東 2024-07-20 01:24:27 |
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んー……?
(ドリンクバーコーナーにて。
タイミングが悪かったのか中学生の集団がわいわいと騒ぎながら代わる代わるジュースを注いでいる。唐突にカクテルだーなどと騒ぎながら麦茶とサイダーでビールを生み出そうとしていた。
なんというか、まあ。自分にもそういう頃があったなあなどという気持ちになる。ほぼ小学生くらいのノリだ。
いわゆる男子と呼ばれる年代は集団となると知能が著しく下がる。これはいつの時代でも宿命だ。
ボーッと待っていると思い出すのは先程の東の言動だ。
ハンカチ……いるか?
どうにも引っかかってしまう。なんなら貸した時でさえいらんと言われるんじゃないかって思っていたほどだ。
キモ。とか言われるよりはそりゃずっとマシではあるが――……。
結局もらわれても拒否られても考えこむことになりそうだ。詰みだ。詰みの思考。)
はぁ……。
(気づけばポツンと突っ立っていた俺は使用者の居なくなったドリンクバーに自分のコップを置いて注ぐ。中学生がビールがどうとか言ってたせいか炭酸の口になっていた。ぶどうスカッシュはファンタじゃないんだろうか、などと興味を惹かれて注いでゆく。
さて、次は――氷を三つほど放った東のコップにジンジャーエール……。)
いや、ねえわ。ジンジャーエール。
(何度ラベルに視線を這わせても存在しないものは存在しない。あったんじゃないかと思しき謎の空間が一マス空いているがここにあったんだろうか。)
………………。
(先程の中学生の言動が脳内にリフレインする。なければ生み出せばいいのだ。ムクムクと湧き上がるイタズラ心と東の反応がみたいイタズラ心がせめぎ合う必要もなくGOサインを出す。天使と悪魔の囁きでさえなかった。
俺はジンジャーエールの液体の色を思い出しつつどの組み合わせが良いかを思案した。)
――ほらよ。
(席に戻った俺はなるべく東の方を見ないようにしながらコップを東の方へと滑らせた。八割ほどなみなみと注がれた液体はやや濃い目の色をしていた。なんとかジンジャーエールにみえなくもない程度。俺は自分のぶどうスカッシュに手をつけず、徐にスマホを取り出してさり気ない風を装った。)
ありがとうございまーす。
(平が席を立って少し経った後、入れ替わるように店員が和風パフェを運んできた。今日はそんなに混みあってもないし、料理が少なくなったタイミングを見計らって持ってきてくれたんだろう。軽くお礼を言う程度だけど、店員との会話を挟むことで恋愛モードに染まりかけていた脳内がちょっとはリセットされた気がした。
溶けちゃう前に手をつけようかとパフェを目の前に引き寄せスプーンを手に取ったタイミングで、丁度平が席に戻ってきたから私はパッと顔を上げる。)
イェーイ。氷入りだ~。
(一旦スプーンを置いて、ジンジャーエールのコップに手を伸ばす。ドリンクサーバーから注ぎたてだからデフォルトでもそれなりに冷たいけど、やっぱ氷があった方がテンション上がるよね。とくに夏場は。待望の炭酸飲料を前にして私は声を弾ませながら両手でコップを持ち、何の躊躇いもなくそれを口にした。)
………………。???
(──硬直。口に含んで飲み込んだ瞬間、何が起きてんのかさっぱりわかんなくて、瞬きもせずにコップを見下ろしてボーッとしてしまった。数秒ほど反応が遅れてしまった後にやっと、何かおかしくない?って違和感に気付いて首を傾げ、今度は平をチラ見してみる。……平は普通にスマホを眺めてるだけで、目が合うことはなかった。そんな平を見つめること、更に数秒。)
────いや不っっっ味。なんこれ全然シュワッてしないんだけど。黄色系の集合体みたいな終わってる味する!
