刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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アーロン・クラーク
( 案の定相手は此方の身勝手な決定事項に拒否を突き付けて来たのだが、そんな柔らかな拒否で覆る程のものでは無い。右から左に聞き流しながらも“損得”の話の所にだけは反応を示し。『貴方と一緒に暮らせる、これがメリットです。まぁ、貴方にとってのメリットはわかりませんけどね。』相手と一緒に過ごす事が出来るのならば、例え電気も水道も通ってない森の奥でも、それこそ言葉の通じない異国でも構わない。隣に、相手が居れば。何の躊躇いも無く此方のメリットをあげはするが、嫌われている自覚はあるものだから、一度は相手側のメリットを保留とし__コーヒーを手渡し、相手がそれを飲んだタイミングで腰を折り目線の高さを近付ける。『ねぇ、警部補。俺と一緒に過ごすメリットを考えて下さいよ、1つで良いですから。』そうして楽しそうな笑顔で強請ったのは相手を悩ますものだろう。何か答えるまで此処から動かないとばかりに )
( 相手の言葉には眉を顰めたまま「俺にお前と過ごすメリットなんてある筈がないだろ、」と言い返す。相手と共に暮らすというのは自分が一人の時間を持てず心穏やかに過ごせなくなるだけだ。しかし続いた相手の言葉と共に視線が直ぐ近くで交わると嫌そうな表情を浮かべる。メリットなど無いと幾ら説明しても相手は納得しないだろうし、離れろと言っても距離を取る事をしないものだから眉間に深い皺を寄せたまま「______寒くない、」とたった一言ぶっきらぼうに答えて。1人で部屋に居る時、布団の中に居る時に感じる寒さを相手が部屋にいるだけで感じなくなる。其れは不安や恐怖心を軽減する上ではメリットとも言えるかもしれないと、無い理由の中から絞り出して。 )
アーロン・クラーク
( 本当は宿泊費を前払いし、確りとこの部屋の隣の部屋を取ったのだがそれは勿論内緒。言ってしまえば問答無用で部屋を追い出されるか此方が出て行かないのならば相手自身が隣の部屋に閉じ籠ると言い出しても可笑しくはない。ニコニコと危険性などまるで持ち合わせて無いです、なんて爽やかな笑顔を振り撒きながら返事を待つ事果たしてどれ程の時間が経ったか。たっぷりと空いた間の後、無理矢理絞り出したと言っても過言では無いたった一言の返事に思わず至近距離で瞬く。“寒くない”なんて__『…まったく。暖を取れるのがメリットだって言うなら、“湯たんぽ”を抱えてたって良い訳だ。』やれやれとあからさまに肩を竦め背筋を正しては、態とらしく溜め息を一つ吐き出し。けれど機嫌を損ねた訳では無い。時刻はまだ朝の6時前。相手の為にいれた筈のコーヒーを取り上げるとそれをテーブルに置き直し『仕事は午後からでしょ。まだ起きる時間としては早すぎます。…“湯たんぽ”代わりになってあげますよ。』珍しく小さな皮肉を口にし、刹那、ソファに座る相手を夜中の時の様に軽々と抱き上げるとそのままベッドに逆戻りを決め込んで )
( 相手を満足させるような返答をしたかった訳では無いため、溜め息混じりの相手の反応にもつれない態度を崩す事はなかった。しかし不意に口から離したマグカップを奪われると驚いた表情を浮かべ、続いて急に身体が持ち上げられると息を飲む。バランスを崩さないよう咄嗟に相手の肩を掴み、そうして直ぐに離す。「っ、おい!降ろせ!」と抗議の声を上げたものの、ベッドまでの距離はそう遠くない。程なくベッドに降ろされると相手を睨んだのだが、相手はどうやら自分の仕事が午後からであるという事まで知っているらしい。確かに起きるのは早い時間である事には間違いないのだが_______相手に抱き竦められるような状態は寧ろ落ち着かない。暫くは相手の“拘束”から逃れようと相手の腕の中で抵抗を示していたものの、体温の低い身体が温められれば自然と眠気は再びやって来て。 )
