青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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青葉:何が起きたの?
木山:その鐘が鳴ったのは一度じゃなかったんだ。全部で5回。短期間に。そして、鳴る度に死者が出た。
青葉:え!ということは5人も亡くなったの!そんな大事件があったんだ。
木山:ああ。山村で短期間に5人。まさに大事件さ。
青葉:つまり連続殺人事件。手口は同じなの?
木山:いやいや、殺人事件じゃない。亡くなった人達は外傷もなく体内から毒物も検出されなかった。自然死だよ。だから当の山村では大事件だけど、一般的には事件とは言い難かった。なんていったって自然死だからな。
青葉:自然死とはいえ短期間に5人もか。5人とも高齢だったの?
木山:例え5人全員が年寄りでも人口の少ない山村で5人が短い期間に、これといった理由なく亡くなるなんて普通じゃないよな。しかも、老衰で亡くなりそうな高齢者は一人もいなかった。みんな亡くなるには早すぎる年齢だったんだ。
青葉:謎の事件だね。解決したの?
木山:いや、なぜ5人もの人が短期間で亡くなったのか解らないままさ。そして、5人が亡くなってから直ぐに1人の行方不明者が出たんだ。それで事件は未解決のまま終息した。
青葉:行方不明者もいたの?その人が何だか怪しいね。
木山:行方不明者は伯母の母親だよ。俺のおばあさんだ。
青葉:え?そうなの。
木山:さらに、亡くなった5人の内の1人は伯母の父親。つまり俺のおじいさんさ。
青葉:………。
木山:とにかく謎の多い事件だった。鐘が山中に鳴り響びくと、その度に人が亡くなる。しかも鐘は存在しない。亡くなった人達の死因は不明。さらに行方不明者も出た。まあ、行方不明者については事件との関連性があるのか誰にも解らなかったけど、父親をなくしたばかりの二人の娘を残しての失踪は解せないし、みんな何か事件と関わりかあると考えたようだったらしい。青葉が思ったようにな。
青葉:………。失踪した理由は家族も解らなかったの?伯母さんやお母さんも何も知らなかったの?
木山:表向きは解らないことにしていたみたいだな。
青葉:つまり解っていった。
木山:解っていったけど公表しなかった。それについても、まだ後の話だ。
青葉:わかった。
木山:そこまで伯母から話を聞いたところで、俺は質問をした。
何で何十年も前の事件のことで俺の行動範囲が制限されるのかを。
当時の俺にとって重要なのはそこだったからな。
青葉:伯母さんは何て答えたの?
木山:ずっと前に起きた事件だけど、5人の命を奪った犯人はまだ山にいる。家から離れると危険だ。そんな感じのことを言った。だけど、俺は犯人が何十年も山の中に潜んでいるとは思えなかった。
青葉:でも、犯人が山村の誰かならば有り得るよ。潜んでいるというより普通に暮らしているとしたら?
