ほのか 2018-02-25 17:46:31 |
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「さあね。『I’LL BE BACK』とか言ってたからターミネーターみたいにまた来るんじゃないの。」
”女医”はさらりと受け答えしたが内心は途方に暮れていた。当初の計画だった、病院の39番出入り口からのゾンビおびき寄せ作戦が失敗した上、日が明けて東から太陽が昇り始めて、今朝は昨日走ってきた西側に影が伸びているのだ。来た道を引き返すことは出来ない。建物に詳しい銀座の女に病棟へ引き返すルートを聞きたかったが、昨日走り疲れた銀座の女は缶ビールを一気に5つも空けて酔いつぶれてまだ寝ていた。”女医”は女に問うた。
「ところでさぁ・・・。あんたそもそもどこから来たの?」
「え!?」
「あんたにしろ、あんたに拳銃で腹を撃たれてゾンビになりかけたあの『ターミネーター男』にしろ、一体どこから来たの?」
「・・・そ、それは・・・その・・・。」
「何なの?言えない理由でもあるの?」
「言えないんじゃなくて・・・分からないんです、私も、彼も。」
「『分からない』???」
「あなたにしろあいつにしろ・・・普通の人間じゃあないわね。」
酔いつぶれて寝ていたはずの銀座の女はいつの間にか起きていて、”女医”と女の会話に聞き入っていた。銀座の女は、昨日男が女に手渡したウーロン茶のペットボトルを拾い上げて”女医”に見せた。
「よく見て、先生。」
「『よく見て』って、何なのよ?ペットボトルがどうかしたの?」
銀座の女は指摘した。
「・・・指紋がないわ。」
”女医”は目をこらしてペットボトルを見て思い出した。昨日男がコンビニから万引きしてきて女に手渡したはずなのに、ペットボトルには指紋が1つもついていない。
「・・・あんた!手を見せな!」
”女医”は強引に女の両手をつかんでぎょっとした。女の手のどの指にも指紋がない。
「あんた。『自分が覚えている一番古い記憶』は何?」
女の体がピクピクと震えだした。
「・・・あ、あ、『茜』(あかね) ・・・え、HW・・・タイプFヴァージョン2.0。試作品番号・・・。」
女が続きを言いかけたとたんにレクサスの白のSUVがコンビニの壁ガラスを突き破って飛び出してきた。運転しているのは男だ。男は車を”女医”達の前で停めて
「I’M BACK(戻ったぞ)!乗れ!」
と叫んだ。
「『戻り方』までターミネーター丸出し」と、あきれる銀座の女。しかし”女医”のは別の理由で驚いていた。
『・・・HUMAN WEAPON・・・まさか完成していたなんて・・・。』
「先生!何やってるんだ!?」
という男の声に”女医”は顔を上げ、茜は我に返った。
「先生!先生はその子と後ろに乗ってくれ!おねーさんは建物に詳しそうだから助手席に乗ってくれ!早く!」
3人はあわてて指示通りに車に乗り込むと、男はアクセルを踏み込んだ。”女医”が後部座席を振り返ると、後部座席の後ろには大量の武器が積み込まれていた。
「3人ともシートベルトを締めてくれ。運転が少々荒くなるかも知れないからな!」と男。
「どういうこと?」と銀座の女。
「おねーさんみたいにゾンビ1体でマガジンが空になっちゃあ、弾薬がいくらあっても足りない。こっちに向かってくるゾンビは『脳天に一撃』でお願いしたいが、それが出来るのは俺とその子だけだ。その子が出来ないなら・・・。」
「私、出来るわ!」と茜。その途端に車がドスンと何かに当たった。
「・・・て、今みたいにゾンビをはね飛ばすしかない。昔のアクション映画みたいにハンドルや運転を変わってもらう訳にはいかないのさ。茜さんかな?後ろにトカレフと予備のマガジンがある。俺が見落としたゾンビは頼むぜ!」
と、男は答えた。男は続けて
「で、先生、おねーさん、俺は病院のどこへ向かえば良い?」
と尋ねた。しかし銀座の女はハンドルを握る男の手を見ながら、”女医”は男の後ろ姿をみながら、それぞれ考え込んでいる。
『このターミネーター丸出しの男にも指紋がない。』
『・・・『昔のアクション映画』・・・この男もHWだとしても、何故『昔の記憶』があるの?』
「おいおい、2人ともどうしたのさ?俺たちの行き場所を言ってくれなきゃどうしようもないぜ。」
銀座の女が指示を出した。
「病院周辺の道路を回って!病院のどこかの出入り口にボンベを積んだトラックが停まってるはずよ!」
私は車に乗り込み話を聞きながらかんがえていた。
指紋…ってなに?
