ゼロ 2012-08-12 16:50:55 |
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ブラッドクロス
第九話 途絶える道を
ハートブレイカーの纏う魔力が徐々に薄れていき、元の姿が現れる。
レビは残ったルキュの体からメモを見つけていた。メンバーの配置のメモだった。
「さて、残りの連中の事もあるが…
そこの白狼の獣人はどうしたものか」
ザランが前傾姿勢を取って獲物を見据えていた。
「僕も、みんなのためにお前の命が欲しくてね…」
「よしておけ、どういう事情でも俺を脅かす敵ならば…死ぬぞ」
レビは槍を肩に乗せ、ザランを睨み返す。
「やめなさいよ、二人ともっ!」
セラが叫んだ。
「…殺すかどうかは、コイツ次第だな
止めたいのなら説得しておけ、俺はやる事がある」
レビは東側の建物に沿って立ち去る。
もう朝日が町を照らし始めていた。
「邪魔するなよ、セラ
吸血鬼を殺せば町だって良くなるんだぞ」
「何言ってるの、その人は逃げたっていいのに、私たちのために戦ってくれたのよ!
それを殺して何が町のためだっていうの!」
「本当に町のためを想うなら死んでくれるのが一番じゃないか!
そうでもなしにどうやってこんな町が続いていける!?」
「レビが許すなら…彼と共に生きていくわ」
「そんなのは長く続かないよ、教団の力を知らない訳じゃないだろ」
「それでもいい、彼を殺すくらいなら」
「それはみんなの意思かよ」
建物の陰から数人の男女が姿を現す。
「あなた達は…?」
「これは、不明瞭だった彼の人物像に確信が持てた今だから言える事だがね…
私はセラさんに賛成するよ」
「わ、私も…そうです…」
「俺も賛成だ」
彼らの意見は同じであった。
「身動きの取れる人達に声をかけておいたの
みんな彼を心配して来てくれたわ」
「ザラン君はまだ子供の頃に町を出たから知らないだろう
私たちが今までどうやって生活してきたかも、彼のおかげでどれだけ助かったのかも…」
「俺が薬草を取りに森の奥に入った時にも手助けしてくれてな、
おかげで助かった命だってあるんだ」
「あ、あの人は…私たちの事を…気にかけて下さっていたみたいで…
直接は…人と関わらなくても…町の環境を改善して下さって…」
ザランの顔に迷いの色が浮かぶ。
「でも…良い奴だからって…
もっと対局的にみれば、吸血鬼を殺すのは必要なんだ…!」
「彼と町の事を知った上での決断なら別だが、それを知らない今の君に、
そんな事を言う資格も、私たちの意思を押し切ってまで行動する権利も無い」
もう何も言い返す事ができなかった。
翌日の夜、丘の上
丘の上に古びた城が一つ、その周辺には木を組み合わせた十字が無数に立っている。
光源の殆ど無い夜の闇の中で一人作業をする者がいた。そこへもう一人歩いてくる。
「今度は何をしに俺のところへ現れた?」
「少しあんたと話がしたくてね…
それは一体何のつもりだい?」
「…お前は墓も分からないのか?」
ザランの問いに背を向けたまま、レビが問い返した。
「自分で殺したくせに墓なんて作って…吸血鬼も幽霊に祟られるのは怖いんだな」
レビの言葉に嫌味を言う。
「そんな事を怖れている訳じゃない
怨まれてもそれは仕方がないと思っている」
「だったら勲章や記念にでもしているのかい?」
「ただ、死者への弔いだ」
「…本気で言っているのか?」
その時、雲の切れ間から銀色の月が顔を覗かせた。
無数にある墓が光に照らされる。そのひとつひとつに花が一輪ずつ添えられていた。
「花を摘みたくはないから、造花だがな…
町の者に頼んで作らせている」
「殺した相手になんだってこんな事をするんだ?」
「…俺がこの町に来てから殺した者達は魔石の鉱脈に目をつけた略奪者が殆どだ」
「ゼピュロは貧富の差が激しいからね、
まともに食えない奴らは他人から奪うしかない…」
「その行いを正しいとは思わないが、そいつらにも家族や仲間があって、生きるための行いだった…
自分の命やそれ以上に大事な何かのために利害が一致しなければ、ぶつかり合い、強い者が残る…
結局、その本質は俺の知る限りではどこへ行っても大体は同じだった」
「確かにそうかもね、だけど金持ちや権力者達はどうだい?
