桜蓮 2013-04-05 23:46:56 |
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夏の繁華街。
賑やかな音と声。
鳴り止まないクラクション。
煌びやかに光り輝くネオン。
空の主役が、太陽から月に変わっても途切れることのない人の波。
仕事帰りの人、キャッチ、ホスト、学生、ガラの悪そうな人、外国人…。
目につくのは、楽しそうな笑顔ばかり…。
ゲームセンターの入り口にある数段の階段。
そこの隅が、私の唯一の居場所だ。
別に何かをする訳でも誰かを待っている訳でもない。
ただ、ここに座っているだけ。
私は、腕につけている時計に目を落とす。
時計の針は20時過ぎを指している。
私は、顔に張りついた髪を指でかきあげた。
バッグから、タバコの箱を取り出すと、一本くわえて火を点けた。
その小さな炎ですら、顔を燃やしてしまうほどに熱く感じる。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。
口の中に冷たい感覚が広がっていく。
「何してんの?」
声がした方に視線を上げると、見たことのない男が横に立っていた。
…誰?
…あぁ、ナンパか…。
…シカトしよう。
私はひたすらシカトすることに決めた。
「ねぇ、ねぇ。一人? 待ち合わせ? 暇なら一緒に遊ぼうよ」
男は何が楽しいのかハイテンションで話しかけてくる。
「ここに一人でいてもつまらないでしょ?」
…本当にウザい。
「いくつ? 可愛いね。 目とかすっげぇ大きいし」
ナンパ男の口は、止まることなく動き続けている。
ここにいれば、こんなことは日常茶飯事。
声をかけられるのは別に珍しいことじゃない。
私は、男をシカトしつつ、行き交う人の波に視線を移した。
…あっ…あの人だ…。
いつも、この時間にここを通る人。
人込みの中にいても目立つ高い身長。
アッシュブラウンのサラサラな髪。
綺麗に整った顔。
ファッション雑誌から飛び出してきたような服装。
今風の格好なのにどこか品があるように見える。
さり気なく身につけられているシルバーのアクセサリー。
長めの前髪の隙間から覗く力強くて自信に満ち溢れているように見える瞳。
…私とは、正反対の瞳…。
私は、その人を見かける度にいつもそう思っていた。
相変わらず、私の隣ではナンパ男がどうでもいいことをまくし立てている。
私は、小さく溜め息を吐きながら、人の波の中にいるその人を見つめていた。
前を向いていたその人がふと私の方に視線を向けた。
ぶつかるように視線が絡み合った。
その瞬間、私は身体が痺れたような感覚に包まれた。
ほんの数秒の出来事の筈なのに、長い時間のように感じる。
視線を逸らすことができずに固まったままその人を見つめていると数人の若い男の子達がその人に近づいていくのが見えた。
お世辞にも真面目そうとは言えない男の子達。
夜の繁華街でよく目にする人種。
一言で表現するなら“ガラの悪そうな人達”。
あの人に男の子達が声をかけた。
ガラの悪そうな男の子達は、その人に向かって頭を下げていた。
それはまるで目上の人に挨拶をしているようにも見えた。
…知り合いなんだ…。
私は、一人で納得した。
「それじゃあ、行こうか」
すっかり存在を忘れていた、ナンパ男が突然、私の腕を掴んできた。
驚いた私は、慌てて視線を上げた。
ナンパ男は、ニヤニヤと厭らしく笑いながら、私を立たせようと掴んだ手に力を入れて引っ張ってくる。
「ちょっ…やだ…離して…」
「なんで? 行こうよ、奢るからさ」
男は、腕を放すどころか力を強くする。
「痛っ!! …放して!!」
ナンパ男の指が私の腕に深く食い込む。
私は痛みのせいで顔を上げることができなかった。
「おい」
ナンパ男の後ろから低い声がした。
その瞬間、腕を掴む力が弱くなった。
その隙に私は腕に絡みつく指を振り払った。
「あ?」
腕を掴んでいたナンパ男は、邪魔されたことに怒りを浮かべた表情で後ろを振り返った。
とっさに私は、声がした方に視線を向けた。
…そして、固まった。
そこにいたのは、さっきまで人の波の中にいて、私が眺めていた人だった。
…このままじゃ、この人に迷惑がかかってしまう。
そう思った私は、慌てて立ち上がった。
ナンパ男を止めないと!!
私は立ち上がり、ナンパ男の腕に手を伸ばそうとした瞬間…。
「れ…蓮さん…お…お疲れ様です…」
ナンパ男が一歩後ろに下がった。
…えっ?
さっきまで、怒りの表情を浮かべていたはずのナンパ男が真っ青になっている。
…?
…状況が掴めない…。
私はその場で呆然と2人を見つめていた。
「何してんだ? いやがってんだろーが」
低く威圧的な声と鋭く冷たい視線。
「い…いや…あの…すみません!!」
「早く行け」
「…あっ…はい。 失礼します!」
ナンパ男は、その人に向かって深々と頭を下げると慌てた様子で走り出した。
私は、人の波に身を隠すかのように走り去って行くナンパ男の背中を唖然と見つめていた。
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