指…の模様なのかな…
私は何度も指を見るがそこに指紋は無い。
私は人間では無いの…かな
男の人も人間ではないのかもしれない。
今なら…過去を思い出せる気がするのになんにも思い出せない。
思い出せないってこんなに辛い事なんだ…。
あはは……息がつまる…。
あ…大切な事を伝えてなかった。
「女医…さん」
『なに?』
「この世界は舞台。だからこの世界を終わらせるには何かをまるっきり変えなくてはならないんだって。そうしない限り、最後は……皆殺し」
私は聞いたことをそのまま伝えた。
「なぁ、看護婦さん。ダンナさんと連絡取れたん?」
と大阪の風俗嬢は尋ねた。看護師は
「ええ。こっちに来るそうよ。『俺も君もHIVウィルスとAKウィルスの両方に感染しているから俺が感染症隔離病棟に入っても問題ない。』って言ってたわ。」
と答えた。看護師は続けた。
「あなたも『ゾンビにおっぱい噛まれた』って言ってたわよね。じゃああなたもHIVとAKの両方に感染しているわ。」
「ん~よう分からへんけど、ほな、神父さんは?」
『ん?』
看護師は神父の方を向いた。しかし神父の右手首の入院患者識別用バーコードが印刷されたストラップを見て納得した。神父はHIVにしか感染していない。
「神父さん、いつからこの病棟に入院してるの?」
「・・・そうですねぇ、2ヶ月ほど前からです。」
「キリスト教って、日曜になったら信者が集まって、みんなの前で話するんやろ?信者の人はどうなったん?」
「わたくしもそれが気がかりなのですが、そもそもわたくしは正式な神父ではありません。聖日礼拝での説教を託されただけの、ごく普通のカトリック信者です。」
「へ?ほな、なんでみんな『神父さん』て言うのん?」
「わたくしの幼なじみの女性のお葬式を執り行った神父様の遺言なのです。神父様は天に召される前にこうおっしゃいました。『若くして一番大切な人を失い、それまでの行いを悔い改めた君なら命の大切さが分かるはずだ。私の葬儀は君が執り行いなさい』と。この遺言はバチカンにも報告され、『正式な神父として認められないが故人の遺言を尊重するため』という理由で、わたくしが聖職代行者として神父様のお葬式を執り行いました。それ以来、教会に来られるみなさんが正式な神父ではないわたくしを『神父』と呼ぶのです。」
「神父さん。さっき大阪の人と紹介状を書いた医師のことで話してたわよね。」
「ええ。」
「他に何かご存じですか?例えば『研究テーマ』とか『グループ名』とか。」
「これも噂でしかないのですが・・・紹介状を書いた医師はみなこの病院で『吸血鬼の研究をしていた』とのことです。」
「はあ?吸血鬼?吸血鬼って、あの、ヴァンパイアのこと?」
「今時そんなん、子供でも信じひんで。」
「わたくしも取るに足らない話だとは思うのですが・・・わたくしの場合、HIVウィルスの先祖は1カ所だという話も、診断書を書いた主治医から聞きました。」
「仮にその話が本当だとしても、2人とも感染経路が違うわ。神父は元カノさんから、大阪の人はお客からでしょ。」
神父も大阪の風俗嬢も首をかしげた。看護師は思った。
『やはり主人から聞き出すしかないわ。』
「『最後は……皆殺し』・・・いかにもHWらしい答えね。だけど恐怖で本音が出る当たりはこの子が言った通りの『試作品』だわ。」
銀座の女は後ろを振り向いて”女医”に問うた。
「ねぇ、何の話してるの?HWって何?」
「HWはHUMAN WEAPONの頭文字で、意味通りの”人間兵器”。昔日本がノーベル賞を取ったiPS細胞だけでできた、空想上の『究極の生物兵器』よ。あくまで空想上の話だったんだけど、今は現実にあたいの隣にいる。ペットボトルに指紋が1つもついてなかったから、今あんたの隣でハンドルを握っている男もHWよ。しかもこの男はこの子よりソフトウェアのヴァージョンが高い。『昔のアクション映画』というデータをインストールされているわ。」
「その子は『茜』って言ってたわよね。じゃああなたの名前は?」
「・・・識別用として、『悟』(さとる)とだけ言っておく。」
「悟。あんたはどこで造られたの?」
「・・・。」
「あんたも『試作品』なの?『量産型』はもう完成してるの?」
「・・・。」
「なんとか言いなさいよ!」
「・・・。」
「茜さん。あなたはどこなの?」
「・・・に、新潟第一医科大学・・・し、し、試作品番号・・・」
「茜!そこまでだ。早く後ろのトカレフを構えろ!でないと『HW相互支援法』違反でお前を撃つ!」
悟は車のバックミラーを見ながら左腕を上から後ろに回して茜に向けて拳銃を構えた。
「止めなさいよ!もういいわ!あたいはもう聞かないよ!危ないから前を見て運転しな!」
と”女医”が言うなりまたドスンと言う音と共に車がゾンビをはね飛ばした。悟は
「ちゃんと前を見て運転してはね飛ばした。」
と言った。銀座の女はぼやく。
「いくらレクサスのSUVでも、何度もゾンビをはねたら壊れるじゃない・・・どうせ盗んできた車だろうけど・・・。」
「トヨタレンタリースで拝借してきたが『ゾンビ店員』にカネを払う必要はないさ。」
「茜!早くなんとか言う拳銃の準備をしな!」
と、”女医”は茜を急かせた。悟は銃を下ろした。
「悟。あんたの拳銃はあたい、どこかで見たことある。」
「『ワルサーP38』。ルパン三世、『昔のアクション』だがまだ使える。」
NICUの看護師とオトコトカレシの3人は20分程配管点検用地下通路を歩いてガス棟に着いた。
