青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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直ぐに隣の人物の顔を確かめるために顔を横に向ける。
「日和さん……。」
世の中そんなに甘くはないとガッカリする。隣に座ったのは日和だった。
「偶然ね、一色君。こんなところで会うなんて。」
日和はそう言って笑う。
「僕のプライベートに入り込むのを止めたんじゃなかったんですか?」
僕は日和を責める。
「だから偶然だって。」
「白々しいですよ。どういうつもりですか?」
僕の口調は強まる。ここは怒っても仕方ない場面だろう。日和は言ったことを覆したのだから。
「あれ、怒ってるの?あたしは一色君の助言通りに行動してるだけじゃない。」
「着いてこい、なんて僕は言ってませんよ。」
「それはあたしも聞いてない。そうじゃなくて学校から離れるよう助言してくれたでしょう。だからこうして電車に乗ったの。手っ取り早く学校から遠ざかる方法を考えたら歩くより電車に乗ることじゃない。」
「それはいいとして、僕のプライベートに入り込まないはずじゃなかったんですか?」
僕にとって、日和が学校から離れる手段として電車を選んだのはどうでもいいことだ。今は僕は日和に着いてきてほしくない。
「違う目的を持ったけど、足が進む方向が同じだったんだもん。仕方ないじゃない。」
日和は悪びれた様子もなく涼しい顔をしている。
「それにしたって別の車両に乗ることができたし、学校から離れるだけが目的なら反対方向の電車に乗ることもできましたよ。」
不機嫌な自分を僕は隠さなかった。しかしそんなことは、日和に何の意味もないことを直ぐに知ることになる。
「もう解ったでしょう、一色君。あなたから離れる気はないのよ。さっきは、あのまま口論しても前に進まないから一時解放してみただけ。あたしは、あなたを起点にこの状況を打開するしかないの。あなたが唯一の手掛かりだからね。悪いけどその為には一色君の都合なんか考慮する気はないわ。」
日和の表情から笑みが消えている。
日和も必死なのだろう。
僕は諦めることにした。諦めるのは日和の決意を変えることで、ここからは日和をどう撒くかを考えることにした。
日和から解放されるには日和が欲しい情報を与えればいい。欲しい情報とは真実だ。だが、僕が真実だと思うことはもう話している。話したが新里の能力下にある日和は僕の話を否定的に捉えた。では何を言えばいいのか。
電車が駅に着く。数人が降りて、数人が乗る。車内の人数はほぼ変わらない。
日和は何も言わずに僕の隣で正面を見ながら座っている。微動だにしない。
だがきっと日和は様子を伺っている。視界の隅にある僕の動向や正面の窓ガラスに映る僕の表情を見ているだろう。
不快感はもう諦めに変わっているが、僕は不機嫌な顔を崩していない。
これは心理戦だ。
日和は僕に話をさせて情報を引き出したいと考えているはず。より良く情報を得るために冷静になるのを待っている。
それに対して僕は日和を撒く方法を考えている。話し掛けられては気が散る。日和は強敵だ。だからより確実に撒ける方法を見つけ出したいと思う。だから表情を変えられない。僕が冷静な顔をすれば日和は待ってましたとばかりに僕に話し掛けてくるだろう。
良い手段がみつからないまま時は過ぎた。
電車が駅に着き、また停まる。そしてドアが開く。
言葉で日和を撒くのは無理だと結論を出す。日和が新里の能力下にある限り僕の言葉が日和を満足させることはない。
ドアが閉まり発車する。
僕は次の駅で日和とサヨナラすることにした。日和に勝ることを最大限に活かして日和を撒く。
日和を油断させるために表情を和らげる。
日和は即反応する。声を掛けてくる。
「ねえ、一色君。」
「何ですか?」
怒りが通りすぎたことを示すために、冷静に答える。実際既に冷静だったから難しいことではない。
僕が日和に勝ること。それは男女差だ。身体能力だ。瞬発力や走力。つまり僕は日和から逃げることにした。それ以外にないと思う。電車が次の駅に着いたら僕は突然に、そしてシンプルに走る。今は成功率を上げるために油断させている。
「次の駅で降りるつもりね。」
日和はそう言った。
何故解った?