アーロン・クラーク
( 至近距離での抗議の声も勿論無視。それ所か身体を持ち上げたその一瞬、咄嗟に己の肩を掴んだその行動に満足気な笑顔すら浮かべる始末で。ベッドに降ろしてからも続く抵抗は細身のその身体を抱き竦める事で簡単にいなす。『逃れられないのは貴方が一番良くわかってるでしょう。早く寝ないと酷い事しちゃいますよ。』緩く瞳を閉じたまま物騒な事を言うのだが声色は穏やかなまま。やがて腕の中の抵抗が弱まると『…良い子ですね。』直ぐ真横にある相手の柔らかな髪の毛を一度だけ撫で『__次の貴方の休み、デートしましょうよ。貴方の気に入りそうな場所捜しておきますから。』うとうとの微睡む相手に聞こえていようがいまいが、返事の有無すらも別に必要無い。まるで“恋人同士”の様な戯れを望みつつ、再び相手が目を覚ます時までその体温を感じたままで居て )
( 相手と居る事に安らぎを感じて居なくても、身体は正直に温もりを求めその体温に不安が和らぐのを感じる。相手の言葉には何も返事をしないまま、いつしか眠りに落ちていた。朝の“二度寝”はどういう訳か穏やかなもので、夢を見る事も苦しさに意識が引き上げられることもなく9時頃に目を覚まして。「______、」相手は一睡もしていなかったのだろう、目を覚ましてふと相手の方に視線を向ければ此方を見ている相手と目が合い気まずさを感じる事となった。何も言わぬまま相手の腕の中から抜け出し、備え付けの簡単なクローゼットを開け仕事用のワイシャツを取り出して。 )
アーロン・クラーク
( __二度寝から目覚めた相手が仕事の準備を済まし部屋を出るのを見届ける。夜迄ずっとこの部屋に居るか、もしくは出掛けたとしても相手より先に帰って来るのだからと半ば強引に預かったカードキーが手の中で冷たさを帯び、1人になった部屋は途端にひんやりとした空気を引き連れて来たものの此方とてやる事がある。身だしなみを整えホテルを出ると向かう先はワシントン市内にあるもう一つの住処。そこでこの先の生活に必要そうなスーツや下着などの衣類、スキンケア用品、お気に入りのワインボトルも数本、その他様々な物を大きなスーツケースとボストンバッグに詰め込み再び“相手の部屋”に戻って来て。相手が仕事から戻って来ればドアを開け何時もと変わらぬ笑顔で出迎える事だろう。__そんな日々を数日。途中にあった相手の仕事休みの日には“デート”と称して公園に連れ出し意味も無く散歩もした。__夜、珍しく深い眠りに落ちていたのだが、それはある意味前兆。深い眠りは必然的に悪夢を連れて来るもので、久し振りに見たその夢は矢張り“あの事件”の繰り返し。血に染まる床には何十人もの教諭と園児が折り重なる様に倒れていて皆瞳に光は無い。弟のルーカスは絶え絶えの息と共に何度も血を吐き出し、今にも光の消え失せそうな瞳から涙を流す。違ったのはその場に相手が居た事。あの時の年齢の相手では無く、今の見慣れた姿の相手。何も言う事無く冷たい瞳で多くの遺体を、ルーカスを、ただ見下ろしている。『…っ、!』喉に息が引っ掛かると同時に意識が覚醒した。指先が冷たく呼吸が苦しい。無意識に隣に視線をやれば眠る相手が居て、少しの間見詰めた後に静かにベッドから抜け出す。グラスに赤ワインを注ぎ入れ一口飲むのだが冷たい空気とは裏腹に体内は灼熱の如く熱いのだ。ふつふつと湧き上がる感情に明確な答えは出せず、ただ苛立ちの様な、溢れ出そうと渦を巻くもどかしい何かがひたすらに感情を乱す。酷く不愉快なそれを逃す術が無く、ギリ、と奥歯を噛み締めた後自身の感情を制御出来ぬまま、まだ半分程中身の入ってるワインボトルを何の加減も無しに床に叩き付け。物凄い音と共に砕けた硝子の破片は散らばり、中の赤は水溜まりの様に広がる。細く荒い息を繰り返しながら、その場に立ち尽くしたままで )