(絶対ジンジャーエールじゃないだろこれ。予想してたのと違いすぎる味が流れ込んできたから訳わかんなくて固まっちゃったけど、確実に別物だ。やりやがったな平。口に入れた瞬間はオレンジだかアップルだか知らないけど明らかにフルーツ系の酸っぱい味がするのに、飲み込んでからはお茶系の苦味がじわじわとやってきてミスマッチにも程がある。ちょっとカルピス系も入ってるか……?酸っぱ甘苦くて後味が悪すぎる。お世辞にも美味しいとは言えない──てか不味すぎる飲み物に時間差で思いっきり顔を顰めてしまったけど、次の瞬間には笑いが込み上げてきた。
フツーにさらっと飲んじゃったけど、言われてみれば全然色違うじゃん。なんで気付かなかったんだ私。てか平も平で何くだらない悪ふざけしてるんだ。子どもか。謎にツボにハマって、口元に手を添えながら笑いまくってしまった。笑いすぎて涙出そう──いや待て。ふと我に返ると、スンとして平に向き直った。)
いや笑ってる場合か。どーしてくれるんだこの激マズドリンク。
…………ッ。
(極力平静を装って意識をスマホに向けていたつもりだが物事には限界というものがある。視界の端で東があのジンジャーエールであってジンジャーエールでないコップを手にした段階でもう面白い。変な笑いが込み上げてきそうになるのを唇を口内へ巻き込んで耐える。
ダメだまだだ……まだ笑うな……と某漫画のワンシーンが脳内によぎる中で遂に東がソレを口にする。笑いを噛み殺している自分を褒めたい。が、直後に妙に的確めいた味への感想を述べる口上に遂に耐えきれずに吹き出してしまった。なんだ黄色の集合体って。いや味見してないから俺はどんな味なのかわからんけど。もしかしたらワンチャン美味しい可能性もあるなどと考えていたが炭酸でさえないらしい。俺はいったい何を生み出してしまったんだ。)
……クッ……ヒッ……どうした、ご希望の……
ジンジャー……エール(風の色のなにか)だぞ……。
(掌で顔を覆ってなんとかそう告げるのが精一杯だ。とてもじゃないが東の方を見れる気がしない。体をくの字に折って笑わないように堪えようと試みた。無駄だった。
なんだ今の感想いうまでの間。『え、そんな味する?』みたいな表情の変化が四段階くらいあったぞ。どこかでみたような、それでいて初めてみる顔。それらの一つ一つをずっと見ていたくなるよう気持ちになる。
――ああ、こういう時間が好きだな。)
いやだから急に素になるなよ……。
そんなスゴい味なんだな、何入れたか覚えてねーけど……。
(ひとしきり笑ってから自分のコップへ口をつける。ぶどうスカッシュはやはりファンタグレープではなかった。やや酸味が強いがこれはこれで美味しかった。)
(ひょっとして、それで我慢してるつもりか。全然笑いを堪えきれてない平に笑われれば笑われるほど、つられておかしくなってきてしまった。このタイミングでよくこのイタズラ出来たな。
悪い意味でいろんな味が混ざった、あまりにも不味すぎる魔の配合ドリンク。まだたったの一口しか飲んでないのに、イヤ~な後味が未だに残っている。こんな幼稚なイタズラにまんまと引っかかったのかと思うと、騙された側なのに逆にどこかすがすがしい気分にすらなってきた。さっきまでのいろいろなことが一瞬で吹き飛んじゃうくらい、このくだらないやりとりが正直楽しかった。マジで子どもみたいに、めっちゃ笑っちゃったな。)
スゴいとかいうレベルじゃないって。色だけで決めたっしょ?これ……。
自分だけちゃっかり美味しそーなの飲みやがって……。
(だからって、それとこれとは話が別だ。一度はテーブルに置いた、まだたっぷりと残っている私の激マズドリンクを改めて見下ろすと一気にげんなりしてくる。私は頬杖をつきながら、フツーに美味しそうなジュースを飲んでる平を恨めしげに半目で見つめ抗議するようにぽそりと呟く。
こーいうの最初の一口は盛り上がるけど、実際飲み干すまでの間にどんどんうんざりしてくるやつじゃん。さっきの不気味な味を知ってしまった今、二口目なんか全く気が乗らないんだけど。……って言っても子供じゃあるまいし、遊ぶだけ遊んで残りは捨ててしまうってわけにもいかない。どうしようかなんて考えるまでもなく、飲み干すしか選択肢はないんだよなあ……。
しゃーないな。私も笑わせてもらったし、最後までこのノリに付き合ってやるか……。私は軽く溜息をついた後、覚悟を決めて再びジンジャーエールもどきのコップに手を伸ばした。)
そんだけ反応してもらえりゃ頑張った甲斐あるわ。ジンジャーエールの色を思い出すのに時間かかったしな……。
(どんな色をしているか思い浮かべることはできる。だがそれを『何色か』と問われれば答えに窮する色合い。正直そんなもんに脳みそのリソース割いてる場合ではないのだがこういう刹那的な衝動というのはどうにも抗いがたかった。
ソファの背もたれに体重を預けて記憶を手繰るように天井を仰ぎみる。格子状のすっきりとした模様が上下に編み込む形で装飾されていた。以前あった回転するプロペラみたいなアレは違う店だったか……? とまたも益体のない記憶に浸ろうとして東の恨みがましそうな視線に気づいた。ぶどうスカッシュが欲しいのかと思えば嘆息して――ああ。)
――そう言われるとどんな味なんだか……気になるだろ。ちょっと貸してみ。
