刑事A 2022-01-18 14:27:13 |
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( __背筋が凍るとは正にこの事。何も知らなかった、と否定をするジェイに向けられる視線は鋭く身が竦む様な恐怖を与えるものだから、取り調べを受けているのは自分では無いと言うのにその“氣”に当てられそうになるのだ。それ程迄に相手が放つ圧は圧倒的で空気すらも変える。エバンズと似てはいるが微妙な点に置いて違う箇所もある__。“女性刑事”と言うだけで取り調べ相手にナメられる事も多々ある現状の中、相手やエバンズの様な遣り方が出来れば何か変わる事もあるだろうかと、そんな事を一瞬考えた矢先。相手の圧にこれ以上耐えられなくなったのか、言い訳の苦しさに自分でも気が付きもう無理だと判断したのか、ジェイは至極小さな声で自供を口にした。確りと録音されたその言葉で彼を有罪に出来る事は決まったものの、聞かなければならない事はまだある。目前に座り俯き加減のジェイを真っ直ぐに見詰め「ハンナさんはこの件に関与していますか?」と、問い掛けた後「彼女を守りたい、なんて言う考えで嘘をつくつもりなら辞めて下さい。調べれば直ぐにわかる事です。」少しだけ声に冷たさを含ませた静かな声色で言葉を続け、僅かな動揺や隠し事も見逃さないとばかりに尚も彼から視線を外す事は無く )
ルイス・ダンフォード
( ジェイ相手に更に共犯者の有無についてを詰めて行く相手の姿を見て、こんな顔も出来るのかと驚く。自分の知っている相手は明朗で表情がくるくると変わる少女のようなイメージ。しかし取り調べをしている様子は女性刑事ながら同年代の男性刑事顔負けだ。同時に後輩であるエバンズにも似た空気を孕む事から、彼の仕事ぶりを間近で見ているからこそ成せる技なのだろうと1人納得して。一方のジェイは、ハンナは一切関わっていないし殺人の事も何も知らないと答えた。ハンナに浮気がばれ、リリーとの関係を精算しないなら別れると言われた直後、学生であるリリーから妊娠を告げられ結婚したいとせがまれた。そこで遊びのつもりだったリリーが邪魔になり、結婚の挨拶に行く予定の朝、車の中で彼女を絞殺した上で山の方まで車を走らせ川に遺棄したと______ジェイはそう証言した。 )
( 一時は“何方も本気”的な事を言ってのけたその口で今度は“リリーの事は遊びだった”と言う。妊娠までさせたと言うのに余りに身勝手で人の心を弄ぶ様な言動に嫌悪感しか湧かず眉間には皺が寄り。言葉に詰まる箇所や、何かを隠そう・誤魔化そうとする不自然な表情の変化は見られないものの、ジェイの言葉を100%信じる事は出来ない。険しい表情のまま一度小さく息を吐き出した後、隣に座るダンフォードに僅か顔を寄せ「…ハンナのアリバイは立証出来ていない状態です。」“家で1人野球中継を見ていた”と答えたハンナの言葉を耳打ちして )
ルイス・ダンフォード
( 長く付き合っているハンナと別れるのを回避する為にリリーを手に掛けたという事は、口ではどちらも本気と言っておきながらやはり初めからリリーは“遊びだった”という事なのだろう。ジェイの事は確実に有罪にできるだけの証拠が揃っているが、相手の言うハンナに関しては有罪に出来るだけの証拠がないというのが正直な感想だ。一度断りを入れて部屋を出るとドアの前で声を落としつつ『…今の状況でハンナを引っ張る事は出来ないな。今回の事件のどの証拠を切り取っても、彼女の存在を示す明確なものはない。出来るとして、彼女が履いている靴裏から現場の土砂の成分が検出されるか確認するくらいだろう。』と答えて。 )