( 意味も無く公園に連れ出され嫌々相手の外出に付き合わされる事はあったのだが、相手が側に居る事に徐々に慣れて来ている自分が居た。体調は変わらず良くなかったが、1人で眠っている時よりも温かく、少し安心して眠る事が出来るようになっていた。濃く目の下に住み着いていたクマは少しばかり薄くなっただろうか。---その日も相手の側で眠っていて、相手がベッドを抜け出す動きに僅かながら眠りが浅くなったのだが_______突然響いた激しい衝撃音に一気に意識が引き上げられた。悪夢に魘されていた時だったら其の音が銃声と重なり、フラッシュバックに襲われていても可笑しくない程の音だった。飛び起きるようにしてベッドに身体を起こし音の出処を探れば、直ぐに相手が立ち尽くしている事に気づいた。足元にはワインのボトルが粉々に割れ、未だ中身が入っていたのだろう、赤がじわじわと広がっている。「_____ッ、…クラーク、」彼の表情は俯き気味で読み取れないものの、浅い呼吸に肩が上下している事に気付く。彼が取り乱した様子を見せる事など滅多にない。何があったのかと相手の名前を呼び、ベッドから立ち上がり。怪我をしないようにガラスの破片を片付ける必要があるが、相手は明らかに様子が可笑しい。悪い夢に、普段抑圧している過去の記憶が引き出されたのか。「……ベッドに戻ってろ、水を持ってく。」先ずは少し相手を落ち着かせ、フラッシュバックが起きないようにする必要がある。記憶を押し留めようと必死に呼吸を繰り返している時、全てを飲み込むように過去の記憶が首を擡げる苦しさはよく知っている。自分の安定剤を飲ませて落ち着かせるべきかと考えながら相手に近付くと、一度ベッドに戻るように促して。 )
アーロン・クラーク
( 床に散らばるボトルの破片は、あの日何発もの銃弾を受け粉々に散った窓硝子と同じ。水溜まりの様に広がる赤は遺体から流れ出るドス黒い血と同じ。呼吸が苦しい中、何処か夢現の様な気持ちすら覚える中床を見詰めていたのだが、この音で相手が目を覚まさない訳が無い。案の定起きた相手に名前を呼ばれると漸く顔を上げ『__嗚呼、すみません、起こしちゃいましたね。手を滑らせてしまって。』薄い笑みを携えこの惨事の説明をするのだが、“手を滑らせた”くらいではボトルはこんなに粉々になったりはしない。明らかに故意的に叩き付けた事は直ぐにバレるだろうが別に構わなかった。浅く息を吐き出しながら、ベッドに戻れと言う相手に拒否する様に軽く首を左右に振り__距離が縮まった事でより鮮明に相手の碧眼を捉える事が出来る様になった、刹那。再び湧き上がるドス黒い感情は理性を失わせる。更に距離を縮める為に踏み出した足は、スリッパのお陰で怪我こそしなかったものの飛び散った破片を踏み付けた。そうして腕は相手の胸ぐらへと伸び、加減を知らぬ勢いで掴み掛かると、暗紫の虹彩に珍しく苛立ちの色を浮かばせながら『__…何で助けられなかったんですか、』と。それは余りに脈略の無いもの。そうして夢に引っ張られ思わず溢れた、と言うのが正しい様な静けさで )
( 相手は取り繕うようにいつもの笑顔を貼り付けたものの、明らかに手を滑らせただけでの惨事ではないだろう。遣り場のない感情を抱えて、或いは脳裏に焼きついた残酷な記憶の残像を何とか消し去るため、自らワインボトルを叩き付けた、というのが正しい解釈な気がした。しかし相手の言葉に大きく反応する事はせず、小さく頷く事で受け流し。破片を片付けようと近付いたものの、相手の足は割れたガラスを踏み付け、バキ、と鈍い音が鳴る。スリッパを履いているとはいえ怪我をする恐れがあると思えば「…おい、気を付けろ_______」と言葉を紡いだのだが、不意に胸ぐらを掴まれ引き寄せられると首元が僅かに締まり強制的に相手と視線が重なる。「……っ、」突然の事に息を飲み、相手の暗い瞳を見つめ返す事しか出来ずにいると紡がれたのは過去に対する問い。夢を見た事により、過去と現在を混同しているのか、或いは過去に意識が引っ張られ其の怒りを抑える事が出来なかったのか。どちらにせよその瞳にはやるせない苦しさと苛立ちと、様々な感情が渦巻いている。「_____悪かった、」今の自分が目の前の相手に言える事はそれだけだ。静かにその言葉を紡いで。 )