(ぶどうスカッシュがまだ半分ほど残るコップを代わりに差し出して俺は東のドリンクへ手を伸ばした。
実際にはこればかりは全然気にならないし飲む気などさらさらなかったのだが――東の表情をみて察してしまった。
あれは諦観だ。
まあしょうがないかっていう東のいつものアレ。『こんなもん飲めるかー!』って捨てても罰は当たらないだろう。『お前のドリンクよこせー!』って強奪されても文句いう筋合いはない。そんな状況なのにこいつは。東は多分飲み干す気なのだ。まぁしょうがないかと。
俺はお前にそんな顔させる為にやったんじゃねーんだよ……。
手を伸ばした先、一見して普通の麦茶かなにかにみえるそのコップの液体が酷く毒々しいものに思えた。)
えっ……正気か?ちゃんと超不味いよ、それ。
(私が手に取るよりも先に、伸びてきた平の手が激マズドリンクのコップに触れる。私は伸ばした手を止めてあんぐりしながら、本当にいいのかと問いかけるように平の表情をうかがおうとした。
気になるって──そのドリンクの不味さ、ナメすぎだろ。私が大げさに不味がってるとでも思ってんのかな。たしかに中身がジュースだけなら組み合わせ次第ではワンチャン美味しくなりそーなもんだけど、さっき飲んだ感じだと絶対にお茶系が入ってる。たぶん黄色だか茶色だかを再現するために混入したであろうそれが、ジュースの甘味や酸味とぶつかって最悪の結果を生み出しちゃってるんだよ……。
心配するような憐れむような、なんとも言えない気持ちで平を見つめる。そりゃ私だってハッキリ言ってこれ以上飲まずに済むなら飲みたくないし、ちょっとでも代わりに飲んでくれるっていうならありがたいけど……あの味を知ってる私からしたら、そんなの差し置いてフツーに止めてやりたくなるくらいには、平が手にしている魔のドリンクはしっかりと不味かったのだ。
なんて考えてたら、さっきの味が口内に蘇ってきた気がする。てか、蘇らなくてもまだ変な味残ってんだけど……平が私のドリンクを飲むかどうかは別として、このイヤな後味は早く消してしまいたいな──目の前に差し出されたドリンクの誘惑に負けた私は、平のコップを手に取る。一口飲むと、念願の炭酸が喉を通り過ぎていく感覚が思っていた以上に心地よくて、予想の何倍も美味しく感じた。さっきのアレが悪魔なら、こっちは完全に救いの女神だ。一瞬で救われた私は、スッキリした気分でホッと息を吐く。)
……ん?
(あれ。……あれれ?私……いま、何した?手にしているコップを見下ろしながら、思考すること数秒。あの不味さの後に差し出されためっちゃ美味しそうなドリンクがありがたくて、縋るようにフツーに飲んじゃったけど──うわ。うわあああ。
“間接キス”ってワードが一度脳内に浮かんでしまえば、もう意識せずにはいられない。みるみるうちに顔中……いや身体中に熱が集まっていくのを感じながら、ついさっきまでの平への心配も全部吹っ飛んで私は思いっきり狼狽えてしまった。)
なんだよちゃんと超不味いって……余計気になったわ。
(あっけらかんと笑って見せたつもりだがなんだか引きつった乾いた笑いになった気がする。
手にしたスペシャルドリンクはいざ手の中にあると禍々しさが増しておきましたと言わんばかりだ。何も知らなければ意識しないだろうに今はこの茶色の液体が得体の知れないモノに見えた。信じられるか? これ生み出したの俺なんだぜ……。
ゴクリと喉を鳴らしてから覚悟を決する。
……ま、死にゃしねーだろ……。
口元に近づける。匂いは――しない。炭酸の弾けるような感触が手のひらに伝わってきた。
さて、どの道東はこれを飲み干す覚悟だった以上、変に半分だか一口だかで済ませても苦痛なだけだ。つまり、俺が一気に飲み干す他ないわけだ。それが悲しいモンスターを生み出したモノの責任……産みの苦しみってやつだ。
飲み口に唇を当てて液体を口腔へ導く。舌に触れる前に角度を急斜させて一息に喉へと――あ、ダメだなこれ。こくりと喉を鳴らした瞬間、苦いと甘いが混じりあったような言いようもない不快な味が舌をかつてないほど唸らせた。俺は思わず目を剥いて残りの分量をコップへリバースしそうになる。が、脳裏に過ぎるのは東の諦観した表情だ。俺は眉間にぐっと力を込めてコップの中身をほとんど無理やり口内はねじ込んだ。)
ッ……………ッ…………あ、あー………いや、不っ味!!
うまいとかいってもう一度東に飲ませようかと思ったけどマジで不味いじゃねーかフザけんなよ……。
(ぜえはあと変に呼吸を乱してまくし立てる。本当は平然と飲み干して東は大袈裟だな、とかいって変に気を遣わせないつもりだったのにこの始末だ。俺ってやつはホントに……。)
……へ?いやそんな一気に飲まんでも──!
(他のことに気を取られてボーッとしちゃってたせいで、ちょっと反応が遅れてしまった。気付けば平がジンジャーエールもどきを勢いよく、しかもたっぷり口に含もうとしていて、どっからどう見ても“気になるから味見する”って感じの飲み方じゃない。もともと別の要因で狼狽えてたこともあって、ギョッとした私は思いっきりあたふたしながら意味のない身振り手振りで一応止めようとしたけど……既に飲み始めてたし、まあ間に合うはずはなかった。)
……ふっ……なはは。だから不味いって言ったじゃん。何勝手に罰ゲーム始めてるんだ……!
