青葉 2012-01-06 22:03:27 |
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青葉
「いざとなれば、やはり嫌だよね。怖いし。」
Aさん
「それもそうだけど、次女は仏教に心を救われたわ。」
青葉
「うん。」
Aさん
「そして次女は仏教というものをもっと深く知りたいと思うようになっていた。それで父親に仏典に関する書物がほしいとせがんだりした。」
青葉
「父親は入手してあげてたの?」
Aさん
「よく判らないけど次女は仏教をもっと知りたいという意欲が芽生えていたのね。それは生きる意欲に繋がっていたから、寿命ならば仕方ないけど、身代わりでの人柱はごめんだったのよ。」
青葉
「生きる意欲を持っているのに人柱になるよういわれたのか。そりゃあ拒むよね。そもそも自分は何にも悪くないのに罪人として人柱になれなんて聞き入れたくないよ。」
Aさん
「すぐに人生が終わるなんて考えてもなかったしね。でも次女がどれ程に拒もうが人柱になってもらうしかなかった。」
青葉
「本当に不憫だ。」
Aさん
「次女は絶望して諦める。で、ノロイの言葉を吐く。」
青葉
「どんな?」
Aさん
「結局この世に救いはなかった。いったい自分が何をしただろう?病身で子が産めないことは、最後を心穏やかに待つことを許さず、長女の罪や恨みを代わりに被らねばならない程に悪いことなのか。人柱にはなるが神にはならず悪鬼になろう。悪鬼となって代々この家の長女に産まれた者の長寿を阻もう。今後この家に長女として産まれた者は皆、早世しよう。」
青葉
「次女は代々の長女が短命になるのろいをかけたのか。」
Aさん
「そうよ。そして、あたしも長女よ。」
青葉
「うん。」
Aさん
「ほどなくして次女は人柱となって短い人生を終えたわ。」
青葉
「男がかけた、男子が産まれないのろいと、次女がかけた長女が短命になるのろいの二つ。長女のせいで始まったわけか。」
Aさん
「そう。」
青葉
「それで領民は溜飲を下げたの?」
Aさん
「うん、領民はその後に逃散もなかったし、噂もおさまったわ。領主が自分達の言い分を聞き入れたからね。」
青葉
「女の命を守ることができ、領主にも勝ったんだからこれ以上することはないか。」
Aさん
「領民はね。でも豪族は干渉してきた。」
青葉
「干渉?」
Aさん
「領主に隠居をすすめたのよ。そして婿養子に家督を渡せと言ってきた。」
青葉
「豪族は自分の息子をすぐに領主にしろと?」
Aさん
「領主と領民の険悪な関係を引きずっても良いことないから、いっそ領主を世代交代してイメージを変えて新しい領民との関係を構築しろということね。」
青葉
「そんな名目か。やはり息子が早く領主の座に就いた方が都合が良いのかな?」
Aさん
「いざという時に、兵糧や兵力を出させ易いとかあるんじゃない。」
青葉
「あぁ。なるほど。」
Aさん
「同盟関係にあると言っても対等な関係ではないから、領主は逆らえずに隠居することにしたわ。」
青葉
「へえ。同盟していても隙を見せればそうなるか。」
Aさん
「強い同盟相手じゃなくちゃ要らないわ。攻め込まれなかっただけ運が良かったのよ。それで、新領主の勢力に圧迫され重臣も総入れかえ、旧領主の父親は影響力のない御隠居となり失意のうちになくなったみたいよ。領民を怒らせると怖いわね。」
青葉
「それだ。」
Aさん
「何よ?」
青葉
「いや……それで?」
Aさん
「それでと言われても……だからノロイが始まって、代々続いてきたのよ。」
青葉
「のろいが続いてきたけど、今は手を打ってるんでしょう?」
Aさん
「ああ、そのことね。」
青葉
「何やら傷ついたとか?」
Aさん
「そう。心が傷ついたわ。」
青葉
「どんな手を打ったの?」
Aさん
「お母さんが第一子を産んだとき女児だった為にガッカリしたわ。身をもってノロイを感じてね。そして祖母はもっとがっかりしたの。」
青葉
「ああ、せっかく産まれてきたのに女児であったために残念がられては傷つくね。」
Aさん
