紅蘭紫菊

紅蘭紫菊

主  2023-02-11 00:33:03 
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___花のように 人間もその人の持つ素晴らしさや個性 特徴や力を存分に発揮して強く生きていく___

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  • No.81 by 菊 露草  2023-04-16 10:23:40 






( 相手と町娘が花街へ向かう頃、己も時を同じくして花街におり。
其の理由は依頼。珍しく昼からの依頼で何でも表向きは役人の麻薬の売人が大口の案件を抱えており身の危険を案じて其の案件が沈着するまで己に連れ立って欲しいと。
奇しくも其の案件とは兄に依頼した人間が企てた役人をおびき出す罠なのだが己は其の事を知らず。
役人と落ち合う場所、路地の影に来るも約束の時刻よりも幾分早く来てしまい。
時間を潰そうにも店の中へ入る気にはなれずに帳簿でも見返えそうかと懐に手を入れた時、
『…あ、露、…菊?今は勿のが良い?偶然だね。』
( 明るく手を振り近づいてきた男、素の装いをした兄がにこやかに話掛けてきて。
相手に“彼奴には気をつけろ”と言われていたものの警戒心はあまり無く「…ああ、」と反応は薄いが帳簿を取り出すのを止めて顔を上げる。
「別に呼び方は何でも良い。…あんたは花街に遊びにきたって…訳ではないよな。」
『まあね。多分、菊と同じような目的だよ。ねえ、少し時間あるならお茶しない?まだ昼間だしちょっと値は張るけどお茶だけ楽しめるところもあるからさ。』
「いや、遠慮しておく。…外の国から来たばかりなのに随分この辺りに詳しんんだな。」
『ふふ、情報通だからねぇ。さ、行こう。俺の奢りだよ。菊、栗が好きでしょ?栗ようかんが美味しいお店なんだ。』
「誰も行くとは…ッて、おい!」
( ぐいッと手を引かれて抗議しようとするも、推しの強さと其の胡散臭い笑顔の中にある無邪気さに負けて「約束があるから少しだけだ。」と念押しして大人しく後に付いていき。

其の頃、相手と町娘。夜の花街とはまた違い、活気がありお茶屋昼餉の呼び込みをしており綺麗に着飾った女性の声があちらこちらから聞こえていて。
『お兄さん男前やわぁ、可愛いお嬢ちゃん連れて妹さんかい?美味しいお菓子あるからうちのお店よかったら寄っていかん?』
『ちょっと、私が先に目を付けたのよ。お兄さん、よかったら夜も遊びに来て。うんとまけるから。』
( 女は瞳を輝かせ町娘そっちのけで香水の匂いを纏わせながら相手に寄り添い態とらしくふくよかな胸を押し付ける。
花街に入ってから此れが何度目かになる事態で中々目的地へ辿り着けずにいて。)



  • No.82 by 霧ヶ崎 爛  2023-04-21 01:54:23 




(賑わっている花街。人の多さと呼び込みの声に防がれ中々進まず、こんな事なら面倒事を引き受けるのでは無かったと若干の後悔を覚えては言葉少なに呼び込みの女達に断りを入れるも娘に冷めた眼差しを向けられ「少しは庇え。誰の為に来てやってると思ってるんだ。」と。
『…はぁ。まぁ、まだ先生じゃないだけ心の平穏は保たれてる。先生ったらあの笑顔で一人一人に優しくお断りするんだもの。』
「そうかい。ったく埒が開かない。急ぐぞ。」
(娘の腕を掴み大股で歩けば娘は『ちょっと!待って!ああもう本当に乱暴なんだから!!!』と不満な様子を全開にしながら必死に足を急がせていて。

(漸く店の前へと到着すれば呼吸を整える娘に思い切り睨まれては「悪かったよ。」と口ばかりの謝罪をする。
身なりを整える娘と共に母親である花魁のいる店内に入ろうとした所、___少し遠くに人混みの中でも頭一つ分出ている程の長身の男に気が付き足を止める。
やたらと遭遇する兄の存在である事に気付き、知らぬ振りをしようとするも兄に腕を掴まれている相手の存在が目に入れば息を呑み。
娘に少し離れる事を告げては急いで相手を探すも人混みが邪魔をし中々進めずにいて。

(相手の腕を引きやや強引に連れて来たのは町場より僅かに格式高い茶屋。流石は花街の茶屋と言った所か湯呑みや皿までにも金箔があしらわれていて。
兄は適当に数品の注文を済ませては人の良い笑顔のまま頬杖を付き相手を見詰める。
『そう言えばちゃんとこの姿で会うの初めてだね!なんか照れるな。あ、そう言えば見てよ。落ち着いた柄の着物も数着買ったんだよね。菊の好みだと良いな。』
(にこにこと楽しそうに、やや一方的に話を始めては運ばれて来た茶菓子を次から次へと相手に差し出す。
抹茶を一口啜った所で思い出した様に表情を輝かせては『そうだ!菊は寺子屋の先生だったね。俺勉強はあまり好きじゃないけど出来る方なんだよね。今度お手伝いさせてよ!外国にいた頃は勉強中退屈すぎてずっと落書きしてたんだけどさ。こう見えて絵も得意なんだよ。今度寺子屋に遊びに行ったら似顔絵屋さんタダでやるよ!』と話を続けて。
暫しの会話とお茶を楽しんでいた所で兄も依頼の時刻に近付き会計を済ませては茶屋の入り口にて相手と向き直る。
『菊も仕事か。…困った事があったらいつでも俺を呼んでね。仕事なんてそっちのけで助けに行くから。じゃあね露草!』
(別れ際、慣れ親しんだ呼び方を無意識に呼んでしまった事すら気付かず相手に手を振っては花街の人混みに消えて行き。

(結局相手と兄の姿を見付けられないまま娘と合流しては、花街の人混みの中に紛れた依頼の伝達人が通りすがりに文を渡して来て。
娘を花街の入り口まで送り届けた所で懐の文を開く。
依頼の内容は麻薬の売人である役人から。
どうやらこの男、最近身辺で怪しい動きをしている人間がいる事を察してか相手には自分の護衛を。己には麻薬の支払いを一定期間滞納している人間の始末を依頼してきていて。
そして今回始末する標的は兄に依頼をしてきた男。
それぞれの依頼内容など知る由も無く、再び花街へと戻れば人混みを避ける為裏路地に入り屋根へと駆け上がって。

(同時刻、兄の依頼人である男は麻薬の売人が仕留められる様を其の目で見なくては安心できないと言う理由の元、兄と待ち合わせの約束をしており。
兄もまた相手と己の依頼内容など知らずに、頻繁に麻薬の取引に使われている店の個室部屋へと向かっていて。

  • No.83 by 菊 露草  2023-04-22 17:50:45 






( 相手と見た目は似ているのに気さくで明るい兄、正反対な性格…なのに何処か不器用で素直でないところは似ていると感じたのはなぜか。
兄が似顔絵を描いてくれる件は子どもたちが喜ぶ姿を思い浮かべるとはっきりと断り切れず「考えておく…。」と返し、結構なお値段をご馳走になったことの礼を添えて。
そして兄の背を見送りながら“露草”と呼ばれたことに抵抗を感じなかったことを不思議に思い。
今己をそう呼ぶのは寺子屋の前任者である大家だけだ。
相手に対するのとはまた別のざわつきに胸をさすり、一息吐くと役人(売人)との約束の場へ向かって。

