裕 2012-07-31 08:17:12 |
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プロローグ
空に灰色の分厚い雲が立ち込めている。春がもうすぐ来るというのに、風がとても冷たい。雪でも降りそうだ。
川口茜は、双子の翼と、被害者の娘、市川さくらの三人で、現場であるさくらの家の前に立っていた。しかし、この家は、火事で原形をとどめていない。
さくらは中学の時の同級生で、三人とも、秘密を教えあったりするような仲ではなかったが、まあまあ仲は良かった。しかし、卒業して以来、会うこともなかったし、連絡も全くとっていなかった。七年たって、こんな形で再会するなんて、思いにもよらなかった。
茜が覚えている限り、さくらはいつも笑っていた。そのうえ、活発で、おしゃべりが大好きで……。でも、この事件があってからは、解決した今でも、さくらは一度も笑顔を見せていない。変わらないのは、色白の肌に整った顔立ち、肩まで伸びたきれいな髪がよく似合う、かわいい姿だけだった。しかし、その姿にさえも、暗い影を漂わせている。
でも、そうなるのは仕方がないことだ。同居していた両親をいっぺんに殺されたら、笑顔だってなくなる。今、こうやって探偵として、明るく過ごしている茜だって、大学三年生の事件でたった一人の親が殺されたあと、一年ほど笑うことはなかった。しかし翼は、事件がきっかけで、もともとの冷めた性格に加え、ひねくれた性格にもなってしまった。
さくらの両親は、強盗犯の男が入ったところに鉢合わせしてしまい、ナイフで刺された後、男が放火して殺されてしまった。男はすぐに逃走。その一カ月後、事件解決によって、男は逮捕された。
しかし、茜たちにとっては、その犯人が問題だった。
その犯人は…。
「ねえ、茜、話したいことって……?」
さくらの一言で、茜の思考は遮られた。
「あ、ゴメン…」
茜はあわてて謝った。
ふと、翼に眼を向けると、翼はジーンズのポケットに手を突っ込んで、家の焼け跡を見つめていた。
翼は、人を殺す人間を絶対に許さない。たとえ、それが自分の親であっても……。
茜は、翼が人を殺されたのを見るたびに、翼の中を、犯人に対するとてつもない怒りが渦巻くのを何度も見てきた。
そんな翼の眼には、あるものが映ってしまう。きっと、焼け跡を見つめるその眼にも、それが映っているのだろう。
茜は、曇った空を見上げた。
「さくらって、これからどうするつもり?」
「どうするって…大学辞めて、住むところと仕事探すけど…」
そう言って、さくらは肩を落とした。
「あのね、それで私、考えがあるの。」
茜は、さくらの眼をみつめる。
「私たちの事務所に来ない?」
「………は?」
数秒の沈黙があった後、さくらが気の抜けた声を出した。
「私たちの家っていうか…まあ事務所だけど、二人で住むには広すぎるの。それに、事務所で探偵やれば、収入にもなるし、生活費とかもだいじょうぶだし……どう?」
さくらは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。
少し経ってからさくらが口を開いた。
「私はいいけど、翼はいいの?」
「勝手にしろ。」
翼は興味なさそうに言う。
「で、どうするの?」
茜はもう一度聞く。
さくらが笑顔でうなずく。
久しぶりに見た、さくらの笑顔。
分厚い雲に覆われていた空に、一筋の光が見えた。
1・無罪の殺人
暖かい春風の吹く中、さくらはある探偵事務所の前に立っていた。
『川口探偵事務所』
さくらはドアの横にある看板を確認すると、ドアをあけた。
その時、風と一緒に女の人の声が流れてきた。
〈こんにちは〉
………今の声は何……?
そう思いながら、さくらは靴を脱いで事務所の中に入った。
事務所のテーブルに美人の双子探偵、茜と翼が座っていた。
二人の前に、四十代くらいの男が一人座っている。さくらには、この何のやる気もなさそうな様子や、強盗でもビビって逃げ出しそうな風貌には、なんとなく見覚えがあった。両親の事件の時に、何度かあった刑事だ。でも名前は知らない。
「あ、さくら、早かったのね。」
男がさくらのことをちらっと見ると、茜に「あの時の娘じゃねえか、新入り?」と聞いた。
茜は「中学の時の同級生なの。」と言ってうすなずく。
「さくら…だったよな。」
さくらは苦笑いしながらうなずく。そしてさくらは荷物を部屋の隅に置くと、茜のとなりに座った。
「俺は刑事の横山達也だ。」
横山はそう言って軽く笑うと、「みんな横山さんって呼んでる。」と、付け足した。
「でも、私からみたら自称刑事にしか見えませんけどね。」
翼がからかうように言う。
翼の性格がなんとなく変わったような気がしたが、相手を怒らすようなことを言うのは、中学のころからかわっていないようだ。
「なんだと?俺は正真正銘の警察だ。」
横山はそういうと、警察手帳を翼に突きつける。
「本当のことを言っただけですよ。もっといえば、やる気のないおっさんですね。」
「いちいちうるせえんだよ!」
横山は翼を殴ろうと腕を振り上げる。
「自分よりも年下の女に暴力をふるうなんておとなげないですね。それに、警察が率先して暴力をふるうなんて、信じられません。」
翼は勝ち誇った笑みをうかべた。
横山は諦めたようにため息をつきながら手を下した。
茜はクスクス笑いながら「いつものことよ。」と、言った。
2・双子の秘密
横山がかえった後、さくらの荷物開きをした。
まさか、あの翼が手伝ってくれるとは、思ってもみなかった。
十二時から始めて、三時にやっと終わった。
「じゃあ、おやつ食べよ。」
茜の提案に翼もさくらも賛成する。
「じゃあ、翼、お菓子買ってきて。」
「なんでいつも私なんだ?」
翼が文句を言う。
「いつものことじゃない。」
口げんかが強い翼でも、茜には勝てないと思ったのか、深いため息をつくと事務所を出て行った。
茜が紅茶を入れ始めたので、手伝うことはないかと聞くと、食器棚にあるコップを出してくれと言われた。
真後ろの食器棚の隣に、金魚鉢が置いてあるのに気づいた。赤い金魚が二匹入っている。
〈こんにちは〉
さくらは心の中で声をかけると返事が返ってきた。
〈こんにちは〉
「さくらって、生き物と話せるんでしょ?」
「…なんで…そのことを……」
いきなり茜にそのことを言われ、さくらは驚きを隠せなかった。
この話は、親にさえも言ってないのに…
「中学の時に知った。」
茜はそういうと、軽く笑って見せた。
…生き物と話すことができる…この力は生まれつきだった。
でも、心で話すのに、なぜ茜は…
「茜は分かったの?でしょ。」
「なんでわかるの?」
さくらは食器棚から出したコップを置きながら言った。
「私はね…人の心が読めるの。」
「人の心が読める…?」
茜はコップに紅茶を注ぎながら、静かにうなずいた。
「私も生まれつきだったの…翼もそう…」
「翼も…?」
茜はまた静かにうなずいた。でも、この時茜の眼は、どこか悲しい雰囲気が漂っていた。
「翼は、霊が見えるの。」
そして茜は深いため息をついた。
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