「そんなことじゃないわよ。打った手に対して傷ついたの!それにお母さんの第一子はあたしじゃないし。」
青葉
「ふ~ん……」
Aさん
「……第一子はあたしじゃないのよ。」
青葉
「何だか質問し辛い雰囲気だな。」
Aさん
「第一子は妹よ。」
青葉
「第一子は妹……なんとも矛盾な発言。」
Aさん
「女児ということで時が過ぎると、ノロイによって産まれた子は早世してしまう。祖母とお母さんは、そう思って悲しんだわ。」
青葉
「それで何故第一子が妹になったの?」
Aさん
「長女であると短命ならば、次女にしちゃえ!っていう発想よ。」
青葉
「?」
Aさん
「あたしは養女だから。」
青葉
「養女か。そのぉ……つまり、のろいが産まれた子に降りかからないようにするための養女かな?」
Aさん
「酷いでしょう?血の繋がらないあたしを長女にして、ノロイを引き受けさせようとしてるのよ。」
青葉
「酷いというか、そうまでするかというか。」
Aさん
「傷つくでしょう?」
青葉
「そりゃそうだね。だいたい自分が養女と知っただけでも心は乱れそうなのに、それが身代りの為だったなんて想像を絶するよ。」
Aさん
「養女になったのは5歳だから自分が家族と血が繋がってないのはわかっていたけどね。物心ついていたし。」
青葉
「そこは最初から解ってたのか。」
Aさん
「祖母もお母さんも5歳差の姉をノロイで亡くしてるからね。妹が産まれてすぐ5歳の身寄りのない施設暮らしの女の子を探したのよ。それがあたし。」
青葉
「………。」
Aさん
「養女と身代りのことを同時に知ったら、立ち直れなかったかもね。」
青葉
「身代りだけでも十分ショックだよ。」
Aさん
「まあね。でも、青葉君には解らない感覚かもしれないけど、養女ってさ、いろいろと感じることがあるのよ。実際に実子の妹とくらべると、やはり妹は大事にされてたわ。我慢もたくさんしたのよ。妹にいつも花を持たせなければならなかった。遠慮を自分からしなくちゃなんない雰囲気だったのよね。だから、身代りの話を聞いても、ショックだったけど、物凄く落ち込んだりはしなかったわね。むしろ納得しちゃった。」
青葉
「納得ねぇ。」
Aさん
「ああ、だからあたしはこの家の子になったんだってね。妹さえいれば必要なかったもん。なのに何であたしを養女に?とずっとノロイの話を聞くまで思ってた。話を聞けば納得よ。」
青葉
「しかし、よく話をしたよね。隠しておけばいいんじゃないかな?のろいの身代りなんてことは。」
Aさん
「そりゃ、知らない方が心は楽だったわよ。」
青葉
「誰から聞いたの?」
Aさん
「詳しく教えてくれたのはお母さんだけど、最初は祖母ね。」
青葉
「何の意図があって?」
Aさん
「祖母は妹を溺愛してるけど、あたしのことは嫌いで何かと辛くあたってきたわ。養女の身だから我慢したけど、ある時どうしても感情が抑えきれず、祖母に口答えしたの。」
青葉
「我慢できない時だってあるだろうね。」
Aさん
「そしたら祖母は烈火の如く怒った。養女の分際で立場をわきまえてないと言われたわ。祖母はあたしに反抗されたことが相当腹立たしかったようで、なかなか怒りがおさまらず、それまで一応は隠していたんだろうけど、どうせお前はノロイの身代りだ、それだけの存在だと言った。その時の祖母に意図なんかないわね。感情的になって言っただけ。」
青葉
「隠してはいたのか。結局は言っちゃったけど。しかし、妹は溺愛されているなら比較すると辛くなるね。」
Aさん
「妹は祖母のこと苦手にしてるけどね。」
青葉
「なんで?」
Aさん
「祖母は人の気持ちが解らない人だから。それに口うるさいし、自分がいつも正しいと思ってるし、思い込みが激しいし。」
青葉
「思い込みが激しいのか。」
Aさん
「そんな人に溺愛されるのも結構たいへんよ。」
青葉
「そうかもね……。他の家族とはどんな関係なの?」
Aさん
「悪くないと思うけど。母は祖母の意見に絶対だから祖母に嫌われているあたしに良くしてくれることはないけど、いつも申し訳なさそうにしているわね。何年か前に謝罪してきたこともあった。」
青葉