( 証言通りジェイの単独犯であるならば、証拠と自供によりこのまま事件解決なのだが。「ですね。__ジェイの逮捕後、もう一度ハンナに会って来ます。」声を潜めた相手の声量と同じ声量で先ずは同意を、続いて僅かでも疑う箇所があるならば再度聴取と彼女の靴を鑑識に、と答え。ジェイに逮捕を告げるべく戻る為に扉に手を掛けその動きを一度止める。傍らに立つ相手に顔を向けると「…ダンフォードさんは、ジェイが嘘をついてると思いますか?、」と問い掛けて。“ハンナは関わってない”と答えたジェイの言葉、相手はどう受け取ったのだろうと )
( もう一度ハンナに会いに行くという相手の言葉に頷きつつ、相手の問いには少し考える素振りを見せて。『…ハンナが被害者の妊娠を知っていたのかどうかで流れは変わって来る。まずハンナが本当に被害者の妊娠を知らなかった場合だ。ハンナと別れたくない、という動機でジェイが被害者と別れようとしていたなら、彼女の妊娠を知って殺害に走る決断をするのにハンナは関わっていないだろう。結果として遊びだったとしても、好意を抱いて付き合っていた相手だ。追い込まれて殺害するしかなくなったというのは矛盾しない。あいつの単独犯の可能性が高いと俺は思う。』頭の中で整理していた可能性をひとつずつ言葉にしていく。『ただ、被害者の妊娠がハンナにも伝わっていた場合_____その場合殺害の指示をするのはハンナにもなり得る。勿論ジェイが勝手に動いた可能性も同じだけどあるが、別れたくなければ女をどうにかしろとか、自分の手で始末しろとか、直接手を汚さずにジェイに殺害させる事はできるだろ。その場合は共謀ということになるが、わざわざハンナが一緒に現場に出向いているとは考えにくい。自分が殺しを指示したとハンナが認めるか、実行犯となるジェイが指示されてやった事だと吐くか、或いは殺害を指示した証拠がスマートフォンなんかに残ってるか…それぐらいでしかハンナを有罪にする事は出来ないだろうな。…とするとだ。ジェイが口をつぐみハンナがシラを切れば、何にせよ女の方は証拠不十分で罪に問えない。』全て可能性の話ではあるが、ジェイが彼女の関与を認めない以上、真実がどうであれハンナを有罪にするのはかなり難しいだろうと自論を述べて。 )
( 静かに紡がれていく可能性の話を最後迄聞き、一度頷きを落とす。仮にジェイがハンナの関与を認めたとしても彼女が否定し証拠が無ければそれはただの虚言となる訳で、相手の言う通り彼女を有罪にするのは余程の事が無い限り極めて難しい状況だろう。「……出来る事は全てやりますが、それで証拠が上がらないのなら…__一先ずジェイを逮捕します。」悔しさを滲ませたまま言葉を切り先ずは目前の男を、と相手と共に取調べ室へと戻り。ジェイに逮捕を告げ再び話を聞く為ハンナに会うが彼女の証言は変わらなかった。リリーの妊娠の事は知らなかったを繰り返し、ジェイが犯行を認めた事を話しても一切関与はしてないと。加えて疑いが晴れるならと、渋々ながらにも携帯とスニーカーの提出にも応じてくれて、その靴裏から遺体発見現場の土砂の成分は発見されず、携帯の全てのデータからも今回の事件に関与している様な証拠は見付ける事が出来なかった。__結果的にリリー殺害事件はジェイの単独犯と言う事で無事解決した訳なのだが。__「お疲れ様です。ありがとうございました。」お礼と共にダンフォードに差し出したのは自販機で買った缶コーヒー。“もう一つの事件”が解決していない以上、マグカップでコーヒーを淹れるなんてとてもじゃないが出来ない。自分の分のカフェラテの缶を両手で包みプルタブを見詰めながら「…動機は何なんでしょう、」と呟く。突拍子も無いその言葉だが、解決した以上リリー事件の話をしている訳では無いと言う事は伝わるだろう )
ルイス・ダンフォード