「ここはサンスやチッス、スイスなんかの可燃性ガスのボンベがようけあるさかい、火の元にゃ充分気いつけてや。タバコは絶対あかんで!」
とNICUの看護師は注意を促した。オトコはガス棟を見回した。およそ500本のガスボンベが並んでいる。
「これ全部交換するのかよ!?こりゃ大仕事だ。」
「いんや。そこのNICU用の酸素ボンベの半分だけ。そこの20本じゃ。」
NICUの看護師の指さす方を見るとNICU-Aと書かれたエリアに、縦に4列横に5本、計20本のボンベがある。その隣には20本のボンベが同じように並んだNICU-Bと書かれたエリアがある。
「看護婦さん、何故A側の20本だけなんです?」
とカレシが問うた。NICUの看護師は
「A側とB側の圧力を監視する自動調整弁があって、A側の20本の圧力が下がるとB側の20本を開けるしくみになっとるんじゃ。今はB側のサンスがNICUに供給されちゅる。その間にA側の20本を交換するんじゃ。」
と答えた。自動調整弁でA、B両方の圧力を監視し交互に供給・交換することでNICU用の酸素が24時間途切れずに供給され続けるしくみになっている。NICUの看護師はガス棟の入出庫シャッターの周辺を見回してシャッター制御盤を見つけ、扉を開け、鞄からノートパソコンやドライバー、LANケーブルを取り出してハッキングの準備を始めた。しかし、入出庫シャッターのすぐそばにシャッターの開閉ボタンがある。
「看護婦さん、わざわざハッキングしなくても、このボタンでシャッターが開くんじゃないんですか?」と、カレシ。しかしNICUの看護師は
「シャッターをガス棟の中から開け閉めするんじゃったらそのボタンだけでええ。そやけどシャッターの外から開けるときは警備に電話して4ケタの暗証番号をもらってそれを押して開けるんじゃ。おらがハッキングするのはシャッターやなくて、シャッターの向こうにある通用門を開けるためじゃ。」
と答えた。NICUの看護師は配線等のハード面の準備が出来ると
「おらは今からちいと芝居するけん、気い悪うせんとパソコンの画面見ちょってくれへんか。」
と言って、シャッターの開ボタンを押してシャッターを半分だけ開けて外へ出た。NICUの看護師は新入りの看護師にシャッターの開け方を教えるフリをして警備員室から4ケタの暗証番号を受け取り、そこから警備員室のサーバーを乗っ取るつもりなのだ。NICUの看護師は携帯電話から警備員室に電話して芝居を始めた。
「・・・ほれ!分かったか?あぁ警備さん、今から新入りにシャッターの開け方教えるさかい、暗証番号ゆうてくれへんか。」
警備員は暗証番号を電話で伝え始めた。NICUの看護師は無言でこちら側にあるノートパソコンの画面を見るよう指さした。オトコとカレシの2人はパソコンの画面を見ていた。
「3」●
「0」●●
「9」●●●
「1」●●●●
「で、これ押したら最後に緑の”承認”ボタンを押すんじゃ。分かったか?あぁ警備さん、すまねえだ。これで終わりじゃけえ。」
と言って承認ボタンを押した。パソコンの画面には「LOGIN COMPLETE」と表示された。
「看護婦さん、なかなかイカしてるねぇ」とオトコ。
「こんなもん、父ちゃんの仕事に比べたらハッキングのハの字にもなんねーべ」とNICUの看護師。
NICUの看護師は続けて
「次はお二人の出番じゃ。おらはこのパソコンで通用門を開けるさかい、お二人は通用門の外に停まってるボンベを積んだトラックを中に誘導をお願いするだ。」
NICUの看護師はパソコンに表示された画面の中から<GAS BUILD.>のアイコンを探して<OPEN>をクリックした。
銃を向けられた時、昔の様子と重なった。
この光景…見た事がある…?
知ってるんだ本当は…
私が何処で生まれたとか。
その現実から目を背けてた。
でも………『茜!早くなんとか拳銃の準備をしな!』
「は、はい!」
そう言われて慌てて銃を用意した。
そして見逃したゾンビをバンバン撃っていく。
そのなかに人間は居なかった。
有り得ない光景なのになんの不安もなんの変化もない。
私、来世は人間が良かったな…なんて。
男の人があんな人だと思わなかった。
まぁ、人じゃないのか。
悟は黙ったままハンドルを握りアクセルを踏んでいる。午前10時の太陽はゾンビを真っ暗なビルの中に押し込んだ。こちらに向かってくるゾンビは見当たらない。
「先生。生物兵器って、炭疽菌(たんそきん)とか天然痘(てんねんとう)とか、細菌やウィルスみたいな『目に見えない兵器』のことじゃないの?なんで茜さんや悟が『究極の生物兵器』なの?」
「生きてるからよ。」
茜は黙ったまま空になったトカレフのマガジンを外し、予備のマガジンを差し込んで車の周囲を見ながら空になったマガジンに再装填していた。”女医”は続ける。
「炭疽菌や天然痘みたいなウィルス兵器、それに昔あった新興宗教オウム真理教がテロリズムに使ったサリンや北朝鮮の指導者の兄の殺害に使われたVXなんかの化学兵器は、それを取り扱う側も高度な専門知識や技術が必要だしお金もかかる。しかしHWは普通の人間のごく一部の細胞とiPS細胞だけで造った『目に見える生物兵器』で、それこそターミネーターと同じ。あらゆる武器を使いながら『任務を遂行するためだけに造られた兵器』よ。」
「でも、やっぱり人間なんでしょ?」
「『人間とほとんど同じ』ってだけで、人間じゃないわ。人間と同じように成長するし、食事もすれば水も飲む。ウンコもオシッコもオナラもするし、風邪をひくこともあれば頭痛も起こす。この2人みたいに思春期になれば恋もする。当然年も取るし、時期が来ればやがて死ぬ。でも『兵器は兵器』よ。」