心で狼狽えながら顔は不思議そうな表情をする。
「いいえ。まだです。何でそう思うんですか?」
訊かなけれは良かったかもしれない。読まれた心をさらけ出す質問だったかもしれない。
「あら、図星?一色君の表情が変わったら、あたしから逃げる算段が見つかった時かなと考えてたの。そしてその方法は簡単な行動が一番効果的じゃないかと思ったのよね。それは強制的に物理的に離れること。」
完全に読まれていた。脱帽するしかない。
「参りました。」
僕は認めることを自然と言ってしまう。
「参ってるのはあたしの方よ。防ぐ術が考えられない。失敗したわ。一色君が電車を降りてから姿をあらわせば良かったんだ。」
確かに解っていてもシンプルに走られては 防ぐのが難しいのかもしれない。しかし日和の表情を見ると、すまし顔で困っている感じではない。自分が不利だと発言することも心理戦かと思い日和が怖くなる。心理戦で劣勢なのは僕なのだと思う。
だが、解っていても防ぎ難いのは真実のはずだ。これから日和が何を言おうと僕は次の駅で降りる。その固い決意があれば日和から逃れことができるはずだ。日和は言葉でしか僕を引き留める以外に手立てはないのだ。日和の言葉に丸め込まれずに男女差の勝負に持っていけばいい。
「一色君、お願い。あたしを助けてよ。」
日和もシンプルにそう僕に頼んできた。どう言葉で仕掛けてくるかと構えていたがその程度のことであれば今の僕はかわせる。普段ならば効果的だっただろう。無駄と思っても新里の影響下にある日和に付き合ったと思う。だが今日は雪見と会わなければ気がすまない。
「今の日和さんの状態では僕は何の役にも立てないんです。」
僕は正直に思うことを言った。
「やっぱり冷たいね、一色君は。」
日和は力なく言う。
「明日ならばとことん付き合います。だから今日は解放して下さい。」
雪見と会った後の明日ならば、新里の影響下から逃れるところまで日和と一緒に行っていい。それは僕にとってメリットがあることだし、それに日和を心配する気持ちがある。
「一色君、ゼロを相手にしているからには、明日があたしにあるのか判らないくらいに思ってるのよ。あなたはゼロを相手にすることを甘く考えているんじゃない。」
今度は力ない笑みを見せる。
「大丈夫です。新里は日和さんを危険とは思っていませんから。日和さんには明日がありますよ。だからこそ僕は次の駅で降れます。」
「あたしが一色君の学校に来た理由が新里君だと証明をどうするつもりなの?ターゲットはあなたかもしれない。」
僕の言葉は説得力に欠けているようだ。だが日和の言葉に矛盾がある。
「日和さんが学校に来た理由が僕ならば、僕の側に居続けることこそが、日和さんの明日はないことに繋がるかもしれないじゃないですか。」
僕による命の危機を感じながらどうして日和が僕から離れないのかが疑問だ。
「ゼロと対峙するからには命を落とす覚悟をしなければならない。突然に人生が終わる恐怖が常に付きまとうの。だからこそ運命を自分で決めたいのよ。一色君に着いていくことで最悪の事態になっても、それはあたしが自分で決めたこと。あたしは完全に納得できなくても、諦めて人生を終えていけるわ。」
「諦められますか?僕がたちの悪いゼロならば無駄に命を落とすだけじゃないですか。」
僕ならば諦めなんて絶対に出来ない。
「無駄でもないのよ。だって一色優をマークしていることは仲間に伝えてあるもの。あたしにもしものことがあれば一色君は終わりよ。あたしの犠牲は活きる。」
この日和の発言も心理戦の内だろうか。どっちにしろ僕には日和の命を奪うことなんか微塵も興味はない。
「そうですか……」
その後の言葉をどう続けようかと考えたが浮かばない。日和も何も言わない。沈黙が息苦しくなり僕は様子を伺うため目線を動かし正面の窓に映る日和を見る。そこで異変に気づく。
「どうしたんですか!大丈夫ですか?」
日和は頭を抱えていた。それだけならば僕を繋ぎ止める方法が浮かばなくてとったポーズかもしれないと思い、すぐに声を掛けず様子をみただろう。異変と判断したのはその顔だ。日和は頭を抱えながら目を見開いて深刻な顔をしている。さらにその表情には驚きも含まれている感じだ。とにかく、ただならぬ雰囲気を醸し出している。日和は僕の声かけに答えない。聞こえていないようだ。
車内アナウンスが次の駅が近いと知らせてくる。
