青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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「え!どういうことですか?」
全く予想しなかったことを日和が言ったので、僕は驚きを感じた。
「その説を間違いだと決めつけるには早い、と言っているのよ。」
それは解っている。知りたいのはどうやって窓を落としたかだ。
「何か考えがあるんですね。窓が落ちた説明がつきますか?人の心を操る能力があっても、人のいなかった視聴覚室の窓を落とすことは出来ないと思いますけど。」
「新里君の能力が人心を操ることなら、人がいなければ当然出来ないわ。でも、いたとしたら?」
今まで、まるで対決しているかの様にお互い正面に立って話し合っていたが、同じ方向に話が向いたせいか日和は僕の横に並びフェンスに寄り掛かった。
「人がいた?視聴覚室は鍵が閉まっていたんですよ。誰も入れるはずがないんです。」
日和は顔を僕に向けて言う。
「生徒は入れないでしょうね。でも先生ならどう?学校中の大体の鍵は職員室に保管しているでしょう。先生なら視聴覚室の鍵を持ち出すことができるんじゃない?新里君に操られた先生が鍵を持ち出し、視聴覚室に行き窓を落とす。落としたらすぐに視聴覚室から出て鍵をかける。その後に職員室に鍵を戻す。簡単なことでしょう。」
確かに簡単に出来ると思う。しかし、まだ完全じゃない。
「教員ならば視聴覚室の鍵を持ち出すのは可能でしょう。でも新里が人心を操る能力というには、もう一つ問題があります。」
「どんなこと?」
「窓とコウが落ちた時、僕はまだ校舎の中にいたんです。外まで後一歩というところにはいましたが、まだ辛うじて校舎の中にいました。だから上からでは僕を見ることができない。つまり僕を狙うことが出来ないんです。でも、窓もコウもタイミング良く僕に向かって落ちてきた。心を操られただけではそんなこと出来ないですよね。」
そう僕が言うと、日和は再び思索を始めたようで目線を少し上にあげて遠くの空を見つめた。日和は僕に新里の能力を考えさせようとしたのに、僕は前に考えたことを言っただけで、こと考ることに関しては日和の方になっている。
「それについては新里君がタイミングを計っていたんじゃない?」
活字大好きさん、
活字大好きさんの興味を最後まで惹けるようにと思うよ。今まで何度も書き出したのに最後まで書けなかった。でも今回は最後まで書けそうな気がする。
雨月さん
いろいろ挑戦しているね。その活力は大したもんだと思う。青葉は何も挑戦をしてこなかったから後悔している。だから雨月さんが羨ましいよ。
無理に興味を惹こうとしなくても平気です
終着点まで行けるといいですね
コメントしないだけで、読んでいる方は意外といると思ってます
「新里が?」
「幸島君が落ちる直前、新里君は校庭にいたんでしょう?そして新里君の視界の中には昇降口を出ようとしていたあなたがいた。」
「そうです。」
「あなたが校舎を出るのを見計らって、新里君は図書室の窓際にいた幸島君に合図を送る。手をあげるとかしてね。操られた幸島君が新里君の合図を見て飛び降りる。同じく、窓が落ちてきた時も新里君がどこかであなたを見ていたんじゃない?気づかなかっただけで。そして操っていた先生に合図を送り、窓を落とさせた。どう?一色君。これなら人心を操る能力があれば出来るでしょう。」
コウが目の前に落ちてくる前、新里は何か合図を送っていただろうか。今となっては思い出せない。
「出来るかもしれないです。でも、コウの転落後に新里はコウのことを友達だと思っていて転落することを望んでいなかった。そんなことを言ってたような気がします。」
「そう。幸島君は人望があるのね。でも、幸島君の転落を見てから後悔したという可能性もあるじゃない。」
日和が、新里の能力が人心を操ること、という僕の考えに可能性があると考えているのは解った。しかし、日和は僕を疑っていたはずだ。
「日和さんは僕が犯人だと思ってるはずでしょう。なんで僕の考えを支持するようなことを言うんですか?僕は新里が犯人だと言ってるんですよ。」
僕は素直に疑問をぶつけると、
