調査記録(〆)

……
（男は瞳を固く閉ざし、静かな寝息を立てていてソファに腰掛ける彼の微かな軋みにも反応せず、月光に照らされた男の寝顔は先程と何も変わらず不機嫌そうに見える。「………あ…」寝言か否か、微かに唇を開いて何か呟きかけていたがすぐに口は閉じ、朝までそのままソファで眠っており)

…あー、（月の光がいつのまにか陽射しへと姿を変えた頃、座ったまま眠ってしまっていたらしい昨夜を悔いる声とともに大きな欠伸。元々何処でだって眠れる性格ではあるが、それでもせっかく良い部屋を貰ったのだからそこで寝ればよかったのに恐らく動くのが億劫だとか思ったんだろうな、と自分と1番長い付き合いの自分の怠惰癖を思い。こんな所に居たら寝起き早々冷たい視線が飛んでくる事を思えばさっさと退散してしまいたいが、足を組んだまま寝たせいか足がだるく痺れて

……？
（男は彼に少し遅れて目を覚ます。どうやら男の寝起きはかなり悪いらしく、眉間に皺を寄せながら険悪な顔付きで彼を見ては少しの間沈黙しており、ややあって「…ああ、なんだきみか。不審者かと思ったじゃないか。」起き抜けに不躾な発言を一つ、大きく伸びをしてはコーヒーメーカーの方へと歩いていき)

あ、砂糖なしのミルクひとつ、
(寝起きの彼の、自分が何かやらかしてしまったかと思わせてくる程の形相にもたじろぐ事なく、それどころか自分の分の珈琲まで注文するという舐めきった態度。今日もお化け退治かな、やだな、と護衛の仕事はもうずっと昔からやっているけれど、金の為仕方なしにやっている以上、そんな後ろ向きな事を考えてしまうのも当然。せっかく、化け物狩りより草刈り花植えガーデニングの方が似合うだろう陽気な空模様なのにと。

僕はきみの雑用係じゃない。自分で淹れろ。
（ばさり、彼の発言を端的に切り捨てると男は宣言通り一人分のブラックコーヒーを持ってきてはデスクに腰を下ろし、優雅に啜り始める。コーヒーが半分ほど減った所で唐突に口を開き、「今日の仕事はこの後すぐだ。さっさと準備しろ。」自身もコートを羽織り、ショルダーバッグを掛け、首に下げている不釣り合いな金鎖のペンダントに一度触れるとコーヒーを一気に飲み干して）

部下への心配りが円滑な仕事の第一歩、でしょう？
(部下と上司の関係でもなければ、そもそも誰かとそんな関係になったことすらない癖に、適当な事ばかりがぺらぺらと口から飛び出して。｢ついでだからやってくれたっていいのに、｣と独り言を言いながら自分の分を適当に作ると、出来上がる間にカフェテリアから拝借してきた朝食用のサンドイッチをお供に。といきたい所であったが、ここでの朝はそれ程甘くはないようで、準備しろ、との言葉に慌ててパンをまだ熱い珈琲で流し込み

きみは僕の部下じゃない、護衛だ。
（男は相も変わらずの冷え切った目線を彼の方に投げ、自身はさっさと支度を終わらせてしまう。建物の外に出ると昨日と同じ車、昨日と同じ運転係の男が控えており、二人の姿を目に留めると深々とお辞儀をしつつ車の扉を引き開ける。男はいつものように礼も言わず後部座席を陣取り、彼に目線を遣ると「早く乗れ」極めて高圧的な口調で言い、自身は窓の外を眺め）

まぁそれはそうなんですけど、
(今日も安定の鉄仮面、彼には何を言っても無駄という諦めというよりは、勢いよく飲んだ珈琲の熱がなお咥内をひりつかせてくる痛みから口を閉じ。今回も行先は分からないまま、流れていく車窓をぼんやりと目で追う、先述の鉄仮面は撤回、そういえばあいつは化け物を見た時にだけ人間相手には見せない嬉しそうな顔をするな、とふと思い出しながら。悪趣味な奴、ミラー越しにその彼を盗み見ると、何を考えているのだろう、固く結んだ口が見えて

……
(男は口を噤んだまま流し目でぼんやりと外を見つめ、車に揺られていたがしばらく進んだ所で何かに気づいたかのように目を見開くと運転係の男に「止めろ」と指示を出し、車を止めさせては我先に車外へと飛び出していく。運転係の男は無表情のまま彼の方を振り返り、早く降りたらどうだと言わんばかりに顎をしゃくって)

こういうのって市民の通報とかがあるもんなんですか？
(毎度の事ながらこの忠実な運転手もよくやるものだと思う、あんな奴に文句も言わず付き合って、やっぱり給料が破格なのかそれとも自分のように弱みを握られているのか、そんな失礼な事を考えながら。分かりましたよ、とでも言うような、そして諦めのようなため息ひとつ車内に残し、飛び出していった彼の隣に並んで上記の質問を