木山:そうだとしたら、何故今まで俺の遠出に何も言わなかった?そんな危険人物がいるのを知っていたら、それまでだって子供を一人で出掛けさせないだろう。だいたい伯母だってそんな所に住んでいられないさ。
青葉:道理だね。続けて。
木山:5人を殺めた犯人が山の中にいるとして、事件以来何もしていないのに、何で突然いま危険なのか、俺はそんなことを訊いた。もちろん、犯人が山の中に今もいるなんて信じていなかったけどな。
伯母は、
犯人はずっと閉じ込められていた。でも、そろそろ出て来るかもしれない。そう言った。
俺は、どこに閉じ込められているのか訊いた。
それに対して伯母は、
人の中に。
と答えた。
青葉:……よく意味が解らない。
木山:今はよく解るけど、当時の俺も同じさ。
人の中に人を閉じ込められるはずがない。
そう抗議すると、伯母は真顔でこう言った。
もちろん人の中に人を閉じ込めることはできない。だけど5人を殺めた犯人は人間ではなく魔物だから。
その言葉を聞き、やはり伯母は俺をからかっている。そう思ったかどうかは覚えていないが、何か反論しなければならないのに次に発する言葉に窮した。しかし伯母に丸め込まれては、遠出ができなくなり、つまらない日々になってしまう。とにかく伯母が何を言おうと納得したら敗けだと思った。
魔物なんているはずがない。それに、魔物は人間より強い。だから人が魔物を閉じ込められるはずもない。
俺は、言葉をひねり出した。
すると伯母は、
魔物はいる。
と言った。正確には、
「魔物はいるのよ。ただ多くの人が存在を信じていないだけ。だから、魔物が起こした事件は未解決のまま葬られてしまうの。」
こうだったかな。
青葉:伯母さんは魔物の存在を信じていたんだね。でも、君が言ったように魔物は人間より強いはず。人間が魔物を閉じ込めることが出来るとは思えない。
木山:それについて伯母は、
魔物には特性があり、特性によって色々と人間に害を及ぼす。5人を葬った魔物もそうだった。だけど、その魔物は自分の特性によって人の中に閉じ込められることになった。
もっと簡単な言葉を使っていたけど、そんな説明をしたよ。でも俺は理解出来なかった。
青葉:そうだろうね。
木山:だから俺は、もっと分かるように話をしてくれと言ったら、
その魔物は、自分の特性で自分を閉じ込めることになった。
と、伯母は答えた。
青葉:繰り返しだね。
木山:つまり、その言葉が真実でそれ以外に答えがなかったんだろうな。
青葉:その特性が何だか訊いたの?
木山:その魔物がどう人の命を奪うのかは訊いた。
青葉:どう害を及ぼすの?伯母さんは何と答えた?
木山:その魔物は人の中に入り込み、入り込んだ人に
命が欲しい
と要求し、承諾させようとする。
中に入り込まれた人は、承諾してしまうと突然に心臓が止まり死に至る。
そんなように話してたよ。
青葉:人の中に入り込む?どうやって?
木山:正しくは、人の夢の中に入り込むんだ。
青葉:夢の中に入れるんだ、その魔物は。
それから、承諾すると死に至ると言うけど、承諾しなければどうなるの?
木山:承諾させてしまうのさ。甘言や脅しを上手に使い、人の心を拐かし揺さぶって。
青葉:何でそんなことをするの?
木山:その魔物は人の生命を自分のエネルギーにするんだ。つまり喰ってると言える。
青葉:人は食糧なんだね。
人の夢の中に入り、人を殺める。そして人を自分のエネルギーにする。それが特性ということかな。
木山:何で承諾を得なくてはならないのか解らないけど、それも特性なんだろうな。
青葉:それで、その特性ゆえに人の中に閉じ込められることになったとは何故なの?
木山:魔物の命が欲しいという要求を人は断れない。と言うか、最初は抗っていても、いずれ丸め込まれるか諦めらかしめしまう。
青葉:夢の中に入れてしまったら最期ということだね。
木山:そう、普通はな。
普通ではない何かが起きたんだね。その魔物には名前があるの?
木山:ある。
ナイトメア
だ。
青葉:悪夢の、夢魔。
木山:そう。
青葉:ナイトメアは夢魔でありながら、人の夢の中に閉じ込められたということ?普通ではない何かが起こって。
木山:ああ。
青葉:夢の中でこそ真価を発揮し恐怖される存在なのに、一体なにが起きたの?
木山:伯母は、その時はそれについて話さなかった。
ただ、近くナイトメアが解放されるから、遠くへ行くなと重ねて俺を説得した。
青葉:何故ナイトメアが解放されると分かったの?
木山:それは、俺が地下の扉に近づいたからだったんだ。
青葉:地下の扉が出てきたか。
でも、それで何故そんなことが分かるの?