アーロン・クラーク
__悪かった?…謝罪一つで死んだ人が戻って来るとでも、
( 碧眼と暗紫が至近距離で交わり、続いて静かに謝罪が落とされたのだが結局今この状況で相手が何を言葉にしたって駄目なのだ。日頃気味の悪いくらいに相手を褒め愛を囁く同じ唇で、冷たく棘の纏った言葉を吐き捨てる。胸ぐらを掴む指先に更に力が篭もり息苦しさは少しも治まりを見せていないものの、発作にまでは繋がらない。その繋がらないギリギリのラインで踏み留まったまま、感情に任せて僅か相手を引き寄せ、その反動で次は斜め後ろにあったソファへと押し倒すと『貴方が幾ら謝罪をした所で誰も戻らない。セシリアさんも、ルーカスも、誰も。__冗談じゃない。何が安定剤だ、鎮痛剤だ。自分だけ楽になろうなんてよくもまぁ、そんな事が出来ますね。』相手を真上から睨み付ける様な瞳で肩で息をしながら怒りに任せた言葉を饒舌に紡ぐ。それは相手に向けたもの、自殺した犯人に向けたもの、そうして、自分自身に向けたもの。ただ、今は相手を苦しめたかった。この部屋で出会った時から相手が度々痛みを訴える箇所、鳩尾付近を加減の知らぬ力で以て上から押さえるとそのまま体重を掛ける。痛みも、苦しみも、余す事無くその身で受けろとでも言うかのように、ただ相手の苦痛に歪む顔を、絶望に染まる瞳を、懇願を聞きたいと )
( 相手が紡いだのは、ずっと前から、幾度と無く遺族や記者に掛けられた言葉だ。謝罪をした所で居なくなった人間は二度と戻って来ない_______そんな事は痛いほどに分かっているというのに。「っ、亡くなった人が二度と戻らない事は分かってる!それでも…謝る以外に、今は何も出来ない…!」視界が反転し背中に衝撃が走り表情を歪める。此方を見下ろす相手の瞳を見つめ返し、今となっては幾ら過去を後悔し懺悔しても、それ以外に行動に移せる事がないのだと訴えて。“自分だけが楽になろうだなんて”_____その言葉は相手が以前からまるで呪いのように自分に掛けていた言葉だ。あれほど苦しんだ被害者たちを見捨てておきながら、今尚自分だけが楽になろうと薬に頼る事を相手は責めた。反論出来ぬまま困惑したような怯えたような色を携えた瞳で相手を見上げていたものの、相手の手が鳩尾に掛かり、其方に意識が向いた一瞬。強い力で押さえ付けられるのと同時に激痛が走り身体が大きく跳ねる。「______っ、ぐ…ッあ゛、!」声にならない悲鳴が漏れ相手を引き剥がそうと暴れるのだが、相手はびくともしない。酷い痛みは当然呼吸を浅いものに変え、痛みから逃れようとしても相手は其れを許さなかった。断続的に鋭い痛みが身体を引き裂くように走り、額には脂汗が滲む。相手を見上げていた瞳はゆらゆらと不安定に揺らぎ、身体には震えが生じ始めていた。 )
アーロン・クラーク
( 鳩尾を押さえ付けた瞬間に相手の身体は大きく跳ねたものの、その僅かな逃げすらも許さないとばかりに更なる体重を掛け片腕一本でその身体をソファに縫い付ける。どれ程の痛みが身体を駆け巡っているのかはわからないが鎮痛剤を欲していた程だ、物理的な衝撃が加わってる今は何も無い時よりも何倍も強い痛みであろう。薄い唇からひっきりなしに漏れるくぐもった悲鳴と懸命に逃れようとするその抵抗、次第に浅くなる呼吸が証明で。『痛いですよね?助けて欲しいですよね?でもルーカスは貴方の何倍も痛かったし、助けて欲しかった筈だ!貴方が…ッ、…何で何もしなかったんですか!』そんな相手を見下ろしながら昂る感情は語気を強めさせる。普段の飄々とした余裕綽々な態度とは違い、感情のままに責め立てる言葉の数々は熱を持つ。__あの日、相手は決して“何もしなかった”訳では無いだろう。人質全員を救う為に出来る事を懸命に考え、どうにか犯人を落ち着かせようとだってした筈だ。夢に見た、冷たい瞳で遺体を見下ろすだけの相手では無かった筈なのに、あの日の記憶にあるのはつんざく様な銃声と、叫び声と、血の赤。そして倒れる弟の姿だけなのだ。『__ねぇ、警部補。“助けて”って言わないんですか?痛いの、もう嫌でしょ?』脳裏を過ぎる過去の記憶と、先程見た夢。ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさり脳を支配する。大きく肩で息をしながらも、語調だけは普段の柔らかなものに戻るのだが、紡ぐ内容は一見優しさや救いに見える歪んだもの。鳩尾から手を離す事無く、反対の手で頬を優しく撫でて )