「・・・分からないわ。」
「あんたは銀座のクラブで接客の仕事してたって言ってたわよね。もしうっかりグラスを落として割れたらどうする?」
「・・・まぁ、予備のグラスを出すか、なかったらオーナーにお願いして注文してもらうわ。」
「つまり、ダメになっても『代わり』があるってことよね。」
「うん、そう・・・え!もしかして!?まさかそんな・・・。」
「・・・そういうことよ。」
銀座の女は”女医”の言わんとするところを悟って理解しおののいた。HWは、任務遂行中に死んでもすぐに別の『代わり』が任務を引き継いで遂行する、『人間型多用途多目的生物兵器』なのだ。
「じゃ、じゃあ亡くなった後はどうなるの?遺体の引き取りとかお葬式とかは誰がするの?」
「『割れたグラス』に葬式なんかしないでしょ。『使えなくなった兵器』に葬式なんかしないわ。『使い捨て』よ。だから『究極の生物兵器』なの。」
「そ、そ、そんな・・・。だって2人ともワガママで自分勝手だけどみんなのためにがんばってるのにそれを『使い捨て』だなんて・・・。」
「人間にあってこの2人にないもの。何か分かる?」
銀座の女は震えてもう言葉が出ない。
「・・・『人権』よ。」
『ウチの病院がこんなに大きいとは思わなかった。』
医事課総合主任は病院の案内表示を見ながら急ぎ足で妻がいる感染症隔離病棟へ向かった。感染症隔離病棟は文字通り感染症患者を一般患者から隔離するための病棟だ。病棟と医事課との連絡は全て院内電子メールのみで、医療事務を担当する職員が出入りすることはなく、医療器具や院内で処方する薬、機材等は全てAIがIoTで制御するロボットが搬送している。主任はNICUを後にして約40分後、感染症隔離病棟の入り口の扉を開けた。
「あなた!」と振り返る看護師。
「すまなかった。全て俺の責任だ。」と主任。神父も大阪の風俗嬢も2人を見ている。
「私たちのあの子は大丈夫だったの?」
「ああ、NICUの看護師がそう言っていた。だけどあの子も生まれつきエイズ持ちだ。まさかこんなことになるなんて・・・。」
「・・・そう。確かにあなたのせいよね。でもエイズは潜伏期間が長いわ。発症するまでにはあの子の治療方法も見つかるはずよ。」
看護師は夫に抱きついて励ました。しかし主任は
「その治療方法こそAKなんだ。」
と肩を落とした。が、なぜか妙な視線を感じて顔を上げた。
「あ」と主任。
「あ」と大阪の風俗嬢。
2人とももじもじして、視線が泳いでいる。
「2人ともどうなされましたかな?」と神父。もう隠し通すことはできないと悟った大阪の風俗嬢は
「いつもご指名ありがとうございます。」
と、作り笑顔で開き直った。看護師は2人を交互に見て、
「・・・あなた。そう言えばよく『TKD製薬との打ち合わせがある』と言って出張してたわよね。TKD製薬って、本社は大阪でしょ!?」
と夫をにらんで腕組みをした。
「・・・ったくあきれた。あなたが彼女の常連客だったなんて!」
主任も大阪の風俗嬢も、恥ずかしげに頭をかいた。看護師は、
「あなたがエイズをもらってきたご指名のその子もゾンビにおっぱい噛まれたそうよ。AKAKって一体AKって何なの?」
と問い詰めた。しかし主任は
「彼女からエイズをもらったんじゃない。俺のミスで俺が彼女にエイズを移してしまったんだ。」
とこぼした。神父は感づいたようだ。
「AKというウィルスは、それだけでは人間をゾンビに変えてしまうようですな。」
主任は話し始めた。
「・・・AKとは、『AIDS KILLER』の頭文字だ。だがエイズウィルスを殺す訳じゃない。エイズウィルスを無力化させて汗や排泄物と一緒に体外へ放出されるのを促進するウィルスだ。しかしそれをコントロールするのは非常に困難で、単体での暴走増殖が始まると、人をゾンビにしてエイズウィルスを探し回るようになる。」
オトコとカレシは通用門の外に出た。
「おい!ゾンビはいるか?」とオトコ。
「見当たらないな。日が昇ったから多分ビルの中に逃げ込んだんだろう」とカレシ。
オトコは周囲を見回してボディーに”ISガス産業(株)”と書かれたトラックを見つけた。二人はゾンビの出没に気を張り詰めたままトラックに近づいた。だがトラックのエンジン音がしない。オトコはトラックの後ろから
「おい、運ちゃん!病院の通用門を開けたからエンジンをかけてバックで俺たちについてこい!」
と、声をかけた。しかし返事はない。
『・・・なんだってんだ、ったく。』
とオトコはイラつきながらトラックの運転席に近づいた。しかしカレシは後ろで不信に思っている。オトコは運転席のドアを手で叩いて
「おい、運ちゃん!いつまで寝てるんだよ!?」
と怒鳴ったがやはり返事はない。ドアのロックが上がっていたのでオトコは運転席のドアを開けようとしたその瞬間にカレシは
「待て!開けるな!」
と声を出したが遅かった。オトコが運転席のドアを開けたとたんにトラックの中からゾンビがオトコに襲いかかった。オトコは
「うわ!こっち来んな!」
と逃げようとしたがゾンビに追いつかれて左足を噛みつかれた。オトコは
「ぎぇー!いてー!ぎゃー!」
と叫んだ数秒後、「・・・あれ?」と振り返った。オトコの左足に痛みはない。オトコの叫び声にNICUの看護師も通用門から出てきた。NICUの看護師はカレシに
