ゼロ 2012-08-12 16:50:55 |
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ブラッドクロス第二章
第四話 奪われたものは
日の光が僅かに届くばかりの深い渓谷の底。
辺りには淡い光を発する苔が生えていて、充分な明かるさが確保されている。
優しい光に包まれながら、俺は小さな川の上流に向かって歩いて行く。
しばらく進むと円形の開けた場所に出た。
そこはは石畳が敷かれており、壁面には石造りの戸が六つあった。
「この場所は…!」
懐かしさと恋しさが胸を絞める。
いや、だが今はもう存在しないはずだ…
戸の一つに歩み寄り、そっと開いた。
「おかえり」
開いた目に映るのは見馴れた天井。俺の寝室だ。
「夢か…」
そういえば、何かただならぬ状況にあったような気がするが…
寝起きなせいか、まだ頭がはっきりしていないようだ。
上体を起こして暗い部屋の中をぼんやりと見回していると、窓が外から開かれた。
そこから何者かが中に入ろうとしてくる。
銀色の長い髪に白い肌の女性。心当たりがある。
「あんたは…!?」
その人物は俺に気づいて顔をこちらに向ける。
俺と同じ宝石のような紅い瞳、間違いない。
俺が相手を認識するやいなや…
なんたる事だ、この女、抱き付いてきやがった。
「おいこら、カレン!貴様いきなり何をする!離せ!」
「何言ってんの、レビちゃん
十八年ぶりの再開だぞ、これぐらいさせろよー♪」
「嬉しいのは分かるがな、なんか…気持ち悪いだろ
は な れ ろ !」
「ちぇっ…可愛げが無くなっちゃってさ、お姉ちゃんつまんないなー」
しぶしぶといった様子だが、ひとまず開放された。
「いくら姉貴分だからって、俺はもうあんたに猫っ可愛がりされるような子供じゃないよ」
「なんだとー?あんな大怪我するような奴が何を言うか」
怪我?…そうだ、俺は黒い何かと戦っていたはずだ!
しかし今は身体のどこにも痛みも違和感も無い。
状況が把握しきれず、焦燥感に駆られる。
「カレン、俺は一体どれくらい寝ていたんだ…?」
「ん~、まる一日と半分くらい」
意外と時間は経っていないのか。
「あ、もしかしてお腹空いた?
丁度良い、今しがた獣を狩ってきたばかりだから」
「何を呑気な…!
その間、町は何事も無かったのか!?」
「町?ああ、血の心配はもう要らないよ
このお姉ちゃんが来たからにはね!」
会話が噛み合わない。
「そういう事じゃない、人間達は無事なのかと…」
そこまで言いかけたところで、カレンの表情が変わった。
「わからないな、何故あんな生き物を気遣う?」
「…全ての人間が俺達の敵ではないだろう」
「一理あるかもね、だけど違う
この大陸を支配しているのは『あの男』と、妄想に飲みこまれた愚かな人間だ」
「ならばその目を覚まさせてやればいい!」
「レビちゃんはそれでいいの?
確かに元凶はすべてあの男だけど、だからって私たちをこんなにした人間を許す事が出来る?」
カレンの言う通り、憎しみが消える訳でも、失ったものを取り戻せる訳でも無い。
「…真実を示すには、その過程で人間にも犠牲を払ってもらう事になる
結局は今のように敵同士のまま変わらなくても、いわれのない汚名だけは雪げる
俺はそれで充分だ
ただ、もし理解し合えるのなら…」
「わかった…あの町の人間達には、あの後まだ何も起こってないよ
それに、そこまで言うなら見合うだけの策と覚悟があるんだね
じゃあ、お姉ちゃんからは忠告を一つ…」
カレンが背を向ける。
皮膜をズタズタに破られ、骨がちぐはぐな方向に折れ曲がった右の翼。
根元に無理矢理引き千切ったような跡が残るだけの、失われた左の翼。
「表面上は友情を謳ってみても、所詮別の生き物だという事
弟に同じ間違いを繰り返させたくない
…あくまでも心から信じていいのは同族だけ、これは覚えておいてね」
「あの黒い化け物の事、知っているのか?」
「うん、ある程度の性質はね
そしてまた現れるよ」
「これからどう動く…?」
「もちろん、あの男に復讐を果たすにはこれに乗じない手は無いよね
レビちゃんは何か他に考えある?」
「…酷な頼みだが、必要な事なんだ」
「仕方ない…じゃあ付き合ってあげようか
ただし、あくまでも名誉のために」
第四話 奪われたものは 終
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