「第一候補は一色君、あなたよ。だけど、もし他の誰かだとすれば、あたしも新里君だと思う。だから、あなたの考えに乗って新里君だという可能性を一応考えてみたのよ。」
日和はそう答えた。やはり僕が犯人だと思っているようだ。だが、新里の可能性もあると日和が考えていることを初めて知った。
「容疑者は僕だけじゃなかったんですね。」
「まあね。でも、九割あなただと思ってるけど。第一容疑者の一色君と第二容疑者の新里君では、疑いにかなりの開きがあるわ。」
僕の考えを支持するかのように考えてくれたが、僕への評価はまるで変わってないらしい。
「日和さん。日和さんが新里のことも疑っているなら、どうも納得がいかないことがあります。」
「どんなこと?」
長編の方が読み応えがあっていいですよね
でも、キリが良く終われる短編集に手が伸びてしまいます
1日で終わると勿体無いから、厚いのを読みたいのですが
うらやましいです
「新里にも目を向けていながら、何で僕の方を強く疑うんですか?普通に考えば新里を第一容疑者にすると思うんですが。」
「何で?一色君がそう思う理由は何。」
「新里はここ数ヵ月の間でかなり状況の変化があった。しかも、その変化は現実離れしてると思います。 大した野球センスはないと思われていたのに、突然才能が開花し、トントン拍子でエースになり甲子園に行ける投手だと騒がれている。最近はいつも取り巻きを連れて、女子からは大人気。嫌われ者が急に人気者。まるで漫画や映画のようです。新里の方が何かしらの能力を使っていると普通なら思うはずじゃないですか。それに日和さんは、雪見とコウ、二人と近い存在が犯人だと考えているんですよね。新里は雪見とは付き合っていたし、コウにも特別な思いがあったみたいで、前から、つまり嫌われ者だった頃から声を掛けてくれた友達だとコウのことを言っていました。それにコウと新里は同じ野球部なんで、学校が休みの日でも部活で毎日顔を会わせている。新里も十分に二人と近い。それらのことから疑うなら僕より先に新里だと思います。」
僕の言葉を聞いて日和は頷く。
「雪見さんと幸島君。二人との心の距離は圧倒的に一色君が近いと思うけど、でも、新里君の状況の変化については一色君の言う通りね。現実離れしているように、あたしも思うわ。」
新里の変化は日和も普通じゃないと感じてはいるようだ。ならば新里を一番に疑っていいはずだ。
「そう思うなら何んで僕が一番怪しいと思うんですか?」
「そうね、あなたのいう通り、状況をみれば新里君を真っ先に疑うべきよね。でも、あなただと思ってしまう。感じると言うほうが適当かな。」
「どう感じるんですか?」
「 この学校の中で一色君は何だか不自然なのよ。異質に見えるというか……浮いてるというか。上手く例えられないけど、一人だけ別世界にいるように見えるのよね。あたしには。」
「よく解らないですが、状況的には新里だけど、日和さんの直感では僕で、直感の方が状況を上まったということですか?」
そう僕が訊くと日和は感心したように、
「ああ、そうか。言われてみるとそうなるわね。一色君のいう通り直感が状況を上まったのよ。あなたは言葉の扱いが上手ね。」
と言った。日和は僕を誉めたようだが嬉しい気持ちにはなれなかった。
「直感ですか。直感の話となると、理由を訊いても意味がないですね。なんせ勘ですからね。」
「まあ、そうね。でも、あたしはあたしの直感に間違いはないと信じているの。新里君の物語のような突然の飛躍よりも、あなたがこの学校で一人違った空気をまとっていることの方がより問題に見えるわ。」
どうやら日和には、新里の変化が薄れるくらいに僕が人と違うように見えるらしい。このことは日和の主観であり勘であり、特に僕に感想はない。
「日和さんはさっき、僕の表層での意識と深層での意識の違いのことを話していましたよね。表層意識ではコウが目の前で転落して辛い思いをしているけど、深層ではどう思っているか解らない、なんて言ってました。心の深い所ではどう思っているというんです。僕は喜んだとでもいうんですか?」
僕は話の方向を変え、納得いかないもう一つのことを訊いた。このことについては、日和が新里を疑っていようと疑っていまいと関係なく納得がいかない。