( 重なり合った依頼の事など露知らず、己と役人は麻薬の取引が行われる個室部屋へ。
役人も警戒はしているが護衛である己と相手にも依頼してあるからか幾分余裕があるようで個室へ向かう廊下の途中『今日の客も本当に馬鹿なんだ。コイツ(薬)にハマった奴はどれだけ値をかさ増しようが借金をしてでも買いに来る。中には妻子を売ったやつもいた。ま、俺がそう仕向けたんだがな。役人やってると色々と事が運びやすいんだよ。』と不愉快極まりない外道な話しを聞かされる。
特に言葉を返すことはなく無言のまま兄と客が待つ部屋へ。
因みに室内にいる客は依頼人が雇った演者で兄はその護衛役。
隙を見て役人を打つ手筈であり、全ては役人を殺めるための罠。
この罠を仕組んだ張本人である依頼人は襖を隔てた直ぐ隣の部屋で役人が仕留められるところを窺っており。
そんなことは知らずに己は取引部屋の襖を開き役人と共に中へ。
そして中にいた兄の姿に小さく目を見開き、兄もまた表情こそあまり変化はないが驚いた様子で。
面倒なことになったと心中ぼやきつつ、互いに向き合う形で座る。
はじめに切り出したのは売人。
『さて早速だが金を渡してもらおうか。』
『またまた気の早い。今回が額も大きい。今後も御前さんのところから買いたいから親睦も兼ねてゆっくり酒を交えて話しましょうや。ここは花街、イイ女も沢山いる。』
『まどろっこしいのは好かないんだが…まあいいだろう。それより良い護衛を連れてるじゃないか。』
( 胡散臭い世間話から始まり酒を飲みが始まる。
事が動いたのは何杯か酒を飲み交わし客と役人が程よく出来上がってきた頃、兄が役人の杯に不審な液体を入れて『この酒も最上級のもの、どうぞ飲んでください。』としれっと役人にすすめて。
相手に似た綺麗な顔立ち、役人は兄のことを気に入りなんの疑いもなく『おー、これはありがたい。』と飲もうとする。
「待て、あまり飲むとまともな取引が出来なくなるだろ。大口の案件だ。勘定間違いでもしたら困るんじゃないか?」
『…たく、堅いな。でも確かにそうだ。そろそろ本題に移らないとな。』
( 杯への不審な混入は気付いていたため安堵するが、兄の目的が役人を討ち取ることなら厄介。
先程迄は己に対して良好的であったが、裏の任務が絡むとなれば互いにどうなるかは分からない。
兄がもし役人を討ち取る気であれば己も手は抜けないかといつでも刀が抜けるよう気を張った時、
『あーあ、なんだか面倒くさいなぁ。…屋根の上に迷いこんだわんこが全部片付けてくれればいいのにー。汚れ仕事はいやなんだよなぁ。』
『霧里、急に何をいいだすんだ。酔ったのか?』
( うんざりと言った少々わざとらしい態度で兄は嘆息を零し、なにやら天井へと視線をやる。
状況を掴めない客と役人、そして襖の向こうの依頼人。
己もまた状況を把握しきれずにやや眉を潜める。
兄は兄で何となく現状を把握したのと相手の気配に気がついたことで、どう取るかは相手次第だが皆殺しにしてしまえと言うような無茶苦茶をそれとなく投げかけて。)




  • No.84 by 霧ヶ崎 爛  2023-04-23 00:05:04 




(依頼を果たすべく屋根裏部屋へと侵入したは良い物の僅かな隙間から見えるのは兄と相手の姿。
最悪な状況に苦虫を噛み潰すも兄の態とらしい一言に苛立ちが走り、もう身を潜めていても仕方が無いと木板が剥がれている箇所から飛び降りる。
ざわつく室内をずかずかと通り無言で隣の襖を開けては逃げ出そうと立ち上がる男の首筋に手刀を落とす。
演者の男と売人の男はそれぞれ相手と兄に己を始末する様に叫ぶが兄は座ったまま楽しそうに酒を飲んでいて。
鞘を抜かないままの刀で鳩尾を突き、もう一人を組み倒せば気絶した三人の男を苛立たしげに見下ろす。
騒ぎを聞きつけた店の女将が呼んだ役人が駆け付け、何と説明しようか口を逃げらせていた所、兄が態とらしく怯えながら役人の元へ駆け寄り。
『御役人様!助かった…三人で酒を飲んでいたら急にこの男達に襲われましてね…。何でも麻薬の売買を行っている者の様で…、…いやあ怖かった。弟が武術を学んでいたのが不幸中の幸いでした…。』
(役人の男達が気絶している男達を雑に抱えた所、其の内一人が表向き役人を務めている事から見知った顔の男の存在に驚きつつ兄に軽く頭を下げる。
台風が静まった後の如く兄の口の上手さにすっかり騙された役人達は男達を連れ店を後にして。

『どうしたの。始末しないなんて。随分甘い事するじゃん。』
(静寂を破ったのは兄。酒を片手ににっこりと自分を見詰める様子に苛立ちは増していく。
この男の所為で依頼はおじゃんだ、その上馴れ馴れしく相手の横に行き酒を注ぐ様に血管が切れそうな感覚さえ感じる。
「あんたの思い通りになると思うなよ。」
『まぁまぁ。そんなに怒らないでよ。それにほら、俺達は麻薬の売人と常習犯を一気に捕まえた立場になった訳だ。御礼も後から貰えるらしいし楽しくやろうよ。』
(兄の言葉に返事はしないまま無言で其の場を立ち去ろうとするも相手を置いて行けばまた兄に関与されるだろうと想像が付き相手の腕を引けば部屋から追い出す様にして「あんたも見ていただろ。依頼は無しだ。もう帰れ。」と。
大袈裟な反応で残念がる兄を無視し、自分は窓から外に飛び降りては一瞬相手と合流しようか悩んだものの兄の目の届く場所で落ち合うのは危険であると判断し花街を立ち去って。

(翌日、孤児荘にて昼過ぎに目を覚ましては自室の襖を開ける。
庭では子供達がいつものように遊んでると想像していたものの、どうやら一人の少年に群がっている様で。
『ねぇねぇ、どこから来たの?』
『いくつー?』
(何事かと子供達の元に向かい割って入れば中心に一人の少年が立っており、ぼろぼろの着物が目に入れば煙管を咥えたまま身を屈める。
「どこから来た。父親や母親はどうした。」
『いない。』
(孤児が自らここへ来る事は珍しくない。恐らくそういった訳有りの子なのだろうと思っては兎に角着物を貸してやろうと立ち上がる。同じ背丈程の少年達に着物を持ってくる様に話していた所、少年の腹の音が盛大に鳴る。
「腹減ってんのか?」
『うん!』
「先に飯食って、風呂に入れ。」
(少年の頭にぽん、と手を置き年長の少女を呼ぶ。『何が食べたい?』と微笑む少女に少年はやや警戒しつつも腹の虫には逆らえない様で『…かつおぶしのご飯。』と答えており。
年齢は13~14くらいだろうか。ひとまず詮索は後にすべきかと思っていた矢先、新しい仲間の登場かと胸を躍らせる子供達が『今日寺子屋に行くんだけど、あの子も連れてって良い?一緒に遊んだりしたい!』と訴えてきて。
本人に聞く様に促した所、子供達は食事中の少年の元へ行き誘いを持ちかけており。
小さくこくりと頷く少年の一言で子供達は嬉しそうにはしゃいでいて。

  • No.85 by 菊 露草  2023-04-23 11:23:25 






( 兄の機転と相手の機敏な動きで片付いた騒動の場、部屋から押し出されまだ思考が追いつかぬまま外へ出れば其処には既に相手の姿はなく。
兄が直ぐ追いかけてきて何やら話しかけてきたが、視線は孤児荘方面の道へ向け先程相手に掴まれた腕をさすり「…悪い、俺もこれで。」と兄のほうを見ること無く其の場を立ち去って。

( 翌日寺子屋が開く時間、子どもたちが徐々に集まり出したころ、落ち着きある花柄をあしらった着物姿の兄がさも当然の如く門を潜ってきて。
『おはよー、菊。早速俺の絵をお披露目したくて来ちゃった。画材道具も余分に持ってきたから子どもたちもお絵かき出来るよ。』
「…許可した覚えはないんだけどな。」
『わぁ、こわい顔!子どもたちが見てるよ。』
『お兄ちゃんだぁれ?』
『孤児荘の爛お兄さんにそっくり!』
『ふふ、俺はね。燐って言うんだ。絵がとっても得意なんだよ。みんなが描いて欲しいものあれば言って。描き方も教えて上げる。』
『本当!?やったぁ。ねえねえ菊先生、今日はお絵描きをお勉強したい!』
『僕も!母ちゃんの似顔絵描いて贈り物にする!』
( 子どもたちはわいわいとはしゃいで既に初対面の兄に懐いている。
子どもに害をなすようであれば容赦はしないが現時点その挙動はない。
近づくなとは言われているが相手の兄であることから警戒が緩み「分かった。じゃあ今日はこのお兄さんにお絵かきを教えてもらおう。……昨日のお茶も依頼を上手く回した来れたことは礼を言う。でも俺はあんたを信用した訳じゃない。」と子どもたちに笑顔を向けた後、兄に耳打ちして。
『わかってるよ。なーんにもしないって。…さ、菊も描こう。あ、画伯は今でも健在かな?』
「…どういう意味だ。」
『夢での菊は中々奇抜?…個性的な絵を描いてたから。』
『燐お兄さん、早く絵を教えてよー。』
『はーい、今行くよ。まずは似顔絵から描いてみようか。』
( 子どもたちに手を引かれて室内に入っていく兄の後ろを歩きつつ、兄はどこまで先祖の記憶があり、兄弟は互いの関係をどうしたいと思っているのだろうと考える。
然し、兄弟関係迄に首を突っ込むのはお節介。
己も子どもたちに混じって筆を取り、相手に己の描いた絵を見せたら何と言うだろうかと想像して筆先に炭を付けて。

