1919 2017-10-26 19:17:49 |
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生憎と魘されどおしだったよ……おそらくどこかの魔女に手酷く呪われたせいなんだが、何か知らないか? 随分悩まされたから、少しばかり仕返しをしてやりたくてね。
( ――――見つけた。こちらを見上げる彼女のアルノ・ブルーの瞳と目が合った瞬間に、心の中でそう小さく呟いた。ゆっくりと振り返った彼女は相も変わらず気の強い微笑を浮かべ、煽るような発言をするが、不意に声をかけられた時に肩がびくりと跳ねたのを勿論見逃してなどいない。常に身構えている彼女の武装していない素の表情、それを思いがけず目の当たりにできたような気がして自然と小さな笑みがこぼれる。確かに昨晩、寮に帰宅してからもしばらく彼女のことを考えたのだ、この台詞はあながち間違ってはいないだろう。わざとらしく困った様子で答えのわかりきった問いを投げかけながら、傍の壁の彫刻に軽く半身をもたれかからせ。 )
其れは大変だったわね。…ううん、残念ながら思い当たらないわ。嗚呼でも、若しかしたら貴方の大好きな蛙の方やもしれないわね。
( 振り向いた瞬間、僅かに微笑んだ顔を見上げ、瞳を瞬かせ。昨晩は炯眼に見えたその瞳が柔らかく見えたのも刹那、嫌味たらしくも大袈裟な感情表現に片眉を吊り上げては、応じる様に直様眉尻を下げて、労う様に言葉を掛け。如何やら昨夜の事は互いにはっきりと覚えている様だ。確信めいた感覚が自分の中で浮かび、少しの安堵と喜びを覚えた。さてはて困ったものだと言わんばかりに頬に手を当てては考え込む様子で視線を宙に彷徨わせて。数秒、思い当たったが如く目の前の少年へにっこりと微笑んでは、彼が苦手であろう魔女を示す言葉を唇から零し )
冗談じゃない、あの女に呪われるくらいなら俺は吸魂鬼にキスした方がまだましだ。いったい何度エバネスコしてやろうかと……
……エバネスコと言えば、おたくの寮監は確かあいつをお嫌いだったよな。そっちじゃ査察はもうあったのか? 猫と蛙の怪獣大戦争を、蛇たる俺も是非とも拝みたいんだがね。
( こちらに合わせて大袈裟に労わり、真剣に考え込むようなその可憐な所作を面白がりながら見つめていたが、タイミングぴったりに笑顔を咲かせ、同時に自身がある意味恐れる女教師の名を暗に出されては、ぎくりと笑みをこわばらせ。蛇が蛙に睨まれるなんてごめんだ、と忌々しげににかぶりを振り、それからふと彼女の査察のことを思い出して、掌で己の杖を弄びながら他寮の彼女に尋ねてみる。初代高等尋問官に任命というあのニュース以来、アンブリッジは様々な授業に出没し、自身の授業の質の低さそっちのけで査察をして回っていると来た。グリフィンドールの彼女もすでに何度か経験しているのだろう――時の話題なら、恐らくただの情報交換と思われて怪訝がられることもあるまい。普段接する機会の少ない彼女を奇跡的に捕まえた幸運をもう少し味わいたい、そんな思いを計算の陰に隠して。)
あら。其れ以外は心当たりが無いわね、御免なさい。
もううんざりするほど、ね。あの顔は当分見たく無いわ…。猫と蛙…ねェ。猫だなんて舐めきって居たら、いつか首元を噛み千切られるわよ。
( 上げた口角と細めた瞳の奥からちらりと彼の顔を覗けば、存外図星だと言わんばかりに固まった顔付きに余計笑みを濃くし。満足げに大きく呼吸を一つ、軽く肩を竦めつつ心の無い謝罪を述べ。 不意に投げ掛けられた質問に溜息にも似た息を吐き乍ら、一度彼の瞳を経由し視線を宙へと。思い出すのは彼女が此処に来て以来の無駄なばかりの授業と、真意を得られない査察ばかり。直接的に目を付けられている訳では無いにせよ、酷く邪魔な事に変わりはない。スリザリン程度とは無くとも、其れなりの身内意識を持っている為か、同じ学年の奇跡の魔法使いを目の敵にされるのは不満だった。手持ち無沙汰に左手で耳朶の飾りを揺らした侭、軽く眉根に皺を寄せ。少しの逡巡と沈黙を経て、徐にローブの内側から持ち慣れた杖を取り出せば、人目も気にせず上記を述べると同時に相手の喉元に突き付けようとし )
っ……確かに、残念ながら今の俺じゃあマクゴナガルには到底勝てそうにもないな。だが、好奇心のまま深夜に出歩く金色の猫になら――それなりに太刀打ちできるつもりだぜ?