「幸島君を落としたのはあなたよ、一色君。真の心情はそういうことだと思うわ。でも、あなたの意識には上がってこない程深い所での考えによって、無意識に幸島君を攻撃した。そして、喜びもまた意識できない所で感じている。」
コウがあんなことになって僕が喜んでいるとは、嫌なことを日和は言う。
「そうなると、相当に僕の心は複雑で、凄くねじれた人間ですね。日和さんは雪見のこともコウについても僕が犯人だとしてます。ようするに僕は大事に思っている二人を実は攻撃したくて実際にそうして、表面は哀しんでいるけど、実は喜んでいる。 つまり僕は、心の奥底では近い存在が不幸になることで悲劇を堪能し、皆から同情を集めて悦に入っている人間だということになります。」
僕は日和に、言い過ぎたと思わせるように打算を込めて言った。 しかし、日和には全く通用しなかった。どうにも日和との会話は調子が狂う。
「一色君、あなたは本当に言葉が巧みね。そこまで意識して考えたことがなかったけど、言葉にするとそういうことになるわ。あなたは、あなた自身が意識しない所でとても複雑なんだと思う。」
調子も狂うが、何か変だ。
「確かにそんな人もいるでしょう。でも、そんな奴は絶対に少数です。希です。僕のことを知らないのに最初から僕をそんな希少な奴だと思うのは無理がある。だいたい僕が意識できないことを何で日和さんが解るんですか?解るはずない。 やっぱり本来なら新里を一番に疑うと思います。僕には、日和さんの直感が状況に勝ったんだというのは信じられません。新里を少しは疑っているとしながら、最初から僕が犯人だという結果ありきで話をしているように思えます。」
僕の他に疑わしき人物がいないなら、僕を希少な奴だと考えることはまだ解る。しかし、直感はともかく状況が当てはまる新里という容疑者がいながら、僕に言わせれば無理ある一色優希少人間性説を全面に出して僕を犯人と言うのは、何だか変だ。
「一色君がどう思うとしても、あたしは直感を信じているし、今あなたと話をしてそれが間違ってないとより思えるようになったわ。」
「そうなんですか?」
「意見は食い違っていても、一色君は山梨日和という存在を認めて、あたしとこれだけ長く話をした。これは何かしらの能力をあなたが持っている証拠よ。あたしは間違っていなかった。あたしの勘が、あなたをゼロだと警鐘を鳴らす。」
突然に日和は脈絡のない言葉を出した。
「ゼロ?」
「そう、ゼロ。」
「何ですか、ゼロって?」
「ゼロとはあなたの様に能力をもってる人のことよ。そう呼ばれているわ。」
そんなことを僕は今まで耳にしたことがない。
「それは有名な話ですか?誰がどこで呼んでいるんですか?僕は聞いたことがないです。」
「一般にはほとんど知られていない。世間には知られずにいた方が混乱がないからね。意図的に知られないようにしているのよ。 ゼロは不可解な事件を各地で引き起こしている。あなたが雪見さんを爆死させたようにね。変な能力を持ったのが街中をウロウロしているのを知ったらパニックになるでしょう。」
日和はそう言った。では誰がゼロと呼んでいるのだろう。そして、世間が混乱するようなことを何で日和は知っているのだろう。意図的に誰が知られないようにしているんだろう。そんな疑問が頭をよぎる。
「そんなわけで一色君は能力を持っているからゼロということよ。」
「ゼロは新里ですよ。僕は違う。」
「自覚できないゼロもいるからね。何にせよ、これからハッキリさせていくわ。それからね、あなたの存在は大きいけど新里君のことだって気にはなっているのよ。犯人としての可能性が全くないわけじゃないから、ちゃんとマークしているんだから。」
「ちゃんとマーク?」
日和は何をしているのだろうか。
「そう。それでね、野球部が明後日の日曜日に他校のグラウンドで試合をするんだって。新里君の投球をあたしと一緒に見に行かない?もしかすると新里君の犯人の可能性が何か見えるかもしれないじゃない。場所はそんなに遠くじゃないみたいよ。」
突然の日和の誘いに僕は狼狽える。日和は僕が思ってもみないことを口にする。
「一緒に?ゼロと疑っている僕と一緒に?」
「そうよ。」
「ゼロの僕と一緒に行くなんて危険なんじゃないですか?」
雪見の命を奪い、コウを四階から落とす。そんな奴と僕なら一緒に行動しようとは思わない。