( その頃、孤児荘ではお腹を満たした少年は言葉が少ないが他の子供達とも打ち解け相手にも懐いていて、相手が動く先々ちょこちょこと其の後ろを付いて回り。
『爛、片付け手伝う。』
『…洗濯する。』
『爛も寺子屋行く。』
( と何かと相手から離れたからず着物の裾を掴み、その様子に年長の子どもたちはお手上げで『爛兄さんも寺子屋に行くしかないわね。その様子だと一日離してくれないんじゃない?』と少し面白がっていて。
『じゃあ、爛兄ちゃんも出かける準備して!ほら行くよ。』
『やったねぇ、爛兄ぃも一緒だって。』
『…やった。』
『あ、笑った!かわいい!君、良く見ると瞳がまんまるできらきらしてて綺麗だね。』
( 少年は少し恥ずかしそうにはにかみ相手の後ろに隠れる。
その後子どもたちは相手と共に寺子屋へ向かい、その間も少年は相手の手を離さずに、ほんの僅か聞こえるか否か程度にグルグルと喉を鳴らしていて。)




  • No.86 by 霧ヶ崎 爛  2023-04-27 01:03:00 




(流れで己も寺子屋へと向かう事にはなった物の、昨夜の後故内心僅かに気不味さもあり重たい足取りで寺子屋への道を歩く。
不意に現れた少年の名前すら知らなかった為改めて名前を聞くもきょとんとされてしまえば深く問い詰める事も出来ずに。
漸く目的地へと到着し子供達が寺子屋の門を潜るのに着いて行けば室内は賑わっており何事かと首を其方にやる。
『あれ?爛。昨日振りじゃーん。』
(ひょっこりと首を出した兄の存在にあからさまに表情を歪めれば孤児荘の子供達は己と瓜二つの兄の存在にはしゃぎだす。
部屋の奥には相手の姿も見え、視線を其方にやれば己が言葉を発するよりも先に子供達が相手の元へと走って行き。
『孤児荘にね、新しいお友達が来たんだよ!』
『まだ緊張してるみたいだったから今日は爛兄ちゃんも一緒に来たの!』
『今日はお絵描きなのー???』
(次々に話し始める子供達は兄から半紙を受け取り楽しそうに兄の周りに座り絵の指導を受けている様子。
何で兄がここにいるのかと面白くない気持ちが湧き上がっては無意識に素っ気ない反応になってしまい。
『そこの子も一緒に描こうよ。爛の後ろにいる子。君の名前は?』
『そう言えばまだ名前知らなかった!』
(兄の呼び掛けに困った様な反応を見せる少年に兄は名無しの孤児である事を察した様子で、笑顔のまま『なんか君、夢の中で飼ってた猫に似てる。小太郎なんてどう?』と。
人間に猫の名前を付けるとは、と思ったものの本人は気に入っている様子で頷いており。
『じゃあ小太郎。おいでよ、一緒に絵を描こう。』
『…。』
『まだ緊張してる?爛と一緒においでよ。』
(見上げてくる少年に負け、気に食わないが兄より少し離れた場所へと腰を下ろせば少年はおずおずと半紙を受け取っており。
相手に目をやれば相手も一生懸命絵を描いている様子。
年上ながらも一生懸命な様子が可愛らしく思えては僅かに表情の硬さが和らぐも何を描いているのかは分からずに「…何を描いてるんだ。」と正直な質問をした所で視線が交わる。
「…っていうか、何であいつが来ているんだ。」
(目線を逸らしながら兄の事を問い掛けた所で少年が一枚の絵を持ってきて見せてくれて。
どうやら魚の絵を描いた様子。得意気に微笑む様子にこちらも釣られ僅かに微笑む。
少年が席に戻ろうとした時、相手の前に立ち唐突に『会った事ある。』と。
「寺子屋に来た事があったのか?」
『無い。絵描きのお兄さんも会った事あるよ。匂いで分かった。前は違う見た目だったから最初分からなかったけど。』
『あははは、俺が爛の振りしてた頃に擦れ違ったりしてたのかな。』
(少年の言葉に両親がいるのかと思ったもののはっきりしない会話の内容に頭を悩ませる。
まぁ兄の言う通りどこかで擦れ違ったりでもしたのだろうと自己完結しては、僅かに緊張も解けた様子の少年を部屋に置いたまま縁側へと向かい煙管を咥えて。

  • No.87 by 菊 露草  2023-04-28 08:29:14 






( 孤児荘の子どもたちと共に訪れた相手の姿に静かに舞い上がる気持ち。
表情に出さないようにしつつ見慣れぬ小太郎と名付けられた少年を不思議に思う。
己と会ったことがあると。然し、己にはその覚えはない。
また先祖とやらが関係しているのかと訝しみしんでいれば、ぶッと後ろから兄の吹き出す音が聞こえ。
『…ご、ごめん。それって妖怪?魑魅魍魎?外国でもいろんな生き物をみたけど其れは見たことなかったな。』
「……。」
『睨まないでよ。それにしても爛に何を描いてるのか聞かれた時の菊の顔、面白かったなぁ。地味に傷ついてたでしょ?』
「あんたのその正直なところは兄弟そっくりだよな。」
( やだなぁと胡散臭い笑顔で片手をひらひらさせる兄を軽く見据えてからいつの間にか近くに来ていた少年の頭を撫でる。
因みに己の描いた絵は相手の着物に描かれている菊の花なのだが、花とは縁遠く此の世のものではないものを生み出していて。

( その頃、縁側。相手が煙管を吹き出してそう時間が立たないうちに一枚の紙がひらひらと相手の前に舞い落ちる。
其れは依頼の紙…だがその紙は似てはいるが裏組織がいつも使う紙とは少し違っており“ 猫探しの依頼。見つけ次第此の場所に連れてこられたし。” と三毛猫の絵と共に手書きの地図が描かれていて、差出人も書いていない。
そんな事は知らずに己は温かい茶の入った湯呑を2つ手にして相手の元へ行き、一つ差し出し。
「…良かったら。…兄のことは悪かった。彼奴が勝手に来たのもあるが俺がはっきりと断らなかったのもある。ただあまりあまり悪い人間には思えなくて…。御前が兄を毛嫌いというか、遠ざける理由は何かあるのか?…言いたくなかったら良い。」
( 静かな声で問いかけ気まずさから御茶を啜る。
縁側から見える開花前の露草が風に揺られるのを何となしに見ながら答えを待っていればトタトタと寺子屋の少年少女が近づいてきて。
『孤児荘のお兄さん、見てみて!』
『これ、菊先生が描いた絵。…爛さんを表象して描いたんだって。』
「え、どこから其れを…、」
『炭を探してて引き出しの奥から見つけたの。何の絵かなぁって思ったけど燐さんがそうじゃないかって。』
( 少年少女が持ってきた墨絵、其れは先程描いたものではなく、画集が見つかったころに銀毛の狼の絵を真似て描いたもの。
残念ながら模写ではなく新たな生命体を誕生させているが、其の墨絵は誰に見せるまでもなく引き出しの奥に仕舞った。
子供たちは責められないが、子供たちに相手に見せるよう仕向けたのは兄の仕業だろう。
「これは何でもないから、さ…燐のお兄さんに絵描きをもっと教えて貰ってきな。」
( さっと少年の手から墨絵を取ると無造作に懐に押し込み小さな背中を押して室内へ戻るよう促して。)




  • No.88 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-01 20:55:49 




(問い掛けられた兄の事について答える間も無く、現れた子供達が持って来た絵が目に入れば相手の死角で僅かに表情が緩む。
室内に戻ろうとする相手の腕を無意識の内に掴んでは「其の絵、貰っても良いか。」と問い掛けて。
言ってしまった後に内心己は何を言っているんだと焦るも、少年が己を呼びに来たのを良い事に誤魔化す様に室内へと戻って。

(空が暗がり始めた頃、子供達は草履を履いた後相手に別れの挨拶をしており。
昼間の謎の依頼書を思い出しては今夜は大人しく猫探しでもしようと思っていた所。
少年が子供達の群れから離れた場所で池をじっと見詰めている様子が目に入っては其方へと歩み寄る。
少年の目の先にあるのは池の中で優雅に泳ぐ鯉。
あまりに身を乗り出している様子から池に落ちてしまわないかと不安に思い「小太郎!」と呼べば少年の身体は体制を崩しぐらりと傾く。
慌てて駆け寄り少年の腕を掴んだかと思った時、何故かふと軽くなった身体に今度は己が体制を崩してしまい___。
派手に池に飛び込んでしまったと溜息を漏らす。
少年は無事だろうかと顔を上げた所、目の前にいるのは青褪めた表情の少年。
しかしおかしい、少年の身体がやけに大きい。
『ら、爛、…どうしよう、どうしよう。』
(わなわなと震える少年に一歩踏み出した所で更なる違和感に気が付く。
恐る恐る足元を見れば銀毛に覆われた丸い足。
『小太郎ー!!!どうしたのさっきの音!!!』
(ぱたぱたと子供達が駆け寄って来る音が耳に入り冷や汗を流す。
無意識に能力の解放でもしてしまったのだろうかと、水面に映る自分の姿を確認した所で絶句した。
___映っているのは何とも太々しい表情をしている猫。
冷静に思い返せば狼化状態の自分の足はこんなに小さくもないし、爪は鋭くこんな丸くは無い。
何が起こったのか理解できずに少年と水面に映る自分を交互に見ては子供達が集まって来て。
『あれ!猫だ!』
(手を伸ばして来る少女から逃れる様にして少年に近付き「どういう事だ…。」と問い掛けるも言葉にはならず。
少年が自分を抱き抱え小さな声で猫の鳴き声を真似た様な声を漏らす。
『“御免なさい。どうしよう、何とかするから。”』
(泣きそうな少年の表情、何故か言葉として伝わった鳴き声から何と無く察するも困惑したままの頭に整理は追い付かずに。