( 耳元の特徴的なピアスをいじる如何にも年頃の少女らしいその所作に、思いがけず目を奪われながら。残念ながら、マクゴナガルとアンブリッジの対決はグリフィンドールの『変身術』の授業で終わってしまったらしい。しかしともかく、例の査察に参っているのはどうやら彼女も一緒のようだ。案外共通の話題には事欠かないかもしれないな――等とのんびり考えていたら、あまりに自然で、だからこそ防ぎきれなかったその大胆な突然の行動に一瞬言葉を失い、軽く目を瞬かせ。やがて苦笑しつつ、こちらもお返しするように、つ、と彼女の背に己の杖先を軽く添えて一言。敵寮同士の生徒が杖を突き付け合うこの光景は見つかれば酷く咎められるだろうが、そのスリルすらも面白い。むしろその猫なら――目の前の君なら、打ち勝つだけではなくて、是非とも自分の思い通りに鳴かせてみせたいものだ。不敵に笑みながらそう囁いて。)
____、何時の時代も蛇は怖がりだと聞くわ。私でも、勝てそうじゃない?
( 一瞬焦りとも見られた表情は、何時の間にやら余裕の笑みへと移ろぐ。皮肉にも整った彫りの深い顔立ちに刹那目を奪われ乍らも、気付かぬうちに背に回された杖先にこくりと喉を鳴らして。全くもって油断のなら無い男だと心の中で評価付け、密かに小さく息を吐く。好奇に満ちた視線と僅かに、然し確実に自分達へと向けられた密かな話し声は耳障りだ。緩慢な動作で杖を元の位置へと戻し、彼の腕を柔く押し戻しつつ耳許で小さくにゃあ、と鳴いて見せては煽る様な視線を向ける事は決して止めぬ侭に満足かと問い掛けて。少し長居し過ぎたその場で、ちくりと頬に刺さる視線へ一瞥を向けた後にやおら肩を竦め )
そろそろ広間に行かないとね。朝食を食べ損ねるわよ。…嗚呼、忘れていたわ。私はHanna = Burberry、貴方のお名前を伺っても?
――……ッ。Clive、Walfordだ。
( どうやら小さな意趣返しは成功したらしい。彼女が白い喉を鳴らしたのを見て満足げに留飲を下げた刹那、しかし彼女が注意を向けた周囲のざわめきやまなざしにつられてこちらも意識を傾けたその隙をつくように、不意に彼女の方から触れられながら小声で可愛らしい鳴き真似をされ、思わず大きく目を見張る。出会ってすぐだが、彼女の類い稀な負けん気の強さやプライドの高さは身に沁みて理解しつつあった。だからこそ――相変わらずこちらをからかうのが目的とは言え、先の自分の言葉にまさかこんな反応をされるとは思わず。直後の彼女の煽るような、いっそ誘惑しているようにすら見える問いにも、瞳を揺らしながら狼狽え。先ほどまでの余裕はどこへやら、動揺の色濃い声音でどうにか名を答えると、衆目の渦中にあることをようやく思い出してか、取り繕うように顔を背けて広間の方に一歩踏み出すも、一瞬の躊躇いの後彼女を振り返ってから、たった一言小さく告げ。)
……後で、また。
…Clive、…。
