ゼロ 2012-08-12 16:50:55 |
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ブラッドクロス
第四話 名も知らぬ盟友
夜、女性の家
私は町の取り決めで、次に彼…吸血鬼に血を捧げる事になっている。
と言っても、死ぬ訳じゃないけれど。
それぞれの家から一人ずつ代表を決めて、代表者で六人のグループを複数作り、
一グループ毎に順番に血を捧げる仕組みになっている。
一人一人の負担は分散され、貧血は辛いが死ぬ事は無い。
この仕組みがあれば彼は獲物の確保に困らないし、
この好都合な環境を自ら壊すような行動を取らない。
町が血を捧げる限り、彼は町を裏切らない。
私は生かさず殺さずの家畜かしら、それとも…彼にとってそれ以上の価値があるのかしら。
そんな事を思うのは、彼の振る舞いに心の冷たさを感じられないから。
何時吸いに来るかは彼の気分任せだけど、順番通りに家を訪れる。
ただし、その時の体調によっては彼の判断で吸血を免除され、順番を次回に回される事もある。
家畜の体調管理に過ぎないのか、それとも彼にも優しさがあるのか。
私は後者だと思いたい。
彼が血を吸ったのは十三日前の『町を襲った略奪者達』が最後…
たくさん吸えたと思うけど、さすがにそろそろ次が必要なハズ。
私の体調は良好、彼にとっては良い食事になるだろう。でも、今夜は来て欲しくない…
だって、私の家には今、あなたの命を狙う者が潜んでいるのだから…
そんな私の想いは通じず扉は叩かれた。
「…どうぞ」
宝石のように鮮やかな緋色の瞳、対照的な暗く落ち着いた茜色の髪、
薄紫で縁取りされた黒い服、そしてコウモリのような黒い翼…扉を開いたのはやはり彼だった。
「…失礼する」
彼はそう言って家の敷居を跨いだ。その手には包みがふたつ。それをテーブルに置いた。
中身は知っている。森で採れる果実と新鮮な獣の肉。
栄養を摂って失った血を補え、ということ。
「そう言えば、いつもどうやって六人分も運んでいるのかしら」
「収納に便利な道具がある…」
下らない質問だけど、彼は律儀に答えてくれた。ただ、会話としてはやはり素気ない。
私が右側の首筋を差し出すと、彼は鋭い牙を露にし、頭を近づけた。
私の考えは間違っているのだろうか。
彼が良い人だなんて勝手な思い込みかも知れないのに、
彼の名前だって知らないのに、私に何が分かるというのか。
それでも、裏切りたくない。
彼を殺させるのが正しいと思えない。
「敵…あなたの左の物陰…」
私が囁くと、彼は私を軽く突飛ばし後ろに下がった。
「キャッ…」
…ほんの一瞬遅れて銃声四つ。二人の間、太股の高さ、弾丸が空を切り裂き、壁を突き破る。
銃声を合図に部屋の奥の扉から斧を持った大男が、
更に彼の背後の扉から槍を持った男が現れ挟み撃ちを仕掛ける!
「女、目を瞑っていろ、見たくはないだろう…」
俺は左手の掌に紅い光の魔法陣を浮かび上がらせる。
その中心から現れる剣を右手で引き抜きながら前方の男に飛び掛かり
「ごふっ!」
鎧の隙間から、首を串刺しに。
男に組み付いたまま翼で身体を操り、男の巨体を中心に半回転、巨体を盾に槍を受け止める。
首から剣を抜きながら左足で巨体を蹴り飛ばし、向こう側の男の体勢を崩す。
物陰からもうひとり男が飛び出す
「くたばれェ!」
再び銃を四連射。
難なく剣で弾丸を弾き、剣を投げて男を貫く。
「ガハァッ…」
そこへ体勢を立て直した男が剣を抜き、走る。
俺は自ら左手の人差し指と中指の先を牙で切り裂く。二本の指先に魔法陣。
「変化魔法(トランス)…クリムゾンチェーン」
指先の傷口から血が溢れ出し魔法陣に吸い込まれ、紅い鎖へと変わっていく。
右手で二本の鎖を掴み、それで剣を受け止める。
「てめえッ!よくもフストとシクレをッ!」
「俺の命を狙うなら仲間の犠牲も覚悟しておけ」
男を右足で蹴り飛ばし、間合いが開く。
男が再び駆け出す。
俺は指先から垂らした鎖を振り上げ、天井を突き破る。
「支配化(ドミネイト)…チェーンスレイヴ」
鎖が天井の上を通って、走る男の頭上から現れる。
「なんだッこれは!?」
鎖はまるで獲物を締め上げる蛇のように男の体に絡み付き、動きを封じる。
男の頭を押さえつけ、鎧を砕き…
そして、俺は首筋に噛みついた。
「ぐああぁああぁあぁぁぁ…」
断末魔の叫びは急速に年老いた声に変わり、それもすぐに途絶えた。
「鎖よ、我が血へと還れ」
私が目を開くと全ては終わっていたようだった。
鎖が音を立てながら彼の指先に吸い込まれていく一方、
床には二人の血塗れの死体とバラバラに散らかった綺麗な鎧。
それを見てどうしても確かめたい事がひとつ。
恐怖に震えながら私は何とか声を出した。
「そ、その床の鎧は…どうしたの…?」
「中の男の血と生命力を吸い尽くした
搾りカスになった身体が倒れた時の衝撃と鎧の重みで崩れてバラバラになった
だから中身は入ったままだ」
これが…本当の『吸血』…普段私達から血を吸う時とはまるで比べ物にならない…
あんな程度では六人分でも彼を満たす事など到底出来やしない…
この三年間、獲物を前にしてどれ程の本能の飢えを抑え込んできたというの…?
「…巻き込んで、悪かったな」
「えっ…?」
「この前の略奪者どもだが、俺の詰めが甘かったようだ…それがこの事態を招いた…
だから、その…す、すまなかった…」
彼は『謝った』…すごくぎこちないけれど、確かそれは『相手を気遣う言葉』だった…
だから私は確信できた。
彼は私達を利用しているだけじゃない、冷酷なだけの悪魔じゃない。
私は間違っていなかった。人間と吸血鬼、種族は違えど彼の心は私たちの味方だ。
「私はセラ、あなたの名前を訊いても、いいかしら?」
「俺の名はレビだ…気高き吸血鬼の末裔、レビ・フラムロア」
第四話 名も知らぬ盟友 終
次回 黒き翼と白き狼
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