( 結果的にジェイの単独犯と言うことで事件にはかたが付いた。労いの言葉と共に渡された缶コーヒーに礼を言って受け取るのだが、それが“自販機で購入した飲み物”である事が今の相手にとっては意味がある事なのだろう。プルタブを開けて中身を呷りつつ相手の呟きに視線を向ける。今回の事件に関してではなく、エバンズの事を言っているのは間違いない。『…あいつは不器用で誤解されやすい。その所為で昔から、周りからの恨みを買いやすかった。あの性格だ、言葉はキツいし一切友好的じゃない。なのに同年代の中では出世頭で、顔も稼ぎも良いだろ?』冗談を交えつつ、一方的に妬みや恨みを買いやすい奴なのだと。しかしその後少しばかり真剣な表情になると手元へと視線を落とす。『ただなぁ、…時々あいつが、自分から周囲に恨まれるように仕向けてるんじゃないかと思うことがあるんだよ。仕事内でのいざこざなんてのはあいつは一切気にしてないから良いんだが、“あの事件”が絡んだ時だ。あれは、あいつが1人で背負うような規模の話じゃない。なのに、あることないこと言われても言い返す事もせず、周囲から恨まれる事が過去への償いかのような顔をして受け入れる。それが俺は気に食わねぇ。』あの一件での誹謗中傷を全て受け入れ、周囲から許される事を自ら避けているかのような彼の態度はどうしても納得がいかないのだと告げて。『動機が何かはまだ分からんが、例の事件絡みじゃなければ良いとは思っちまうな。…ただ、明確な殺意があったのは間違いない。あいつがこれまでに担当した事件関係の恨みか、計画が頓挫した犯罪組織かなんかのターゲットにされたか…考えられる動機自体はそう多くは無さそうだが、絞るのは骨が折れそうだ。』現時点では何故エバンズが標的となり命の危険に晒されたのかは憶測にしかならないと肩を竦めて。 )
( 相手が紡いだ冗談には顔を上げ小さくはにかんで見せる。そうしてエバンズが此処に赴任して来た時を思い出す。__署員達からは“本部から来たエリート様”と呼ばれ、当時彼の纏う威圧感や冷たさから好んで近付く者は疎か、必要な仕事の話ですら行きたがらない人が多かった。皆が萎縮し暫くの間は刑事課フロアに何とも言えない重たい空気が漂っていたように思う。“エバンズの顔が良い”と初めて思ったのは確か【ソフィア】が彼にアプローチをした時だ。あの時“カッコイイ”と言ったソフィアの言葉で確かにエバンズは整った顔立ちをしている、と気が付いたのだ。__何だか最近の様な気もするし、もっともっとずっと昔の様な気もする過去に何故かわからないが目頭が熱くなり、一度相手から視線を落とし再び缶を見詰めるも、ふ、と相手の言葉に真剣な色が滲んだのに気が付き顔を上げる。相手が言う“あの事件”とは間違い無く“アナンデール事件”の事だ。そうして相手が感じる“気に食わなさ”を己もまた同じ様に感じる事が多々あるのだ。「…エバンズさんは何時だって自分を守らない…。本当は痛い癖に、苦しい癖に、…そう言う…“負の感情”全部に蓋をして……悪夢に魘される度に薬を飲んで、それで、っ…エバンズさんだって“遺族”なのに、悪いのはあの時の犯人だけなのに…!」相手が紡ぐ言葉に心が引っ張られたか、思わず言葉の端々が震える気持ちが溢れ出した。もう苦しんで欲しくないのに、痛みから遠い所に心を置いて欲しいのに。“助けて”と口にする事すら躊躇うエバンズは一体何時になれば救われるのか。一体何時になれば彼を“悪”だと言う人達は居なくなるのか。缶を強く握る事で昂った感情を落ち着かせようと努め、深く息を吐き出してから「……もし犯人の動機が“あの事件”に関係しているなら、エバンズさんには伏せたいです。…知ったら、また苦しむ事になる。エバンズさんを狙った訳じゃなくて“誰でも良かった”って…そう、嘘を、」瞳に宿るそれは懇願。その嘘がバレずに時が経つ事なんてほぼ不可能なのに、わかってはいるが、そう願わずにはいられないのだ )
ルイス・ダンフォード
