小説家 2018-11-29 01:25:00 |
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…(雪はいよいよ本格的に降り始め、身体の芯まで冷えるような寒さにもう少し厚着をして出てくるべきだったと思い乍白い息が宙に溶け。こうして一人で外に出るのはいつぶりだろうか、生憎の天気で殆どの人が家に戻っているのだろう、辺りに人影は殆どなく。相手の行く先に検討がつかず、その上普段から街を歩くことが少ないため店の位置関係も怪しい所、しばらく歩き回ったものの彼の姿を見つける事は出来ずに溜息をひとつ。此処を離れようと思い行くべき場所は駅だろうかとふと思い、既に彼が出て行ってから数時間が経っているため、これで見つからなければ屋敷に戻ろうと思い乍足を踏み出して。とさり、と差していた傘に積もった薄い雪が足元に落ちる。相手の傘を杖代わりに、ゆっくりとした、それでいて凛とした下駄の音が静かな街に響いていた。)
─、
(眠気を催すと、そのまま意識を預ける。ふと電車の音が聞こえハッと起き、立ち上がるが向かい側のホームの電車だった。一瞬で心臓が跳ね上がり、同時にどこかホッとした気持ちもあった。電車に乗ってしまえば、後戻りは出来ない、その事実が怖くもあった。時計を見ると、時刻まで30分程。睡眠自体は10分も眠っていなかった。一気に気疲れしたようで、落ち着けと一呼吸を大きく。学も地位も無い無一文の田舎者を拾ってくれた事が奇跡だったのかもしれない。あの頃の希望に満ち溢れていた自分がこんな姿をみてはきっと、悲しい顔をするだろう。内心、ごめんな、と一言吐露した、)
──…こんな所に居たのかい。(ようやく駅に着き、人気のないホームに上がると身体を縮こませるようにしてベンチに座る相手の姿。数時間ぶりに見た彼の姿に安堵が込み上げるのを押し隠し、ゆっくりと彼の側まで近寄った。反対の電車が駅を離れ、再び静寂が戻った駅に響く下駄の音、静かにそう声を掛けると差していた傘を少し傾げて相手の上に。数時間前、苛立ちを浮かべ鋭く彼を射抜いた冷たい瞳は、既に普段の穏やかさを取り戻していて静かに彼を見下ろした。)
─…せ、先生。…、
(電車が出発し路面を走る音がどんどん遠くなってく。不意に聞こえてきた声は、いつも聴き慣れているものでハッと頭をあげる。そこには、紛れも無い相手の姿。思わず表情も綻び駆け寄りたくなる衝動が芽生えるが、先程破門同様の扱いを受けた身、何を考えているんだと甘ったれた思考を取り払い、「…先程は、失礼な事を言ってしまい申し訳ありませんでした。先生が紡ぐ小説、とても大好きでした。場所は違えど、これからもその気持ちは変わりません。」と言葉を早々紡ぐ。彼が喋り出す前に喋ったのも、きっと相手の最後の言葉を聞くのが怖かったのだろう。最後の最後まで世話になりっぱなしだと自嘲的な笑みを零し乍も立ち上がり、一息を吐く。頭を深々と下げて、今までの思い出を脳裏に、お礼を言おう、)お見送りに来たのでしょうか…すみません、最後の最後までお世話を掛けてしまい。…今まで、ありがとうございました。
…愛想尽かしたってなら止めはしないけどね──迎えに来たんだ、お前さんが何処かでめそめそと泣いてるだろうと思ってさ。(一方的に紡がれた言葉、自分が突き付けた言葉のせいで彼を傷付けた事がその表情からも言葉からも手に取るようにわかった。ひと呼吸置き、あくまで相手の好きにして良いという選択肢を与えた上で自分が此処まで来た理由を話す。彼を見送りに来たのでは無く、迎えに来たのだと、この寒空の下できっと泣いているだろうと思って探しにきたのだと。片手に持っていた傘を少し決まりが悪そうに持ち直しつつ相手を見据えると、そう言って自分の非を認めて謝り。)…悪かったよ、さっきは言い過ぎた。
