針金 2012-04-26 21:38:47 |
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俺はかつて、彼に「お兄ちゃん」と、そう呼ばれていた。
別に嫌じゃない。どうでもいい。だが、その呼び方が「兄貴」に変わったのは少し、ほんの少し気にかかった。
兄貴というのは彼の性格からしてそう呼ぶにふさわしいから、呼ばれている訳では無い。
何処か俺のことを尊敬してるから、とそう感じる。
分かりやすく言うなら彼にとって俺は「親分」そういう存在なのだと、そう思う。
兄弟として、親分として、彼は俺を慕っているのだ。
何故、彼が俺を親分として慕うようになったのか。
それはあの日の出来事からだと思う。
1.記憶
俺は18年前の4月1日に生まれた。
その誕生には別に問題などなかった。ごく普通に生まれ、ごく普通に祝福された。
・・・いや、ごく普通には生まれなかった。
俺は眠ったまま生まれた。
普通はわあわあと産声というものをあげて泣きながら生まれてくるものが普通だろうが、
俺には産声というものが無かった。それが普通かどうかは知らないが。
それでも俺の両親は喜んでくれた。だがその喜びは、一時的なことにすぎなかった。
俺はどんな時でも笑うことがなった。笑うことも無ければ、泣くことも怒ることも無い。
俺は表情を知らない。
さすがに両親も俺の無表情さに気味悪くなったんだろうか。
時々、いやほとんど毎日
「気持ち悪い」と実の母親にいわれた。父親はというと
俺に目を合わせることすらしなかった。
別によかった。俺はもうこの頃から一人が好きだった。
こんな俺にはある三語のあの言葉がぴったりだろう。
「無愛想」
また、俺は声を出すことが無かった。一人だったし、出す理由も無い。
だから俺さえも自分の声を知らなかった。
申し遅れたが俺の名前はダウト。
ダウト ハーライト
という。両親がこの名前を考えてくれたらしいが、由来は知らない。聞く理由も無い。
聞いてどうする。・・・だが今となれば聞いておけばよかった、と後悔している。
あの両親が俺にくれた、たったひとつのものだったから。
こんな俺にでもつけてくれた名前、愛だったから。
俺はそのまま育っていった。
2.彼
さっきから俺が彼、と指しているのは紛れも無い、俺のたった一人の弟
デザイア ハーライトのことだ。
彼は俺が生まれて1年と3ヶ月後に生まれた。
彼は産声を持っていた。わあわあと言うよりはぎゃあぎゃあと泣き叫ぶような、まるで
生まれてきたことを拒否するような、訴えたような、そんな産声だった。
とにかく、とてもがつくほど元気だった、というのを覚えている。
これには両親はとても喜んだ。
だがこのデザイアを産んだ両親は俺を産んだ両親とは違う。
母親が違うのだ。
あの後、俺を産んだ母親は出て行った。俺のせいもあるが、元々あの二人は
出会い系サイトで出会ったんだとか。
俺の母親は他の男性とも子供を作ったことがあるらしいから俺はその子供の中の
たった一人にしか過ぎなかった。
たしかに俺と母親が家に居たとき、母親は何かと外出が多かった。
その浮気相手を俺が居るときに家に連れてくる時もあった。
やはり俺は何も言わなかったし、別にショックも受けなかった。
自分の母親がいつ何処で何をしているかなんて俺が知る権利も口出しする権利も無い。
何より、どうでもいい。
もちろん、彼はそんなことを少しも知らずに生まれてきた。なんと哀れな。
そのデザイアの母親も同様、出会い系サイトだ。
彼は、よく笑っていた。
彼は俺とは真がついていいほど逆だった。表情豊かで感情もある。
俺は感情も知らない。
彼は俺に無いものを持っている。・・・いや、単に俺に何も無いだけか。
ただひとつの共通点は、父親が同じということだけ。
他は全て違った。彼はよく可愛がれた。一方俺はいつもと変わらず、一人で遊んでいた。
えこひいき、というものか。俺は弟にも興味は無かった。
でも彼は違った。俺に興味があったようだ。
彼が母親に抱かれている時、
「やあー」と言って(おそらく嫌という意味)よじよじと母親の腕から抜け出し、
それに背を向けて本を読んでいる俺のところに来た。その時母親が
「危ないよ!」と叫んだ。叫ぶほどか?と思ったが否定はしない。
何故なら俺と一緒に居ると不快にさせてしまうからだ。
彼が俺の前に来ても俺は弟に目をくれることも無かった。だが彼はそんな俺にこう言った。
「おにーちゃん」
・・・え?