(不味いって忠告したドリンクをなぜか一気飲みして、必死の形相で苦しみ始めた平を見てたら──ごめん。わけわかんなすぎて、心配より先に笑いが込み上げてきてしまった。いや笑ってる場合じゃない不味さなのは知ってるんだけど……そもそも作ったの平じゃんって考えたら、結局本人に跳ね返ってきてるとこ含めて全てが余計に面白い。
ついさっき笑いまくったばっかなのに、次の瞬間にはふと冷静になって激マズドリンクに嫌気がさしたり、かと思えば私ばっかり変に意識してドキドキしたり……今また笑い始めたり。平といるとささいなことで目まぐるしく感情が動いちゃって、忙しいけどめっちゃ楽しい。……ん?
あのドリンク作ったのが平で、どっからどう見ても“気になるから味見する”って飲み方じゃなくて──?え。なんか察しちゃったかもしれない私はハッとして、またしても笑いがピタッとおさまった。もしかしなくても味が気になったなんてのは口実で、代わりに飲んでくれてたりする……?いやいやいやいや。そもそも私に飲ませよーとしてイタズラしてんのに、それはないか……?)
~~~ッ……!
(何だよもぉぉ……。平然と飲みかけのコップ渡してきたり、不味すぎるドリンク持ってきたかと思えば自分で全部飲み始めたり、平が何考えてんのかさっぱりわかんないよ……マジで誰か助けてぇぇぇぇぇ。
絶対人に見せられないような顔してる気がして、慌てて両手で覆ったらなんかめっちゃ熱かった。ちょっとでも“私のためかもしれない”なんて考えちゃったらもう、さっきの間接キスのこととかどんどん意識し始めちゃってまた心臓が暴れ出してしまう。駄目だ、これ以上余計なこと考えんようにせんと……。)
……飲む?
(さっき一口もらったぶどうスカッシュのコップを、おそるおそる平の前に押し出そうとした。間接キスを意識しちゃってる今は、ただの親切心からコップを差し出す行為でさえ緊張してしまう。絞り出した声はありえんくらい小さくて、ドッドッ……と煩く騒いでる心臓の音に掻き消されて私にはほぼ聞こえなかった。)
……おー。くれ。つか俺のだけどなそれ。
(なんという後味の悪さだ。だれだあの飲み物考えたヤツ、マジ頭悪ぃ……。
舌の先から根元までこびり付くような苦味と刺激を洗い流したい一心で東の傍から引っ掴んだぶどうスカッシュを一気に流し込む。一瞬、さらに加わった酸味に顔をしかめるもすぐに口内はぶどう味で満たされた。口の中からやがて鼻梁を通りぬけてゆく香味がなんとも言えない。ファンタグレープの偽物などと思って悪かった。あれだな。ぶどう最高。ぶどう大好きだ。吐息をうんと吐いてから、コップを置いた。)
ヤベぇ。さっき飲んだ時よりだんぜんうまい気がする……。
(すっきりした舌触り。東にアレ飲まして俺がこのぶどうスカッシュじゃそりゃ恨まれもするわな……。なんかもうやり切った感がすげぇ……。
――ん?
そこでようやく、俺は思い至る。
視線をコップへ。次に東へ。
コップへ。
東へ。)
あ゛ッ…………!
(ひゅっと喉が詰まる。おい。おいこれまさか……間接キ……。
口元を抑えて俯く。
あああああああああああやべぇなにやってんだ。
…………いや、いやいやいやまてまてまて。
こんなもん逆に意識してるほうがキショいに決まっている。考えてもみろ、俺なんかがうすら笑い浮かべながらそんな事指摘する姿を。
どう考えてもキショい。平然としてればいいんだ……。むしろ東だって平然としてんだから俺だけ意識してたらまた子供かとかツッコまれちまう。
だいたい友達同士まわし飲みくらいするだろ……そう友達同士なら……たとえ男と女でも……友達同士なら……するする……いや、しねぇーーーーーよ。やだろもし自分の彼女が誰か知らん男と飲み物まわし飲みしてたら。
東は何考えてんだ……こういうのが陽キャの世界だとフツーなのか……? わからねえ……………!
破裂しそうな思考を抱えたまま見やった東はやはり泰然としているのだろうか――……。)
──ん、うまいなこれ。
(無心で和風パフェを食べようとした──無心になんかなれるわけないけど。とにかく気を逸らしたくて、丁度さっき運ばれてきたばかりのパフェをひたすら食べた。早く食わんと溶けるって風を装って、できるだけ平然と。さらっと感想を口にするけど、ほんとは心ここに在らずでパフェの味なんか全然わかってない。まあでもちょっと白々しかったとしても、半ば独り言みたいな私の感想の演技力なんか平も特に気にしないだろう。たぶん。
今この状況で平がぶどうスカッシュ飲むとこを直視できるはずないから、そりゃもう不自然なくらい手元のパフェをガン見しながら。そうこうしてる間もずっと心臓がバクバクしてて、今にも身体を突き破って飛び出してきそうだ。そうやってパフェにがっついてたら、アイスのせいかきな粉とあんこのせいか、当然のように喉が渇いてきた。そろそろいいかな。頃合いを見計らって平の前にあるコップをチラッと見る。……よし、飲み終わってるな。)
~~~っ、まだ飲むっしょ? 取ってくる!