「なんて?」
Aさん
「妹の身代りにする為に養女にしてしまった、申し訳ない。という内容だったわ。でも、ノロイを信じ恐れたのは祖母もお母さんも一緒だけど、養女を迎えて妹を守ろうと考え、実行したのは祖母だから、お母さんに謝ってもらってもどうしようもないんだけどね。」
青葉
「妹とは?」
Aさん
「妹とはそれなりに仲良くしているわ。血の繋がりがないのは妹も知ってるから、たまに実子という優越感を見せることはあるけどね。でも最近はあまり感じないかな。」
青葉
「妹はノロイのことをどう思ってるの。」
Aさん
「妹は知らないのよ、ノロイのことは。誰も妹には話してないから。怖がると可哀想だから絶対に言うなと、あたしも口止めされてるの。」
青葉
「そう。」
Aさん
「今は家を出ていってしまって居ないけど、お父さんは一番のあたしの味方ね。妹が産まれた時にあたしを養女にすることを大反対したんだって。養女を迎えるのにそんな理由があるかって。」
青葉
「まともな意見だ。」
Aさん
「でも婿養子のお父さんには祖母を止めることはできなかったのよね。」
青葉
「なるほど。」
Aさん
「でも祖母が感情的になってあたしにノロイのことを話してしまった時、お父さんは今までないくらいに怒り、そして祖母に呆れ、出ていってしまった。」
青葉
「出ていってしまったか。見方を失ったのは辛いね。」
Aさん
「まあ、お父さんとは連絡を取り合ってるけどね。」
青葉
「それは良かった。」
Aさん
「いつでも逃げ込んで来ていいって。」
青葉
「しかしさ、養女を迎えて長女にすれば、のろいは実際の長女である妹から、血の繋がらない養女の方にいくもんなの?前例があるの?」
Aさん
「この話を聞いた人がよく訊いてくることね。養女を迎えればノロイにかかる対象が変わるのか?って。」
青葉
「そうだろうね。ふつう疑問に思うよ。」
Aさん
「実例があるかは知らないのよ。でも祖母はそうしたことによって、あたしを犠牲に妹は助かると完全に信じているわね。お母さんは半信半疑みたいだけど。」
青葉
「自分ではどう考えているの?」
Aさん
「判らない。どうなるのか……。ノロイ自体全く信じない日もあれば、ノロイが凄く怖くなる日もあるわ。そして、きっとノロイはあたしにかかると思ってしまうこともよくあるの。最近は特にね。祖母とお母さんの姉は24で亡くなったでしょう。その年齢に近づいてきたからね、きっと。」
青葉
「そう。」
Aさん
「ノロイなんて存在しないと思うけど、祖母もお母さんも若い頃に姉を喪っているし、あたしが知る限り男子が産まれてない。お父さんも亡くなった祖父も婿養子だし、あたしには妹しかいない。男兄弟はいない……ノロイが馬鹿馬鹿しいと思う反面、現実がノロイ通りになっている事実もあるのよ。そして、そのノロイがあたしにかかると確信している人がいる。揺るぎなく信じている祖母がいるのよ。怖くなるわよ。当事者じゃないと解らないもんだと思うけどね。」
青葉
「いや、怖いと思うよ。確かに本当の怖さは当事者じゃないと解らないだろうけど。」
Aさん
「あたしは生きていたい。ノロイにあたしはかかりたくない。祖母の打った手は失敗してほしい。」
青葉
「うん。当然そう思うよね。」
Aさん
「でも打った手が失敗だとしても、それはそれで喜べないのよ。今度はノロイが妹に……ってことになるでしょう。」
青葉
「そうだよね……。」
Aさん
「今までこの話を聞いた人は、気にすることはない、ノロイなんて無いと一蹴するだけだったわ。」
青葉
「ん~。」
Aさん
「さあ、青葉君はどうする?皆と同じ答え?それとも、ノロイを何とかする答えを出して、あたしを安心させてくれるの?」
青葉
「思ったことと、考えた仮説をこれから話すよ。それを聞いて安心するかどうかは判らないけど。」
Aさん
「待って、先に青葉君はノロイが有ると思っているのか?無いと思っているのか?聞きたい。」
青葉
「有ると思うよ。」
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