  • No.89 by 菊 露草  2023-05-02 08:50:43 







( 子供たちも兄も帰宅した頃、相手の身に起きた奇妙な出来事は知らず、己は自室にて机の前に座り嘆息を零す。
其の手には少し皺の寄った己が描いた絵。相手が欲しいを言ってくれたもの。
結局渡せなかったしこんな奇っ怪な絵を渡すのも恥ずかしい。
其れでも捨てずにいるのに奇っ怪なのは絵だけではないようで、また一つ息を吐き出すと絵を机の引き出しの中へ仕舞って今宵の依頼のため支度を始めて。

( その頃、少年と猫になった相手…少年は相手を両手で抱えたまま孤児荘の外へ出る。
年長の子供には『爛、急な用事で出かけた。おやすみは出来ないかもって言ってた。僕も一緒に行ってくる。』と大雑把な理由を付け相手を追いかけるフリをしてきた。
夜の静かな時間、家屋が並ぶ道をやや早歩きで進みながら少年は俯き気味に話し出す。
『“ 嫌われるの嫌だから黙ってたけど、僕生まれた時から猫の言葉が分かるんだ。それにそのつもりはないのに今みたいに人を猫にしちゃう。前にも友だちを猫にしちゃって…大騒ぎになって…みんなの目が怖かった。 ”』
( 人間の言葉よりも幾分滑らかに話すも声は震えている。
相手をきゅっと抱えて『 “ 此処を真っ直ぐ行ったところに色んなことを知ってる猫おじさんが居るんだ。昔話も沢山知ってておじさんに聞けば爛を元に戻す方法を何か分かるかも。”……あれ、此れなんだろう。”』と目的地を伝えていると少年の足元に一枚の紙が。
『“ ね、ね猫探し…?み、み…だめだ、読めないや。あ!…僕この三毛猫さん知ってる。大きい家の菖蒲(アヤメ)様って呼ばれてる女の子が可愛がってるミケさんだよ。ほら、頭のてっぺんにお花みたいな斑があるから分かった。迷子になっちゃったのかな。”』
( そう其の紙は相手が昼間受け取ったものと内容が同じもの。少年は字は全て読めなかったが、三毛猫の絵を見て分かったようで。
此の依頼の紙、此の辺りでも大金持ちの一人娘が出したもの。
可愛がっていた三毛猫が居なくなり、両親に叱られるのを恐れた娘は一人で何とかしようと何枚も捜索願の紙を書き、風のうわさで相手のことを聞いて万屋とでも勘違いしたのか飛脚に頼んで相手の元へ此の紙を渡すよう頼んだのが事のあらまし。
『“ 探して上げたいけど…先におじさんのところに行ってみよう。ミケさんのことも知ってるかも。”』
( 少年は紙を懐にしまうと相手の頭を撫でて猫おじさんと呼ばれる男の住まいへ足を進めて。

( その頃、己は依頼のため奇しくも件の三毛猫、ミケさんを目の前にしており。
場所は町外れの家屋、組織の男が鈴の付いた大人しく香箱座りをする三毛猫を指さして
『此の猫を隣町の御婦人の元へ内密に届けろ。』
「…猫を?鈴がついてるから誰かの猫じゃないのか。」
『捨て猫だ。其れを偶然御婦人が見かけて此の猫の模様を気に入ったらしい。報酬は弾む。簡単だろ。』
「捨て猫なら内密に届ける必要はないだろ。」
『御婦人は金持ちだから捨て猫を拾ったとなれば世間体が悪いんだろ。』
( やや怪訝に眉を潜めるも男の嘘を信じ、三毛猫が一人娘の元から盗まれたとは知らずに「分かった。」と頷いて。
少々、否かなりぼてっとした三毛猫。はみ出た肉が畳に広がっているのが愛らしいが…「…重、」と抱える際に思わず声が漏れる。
りん、と鈴の音が鳴るのが気掛かりで外そうとしたが三毛猫が嫌がったので其の儘にし、大きめの風呂敷で猫を隠して負担にならないように抱え直すと家屋を出る。
隣町迄は少し距離があるため此の重たさだと肩が凝りそうだと少々気が滅入りつつ、大人しくしてくれている三毛猫の頭を撫でて「…花の模様みたいだな。」と頭のてっぺんの模様を見て己の描く花より綺麗なんて思いながら足を進めて。)




  • No.90 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-07 00:31:08 




(夜、少年に抱き抱えられ目的の場所へと向かっていた所。
この姿になってまだそんなに経ってはいないものの何とも不便で仕方が無かった。
裏通りにぽつんとある一軒家の前で足を止めた少年は玄関を叩き『おじさん!開けて!』と声を上げる。
中から出て来たのは寝巻き姿の老人、眠そうに目を擦りながら玄関を開けて来るなり少年の姿を見つめては嬉しそうに表情を綻ばせる。
『おぉ!お前猫太郎か!大きくなったなぁ気付かなかった!』
(ここまでの道中の少年の話をふと思い出す。
少年は孤児荘へ来る前は野良猫と遊んでいる事が多かった為、『おやつをくれるおじさんがいるんだよ!』『縁側でお昼寝もさせてくれるし冬には囲炉裏のある部屋に入れてくれるの!』と言う野良猫達の話に釣られてやって来たのが最初の事。
猫をいつも引き連れている事と何処と無く猫に似ているからと言う理由で付けられた呼び名が“猫太郎”であった。
『こんな時間に何をしているんだ。取り敢えず入りなさい。』
(中へと通されご丁寧に己の分の座布団まで用意されれば言葉にならない鳴き声で礼を言い腰を下ろす。
『おじさん、前に昔話してくれたよね。誰でも猫にしちゃう不思議な力を持った少年の話。…確か、最後に悪い子供を捕まえて猫にしちゃうお話だったよね。』
『そうだが…何だ。こんな時間に昔話を聞きに来たのかい?』
『どうしても知りたい事があって…。その悪い子供は其の後どうなったの?誰でも猫にしちゃって、それで、戻せないままなのかな。』
(鬼気迫る少年の表情に老人は小さな咳払いをしては近くの襖から巻物を持って来るなり其れを広げて少年へと見せる。
『…少年に、言っちゃ駄目だと言われているんだ。』
『!!!…会った事、あるの?』
『こんな嘘臭い昔話を熱心に聞いているのはお前さんくらいだったからなぁ。仕方無い、特別に教えてやろう。だが誰にも言ってはならない。これは約束だ。』
『分かった!!!絶対に守るよ。』
『簡単な事なんだ。昔話の少年は盗みを働く悪い子供を転ばせて、其の拍子に猫にした。戻したい時は同じ容量で転ばせる。其れだけだ。』
(どこか懐かしむ様な表情で語る老人に少年は目を見開く。老人の前である事も構わず、己に振り返れば『寺子屋の池だ!』と叫んで来て。
『先生に、話してくる!池で遊びたいって!』
(突拍子も無い事を言い勢い良く飛び出して行った少年を慌てて追いかけようとすれば老人に抱き抱えられ何事かと振り向く。
『珍しい毛の色。紅い瞳。…お前さんは随分と“孤児荘の兄さん”に似ているね。いや、何も言わなくて良い。猫太郎にも何も聞かないさ。ただ、あの子を大切にしてやってくれ。親も兄弟もいない中、一人で生きて来たんだ。何度うちの子になるかと聞いても断られた。“お礼を返せないから”だそうだ。』
「………。」
『昔、儂は盗人でね。“不思議な力を持った少年”にお灸を据えられたのさ。………猫太郎に良く似た少年だ。まさか、とは思った。でも………、いや、良い。寺子屋へと向かうのかい?其の小さな足では遠いだろう。途中まで連れて行こう。』
(優し気な瞳が僅かに潤んでいた。
老人は玄関へと向かうと草履を履き、己を抱えたまま寺子屋へと向かって。

(其の頃、一足先に寺子屋へと到着した少年は扉を叩くも人がいる気配は無く肩を落とす。
後から追ってきた老人の腕の中の己を受け取っては老人に深々と頭を下げて、何か言いたげな様子の老人は何も言わず優しい笑顔のまま自宅へと戻って行って。
『“先生、いないみたい。…ああもう、池だったらどこでも良いのかなぁ…。でも風邪を引いたら大変だし確実を狙いたいよね。猫は風邪ひいたらすぐ大変になるから。”』
(大人しく明日伺おうと言おうとしたものの、少年が顔をふと上げてはすんすんと鼻を鳴らす。
『“本当に微かにだけど、先生の匂いがする。多分でしか無いけど、寺子屋を出たのはついさっきなのかも。匂いが消える前に追いかけよう!”』
(己の返事を聞く様子も無く走り出した少年は隣町へと繋がれる橋方面へと全速力で走り出して。