「そうかもしれないけど一石二鳥でもあるわ。新里君のリサーチが出来るのにプラスして、あなたの調査もゆっくりできるわ。野球の試合は結構長いから話をしていれば、あなたのこともさらに知ることができるでしょう。」
命の危険があるのに一石二鳥を考えるだろうか。しかも僕を調べるつもりでいるらしい。
「僕の調査もですか。」
「軽い気持ちで来ればいいじゃない、デート気分で。年上の女の子から誘われるなんて羨ましいぞ!一色優君。」
女子の日和から羨ましいと言われるのは釈然としない。しかも年上の女の子とは日和自身のことだ。しかし、日和が僕に初めて軽口を叩いた。
「調査と言われて、デート気分で軽い気持ちで一緒に行く気にはなりませんね。」
「そう?じゃあ一人で行くしかないか。」
日和は残念そうな表情をしている。日和の感覚を理解しようとしてはいけないと思う。
「対戦相手は強いんですか?」
一緒に試合を見に行くつもりはないが一応僕は訊いてみる。
「大味な試合をするチームみたいね。攻撃力は高いけど投手力と守備には難があるみたい。でも、新里君をリサーチするには攻撃力さえあればいいから、もってこいの対戦相手じゃないかしら。」
僕は驚いた。訊いてみたものの答えを期待はしていなかった。期待していないというより、答えることは出来ないと思っていた。今度試合をする野球部の対戦相手がどんなチームかなんて、野球部か地元高校野球ファンでもなければ分からない。しかも日和は女性だ。野球に強い興味をもっているとは思えない。日和は自分で言ったように、新里をマークしていて、新里を深く探るためにそこまで調べたのかもしれない。
「確かに新里の投球を見に行くわけですからね。問題は相手の打線だけですね。」
僕が同調すると、そのあと日和は少し嬉しそうな顔をして言った。
「新里君のストレートは145キロを超えるんだって。リサーチだけど、見るのが楽しみだわ。」
その言葉を聞いて、日和は意外と野球ファンかもしれないと思った。それはいいとして、 新里の投げる球がそんなに速いとは僕は今まで知らなかった。とてもベンチを温めていた選手とは思えない。まあ、145キロは単なる噂かもしれない。
「明後日の試合で新里が打たれたら、僕がゼロで、犯人はやはり僕だと日和さんは確信するんでしょうね。」
「内容にもよるけど、負ければそう考えるでしょうね。能力を使いながらそうそう負けるはずがないもの。」
「そうだ日和さん、ゼロにもスランプはあるんですか?」
僕は思いついた質問を日和に投げ掛ける。
「というと?」
「新里は前の試合で、甲子園クラスの強豪をノーヒットノーランに抑えている。しかし、そのまた前の試合では弱小チームにノックアウトされているんです。」
「知ってるわ。雪見さんが亡くなって直ぐの試合よね。」
「はい。新里が崩れたのは、雪見があんなことになって直ぐのその試合のみです。それ以外は抑えている。新里は雪見が亡くなって暫くはかなり落ち込んでいたそうです。だから新里が、能力を使って相手打者を抑えているとすると、ゼロは精神的に不調があると能力の発揮に支障をきたすものなんじゃないかと思うんです。だから弱小チームに打たれるけど、甲子園クラスのチームをノーヒットノーランに抑える。そう考えたんです。」
「どうかしら、どっちかと言うと新里君が弱小チームに打たれたのは投手としての経験が少ないからじゃない?経験があれば精神に動揺があってもマウンドに立てばある程度投げられるはず。でも、まだ新里君は投手に転向したばかりで、動揺がダイレクトに投球に出てしまった。その方が自然に感じるわ。それから、ゼロが 精神的なことで、能力の発揮が左右されるとは今まで聞いたことがないわね。 」
日和の返答は僕にとって満足いくものではなかった。
「聞いたことがあるかないかより、日和さん自身が実際にどう感じるのかを僕は訊いているんですよ。」
「あたし自身がどう感じているかを?」
「そうです。だって日和さんはゼロでしょう。」
「そう思う?一色君。ちょっと喋り過ぎたかしら。」
日和は苦笑いを浮かべている。
「確かに日和さんは自分がゼロだと認めているような発言もあったけど、でも日和さんの初対面の時と今のイメージの違い。これは異常です。だからゼロだと僕は思います。」
