匿名さん 2022-07-30 16:42:56 |
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…邪神とは…大抵は虐げられた異教の神だ。
(男は彼の言葉を聞いたか否か、誰に言うでもなく呟き、彼を無視するかのように自身のオフィスに戻っては洋書を引き出して来てデスクへ置き、彼に見せつけるようにページを開いた。どうやらその洋書は古代神話をまとめたものらしく、ケルト神話の女神たちやバビロニア神話の神々の名が綴られており、その中には『彼女』によく似た黒髪の半人半蛇の女神や先程の少年によく似た雰囲気を纏う筆舌に尽くしがたい容貌の存在が描かれており)
これをとっ捕まえて、あんたはどうしたいんです?
(広げられた書物をぺらぺらと捲る、自分が化け物と呼んでいるそれらの図解に無意識に苦い表情を浮かべて。決して自分の住む地域で信仰されている神を敬愛している訳では無い、神はこんな社会の隅に居る自分なんて見ていない、そんな考えを持つ自分ですらそれらに嫌悪の感情を持つ事が、所謂"普通"の証明であるようで。神と名がつくのだからそれに祈るか縋るかすれば何か願いを叶えてくれるのだろうか、そんなことを考えながら今更ながらの事を尋ね
…研究及び対話、場合によっては破壊。それがぼくの仕事だからな。
(男は洋書を取り上げて閉じ、本棚に戻しながら彼の言葉に台本をなぞるかの如く答える。その答えを返す声色は冷め、瞳もいつもの輝きを失って随分と虚ろに見えるものであり、ふと思い出したように「…ああ、そうだ。君はいつか、何人潰したかと聞いたな。…10人。その中で生きているのは運転係のあいつと植物状態の一人だけだ」さらりと言い放つものの瞳を伏せ、言うだけ言っておいて彼から逃げるように「…もう寝る」と呟いてソファに腰を下ろし)
あー、だから。
(「人の匂いがもうしないんだ。」、ソファの後ろに屈んで、彼の首元ですんと鼻を鳴らして囁くように呟いた、自分の匂いなんて身近すぎて分からないのをいい事に、金で他人を何人も殺した自分の事は棚に上げての挑発を。今までの雇い主にはどんな事をされてもどうでもいいとしか思えなかったのに、自分と同じ所まで引き摺り落として貶めたくなる、そしてそれすらへの許しが欲しい、なんて、今回はどうも調子が狂うとソファの背に添えた手の爪先に力が入って
…どうも「死神」らしいからな、ぼくは。
(普段ならば氷のごとく冷たい視線と共に厭味ったらしい皮肉の一つや二つ飛ばしそうなところ、男の反応はごく弱々しい笑みと共に、覇気のない声でそう答えるだけに留まっていた。少しして鋭さだけを取り戻した視線を彼に向けると「…君だって、人のことは言えないだろう」悪足掻きじみた一言を投げ、ブランケットに手を掛けながら「…眠いんだ、寝かせてくれ。」頼むから、なんて傲慢不遜な普段からは想像もつかない声で彼から逃げるように背を向けて)
(激昂も軽蔑もなく受け流した相手が腹立たしい、自分だけが息苦しいようで、舌打ちひとつだけを返事代わりに彼から離れて。デスクの上に置いてあった今回の資料を眺めれば、先程見た禍々しい邪神の図が思い出される、そして心の中で呼んでいる彼のあだ名のようなもの、"死神"、堅物な本人に自覚があったことが滑稽な慰みのように思えて、少し口の端が緩み。部屋の中は沈んだように無音で、体重を預けた椅子の軋む音が小さな悲鳴のように鼓膜を引っ掻くだけ。
…
(それを了承と取ったらしい男はソファに寝そべり、少し遅れて死んだかのように穏やかな寝息を立て、ブランケットに包まれた身体が控え目に上下を始める。金鎖のペンダントはゆるく垂れ、蓋が少々開いて中身が見えており)
(先程の怪異に関係する資料を何とか読み進めていく内に時計の針は随分と進んでおり、椅子の上でぐっと伸びをして。興味を持つなんて自分でも珍しい真似、神と名のつく存在に惹かれたのかもしれない、願いを叶えてくれる直接的な方法は記されていなかったものの、それに類似した表現らしき物は読み取れて。自室へ行くついでに眠っている相手を覗けば目に飛び込む月光の反射、「大事な物なら金庫にでも入れておけばいいのに。」と呟いて、ボロボロになった写真が落ちそうになっているそれを閉じようと
……すまない。
(男は眉を顰め、額に汗の玉を浮かべて苦しげな表情を浮かべながら、寝言らしい言葉を呟く。見えない誰かに謝罪を繰り返し、震える手を天井に伸ばすとそれは途中で力無くソファへと落ちる。その拍子にペンダントが首から外れてカラン、と乾いた音を立てながら板張りの床へと転がり)
(彼の寝言に叱責の声かと驚き、一瞬伸ばした手を強ばらせて。酷く弱った様子と自分ではない誰かに伸ばされたその指先、先程読んだ資料の神と名のつくソレが頭の中で掛け合わされる、このペンダントの中の相手、もしくは彼が今まで失った数人のうち誰かが神様の力で生き返れば。嫉妬戸惑い羨望、少しづつの醜い感情が混ざった汚泥に肺を塞がれた自分も、こんなに悲しそうな彼も、救われるのに、と拾い上げたペンダントを机の上に置いて、もう一度怪異に割り振られたナンバーを書類から指で辿りあてて
…ぼく、は…
(彼の行動など露知らず、未だ姿の見えぬ後悔に押し潰されかけているらしい男は悲痛な声色で寝言を繰り返し呟き、閉ざされた瞳を覆う、濃密で長い睫毛の端には涙の膜が薄く張っていた。いつの間にかブランケットは滑り落ちており、最後に「…赦してくれ…」と哀願するような声を上げると漸く男は先程の、死んだように穏やかな寝息だけを漏らす静かな眠りに戻り)
(2536、やっと見つけ出した数字を近くにあったメモ用紙に殴り書きで写し、それと自身の刀だけを掴むと顔を上げて。床に流れ落ちたブランケットをふわりと彼にかけ直すと薄く笑う、勝手な事をするなと叱られるだろうか、よくやったと褒めてくれるその顔よりも鬱陶しそうな表情の方が想像に容易いけれどそれでも。在るべきパーツが在るべき場所へ、そんな予定調和を思い描いて、そっとできるだけ音を立てないよう扉を開けて
……うん?