(私が喉乾いたってのもあるけど、一旦この場から離れて落ち着きたい。てか後者の方がでかい。私は勢いよく手を伸ばして空になったふたつのコップを奪い取ろうとしながら、ほぼ同時にガバッと立ち上がった。
平の反応見るのが恥ずくて怖い。私と違ってさっきから堂々としてるし、マジで何とも思ってないんだろうな……。今もけろっとした顔で座ってるんだろうって予想はできるけど、実際目の当たりにすると余計虚しくなりそうだ。
何飲みたいかとか聞く余裕なんかない。変なの飲んだ後だし、お茶でいいだろお茶で。私はなるべく平の顔を見ないようにしながら、逃げるようにドリンクバーコーナーに向かおうとした。)
………ええええぇぇ――……。
(顔をあげて恐る恐る東の顔を見やろうとしたその刹那。電光石火もかくやという速度でコップを強奪されて席を立った東に向けて絞り出したのはそんな声だけだ。
アイツ何か飲むのか聞く態度じゃねぇ。あ、いやそもそも聞いてねえ。聞けよ。何入れてくるんだ。まさかやり返してくるんじゃね―だろな……。
……あるかないかで言えばある。東はそういうことやる。
先程の濃厚な地獄の味を思い出せばあんな目に遭うのは二度とゴメンだ。
俺は腰を浮かせて席を立った。今ならまだ追いつけるだろう。)
あ、カバンどうすっか……。
(座席に置きっぱなしでいいか。持っていくとすれば当然東のカバンも持っていかなければならない。いくらなんでも断りもなく女子のカバンに触るわけにはいかない。東なら事情話せばわかってくれそうなんもんだけど……。
ふと。
カバンを両手に持ってドリンクバーへ向かう俺の姿を想像する。……最悪だな。どんだけ大事なもん入ってんだよっつー。
とかなんとかウダウダやってるうちに今にもバイオハザードが生み出されるかもしれない。
ガストシティの平和を守らなければ……主に俺の平和を。
結局カバンはそのままでドリンクバーコーナーへ向かう。居るであろう東になんと声をかけたものか。意識せず忍び足で歩み寄った。)
ん?どっちがどっちだっけ……?
(ドリンクバーコーナーに来たのはいいけど早速問題が発生して、両手にコップを持ったままドリンクサーバーの真ん前に突っ立って首を傾げる。ふたつとも平の前にあったコップだしよく見ずにバッて掴んできちゃったから、どっちがどっちのコップかわかんなくなってしまった。いやそもそも、ここまできたらもうどっちのとか関係ないか? どっちにしたって間接キス確定じゃんね……?
いやほんと飲みかけがどうとか子供じゃないんだから、そんな気にするほどのことじゃないのかもしれない。実際、友達同士で食べ物とか飲み物とかシェアした経験なら何度もある。元カレの時どーだったかは覚えてないけど、覚えてないってことは少なくとも私は何も気にしてなかったんだろう。なのに、相手が平ってなったらなんかめっちゃ意識しちゃうんだよ……。考えれば考えるほど思い出してドキドキしてくる。ていうかほんとごめん。さっきは焦ったり恥ずかったりでいっぱいいっぱいだったけど、今考えたらフツーにちょっとラッキーだし嬉しい……。)
──って!ちがうちがう!
(うわあぁぁぁ。なんかいま私、やばいこと考えそーになってた。重症じゃん! 雑念を振り払うようにぶんぶんと左右に首を振ってから、気を取り直してお茶用の注ぎ口の下にひとつめのコップをセットする。何にしようかなんて一切悩まずに、相変わらず平のことばっか考えてボーッとしながらウーロン茶のボタンを押そうとした。)
………なにがちがうって?
(その後ろ姿になんて声をかけたもんかと悩むまでもなく唐突に叫んだ東が首をブンブンと振り出すもんだから俺はぎょっとしてつま先を浮かせた。
ドリンクバーの前で何をやってんだか……。自分がわりと目を引く風貌だってことわかってんのか? 俺みたいな地味野郎とはわけが違うんだぞ。派手な見た目で奇行に走るのはリスクでけーぞ。
まあな、地味野郎は地味野郎で苦労があるんだけどな。クラスメイトの女子に話しかけたら返答が『え、キモ』だったりな。
トラウマが心をツンツン刺激する中で東の挙動は一人でやるにはどうみても不審だ。むしろ話しかけてやることが温情とさえ思えた。
身体を半歩動かして手元を覗けばウーロン茶を入れようとしてる様子。それだけならまあフツーなんだが……さっきの言動からするにイタズラするかの葛藤ってとこか……?