( 自分の些細な冗談に、相手が過去へと想いを馳せた事は知る由もなく相手へと視線を向ける。どうやら自分が抱いていたのと同じような“気に食わなさ”を相手もとうに感じていたらしい。『…あいつは生真面目が過ぎるんだ。その上不器用で人に頼るのが苦手で_____全てを背負う必要なんて元から無かった。弱音を吐いても、傷付いている事を叫んでも良かった。なのに誰にも弱い自分を見せようとしない見栄っ張りだ。手の掛かる困った奴だよ、』彼が傷つく度に、それを外に出すまいと必死に自分の中に押し留めようとする様子を見る度に、どうしようもないやるせなさを感じるのだ。もっと楽に生きて良いと、抱え込もうとしているものを吐き出して良いと言ってやらないと潰れてしまいそうで。冷たい表情を浮かべ凛と立っている彼の中に、今にも押し潰されそうな不安な顔をした少年のような姿を見るのだ。だからこそ、平気で彼を傷付けようとする存在が、今回の事件のように見当違いな恨みを一方的に抱いているのであろう人物のやり口が許せない。『……嘘で真実を隠し通すのは難しい。今は犯人の動機がなんだったのか、毒を盛ることができた人物の特定に集中しねぇとな。』相手の懇願に対してそう言葉を掛けて。---スマートフォンが着信を知らせたのはその時だった。成分の解析を依頼していた鑑識官からの電話で、すぐにボタンを押して電話に出ると相手に紙とペンを要求する。詳しい成分はメールに添付したが、毒物が検出されたと。反応が出たのは主にマグカップの飲み口、底にも成分が残っていたが数時間で死に至るような所謂“猛毒”ではない。検出された毒によって殺害を企てたのだとすれば、少なくとも10日以上掛け体内に蓄積する毒物が致死量に達するのを待つという地道な方法になると。“仮にこの毒を毎日同じ量、結果的に致死量近くまで飲んだとすれば最終段階では痙攣やせん妄、呼吸困難などの明らかに異常な症状が出る筈だ。病院にかかる事もなく突然倒れたなら、かなり周到に摂取させる量を調整していた可能性はあるな”と電話の向こうで鑑識官は見立てを伝えて。 )
( 相手が語るそれらは全て真っ直ぐにエバンズを見て確りと心を向けている事が現れているもの。彼は今尚過去に苦しみ、癒える事の無い痛みを抱え生き続けて居るものの、相手の様な存在は彼に絡み付く闇に光を注ぎ、確かな温もりで以て守っているのだろうと感じる。だからこそ「__何時かエバンズさんの抱える痛みが消える事を願ってます。0にはならなくても、僅かでも薄れれば、…その為なら私は何だってするし、例え嫌がられても病院にだって連れて行きます。」前半は確かな意志の籠る言葉で、最後は何かと理由を付けては病院・医師から逃げ回る彼を思い出し少しだけはにかみを交えつつ「…絶対、口煩い生意気な部下だって思われてるでしょうけど。」と、笑みのまま締め。無理だとわかっていた懇願は、矢張り通す事は出来なかった。犯人に嘘の動機を述べさせる事も、供述を書き換える事も、何もかもが出来ない中当たり前と言えば当たり前なのだ。彼を守る為の嘘を並べるより、今やらなくてはいけない事がまだある。相手の言葉に大きく頷いたその時、ふいに相手のスマートフォンが着信音を鳴らし続いた会話で電話の相手が鑑識官なのだとわかれば、要求通りに紙とペンを渡しその内容を見守り。__数十分後、鑑識官と話し終えた相手はその内容を口にした。矢張り毒の付着したマグカップを定期的に使った事が原因で、それには思わず視線が落ちるのだが兎に角犯人を特定しなければ。「署員なら怪しまれず此処に来る事は簡単な筈。…10日__念の為2週間前から遡った防犯カメラの映像を確認します。この部屋の入り口が映るカメラはフロアの角にあるやつだけなので、」例えどれだけの量があろうとも1日も早く、徹夜をしたって関係のありそうな、怪しそうな人達全てを洗ってみせると。後はどうかエバンズが無事に目を覚まして欲しいと願うばかりで )
ルイス・ダンフォード