木山:それが俺も疑問で訊いてみた。
ナイトメアは人の夢の中に入り自分のエネルギーにするために殺めるわけだが、つまり夢の中で狩りをするといえるだろう。
伯母は、
魔物は……ナイトメアは狩りをする時に結界をはる。狩りを確実にするために。狩りの途中に誰かに、入り込んだ人が起こされないように、誰にも邪魔されないように。
と言っていた。
ナイトメアが入り込んでいる間、なんぴとも入り込まれた奴には近づけないんだ。
青葉:え?それじゃ、地下の扉の向こうにはナイトメアがいるということ?それに、狩られる人間もいるの?
木山:いた。狩られる人間は、行方不明とされている俺のおばあさんだ。
ナイトメアもいたけど、何と言えばいいかな。ナイトメアは半分だけいた。
青葉:おばあさんが!?
それに、半分?解らない。けど……
もっと解らないことがあるよ。
木山:そうだろうな。
青葉:ナイトメアは狩りの間は結界をはり、そのあいだ誰もそばに近づけない。その結界でナイトメアは自分を閉じ込めることになったんだろうけど……。とにかく、狩りの獲物は君のおばあさんで、場所が地下の扉の向こうだった。
木山:ああ。
青葉:でも、君は地下の扉の前まで行けた。
木山:そう。それが結界が解かれ始めた証拠さ。もう何十年も結界があったせいで家の主である伯母でさえ、扉どころか階段にも近づけなかった。
青葉:そこだよ。何十年もと言うけど、実際にどれくらいなの?
鐘が鳴って事件が始まってから、君が地下の扉のに近づくまでは。
木山:どうだろう。しっかり数えたことないけど、20年から30年だと思う。
青葉:ナイトメアの狩りは20年以上も掛かることがあるの。だって鐘が鳴った時、5人は短期間で亡くなったんでしょう。
木山:通常は掛からないんだろう。でも、狩りを邪魔する第三者がいたんだ。
扉の向こうには、俺のおばあさんとナイトメアの他に、もう一つの存在があった。その存在がなければ、ナイトメアは閉じ込められることにはならなかったし、鐘は6回鳴って直ぐに被害者は6人になったはずだよ。
青葉:もう一つの存在!何者なの?
木山:おばあさんの昔からの知り合いだと聞いた。
青葉:昔からの知り合い?どんな?
木山:そいつは初老の男で非常に痩せていたらしい。あばら骨が見えるくらいに。
おばあさんは結婚して山村に来たのだけど、男とはその前からの知り合いだったんだ。おばあさんの実家も山村程ではないが田舎で、それなりに大きな農家だったらしく、農繁期は忙しく家族では人手が足りず人を雇うことがあった。男はその雇った中の一人だった。
青葉:農作業に雇われた男?それがナイトメアの狩りをどう邪魔するの?特別な能力の持ち主なの?
木山:まあ、そうなんだけど順序通り話していくよ。
男は、土地の人ではなくよそ者でおばあさんの実家から少し離れたあばら屋に、いつからか住み始めていた。そのあばら屋は、おばあさん家の土地だったが、特に文句は言わなかったらしい。
男は仕事もなく貧乏暮らしをしているのが明らかだってので、農繁期にはおばあさんの父親が仕事をしてもらうという名目で、お金や食事を与えていたようだ。
青葉:名目?農作業して仕事をしたんだから、お金を貰って当然でしょう?
木山:男は能力的に問題があって仕事はしてもらったけど、簡単な仕事でもミスをした。つまり、あまり役に立たなかった。だから、本人のプライドを傷つけないように、仕事をしてもらっている名目で小金を渡していたんだ。
青葉:人手は足りなくても、金銭的に余裕はあったんだね。
木山:そうだったんだろうな。
おばあさんの実家は男を、寒い時期には家に泊めることがあったんだ。吹きさらしのあばら屋では忍びないと思ったんだろうな。
でも、その時の方が男は断然役に立った。
青葉:というと?