まあ根が良いやつだもんな東……。たださっきの地獄ドリンクにしてもぶどうスカッシュにしてもそのまま入れるにはリスク高くねーかウーロン茶……味移りしそうというか……。
――はっ……。)
――なに悩んでんのかしんねーけどいい機会だからグラス替えたらどうだ?
まったく違うもん飲むなら味移りするだろ。
(それはまさに天啓とも言えた。東が入れようとしたウーロン茶のパネルを先回りして隠すように手のひらで覆おうと差し出しながら反対の指でグラスの重ねられているトレーを示す。
関節キスだのどーだの意識するくらいなら交換しちまえばいい。味移りといううってつけの材料を前に俺は内心でグッと自分を称えた。)
わっ!? あー平か……。
(いきなり背後から話しかけられて、ビクッと大げさに肩が跳ねてしまった。つい数秒前まで周りに他の客はいなかったし、誰かが近付いてくる気配も全然なかったからめっちゃビックリした。ボタンを押しかけていた手を反射的に止め、慌てて振り返る。平だ。まあそっか──って、こんなあからさまにホッとしてる場合か? むしろ内容的に、平に聞かれてた方がまずいんじゃ……。なんかやましいことばっか考えちゃってた気がするけど、私どこまで口に出してた……!? 平の顔見て一瞬安心しかけたけど、これなら後ろで待ってた知らん人に文句言われたとかの方がまだマシだったんじゃないか。
えっ、てか近っ! 何何何……!? 急に話しかけてくるのも急に覗き込んでくるのも、心臓に悪いからやめてくれぇぇぇぇぇ。ドキドキ。バクバク。何だこの時間……。おそるおそる平を見上げて、そっから意図を探るように視線の先を辿って──手元の、ボタン? コップ? ……ダメだ、今ドリンク関連っていったらさっきのアレコレしか思い浮かばんよぉぉ……。
ますますやきもきしちゃって、ボタンに伸ばしたまま止まっていた手がぷるぷると震えてきたその時。)
──それだ! フツーに替えればよかったんかぁ……謎の縛りプレイするとこだったわ。
(目の前のパネルをガードされてキョトンとしたけど、平の口から飛び出した言葉で霧がかっていた思考が一気に晴れた気がする。そうだ、コップ交換すればいいだけの話だったんじゃん。めっちゃスッキリしたのと同時に、そんなことにすら気付けないくらい余裕がなかったのかと思うと自分に呆れるっていうか気が抜けてきた。
深く息を吐き、早速使用済みのコップふたつを持ったままドリンクバーコーナー全体を軽く見渡して──そっか。ゴストのドリンクバーって返却口ないんだっけ。不要なコップは自分たちのテーブルに置いとく感じか……。平がいて助かったな。さすがに一人でコップ四つは持てんし。なんてことを考えて今度こそホッとしながら空のコップを一旦台に置き、自由になった手を新しいコップに伸ばそうとした。)
なんの縛りプレイだよ……したらこの先ぶどうスカッシュしか飲めねーだろ。
(違和感なく東オリジナルカクテルの発生を防ぐとともにグラスも新しくすればもはや憂いは存在しない。
……本来のマナー的にはアウトだろうけどな。前に飲んだ味なんてよほどでなければ気にせず上から注ぐか同じのを飲み続けるかだろう。
いろんなドリンクが楽しめるとはいえその都度グラスを使用してたら明らかに店に迷惑だ。
だが理解した上でどうか今回だけは大目に見て欲しい。二度としません。たぶん。)
返却口ないなら席に持って帰るしかねーんだろうな……。
(東の手を離れたグラスを手に取る。店内は少しずつ人数が増えてきて夕暮れとぎを知らせてくる。アルバイトならここからがコアタイムといったところだろう。壁に備え付けられた時計が解散の時刻をはっきりと告げてくる。
夏場の陽の有り様がなんか好きだ。時計が知らせる時刻と外の明るさがいい意味でマッチしてない。この時間なのにまだ明るいんだなどと得した気持ちになる。)
――東。それ多分最後の一杯だから。しっかり決めてこいよな。
(帰れば待ち受けているであろう勉強の時間に少しばかり気を重くしながら俺はグラスを手に席へと足を踏み出した。
さて、東は最後に何を飲ませてくれるんだろう。そんなことを考えながら。)
えーっ、何それフリ?
(なんかよくわからんけど選択を委ねられた。しかも、言うだけ言ってもう席戻ってるし。まさかまたさっきのアレみたいなの期待されてる? って一瞬思わなくもなくて、去っていく平の後ろ姿を眺めながら首を傾げ──なわけないな。あの呪物を平がまだ飲んでなければ、やり返すってのは大いにあり得たけど。さすがに二杯目も笑って済ませられるよーなレベルの味じゃなかったもんな……。てか私より平の方がアレ飲んでるし。やり返すも何もないか。)
ん……? てゆーか何しにきたん……?