( 激しい痛みの中でもがいている状況下で紡がれる相手の言葉は、心を掻き乱し絶望を誘う。あの事件で犠牲となった相手の弟は、セシリアは、大勢の罪なき人々は、銃弾を受け痛みの中で命を落とした。この耐え難い痛みをもっても尚、自分は命を落とす事は無いというのに、一体どれほどの苦痛だっただろう。感情の籠った相手の声、“遺族”の怒りと言葉。其れを身に浴びながら、身体を痛め付けられる。痛みによって呼吸はすっかり浅く意味を成さないものになっていて、痛いと何度も訴えるも絶え絶えに紡がれた言葉を相手が聞き入れる事はない。_______まるで拷問だ。痛みによって生理的な涙が目尻の端から溢れ、震える唇で言葉を紡ごうとするのだが浅い呼吸に阻害され上手く言葉が紡げなかった。「_____っも、やめ……ッ痛い、____助けて、くれ…っ、!」骨が軋むほどの圧力に、心臓を鷲掴みにでもされているような痛みが襲う。パニックの一歩手前と言っても良いだろう、絶え絶えに言葉を紡ぎ、恐怖からか酸素が不足しているからか身体は震え、相手の腕に掛けた指先は冷え切って。 )
アーロン・クラーク
( 相手の瞳から涙が流れたのを見て満足そうに口角を持ち上げる。頬を撫でていた指先で溢れるその涙を何度も拭いながら、与えられる痛みから逃れたいと言葉にならぬ声で必死で懇願するのを聞き届け、そこで漸く鳩尾から手を離すと『__仕方無いですね。』と、態とらしく肩を竦め。相手は浅くなった呼吸を懸命に繰り返しながら小さく小刻みに身体を震わせている。痛みからから、苦しみからか、恐怖からか__何であれ“自分が与えた”絶望で変わる相手の姿を見るのは何とも言えない優越感の様なものを感じるのだ。悪夢によって呼び覚まされた過去は次に残虐性を呼び、相手に向く。痛めつけたいと、本心からそう思った筈なのに今はその気持ちがすっかり散り、満足したのだろうか、悪夢の記憶も何もかも、何処か清々しい気分だ。『…可哀想に、痛かったですよね。でももう大丈夫。痛い事は何も無いですよ。』相手に痛みを与えた当事者であるのにまるで無関係な人の様な言葉を優しく紡ぎながら先程体重を掛けた鳩尾付近を優しく撫でる。二重人格を疑われても可笑しくは無い程の感情の変化なのだが、知った事では無い。背後では未だ片付けていない硝子の破片が飛び散り赤が広がっているのだが、意識の中には無い。ただ、目の前の相手に優しく語り掛けるだけで )
( 鳩尾を強く圧迫していた手が漸く離れたものの、痛みが直ぐに引くことはない。「っ、は…ッあ、…は……っ、」喘ぐような浅い苦しげな呼吸が落ち着かぬまま、まるで他人事な言葉と共に再び相手の手が添えられると条件反射的に怯えたように身体が跳ねるのだが、再び強く押さえ付けられる事はなかった。しかし其れでも与えられた苦痛と恐怖は明確に刻み込まれ、涙の膜が張った瞳にはありありと恐怖が浮かんでいて。今すぐ相手と距離を取りたいと思いはするものの、痛みに身体が強張って上手く動けない上に身体を動かそうとするだけで鋭い痛みが走る。何事も無かったかのように優しく語り掛けてくる相手は人の心を持たぬ悪魔か。____否、先ほどはあれ程人間的に感情を露わにしていたのだ。事件の遺族たちに思いを寄せ、あれほど感情的にやり場のない怒りを表に出す相手を見たのは初めてだった。 )
アーロン・クラーク