木山:子供たちのお守りに長けていたのさ。まだ子供だったおばあさんと、兄や弟達はみんな男か大好きで、男が泊まりに来るのを楽しみにしていたらしい。
青葉:おばあさんが子供の頃からの付き合いなんだ。
木山:そうらしい。
それで、男はいつも子供達と一緒に寝ていた。寝る前にはいつも怪談話をして子供達を怖がらせながら楽しませたそうだ。おばあさんは子供の頃、他の大人から怖い話を聞くと悪い夢を見るので、怪談話は嫌いだったが、男から聞いても何故か悪い夢を見ることがなかったらしいから、男の話は安心して聞いていたようだ。
青葉:仕事はできないけど、子供には人気がある人だったんだね。
木山:そうらしいな。
おばあさんが嫁に行くまで、男はおばあさんの実家にお世話になっていたが、嫁に行ってからは、伯母は男と会うことはなかった、という。
青葉:へえ。でも、再会があったんだね。地下の扉の向こうで。
木山:正確には、おばあさんが地下の扉の向こうの部屋に入る少し前だけど。まあ、そうだな。
青葉:男は何者なの?どうやって狩り20年以上もを邪魔したの?
木山:順序よく話すと、その話はまだなんだ。
伯母の話は、伯母が子供の頃に、ない鐘の音が山村に5回鳴り響き5人か自然死し、一人が行方不明になった。5人を殺めたのはナイトメアという魔物で、ナイトメアは人の中に閉じ込められていた。そのナイトメアは自分の特性によって人の中に閉じ込められていたが、出てくる予兆がある。ナイトメアが出てくる可能性が高いので、危険だから遠出をするな。ということだった。
青葉が訊くから答えたけど、行方不明者が俺のおばあさんだったことや、ナイトメアの狩りの邪魔する男のことを知ったのは後のことだ。
青葉:先走ってゴメン。
木山:いや。
青葉:でも、もう一つ。
木山:何だ?
青葉:ナイトメアは地下の扉の向こうにいた。つまり、伯母さんの家の中にいた。なのに、家の近くにいろ、という伯母さんの言葉は矛盾するよね。家が一番危険なのでは?
木山:扉の向こうにいたナイトメアは半分だった、と言っただろう。ナイトメアは、人の中に入り込む時、精神だけ入り込むんだ。本体は別にある。半分というのは精神だけという意味だよ。
ナイトメアは狩りの時は精神だけ人の中に入り込んで、狩りが終わったら本体に戻るんだ。ナイトメアの本体は山中にあるのは分かってたようだけど、伯母の家にあるわけではなかったから、俺が山の中を歩き回られるより、家の近くいる方が安全だということだろうな。
青葉:なるほど。
木山:伯母の話を聞いて説得それても、俺は釈然としなかったが、伯母が真剣なのは分かったから、その時は伯母にそれ以上何も言わなかった。
伯母の話を聞いたその夜、夕食を済ませてから庭で花火をして風呂に入って寝た。
少しして、暑さで寝苦しくて起きてしまったんだ。
すると、隣の部屋から、伯母と母の話し声が聞こえた。伯母から切り出し、こんな感じで話をしていた。
「もう帰ったほうがいいわ。明日ここを出て。」
「姉さん、どうしてそんなことを?」
「哲くんが、地下の扉まで行ったのよ。」
哲くん、とは俺のことだ。
青葉:うん。
木山:続けると、
「まさか、哲が?」
「結界が解かれ始めてる。ここは危険。だから早く帰ったほうがいいのよ。」
「姉さん。お母さんはどうなったの?大丈夫なんでしょう。だって鐘の音がしないもの。」
「わからないわ。最悪を考えれば、これから鳴るのかもしれない。とにかく、哲くんを連れて早く帰りなさい。落ち着いたら、また来て。朝になったら車の手配をするから。」
母は納得して、明日帰ると言った。それを聞いて、伯母が真剣だということが更に分かったんだ。明日俺は帰るんだな、と思い残念な気分だった。
青葉:君のお母さんもナイトメアのことは知っていたんだね。
木山:知ってた。
その後、俺は眠りに落ちたんだけど、夜中にまた目覚めることになった。
青葉:何で?
