青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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常連さん、活字大好きさんに同意します
同じく、青葉さん独特のお話の質感に包れるのが好きです
ありすさん、こんばんわんこそばー!!
僕は涙をふいて再び振り向いた。
「あたしは、山梨日和というの。三年よ。影が薄いから知らないでしょうね、あたしのこと。」
急に話しかけてきて一体誰かと問おうとしたが、振り向いた瞬間そう言われてしまう。
「え?ああ、知らないけど……」
不意を衝かれて僕は言葉が上手く出ない。
「まあ、そんなことはどうでもいいんだけどね。どう?雪見さんをころしたのあなたでしょう?」
僕は幼馴染を喪い、悲しくて一人泣くために屋上に来ている。心は悲しみで充満している。泣いている初対面の人に向かって急に声をかけるだけでも配慮がないのに、話しかけた内容も酷い。
「僕が雪見を?」
何だか僕の声は上ずっている。当然のことだが図星を突かれて狼狽えているわけじゃない。少し狼狽えてはいるけど、虚を突かれてのことだ。
「違うと言うの?あたしね、あなたが犯人だと思ってるの。真実を教えてくれない?こうゆうのは早い方がいいわ。あなたのためにもね。でも自覚ない場合もあるか。無いの?自覚。」
事も無げに僕が犯人だと日和は言った。
(なんなんだ、この人は?雪見は幼馴染みだぞ。)
僕はまじまじと日和の顔を見た。自分で影が薄いと言うだけあってこれといって特徴のない顔だった。
(もう明日には忘れていそうな顔だ。)
犯人扱いされたのに、不思議と僕は日和に対して怒りの感情がわかなかった。それどころか少し同情をしていた。
(目立たない存在で、あまり人と話す機会がないんだろうな。きっと寂しいんだ。)
そう思うと、落ち着いてきた。
あまり人から相手にされない日和は、きっといつもこんな方法でしか人とコミュニケーションがとれないんだろう。人を怒らせて注意を獲得する。
(そんなことじゃ長く付き合ってくれる人がいるわけない。あまり関わらないほうがいい。)
そう思ったが、考えてみると興味深いことを口にしている。
「なんで僕が犯人だと思うんですか?」
怒りや反感はない。ただ興味だけで僕は質問をした。その興味も日和に対してではない。日和と話をしたくて言葉を発したのではなく、純粋に僕が犯人と何で言っているのか知りたかっただけだ。
「あなたは雪見さんと近い存在だからね。」
少し期待していたが、どうしようもない答えが返ってきた。
「近い存在だと犯人にされちゃうんですか?だったら、僕はただの幼馴染みだけど、雪見は新里と付き合っていました。」
ガッカリしながら僕は反論した。
「知ってる。新里君は有名人だからね。」
新里は雪見とは同じクラスで、二人は何ヵ月か前から付き合っていた。新里は小学校二年の時に僕と雪見の通う学校に転入してきたので、僕にとって長い知り合いではあるが馬があわなかった。小学生の頃一緒遊んだことが一度や二度あったが、仲良くなることはなかった。どうも新里は僕のことが嫌いなようで、そうなると僕も新里を好きにはなれなかった。距離を置く、そんな関係がずっと今も続いている。
「新里だけじゃないです。雪見には何処に行くにも何をするにも一緒の女友達がいましたよ。僕より近い存在はいました。」
もうここは一人で泣く場所ではないと思い、僕は去ることにした。が、日和は金網まで前進し、僕の横に立ち夕日を少し眩しそうに見ながら、
「一緒にいる時間が長いからといって、雪見さんにとって心の距離が近かったとはかぎらないでしょう?」
そんなことを言った。
(心の距離が近いと犯人ということかな。無理がある。)
僕には言葉の真意が解らない。
「山梨さんはどうしても僕を犯人にしたいんですか?」
「日和でいいわ。下の名前を呼ばれるの好きなの。」
日和は微笑みながら言った。
「じゃあ、日和さんは僕を犯人にしたいんですか?」
17年間僕は異性に微笑みかけられることがほとんどなく過ごしてきたが、微笑みかけられることがこんなに何とも思わないことだと今日初めて知った。そのことは何となく残念な気がした。
「どうしても犯人にしたいことはないけど、犯人だとおもってるの。」
この言い方が日和なりのコミュニケーションなんだなと思った。人と長く続く関係を築けるはずかない。
「あの日、僕は授業が終わった後すぐに家に帰りましたよ。その後は家を出ていない。雪見が亡くなった時間には家にいたんです。」
日和は振り返り金網に寄りかかる。
「その場にいたかいないかは問題じゃないのよね。」
「日和さんは不思議なことを言いますね。その場にいなくて、どうやって人の命を奪うんですか?」
実行犯人がその場にいないのに事件が起こった。つまり日和はそう言ってることになる。雪見には悪いが、その考えはとても面白いと思った。だからどうすればそんなことが出来るか聞いてみたが、あまり答えを期待していない。
(どうせ大したこと考えていない。)
だが結果は違った。
「だからそれを犯人であるあなたに訊いているのよ。」
日和は何も考えていなかった。
(予測を下回ったか。)
まさか答えを僕に求めてくるとは思わなかった。思った以上に何も考えていない。
短い時間だったがもう充分に寂しい人の相手はした。ここにいる必要はない。
「僕は知りません。知るはずがないですよ。日和さんは何か勘違いをしています。僕は日和さんが期待する話はできません。」
僕は話を終わらせるきっかけを探す。が、日和は会話を続ける。
「教えてくれないの?それとも本当に自覚ないの?」
雪見の事件の犯人と決めてかかられ怒りを感じているというメッセージを込めて何も言わずに歩き出してもよかったが、僕は日和を寂しい人と同情しても怒りや反感はやはり感じない。
「その場にいないうえに、自覚がなくても人の命を奪えるんですか?」
だから答えなくてもいいのに答えてしまう。
「最近はできるみたい。あなたがやったみたいにね。自覚ないならどうやったか自分でも解らないだろうけど。」
しかし、一人になれないなら、ここにいる理由はない。
「そうですか。じゃあ僕はもう帰ります。」
この場を終わらせる為に僕は強引に突然に話を切り、別れの挨拶もなく階段に向かって歩き出した。
「そう?さよなら。また話を必ず聞きにいくからね。」
背中越しに日和の声が聞こえる。
(もう、話すことはないよ。相手をする気がない。)
声には出さず僕は屋上を後にした。
年上なので一応は敬意を表して敬語を使ったが、僕は同情という形で上から日和をみていた。それ以外は何もない。明日には顔も忘れていると思うほどに興味がない。
しかし、次に日和に会った時、僕は衝撃をうけることになる。そのことを含めて既に動き出していた。
幼馴染みである雪見と本当の意味になる最後の時間が。
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