  • No.91 by 菊 露草  2023-05-07 17:08:39 





( 隣町へ向かう道中、三毛猫がもぞもぞと動いて落ち着かなく爪研ぎをさせたり水を飲ませたり立ち止まることも多く進みが遅れていて。
其れにしてもだ。此の三毛猫、毛並みの色艶も良く爪先までしっかり手入れされて首に付いている鈴も高値のもの。
今更だが本当に捨て猫なのかと疑念が深まる。
ともあれ受取人を見て判断しようと隣町へと繋がれる橋へ差し掛かったところ『せんせー!』とつい昼間聞いたような子供の声が背後から聞こえて足を止め。
一応姿は寺子屋時とは変えている。
パッと見て子供が分かるものなのかとゆっくりと振り返り視線を其方へやれば“小太郎”と呼ばれていた少年が銀色の毛の猫を抱えて駆け寄ってくるではないか。
『よかった。見つけた。匂いで分かった。…先生、すぐ来て。』
「小太郎君…?こんなところまでどうしたんだ。一人で来たの?その猫は…、」
『あ、ミケさん!』
「この三毛猫のこと知ってるの…?」
『知ってる。…菖蒲様の猫。』
「やっぱり、何か事情がありそうだな。…それで態々こんなところまで俺を追いかけてきて何があったんだ。」
『そうだった。爛!…爛が大変。』
「…!? 彼奴が?どうしたんだ!?何があった?!」
( まだ頭の整理が付かぬ内に相手の危機を聞けば、当人が目の前に居るとは知らずに瞠目し焦燥を隠しきれず。状況は読めないが急を要するのだろう。
三毛猫も何か裏がありそうなため此の儘受取人に渡すのは保留にしようと一旦気持ちを落ち着けて少年と共に来た道を戻りがてら事情を聞こうとした時、
『おい、其処の。もしかすると猫を届けにきた者か?約束の時間になっても来ないから此処まで来てみたが、何をしている。』
( そう話しかけてきたのは黒い着物の男。恐らく依頼人の使い手。
面倒だなと心中悪態を吐き「すまないが此方のお偉いさんからのご達しで状況が変わった。この件は持ち越させて貰う。」と適当に嘘を吐き、男の制止も聞かずに少年の手を取ると隣町を背に来た道を引き返して。

其の儘寺子屋まで戻っても良かったが追っ手が来ることを考え道中にあった暫く使用されてなさそうな小屋に身を潜めることに。
少々ホコリ臭く狭いが仕方がない。
小さな木箱の砂埃を手で払うと少年を其処に座らせて己は正面に座り肩から掛けていた三毛猫が入った風呂敷を下ろす。
スッと体が軽くなるのを感じ呑気に伸びをする三毛猫を横目に焦る気持ちを抑え少年を見て
「それで、爛に…彼奴になにがあったのか教えてくれる?」
『えっと…僕のせいで…猫に、…急ぎじゃない。』
「猫に…?猫と何かあったの?」
『…ううん。猫になったの。』
「…え?」
( 急ぎではない。と聞いてひとまず安堵し、少年の辿々しい言葉を慎重に聞くも次に出た言葉に再び思考は停止。
少年は先程から抱えていた銀色の綺麗な毛並みをした猫を地面に下ろして。
よくよく見れば相手と同じ紅い瞳、毛で見づらいが傷があるようにも見える。
まさかと思い銀色の猫を凝視する。
太っちょの三毛猫が銀色の猫(相手)に興味を示して体を擦り寄せるのを見て押し潰されそうだと思考が現実逃避しそうになり眉間を軽く指で押さえて。
「…あー、この猫が彼奴ってことか?」
( 少年に最終確認を取りながら半信半疑で相手に手を伸ばし、そっと触れて頭を撫でたあと顎下を擽ってみたりして。)




  • No.92 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-08 00:52:21 




(細く淑やかな指が顎下に触れ、擽ったい様な心地良い様な感覚を覚えるも此の様な姿を相手に見られてしまった事に僅かな羞恥を感じ距離を取る。
体格の良い猫がしきりに匂いを嗅いでくるものだから悩まし気に少年を見詰めるも少年は相手への説明に必死な様子で。
『其れで、寺子屋の池にもう一回入れば爛は元に戻る筈で。だから寺子屋に行かないとって思って。』
(少年の拙い説明を真剣な表情で聞いている様子の相手を少年の背後からそっと見上げる。
思い返せば己が相手を見上げる事は中々無い事。
何だかもどかしい気持ちになり視線を逸らせば少年は立ち上がる。
『よし。行こう。一応、隠れながら。…あ、先生。ミケさんには大人しくしててねって伝えておくから。』
(少年が蹲み込み三毛猫に話しかけては漸く物陰を伝う様にしながら寺子屋への道を辿って。

(いつもより僅かに時間は掛かった物の漸く辿り着いた寺子屋。池に一目散に駆け、そっと水面を覗き込んだ其の時___。
『えい!!!』
(少年の言葉と共に軽い体が突き飛ばされる。
目を白黒させながら飛び込んだ池、一瞬の水飛沫から視界が戻る頃には、伺える少年の背丈はいつもの高さに戻っており飛んだ災難だったと溜息を溢す。
「…いきなり何しやがる。」
『あ、ごめん。…爛はびっくりしながら池に落ちたからびっくりさせた方が良いかなーなんて、』
(着物の裾を絞りながら相手に向き直れば「面倒掛けた。」と小さな謝罪を述べる。
安堵した様子の少年を尻目に未だ相手の腕に抱えられる大きな三毛猫を指さしては「取り敢えず、家に帰すんだろ?」と問い掛けるも相手には相手の“仕事”もある様で。
暫しの沈黙が走った後、夜中にも関わらず盛大に扉を叩く音がすれば先程の男達が追って来た様子。
相手と少年に下がる様に告げ、刀に手を添えたまま門を開ければ息を切らした男達に詰め寄られる。
『この辺りに大きな風呂敷を持った男が来なかったか。此方の方へ行ったのを見かけたんだが。』
(どうやら男達は相手の昼間の姿までは知らない様子。寺子屋へ来たのも相手の素性を知ってでは無く此方へ駆けて行く様子を見た為たまたま訪ねて来た様で。
「さぁ。見てないな。其れにしてもこんな夜中に何なんだ。」
『“御婦人の猫”が攫われたんだ。俺達は其の犯人を探しているだけだ。』
「…そいつは御苦労様。」
(先程の少年の言葉をふと思い出す。もう“御婦人の猫”にされてしまっている上に相手は犯人扱いかと呆れては去って行く男達の後姿を見送り寺子屋内へと戻って。

  • No.93 by 菊 露草  2023-05-08 23:19:07 




「悪い、巻き込む形になった。…それにしても本当に猫になってたんだな。」
( 追っ手を上手く追い返してくれた相手。
其の姿は既に見慣れたいつもの姿。未だにさっきまでの猫が相手だったことが信じられないが目の前で起きたことだ。己も能力者であるためある程度受け入れられて。
「小太郎くんも助けを呼びに来てくれてありがとう。…と、濡れてるし其の儘だと風邪引くだろ。着物は少し小さいかも知れないが俺のがあるし、湯浴みしてくと良い。」
( 少年の頭をぽんと軽く撫でた後、先程人間に戻るために池に落ちて濡れてしまっている相手を見やる。
銀毛が水を含んで重くなり肌に張り付く様が艶っぽいが普段よりも幼くも見える。
早まる鼓動を気にしないようにして懐から手ぬぐいを取り出すと白い頬や首筋を拭いてやり。
『ミケさんはどうするの?』
「…此の三毛猫は今夜は此処で預かってまたどうするか考え直すことにするよ。小太郎くんもお風呂入るか?』
『僕、濡れるの嫌いだからな。…爛、一緒に入ってくれる?』
( 相手から手を引き相手と少年が湯浴みする前提でそそくさと着替えやらを準備しながら話を進め「…小太郎くんも体が冷えてるだろうし一緒に入ってやったらどうだ?子供用の着替えもあるし。」と用意した着替えを押し付け風呂場があるほうを指差す。
少年は既に風呂に入る気満々でトタトタと其方に掛けていき『爛、早くね!』と元気になっていて。
其の姿に癒やされて小さく微笑みつつ横目に相手を見て「…ところでその、猫になっていた時は人間の言葉は理解出来てたのか?」と小声で問いかける。
少年から相手の窮地を聞いた時、焦燥と共に相手の名前を口走ってしまったこと。
今更思い出せば妙に気恥ずかしく相手は気付いていたのか気になり問いかけて。)