…迎えに来た、とは。……あ、愛想なんかつかしていません。逆です、先生が、僕に…!嗚呼、頭が追いつきません。僕は眠気のあまり夢でもみているのでしょうか。
(迎えにきたと言う相手の言葉がどうも理解出来ず、頭はより一層回転が悪くなる。破茶滅茶な返答順、腕を組み頭を傾げると一体全体どうなってるんだ、夢なのだろうかと唸る。しかし、冷たい風が頬をかする感触と目の前の相手の姿はまぎれもない現実で、落ち着けと深呼吸。身1つの自分に情けでも掛けてくれているのだろうか、未だに疑心暗鬼な気持ちも正直在る。落ち着きを取り戻し、真っ直ぐに見つめては、「…先生が謝る必要はありません。…僕からも言わせて下さい、…先生が、もし情けではなく、本心でそう望むのであれば、またお側でお世話させて頂けないでしょうか。」と一言。懐に手を添え、煙草の箱を服越しにきゅ、と握り乍、)
──嗚呼、戻っておいで。(相手は初め自分の言葉を理解できなかったようだったが、やがて自分の言葉の意味が分かったようで目を見開いた。此方を真っ直ぐに見つめて側に居たいと、愛想も尽かさずに世話役を買って出る相手に、やはり相当の物好きだと思い乍も頷いてそう答え。気を張っていて少し疲れたのか安堵と共に一度彼の座っていた隣の椅子に腰掛けると息を吐く。彼との蟠りは解消された、しかし自身のスランプは継続している。憂いを帯びた瞳を地面に落とし一人抱えていた思いを相手に吐き出しつつも、この寒空の下あまり長居をすべきではないだろう、早く帰った方が良さそうだと相手に傘を渡しつつも、怒られるのは目に見えていたが、一本要求を。)……終ぞ一文字も書けなくなっちまった、…私ももう歳だ、小説家としての寿命かと思うと、怖くて堪らない。──…煙草、持ってるかい。
─はい!有難う御座います。
(相手の言葉に表情は明るく、同時に見える景色さえも色が付いたようで、先程までには酷なだけであった雪も白く綺麗な景色へと早変わり。差し出された傘を受け取り乍、隣では未だにどこか不安げで悲しげな様子の相手。スランプ、という事実と向き合えば向き合う程に余計に不安を煽ってくるのであろう。生憎、自分には助言が出来る程の学も技量も無い。出来る事と言えば、ただ一つ。残り1本しかないタバコの箱は、今だけはそう伝えずに、「…すみません、さっき全て吸ってしまいまして。家にはきっと、先生の事だから隠し持っているのがあるのでしょう?僕は暖かいご飯を用意しますので、先生も暖かいお部屋で一服されて下さい。」と。立ち上がり、手を引いて戻って来ることを許してくれた先生、今度は自ら手を差し出し帰りましょう、と帰路を示した、)
お前さんも吸うようになったのかい。──仕方ない、帰るよ。(煙草の要求は彼が吸ってしまった事によって却下され、相手が煙草を吸ったという事実に驚いたように視線を向けつつ、どうやら箪笥に隠し持っている事も気付かれていたらしい。見透されていたのがなんだか癪で、溜息を吐き乍立ち上がり。同時に自分の弱音に対して同情の言葉をかけてこない事にどこか安堵しつつ、相手に差し出された手は当然気恥ずかしくて取らなかったが、それでいて先に行ってしまうこともなく相手と歩調を合わせて屋敷への帰路に着き。吐き出した白い息が広がるのを見ながら、相手とこうして歩くのなどいつぶりだろうかと考えて。)
先生がいつも美味しそうに吸っているのでどんなものかと思ったのですが、百害あって一利なしとは良く言ったものです、体現しているような味でした。