木山:雷と雨の音でさ。屋根を激しく叩きつける雨の音と割れんばかりの雷の音。
それは凄かった。
情けなくも俺は恐くなって、伯母と母が寝ている隣の部屋に逃げ込んでしまった。伯母と母も雷と雨の音で起きていた。
母は俺に、
これくらいの雨は山ではよくあることよ。
と言い、伯母も笑って、その通りだと言った。
でも、それは俺を安心させようとしただけで、実際その夜の天候は尋常じゃなかったんだ。
青葉:何か起きたの?
木山:結局、雨は次の日の午前中いっぱい続いたんだが、その影響で山の中は何ヵ所か土砂崩れが起きてたんだ。そして麓まで続く車が通れる道を完全に塞いでしまった。
青葉:ということは、山に閉じ込められた。
木山:そう。帰れなくなった。
伯母も母も眉をひそめていたけど、どうしようもなかった。
伯母や母の心境とは裏腹に、雨が止んだ午後は快晴だった。
そして事態は大きく動く。
午後の快晴の空の下、俺は山の中でナイトメアと遭遇した。
青葉:結局は山の中に入ったの?
木山:入った。でも驚いて、恐くて、家を飛び出してのことだったんだ。伯母の言いつけを敢えて破ろうとした訳ではなくな。
青葉:どうしてそんな事態に?
木山:ナイトメアの狩りを邪魔した男に家の中で会ったんだ。俺は男が怖くて逃げた。
青葉:へえ。ナイトメアに会うより先に、男に遭遇したんだね。
木山:そう……。丁度これからその時の話をしようとしてた。
土砂崩れで山から降りられなくなったものの、母は帰り支度を一応始めていた。道路が通れるようになったら直ぐに帰るつもりだったんだろうな。
俺は、大人しく家で一人遊んでいた。と言っても特にやることはなかった。
お昼ご飯を食べた後、庭で犬と遊んで、家の中でゴロゴロするくらいしかなかった。
で、ゴロゴロしている時に、家の奥の方から物音が聞こえてきた。 ドンドン、と何かを叩くような感じの。
俺は音がする方へ行ってみた。
青葉:音は、地下の扉の方からだね。
木山:そう、音は地下の扉の方からだった。伯母からは、地下の扉に近づくな、と言われていたが、音に釣られた。
地下の扉のに近づくにつれ、ドンドンという叩く音の他に人の声が混じってることに気づいた。そして、階段の前に立つと、扉の向こうから
男の低い声で、
「誰かいやせんか?お嬢ちゃん方はいやせんか?」
そう繰り返しているのが解った。
青葉:お嬢ちゃん方?
木山:伯母と母のことさ。男は、おばあさんのことを「お嬢さん」と呼んでいて、その子供である伯母と母は「お嬢ちゃん」と使い分けしていてらしい。
青葉:伯母さんとお母さんを呼んでいたのか。
木山:俺は、扉を向こうから叩く音と男の声を聞き、ビックリしたし怖くなった。家の中には俺の他に伯母と母だけ。男が家の中にいるはずがないんだから。
その場を離れて、伯母か母に事態を告げようと考えたが、何故か動くより先に叫んでいた。どんな言葉を発したか覚えていないが、とにかく大声を出した。いま思えば伯母を呼んだのかもしれない。
何!?どうしたの!!
そう伯母も大声を張り上げながら直ぐに駆けつけてきた。母も伯母の後を慌ただしく着いてきていた。
青葉:それで!
木山:俺は扉の方を指差したが、そんなことをしなくても伯母も母も事態を把握した。まだ扉は叩かれてたし、男は伯母や母を呼び続けていたからな。
伯母は母に扉の南京錠の鍵を持ってくるよう指示した。母は一度去り、程なくして鍵を持って戻ってきた。
鍵を渡された伯母は何も迷うことなく階段を降りて南京錠に鍵を刺して扉を開けた。
古い扉だけに、伯母は重そうに扉を押した。
その間、俺は阿呆の様に階段の上に立って経緯を眺めていた。どう行動していいのかサッパリ解らなかったんだ。
青葉:そりゃあ、そうだろうね。
木山:扉が開くと、中から大きな男が現れた。丸々太った、今まで見たこともない大きな男だった。
青葉:太った?しかも丸々と。
あばら骨が見えるくらいに男は痩せてたんじゃなかった?