( 彼の瞳に浮かんだ動揺は予想し得た結果。ご満悦と言わんばかりに大層な深呼吸を一つ。耳に残った侭な彼の名前を反芻する間も無く、背を向けた姿に昨晩を思い描く。昨日と同じく妙な高揚が感情を揺さぶる中、一度だけ振り向いた彼が確かにその唇から漏らした言葉に幾度か瞳を瞬かせ。真逆次を仄めかす何かがあるとは思わず、次頬を緩めてしまう。其れは授業か、将又夜の逢瀬か。何方にせよ自分が楽しみにしてしまっている事だけは真実で、何と無く其れが癪だった。見えなくなった彼の後ろ姿を確認して、口の中で名前を転がす様に呟いては、少し間を開けて、彼と同じ様に大広間へと歩み出す。浮ついた感情を抑える様に背筋を伸ばして自寮のテーブルへと近付けば、友人達の和やかな挨拶に誘われる様に席に座り。トーストされた食パンを運びつつ、友人達の声も等閑に、視線をスリザリンのテーブルへと這わせて彼の姿を密かに探し )
( スリザリン寮のテーブル席につくなり、こちらを向いたノットが口を開きかけて――また閉じた。聡明な彼のこと、おそらく友人の身に何事かが起こったのをすぐに推察したのだろう。しかし敢えて何もなかったふりをして、朝の挨拶や冗談を言い交わしながらいつもどおりに朝食をとる。肉汁滴るベーコンに舌鼓を打っていると、遠くでは相も変わらずマルフォイがポッター一味に絡む姿。ノットやグリーングラスらと「懲りないな」と静かに笑っていたその時、眺めていたグリフィンドールのテーブルにあの金色の曲線を見つけてしまってどきりと心臓が跳ね上がる。――この距離だ、まさか目が合ってはいないよな? 思わず見ていたことがバレてはいないかと内心落ち着かなくなりながら、その後の朝食の続きはどこか上の空なもので。
――数時間後、『魔法生物飼育学』。今日はグラブリー‐プランク教諭の連れてきた数匹のアッシュワインダーを観察するのが課題である筈だった。ところがマルフォイたちとポッター一味がまたも衝突したようで、結果呪いのやり取りに驚いた数匹のアッシュワインダーが森へ逃げ出してしまう事態に。プランク教諭は大急ぎである方向へと探しに出かけていったものの、3匹が其方とは別の方向に逃げたのを見た生徒有志が、もし見つかれば魔法火を合図にと、自主的にそれぞれ森に入っていく。己もその一人だった。魔法生物相手に無理なことを言いながら、昼間でも暗い森に踏み入り、ルーモスで辺りを照らして。 )
ったく、同じ蛇なんだから安心して出てきてくれりゃあいいものを……畜生、あいつらどこに行った?
( ___目が合った?否、気の所為か。少し遠くで朝食を取る姿を見付けた時に、彼の顔が上げられた気がした。予感ですらない希望に心の中で首を振れば、もうこの学校では名物とすら化している少年達の戯れに目を向けた。丸眼鏡の少年が機嫌悪く歩いて、テーブルに近付いた所で大変ね、と声を掛けて軽く笑みを交わした。何処からとも無く、寮の中の会話は彼等の話題で支配され、例に漏れず自分自身も、友人達と軽口を交わし合い。
幾時間かが過ぎて、相も変わらず今朝と同じ様な光景が広がっていた。ちょっかいを出した蛇寮と、同情と好奇が綯い交ぜになった視線を一身に受ける獅子寮が起こした騒ぎで授業は一旦中断に。隣に居る友人と呆れにも諦めにも似た感情を呈しつつ話をすれば、蛇寮達が何かしら動き始めたのを視界の端に捉え。その中に一人、見覚えのある誰かを見付けた。良くやるわね、と言う友人の声にすら曖昧な回答を零し、その後ろ姿が森の方へと向かって行くのを見ては、御免とだけ言い残して後ろ姿を追い掛け。そうして、漸く見付けた淡い光と背の高い後ろ姿、揺らぐ深緑色に声を掛け )
Mt.Walford。…お一人で点数稼ぎかしら?