そういう国の性質を少しでも改善する力を持っていても、考えているのは自分の利益ばかりだろ」
「そんな奴らでも権力争いに敗れれば没落するし、
質の悪い計略にかかれば一族や抱えていた配下達にさえ危害がおよぶ事もある…
それに大きな力を持つ者には敵も増える…常に力を求めるのは生き残りをかけているからでもある」
レビの言葉は深い実感を帯びているようだった。
「じゃあ結局、闘い続けなきゃいけないのは皆同じって事かよ…
『扉』の向こうにでも行かなきゃ…」
「『サイド・ルミナス』か…
もし仮に向こうが平和で平等な世界だとしても、
こんな罪深い生き方をする俺達には到底無縁だろうな
俺達はこの世界で生まれ、苦しめながら生き、苦しみながら死ぬしかない…
だからせめて、死後だけでも安らかであれと祈るのが精一杯だ」
「だからあんたはこんな墓を…」
ザランが頭を掻きむしる。
「いよいよ本当にわからなくなってきたなー」
「えっ?今の、実はよく分かってないで話してたのか?」
「そういう事じゃない!話題が変わったんだ!
何がみんなのためになるのかって…」
「唐突に話題が変わっていきなり怒鳴られても困るんだが…
とりあえず、お前の思っている事を話せ」
「みんなの意志に逆らってでもあんたを殺して繁栄をもたらす事と、
あんたと共にいずれ終わる道を歩ませてでもみんなの意志を尊重する事…
どっちの選択が正しいのか…
それにあんたを殺させたくないっていう気持ちも少し分かってきた」
「俺はどうあっても死ぬつもりはないし、町の連中を無意味に死なせるつもりもないがな」
「そういえば何故あの連中はあの劣悪な環境の町にこだわる?
他所に移ればもう少しマシな暮らしも出来たろう」
「ここは開拓の土地だからね、当時は活気があってたくさんの人が集まった
魔獣なんかも出る環境の中で、様々な人種の人達が分け隔てなく働いて町を作ったらしいよ
でも結局、開拓計画が破棄されて寂れていった
なのにあいつら、そんな人達の想いのこもった町を簡単に捨てる訳にはいかないってさ…」
「なるほどな、そういう事か、道理で…」
レビは納得したように呟いた。
「だけどそんな綺麗事が誰かの役に立つか?
そんな綺麗事言ってるからこんな状況になったと思わないか?」
「それはもっともだ…だが、誰かに訊いてみろ、何故獣憑きのお前が排除されなかったのかを」
翌日
「なあセラ、なんで町の皆は僕を見放さなかったんだろう?
獣憑きなんて他の町じゃ差別と偏見の的だぞ」
「何よ、今更そんな事訊いて…どうかしたの?」
「いや、ちょっとね」
「そんなの、みんな言ってる事じゃない
この町を作った人達は差別無く力を合わせて働いてたって
その意思を大事にしているからでしょ
彼の事も同じよ」
「…あぁ、そういう事だったのか…」
ザランは町の中をゆっくりと見回した。
「負けたな…」
「えっ?」
「認めるよ、みんなの想い…
いっその事、あいつにもちゃんと町の一員になってもらうべきじゃないかな
僕も今度は付き合うからさ」
第一章 黒き翼の悪魔 終
次章 血塗られた交差
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