木山:俺が見た時は、とんでもなく太っていた。理由は食い過ぎだよ。
青葉:その男だって、地下の扉の向こうに20年以上いたんでしょう。食べる物なんてあるの?
木山:あったんだ。けど、それが何かはこれも後だ。
俺は、男を見て悲鳴をあげた。
男をナイトメアだと思ったんだ。
その時はまだナイトメアの狩りを邪魔した男のことは聞いてなかったからな。
5人の命を奪ったナイトメアが目の前にいる。殺される!
そう思った。
伯母からナイトメアの話を聞いていたが、その時は半信半疑よりも信じてなかった。でも、今までに見たことないような大男が南京錠の掛かっていた地下の扉から現れたのを目の当たりにして、一気に伯母の胡散臭い話を信じることができた。それで恐怖心が掻き立てられたんだな。
結局、男はナイトメアではなかったけど、伯母の話が真実と感じたのは、こと時だった。
男が、
良かった。開けてもらえやした。誰もいなかったら……
そこまで言った時に俺は悲鳴あげた。それを聞いて伯母は、
哲くん、向こうへ行っていなさい!
そう大きめの声で言った。
俺はその言葉に弾かれるように逃げ出した。
玄関で急ぎ靴を履き庭に出で、犬を連れ出して山の中に入った。
青葉:伯母さんは、外に出ろと言った訳ではないんじゃない?
木山:そうだろうな。でも、勘違いだったものの、ナイトメアという恐ろしい魔物に会ったんだ。命の危険を感じてパニック状態だった。
青葉:そっか。パニックに陥っていたんだもんね。
木山:メチャクチャに走る俺の後を犬は軽々と着いてきた。
どこをどう走ったのか、走り疲れて立ち止まると、そこは行ったことのない木々がうっそうと生える、陽の光の少ない獣道すらない山の中だった。
そばに小さな岩があり、俺はそこに座って息を整えることにした。
しばらく座っていたが、犬は元気で、俺の周りをぐるぐる小走りしていた。
青葉:犬は元気だね。
木山:その犬が突然に止まり、ある方向に向けて激しく吠えた。
俺は即座にそっちを見た。男が追いかけて来たのかと思ったんだ。
だが、違った。
視線の先には、青い目の女性がいた。
青葉:青い目?白人?
木山:そう。白人で、透けるような白い肌の色をしていた。青い目で、髪は金色というより銀色の若い女性だった。真っ白な服を着ていたが酷く汚れていた。 綺麗な顔立ちだったと今は思うけど、その時はそういうことにはあまり興味がなかったな。
そいつは、無表情で俺の方に近づいてきた。
青葉:ナイトメアだね。
木山:ああ。
青葉:怖かった?
木山:俺は、男をナイトメアと思っていたから、恐怖は感じなかったよ。
青葉:でも、山の中に白人の女性がいるなんて、何か怖い気がするけど。無表情ならなおさら。
木山:そのとき俺は、家で男と遭遇し、ナイトメアだと思い逃げてきたばかりだっただろう。ナイトメア以外と遭うなら怖さなんてなかったっさ。
まあ、そいつが本物のナイトメアだったけど。
青葉:それで、どうなったの?
木山:ナイトメアは俺の目の前に立った。
俺はまたもや、どう行動していいのか解らず、岩に座ったまま何も言わずに目の前に立つナイトメアの無表情な顔を見上げていたよ。ナイトメアも、無言で俺の顔を見ていた。
青葉:どっちが先に沈黙を破ったの?
木山:口を先に開いたのはナイトメアだった。
ナイトメアが俺に向けた最初の言葉は、
あなた、あの人の血をひいているのね。似てるもの、いろんなことが。
だった。
青葉:ナイトメアは日本語を話したの?