( 昔から付き合いのある自分やジョーンズを除いて、あの事件以降誰に対しても固く閉ざされていた心が相手にだけは開いているような感覚は度々感じていた。そして今は、相手のような存在が彼のすぐ側に居る事に安堵と嬉しさを感じる。防犯カメラの映像を確認すると言った相手の言葉に頷き『皆が退勤した後に防犯カメラの映像を確認するぞ。エバンズの部屋を度々訪れている人間を絞り込む。犯人の目的がエバンズに毒を盛る事だけなら、目的を果たして早々に行方を眩ませる可能性もなくはない。なるべく早く尻尾を掴んで証拠を炙り出せ。』と、相手に指示して。---今はまだ知る由もないがダンフォードの見立て通り、総務課の男は退職の手続きを既に始めている段階だった。“急遽父親の体調が悪化し介護のため地元に帰ることになった”と課の上司に報告し、既に派遣会社からは新しい人材を送る事で話は着いていて。 )
わかりました。警視正には事情を話し、許可を貰っておきます。
( 署員達が全員帰宅した後となれば夜も遅く、加えて朝方まで監視カメラ映像と睨めっこ状態になる。特別大きな問題に繋がる事は無いがその根本的な理由を知る警視正には一声掛けておくべきかと。同時に相手からの指示は何処かエバンズを彷彿させた。声が似ている訳でも口調が似ている訳でも無い筈なのだが、微妙な点に置いて似ていると思うのは矢張り新人だった頃のエバンズを育てたのが相手だったからなのか。__窓の外がだんだんと薄暗くなりつつあるものの、署員達が退勤する時間にはまだ早い。壁に掛かる時計を一瞥し、相手へと視線を戻しては「…エバンズさんは集中治療室から出られたでしょうか。」と、口を開く。勿論己とずっと共に捜査をしていた相手が今のエバンズの状況をわかる筈は無いと思うが、矢張り気掛かりなのだ。「…意識が戻って通常の病室に移動になれば、きっと医師から連絡があるだろうし、それに何も解決してない状態じゃ行ったって余計に不安にさせるだけですよね。」続けた言葉の数々は“彼の傍に行きたい”と願いつつも、それを抑え込む為の言わば自分自身に対する言い聞かせ。気ばかりが焦る中で「皆が退勤する迄の間、何か出来る事は無いでしょうか。」と、問い掛けて )
ルイス・ダンフォード
( 刑事課のフロアに居る皆の退勤を待たずとも、何かと理由を付けて監視カメラの映像を取り出す事はできるのだが普段と違う行動に些細な疑念を抱いた者から憶測や噂が広がるのはよくある事。今回はエバンズの一件を誰にも察されたくないため、敢えて夜を待ってから行動する事を選んだのだ。エバンズの執務室で別の書類に目を通しながら、心ここに在らずといった状態の相手に視線を向ける。『病院から連絡がねぇからな、まだ目を覚ましてないんだろ。ここに居たって状況が分からなくてヤキモキするだけだ。お嬢ちゃんが見舞いに行ってやれば良い、追うべき事件は解決したんだ。』相手が自分に言い聞かせるようにして蓋をしようとしていた気持ちをいとも容易く肯定すると、病院に行ってみろと助言する。『あいつの顔を見て、医者に容態を聞いてきてくれ。』と明確な目的を相手に与えるためにそう告げて。 )
( 夜までの間、リリーの事件の報告書を書き上げる事も出来たのだが解決した以上心を占めるのはエバンズの事で。ヤキモキしている己の心を汲み取り何の迷いも無くさもそれが今出来る唯一だ、とでも言わんばかりの淀みない指示が来れば思わず一度瞬き。「…あ、」薄く開いた唇の隙間を縫って出た小さな音は「ありがとうございます!」に続いた。「先に警視正に防犯カメラの事を伝えてから行きます。夜__18時までには戻ります。」深く頭を下げてから執務室を出てノートパソコンの入った鞄を片手に刑事課フロアを出れば先ずは警視正の部屋へ。映像の話をすれば彼はダンフォードが考えた時間帯が適切だろうと頷き、これで誰にも怪しまれず監視カメラの件は解決出来そうだと。__エバンズの入院する病院までは車で数十分。入口を抜けて入院患者の居る病棟までエレベーターで上がり、そこにあるナースステーションの前で医師と遭遇すれば「あの、」と呼び止めた後。「アルバート・エバンズさんのお見舞いに来たんですけど、もう集中治療室から出られましたか?」と問い掛けて )