(今更すぎるけど、結局平は何をしに来たんだろう。わざわざドリンクバーまでついてきたんだから、何か飲みたいの言いにきたんかなって思うじゃん。人のことドキドキさせるだけさせといて、コップだけ持って帰ってくって何だよ。いや助かったけど。そこまで言うなら何飲みたいか言ってけ。冷静になって考えたら余計わけわかんなくて、両手にコップを持ちながら更に首を捻った。)
……しかも、さらっと最後とか言うしさあ……。
(ドリンクサーバーに向き直り、盛大に溜息をつく。人の気も知らないで……次の一杯が、本当に最後になっちゃったらどーするんだ。べつに私たちは毎回約束して寄り道してるわけじゃないし、受験だってこれから本格的に迫ってくるんだから何となく忙しくなってこのまま──みたいなパターンだって全然あるよねぇ? この時期に、しかも平から言われる“最後”ってなんかグサッとくるんだけど……。ま、それも私だけか。さっきからずっと私ばっかアレコレ気にしてソワソワしてて、あっちにとっては何てことないんだろうな……。ちょっとムカつくけど。
他の客が近付いてきた気配でハッと我に返る。いつまでもこんなとこで突っ立ってたら邪魔になってしまう。最後の一杯──いや、お茶でいいっしょフツーに。ここでジュースとか飲んだらまたすぐ喉渇くよ。大体こっちは飲み物どころじゃないくらい頭がいっぱいなのに、平だけ余裕な顔してんのも癪だから飲み物なんかテキトーに決めてやる。なんだかんだでフツーが一番いいんだよ。)
──さあ飲め、お茶だお茶。
(二人分のコップに氷数個とウーロン茶を入れ、さっさと席に戻る。何か変わったもの期待してたなら私は知らん。言わんかった平が悪い……ってのを態度でアピりながらテーブルにコップを置き、無駄にドヤってどかっと腰掛ける。さっきまでのこととか寂しさとかちょっとでも忘れて、平常心を保つために。)
(ひと足先に席へ戻った俺は手にしていたグラスをテーブルの端へ並べて置いた。
肩越しに東がまだドリンクバーコーナーへいる事を確認してから腰をおろすと革張りのソファが硬く体重を押し返してくる。
時刻は夕暮れも過ぎてうっすらと夜の帳を下ろそうとしている。ガラス越しにみる外の景色には行き交う人、人、人。これらが全員何かしらの目的をもって移動しているのがなぜだか不思議に思えた。店内の放送では最近知名度を上げてきた芸人が軽妙なトークで悪態をつきながらゴストの期間限定メニューとキャンペーンとを大袈裟に紹介していく。それはさながら言葉のカリカチュアだ。思っていても口に出すとすぐに炎上する世の中ではせめて機械越しでくらいこういったはっきりした物言いが尊ばれるのかもしれない。
正面を切って顔を突き合わせれば本音の半分も出し切れないような俺みたいなタイプには、特に。
じわり、と今日の出来事を思い起こしそうになる思考に慌てて首を振って断ち切った。ここでネガティブキャンペーンを始める訳にはいかない。
いつしか放送はお決まりのラブソングのイントロへと切り替わっていた。
言葉にできない想い。
君を離さない。
そんな事を歌っている。東の顔をなぜか想起してギクリとする。いやなんでだよ……。
東の事は――好きだ。でもじゃあ今流れている詩に載せているような甘ったるい想いがあるかといえばなにか違う気がする。
もう一度ドリンクバーコーナーを見やろうとした瞬間ウーロン茶が差し出された。)
……いや普通か。
(自信満々にテーブルへ鎮座したウーロン茶を見てツッコミつつ眉根を寄せて笑ってしまう。別に変わった何かを期待した訳じゃない。それでも東がチョイスする何かを見てみたくなって任せてみたらなんとも普通。いや、俺にはピッタリか。見れば東も同じウーロン茶。締めにはさっぱりとと言ったところか。
ホント、派手な見た目なのに感性はフツーというか。こういうところ、らしいよな。
さっきまでのわだかまりの答えがわかるような気がして、俺はウーロン茶を一口してから東の顔を凝視した。)
黙って飲め。……あ。これ、鈴木が好きって言ってた曲じゃん。すっげー歌詞がピュアなやつ……。
(偉そうな態度を崩さないまま、平のツッコミを軽く流してウーロン茶のコップに手を伸ばす。口をつけようとしたら丁度店内BGMが一番のサビに差し掛かり、聞き覚えのありすぎるそれにふと手を止めて耳を傾けた。今でも十分人気あるけど、めっちゃ流行ったのはたしか1~2年前のはずだ。去年、鈴木にグイグイ勧められたのをハッキリ覚えている。ここが共感できるとか、こーいうの谷くんに言われたい! とか。事細かに解説されたのはいいんだけど──最初から最後までとにかく歌詞がピュアすぎて、私はとてもじゃないけど聞いてられんかったんよなあ。キラッキラした顔で曲の良さを語る鈴木見てたら、正直憧れるっていうか私もそーいう恋してみてぇ……とは思ったけど。ウブな感じが私とは程遠すぎて、濁りまくった私の経歴には眩しすぎるっていうか。内心憧れてても、私はもうそーいうのとは無縁かもなんて思ってたっけ……。
やばい。めっちゃ思い出に浸っちゃってた。しかも純粋に聴き入ってたわけでもなくて、何なら曲の歌詞を羨んでた。でっかい溜息をつきかけてハッとする。もうついちゃってたかもしれないけど。切り替えて今度こそウーロン茶を飲もうと、コップを口元に近付けて──今度は平から超見られてることに気付いて、また手が止まった。え。なになになになになに。)
な、何……?
