青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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僕は飛行機の搭乗員だった。パイロットだった。
だが、あまり優秀なパイロットではなかった気がする。
本土防衛する関東の部隊に配属され、最初の方はあまり出撃しなかったが、その内忙しくなったと思う。実戦で最後まで敵機を撃墜することはなかった。初めての実戦の怖さや、敵機に後ろを取られながら僚機に救われたことを何となく思い出せる。
昭和20年の春には鹿児島にいた。
僕には病気で療養中の母がいた。父は5年前に大陸で戦死しており、家族は母しかいない。
他の人のことや他の日のことも覚えているが、僕の前世の記憶は、ある人と、ある晩と次の朝についての事に特化している。
その日のことをよく覚えている。
ある人とは母のことだ。
そして、そのある日の話。
僕は最後の休暇を貰った。何日間の休暇かは覚えていないが、母に会いにいける時間があり、ほっとした。
父、母、僕はもともと三人で東京に住んでいたが、父が戦死し、母の負担を減らそうと思い僕が少年飛行兵になってからは、病気がちな母は郷里の九州に帰り、伯父の家の離れを借りて療養をしていた。
鹿児島にいた僕は汽車に飛び乗り母の住む街に向かった。僕の最後の休暇が始まった。
僕はまだ二十歳くらいだったが、ぼくの命はあと少し。
汽車の中で僕は複雑な心境になっていた。
母に会える喜びと、これからの自分の運命を考えて。
とにかく僕は、病床の母には自分の任務は知られないようにしようと思った。
夕方に伯父の家の最寄りの駅に着くと伯父が迎えに来ていた。事前に電報で行くことを知らせていたので、来てくれたようだ。
伯父は大変歓迎してくれた。
家までの道中、母の様子を訊くと、あまり良くないとのことだった。しかし、僕が来ることを知ると急に元気になったと言う。それを聞いて僕の心は傷んだ。僕亡き後、母は大丈夫だろうか?
伯父の家に着き、伯父の家族に挨拶を済ませると僕は一人、母のいる離れに向かった。明日の朝には、また鹿児島に戻る僕に伯父は母子水入らずで過ごせと言ってくれた。
離れに着くと大声で、
「ただいま!」
と言い、入り口を開けた。
すると入り口の前で母は座って待っていた。僕を見ると、破顔一笑。
もう僕は涙が出そうだった。
久しぶりに見た母はかなり痩せてしまっていた。
「おかえりなさい、疲れたでしょう。さあ、入って。」
母は立ち上がって僕が手に持っていた荷物を持とうとした。
「母さん、病気だっていうのに何してんの!寝てなよ。」
「あら、大丈夫よ。今日はとっても気分が良いんだから。」
「でも横になってないと。」
「いつも寝てる訳じゃあないのよ。調子が良い時には体を動かしてるの。今日は特に調子がいいわ。」
母は本当に調子が良さそうに見えた。痩せていなければ病気だと判らないくらいに。
母の勢いに負けて僕は荷物を明け渡した。その後も母は、お茶を淹れてくれたり、軍服の小さなほつれを見つけて縫ったりして、横になる様子はなかった。
暫くすると、僕を従妹が呼びにきた。夕食が出来たので、母屋から離れに食事を運ぶように、とのことだった。従妹と母屋に行き、食事を受け取る。伯父はお酒も僕に持たせた。
僕は伯父にお礼を言うと、伯父は、
「何か必要な物があっるなら遠慮せず言ってくれ。」
と言ってくれた。
僕は、もう十分だか、母が病人なのに横になってくれなくて困る、と話した。
それを聞くと伯父は、
「お前が来て余程嬉しいんだろう。好きなようにやらせてやってくれ。あれは、そう長くはないと医者に言われている。だから難しいのは分かっているが、お前も出来るだけ会いに来てやってくれ。
お前に言うべきか迷ったが……」
そう言った。
それを聞き僕は言葉を失った。
母はそこまで悪いのか……
伯父に少しの時間、二人で話しをしたいとお願いした。すると伯父は母屋の奥の部屋に僕を案内した。
僕は特別攻撃隊にいることを伯父に話した。そして、近いうちに出撃することも。
「そうか……陸軍さんも海軍さんも、知覧や鹿屋から特攻機を飛ばしているのは、ここにいても聞こえてくる。もしや飛行機乗りのお前もそうじゃないかと思っていたが、やはりそうか……。」
伯父はそう言った。本来、簡単に口に出すべきことではないが、僕は伯父にどうしてもお願いしたいことがあった。それは、母が長くないなら、自分の戦死は母に伝えないで欲しいこと。それから自分の体は海に沈むが、遺品だけでも母と一緒に、父の眠るお墓に入れて欲しいことだ。
伯父に話すと、伯父は必ずその様にするから心配するな、と聞き入れてくれた。
食事を持って離れに戻ると母は僕が運んできたものを見て、
「あら、随分なご馳走ね。あなたの為に伯父さん無理したのね。しっかり食べないとバチが当たるわよ。」
と明るく言った。