( 相手に呼び止められた医師は、相手の口から出た名前に『アルバート・エバンズさんですね。未だ目は覚ましていませんが、容態は少しずつ安定してきています。つい先ほど一般病棟に移る許可が降りて移動された筈ですよ。』と答えて。集中治療室での対応が必要な重篤な状態は脱したものの、まだ意識は戻っていないという。医師はつい先ほど移ったばかりだという病棟の部屋番号を伝えると、軽く頭を下げて廊下を歩いて行き。---エバンズが移されたという病室は上の階にある個室だった。ちょうど看護師が機械や点滴の調整を行っており、扉が開く音に顔を上げると優しく会釈して。『こんにちは。少しずつ容態も落ち着いてきましたよ。中毒症状はだいぶ改善されて数値も戻ってきましたし、喉の炎症も落ち着いています。』相手を安心させるように告げると、ベッドで眠るエバンズに視線を向けて。未だに酸素マスクと点滴は外れていないものの、倒れた時と比べると顔色の悪さは軽減していると言えよう。『…あの、意識が戻っていなくても、感覚は働いていると言われてるんです。声だったり、手に触れる感触だったり、きっと伝わっているので声を掛けてあげてください。』まだ若い女性看護師は相手を恋人と思ったのか、そう言って少しはにかんだように微笑むとお辞儀をして部屋を出て行き。 )
( 意識は未だ戻っていないが、それでも一般病棟に移されたと言う事は命の危機は無く回復が見込めると言う事だろう。医師の言葉に余りに大きな安堵が胸中を渦巻き、思わず震えた息を吐き出せば深々と頭を下げ。__医師に教えられた番号の部屋には点滴と酸素マスクに繋がれながらもベッドの上で静かに眠るエバンズと、自分と同年代くらいだろうか、柔らかな雰囲気の女性看護師が居た。視線が重なり軽く会釈をすれば、彼女はその雰囲気と同じく柔らかく微笑み此方が望み続けた言葉をくれるものだから、思わず目頭が熱くなる。「良かったです、本当に。ありがとうございます。」沢山の安堵と、同じくらい沢山の感謝を乗せ今一度頭を下げベッドに歩み寄り。見下ろした相手は相変わらず白い顔をしているが、倒れる前の様な酷い顔色の悪さでは無い。酸素マスクが呼吸に合わせて白くなるのもまた確りと息をしている事の証明となる訳だから安堵を助長させ。_と、看護師に声を掛けられ顔を上げる。穏やかな、それでいて何処か可愛らしくも見える笑みで紡がれたのは所謂“希望”。再び相手を見、彼女へと視線を向け直しては、胸に灯った優しい温かさに同じくはにかむ様に笑い「…はい、」と、頷いてその背を見送り。__近くにあったパイプ椅子を引きベッドの脇に。それに腰を下ろし少しだけ距離の近くなった相手の片手を包み込む様に緩く握る。骨張った手の甲を親指の腹で優しく撫でながら「…エバンズさん、」と静かに名前を呼び、「今ね、ダンフォードさんが応援に来てくれてるの。だから何も心配しないで。」まるで起きている相手を前に話している様に、「エバンズさんを苦しめた犯人も必ず逮捕するから、…目が覚めたらまた一緒に仕事しようね。」ゆっくり、ゆっくり、語り掛けを )
( 目を閉じたままのエバンズが相手の言葉に反応を示す事こそなかったものの、温度の低い手の甲に柔らかな熱は感じただろうか。一定のリズムでマスクが曇っては小さな呼吸音が漏れる。当初は摂取した毒物がどれほど体内に溜まり異常を引き起こしていたかが分からなかった為、回復にどれくらいの時間を要するかは勿論、後遺症もなく回復できるのかも見通しが立たない状態だった。しかし幸いにも回復が不能なほどに重篤な影響を受けた機能はなく、薬がしっかりと効果を発揮したこともあり、意識が戻り数値が全て正常なものに戻れば後遺症も残らず退院できる見通しが立っていて。---ダンフォードはエバンズの執務室で、相手の言葉を思い返していた。“もしもあの事件を動機にエバンズを狙ったのなら”。もし仮に犯人があの事件を理由にエバンズを狙ったのだとしたら、彼はまた受けるべきではない恨みを向けられて、必要のない苦しみを味わった事になる。あの事件を担当したばかりに。優秀だったからこそ選ばれた、それだけだった筈なのにその時の何気ない決定が一生彼に付き纏う絶望になってしまった。そんな事を考えて、まだあの事件が関わっていると決まった訳じゃないと暗い気持ちを追い遣って。 )