「あの人に噛みついたゾンビは、いつもウチにサンスを持ってくるドライバーさんだべ。」
と言った。ゾンビ、いや”元ゾンビ”は人間の姿に戻って死んでいた。
「何だってんだ、ビビらせやがって。ったく。」とぼやくオトコ。しかしカレシは
「・・・これでお前はHIVとAKの両方に感染した。」とつぶやいた。
NICUの看護師の看護師が後ろからの車のエンジンの音に気付いて後ろを振り返ると、オトコとカレシとNICUの看護師の後ろから、悟と茜、銀座の女に”女医”と大量の武器を積んだ白のレクサスのSUVが近づいてきた。
「あんた、大丈夫なの?どこを噛まれたの?」
と、”女医”はオトコに問いかけた。オトコは
「あぁ、アネキ。戻って来てくれたんだな。左のふくらはぎを噛まれたが大丈夫だ。」
と答えた。カレシは
「先生、他の3人は?」
と問いかけたすぐ横で銀座の女は
「あたしならここにいるわよ。悟と茜さんはまだ後ろの車の中。」
と答えた。
「何か2人で話があるみたい。なんだかラブラブみたいよ。」
「『悟と茜さん』?ああ、あの2人か。それがあの2人の名前なんですか?」
「『識別用』らしいわ。HWていって、タダの人間じゃないそうよ。」
「『タダの人間じゃない』?それは・・・。」
と、カレシが言いかけたところで”女医”が割り込んできた。
「今はその話はナシよ。後であたいが話す。今は彼の噛まれた左足の皮膚と筋肉の細胞のサンプルを採取して調べたいの。何か分かるかも知れないわ。」
「あんたらさぁ、何の話しよるんか知らんが、はよトラックを中へ入れてサンス交換スてくれんと、いつまでも通用門ば開けとられん。警備に怪しまれるっちゃ。」
とNICUの看護師が諭した。オトコはカレシに
「俺が運転するから、ガス棟の中まで誘導してくれ。」
と言った。カレシは了解し、2人はトラックをガス棟の中へ入れた。”女医”と銀座の女とNICUの看護師も後についていってガス棟の中に入り、NICUの看護師がガス棟の中においていたノートパソコンで<GAS BULD.>のアイコンの<CLOSE>をクリックし、シャッターも閉めた。
「んでぇ、さっきの白い車は何ぞね?米軍や旧ソ連軍の武器をようけ積んでたみたいやが。」
とたずねた。”女医”と銀座の女は顔を見合わせ、はっと気づいた。茜と悟の2人を通用門の外に置き忘れてきたのだ。銀座の女は
「ねえ看護婦さん、もう一度出入り口を開けて!あの2人も友達なの!」
と頼んだがNICUの看護師は
「1日で2回もシャッターを開け閉めしたらハッキングがバレてしまうっちゃ。警備が怪しんで、手動でシャッターと通用門をロックしてしもたら、もうどうしようもない。」
と答えた。NICUの看護師は続ける。
「明日になったら警備が交代するけん、そんときにまた芝居して開けるしかなかとよ。」
『はぁ~またあたいのドジが出た。』
と”女医”は顔を押さえた。敷地外に取り残されたレクサスの中の2人は話していた。
「・・・俺たち、取り残されたよな。」
「・・・うん、そうみたい。」
「茜さん。さっきは銃口を向けて済まなかった。ごめん、謝るよ。」
「ううんいいの、そんなこと。『あなたは絶対に撃たない』って分かってた。」
「そうか・・・。それが分かったていうのは、昨日のソフトウェアアップデートと再起動で理解できるようになったのか、それとも・・・。」
「私の”女の勘”で分かったの。」
今夜は”女医”にとって、またしても眠れない夜になりそうだ。しかしまだ太陽は高いところにある。
<<すいません、遅れました!>>
「ねぇ、これからどうするの…?」
「取り残されたんならどうしようもねぇよな…」
困り果てた悟は頭を掻く。
茜はうーん、と考え込んでしまった。
すると茜が突然思い付いたように
「もしかして近くのデパートとかに行ってみれば…」
悟も大きく頷いて
「あの辺りはゾンビが来ないから安心だ。じゃあ、行くか」
そういうと車を走らせる。
それからデパートにつくまでの間ほとんど無言だった。
それから10分ほどでデパートにつく。
シャッターで閉じられた中に入ると、それは人がいなくなる前と同じような状態で、ゾンビもいないという最高の条件が揃った場所だった。
”女医”は銀座の女と2人で感染症隔離病棟に戻ってきた。
「看護婦さん、みんな大丈夫なの?何か変わりはなかった?」
「ええ・・・。神父さんも大阪の人も大丈夫です。あ、それと、彼が私の主人です。」
看護師は自分の伴侶を紹介した。”女医”は
「初めまして。ここで常駐勤務をしている西原(さいはら)遼子(りょうこ)です。」
「どうも、初めまして。彼女の夫で、この病院で医事課総合主任をしている川崎(かわさき)です。先生は以前どこかで見かけたような気がしますが・・・あ、いえ、私の勘違いかと・・・失礼しました。」
主任はNICUで居眠りをしていたときに見た夢の中で、拳銃自殺をして世界を破滅させた女性医師と遼子がよく似ていたのを思い出した。看護師は
「人事データベースで先生のファイルを見たんじゃないの?」
と付け加えた。川崎は、ああそうかも知れないと腑に落ちない納得をした。お互いの自己紹介が済むと看護師は遼子に
「あの男性カップル2人と男の人と女の人はどこですか?」
とたずねた。遼子は
「男2人はガス棟でNICU用の酸素ボンベの交換をしてからこっちに来る。あとの2人は・・・あたいのドジで敷地外に置き去りにしてしまったわ。」
とこぼして、ソファに座り込んだ。銀座の女は
「あの2人は、武器が扱えるから大丈夫よ。」
