こんな辺境の使われていない設計局に用がある者なんてアメリカくらいなものだろうが、
果して冷戦の続くこの時代…彼らの軍にそんな余裕があるのか??。
そんなことを考えていると、通信機がなった。
聞きたくなかった音に耳を塞ぐことも出来ず、仕方なく通信に応じる。
「こちらパトロール。」
「こちらHQ、そちらの様子はどうだ??。」
「異常なし。」
「了解。」
変わったばかりの冷たい長官の声が止むと、
私は寒気の吹き荒ぶ乾いたジャングルに脚を動かした。
丘の上の設計局周辺区域の森とは打って変わって下は湿気の多いジャングルだった。
「上の連中は施設に篭って管理と会議とはな。」
初めて顔を合わせた同僚の朝に吐き捨てた愚痴が頭を過る。
バラクラバの中に湿り気を感じ始め次第に汗が吹き出してきた。
頭の言葉を首を振って忘れると、本格的な山道に差し掛かった。
このジャングルは管理が行き届いていないため、
本国からの配給の安い作りのAK-45の簡素な作りのセーフティをゆっくりと外した。
こんな木造のストックではすぐにダメになる…分かっていても言葉には出せない。
作りはある程度いい。設計も間違っていない。
作り方の問題なのだ…と、思いつつも銃のことなどはよく解っていない。
徴兵された身でありながら、自らの家族を守るためでもある。
派兵された目的もわからないのだ。解るはずもない。
ソ連が何を考えているかなどどうでも良かった。
草を掻き分けると同時に大量の鳥と虫とが一斉に舞い上がった。
野生の合唱が鳴り止むと同時に冷たい通信機の音が風の音を切った。
「こちらパトロール。目的地に到着。」
嫌々ながら、報告作業を済ませる。
「こちらHQ、様子はどうだ??。」
「人影は見当たりません。先に来ていた隊員のみです。」
「了解。」
通信機が切れると同時に蒸し返す湿地帯へと脚を運んだ。
衛生班の食料供給が今からもうすでに待ち遠しい。
そうして私は、これからのジャングルでの警備生活に身を投じて行くことになった。
派兵後、警備開始から28日が経過した。
衛生班が投下する不味いレーションも貴重な食料だ。
空腹であれば何でも旨く感じるものだ。
ナイフで髭を剃り終えると、簡素な銃に手を添えて立ち上がろうとしたその時――――
「っつ!?…」
私の首に何か硬いものが刺さった。
虫かと思って抜こうと触ってみたが、プラスチックの冷ややかな手触りから、
完全に何かの人工物であった。
しかし、何故こんな所でそんなものが―――――
覚えているのはここまでだ。
第一話~若かりしジャック~
耳当たりの強いヘリのモーター音を遮るように、
途轍もなく重い鉄の塊を頭に装着する。
酸素マスクの機能の特徴として、不自然な呼吸と高低差の気圧が耳を支配した。
右のハッチが開くと同時に強風の吹き荒れる大空を見詰めた。
「ジャック、今回は機密上の作戦だ…空軍で近年開発されたHALO降下にて潜入してもらう。
尚、実践としては発の降下となる。訓練や研究でも大きな効果を齎している。
心配は要らないだろう。」
聞き慣れた親しみ深い声がメットのスピーカーを通して聞き取れた。
「あぁ、解ってる。」
「…ジャック、もう一度作戦内容を確認しておこう…
君の任務はソ連軍ヴォルシイェ・ナイディエジュディ設計局の機密核兵器の破壊、
及び、ソ連軍大佐イワノフの暗殺だ…
彼は我々、『East City部隊』の再建時に自国の軍を進軍させ、
運搬休止時に米国製の小型携帯核爆弾を強奪して逃亡した。
そして、自らのソ連のツェルノヤルスクの核実験施設を破壊した。」
「ソ連はこれを米国の判断で俺達に撃たせたものだと思い込んだ…か…」
「そうだ。冷戦の最中こんなことが起こればソ連も核攻撃に出ざるを得ない。
なんとしても阻止し発端であるイワノフを暗殺してくれ。
出来なければ…我々に未来はない。」
「何かいい話はないのか??…」
「ふむ…上手くいけば数時間で帰還出来るミッションだ。」
「っはは。夕食までには帰れそうだな。」
「あぁ…それと、ジャック。」
「なんだ??。」
「もう一ついい知らせだ。」
「どうした??。」
「今回の作戦の無線サポートには『彼女』が参加してくれる。」
「何!?本当か!!…それは心強い。」
「あぁ。さて、そろそろ降下地点に到達するぞ。」
「解った。」
そうして、通信を切ると一面が深緑の地面に向かって飛んだ。
男は…突如やってきた…。
上空…高度30000フィート…。
不安定なヘリからの投下…。
風を切るように膝を抱えて数回転すると、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
中間点でパラシュートを開き速度を徐々に落としていく…。
と、その時であった。
「うっ…!!。」
男を木の枝の先が掠めたのだ。
低下したと言ってもそれなりの速度の中、パラシュートを切り離した。
この木々の生い茂るジャングルの中では無駄な距離は稼げない。
膝を胸に付け、両手を使ってブレーキを掛けた。
湿った地面を滑り、漸く止まると瞬時に前を向いた。
そして、男は立ち上がる。
「っ…っ…。」
無言のまま男はイラついた手付きで重い降下服と重しの砂を投げ捨てた。
降下を見届けたのか、胸の通信機が鳴った。
「…こちらジャック…。」
「何をHALO降下は上手くいったようだな。」
「バックパックを木に持って行かれてしまった。」
「では、まずはバックパックを回収して貰おう。」
「解った。」
通信機を入れたまま、男は酸素マスクのメットを脱いで投げ捨てた。
「これで全部だな。」
そう言うとフルトンの気球を膨らませ、
先ほど降下したヘリを真上に見ると、カプセルに先ほど捨てた服と重しを入れた。
「少佐、言われた通りバルーンで全て飛ばしたぞ。」
「うむ。先程回収した。
もう一度言っておくが、今回のミッションは単独潜入ミッションだ。
君の薬莢、武器、汗、排泄物に至るまで存在してはならない。
全て適切な処置を施すんだ。」
「解ってる。…支援は完全に期待出来ない??。」
「あぁ。そう思ってくれて構わない。
君を適正速度で降下させるのがやっとだった。
このステルスガンシップでもこの高度がやっとだ。
領空で発見され迎撃されれば一溜まりもないだろう。」
「そうか…。解った。」
「心配するな。通信回線を介してでのサポートはしてやる。
一先ず、失ったバックパックを速やかに回収してくれ。」
「解った。…ところで少佐。」
「なんだ??。」
「今回のミッションではあんたは何て呼べばいい。」
「ふむ…。そうだな…。私はハリーだ。ハリーと呼んでくれ。」
「了解。回収次第センドする。」
男は通信を切ると、来た道を引き返し始めた。
決して芳しいとは言えない状況に苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
男はまだ、自らの運命を知らない。
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