  • No.94 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-18 23:57:26 




(俯き加減に問い掛けられれば、格好悪い姿を見られてしまった当て付けに如く口角を上げ「勿論理解出来たぜ。心配ありがとよ。」と相手の顔を僅かに覗き込む。
少年の後を追い風呂場へ行けば少年がそそくさと着物を脱いでおり、慣れない様子で髪を洗う様に痺れを切らしては髪を洗ってやる事にして。
お湯を掛ける際にびくりと身体を震わせる物の、湯船に恐る恐る入れば心地よさに目を細めており。
目紛しい一日だった。疲れがどっと押し寄せて来ては瞼が重くなる。
いつもより早めに湯から上がればせっせと着替える少年の髪を拭き相手のいる部屋へと戻って。

有難う。助かった。
(短い礼を言い相手の膝でうとうととする猫をじっと見詰める。少年が相手をじっと見詰め、『明日、菖蒲様のお家教えるね。孤児荘の皆とお勉強教わりに来るから帰りにでも。』と微笑みながら言う。
相手に入っている依頼は想像するに別件。
口を挟むのも忍び無く、縁側に腰を下ろし煙管を燻らせては無言を貫いたままで。
数時間後、かなり遅い時間になり着物は後日返しに来る事を伝えては玄関先にて一度相手に振り返る。
月明かりに照らされる相手の顔、随分と前から見慣れている様な感覚さえ感じ無意識に相手の髪にそっと触れるもぱっと手を引っ込めては「悪い。」と無愛想に返して少年と共に寺子屋を後にして。

(翌日。早朝に寺子屋へと訪れた兄は『今日もお手伝いに来たよー!』と言いつつも、縁側で伸びている猫を見詰めては僅かに目を細める。
兄に“御婦人の猫を盗人から取り返し、御婦人へと届ける事。”という依頼が入ったのは丁度夜明け頃の時刻。
容姿や振る舞いにからは想像できない程几帳面な性格の兄、一から調べを付けては相手に入った依頼、昨夜何が起きたかまで把握していて。
『この猫は、菊が飼う事になったのかな?』
(掴めない笑顔のまま、やけに遠回しな質問をしては猫の首元を撫でる。
依頼に関しての調査時、相手が絡んでいる事を知った時点で兄は最早依頼の事などどうでも良く。
『もしかして引き取り手に困ってる?其れとも“飼い主に元に帰す”か“新しい引き取り手に渡す”か悩んでる?』
(表情は変わらないままどんどんと詰め寄る。相手の答えを待っていた其の刹那。
『おはようございまーす!!!』
『先生ーーーーー!!!どこーーー?』
(子供達の声が響き渡り外へと目をやる。
この話は一旦お終いだな、と判断しては『まぁ。俺はいつだって相談に乗れるし手も貸せるからね。…あーでも爛には隠れてお話ししよう。あいつすーぐ怒るからさ。』と戯ける様な仕草をし相手の方をぽんぽんと叩き。

  • No.95 by 菊 露草  2023-05-20 19:43:44 






(兄の問い掛けに答える間もなく聞こえた元気な子供たちの声。
さっぱりした笑顔の裏に何かあるのではと疑いはするも兄の依頼のことまでは知らず、相談に関しては首を縦に降るだけにして子供たちの元へ向かい。

時は過ぎて夕暮れ、兄は絵描きだけでなく教学も其れなりに出来る様で算盤や習字など子供達に教えるのを手伝ってくれ更に子供たちと打ち解けすっかり人気者。
兄が子供たちを見送る頃、学び舎の黒板を掃除していると少年、小太郎が小走りに近づいてきて。
『昨日、約束してた菖蒲様のお家の場所、教えるね。』
「ああ、ありがとう。ところで、その菖蒲様はミケさんのことをかわいがってたんだよね?」
『うん、とっても。ミケさんも菖蒲様のこと大好きだよ。』
「……そうか、じゃあやっぱり捨て猫ってのは嘘だな。」
『…?それでね。ミケさんを連れていくなら先生一人じゃないほうが良いと思う。最近、菖蒲様に近づくために男の人達が詰めかけてて警戒されてるみたいだからミケさんを連れていくにしても僕も一緒のほうが疑われないよ。』
「んー、頼もしい申し出だけど子供を夜に出歩かせる訳にはいかないよ。」
『それなら俺の出番だね。』
(少年が描いてくれた“菖蒲様のお家”の地図から視線を上げてその小さな頭を撫でてやっていれば、いつから話を聞いていたのか横からひょっこり兄が顔を出す。
『その地図の場所なら俺も知ってるし男二人でも男色でーすって雰囲気出せばいいだけだしさ。』
「いや、其れはどうなんだ…。」
『でも小太郎くんに危険なことさせるわけにはいかないでしょ?すんなり依頼を終わらせるためだよ、露草。』
「…なんかあんたに其の名前で呼ばれるのはむず痒い。」
『なになに春の予感?』
(巫山戯る兄を煙たげに目を細めて見つつも提案は正直有り難い。
男色の演技をするかは兎も角、少年に礼を告げ孤児荘の子供たちと一緒に帰るよう言い其の背中を見送って。
兄と二人になり三毛猫がごはんを食べるのを見守りながら依頼のことを軽く話す。
『なるほどねー、確かにこの模様は珍しい。…捨て猫だって嘘を付いた其の御婦人、噂だけど気に入った獣の皮を剥いで着物にするらしい。』
「…毛皮か。良い気はしないな。」
『で、どうするの?』
「三毛猫は元の飼い主の元へ返す。…御婦人が黙ってないだろうから三毛猫がどうでもよくなるくらいお眼鏡に叶う代わりになるものを仕立てられたらいいんだが…。」
『ほうほう、其れなら良い仕立て屋を知ってる。ちょっと変わり者だけど腕は確かだし御婦人の心を鷲掴み間違いなしだよ。』
「どれだけ顔広いんだよ。」
『其れ程でもー。で、仕立て屋に頼む条件だけどお金は勿論、もう1つ重要なことがあるんだ。』
(したり顔の兄に嫌な予感しかしなかったが、其の後に続いた言葉に呆然とする。
其の条件とは“男色を見せるつけること”。因みに仕立て屋は女である。そう云う癖らしい。
兄曰く『どうせ男色のフリして菖蒲様の御屋敷に行く訳だしその延長戦だと思えばいいじゃん。』と何とも軽いノリ。
『演じてる間は燐って呼んでね。俺も露草って呼ぶから。』
(兄は此の仕事が上手く行けば御婦人も満足して今自身が担っている依頼も飛ぶし丁度良いくらいに思っており楽しげで、段取りが決まるやいなや『どうせなら二人共御洒落な恰好して行こう。露草に似合いそう着物も持ってきたんだ。』と言ってどこからとも無く着物を取り出してくる。
実は此の一連の流れを予測していたのではと怪訝に思いながらも、一応は依頼。
やるからにはしっかりせねばと兄が用意してくれた着物と羽織を身に纏うとひとまず三毛猫を飼い主である菖蒲の元へ返すために屋敷に向かう。
日も暮れた夜道、肩が触れ合う距離を歩く兄に人通りが少ないとはいえ何とも気まずい。
『露草ー、顔が険しいよ。そんなんだと怪しまれるって。笑顔ー。仕事だよ、仕事。』
「……分かってる、燐。…俺のところばかり来て弟のところには行かないのか?」
『えー、何。名前呼んでくれたと思ったらそんな話?だって、歓迎されないでしょ。』
(態とらしく口を尖らせる兄にグッと腕を組まれ、風呂敷の中に抱える三毛猫が落ちないように歩みを進めながら頭の中では昨日相手が見せた悪戯な表情や、髪に触れてきた手の感触やらを思い返していて。)





  • No.96 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-21 01:01:16 




(寺子屋から帰宅した少年が駆け寄って来るなり、『ミケさんの事だけどね!先生が菖蒲様のお家に連れてってくれるんだって!』と嬉しそうに話して来る様子に内心胸を撫で下ろす。
しかし相手が請け負っていた依頼はどうなったのかと思えば年長の少女が先程持って来てくれた風呂敷に目をやる。
昨夜相手に借りた着物、梅雨の時期故乾くのに時間が掛かってしまった。
流石に夕飯時に持って行くのもなと思えば明日届けようと。