…市民の通報？
（男は冷えた眼差しを彼に向け、冷め切った声を上げながら目当ての場所らしいところまで足を進めるたところで一旦足を止め、「…そんなものはない。全てこれに書いてある。」ショルダーバッグから取り出した書類を彼目がけて雑に放り投げた。そこには随分と事細かではあったがごく簡単に怪異の情報・出現場所・生態などが書き記されていて）

あー、俺字あんま読めないんですよね。
(文字の羅列だけでも頭がパンクするのに、受け取った書類の束はパラパラと一見するだけで専門用語だらけ、頭痛がしそうと小さく唸って。「塩まいたら消えるとか無いんですか？」と怪異をお化けか何かと勘違いした上での的はずれな発言を。

……確かに多少無知でも構わないとは言ったが、ここまでは想定していなかった。
(彼の発言を聞いた男は一層冷めた眼差しになり、彼の手から書類を雑に取り上げるとショルダーバックに戻して小さく呟く。「…そこまで知らないなら、真面目に僕の指示に従うことだな。きみに死なれては調査に行ける場所が少なくなる。」あくまでも彼の命ではなく、調査場所の方を心配しているような発言をしたかと思えば彼を無視して歩きだしてしまい)

俺が死んでもすぐまた雇えるでしょう。
(冷徹野郎にしては面白い冗談だと少し笑い。治安の悪いこの街では自分より強い奴、頭のいい奴、狡い奴、良い奴、いくらでも刑務所内に居る、またすぐそういうのを引っ張ってくれば良いだけなのだから。人の代わりに死ぬ事だけを期待されるカナリアのように自分も彼の身代わりに死ぬ仕事だと思っていたのだが、

きみの代えなど吐いて捨てる程居るさ。
（先を歩く男も彼の言葉を肯定するように軽く頷くものの、その後に「だが上の都合らしくてね。きみの代えを見つけるのが面倒なんだと。」ほとほと呆れ果てたような溜息を洩らし、調査場所に着くとスラックスが汚れるのも構わず、その場に屈み込んで怪異の残した痕跡を探し始める。ややあって痕跡を見つけたらしく、「…ふむ…この痕跡は…」また一人でぶつぶつと呟き、ショルダーバッグから書類を取り出して見比べていて）

…確かに探すのは面倒かもしれませんね。
(強い奴は幾らでも居るがこの傲慢な雇い主の言うことにブチ切れず素直に聞ける奴というのは滅多に居ないな、と檻の中の顔ぶれを思い出して。そして玩具を見つけた子どものように、痕跡の調査に没頭する彼を暫く眺めていると、先程まで明るかった空がいつのまにか暗く曇った事に気が付き顔を上げると、首筋をちろりと舐めるような嫌な風が

…向こうからお出ましか。都合がいい。
（男もそれは感じたのか、微かに地面から顔を上げると周囲に冷えた目線を配る。そこにはぐずりながら歩く裸足の少女が一人だけ立っており、しゃくり上げている所為か聞き取れない言葉を発しながら二人に近づいてくる。男は少女を睨むと手に持っていた書類に目線を落とし、「…怪異番号1456だ。無力化の後研究室行きだな。」機械的に呟くとショルダーバッグから先日彼に突きつけた拳銃を取り出し、「壊すなよ」とだけ言って彼目がけて放り投げ）

コレ、本当にただの子どもなら相当夢見が悪いことになるんですけど、（投げられた銃を片手で受け取りそのまま少女の腿へ焦点を絞ったものの、怪異だというそれは何処からどう見てもただの泣いている女の子にしか見えずに。そもそも調査官の事を未だよく信用出来ていない訳で、もともと地獄行きが決定している身の上ではあるが、少女殺しなんて神様に100回殴られても文句は言えない悪行は流石にやりにくい、とぐるぐる回る思考のせいで引き金を引けないままに

下らないことを言っている場合か。来るぞ。
（男自身は壁に凭れ掛かり、裸足の少女を冷たい眼差しで見つめながら彼の及び腰に冷え冷えとした声を漏らす。少し何かを思案した後、億劫そうに少女に向かって「…白々しい演技は止めたらどうだ。きみの情報は全て知っている。」と冷えた声を掛けると途端に少女のぐずる声がぴたりと止まり、両手で瞳を覆ったまま彼の方に歩調を速めて飛び掛かる。「…この役立たずめ！」男は悪態を吐きながらショルダーバッグから拳銃のスペアを取り出し、少女の腕目がけて引き金を引いた。銀色の銃弾が少女の腕を貫通し、ぽっかりと空いた穴からは尋常でないほどの煙を上げている。少女は怯みもせず一旦引き下がり、また聞き取れない―人間の発する言語ではない言語を恨み言のように発していて）

…それだけ狙えるならあんた1人でいいんじゃないですか、(調査官の狙いは見事にヒット、少女の傷口からは血ではなく、ゴムが焦げるような臭いがあたりに流れ出して。確かに撃たれても泣かないどころか呪詛めいた雑音を吐き出す目の前の存在は少女ではない、認めよう、結局またもや化け物退治デーとなってしまったこの晴れやかな日に呪いの言葉を吐きたいのはこっちの方だと、お次は弾を少女の白い腿へと撃ち込み。