日和が僕を繋ぎ止める為の芝居かもしれないが、僕は降りるか降りないか迷う。
電車はブレーキがかかり始める。考える時間はあまりない。
「日和さん?」
日和は固まっていて答えない。
「日和さん!?」
僕の存在を日和は感じてない。そう僕は判断した。日和から離れる好機が到来している。
停車し扉が開く。
僕は心を決めた。
発車の音楽が流れる。そして電車の扉が閉まった。
雪見は今どうしているだろうか。もう下校したのだろうか。 それとも新里に誘われて野球部の練習を見学しているのかもしれない。 新里は僕を警戒していた。すぐには雪見を離さないだろう。
だから僕の電車から降りない決断は間違ってなかった。まだ雪見が家に帰るまで時間はある。急ぐことはない。そう自分を納得させる。
近くに乗客がいなくて良かった。いたら日和の様子を訝しく思うだろうから、そうなれば僕も居づらい。
何度かしたが、日和は声かけには反応しない。
正面の窓から流れる風景を僕は見ているしかなかった。
「一色君。」
どのくらい外の風景を眺めていただろうか。僕を呼ぶ日和のハッキリした声が程なくして聞こえた。
僕は日和の方を向く。日和は先に僕の方を見ていた。日和の表情に曇りはない。
「大丈夫ですか?」
表情を見れば大丈夫なのは判っているが敢えてそう訊く。
「ごめんね、一色君。待たせて。脳の状態は朝に一色君と会った時に戻ったわ。」
日和は新里の影響下から抜け出した様だ。
「いえ、謝ることはありません。お陰で新里の能力の範囲が雪見の復活でどこまで拡がったのか解りましたから。」
「そうね……でも……」
日和は何か言いたそうだが、僕は訊きたいことを口に出す。
「新里の能力から解放された時の様子は失礼かもしれないけど表情が異様でしたよ。体も硬直していたし、全体的に見て奇態と言って過言ではありませんでした。いったい日和さんの脳の中で何が起こっていたんですか?」
「ちょっと待って、一色君。それが女の子にむかって言うことなの……?表情が異様……それに奇態……。本当に失礼ね。」
失礼かもしれないと予め断っておいたが、僕の心遣いはなんの効果もなかったようだ。
「気を悪くしないで下さい。僕は物事をオブラートに包むことが苦手なんです。つい思ったこと感じたことをそのまま言ってしまいます。」
「つまり一色君は、あたしを異様だとか奇態だとか感じたのね……」
僕は言い繕うつもりで余計なことを言ったかと心配になる。しかし日和は深刻な顔をしているが怒りは感じられなかった。もしかしたら、僕から自分の様子を聞いて新里か雪見の能力についてヒントを得た為に何か考えているのかもしれない。
「日和さん、何か解ったんですね?」
僕は日和が考えていることが早く何か知りたくなった。
「解った?」
日和は不思議そうな顔する。
「ええ、何かを考えているじゃないですか。きっと気づいたことがあるんだろうと顔を見れば容易に推測できます。教えて下さい、何が解ったんですか。」
僕がそう促すと、日和は憐らしき表情を浮かべて僕を見た。
「解ったのは、残念ながら一色君は本当に一生モテることはないということね。深刻なくらいに女心が解ってない。」
「………。」
やはり僕は余計なことを言ったのだ。
「あたしはね、心が傷ついて何も言えなかったの。人前で醜態を晒したのかと辛くなったの!落ち込んでたの!」
怒りが感じらなかったのは、怒りより落ち込みが強かったからだろうか。
「それなら心配ないです。日和さんの醜態は僕しか見ていませんから。」
車両内には他にも人がいたが近くには誰もいなかった。だから日和の様子に気づいた人はいないはずだ。
「……もういいよ、一色君。……本題に戻ろう。」
日和は本格的に憐れみの表情をしていた。
「はい。」
言い様のない後味の悪さがあるが余計な話は要らない。話を進めるのは賛成だ。
日和は気持ちを切り替えるように話し出す。
「新里君の能力から解放された時、突然に記憶が流れ込んできたのよ。頭の中がパニックになったわ。でもパニックになったのは少しの時間で、頭を整理するのに時間がかかったんだと思う。いろいろなことが頭のなかをめぐった。自分が何で一色君の学校に来たのか思いだし、そして雪見さんが学校に来た不可解さで混乱し、新里君の能力の異常な多様性をおかしく感じた。それにあたしが新里君の能力の中にいた状況で、一色君があたしに対する言動を吟味する時間もあったわね。」
