天邪鬼のジレンマ（〆）

ふ、…落ちてんぞ

(元より早いペースで煙草を吸っていたこともあり相手よりも短くなるのが早かった煙草を灰皿に押し付けて火を消す。普通ならここで出ていくのだろうが次いつ吸えるか分からない事もあり吸い溜めしておこうと考え2本目の煙草を取り出す。だが静かで忘れていたが喫煙所にはもう一人居たんだと思い出しチラッと彼を盗み見る。その時に相手の吸っている煙草の灰が落ちたのを見てしまった。普段完璧なまでにしっかりとしていると思っていた事もありそれが意外に思えて、人間らしいと当たり前の事を考え小さく笑ってしまう。リラックスしていた事もあり会社では見せることの無い気の抜けた笑みだったが見せてしまったなら今更取り繕う必要もないかとそのまま素の表情で新しい煙草を指で挟んだ状態で落ちた灰を指さし声をかけて)

ああ、…どうも。

(相手からの指摘により灰の落下に気づくと煙草の先端を皿に押し付けて鎮火させる。その際視界に入った気の抜けた笑みに こんな表情も出来るのか と意外に思いつつ礼を述べて、さりげなく様子を伺った。彼の手には吸う直前の二本目。このタイミングで仕事に戻れば今日はもう顔を合わせることもないだろう。パッと吸殻を離し相手へ会釈すれば 部屋に向かおうと喫煙スペースのドアハンドルに手をかけて)

あ、狼谷 これやる。残りも頑張ろうな。…三十路のおっさんがこれ持ってんのは内緒な、俺はかっこよく思われたいから

(自分に会釈した彼に軽く手を振ろうと手を上げた時にせっかく人間らしい相手が見れたのにまた関わりが無くなるのは勿体なく感じた。パッと立ち上がり煙草の箱をポケットに仕舞う代わりに飴を3つ程取り出しながら相手に近付く。取り出したのは、自分が煙草を吸えなくてイライラした時用の飴でいちごミルクが2つと桃ミルクが1つ、甘いものが好きな自分は相手も喜んでくれるといいなと思いながら差し出すが2種類ともピンクの可愛らしい包みに包まれてるのを見れば三十路が持つのはどうなんだと今更に思ってしまい少し照れの混じった苦笑いで“内緒”と頼みつつ“良い上司”としてはかっこよくありたい事を話して)

！かわッンﾞンﾞ、ありがとうございます。貰いますね。

(呼び止める声に振り返って、差し出された物を見るや否やピタリと硬直。双眸が捕らえたのは3つの飴玉。ピンク色の包み紙をよく見ると薄ら苺と桃の柄がついており、無意識に言いかける“可愛い”を咳払いで誤魔化し受け取った。借りを作らない主義のため 本来であれば此方も何か渡すところだが、生憎手持ちは煙草とスマホのみ。今出来ることといえば──数秒の沈黙を経て口を開き“…連絡先、教えてください。”と 癪そうに告げ 視線を交わし)

連絡先？…はい、読み込める？

(相手が言いかけた言葉に気付けば可愛いものが好きなんだろうかと考えるが最後まで言い切らなかったのは隠したいからかとそこに触れるのは辞めておく。飴を渡しそれで終わりかと思っていたのに聞かれた連絡先にほんの少し首を傾げてしまうが上司への連絡として電話番号だけは知っていそうな事を思えば文字のやりとりの方だろうかと結論付け携帯を取り出しメールアドレスではなく普段から使ってるアプリを立ち上げて友達追加する為にバーコードを表示させて)

読み込めました。…念の為、通知は入れておいていただけると。

(飴を仕舞うと同時に再度スマホを取り出せば、アプリを立ち上げてカメラ機能起動。読み取ったバーコードから友達追加ボタンを押した直後 相手の画面に名前とアイコンが表示される。“狼谷”上部の丸枠内にはハイハイしているベビー生牡蠣の姿があったが、メッセージアプリを滅多に使わないため 過去に設定した画像まで覚えてはおらず。そのことに気付かぬまま改めて会釈し、喫煙スペースを離れ、今度こそ執務室へと向かった)