(子供達も床に着いた時刻。今日は依頼という依頼は入っていないが相手に惚れ込んでいる娘の母親、元い花魁から頼まれ毎をしていた為着替えを済まし外へと出向く。
己が裏での仕事を行なっている事を何となく知っている花魁は偶に依頼と称して小さな頼み事をして来ては報酬と言いつつも頼まれごとには見合わない金額を渡してくる。
毎回受け取れないと断るも、これはあくまでも依頼だと言い切られてしまい正直申し訳ない気持ちさえ湧いてくる。
今日の頼み事も些細な物で、仕立て屋に頼んでいた着物を受け取ってきて欲しいとの事。
そんな事を依頼と称して己に頼むより店の人間に頼んだ方が金もかからないという旨の本一度は断ったのだが『彼処の女主人はね、腕は確かだがちょいと変わった奴というか…一癖も二癖もある様な人間でさ。誰も近付きたがらないんだ。だから爛に頼んでるんだよ。』と言い切られてしまい。
渡された地図を頼りに漸く目的の仕立て屋へと到着した所。
店の引き戸を開けるなりふと僅かに香った相手の香りに眉を顰める。
奥の部屋から出てきた店主である女は苛立たしげに帳簿に名前を書く様に命じて来て。
無言のまま花魁の名前を書けば至近距離で女主人と目が合う。
『あんた、異国の人間かい?』
「いや、…何だ唐突に。」
『面白い髪と眼をしているなと思って。丁度良い。あんたも混ざる?』
「何に。」
『頷いたら其の花魁の着物タダにしてやっても良いよ。』
(己の問いには答える事無く手招きされては訝しげに奥の部屋通される。
足を進めるに連れて濃くなる相手の香りと僅かに感じ取れる兄の香り。
開けられた襖の向こうにいたのはやけに着飾った様子の兄と相手の姿。
何故こんな所に、と疑問を覚えながらも立ち尽くしていた所、女主人は部屋の真ん中で相手達と向き合うように腰を下ろしては『待たせたね。さぁ初めてよ。』と。
状況が掴めず女主人に詰め寄ろうとすれば『まだ分からない?…あ、其れとも男相手には興奮しない質?』と聞かれ。
布の擦れ合う音がしたと同時に兄が相手の首筋に顔を埋め、やけにゆっくりとした動作で相手を押し倒す。
相手の細い手首を掴み、手の平を這わせ指を絡める。

何が起こっているのか理解などできる筈も無かった。

噛み締めた唇、僅かに血の味がする。
兄が己の死角で相手の口を手で塞ぎ『駄目だよ露草。今は俺達恋人同士なんだから。』と小さな声で言う。
相手の着物の襟首が乱れた所で居ても立ってもいられず、平静を装いながら「急いでるんだ。もう行く。」と女主人に伝える。
「ああ、さっきの質問だが俺は男もいけるよ。依頼として金を払ってくれたら何でもしてやるさ。」
(女主人は『あら残念だね。』と呟き着物の入った木箱を渡して来ては其れを受け取るなり足早に其の場を後にして。
己の身に何かあったのではと不安そうな表情を見せる様子、何かと世話をやいてくれていた事全て思い上がっていた。
激しい怒りさえ感じ早々に花街へと着物を届けては孤児荘へと戻るも眠れる筈も無く。

(翌日、少年と一緒に寺子屋へ着物を返しに行く約束をしていたものの行く気になる筈も無く、「礼を言っておいてくれ。」と少年に伝えては其の儘特に宛も無く街へと向かって。

  • No.97 by 菊 露草  2023-05-21 18:24:40 





(三毛猫を無事に菖蒲の元へ届けて仕立て屋へ行き、気の向かないまま兄と共に男色を演じあろうことか其の様を相手に目撃されるという目眩がするような一件があったのは昨夜のこと。
今は寺子屋にて子供たちを迎えるところ。因みに兄も一緒だ。
昨夜は相手が来た時、背筋が冷えて動揺と焦燥で一時演じるどころではなくなったが兄の言葉で我に返る。
あくまで“仕事”。女主人もフリなのは分かってるから本当に接吻やら戯れをしろと迄は言っていない。出来るならしてしてほしいらしいが…。
結局のところお互い軽く着物を乱し触れたりはしたが、肌に唇を寄せたりは素振りだけで寸止め。
お戯れ程度しかしていない。其れだけでも嫌悪感はあったっが女主人は納得して最高の素材を早急に仕立ててくれることに。
仕上がり次第連絡をくれるとのこと。然し問題が一つ。女主人は受け取りにも条件を付けてきて、値下げもするから兄との恋人関係をもっと見たいと。
其れも街中や日常生活の交わりを見たいらしく、女主人は隠れて見ているから兄と己は其れっぽく過ごしてほしいらしく。
兄はもっぱら乗り気で『勿論、其の代わり此れからもご愛顧させてね。』とちゃっかりしており。
そんなこんな朝から女主人の姿は隠せていても濛々とした気配と視線を感じながら今に至っているわけで…。
元気よく訪れる子供たちに手を振り笑顔で迎えるも心は曇っており、
『露草、目が笑ってない。子供は敏感なんだからバレるよー。』
「…笑ってられるか。というかあの仕立て屋の女、ずっと見てて仕事はちゃんとしてくれるんだろうな。」
『其処は信用出来るから心配いらないよ。俺もいつ寝てるんだろーって疑問だったけど、彼女にとっては衣食住よりも此れが生きがいらしい。』
(そう言って子供達の前でくっつき『お兄さんたち仲良しー。』と戯れる。
其処へ少年が貸していた着物を持ってやってきて『…二人共恋人同士なの?』と。
女主人が見ている手前兄は『そうだよー。熱々なんだから。』と笑って。
『…へえ。またそんなことしてるんだ。……爛可哀想。』
「…また?」
『なんでもないよ。…はい、借りていた着物。ありがとうって爛が。』
「…ああ、小太郎くんも持ってきてくれてありがとう。…その彼奴の様子はどうだった?」
『ちょっと元気なかったかな。』
(しゅんとする少年にもし昨夜のことで相手に嫌な思いをさせたのなら弁解する必要があると思い。
否、本当にその必要はあるのか。
そもそも誰だって人の戯れを目撃したら不快だ。しかも距離を置いている兄絡み。
相手とは恋仲でも何でもない訳で弁解する意味はあるのか。
ただやはり誤解をされたままは嫌なので相手には真を伝えようと思った時、
『爛にはまだ言っちゃ駄目だよ。知らないほうが“フリ”が真実味増すし、仕立て屋の彼女も楽しめると思う。』
「俺は何も言ってない。」
『でも直ぐにでも伝えようって顔してた。駄目だよ、まだ。』
「…わかったよ。」
『じゃ、そういうことで後はお手伝いさんたちに任せて俺たちは街へおでかけに行こう。』
(どこまでも用意周到な兄、今日は街へ出掛けられるように教鞭を執ってくれる人材を確保してくれており、己たちは街をぶらつく予定で。
女主人にも良く見えるよう手を絡めて握り
『今日も楽しもうね。…あ、頬に接吻くらいはあり?』
「…仕事と言われれば、」
(眉を寄せて無愛想に答えるも女主人に仕事放棄されては困るため手だけは軽く握り返して街へと足を進めて。

(一方其の頃、街。入念な兄、其れっぽい雰囲気作りのため裏工作に余念はなく街に己との関係を仄めかす噂を流していて。
噂好きの街の人々、すっかり其の噂は広まり、魚屋の店主の男は街を歩く相手を見かけるやいなや『おー、兄ちゃんこっちに来てくれや。』と手招いて。
『聞いたぞ、御前にそっくりのあんちゃんいるだろ?寺子屋の先生とそういう関係になったらしいじゃないか。そんな素振りちっとも無かったのに、どうしてか聞いてるか?兄ちゃん、先生と最近仲良さそうじゃないか。』
(若者はいいなぁと気楽な魚屋の店主。男色はさして珍しくないため其処に驚きはしないものの『もったいないよなぁ。そうだ、兄ちゃん、うちの娘と見合いでもどうだ?孤児荘の子供たちは毎日魚食べ放題だぞ。』と冗談のような本気の口振りで相手の肩をぼんぼん叩き。)