……ああ、そんなところかな。生憎と俺は、こういうところで稼がないと飼育学に関しちゃトロール並みの成績でね。
(貴方が行っても仕方ないでしょ、とグリーングラスが呆れる声も捨て置いて禁じられた森を探索し、5分程経った頃だろうか。背後からかけられた可憐な声にふと歩みを止め、一瞬の間を置いてから振り返れば、そこにはやはり、微かな木漏れ日の中に佇むHanna=Burberryの姿があった。魔法薬学でも、先程の飼育学でも姿を目で追うばかりでそばには行けなかった彼女と再びふたりきりで話せることに内心言い表せぬ嬉しさを覚えるが、勿論それはおくびにも出さない。皮肉な笑みを浮かべて返すと、下草を踏み分けて彼女のそばに歩み寄り、まるでデートの誘いでもするかのように同行を願い出て。)
アッシュワインダーの寿命はあと20分だ。それまでの間に万一奴さんが卵を産んだら、この森は洒落にならんことになるだろうな。……Miss Burberry、俺とのアバンチュールにちょっとだけ付き合ってくれるかい?
( 今朝話したばかりなのに、酷く長い間会話していなかった気分だ。振り向いて此方を見遣る彼を見て、嗚呼__確かにこう言う顔をしていた、と納得する程には、記憶というものはあまり頼りにならないらしい。じわりじわりと近付く彼の瞳をじぃと見詰め乍ら、甘美な誘い文句に苦笑にも近い笑みを零し。深夜に抜け出す程とは言え、余り立ち入ったことの無い禁じられた森に好奇心を瞳に湛えつつ辺りをぐるりと見渡して。そうして彼の顔へと再び視線を向け、鷹揚に頷いて見せ。授業の最初から思い浮かべれば、時間制限がある事は明白だ。上手く探し当てなければ、運が悪いと、と。其処まで考えてふるり、首を横に振った。何としても見付け出さなければならない。懐から取り出した杖を指先で弄りつつ )
ええ、お上手な其の誘い文句に免じて付き合ってあげるわ、Mr。 行きましょう、…まだ一匹も見つかっていないのかしら?
らしいな……魔法火が打ち上がればすぐにそれとわかる筈だ。
( お上手、と苦笑しながら言われてしまえば、途端に自分の誘いが拙かったように思えてきて、わざとらしく口をへの字に曲げてみせる。だがしかし、普段強気に武装している筈の彼女が青い瞳を秘めやかに煌めかせながら森を見渡すその横顔を眺めるだけですぐに穏やかな心持ちになって微笑んでしまうから不思議だ。彼女の問いかけに頷き、鬱蒼たる梢の上に切れ切れに見える青空を一度仰いでから、踵を返して再び歩き出す。ひとりで探すのも悪くないが、隣に彼女を伴っての探索はどういうわけか心が落ち着く──まるで以前からこうしていたような錯覚すら覚える程に。やがて腐葉土の上にひと筋の灰を見つけると、屈んで軽く触れ、まだ温かいことを確かめて呟き。)
奴さんが通った跡だ……まだ新しい。幸い、近くにいるようだぜ。
あの子達可愛い顔をしているから、是非近くでゆっくりと見てみたかったの。…さて、何処かしら。
( 歩き慣れぬ道は険しく、少しばかり不安を伴う。隣を歩く彼の存在が心に安寧を齎している、などと口が裂けても言えない事を心の中で呟き。不意に屈んだ彼の口から零れた言葉にいよいよと言った感情が湧き出しては、酷く楽しそうに唇を緩めて。興奮にも似た感情は、恐らくアッシュワインダーやこの森だけでなく、唯一存在を感じられる彼が隣にいることが一番大きいのだろう。__悪くない、なんて思った事をこくりと飲み込んでしまえば、辺りに視線を走らせ。
俄かに、右手側からがさりと葉の擦れ合う音がした。視線を向けて息を飲む。眉を少しばかり顰め、杖を撫で乍ら横目で彼へ視線を向けては、宙に掻き消える程の小声で )
………どう思う?