「僕にとって日和さんが固まった時間は長く感じましたが、実際はそんなにでもなかったでしょう。回転の早い脳を持ってるんですね。」
本当にそう思ったが、
「からかうのは止めて。」
と素っ気なく言われてしまう。
「しかし、これからどうなるんでしょうか?学校から先生も生徒も帰宅します。増幅した新里の能力範囲に住んでいるならば何とも思わないでしょうが、範囲外に住んでいる連中が雪見が甦った記憶を取り戻すと騒ぎだすんじゃないですか?」
新里はミスをしたと思う。雪見を甦らせたことで学校で起こっている不可解なことを世間に知らしめることになる。
「それはどうかな?あたしは雪見さんの爆死の件であの学校に潜入したのよ。雪見さんの甦りという事実はあたしにとって最重要事項だった。長い時間思い出せずに悩んだしね。でも、他の人はどうかしら。新里君は雪見さんが学校に来るのは当たり前だと言って皆は雪見さんの存在の不思議を納得した。納得している状態ではわざわざ思い出すかどうか。雪見さんが亡くなって時間がそれなりに経ってるわ。例えば一色君のように親しい存在ならばおかしく思うかもしれないけど、そうでなければ思考に上がってくるのかどうか疑問を感じるわ。」
「そうですかね?」
「実際に記憶を取り戻しての意見よ。雪見さんというキーワードを常に意識していたあたしだからこそだと思うわ。ゼロの能力を受けないあなたには解らないだろうけど。」
釈然としないが話を変えることにする。意見が別れていることを突き詰めるのは今じゃない。それに、騒ぎが起きるか起きないかは放っておいてもいづれ判ることだろう。
「新里は能力を使っていろんなことをしていると思います。ゼロは能力を複数持つことがあるのですか?」
これはかなり知りたいことだ。
「さっき少し言ったけど、あたしは新里君の能力の多様性に疑問をもったの。複数の能力を持っているゼロなんて聞いたことないのよ。」
「では新里も一つの能力ですか?」
「解らない。もしかしたらゼロの進化が始まったのかもしれない。複数の能力を持つゼロが現れ始めた。でもその可能性は少ないはず。やっぱりゼロの能力は一人に一つだと思うわ。」
「ならば新里の能力は何ですか?」
「解らない。解らないわ。」
日和は首を振る。そして続けて言う。
「きっと新里君の能力を発想から立て直して考えないといけないのよ。何でもありとかは投げやりよ。事態は好転しないわ。そして雪見さんの能力も考え直さないと。」
「雪見も?だって雪見の能力は実証されているじゃないですか。雪見が復活がしてから新里の能力の範囲は確実に拡がってますよ。」
僕は反論する。
「そうなんだけど、何かおかしいの。雪見さんも新里君も。」
「どこがですか?」
「まず新里君のことだけど。」
「はい。」
「あたしが新里君の影響下にある時に一色君が報告してくれたけど、学校内では野球部員から大事にされているのよね?」
「ええ、そうです。扱いづらそうではありましたけど。」
「そうなると、新里君の能力はやはり学校内に限られていると考えられる。雪見さんのいない間、自分の学校のグランドでは凄いピッチングができるけど、他に行くと無様なピッチングになることを含めて考えると、これはほぼ間違いないわ。」
「可能性はかなり高いですね。」
「おかしいでしょう?」
日和は何がおかしいのか全く言わないでそう言う。
「ええ。おかしいですね。」
僕がそう答えると日和は疑う。
「一色君、本当に解っててそう言っているの?」
日和は僕を試しているのかもしれない。それは意味があるのか気まぐれなのかは解らない。とにかく話を進めるには僕の考えを言った方が早いと思う。
「新里の能力が学校内限定なのが変だと日和さんは考えています。そこから推測すると場所の問題なのかと。新里が能力を使うのに何で新里本人が中心としていないのか?そこがおかしいんじゃないでしょうか?」
こんな言い方で通じるかと思ったが日和は頷く。
「だいたい一色君の言う通り。そうなのよ。何で能力が学校に限定されるのか?それは軸が新里君じゃなく学校にあるからだと思うのよ。言うまでもないけど能力はゼロが持つものよ。だから能力の範囲はゼロのいる場所が中心となる。新里君が移動すれば当然だけど能力も新里君と一緒に移動する。なのにゼロの新里君が移動しても能力は移動することなく学校にある。本人はいないのに学校に能力が残るのよ。変よね。」