初めて彼が発した単語が「おにーちゃん」だとは思ってもみなかった。ひどく驚いた。
両親も目を丸くしていた。
何故、お母さんやお父さんではないのだろうか。母親や父親の方が彼と触れ合っている
時間が比較的多いはずなのに。しかも俺は彼と、この時初めて話したのだから。
俺は驚きのあまり彼の方をみた。
笑っていた。
何故笑っていたのか分からなかった。何がおもしろいのだろうか。分からない。
彼は俺が読んでいた本を手に取り、ページをめちゃくちゃにめくっていた。
ちなみに俺はこの時1歳だったので文字が読めない。だから、別に読んでいる訳では無い。
ページをただ一枚一枚めくっているだけだった。だからめちゃくちゃにされても
構わない。
「んにー?」
本をどうやって使うのか分からないらしかった。俺の方を見て、使用法を教えて
欲しいという目をしていた。俺は本をめくってみせた。
「だー」
満足したようだ。その瞬間だった。バシンと近所に響き渡るほど大きな音がしたと同時に、
俺の頬に激痛が走った。子供の俺には充分過ぎるほどの痛みだったが、不思議と
涙は出なかった。
「デザイアに触らないで!!」
兄の俺でも彼に触れる権利は無いようだ。思えばそうだ。兄という肩書きだけで
触れる権利は無いはずだ。それを理解した俺は彼に本を渡したまま、別の部屋に移動した。
・・・今思い返したら彼に触れていないような気がする。
「本当気持ち悪い子!」
母親は違うが、言うことは同じなのだな。
3.通学
あれから随分経ち、俺は5歳、デザイアは4歳になった。
その年になったら幼稚園というものに通わなければならないようだ。
当然彼と俺は共に通学した。家から幼稚園まではそんなに距離はなかった。
たった800か1000メートルくらい先のところに幼稚園はあった。
彼はいつも通学するときアニメのオープニングを口ずさんでいた。
時々彼が俺にくだらない質問をすることがあったが、俺は首を縦か横に振るだけで、
それ以外はほとんど無視というものだった。
いくら無視しても構わないといわんばかりに質問され続けたが。
幼稚園に着くと彼は喜んで中に入っていった。
だが、俺と違うクラスだと気づいた時は少し寂しそうな顔をしていた。
俺と居て、何が楽しいのだろうか。さっぱり分からなかった。
彼はあの明るい性格からすぐにたくさん友達が出来た。俺はと言うと、案の定
本を読んでいるだけで誰も寄せ付けなかった。友達なんて要らない。居たところで
何か変わるのか?何故人はすぐ人に頼りたがるのだろう。
何故人は人を必要とするのだろう。
分からないことだらけだ。
俺は遊戯に参加しようとしなかった。何のためにするんだ。なんと無意味な。
先生が俺の手を引っ張り参加させようとしたが、俺の目を見た瞬間、その手を放した。
放すどころか「ひぃっ・・・!」と悲鳴をあげて去ったくらいだ。
俺は死人のような目をしていた。どす黒い色と、青というよりは藍色に近い色を混ぜた
ような、なんとも気持ち悪い目を。でも俺はこの眼が好きだった。
誰もが気持ち悪いというこの眼が、誰も寄せ付けないこの眼が。
・・・彼は平気なのだろうか。
いつも孤独でいる俺にクラスの奴があだ名をつけ始めた。それは
「ゾンビ」
死人のようなこの眼と、表情が無いことからきたらしい。本当は死んでいるんじゃないか、そうクラスの奴らは思っていたようだ。
それは陰口程度のものだったので別に気にしなかった。その陰口は幼稚園中に広まり、
俺が人とすれ違うとき、よくゾンビだの、死人だの、そしてやっぱり、
気持ち悪いと言われた。言いたい奴には言わせておけばいい。・・・だが
次第に陰口はいじめに変わっていった。本を読んでいるとボールや積み木を投げられたり
していた。積み木の角が当たったときはさすがに痛かったが何も言わなかった。
俺は抵抗をしなかったから奴らにとってはいいサンドバッグなのだろう。
気持ち悪いんだよ、どっかいけ等々の言葉が俺に降りかかった。
「これでも食らえよ!」
一人が大きな積み木を抱えていた。しかも三角形。角が鋭利。
他の奴らも見ているだけの者や、はやし立てる者もいた。背中越しでも俺の
頭を狙っているのが分かっていた。これは当たったら痛いな、と思ったので少し
抵抗をしてみることにした。大きな積み木は俺に向かってきた。
それに俺は手を押し出してみた。・・・積み木は俺の手に突き刺さった。
積み木の重さで俺は床に膝をついた。今までにない激痛だった。
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