と取り繕ったが遼子は肩を落としたままだった。看護師は労をねぎらいながら遼子に写真を見せた。例の5歳児が交通事故で死亡した時の写真だ。
「先生。この写真をどう思います?彼は15年前にこの病院で死んでるんですよ。」
『・・・15年前に死んだ子供の細胞組織をこの病院で冷凍保管し、一部をHW開発用に使ったとしか思えない。しかし今それを言っていいものか?もしそうだとしたら、悟より先に造られた茜はどう説明する?』
遼子は考えた末、
「さあ、分からないわ。今は銀座の彼女の言うとおり、としか言いようがないね。」
「『玲奈(れいな)』って呼んでくれない。お店の売り名だけど。」
「ウチは『みくる』。本名はインパクトあらへんてゆうて、店長から名前もろた。」
大阪の風俗嬢も名を名乗った。遼子は目をキョロキョロさせた。
「あれ?なんかおかしいのん?」
「あんたじゃないわ。」
いつの間にか、主任と神父はいなくなっていた。
茜と悟の2人は、デパートの4階にある寝具売り場に着いた。ゾンビの出没に備えて茜はアメリカ製軽機関銃と拳銃を、悟は旧ソ連製重機関銃2丁で武装している他、悟の背中にはアンテナのついた大きなリュックがあった。
「ふかふかのベッドは久しぶりだな。ここならゆっくり休めそうだ。」
「悟さん、そのリュックに何が入ってるの?」
「ああ、これか。旧式の無線機や衛星携帯電話、ノートパソコン、モバイルwi-fiルータとバッテリー、それに偵察用ドローン、それに『パスポート偽造機』にニセモノのビザとニセモノの免許証、クレジットカードに世界中の通貨・・・まぁいろいろだな。」
「・・・誰と通信するの?」
「・・・分からない。『自宅から半径3km外へ行くときは必ず持参しろ』とプリインストールされているから持っているだけだ。」
2人はダブルベッドに腰を下ろし、銃器類を脇に置いた。
「茜さん、さっき車の中で『試作品番号』とか口走ってたよな。1つ試したいことがある。右手を見せてくれないか。」
「・・・指紋、ないよ。」
「そんなことじゃない。」
悟は茜の右手に自分の左手を重ねた。茜は突然のことでどぎまぎしていたが、悟はいたって冷静だ。
悟は数分後自分の手を離した。茜はドキドキしてうつむいていた。
「・・・ダメだ。茜さんは本当に初期型の試作品だな。モルブルー通信ができない。」
「モルブルー?」
「モリキュラーブルートゥース通信の略で、触れ合うだけでお互いの情報を交換できる規格だが、茜さんにはそれがない。多分初期型の試作品として他のHWとは通信せず、ターミネーターみたいに単独で行動するしくみになっている。だけど・・・。」
「だけど?」
「・・・茜さんの手、あったかいな。」
2人とも頬を赤らめてうつむいたまま数時間が過ぎ、気づくと2人ともたまった疲れで寝入っていた。茜は午前2時過ぎに目を覚ましたが、悟はまだ寝ていた。茜は悟がベッドの脇に置いたリュックに目を向けた。
『勝手に開けたら悟さん、怒るかなぁ・・・。』
茜は悟の方を振り向いて、まだ寝息を立てていることを確認してこっそりリュックを開けた。悟の言った通り、確かに通信機器や軽量のドローン等しか入っていない。リュックのタブにはMADE IN CHINAと刺繍がある。しかし何か変だ。何でこんなにもたくさんのものが整然とリュックの中に収まっているのか?アメリカ製や日本製、その他海外製のいろんなものがたくさん詰め込まれているのならリュックの中は雑然としているはずだ。それらが中国製のリュックの中に整然と収まっている。そもそも何で悟がアメリカ製の武器とアメリカと敵対する旧ソ連の武器の両方を持っているのか?
「俺たちの秘密は中国にある。」
茜はどきっとして振り向いた。悟は起きていて、こちらを見ている。
「ご、ご、ごめんなさい。わ、わ、私・・・。」
「いや、かまわない。俺もいつか茜さんに言おうと思っていた。」
悟は茜にレクサスのキーを手渡した。
「夜が明けたら関空へ向かう。そこから上海行きの飛行機に乗る。昨日は俺が運転したんだから明日は頼むぜ!」
「え!そんな!?私免許持ってないし~。第一武器を持って飛行機なんか乗せてくれないよ~。」
「ハンドルを握れば『運転アプリ右ハンドルヴァージョン』が起動する。どのHWにもインストール済みだ。武器は『現地調達』する。」
<<<<<<
(スレ主じゃないけど)ご自由にご参加下さいませ。ただ一応「小説」ですので、
ご参加前にあらかじめ文脈やあらすじなどをつかんだ上でご参加いただけたら幸いです。
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「じゃあ、酸素ボンベの交換手順を説明してくれないか。」
「まず、空のボンベのバルブを右いっぱいに回して閉める。次に供給チューブのナットをゆるめてはずす。そん次は・・・。」
オトコはガス棟の上を見上げた。
「上の天井走行クレーンで空のボンベを吊り上げてトラックの荷台に降ろし、酸素充填済のボンベを吊り上げて空のボンベの位置に降ろす。あそこにぶら下がっている操作ボタンのスイッチを押せばON、離せばOFFだからお前にもできる。次は逆に、供給チューブをつないでナット締め、バルブを少し左に回して酸素の漏れがないかを確認してOKならバルブを左いっぱいに回して開ける。チューブは俺がやるからお前はバルブの開け閉めとクレーンだ。」
「それをA側全部やるのか?」
「そういうこった。1本ずつな。」