(立ち上がった相手は手を取る事なく、隣を歩き始めた。いつもの先生の様子に戻ったようで、小さく笑い乍タバコの味を思い出す。一時の迷いと好奇心で手をつけた其れは、今後再び味わう事はないだろう味で。今はそう縛りのない本数も行く行くは制限するべきだろうと内心思案。屋敷へと帰る途中、商店を歩いてると出来合い品の良い匂いがしてきた。立ち止まり、隣を見ると「夜ご飯の仕込みは出来ていないので、ご要望があるなら買い出しに行きますがどうしましょう?」と尋ねてみて、)
…特段美味しい物じゃないけれど、無性に身体を煙で満たしたくなる事があるんだよ。気持ちを落ち着かせるのにも良い、話を書くときには手離せない。(煙草の良さが分からないとはまだお子様だとでも言いたげにそう告げて。相手の言うようの百害は有れども健康に関して利をもたらす事はないだろうが、若い頃から吸っているもの。今更やめろと言われた所で辞められるはずもない。相手の提案に暫し悩む様子を見せる。珍しく腹は減っているが、もともと食事にはあまり興味がない、食べたいものと言われてもこれといって思い浮かばないようで。惣菜を買って帰るのも良いが一軒だけ、近くに贔屓にしている料亭がある、相手が来る前は食事を用意するのも億劫で、よく顔を出していた。重要な打ち合わせやもてなすべき人物と食事をする時などは使っていたが相手を連れて行った事は無かったため、そこに連れて行ってやろうかと思いつき。)──昔から贔屓にしている良い店がある、行くかい。
先生の、大事なお供なんですね。(相手の生活の身の回りにあるものは全て替の効かないもの。煙草も然り、今ばかりは煙草の本数について釘をさす事もせずに小さく笑って。次の問いに、ハッとしたように慌てて、「え、あ、すみません。催促をしたように感じましたよね、」と謝罪。以前自分が来る前は外食もしていたと聞いたことがある。お世話役として働き始め、機会はなくなったが先生が好む味というのは興味があるのも正直なところ。しかし、寒空の下、これ以上身体をさらす訳にもいかない、「…先生がそう仰るとは、少しばかり興味もありますが寒い中歩いて疲れたでしょう。また今度の機会で大丈夫ですよ、風邪を引く前に帰って体を温めなければ。」と。)
戻ってから作るんじゃあ大変だと思って。外食は今度にするとして私はまだ食べられていない筑前煮を食べるから、夕食の準備は構わないよ。早く戻ってゆっくりしよう。(戻ってからまた夕食を作るのでは相手の負担が大きいかと思い外食を提案したが、正直なところ早く屋敷に戻ってゆっくりと身体を休めたかったのは事実。にも関わらず急に外食をと思い立ったのは、相手に楽をさせたいと思った事に加えて今は小説に向き合いたくなかったからかもしれない。相手が次の機会にと言ってくれたために屋敷へと足を進め乍、戻ったらまだひと口しか食べられていない筑前煮を食べるから買い出しは要らないと告げ。随分と身体が冷えてしまったが、自分よりも長く外にいた相手の方が冷え切っているはず、玄関の戸を開けると傘を置き乍不意に相手の頬に手を添え「食事よりも先に湯に入って身体を温めた方が良い、すっかり冷えてる。」と言いながら雪を払って。)
…嗚呼、筑前煮。食べてくれたんですね。では、お言葉に甘えて、今日は先生と一緒にゆっくりさせて頂きます。
(昼ごはんの献立は伝えた覚えはない、きっと家を出た後に摘んでくれたのであろう。ほっと一安心、口元緩ませ笑って。頬に伝う細い指は体温こそは冷たいが優しい手つきには不思議と温かみを感じる。雪を払って貰い、ありがとうございますと礼を、午前中に掃除は済ませておいたのでお湯を張るだけで充分かと「では、すぐにお風呂の準備だけ済ませますね。お湯がはれたら、またお呼びします。それまでは、どうぞゆっくり休んでいて下さい。」と扉を開け、居間を示す。屋敷に入ると、早々に台所へ寄りやかんでお湯を沸かし始めた。その後、お風呂に支度を、)