「そう思ってるんだろうなとは思ってた。だから余計なこと喋っちゃったのかな。でもね一色君。そのことについては保留しておくわ。あたしがゼロかどうかは、まあいいじゃない。今日はあなたがゼロで、かつ犯人であるという疑いが強くなった。あたしにとって収穫があったわ。もちろん新里君へのリサーチもちゃんとするけどね。」
まあ、いい。とは思わないが、つまり日和はゼロだということだろう。僕はそう解釈した。
「僕にとっても収穫がありました。僕は新里だけを疑っていましたが、新たに疑うべき人物が浮かんできましたからね。」
僕がそう言うと日和は笑った。
「それは、あたしのことね。」
「そうです。」
新里が何かしら関与しているとは思う。だが、日和もゼロである以上は可能性がないとは言えない。立派な容疑者に昇格した。
「さて、じゃあね一色君。明後日は断られちゃったけど、また会いましょう。」
日和は言いたいことを言い終えたらしく、階段にむかって歩き始めた。
「日和さんは前から野球が好きなんですか?」
後ろ姿の日和に声を掛けた。
「野球?好きよ。何で?」
日和は振り向いてからシンプルに答え、そして逆にそう質問をしてきた。
「いえ、結構野球を知ってそうな感じがしたので……」
僕は少し答えに詰まりながら言った。なんで去ろうとする日和に話し掛けてしまったのだろう。自分でもよく解らない。
「さては、一色君。あたしのことが気になり始めたのね。」
日和は楽しそうに微笑む。それを見ると、そうなのかもしれないとも思う。
「そんなこと……」
日和は否定を最後までさせない。
「野球も好きだけと、もっと好きなのは美術というか、絵画かな。絵を書くの好きよ。書く人もね。最近は書いてないの?かつて天才少年画家呼ばれた一色君。」
日和は僕が思い出したくない過去を知っているようだ。
「結局、僕は天才ではなかったんです。だからということでもないけど今は描いていません。絵を描くのが辛くなってしまいましたから。」
僕の表情はどうだっただろう。曇っていたことは間違いない。日和はよく僕のことも調べているようだ。そんな僕に日和は微笑を崩さずに言った。
「一色君。あなたは大人の期待を背負ってしまって楽しく描けなくなってしまったみたいね。でも幸いなことに今はそれから解き放たれているわ。また描けるはずよ。」
「日和さんは、いろいろと僕のことを知ってる様ですね。でも、その話は愉快ではありません。」
僕が絵を描いていたのは小学生の頃のことだ。そこまで日和は調べたのだろうか?
「そう、ごめんなさい。もう行くわね。」
そう言って日和は再び歩き出そうとしたが、僕がまた呼び止める。
「日和さん。日和さんは一体何者ですか?」
そして、そう訊いた。
「気になる?」
「そりゃあ、気になりますよ。日和さんはいろんなことを知っている。能力を持った人をゼロと呼ぶことから僕の過去まで。それに何が目的か雪見やコウの事件の犯人を探している。謎ばかりですよ。」
日和は僕のことを知っている様だが、僕は日和のことを何も知らない。
「その答えも保留するわ。今は言いたくない。でも、そのうち話すことになるはずだから。じゃあね。」
日和は答えずに屋上を去っていった。日和がいなくなると僕はフェンスに寄りかかり真上のそらを見た。青い空と白い雲が見える。
天才少年画家、僕は小学生の頃にそう呼ばれたことがあった。絵を描くのが好きで、親に頼み絵画教室に通わせてもらった。教室の先生はいつも僕の絵を誉めてくれたし、実際に先生は僕に感じて将来を嘱望してくれた様だった。僕は僕で楽しく絵を描いていた。そして先生の期待とは関係なく将来は画家になりたいと思っていた。でも僕は描くことをしなくなった。そうなった理由は、日和の言う大人の期待を背負ったからというのは間違ってはいないが、完全に正解とも言えない。
「思い出すのはよそう。」
僕は独り言を言った。思い出しても嫌な気分になるだけなのは経験で解っている。
昼休みの時間はまだあったが、僕は教室に戻ることにした。コウがいれば屋上に来ることはなく日和と話してつまらないことを思い出すこともなかったな、と思いながら階段を降りた。
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