オトコとカレシは酸素ボンベの交換に取りかかった。オトコは慣れた手つきでナットをゆるめるレンチを持ってチューブの取り外しや取り付けを進めたが、バルブの開け閉めとクレーンを担当する彼氏は不慣れで、思うように進まない。
「おいおい、もうちょっと落ち着いてやれよ。ボンベで手を挟んじまうぜ。」とボヤくオトコ。
「すまない。スイッチ操作で動くと言ってもなかなかコツがいるもんだな。」と謝るカレシ。
2人の作業を見ていたNICUの看護師は
「ゾンビになって死んだガス屋のドライバーさんやったら1人でやるんやけどな。」
とオトコ同様にボヤく。
「看護婦さん。こっちだって一生懸命やってるんですよ。そんなこと言わなくたって・・・。」
「危ねーからスイッチ押したままよそ見するなバカ!どこの大学出たんだよ、ったく・・・。」
「す、す、すまない。」
カレシはオトコとNICUの看護師の両方にボヤかれてシュンとなった。漫才のようなデコボココンビだがこれでもうまくいっているから不思議だ。カレシはバルブの開け閉めとクレーン操作だけだが腕の力だけでレンチを回すオトコは疲れが回ってきた。
「あちっ!しまった!」というオトコの声と共にカラーンという音がガス棟に響いた。
「どうしたんだ?」とカレシ。
「腕が疲れてきて、レンチをおっことしちまった。ボンベの置き方が悪いから隙間が狭くて手が届かねぇ。予備のレンチあるか?」
「待ってくれ。うーん、同じものはないなぁ。モンキーレンチなら1本ある。」
「モンキーでいい。貸してくれ。」
オトコはモンキーレンチで作業を続行した。しかし最後のナットを締め終わった時に、今度は手に溜まった汗でモンキーレンチも落としてしまい、モンキーレンチは黄色のペンキで”オクナ!”と書かれた隅っこのエリアまで転がっていった。ガス棟にはカラーンという音が響いた後にゴローンという反響音まで響かせた。オトコは仕事をやり終えてはぁはぁ言いながら
「おい!今の音、聞いたか?」
尋ねた。
「ああ、聞いた」「おらも聞いたべ」。
「看護婦さん。あそこの”オクナ!”という注意書きは何のためですか?」
「おらも定年退職して辞めてった主任看護師から『「オクナ!」と書いてあるところには何も置くな』って聞いただけでぇ~、何も知らんのじゃが、今の音は確かに空洞がある印の反響音だべ。」
3人はオクナ!と書かれた隅っこのエリアに近づいた。オトコがモンキーレンチを拾い上げオの字をモンキーレンチで思いっきり叩くと今度はゴーンという音が響いた。
「ここだけコンクリートじゃない。鉄板のフタだ。ここに取っ手がある。」とカレシ。
NICUの看護師は後ろに下がるとトラックから電動のハンマーレンチを持ってきた。
「ほれ。これで四隅の錆びたナットを回しんしゃい。」
「『フタを開けたらゾンビがどどーん』な~んて?」ととふざけるカレシ。
「オメー!電動ハンマーレンチで鼻ひん曲げるぞ!」。カレシはまたシュンとなった。
電動ハンマーレンチでナットは外せたものの、肝心のフタは男2人がかりでも重くて持ち上がらない。
「アレで持ち上げたらよか。」とNICUの看護師は天井を指さした。
アレ。すなわち天井走行クレーンだ。なるほどと合点した男2人は早速準備をし、フタを開けた。フタの下にあったのは、階段と地下通路だ。NICUの看護師はつぶやいた。
「この地下通路だと、行き先は病院の外だべ。」
「あの2人、遅いわねぇ・・・。」
遼子は眠気をインスタントコーヒーでごまかしながらつぶやいた。遼子はゾンビに噛まれたオトコの細胞組織のサンプルを採取しゾンビ対策のヒントを得たいのだ。茜と悟がいない今、自分達の身は自分達で守らねばならない。そのためにもサンプルは必要なのだ。看護師である川崎の妻は遼子の後ろから声をかけた。
「・・・あの、先生。少しよろしいでしょうか?」
「ああいいよ。何なの?」
「主人が言っていたんですけど、ゾンビはAKというウィルスからきていると。先生は知っていたんですか?」
「知ってたわ。あたいがこの病院で研究してたんだから。」
「ぇえ!じゃあ、極秘研究グループって・・・。」
「あたいも元そのグループの1人よ。AKに関する極秘研究員だった。」
「だったら対処法が分かるはず・・・すみません、失礼しました。」
「気にしなくて良いわ。実際分からないからあたいが研究してたんだし。ところでご主人は・・・?」
「さあ・・・。先程までここにいたのですが、神父さんもいなくなっておりまして・・・。」
「そう。医事課総合主任さんだから入って良いところといけないところぐらい分かるはずだからまぁいいわ。ところでご主人さんはAKについて他に何か言ってた?」
「それ以外は特に・・・。」
「じゃあ、世界で初めてAKウィルスを発見したのは誰だか話してないのね。」
「はい。先生、誰なんです?」
遼子はため息を1つついた。
「・・・あたいの父方のじいちゃんよ。」
「ぇえ!?」
「AKウィルスはあたいのじいちゃんがヨーロッパでの研究旅行で偶然発見したんだけど、じいちゃんは元々欲のない人で早速エイズ治療への応用をしようとした。しかしじいちゃんが開業してた小さな診療所では研究資金もない。そこへアメリカ政府がこの研究に目を付けて、発見と研究開発の権利をじいちゃんから買い取ったの。そのお金であたいのオヤジはじいちゃんの診療所を大きくして、今じゃ地元の大病院よ。あたいはオヤジもおふくろも医者だから医者になる以外に選択肢はなかった。あたいは金儲けのことばかり考えるオヤジやおふくろより、無邪気に実験や研究のことを話してくれたじいちゃんの方が好きだったから、どうせ医者になるんならオヤジよりじいちゃんの後を継ぎたくてこの新潟第一医科大学に入学したの。オヤジもおふくろもあたいが性同一性障害を持っていることを認めてくれなかったけど、美容整形のための韓国での費用やこの医科大学の学費をオヤジが出してくれたんだから、オヤジを悪く言うのはバチ当たりだけどね。」