(彼がオフィスから立ち去り、暫くして男が目を覚ます。伽藍堂のオフィスに一瞬首を傾げたものの、直ぐに大きく伸びをするとコーヒーメーカーの元へ歩いていき、カップを持って窓際に凭れ掛かりながら、薄暗い鉛色の空を虚ろな瞳でぼんやりと見上げた。その頃少年は見るものすべてが興味深いらしく、研究所内を研究員同伴で歩き回っては何か見つける度に「ねえ、これは何だい?」だのと質問を繰り返して研究員を困らせており)
見つけた、
(探していた怪異を視認すると何気なく近づき、落ち着き払った調子でお付きの研究員に、調査官の命令で連れてこいと言われた、等と嘘を並び立てて。なるべく関わりたくないのか、証拠も何も無いお粗末な作り話にまんまと騙された研究員から少年を受け取ると、誰も居ない手頃な一室へと入り
…暗い、空だ。
(男は今にも雨が降り出しそうな空を見上げたまま、誰に言うでもなくそう呟いては、自身を映す漆黒の液体に一瞬だけ視線を落として飲み干してしまう。彼に連れられた少年は何の警戒をするでもなく、相変わらずの穏やかな笑みを伴った態度で「何か用事でもあるのかい?もしかして、秘密の話かい?」と彼の刀に一瞥をくれ、透き通る水晶の如き翡翠色の瞳で真っ直ぐ彼を見つめ)
あんたが本当に神様なら、願いでも叶えてもらおうと思って。
(相手の選んだ単語に少し笑みを零す、確かに調査官には何も言っていないという点では秘密の話、上司部下の関係であるなら勝手な自己判断と捉えられるのかもしれないが、自分たちは彼がいつも言う通りただの雇い主と護衛、である訳で。相手の返事を待つことなく、和やかな雑談や前振りは抜きにして率直に今回の目的を伝える、「うちの調査官の昔の護衛役を生き返らせて欲しい。」と。
「ああ、すまないけれどそれは出来ないね。だって、ぼくにはその権限がないんだもの。」
(少年は黙って彼の言葉を聞き、そうして穏やかな笑顔を保ったままあっさりとした声色で彼の言葉に答えてみせる。謝意も躊躇も感じられない、声色だけは柔らかいものの冷めきったその言葉と無邪気な色を纏う翡翠の瞳は彼を見据えたまま「確かに、ぼくは昔生命の理そのものだった。でもバビロニア神話で死と恐怖の根源存在にされてしまったからね。生命を蘇らせることは出来ない、奪うことは出来るけれど。」と言葉を続けては彼の刀に再び一瞥をくれ、「…人間のことはまだよく分からないけれど…君はきっと、この回答じゃ不満なのだろうね。斬るなら斬る、追い出すなら追い出すで好きにしてくれてかまわないよ。」心底そう思っているような微笑みを)
…なら、いい。
(相手の回答は端的に言って管轄外、出来ない事を出来ないと返した相手に腹を立て傷つける程身勝手ではない、無表情なまま言葉少なな台詞だけを吐いて。生命を奪うことだけが出来る神なんて何の役にも立たない、人間ですら平然と同族を傷つけ、恐怖を植え付ける事ができるのだから、それよりも調査官に勝手な真似をした事がバレたらくどくど嫌味をぶつけられないか、という事へと思考が移り
「ねえ、「カイル・アスキス」くん。君のお話ってそれだけかい?じゃあぼくは帰らせてもらうよ。」
(少年は彼の心情など何処吹く風といった風体、そう問うて首を傾げると返答を聞く前に最前と何一つ変わらぬ穏やかな微笑を口許に湛えたまま部屋のドアを押し開ける。キィ、と金具の軋む音を残して少年は部屋を出て行き、少し歩いたところでパイプオルガンのように荘厳な響きを持つ声で小さく「…人間というのは、矛盾しているねえ。だけれど、ぼくは君たちのそういったところが酷く愛おしいんだ」と呟く。ーその声は研究所の防音壁に吸い込まれ、少年以外の誰にもー『彼女』にすらも届くことはない。その頃男は暫く経っても一向に戻ってくる様子のない彼に業を煮やしたか、苛立った様子で貧乏揺すりをしながらソファに腰を下ろしていた。「…あの莫迦、碌でもないことをしているんじゃ無かろうな…」男の呟きも亦、オフィスの壁に吸い込まれて消え)
(使えない、おまけに掴めない怪異に苛立たせられただけの時間に些か不機嫌そうな表情を浮かべたままオフィスの扉を開ける、考え事をしていたせいで気配を消す事を忘れていた自分に気づくのと、今日の所はできるだけ会いたくない相手の背中に怒りが滲み出ているのを視認するのはほぼ同時で。悪戯をしたばかりの犬のようにそそくさと部屋の端を通って自室へと向かおうと
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