( 鳩尾を撫でた時に反射的に跳ねた身体、それは与えた恐怖と痛みを素直に感じた証。此方を見上げる涙に潤む瞳が恐怖一色に染まったのを見て心底満足そうに微笑むと『__俺、貴方のその目が一番好きです。』苦しむ相手に今掛ける言葉としては到底場違いな事を、まるで恍惚とした甘ったるい語調で送った後『後始末はきちんと俺がするので眠って構いませんよ。カーペットは…弁償ですね。』未だ小さく震える相手の身体の下に手を入れ痛みに気遣う事無く簡単に抱き抱えると、床で粉々になっている瓶を避ける事もせずに踏み付けながらベッドまで向かいそこに相手を優しく降ろして。『おやすみなさい、警部補。』汗で張り付く前髪を軽く払ってやってから言葉通り散らばった大きめの破片を摘み上げる様に片付けつつ、残りは明日相手が仕事に行っている間に掃除をして貰おうと思案して )
( 恐怖と苦痛に晒された直後、其処に突き落とした相手自身の手で眠りを促されベッドへと降ろされる。恍惚とした表情で紡がれた言葉_____相手が何を考えているのか、自分に向ける感情のどれが本物なのか、何一つ分からない。上擦った呼吸が落ち着くのにはかなりの時間を要し、けれど呼吸が正常なものに戻るとどっと襲う疲労によって眠りに引き摺り込まれる。暫くは相手の動きを警戒していたものの、やがて眠りに落ちていて。---何度も目を覚まし、迎えた翌朝。昨晩の一件を経て痛みは普段以上に強く、体調は当然良くない。この状態で仕事に行かなければならない事は憂鬱だった。床にはまだワインボトルの破片とワインが溢れている。相手を避けるように口もきかぬままに仕事へ向かったものの、学生からは顔色が悪い事を指摘され、ふとした瞬間に襲う強い痛みをやり過ごす事に意識が向いた。彼が居ると思うと真っ直ぐにホテルの部屋に帰る気にもならず、最後の講義を終えても教官室に残ったままで。 )
アーロン・クラーク
( ___朝、最高に機嫌の悪い相手が終始無言で仕事へと向かった後、ホテルの責任者に昨晩の騒動の謝罪と汚したカーペット代を弁償し部屋を元通り綺麗な状態に戻して貰ったのが数時間前の事。綺麗な部屋で今度は至極穏やかな気持ちのままマグカップの中の紅茶を啜って居たものの、本来相手が帰って来る時間になっても一向に部屋の扉が開く事は無い。__昔、そう言えば似た様な事があったと思い出した。あの日は確か相手を部屋に置いて自身が出掛けたのだ。そして帰って来た時相手はもう居なかった。たった一言“家出ですか?”と送った記憶がある。『__仕方ないですねぇ、』誰に宛てるでも無い独り言の様な呟きは直ぐに後を追った紅に消える。中身を飲み干し一息着いてから立ち上がると身支度を整えホテルを出て。__向かった先は相手が勤めるFBIアカデミー。既に殆どの生徒は帰宅していて擦れ違う人は数える程。確りとセットした髪型では無い、降ろしっぱなしの髪ながら特別変装をする事も人目を気にする事も無く普段と変わらぬ飄々とした表情で廊下を進み、やがて相手が居るだろう教官室の前で止まると扉を二度ノックし。中からの返事を待たず扉を開ける。『__わからない箇所があるので聞きに来ました。』相手を瞳に捉えそんな戯言を紡ぎながら扉を閉め、ツカ、ツカ、と目前に歩み寄ると、少しばかり顔を近付ける様にして『まだ機嫌直らないんですか?』と、まるで此方には何の非も無く相手が勝手に不機嫌になっているとでも言うかのような問い掛けを )
( 夜になってようやく痛みが和らいでは来たものの、昨晩の相手の暴挙によって体調が悪化した事は間違いない。もう殆ど済んではいるのだが、明日の講義に向けた準備に敢えて時間を掛けて教官室で作業を続けていた。---普段であれば相手の革靴の音には耳敏く気付くのだが、此処が大勢の学生が行き交う校内だった事もあり、相手の気配を察知する事は出来なかった。ノックの音に顔を上げ_____相手の雰囲気が普段と違った為、一瞬学生かとさえ思ったのだが。直ぐに其れが相手だと気付けば其の表情には警戒の色が浮かぶ。「作業が終わってないだけだ、_____わざわざ来る必要は無いだろう。」と告げて。 )
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