ほーお、グリフィンドールが蛇を好くとは驚いた。どうだ? 何なら試しに、こっちに遊びに来てみるのも悪くは──
( 探しものが近いと知って喜ぶ相手の唇から紡がれたその言葉に、悪戯っぽい流し目をくれながらさも意外そうに口角を吊り上げる。寮の垣根については別段冗談であるものの、見目麗しい年頃の少女があのような危険な蛇を可愛いなどと形容するのは中々に珍しい。ならば、とかこつけて自寮に招待しかけたその時、右方から突然聞こえた葉擦れの音にはっと振り向き杖を構え。
──静寂。何一つ動かない停滞に、逆に警戒心が増す。周囲の地面を確認すれば、灰の道は曲がりくねった末に音の源たる茂みの中へと続いていた。杖を撫でながら微かな声で問うてきた相手をこちらもちらりと見、違いない、とこくりと頷き。蛇を刺激しないようにと、囁き声で指示を出す──魔法生物の扱いが例え己より長けていようと己の背後に回らせるのは、絶対に怪我をさせたくないからだ。ルーモスを消し、杖先を茂みに向けながら、慎重に近づいて。)
……後ろに。ご存知かどうか知らないが、俺は少々魔法生物と相性が悪い。寿命と産卵とで気が立っているかもしれないから、いざとなったら援護射撃を頼む……いいな?
こんな場所でその情報を聞きなくなかったけれど…いいわ、任せておいて。最後に貴方自身もやっつけておいてあげる。
( 耳に痛い程の静寂に支配された瞬間を切り裂くのは、小さな小さな彼の声。緊張と高揚に激しく音を鳴らす心臓を隠す如く、胸に手を添えて笑みを浮かべ。防衛術の授業では、可も無く不可も無い様な状態だったが__女は度胸だ、と小さくかぶりを振って、真剣な瞳で真っ直ぐ彼を見詰めては上記を零し。追いかけ始めてからの時間が何れだけ経ったか、もうとっくに分からなくなってはいるが、唯時間制限の終わりが迫ってきていることは確かだ。屹度この場を逃せば、この森が燃え上がる図は容易に想像できる。目の前の男が何れ程の物かは知らないが、頼れるのは自分しかいない事に違いは無い。心の中の独白を終えた後に、地に続いた灰の跡を視線で這う様に追う。卵を見つけた際に必要なのは、二つの呪文。何時かの授業で習った至極簡単なそれで、凍らせねばならない。口の中でアグアメンティとグレイシアスと言う単語を転がしては、間髪入れずに言える様にと準備を行い、数秒後に微かに頷いて )
……Okay、共同戦線と洒落込みましょう。
ああ、しっかり頼んだぜ。――――ッ!!
( 凛々しく覚悟を決めた彼女の声に、茂みから目を離さないもののこちらも笑ってうなずき返した、その次の瞬間だった。敵に目をつけられたと知って今まさに卵を産み落とした怒れるアッシュワインダーが、シューッと激しい威嚇の息を吐きながら稲妻のように閃き、毒々しくきらめく牙を剥きだしにして飛びかかる。「“モブリアーブス”!」――咄嗟に放ったのは周囲の木々を操る呪文、腕のように伸びた低木の枝がアッシュワインダーをはたき落とすが、もんどり打った蛇はすぐさま態勢を立て直し、ますます怒り狂いながら恐ろしい速さで這い寄り。その後方、茂みの奥から白い煙が昇ると同時に赤い火の手が上がったのを見てとるや否や後ろの彼女に叫んで。派手な光を放つ呪文で蛇の気を逸らしながら他方に飛びすさり、“インカーセラス”、“アレスト・モメンタム”、凶暴な蛇を押さえつけようと矢継ぎ早に呪文を放ち。)
蛇は俺が――君が卵を!