( __静かな語り掛けに対して相手は目を覚ます事も、手を握り返して来る事も、何か言葉を発する事も無かった。それでも“希望”はその光を失う事無く胸に宿り続けるものだから、それから暫くの間も事件の事、日常生活の些細な事、懐かしい過去の話などを語り。そうしている内に窓の外は薄暗くなりあっという間に時刻は17時を過ぎ。“今から戻ります。”と、ダンフォードにメッセージを送った後「…それじゃあエバンズさん、また来るからね。」椅子から立ち上がり握っていた相手の手を離す。その際、仄かな温もりが失われた事に少しだけ不安を感じたものの、次来る時は相手をこんな目に合わせた犯人逮捕の報告を持って来ると誓い病室を出て。__署に戻ったのは17時30分を過ぎた頃。刑事課のフロアにはまだ数名の署員は残っているが、此処を出た時よりは少なくなっている。フロア内をぐるりと見回しそこにダンフォードが居ない事を確認しては、“警部補執務室”の扉をノックし中へと入り。「戻りました。」何時もはエバンズが座るデスクに居る相手と視線が重なり、軽く頭を下げてから向かいのソファへ鞄と共に腰を下ろす。真っ直ぐに相手を見詰めた緑の虹彩には確かな安堵と喜びの入り交じる色が滲み「まだ意識は戻ってなかったんですけど、一般病棟に移る事は出来ました。容態も安定してきてるし、吐血を引き起こした喉の炎症も落ち着いてるって。…後は数値が完全に戻って、目を覚ませばきっと直ぐ退院出来る筈です。」医師と看護師から告げられた“希望”を余す事無く相手にも。最後の退院の話こそ言われた訳では無いが、願望として思わず言葉となり )
ルイス・ダンフォード
( 戻って来た相手の顔には先程までの翳りはなく、光を浮かべた瞳を向けて彼の様子を報告する様子に口角を緩めて。『そりゃあ良かった。一般病棟に移ったならひとまず安心だ。見舞いに行って良かっただろ、考え過ぎてネガティブになるより動いた方が良いんだ。』と言いつつ、『お嬢ちゃんは本当に感情が分かりやすいな。尻尾が着いてるみてぇだ、』と笑って。---署員たちが居なくなったのは20時を過ぎてからだった。普段であればもう少し残っている署員が数人いる事も珍しくないのだが、比較的忙しくない日だった事もあり数人で飲みに行く話が持ち上がったようだった。エバンズの執務室の扉が見える監視カメラのデータを取り出しパソコンに落とすと、2週間分の映像を相手と手分けして確認する地道な作業を始める。早送りで映像を見て、執務室が開くタイミングで映像を止め人物を確認する。時折マグカップを持ったエバンズ自身が部屋を出て行く様子も映っていたが、当然それが不調の原因などとは思いもしていなかっただろう。『_____こうして見ると本当にあいつは部屋から出てこねぇな、』23時を回った頃、伸びをしつつぼやくように告げたのは、彼の“引きこもり”具合について。時折出てくる事はあるものの圧倒的にフロアに姿を見せる回数が少ないと。『俺なんて暇がありゃフロアに出てる。急ぎで承認して欲しい仕事がある時に限っていねぇと言われる事もあるが、あいつはその心配は無さそうだな。』その後は出入りがあった人物の顔をデータベースの写真と照合し、名前と回数をカウントしていく作業が続き。 )
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