木山:流暢なもんだったよ。それに、心地よい綺麗な声をしていた。あの声は人の心を掴む一つの武器になってる気がする。
青葉:白人が流暢な日本語で話し掛けてくるなんて変だと思わなかった?
木山:思ったさ。話し掛けられる前から、とっくに。山の中で汚れた服を着た外人が近づいてきたら変だと思うだろう。相手が女性ということもあってか、怖さは感じなかった。けどな、不思議な感じはあったと思う。
青葉:ナイトメアは日本語を話すんだね。
木山:狩りの対象になった人間に、死ぬことを承諾させてしまう能力をもった魔物なんだ。相手に合わせて何語でも話すんだろう。そうでなければ、命という究極の説得なんて出来やしない。ナイトメアは人間じゃない。魔物なんだから、人間の常識に当てはまらない事がいろいろと出来るんだろうな。
青葉:そんなものかねぇ。
木山:言葉を掛けられたが、何と返事すればいいのか解らなかった。
それに、「あの人」とは、どの人のことかも解らなかった。
小学生だった俺は、ナイトメアに無遠慮に見つめられ、気恥ずかしさを感じて視線を落とした。
ナイトメアの土色の汚れがある白いブラウスに、同じく土色の汚れがある白いスカート、それに長い髪が視界に入った。おかしなことに、ナイトメアの服は汚れていたが、顔や腕など肌が出ているところは汚れなく綺麗なことに、その時気づいた。
青葉:気恥ずかしさを感じてたんだから、本当に恐怖心、それに警戒心とは無縁の心理状態だね。
でも、気づいてないとはいえナイトメアと対峙か。ピンチだよね。
木山:そうだけど、その時点では全く危機感はなかったな。相手の正体が分かってないから暢気なもんさ。
青葉:「あの人」とは、君のおばあさんのことだね。
木山:結論から言うとそうだった。
俺は小さな岩に座っていたけど、よく見ると、 同じような岩が周辺に幾つもあった。突然、ナイトメアは直ぐそばの小さい岩にフワリと座ったんだ。ナイトメアは俺の視線の真正面にいたが、座った向きは俺に対して正面ではなく、俺はナイトメアの横顔を見るかたちになった。そして、ナイトメアは、こちらを見ることなく黙って山の木々を眺めているようだった。しばらく、そうしていた。
青葉:つまり、君はナイトメアを見ていたけど、ナイトメアは君を見なかったんだね。ナイトメアは、君にあまり関心がなさそうだね。
木山:その時の態度からすると、そうだったのかもしれない。でも、その時の俺はナイトメアが怒っているのじゃないかと考えたんだ。声を掛けたのに俺が何も答えなかったもんだから。この気まずい雰囲気を打破するのは、この雰囲気を作った自分がやらなければならないと思った。
青葉:どうしたの?
木山:今度は俺から話し掛けることにした。
さっき言った、「あの人」って誰?
他の言葉掛けをする選択肢もあったと思うが、そう質問を俺はした。
すると、ナイトメアは無表情の顔だけを俺に向けて、
あの人の夢に、あなたは一度も出てこなかった。ということは、あの人とあなたは会ったことがないのね。でも、同じものをたくさん持ってる。とても近い存在なのね。
と言った。
俺は困った。話し掛けたものの、ナイトメアの言ってることが解らず、何か言おうと思いながら、次の言葉掛けが浮かばない。結局は沈黙したまま時間が流れた。
でも、ナイトメアは何かを考えているようで、無表情ながら眼差しを俺から離さなかった。そして、
どれくらい時間が経ったのかしら。
きっと、あの人の二人の娘のどちらかの子ね。容姿だけでなく、似ていることが多いもの。
と独り言のように言っていた。
青葉:容姿だけでなく、他に何が似ていたの?