「でも先生、アメリカ政府が買い取った研究開発がこの病院にあることを、受験生だった先生が何で知ってたんですか?」
「オヤジのコネよ。オヤジはカネだけでなく日米両政府の要人へのコネもあった。オヤジがじいちゃんの名前を出したら文部科学省の偉いさんが簡単に教えてくれたらしい。オヤジにしてみれば世間に顔向けできないオカマ息子を遠くへやるのに都合がよかったし、あたいもじいちゃんの後を引き継げるんだから、あたいもオヤジもこの医科大学に進学することに異論はなかった。」
「カレシさんの話だと、『先生は高校生時代、成績が良かった』と・・・。」
「新潟第一医科大学の入試偏差値は60程度だけど、東大や京大、慶応の医学部に比べると確かに三流よ。でもよく考えてみて。こんなへんぴな片田舎にできた私立の医科大学の附属病院だけが何故世界有数の大規模病院なのかしら?」
「さあ・・・?」
「日本政府が『思いやり予算』として米軍に提供してきた税金の一部が裏金になってこの病院の経営を支えてるからよ。あたいの研究予算もね。」
「米軍からの裏金?て、ことは・・・。」
「この病院は米軍の軍事研究にも荷担している。研究が『極秘』なのはそのためよ。」
夜が明けた。レクサスのキーを受け取った茜はおどおどしながら運転席に乗り込むと悟に言われたとおりにハンドルを握った。すると茜の頭の中でピンと緊張が走り、無意識のままにキーを差し込んでエンジンをかけた。悟はその様子を後ろのシートで見ている。
「どうだい?言ったとおり『運転アプリ』が起動しただろ?」
「う、うん。本当に運転したことないのに体が勝手に・・・。」
「すぐ慣れるさ。さあ行こうぜ!」
「でも、道が分からないよ・・・。」
「デパートの駐車場を出てすぐ左に曲がれ。そこで俺が指示を出す。」
「わ、分かった。」
茜はレクサスのアクセルを踏んだ。初めて車を運転するのに、もう何年も乗りこなしたかのようなハンドルさばきだ。悟に言われたとおりに駐車場を出て左に曲がると悟は
「北陸自動車道のインターチェンジへ向かい、大阪方面行き車線に入れ。」
と指示を出した。茜は
「きゅ、急にそんなこと言われたってどこへ・・・。」
と言い切らぬうちに茜はレクサスのカーナビを操作しルートを検索し始めていた。向かう先は新潟西インターチェンジだ。
「ちょ、ちょっと!どうなってるの?体が勝手に・・・。」
「『運転アプリ』のルート検索モードだ。茜さんの中の検索エンジンと運転アプリが連動してカーナビの操作をしている。後は茜さんの2つのバイオカメラとバイオマイク・・・まぁ、『目と耳』がカーナビの指示を聞きながら状況を判断しアプリが体を操作し勝手に運転する。試しにアクセルを踏みながら後ろを振り向いてみな!」
茜は言われたとおりに後ろを振り向こうとしたが、体も首も回らない。
「振り向けないだろ?『自動危険運転回避プログラム』が常によそ見運転を監視して、事故らないようになっているんだ。例外もあるけどな。」
「『例外』って、あのゾンビをはねた時みたいな?」
「・・・俺の中ではゾンビは人間と見なさない。だから『例外』としてはね飛ばした。」
車は新潟西インターチェンジに近づいた。
「悟さん。」
「何だい?」
「私たち、本当に中国に行くの?」
「・・・先生たちのことが気になるんだろ?」
「う、うん。」
「俺も同じさ。だが中国へ行かないと俺たち以外のHWのことも分からない。分かっているのはHWは俺たちだけじゃないってことさ。」
「それって・・・、先生が言ってた『量産型』のことなの?」
「かもな。俺たちが上海へ行く理由は・・・俺の中に『もし中国へ行く機会があったら上海のホテルで指令を待て』とインストールされているからだ。『指令』が出る前に俺たちの秘密を突き止められれば先生たちだけでなく、世界を戦争から救えるかも知れない。それに・・・。」
「それに・・・?なんなの?」
「・・・俺は・・・。」
悟はうつむいて深呼吸し、バックミラー越しに茜の目を見た。
「・・・茜さんが好きなんだ。」
茜は車を左に寄せて停めた。
「俺たちHWには、恋愛は認められていても結婚は認められていない。だったら、『指令』が出て”人間兵器”になる前に、君と少しでも長く一緒にいたいんだ。」
「わ、私だって、悟さんが好き。でも・・・。」
「でも・・・?」
悟は不安になった。
「先生たちの病院はゾンビに囲まれてるのよ!先生たちを置いて行けないわ!」
「・・・そうか。そういうと思ったよ。昔のアクション映画ならここで君を殴って気絶させて無理矢理連れて行くところだがそれはHW相互支援法の趣旨に反する。分かった。君の言うとおり、病院へ戻ろう。だが車では戻らない。」
「どうやって病院に戻るの?」
悟は少し考えた後、茜に指示を出した。
「新潟空港へ向かえ!そこでヘリを拝借して空から病院へ戻る。」
茜の左手の人差し指はカーナビのタッチパネルを操作して新潟空港へのルートを検索していた。
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