あぁ、了解

(携帯に表示されたベビー生牡蠣が何かわからなくて少しアイコンを見つめてしまうが声をかけられれば顔を上げて返事をする。会釈する彼に軽く手を振って見送りさっきまでいた灰皿の元に戻ってくれば煙草を咥え火を灯してからメッセージアプリで狼谷を選び嫌われている疑惑があることから“お疲れさん、この後も仕事頑張ろうな”と出来るだけ無難な文章を送るがふとメッセージアプリを会社の人間とあまり使う事がなく友人と使う事が多いこともあってアイコンの桜背景にビール缶は良くても名前が“悠斗”で登録してあったことを思い出し狼谷がわかるようにと“星河 悠斗”とフルネームに変更する)

………？

(目的地まで歩を運ぶ途中、短く振動したスマホの通知でその場に立ち止まる。送り主は星河悠斗。そして名前の横に桜背景×ビール缶という無難なアイコンが見えた。こちらも後ほどチャットを送るつもりだったが、真っ先に相手から連絡が来るのは予想外で 不思議に思いながらもロックを解除し、新着メッセージを確認。“この後も仕事頑張ろうな” …さっき別れたばかりなのに律儀な人だ。暫し考えた末 “はい”と2文字、簡素な返信を。執務室はもう目と鼻の先。止まっている足を進め 貰った小袋を1つ開封すれば、苺ミルク飴を口に含み 元いたデスク前に着席して)

…はは、

(2本目の煙草を1本目よりペースを落として吸っていた時に携帯と連動しているアップルウォッチが震え新着メッセージを知らせてくれる。煙草を唇だけで挟み空いた手でパスワードを解除すれば表示されたのは何かは分からないが可愛らしいアイコンと簡素な返信で、意外なアイコンと狼谷らしい返信という組み合わせが面白く感じて思わず笑うと気分がいい事に気付き普段の半分ほどで煙草の火を消して仕事に戻ろうと喫煙所を後にする)

………

(すっかり飴が溶け定時に差し掛かった頃。区切りの良いところで進捗を保存し、不意に数時間前の記憶が蘇ってくる。何故俺は特に好いていない、どちらかと言えば嫌いな上司とSNSで繋がった？顎に手を当て浮かぶ疑問。いつもなら業務外で会社の人間に連絡しようなどとは微塵も思わないはず。借りを作りたくないとはいえ 友達追加なんてしなくとも、後日会った際に礼を言う程度で良かったんじゃないか。あの時は喫煙による判断力低下と推しの新情報や 可愛らしい飴の影響でどうかしていたのかも知れない。…まあ、だからといって向こうも必要以上に絡んでは来ないだろう。早いうちに用を済ませて距離を取ればいい。つらつらと思考を巡らせつつ“星河 悠斗”のトーク画面を開き、“まだ残っているなら少し会えませんか”と送信)

……？

(普段通り人当たりよくコミュニケーションを取りつつ仕事をし今日は残業をせずに済みそうだと思っていた時にアップルウォッチが震える。見れば狼谷からで内容を見れば仕事で何かあったのかと不思議に思いつつも、小さな画面からでは打ちずらく感じ携帯を取りだし“どこに行けばいい？”と普段の部下へのやりとりをする自分に比べるとだいぶ簡素な返信をして)

お先に失礼します、お疲れ様です。

(メッセージ送信後 間もなく届いた簡素な返信に“先程の喫煙所前で。すぐに済みますから”と指示を送れば、自身の荷物を鞄にまとめる。3.2.1... カチッ。CASIOのアナログ腕時計が18時を指した瞬間 退勤の打刻を押し、残業する面々に挨拶を述べそそくさと退室した。スタスタスタ──寄り道することなく一直線に喫煙所へ到着。星河さんはまだ来ていないだろうか。きょろきょろと辺りを見渡し相手の姿を探して)

おつかれー、残業組も無理すんなよー。んじゃあな

(すぐ返信が来るだろうとデスクに置いていた携帯で内容を把握すればいつもなら帰っても暇なこともあり帰宅する人と駄弁ってから帰宅するのだが時間にきっちりしていそうな相手からの呼び出しの為きっちり退勤時間に打刻を押して立ち上がる。残業組にも軽く声をかけて喫煙所に向かえば、先に相手が居た為“すまん、待たせたか？”と声を掛ける)

いえ、そこまでは。…それより。

(彼に気付くなりスマホを取り出すと様々なギフト券を贈ることが可能な専用サイトを開く。身近な店の珈琲やスイーツ等が並ぶ一覧を表示し、画面を相手の方へ向け見せた。“飴のお礼に何か送りたいんですけど もしここに無いものが良ければ帰りに奢る方が早いかと悩んでました。ありますか？欲しいもの。” なんて問い掛け じっと瞳を見つめる)