僕は少し頭が混乱する。僕の予想以外の話が出てきた。
「新里が能力を学校でしか使えないのは解りますが、能力が学校に残っているとはどういった意味ですか?」
「新里君が学校にいなくても、学校は新里君の能力の影響下にあるわ。ゼロがいないのに学校はゼロの能力に支配されてる。だけどその時能力の持ち主のゼロは無力でいる。軸が学校にあると言ったのはそういうこと。おかしいのよ。」
「何故、新里がいない時も学校が新里の能力に支配されてると言えるんですか?」
学校にいない時は新里が無力になるのは、他校で試合をすると能力が出せないことで解る。しかし、新里がいない時にも学校が新里に支配されているとは知らなかった。
「あたしは新里君や一色君のこと、それに既に亡くなってはいたけど雪見さんのことを調べる為に毎日学校に来ていたのよ。日曜祭日もね。休みの日でも学校は開いているからね。だから解るのよ。」
確かに休みの日でも部活があるので学校は解放されている。日和は休みなく任務に従事していたようだ。それは立派と評価するとして、随分と内容が省略された返答だ。説明になっていない。
「もう少し聴く側の立場を考えて解説してください。短縮し過ぎです。」
「一色君ならばそれだけ言えば解ると思ったのに……。休みの日も毎日学校に来ているとね、野球部が他校との試合に出向いていて新里君が学校にいない日も当然あるのよ。そんな時もあたしは情報収集のため校内で新里のことを誰かに訊いて回ってたの。それで解ったのよ。」
なかなか日和は核心を衝かない。もしかしたら日和は、異様やら奇態とか僕に言われたことを根に持って仕返しをしているのかもしれない。ふっとそう思った。もしそうならば、それは成功している。僕はもどかしく感じている。でも日和の真意は解らない。
「そこまでは察しがついてますよ。新里がいない時も学校が新里の能力の影響下にあると思うのは何でかを訊いているんです。」
僕は不満そうにそう言った。
「つまりね、新里君が学校にいない時も新里君の評判はすこぶる良いのよ。誰に訊いてもね。本来は嫌われ者だから能力に支配されてないならば悪口が出たはずよ。それは他校での野球部員の態度をみれば解るわ。新里君本人の前でさえ邪険にするほど嫌われている。でも校内では誰も悪く言う人はいなかった。だから……そういうことよ。」
「なるほど。新里は学校でしか能力を使えないと言うより、学校では本人がいなくても常に能力を行使できるんですね。」
そうなると新里の能力は何だろう。例えば、新里自身がここと決めた場所では皇帝になれるという能力だろうか。しかし当然新里は卒業していく。いつまでも学校にいるわけではない。その時はただの嫌われ者だ。皇帝になれる場所を変えられるならば他校で試合の時には変えてしまえばいいはずだ。でもそれをしていない。変えるにも何か条件があるのかもしれない。
そんな風に考えていると日和が口を開く。
「ねえ一色君。新里君の能力は何かを考えていたんだけど……」
日和も同じことを考え始めたようだった。が、続けた言葉から僕とは違う道に至ったことが解る。
「新里君は能力があるのかな?新里君は本当にゼロかしら?」
この視点は僕にはなかった。
「え?……ゼロだと思いますけど。あれだけのことをやってるんですから。何でそんなことを言うんですか?」
「確かに新里君は色々と好きにやっているけど、でも思い通りにならないことだってあると思わない?」
「そうですか?」
「そうよ。中でも能力が学校内でしか使えないことが一番大きなことだけど、それ以外もね。」
「それ以外?」
「 一色君の話では、新里君は幸島君を四階から落としたのは不本意だったと言っている。新里君は幸島君の事を好きだったみたいだから。嫌われ者の頃からも唯一の友達になってくれた相手だから好意があって当然ね。それをなのに幸島君を落としてしまった。それから他校で新里君が試合で打たれたときにあたしが聞いたことだけど、雪見さんがいないとやっぱりダメだと新里君は言っていたわ。」
「雪見のことについてはゼロだからこその発言じゃないですか?雪見はゼロにとって重宝する能力を持ってますから。それで雪見を甦らせた。」
「雪見さんが、そういった能力ならばそうね。いえ、それでもおかしく感じる。」