  • No.98 by 霧ヶ崎 爛  2023-05-22 01:14:53 




(気晴らしに街へ来たつもりだったが飛び交う相手と兄の話に苛立ちは最高潮。
呼び止められた魚屋の店主の言葉にいつもと変わらないままの無表情で「さぁな。俺は特に何も聞いていない。」と答えては続け様に「其れも良いな。だが生憎俺の稼ぎが悪いもんでね。あんたんとこの大事なお嬢さんにひもじい思いをさせる訳にはいかない。」と僅かに表情を緩める。
甘味処をふと通り掛かれば最近会ってさえいなかった貴人の令嬢と出会し、お茶に誘われるも甘味処の椅子に座り話し込んでいる女子達の会話が耳に入れば僅かに眉を寄せる。
『聞いた?燐さんと寺子屋の先生が恋仲だって噂!』
『勿論よ!でもちょっと残念。寺子屋の先生ちょっと狙ってたのに…。』
『冗談は良しなさいよ。其れにしても本当に絵になるなぁ…あの二人。でもさ、燐さんって何のお仕事してるのかしらね。』
『此の前うちのお父さんの大工仕事手伝ってくれたのよ。其の前は芝居で穴が空いた役を代役してたらしいし。』
『私見に行ったのよ。代役とは思えなくて驚いちゃった。』
『器用よね。頭が良くて優しい先生と燐さんか…。本当にお似合い。』
(沸々と全身の血液が沸騰するような感覚を覚える。
己はこんなにも短気だっただろうか。
令嬢の誘いをやんわりと断っては大人しく帰ろうと引き返す。
大股でくるりと振り返った事に激しい後悔をした。
『あれ!爛じゃん。何してんの?』
(満面の笑顔で手をひらひらと振る兄。…と兄にしっかりと手を取られている相手。
最悪の機会に咥えていた煙管を落としそうになるも変わらぬ無表情を貫く。
甘味処から湧き上がる黄色い歓声に応える様に町娘達にもひらひらと手を振る兄は、一人駆け寄って来た町娘の『あ、あの!お二人が恋仲って噂は、』と問い掛けににっこりと微笑む。
『えーもう噂になってるの?恥ずかしいなぁ。そうだよ。露草は女の子に人気があるから俺いつも冷や冷やしてるの。だから手出しちゃ駄目だよ?』
(見せ付ける様に相手の頬に口付けを落とす兄。
問い掛けて来た町娘は顔を真っ赤にしながら友人の元へと戻り話に花を咲かせている様子。
平静を装いながらも呆然とする。
昔から兄はいつだって己の欲しい物を奪い、見せ付けて来る。
「お熱いこった。」
『まぁね。爛も恋人の一人や二人作れば良いのに。』
(兄の横で何も言わない相手に苛立ちが走る。
正直、町娘の問い掛けに答えた兄の言葉を撤回して欲しかった。
いつものように兄に対して鬱陶しそうな表情であしらって欲しかった。
己に対しての、此れまでの言動、表情、態度、嘘だったのだろうかと身勝手な嫉妬心を感じるも、ふと冷静になる。
___嗚呼、そういう事だったのかと。
「まぁ仲良くやんな。俺はもう行く。」
(煙管の煙を吐き出し相手の横を通り過ぎる際、相手の肩にぽん、と手を置き耳元に唇を寄せる。
「俺に良くしてくれてたのは俺の顔が此奴と瓜二つだったからか。危うく騙されるとこだったぜ。…あんたはつくづく人を狂わすのが得意だな。先生よ。」
(吐き出した言葉に自分自身の心が痛んだ。
相手の顔すら見れずに逃げる様に大股で其の場を後にして。

(行く宛も特に無く、昼寝がてら丘へでも向かおうと街を出ようとした時。
ふと己の前を通り過ぎた長い藍色の髪に目を惹かれ、其の細い腕を掴んでしまい目が合う。
無意識だったが故、すぐにぱっと手を離し「…悪い。」と小さく謝罪をする。
何処と無く相手に似てはいる物の、目前にいるのは女性。
己の謝罪に対し緩やかな微笑みを浮かべ軽くお辞儀をする様子まで相手と良く似ていた。
通り過ぎる女性を見送ってはまたやるせない気持ちに襲われ、誤魔化す様に丘へと向かって。

  • No.99 by 菊 露草  2023-05-22 21:57:38 






『もう、爛が来てから表情暗いよ。…一応彼女に見られてるんだからしっかりしないと。と言うか二人は別に付き合ってるわけでもないんでしょ?何も気にすることないよ。』
「…まあ、それもそうか。」
(茶屋にて兄と向き合う形で座り茶を啜るところ、己は先の相手との一件で上の空。
一番見られたくない相手に“仕事現場”を見られ、恐らくだが不快な思いをさせてしまった。
ほんの少し、もしかしたら相手が怒る理由が嫉妬しているからなのではと自惚れがないわけではない。
だが然し、兄と関わるなと何度か言われてきた。
十中八九、苦手な兄と恋仲関係にあること事態が不快なのであって、其処に深い意味はないのだろう。
直ぐに弁明出来ないもどかしさと無意味に傷心する己自身に嘆息が零れ。
『ちょっと幸せが逃げていくんですけどー。ねぇ、今日はうちに来ない?…あー、変なことはしないよ。彼女も流石に人の家の中までは覗いて来ないだろうし、一緒にお酒飲むだけ。…家の中に一緒に入ってくところ見せつけるだけ。』
「…それで満足してくれるんだろうな。」
『さあね、でも早いところ満足してくれないと御婦人も待っててはくれないから“仕事”は早く片付けないと。』
(兄の言うことは最も。“仕事”と何度か口にしてくれるのも己が割り切りやすいように配慮してくれているのだろう。
相手には仕事が片付いたらちゃんと説明しようと蟠る胸内に気付かないふりをして「…分かった。今日は燐の家に行くよ。…楽しみにしてる。」と机の上に置かれる兄の手に指先を這わせて重ね柔く微笑んで。

(一方、丘付近。相手とすれ違った己に良く似た女性は相手とは初対面だが何かの縁を感じていた。
そして1つ聞きたいことを思い出し振り返ると小さくなった相手の背を追いかけて『あ、あの…すみません。』と僅かに息を弾ませて声を掛け。
『突然御免なさい。貴方、この辺りの人かしら。…私、寺子屋に行きたくて、良かったら場所を教えてくれると助かるの。地図を持ってきたのだけど風に吹かれて水溜場へ落として滲んでしまって…。』
(女性は既に乾いているが炭が滲んで何が書いてあるかわからない紙を見せて困り顔で微笑む。
斜め掛けで背負われた風呂敷には結構な荷物が入っていて、履物の草履も何処から歩いてきたのか潰れていて足も赤い。
『…ああ、でも用事があるわよね。追い掛けてきて御免なさい。』
(なんだか懐かしくてと微笑み頭を下げて女性は去ろうとしたがプチンと草履の鼻緒が切れるとバランスを崩し、荷物の重みもあり背中から相手のほうへ体が傾いて。)




  • No.100 by 霧ヶ崎 爛  2023-06-09 00:53:09 




(倒れ掛かる女性を咄嗟に支えては近くの石造りの階段に座らせ鼻緒の切れた草履を受け取る。
孤児荘の子供達は走り回り良く草履を壊す。
慣れた手付きで額の布を噛み切り草履の応急処置をしては無言のまま女性の荷物を取る。
「寺子屋だろ?案内する。」
(正直今寺子屋に行くのは気が引けたが危なっかしい様子のこの女性を一人で向かわせる方が後味が悪い。
柔らかく微笑み礼を言う女性の其の様子や顔立ちがどうしても相手と重なり、ふと無意識に顔を逸らしては寺子屋へと歩き始めて。

(寺子屋へと辿り着き玄関を叩くもどうやら留守の様子。
困った様に眉を下げる女性を尻目に、兄の所にいるのかと身勝手な嫉妬心が胸を支配する。
時刻は最早夕方。女性は『あの、ありがとう。充分助かったわ!取り敢えず帰ってくるまで待ってみて、夜までに帰って来ない様子であれば宿を探す事にするから、』と慌ただしく早口で話し始める。
心配を掛けさせまいと早口になる所まで相手とあまりに似ていた。
「連絡はしていなかったのか?今日来るって事。」
『其れは、…してない、』
昼こそ活気の良い町だが夜になればそこそこ治安も悪い。
このまま放って置く事など出来る筈も無く「家に来るか?」と問い掛けては慌てて説明を付け足す。
「此処からそんなに遠くないんだ。見寄りの無い子供達と住んでいるからそこそこ広いし部屋も空いてる。…別に変な意味で言ったんじゃない。」
(女性は暫く悩んだ後、『其れじゃあ、お言葉に甘えて。』と柔らかく微笑む。
女性の素性には触れないまま、孤児荘へと引き返しては頭の中は相手の事で埋め尽くされていて。

(其の頃、兄の自宅。
上等な酒を数本開けては僅かに酔った様子の相手を兄は上機嫌で見詰めていて。
時折兄の表情が切なげに曇る原因は先日見た夢。
兄の脳裏に過ぎる記憶はいつも無音で映像のみだった物の、先日見た夢は音までもが鮮明だった。
『-爛に伝えて欲しい。-』
(記憶の中の相手の言葉。いつも優しい微笑みを浮かべながら話していたのは恐らく自分の事では無かったのだろうと兄は何処と無く察していた。
幼少期、兄はいつも金を稼ぐ為に接待していた裕福な客から貰った菓子を己の元に良く届けてくれていた。…が、其の様な記憶は己自身残っていなかった。
父に己を家畜の様に扱う事を強要されていた事もあってか優しい態度で渡した事なんて無いに等しかった。
幼い頃、己にと持ち帰った団子を床に敢えて落とし『食べて良いよ。俺はさっきたらふく食べたから。』と言ったのを今でも兄は覚えていた。
うとうととする相手の髪を優しく撫でる。
『あの時はさ、爛が団子食べてみたいって言ったから俺は客に団子を強請ったの。其の前も。』
(独り言の様に呟きながら相手の頬を撫でては『…露草は渡したく無いんだよな。仕事でも演技でも、俺今が一番楽しいもん。』と小さく呟いて。

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