……飴のお礼…？ははっ、律儀だなぁ。別に飴くらい気にしなくていいのに。んー、あ、じゃあさ 頼みがあんだけど 休みの日 数時間でいいから時間くれねぇ？

(相手の携帯の画面を向けられるとそちらに視線を向けるが相手の言葉にはキョトンとしてしまう。“飴のお礼”が喫煙所で渡した飴の事だと思い至れば相手の律儀さに思わず笑えば飴3つくらいでここまで気を遣える相手が可愛らしく感じて相手の頭に無意識に手を伸ばしポンポンと撫でるが直ぐに手を離すと少し考えたあと欲しいものは特に無いが行きたい所があった事を思い出して嫌がりそうだと思いながらもお願いしてみる)

は、……。別に構いませんよ。どこか行きたい場所でも？

(伸ばされた手に思わず口を開け固まる。常時人と距離を取りがちな自分は 昔の恋人と別れて以降 誰かに触れられる機会もなく、ましてや頭を撫でられるなど以ての外で。擽ったくも嬉しいような複雑な気持ちを掻き消すためキュッと唇を閉じた。一呼吸後、意識を会話に戻せば カレンダーアプリで予定を確認。近い休日が空いているとわかると 相手の頼みに頷き了承。念の為 続けて目的を質問し)

そう！俺甘いもん好きなんだけどさ、えっと…あ、これこれ。これ食いてぇの。でも3人前あるらしくて 2人前ならいけると思うんだけど 3人は流石に無理だって諦めてたんだよ

(相手が了解してくれると断られる可能性も高いと思っていた為嬉しくて少し声が大きくなってしまうもすぐに声のトーンを落とし携帯で行きたいと思っていた喫茶店を検索しながら飴でバレてそうではあるが一応甘いものが好きだと報告しやっと見つけた喫茶店のホームページに乗っている果物たっぷりの大きなパフェの写真を見せる。だが自分は甘いものが好きだが、相手はそうじゃないかもしれない事に今更気付き“あ、甘いもん苦手だったりするか？”と勝手に盛り上がってしまったことに少し申し訳なさを滲ませた声で尋ねて)

ふっ… へえ、2人前はいけるんですね。その歳で珍しい。

(日頃のスマートな振る舞いからは想像出来ないほど無邪気な声が返ってくると、パフェの写真を見ながらつい柔らかい笑みを浮かべてしまう。が、次の瞬間スン…と真顔に切り替え 煽るような口調で上記。危なかった。これはあくまで礼をするためのコミュニケーション。そう、イレギュラーな出来事であることを自覚しなければ。何かの間違いで情を抱きでもしたら 最悪会社を辞める未来も有り得る、たとえ上司と部下の関係であろうと極力親しくなるのは避けたい。……二度と後悔しないように。そんな決意を固める中、申し訳なさそうに尋ねられ“人並みには食えます”と。)

うわ、オッサン扱いしたろ。生意気ー

(煽るような事を言ってきた相手にわざとらしく眉間に皺を寄せてムッとした顔を作り人差し指と親指で軽く挟む程度で相手の頬を抓るが“やっぱり行かない”と言われて困るのは自分の為直ぐに手を離す。人並みにしか食べなくても相手も楽しみにしてくれると甘いもの好きとしては嬉しいと考えアピールしておこうと“ここ八百屋がやってるから果物が美味いらしくてさぁ。”と話し始めるが退勤したのにあまり拘束するのも良くないかと思い至れば“もう帰る？途中まで一緒に帰ろうぜ”と自然な流れとして誘う)

駅までで良ければ。

(不満げに軽く頬を抓られ 案外子供っぽい所もあるんだなと感じつつ、同時に 誰彼構わずスキンシップが多いタイプなのかと怪訝に思う。この調子だと勘違いする女性社員が居ても可笑しくない。…これが俗に言う 天然たらし か。八百屋が開く喫茶店という情報に“本格的ですね”と相槌を打ち、続いた自然な流れの誘いに乗る。距離を縮めたくないとしても この程度で断るのは変だろう。誰かが喫煙所に入っていくのを横目で見た後 エントランスに向かって歩き出した)