「何を考えているんです?」
「人の命を操作できるゼロとは、やはり特別なのよ。会ったことは今までないし聞いたこともないわ。人の命さえ思い通りにするゼロはそうとう強力なゼロだと思うわ。」
「つまり新里がこれまでにない強力なゼロということ。とは考えていない訳ですね。」
「考えないわ。だって、そこまで強力なゼロならば能力を使える場所が限定されたり、自分の友達を間違いで落としたりしないはずよ。なまじ間違って落としたとしても対処するんじゃない。何で新里君は雪見さんを甦らせる力があるのに、幸島君には何もしないの?幸島君は危険な状態だけど病院にいるんでしょう。生きているのよ。人を甦らせる能力があるなら幸島君を治すことくらい出来るはずよ。さらに、そこまで強力なゼロならば他のゼロを、つまり雪見さんを頼りになんかしないんじゃないかしら。」
「結局何が言いたいんですか?」
「だから言ったでしょう。新里君はゼロではないのでは……ということよ。」
「まだ仮説ということですね。それにしたって新里に少し不自由があるにしても、突然の投手としての才能の開花や、嫌われ者が人気者に逆転したこととか、普通ではあり得ない都合の良いことが起こっています。新里がゼロではないならば何でそんな都合の良いことが起きていると説明するんですか?」
能力なくしては出来ないことを新里はしていると僕は思う。
「新里君は利用されているのかもしれない。」
「利用。どう利用されているんですか?誰に?」
「何かを成し遂げようとしているゼロに新里君は隠れ蓑にされている……例えばの話だけどね。あたし達が考えなかった存在がいるんじゃないかしら。」
「何かを成し遂げようとしているゼロ?隠れ蓑?」
「そう。矢面に新里君を出して目立たせ、自分は姿を眩ませて何かをしているゼロがいる……かもしれない。」
日和の表情は曇っている。自分でも確立していない考えを言葉にしようとしているのだろう。しかし、新里の能力が学校を軸としているのではなく、学校で活動しているゼロが新里を利用していると考えているようだ。
「そんなゼロがいるとして、そのゼロは何をしようとしていると思うのですか?」
「一色君が言ったように仮説だからね。解らない。」
「では新里を操る黒幕は誰だと思うのですか?」
「黒幕は、とても強力なゼロよ。あそこまで新里君をプロデュースするんだから。今まで才能を全く見せなかったのに、甲子園に出てもおかしくない打線を抑えるなんてあり得ないわ。」
それはそうだと思う。日和はほんの一例を言ったに過ぎない。だが、もっと象徴的にあり得ないことが起きている。
「そして雪見を甦らせたことも、強力なゼロがいるという証拠ですね。」
僕が一番に挙げるとしたらこのことだろう。そう思うからつい口にする。が、
「………。」
日和は答えない。
「でも、その強力なゼロが新里ではないという考えは僕には賛同しきれないです。黒幕の姿が全く見えませんから。誰か黒幕の候補がいるのですか?」
新里が誰かのマリオネットだとして、なんで新里にそこまでしてあげる必要があるのか解らない。隠れ蓑とするにもあれ程のことをすることはないはずだ。
「いるわ。」
日和はハッキリと答えた。新里が何故、そしてどう利用されているのかは説明出来るほど考えが纏まってないようだが、黒幕が誰かは確信があるのかもしれない。
「日和さんの考える本当の敵は誰ですか?」
日和は少し躊躇してから言った
。
「学校にいるゼロの中で、一番不明な人物が黒幕だと思う。」
何が不明なんだろうかと思うが僕は自分の思いつきを言うために訊くことはしない。
「学校外部のゼロとうことはないですか?」
そんな可能性だって考えられないだろうか。だが日和には簡単に否定される。
「ないでしょうね。」
「………。」
「黒幕は学校にいる時間が長いと思う。少なくとも最近は朝から夕方までは確実に学校にいる。何故なら、さっきも言ったけどあたしも毎日学校に来ていたからそれが解る。毎日誰かしらに新里君のことを訊いたけど、悪口はなかったからね。新里君を利用しているゼロは、学校を離れることはあまりない。だから新里君は他校で試合をすると凡人になる。でも学校は新里君がいるかいないかなんて関係なく新里君の為の空間。そのゼロはかつては新里君の試合に必ず出向いたんでしょうね。だから前は新里君は他校でも好投していた。」