___失礼!御免なさいね、…`アグアメンティ`!
( 息する暇も無い様に感じた。矢継ぎ早な展開に危機を感じた脳は、酷く素早い思考展開を行う。襲いくる蛇が緩慢に見えて、遣らねばならぬ事がコンマの世界で理解出来た。アッシュワインダーと別方向に向かい乍ら、視線を彷徨わせて見れば新緑と深緑の混ざる葉の中に、決して交わる事の出来ぬ赤色の何かを見付けた。あった、と小さく呟けば標的目掛けて水を飛ばし。呼吸する間も無く、次いで`グレイシアス`と言う言葉と共に杖を振れば、水が飛ぶ途中すらも凍っていくのを目視。間に合ったと思うも束の間、逃げ出したアッシュワインダーの数は三体だった筈。まだ此処に居るかもしれないと辺りを警戒し。同時に先程彼が述べていた言葉を思い出した。_魔法火を打ち上げなければ_。思い出した過去を行動に移す間も無く、視界に移ったのは彼の背に向けて忍び寄るもう一つの白い影。素早い行動で飛び上がったアッシュワインダーが彼の首に狙いを定める其の前に、と軽い混乱に陥った侭無我夢中で杖を振り。`インペディメンタ`、杖の先から出た光がアッシュワインダーにぶつかり、その真っ赤な瞳が此方を向いた。状況は1対1、更に未だ卵があるやもしれない。冷や汗すらかきそうな状況に少し後退り )
Clive、随分と……困った事になったわ、
……ッ、くそっ、1 on 1とはご丁寧だな……!
(目の前の蛇を撃退することで精一杯になっていた、その隙を突くかの如く突如降ってきた殺気にぞわりと凍り付いた刹那。彼女が必死に放った呪文が第2のアッシュワインダーを弾いたのを見て、自身も対戦中であるにもかかわらず一瞬だけ目を見開く。――だがこの状況では礼を言う余裕などない。新手に睨みつけられた彼女が後ずさり、やや焦燥の色のある声をかけてくれば、彼女と背を合わせるようにしてじりじりと移動しつつ、こちらも周囲を見渡して内心激しく舌打ちする。明らかな敵意を見せる獰猛なアッシュワインダーが2匹。彼らに取り囲まれたこちらは、ろくに戦い慣れていないまだ子供の魔法使いだ。おまけにまだあともう1匹所在不明の蛇がいる。……やはりこの危険な森を彼女と歩くべきではなかった、彼女を戻らせるべきだったのだ。
しかし後悔しても始まらない。真後ろに立つ彼女の存在を敏感に感じ取り、(しっかりしろ、クライヴ!)――厳しく自分を叱咤する。この危機的な状況を今すぐに打破しなければ――だが生半可な手は通用しない。焦りに苛まれながら目まぐるしく回転する脳、そこにふと過ったのは、一年前に教壇で見た妙に凄みのある実演だ。『こいつは完全な支配だ――呪文を解かれるまで服従し続ける――油断大敵!!』未だ使ったことがないその禁断の呪いを唱える覚悟を、しかし背中に感じる微かな温もりが躊躇いなく決めさせた。杖先を眼前のアッシュワインダーに向け、次いで彼女の目の前にいるもう一匹をも意識しながら、強い意志を込め呪詛を放って。)
“インペリオ”――“オパグノ”、襲え!!
( はっと息を飲んだのは、その呪文が耳に届いてから、その呪文の意味する所を理解した瞬間。今まで目を離すことが出来なかった紅の双眸を一つの未練もなく断ち切って彼を振り向けば、精悍な顔に浮かぶ何かの覚悟が見て取れた。禁忌とされる呪文を使ってしまった事が暴露たら__否、人間以外ならば許されるのだろうか__然し、少なくとも何かしらの罰則を追うことは目に見えている。様々な思考が駆け抜けるように頭の中を過って、瞬くのも忘れ唾を飲み込んだ刹那、隣を何かが駆け抜けた。真白なそれが勢い良く駆け抜けたのだと理解するのに少しばかり時間を要した。振り向いて、先程まで対峙していた筈のアッシュワインダーがもう一匹と対立しているのを目視し、安堵ともつかない息を零した。僅かに後ろに踏み出して、触れた暖かい彼の体温に我に返る。未だ、終わりではないのだ。
__そう、二体だけでは無いのも、何処かしらにあるやもしれない卵の存在も。未だ気が抜けないのだと、心の中で己を叱咤すればぶつかってしまった事に軽い謝罪を入れ、辺りを見渡した。杖を握る手はもう汗だらけだ。ふらり、酷く覚束無げな一歩を踏み出し、辺りの草を掻き分け乍ら )
…未だ、あと一匹何処かにいる筈なのよね。若しかしたら、…もう。
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