若き将校 2018-03-28 22:31:14 |
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(薄い扉の向こうから返答は無く、いつもの事ながら何かに頭を悩ませているのか揶揄いあえて返事をしないのか、はたまた昨日と同様眠りについてしまっているのか、脳内に浮かぶ想像は一抹の不安無い平和な物だらけで。土産として用意したのは随分前に酒を飲みに行った店の和菓子、喜ぶ顔が見たいと奮発した紙箱を片手に病室を開き。ーー臙脂色に染まった病室に親友の姿は無く、無機質な病室に不釣り合いな軍服は大きな存在感を放ち、その上に無造作に置かれた紙を見つめて片手に持つ土産は床の上へと。一瞬にして心臓が凍ってしまったような途轍も無い息苦しさに襲われ震える腕で紙ごと服を掴むと衝動に駆られるまま院内を駆け巡り、また院外を靴底がすり減る程探し回り。其処で漸く彼が姿を消してしまったのだと理解し難い思考に至れば服を掴んだままその場に崩れて途方も無い哀しみに打ち拉がり。)
畏まりました!それでは探し回り要約の思いで再会を果たす事としますね!
(遠くなる病院の建物、この場所から軍の基地は見えないが車窓からぼんやりと見上げた深い臙脂色に染まった空に、光に反射して輝きを放ちながら滑るように空を駆ける機体を瞳に移せば、昼間からまるで麻痺したように何も感じていなかった心が急に激しい感情の波に襲われて。抑える事も出来ない嗚咽を漏らしながら涙を流し、顔を覆う。しかし心を抉るような深い悲しみを受け止めてくれる親友はもう居ない、自ら彼を置き去りにして来てしまったのだから。ーー辺りが藍色に包まれた頃、車を降りて汽車へと乗り込めば車窓を流れて行く暗い木々を眺めつつ、やがて全てを失ったその男は乗客の誰も降りぬような山奥の小さな駅へと降り立てば、後ろを振り返ることもなく、一人ひっそりとした療養所へとその姿を消して。月明かりに照らされた木々に風の音だけが響く、星の瞬く夜の事ーーー…)
ーーー前編 完結ーーーー
本当にお付き合い頂いてありがとうございます。
既に切なさMAXですが、これにて前編は完結とさせていただきます。
後編もぜひぜひ、よろしくお願いします。
此方こそお付き合い有難う御座いました!あれからもう一ヶ月が経っていると思うと時間の経つ早さに驚きいっぱいです、灯夜さんの全盛期に触れる事が出来て良かっです、本当に有難う御座います!
後編開始は直ぐに療養所を見つけた辺りで宜しいですか?それとも、何か、許嫁との会話など挟みますか?
同じ気持ちです、お相手を総一郎さんにお願いできて本当に良かったです!
後編もシリアスの連続な重すぎる感じではなくて、2人でのんびりと過ごしたり散歩に出掛けたり、後は前編に比べて甘め要素も入れつつまた少しずつ進めて行けたらと思っております!
療養所を見つけたところからでも良いかと思って居ましたが許嫁との会話など簡単に挟むのも面白そうですね!!
ものすごく悩みます…どちらでも此方としては構わないので、お好きな方で進めて頂いてもよろしいでしょうか。
畏まりました、のんびりと残りの二人の人生を紡いで生きましょう!
それでは、やはり千鶴さんの事が少々気に病みますので簡単にお話ししようかと思います。場面としては、灯夜さんが姿を消してから丁度半年が過ぎ頃にしますね!
(彼が姿を消してから数週間後、日本は戦火に包まれ争いの歴史に爪痕を残す事となり何千と国民を失い壮大な敗北となって終焉を迎え。ーーそこからまた数ヶ月後の事。親友の許嫁が働いていた店の前へと訪れたのは左半身に重度の火傷を負い包帯に包まれた男の姿であり、幾度と使用したせいか既に馴染んだ松葉杖と当時と変わらぬシャツとズボンといったスタイルで荒んだ街を背にして。許嫁が解消されたとは把握していないが、姿を消したぐらいなのだから彼女にも何らかの連絡を入れてあるとは大方予想が付いており、緊張した面持ちで消息の確認がてらかつての味を思い出そうと)ーーー総一郎だ、あいつの、灯夜の友人であった。まだこの店は現役だろうか。
ありがとうございます!