「学校にいる時間が長い……ならば生徒ではなく先生ですか?もしかして原先生?」
僕は言った後に安直だったと思う。原先生に黒幕は無理だ。
「あら?一色君は原先生がゼロだと知っているのね。さすがね。」
日和は驚いたように言った。
「凄いことは何もないですよ。原先生は僕を強力なゼロだと勘違いして、自分からゼロだと告白してきたんですから。」
「そう、あの人ならそう行動をとるのも頷けるわね。でも原先生ではないわ。接触したのならば一色君も解るでしょう。あの性格を演じているならば別だけど、でもあれは素だとしか思えない。」
僕もそう思う。そうなると校長だろうか?僕はそのまま口に出す。
「ならば校長先生ですか?」
僕の言葉に日和は首を振る。
「校長先生?校長先生は協力者ではあるけど、ゼロではないわ。」
原先生が僕に話した内容と合致している。校長は日和の協力者でゼロではないようだ。
「じゃあ誰ですか?」
「一色君。あなたは、あたしが誰を疑っているのか本当は解っているんでしょう?」
思いがけないことを言われてしまう。日和が疑っているのが誰か解っていない。だいたい僕はまだ新里がゼロでないとは思えない。
「あまり僕を買い被らないで下さい。解らないです。」
「そうかな。何処かで解っているんじゃない。受け入れ難いことだから一色君らしくもなく良く良く考えもしないで原先生や校長先生の名前を口に出したんじゃない。あたしの考えを知らずに一色君は打ち消そうとしている。」
「僕の意識に上がって来ないところで僕は日和さんの考えを見抜いて、そして否定している訳ですか。でも僕の心の内はどうでもいいことです。話したって意味がない。どうせ言うのだから、日和さんが結論を言ってしまえば済むことですよ。」
「そうね。でも意味はあると考えたのよ。一色君の心の準備というね。」
さっきみせた日和の躊躇いは、すぐに名前を出すか出さないか迷いがあってのことだったようだ。
「誰です?」
そう訊くが今の会話で、もう日和が誰の名前を口にするかは判っている。
日和は再び躊躇いをみせる。そして言う。
「一色君の幼馴染み。上條雪見。雪見さんよ。」
予想通りのセリフだ。
「あり得ないですよ。あり得ない。」
「この間あたしが試合を見に行った時に新里君は言ったのよ。雪見さんがいないとダメだと。新里君は雪見さんが自分の能力を大幅に水増ししていたことを知ってたのよ。」
「雪見は亡くなっていたんですよ。」
「雪見さんのおかしなところはそこよ。命を落とした者が復活する。そんなことあるかしら。」
「あるから、今こうなってるんじゃないですか。」
僕は感情が昂ってきている。雪見を悪者にするのは誰であれ赦せない。コウをあんな目に遭わせたのが雪見だなんてあるばすがない。
「ゼロの能力をもってしても人を甦らすなんてことは無理があると思うの。雪見さんは亡くなっていなかった。ただ姿を眩ませていただけ。おそらく周囲に自分は亡くなったと思わせただけなのよ。」
「雪見はそんなことしません。僕には解る。」
車内アナウンスで僕が降りる駅がすぐだと流れる。僕は日和から離れなければならない。
「一色君、降りよう。話のは雪見さんの家に行きながらしましょう。」
僕の次の行動を日和には読まれている。
「一色君、そんなに不快な顔をしないで。大丈夫、あたしは雪見さんの家まで入ることはないわ。あなたと雪見さんの家に行くまで話がしたいだけだから。」
僕は座席を立ちながら日和と戦うことになったら勝てるだろうか?そんなことを考え始めた。侮れないとは思っていたが僕の一枚も二枚も上をいってる気がした。日和の考えとは違い、やはり新里が最強の能力を持っていたとしても、もしかしたら日和の方が手強いのかもしれない。だが雪見を悪く考える奴に負けるわけにはいかない。雪見は断じて人を傷つけたり利用したりするような間違いをしないと自信が僕にはある。雪見は被害者であって加害者には絶対になり得ない。日和の話は、雪見は自分が爆死したと見せかけて姿を眩ませながら実は学校にいつもいて、さらに新里の本来ない才能や人気を能力で作り出していたということになる。雪見はこそこそとそんなことをする人間ではない。
電車の扉が開く。僕が降りると日和も続いた。
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