木山:さあ、そこは訊かなかったな。まあ、ナイトメアには解る何かがあるんだろう。
そして、ナイトメアは、今度は独り言のようにではなく、明確に俺に向けて言った。
あたしはね、あなたのお祖母様をよく知っているの。ずっと一緒にいたから。
それを聞いて俺は、
ああ、おばあさんの知りいか
と単純に思い、目出度くも親しみを感じた。俺のおじいさんの命を奪った相手なのにな。
そして俺は無邪気に名前を訊いた。
するとナイトメアは、
誰かに正式に名前をつけてもらったことがないの。でも、あたしと同じような存在達は……あなた方の言葉では、同族とでも言うのかしら。とにかく、あたし達は、あなた方人間から、ナイトメアと呼ばれているわ。
と答えた。
俺の背筋が凍った。
青葉:自分が魔物の手の内にいることに気づいたんだね。
木山:そう。だけど、ナイトメアに遭遇してからの危険な状況は変わってない。変わったのは俺の精神状態だけ。
だいたい、おばあさんの知り合いなんて、まず有りうる話ではないんだよな。なのに俺は疑いもしなかった。
青葉:というのは?
木山:ナイトメアは十代後半の容姿だった。まあ、魔物なんだから実際の年齢なんて判りはしないけど、俺にはそのくらいに見えた。一方、おばあさんは20年以上前に失踪していた。
ナイトメアは、おばあさんとずっと一緒にいたと言った。つまり、一緒にいたのは失踪後からということになる。普通ならば有りえないだろう。失踪中のおばあさんとずっと一緒にいた人が、おばあさんの家の近くを歩いていた。そして、偶然に山の中で孫の俺と出会ったなんて。
青葉:確かにそうだけど、それは現実だった。ナイトメアは嘘を言っていないよね。確率的にはほとんど無いとは思うけど。
木山:そう事実だよ。でも、普通に考えて確率的にほとんどないことを疑いもしなかった。それどころか、その時の俺にとっては、おばあさんとナイトメアが知り合いの確率はゼロパーセントと考えなくちゃダメだったんだ。
青葉:何故?
木山:俺は、おばあさんが伯母や母が子供の頃の20年以上前に亡くなった、と聞いていたんだ。
つまり、ナイトメアは……その時は名乗る前で、まだナイトメアとは思ってなかったけど……十代後半の女性が、おばあさんと出会えるはずがない、知り合いのはずがない、そう考えて警戒しなければならなかった。
青葉:男をナイトメアと思い家から飛び出し、その後に謎の白人女性に声を掛けられたんだから、冷静ではなかったんだよ。小学生では仕方ないと思うよ。
木山:男をナイトメアと早合点したり、ナイトメアを疑うことなく呑気に名前を訊いたり。自分のことながら浅はかで情けなくなるよ。 冷静さが足りない。
でも、確かに、今さら自分に腹立ててもな。
とにかく、相手がナイトメアと判り、俺は狼狽した。家で男を見た時以上の恐怖だったよ。
逃げよう。
そう思った。
狼狽しながらも、相手に変に思われないように、自然に行動して離れて行こうと考えた。
青葉:自然にとは?
木山:用があるから、と言って別れの挨拶をして、ある程度の距離を取ってから全力で逃げる。そんな感じだったかな。
青葉:けっこう冷静だと思うよ。きっと、大人も似た感じで逃げようと思考するはず。
それで、上手くいったの?
木山:いいや、ダメだった。
家に用事があるので帰る。そんなふうにナイトメアに言った。
が、震えているような、裏返っているような、さっそく不自然な声を出してしまったんだ。表情も強ばっていただろうな。
立ち上り、来た道の方へ歩き出そうとしたその時、ナイトメアは俺よりも早くに立ち上がっていて、俺が一歩目を踏み出す前に正面に立っていた。
青葉:意図がバレたの?
木山:俺が恐れていることは気づいただろうな。挙動不審だったから。
俺は顔の強ばりを更に強めてナイトメアの顔を見た。すると、表情が変わっていた。僅かにだけど笑っていたんだ。
そして、俺は胸を軽く押された。後方へ重心が傾き、小さな岩にもう一度腰を下ろすことになった。
逃げられない。
そう思い、死の予感がした。
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