時系列も了解です!
ーー…まさか、総一郎様…!
(激しい戦争に被害を受けた店がようやく少しずつ営業を再開したのは一ヶ月ほど前の事。女給も減りまだ以前のように客は多くはないため、ドアの開く音に店先へと出れば姿こそ変われどかつて話に花を咲かせた、許婚の親友の姿があり思わず驚いたように口元を覆って。忘れてしまおうとした過去、あの日許婚だった彼からは軍隊を辞める事になった旨と、迷惑を掛けるので急ではあるが婚約を解消して欲しいというだけの事務的な電話が掛かってきた。状況を理解できないままに、父は怒り、自分は彼に捨てられたのだと嘆いた。懐かしい顔にかつての明るい笑顔はないが、彼がこの戦争下無事だっただけで十分だと目に涙を浮かべて駆け寄って)
御無事で、本当に良かったーー!
(店が変わらず営業しているという事、彼女が無事であるという事に安堵し懐かしい声色に少しばかり緊張が解けたようで昔程の明るさが無くなってしまったのは無理も無いと駆け寄る彼女を見下ろして穏やかな微笑みを浮かべ、軽い会釈を。無事とはいえ前回に引き続き見っともない姿での再会に笑いを取ろうと自虐気味に肩を竦めて今度ばかりは手土産を渡すべく松葉杖に括り付けた風呂敷を解き最近日本に入ってきたばかりの洋菓子を差し出し。)千鶴さんも無事で何より、やっぱり目の保養が無いと街も活気付かないだろうよ。ーーその後は元気でやってるか?
ーーまあ、綺麗なお菓子…!お気遣い頂いて。
ええ、…暫くはお店に出られなかったんですけど、あまり落ち込んでばかりでもしょうがないから。
総一郎様も、本当にお疲れ様でした…早くお怪我を治して、これからはゆっくりお休みになって下さいね。もう暫くはお仕事もないんでしょう?
(少し寂しそうに微笑みながらもそう答えると膝の上に重ねた手を見つめ、重度の火傷を負っている相手に悲しそうにそう告げて。椅子を引き座るように促しつつ、戦争が終わった今は軍の仕事はなくゆっくりと休暇を取れるのではないかとそう言って。相手の姿から思い出すのは、やはり許婚だった彼が自分に会わせる為に親友を連れてきてくれたあの日の事。もうじきあれから1年近く経ってしまうのかと過去に思いを馳せて)
仕事が無いも何も、もう俺達の様な兵士は必要とされなくなったからな軍も警察予備隊とか、そんなものに変わるとか。(ご好意に甘え椅子に座らせてもらう事とし一息つき。軍を辞めるか引き続き名も役割も変わる法制度に則って次の人生に進むかはまだ決断や試行錯誤にも至らない上の空で、どんどんと新しい風を受けて変わって行く世の中に取り残された様な気分でありぽつりぽつりと語り始め。悲しそうな横顔を見つめつつ互いに胸の内に引っかかる存在は同じ者であると苦笑いを浮かべて)大変だったろう、色々と。
激動の時代の波に、まだついて行けません。
暫くは何も考えず、退屈過ぎるほどに休養をお取りになった方が良いと思います…戦火の中で身体だけではなくて、心も傷付いてしまっているはずですもの。
(まだ全く時代が動いている波について行けないと困ったように苦笑して。相手には休養が必要だとその姿を見ればわかる、念を押すようにそう告げて。相手の言葉に顔を上げると彼の事を言っているのだと分かり少し困ったように微笑んで今の思いを告げて)ーー正直、まだ実感が湧きません。何故急に、婚約を破棄して居なくなってしまわれたのか…決められた結婚とは言え、私は灯夜様の事をお慕いしていたんです。…あの日電話越しにお聞きした声は、すごく冷静で、全く気持ちが読めなくてーー灯夜様ではないみたいで少し、怖かった。