(相手に促され、居間へと向かうと腰を下ろし溜息をひとつ。新しい煙草の箱を開け、火を点けるとまた煙を吐き出す。不安な事がある時、苛々している時、無性にこの煙を欲するのはどういう訳だろうか。湯を張る水の音が聴こえていたが、一人になると再び思考は小説の方へと。相手が戻るのを待ちながら、元々酒には弱い質だが今日は深酒でもしてしまおうかと、また相手から叱られそうなことを考えつつ。)
…、
(お湯が張れるのを待つ間は再び台所へ戻る。丁度良く湧き上がったお湯、いつも使い慣れた湯呑みを2つ取り出し手慣れた手つきで緑茶を淹れる。そういえば、以前自宅で取材を受けた際に記者から手土産を頂いた事を思い出す。生憎、先生の体調も悪く開封する暇はなかったが、晩飯まで時間はある。風呂に入る前に、糖分だけでも取っておかせようと箱を開封し、つぶあんの小さな饅頭と一緒に「はい、熱いので気を付けて下さいね。」と卓上に2人分の茶菓子、)20分程でお湯は貼れると思います、それまでゆっくりされて下さい。
…嗚呼、ありがとう。(ふと我に返ると相手が湯呑みと饅頭を手に居間に戻ってきた所。そう答えつつ湯呑みを手にすると熱い茶を啜り。冷えた身体を内側から温めてくれるようで落ち着いたようにひと息吐きつつ、湯が沸いたら先に入るように告げ乍もずっと駅にいたのだろうかと尋ねて。)私より長く外に居たんだから、湯が沸いたら先に浸かっておいで──お前さん、此処を出てからずっと彼処に座って居たのかい?
い、いえ、家主の先生より先に1番風呂を頂くなんて、恐れ多いです。(隣に鎮座し、冷えた手先で湯呑みを包み温める。一口、啜ると身に染み、ほっと一息を履いた。相手からの申し出に、目を丸く、申し訳ないですと手を横に振りながら「お気遣いありがとうございます、」と微笑んだ。問いに、「はい、お恥ずかしながら。…当たり前ですが、僕の目の前に何本も電車が来るんです。なのに、一歩が踏み出せず、…一体、何本の電車を見送ったでしょうか。」と。思い返せば不思議な光景だっであろう、どうりで駅員からの目線を感じる訳だ、やけに1日が早く過ぎたようで微笑みは苦笑いへと、)
…そうかい、そう言うなら先に貰うけど冷えないようにしておきなさいよ。(相手はいつも自分優先でそんなに遠慮をしなくて良いのにとも思うが、そう言ってくれるならば先に入らせて貰おうと。ただし自分が先に入る間も冷えないように茶を飲んだりしつつ身体を温めるようにと伝えて。饅頭を1つ口に入れ乍相手の言葉を聞き、彼が電車に乗ってしまわなくて本当に良かったと。追い出しておきながら、彼が電車に乗ってしまっていたらきっとこの先会うことは無かっただろうと思い、相手を追い出すに至った言い訳こそせずとも相手が今隣に居てくれる事に安堵している自分が居て。)
はい、分かりました。…美味しいですね。このお饅頭は、粒餡でしょうか。お茶も相まって、疲れた体に沁みますね。
(先生は自分を追い出した後も原稿に没頭していたのだろうか、尋ねたい気持ちもあるが今だけは心に留めておく。一口啜った緑茶は体の芯までを温めてくれる。それに加えて甘味が疲れた体を癒し、頬を緩め笑ってみせ。指先もだいぶ温まり、感覚を取り戻して来る。「だいぶ体も温まりました、ほら。」と適度に熱を持った手で相手の手を包み温めて、)
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