母の容態を聞いた僕に食欲はなかったが、伯父の気持ちを無駄にしないため、母を心配させないために全て食べる決意をした。伯父が出した酒を景気付けに飲んで、食事を全部食べた。母も、僕の好物は僕に食べさせたりしていたが、思ったより食べていた。母は母で僕に心配かけないように無理して食べたのかもしれない。
食事中も食後も、よく母は喋った。
母はよく喋る明るい性格だったが、この日は特別だった。母の子供の頃話や伯父の昔の話、父とのなれ初めやら、僕の幼き頃の話、そして母の体が丈夫だったら僕の弟か妹を産みたかったこと等を話した。
その後僕はお風呂を借りた。その間に母は従妹に身体を拭いて貰っていた。
お風呂から戻ると、従妹は既にいなかったが、母の寝床の横に僕のも用意していってくれたようだった。
僕は母の隣で寝ることになった。
夜も更けていたので灯りを落とし、僕も母も床に就いた。母に「お休みなさい」を言って横になったが、
暫くして、
「ねえ。」
と母が呼び掛けてきた。
「敵のおフネに、爆弾を背負った飛行機でぶつかる戦法が最近あるんでしょう?」
僕は背筋が凍りついたが、
「うん、あるよ。」
努めて冷静に答えた。自分は関係ないというように。
「あなたも?」
「僕は違うよ。」
母の問いに間髪入れず答えてしまった。不自然ではないか心配になる。すると、
「母さんはね、あなたの母さんだから、分かっちゃうの。」
「………。」
「あなたは優しい子だから、母さんを心配しているんでしょう?母さんが一人になってしまうことを。」
「違うよ、僕は特攻隊じゃない。」
僕の否定を母は聞こえなかったかのように続ける。
「母さんは大丈夫よ。あなたの足手まといになるつもりはないわ。」
「……」
「母さんのことは心配せずに戦ってきなさい。」
母は完全に気がついていた。
その後母は何も言わなかった。
僕は眠ろうとしたがなかなか寝付けなかった。
翌朝はよく晴れていた。寝不足だったが僕は当初の予定通りの時間に起きた。母も起きていた。
離れで朝食を母と食べたが、母は昨晩のように話をすることなく、僕も黙っていた。何を話して良いか分からなかった。
伯父は用があるようで僕が伯父の家を立つ前に出掛けて行った。僕は伯父によくよくお礼を言った。
そして汽車の時間に合わせて、僕は伯父の家を出ることにした。
こんばんわ。
なんだか悲しいですρ(・・、)
戦争中のこーゆー話は、なんだかやけに響いて読むのがちょっと辛いです…ρ(・・、)
でも読んでるので、青葉さん、続きを宜しく。
悲しくないといいのになぁ…ρ(・・、)
母は見送りのため、離れから外に出てきた。僕は伯父の家族に挨拶をし、駅に向かうことにした。従妹が駅まで送ってくれることになり、二人で歩き出すと、母も一緒に行くと言う。
伯父の家族に母は止めたが、母は聞かず、途中までということで両者妥協した。
従妹を先頭に後ろを僕と母が並んで歩く。空は晴れ渡っていて、沈黙が続くなか僕は空の青さをかみしめて歩いていた。
(何か話さなければ、時間がない。最後なんだ。)
そんな事を考えていたが、焦るだけで何も話せなかった。
これ以上は母を歩かせることは出来ない、無理はさせられないと思い、言った。
「母さん、ここまででいいよ。」
両側が畑で人通りの全くない一本道だった。
匿名さんが、読み終わた時に悲しいとの評価だけにならないでほしいと思う(^^)
青葉はとても魅力的な話だと思ったけど。
ただ青葉が上手く表現していなければ、悲しいだけの話しになるかもね。
青葉さん、お疲れ様です(*^-^*)
あったかいですね。
昨夜の話を読んでる時はすごく悲しかったのに…。
お母さんと一緒に歩いてるこの道が、何処までも何処までも続いていて欲しいと願わずにはいられないです。
情景がとても綺麗ですね。
僕は並んで歩いていた母の前に回り込み、母の正面に立った。そして敬礼し、
「お母さん、いって参ります。」
と大声で言い、見納めに母の顔を見ようとしたが何故か出来ず、目線が下にいった。
母は深々と頭を下げて、
「いってらっしゃい。よろしくお願いします。」
と言った。
母が顔をあげると、僕は回れ右をするように素早く母を背にして歩き出した。従妹を抜き去ると、慌てて従妹が着いてくる。
今朝から殆ど母と話せなかったことを後悔した。これで今生の別れなのに。
「待って!」
もう迷わず行こうとした時に母に呼び止められた。反射的に僕は立ち止まる。
母はぼくの傍まで歩いてきて、後ろに立った。
「こっちを見て、顔を見せて。」
僕は目線を下にして、ゆっくり振り向く。
「母さんの顔を見て。」
そう言われ、僕は下にあった視界を、母の顔に向けた。そして安堵した。母の表情は穏やかだったからだ。朝からまともに母の顔を見ていなかったが、きっと母はずっと穏やかな顔をしていたのだろう。それに対して僕はずっと悲痛な顔をしていたことに気づいた。
「昨夜も言ったけど、母さんの心配はしなくていいのよ。母さんは大丈夫だから。」
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