(心身共々傷付いていると図星を突かれ、温かな優しさが今は塩水となって傷口へチクチクした痛みに代わりに苦笑して静かに頷いてみせ。矢張り病気の事は告げていなかったようで何も知らない彼女を憐れみつつ、彼なりの配慮から彼女を手放したのだと汲み取れば今更病に侵されたからとは言えずに静かに耳を傾けて、全てを聞き終われば少し間を開けたのち唇を開いて)ーー俺にも勝手に消えてった理由は正直あまりよく分からないな。まあでも、何かしらの理由があったんだろう、俺らに言えないような何かが。まああいつは勿体無い事をしたな、こんなに別嬪なのに。
ーー今はただ、何処にいらっしゃるにしても灯夜様が幸せである事を願うばかりです。
(相手の言葉に小さく頷き、やはり相手も何も知らされず彼だけが姿を消したのだと改めて思えば、あの時の生活を捨ててまで選んだ道を一人歩みながら幸せになっていれば良いと、彼が病に侵されているなどと考えにも浮かばずに純粋な気持ちでそんな事を考えて。少しはにかんだように微笑みつつ、気付いてはいない様子だが相手も大層人気があるのだと伝えて。)…嫌だわ、総一郎様こそ皆の憧れの的です。灯夜様とお話している時の笑顔を見た女給の一人も、明るくてお優しくて、凄く素敵な方だって言っていたもの。
そうだな、幸せであれば。…それで。
(純粋無垢な言葉に心底心が綺麗なのだろうと何だか心が折れ洗われるようでくつくつと軽く笑いながら、彼が今何を想いどこにいるのかを頭の片隅でぼんやりと考えて。まさか自身にも返ってくるとは思わず一瞬何の事だと小首を傾げるが、直ぐに察すれば此処は乗っかってやろうと片方の口の端を上げて)ははッ、憧れの的は言い過ぎだが強ち間違いでは無いな、松葉杖さえ無けりゃ今頃両手に花だったかもな、俺も惜しい事をした
…ふふ、相変わらず楽しい方。
ーーこれから、少しずつまた店を立て直そうと皆で話して居るんです。また、これからも遊びに来てください。
(相手の言葉に嬉しそうに笑いながらも否定する事はなく、相手ほどの男性であれば、相手さえ本気になれば直ぐに素敵な女性達に言い寄られるだろうと。また店を立て直す予定だと話せば、しばらく軍の仕事は無いと言った相手を見つめて、そう微笑んで)
勿論、また来る。何より無事で良かった、きっとあいつも喜ぶ。
(柔らかな目元を眺めながらしっかりと頷き、数週間後、はたまた数ヶ月後先になるかもしれないが誓いを立ててゆっくりと立ち上がり。そろそろ彼奴を探さな行かなければならない、手掛かりの一つも無い途方も無い暗がりに彼女は少しの光を与えてくれたような気がし、先々の不安はほんの少しの間揺らめいて消えてしまったようで。最後に今一度笑みを向けて)じゃあ、また。互いに強く生きよう、何があろうと折れてしまわないように。
…ええ、お約束します。総一郎様もどうかお身体はご自愛下さいね。ーー必ず、また直ぐにいらしてくださいね。
(相手が立ち上がるのを見て自分も立ち上がりながらじっと懇願するように相手を見つめて。きっとまた会えると強く信じながら少しずつ遠くなっていく相手の姿を見送り、その背中が見えなくなるまで手を振り続け)
(約束とは脆いものだが、彼と交わしたもの彼女と交わしたものはかならず守り抜きたいと心の中で強く願って最後で見つめるその眼差しを背に感じながら己は長い長い旅路へと。ーーーそれからまた半年、すっかり世も人も変わり果てた日本は警笛一つならずてんやわんやの大祭り。肉体に負った傷は完治したものの深い爪痕を残し未だに半身に刻まれて。随分長く街から街へ人から人へと渡り歩いた身体は以前よりも少しばかり背が伸び体格も良くなり。しかし心身の疲労は目元に皺を作り、薄っすらと髭も生えていて。辿り着いた先は山奥の療養所、探し人の名を看護師に告げて)