(やっぱウーロン茶に文句があるとか? いやでもさっき笑ってたしそれはないな。じゃあなんだ、氷が少ないとか……? さっきの平よりちょっと多いと思うけどな。てか最近、なんか平と目が合う頻度増えてない……? 私の気のせい? よくわからんけど、そんな見られてたら気になって全然落ち着けんよぉぉぉ。私はソワソワしながら、おそるおそる平を見つめ返す。ドキドキしすぎて、やたらと瞬きの量が増えた気がした。)
(東の睫毛が上下する。瞬きで揺れる度に重みを感じるそれはきっと努力の結晶の一つだ。ただでさえなにかと行動に移るまでが遅い俺にとっては化粧――毎日のメイクにかける労力、手間と時間は想像に難くない。誰に言われたわけでもない。求められてもいない。それは現代の自己研鑽だ。
人は見た目がすべてなどとルッキズムには思わないけれど、見た目が入り口となる事は間違いない。実際に自分でも痩せてみてこうも反応が変わるのかと驚いたものだ。人間は中身とは言うがそれは外見を疎かにしていい理由にはならない。
東は努力した。俺はしなかった。中学時代に感じたヒエラルキーの正体はもしかしたらそれだけの差なのかもしれない。
俺が自分で努力したなどと言うのも烏滸がましいが、その結果いまこうして東と一緒に居られるのは間違いない。別段見た目が良くなったなどとは思わないけど。それでも東に〝応援〟してもらえるきっかけは俺が自分で手繰り寄せたわけだ。変わらないままだったなら東との関係ももっと違ったものだったかもしれない。)
……ああ、なんだ。
(くだらない、実にしょうもない話だ。
――あんなに関係性が変わっていくことを恐れていた俺は、とっくに変わった関係性に助けられていたんだ。
なら。変わったことで救われたなら。さらに変わることでの変化を恐れるのはズルい、よな。
たとえ結果として悪くなったとしてもいい思いだけしようなんてのは虫のいい話だ。
…………それにしても。)
なあ。なにさっきからソワソワしてんだ……?
(考え事してたとはいえ見てるこっちも落ち着かなくなる東の動きに思わず顔を顰めた。)
え? えと……時間大丈夫なんかなーって。ほら、今日寄り道しすぎたし?
(突然の指摘に焦って、ちょっと声が裏返っちゃったかもしれない。私そんな態度に出てた? かぁぁぁっと顔に熱が集まる。動揺して身体が跳ねた拍子に持ってたウーロン茶を数滴テーブルに零してしまった。てか誰のせいだと思ってるんだ。平だよ。だって最近、やたらとこっち見てくるし……ってそれは考えすぎか。私が好きだから見られてるよーに見えちゃってるだけっぽい? にしても平への気持ちを自覚してから、今日に限らず割とよくこんな感じでソワソワさせられっぱなしな気がするけど。なんで今日だけいきなり鋭いんだよ。いつもは私の話なんかボーッと聞き流すのに。大体、私が平のせいでドキドキしてるなんて知ったら絶対困るくせに。その気がないなら、答えられて困る質問してこないでほしい。そっちが触れてこなければ、こっちだってちゃんと隠し通すから──。
私はどう誤魔化そうか内心あたふたしながら、紙ナプキンをホルダーから一枚引き抜く。拭き拭きと手を動かしつつ目を泳がせていればちょうど店内の時計が目に留まって、瞬時にこれだ! と閃いた。人差し指をピンと立てて、最もらしい理由を述べていく。……そっか、もうこんな時間なんだな。ありえんくらい寄り道しまくったけど、帰ったら早速勉強しなきゃだし、明日からはまた行き帰りの時間が合うかどうかさえ不確かな昨日までの日々に戻っていく。名残惜しい気持ちもあるけど、それ以上に──。)
……楽しかったな。
(自然と頬が緩む。あんなことはあったけど……こんなに平と二人で寄り道しまくったのは初めてだし、平からこーやって形に残る物貰ったのも初めてだし。間違いなく嬉しくて、楽しかった。私にとっての今日一日はマイナスな気持ちよりもプラスの思い出の方が大きくて、こーやって平と過ごせて良かったしできるならこの時間がずっと終わってほしくないなって思う。無理だってわかってるから、せめて明日からも今までどおりに。たまにでいいから、平といられる時間があればいいな。……ほんとは、ちょっとでも多く一緒にいたいけど。
ほんの少しの本音は隠しつつも、しみじみと呟いた言葉は紛れもない本心だ。飲み干してしまうのをちょっとだけ寂しく思いながら、今度こそウーロン茶に口をつけようとした。)
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