(軍を離れてから一年、戦況の悪化と敗戦、さまざまな事を経験する日本もこの山奥の静かな場所には縁遠い事のよう。毎日欠かさずに新聞を読みながら思うのは、相手は無事だろうか、何処でどうしているのだろうかということばかり。一人の病室は日当たりも良く静かで、過ごしやすい。一年の月日を掛けてじわじわと病が身体を蝕み、軍に居た頃と比べれば筋肉は落ち身体もだいぶ痩せてしまった。肉が落ち目元が僅かに窪んだのか、頰に影を落とす長い睫毛もまた以前よりもくっきりとその色を頰に落として。薄らと青みを感じるような透けるように真白な肌、唯一血色を感じさせる唇からは、定期的に空咳が溢れるようになってしまった。しかし軍に居た時と比べて圧倒的に身体を労わり安静にする事が出来ているため、一年といえどその病の進行は遅く。ーーその日、普段よりも少し体調が良く、日の当たるベッドに上半身だけを起こしたまま、ブラウスの上に温かいセーターを羽織り窓の外の新緑へと視線を向けて。長年各地を探し続けた相手に看護師は手元のカルテを見てその名前を確認し頷くとその部屋番号を伝え、どうぞ、と促して。彼はそんなことは知る由もなく、幾つか咳を溢したものの、窓を開けると気持ちの良い風が頬を撫で)ーーー鷺宮、灯夜様ですね……ええ、確かにいらっしゃいます。
(随分と長い時間がかかってしまったが漸く彼の存在を肯定付ける一言に頭頂部から足の先までに電流が落ちた感覚が襲い、一瞬心臓は脈を打つのを忘れてしまい全ての感覚器官が遮断されて看護師の言動のみが脳内へ。通路を歩く時でさえ足底が地面を踏みしめる感覚は無く、喜びとは別の浮き立つ思いで不安と期待胸に抱きながら指示された番号と同じ部屋の前で足を止め。アルバムに仕舞われた一枚の写真と共に機体を飛ばしたあの戦場で彼がこの場に居なくて良かったとどれ程思った事だろう、同時に彼が姿を消してしまった事に対してどれ程悲しみと憎しみを抱いた事か。遂に探し当てた扉の向こう側はまたものけの殻ならば最早諦めるしかないと最後の願いを戸を引く腕に込めて、音も立てずそっと運命の瞬間を迎えて。ーー眩い木漏れ日を全身に浴びる今にも折れてしまいそうな細い背、かつて細身でありつつ締りのあった肉体は肉が下げて骨と皮のようだがしっかりの伸びた背筋は彼のものであると語り掛ける。間違い無い、そう脳が判断を下した時には既に彼の身体を抱き締めていて。奥歯を噛み締めた唇からは投げ掛ける言葉が出てくる事は無く、ただ、ただ彼の存在を確かめ繋ぎ止めてい続けるように息苦しい程抱いて首を深く垂らさせ)
(不意に扉の開く音がすれば、もう薬の時間だろうかと窓の外から扉へと視線を向けて。しかしそこに居ると思われた看護師の姿はなく、代わりに立っていたのは姿こそ昔とは変われど見間違うはずのない親友の姿。ーーーまさか、そんな事があり得るだろうか。疲労の浮かぶ目元と髭の生えた彼の顔にはかつての明るい笑顔はなく、服から覗く左半身には痛々しいまでの火傷の痕が刻まれて。はっきりと視線が絡み合ったまま脳裏に蘇るのは軍を離れた時の臙脂色の空、胸が張り裂けんばかりの悲しみと、空を滑る機体。気付いた時には相手に身体を抱きしめられ、信じる事のできないこの状況に息をすることすら忘れたように何も声に出さず。二度と会えないだろうと思った、自分の事など憎み記憶から消し去って欲しいとさえ願った相手の確かな体温をその熱の薄い身体に感じ。窓際の棚に置いていたかつての二人の写真に眩しいまでの光が注ぎ静寂が部屋を支配する中、相手の存在を確かめる、ほんの囁くように小さな音が唇から溢れ落ち)ーーー…総、一郎……、?
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