悲しき鬼 2017-09-03 18:02:37 |
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…人間とは、残酷なものだ。碧は自らの意思で鬼に身も心も明け渡したと言うのに、それでも尚目覚めさせようとするだなんて。
碧が鬼になりきれず苦しむのは、貴様が足枷になっているからだ。あれが碧の本性、何処までも残虐で冷酷な鬼──それを自分の幻想に繋ぎ止めているのは貴様だけ…哀れなものだ。
(相手を揺さぶるように相手を傷付ける言葉ばかりを並べて。碧を苦しめるのはお前だと、そう植え付けるようにゆっくりと低い声で言葉を紡ぎ。力無く彼女に枝垂れかかるようにして相彼女を抱きしめている彼の中で暴走していた鬼は碧自身の意識に沈められつつある。これでは今日は碧を里に連れ帰ることは不可能だと踏めば、相手の心を踏みにじるためだけに責める言葉を繰り返し赤い瞳を反らすことはなく)
ッ……、
(彼の、言う通りだった。此方を射るような冷たい赤からも、何一つ間違っていない言葉からも背を向けることは出来ずに、鈴はただただ薄紅色の唇を噛み締めることしかできずに声を詰まらせて。自分の腕の中で力なく此方を抱きしめている碧へ一瞬悲しげに歪んだ瞳を向けては、また鬼の方へと視線を上げて。「その通りね、」鬼の言葉を否定することなく受け入れた鈴の表情は、美しいと言うには程遠い。今にも泣きそうで、それでも尚無理矢理頬を引き上げたような笑顔で。)
(心を奪われ擦り減らしている今、彼女を堕としてしまう事は容易な筈だ。その瞳から光が消え自ら絶望に身を沈めてしまえばいい、自ら抜け殻になってくれれば手間も省けると鬼は薄く笑みを浮かべて。碧は鬼を鎮めきったのかふつりと意識を失い彼女に救いの言葉を差し伸べることはないと踏んでは相手に背を向けて)
じきにまた迎えに来る、その時までせいぜい逃げ惑い碧を鎖で繋ぎ止めていれば良い。
……。
(何かを言い返す余裕もなく、鈴は碧を抱き締めた。渡さない、だなんて言葉をいうことは出来ずに、でも彼をまた鬼にしてしまうのが哀しくて、そして怖くて。いつもならばきっと強気な言葉を返せていただろうけど、酷く心を消耗してしまった今では何かを言い返すことが出来ない。見えない鎖、何てものは実に脆く儚いものだ。それに縋るように生きている自分はきっとあの鬼たちにはひどく滑稽で哀れに見えていることだろう。「……碧、」ぽつり、と唇からこぼれ出た彼の名前は酷く悲しげな響きで1粒の涙と共に地面へと落ちて。)
(背を向け去って行く鬼の後姿は僅かに向こうが透けるようなそんな印象を受け、碧が意識を無くしたままに喰らった生気は思いの外多量だったようで。二人きりの沈黙に戻った世界、激しい風は止み、暗雲の立ち込めた空は明るさを取り戻しつつあったがぽつりと地面に落ちた雫。常に晴れ渡っていたこの場所に降ったはじめての雨はやがて激しい、それでいて静かな雨へと変わりその場に崩れ落ちたままの二人を濡らして行き。雨とも彼女の涙とも、彼の涙とも分からない水に頬を濡らされ、薄く開いた瞳はまだ少し暗く澱んでいるものの確かに青く、彼女の頬へと真白な手を伸ばしてはそっとその頰を撫ぜ)
──す、ず……
……ごめんね、
(自身のこの頬を伝う雫は、雨か涙か。それすらも分からないまま、鈴はくしゃりと顔を歪ませては彼の手にそっと自身の手を重ねては上記を述べて。何に対しての謝罪なのか、自分でもわからない。『振り回して』、『束縛して』、『無理をさせて』、『愛してしまって』。たくさんの意味の篭った謝罪は、しとしとと降りしきる雨音に紛れて消えてしまう程か弱い声だった。彼の瞳に青が戻っていて、その青に自分が映っているのを見ているとどこかひどく安心する、「…大丈夫、?痛いところはない?」と、鈴は何よりも彼に彼の体調や怪我を問いかけては先ほど術の鎖で縛られていた彼の手首にそっと雨に濡れた指を滑らせては不安そうに眉を下げて。)
──…こんなに、心をすり減らして…
(相手の表情や瞳を見れば、その心が分かる。どこか憔悴したようにも見える彼女を抱き竦めると、ごめん、と小さく耳元で囁いて彼女の首筋を暖かな滴が滑って。怒りに我を失い何かを喰らった記憶は薄く遠いもので自分が何をしたかも分からない、もしかすると彼女を喰らったのは自分だっただろうか、そんな嫌な思考に沈みただ相手を抱きしめるばかり。未だ不安定なのか時折襲う目眩に眉を顰めつつ青の奥に赤が何度かちらつき、相手を抱き締めたまま自分を落ち着かせるように深呼吸をして)
碧のせいじゃないよ。……大丈夫。大丈夫だから、泣かないで。
(自分の首筋に伝った暖かいもの。きっとそれは空から降ってくる雨粒なんかではなく、きっとこの心優しい彼の瞳からこぼれた雫だろう。ぽん、ぽん、と一定のリズムで彼の背をゆったりと叩く姿はどこか自分の愛おしい子どもを宥めているような母の姿のようでもあり、先程まで嵐のように騒がしかった心も今はすっかりと落ち着きを取り戻して彼にとっては辛い時間かもしれない今が、彼が自分を頼ってくれているようで不謹慎かもしれないが鈴の心は穏やかで。「…貴方の為だったら、心を鬼に食い尽くされても構わないから、ね?私は平気。」他の人はこんな自分を見てはなんというだろう。きっとまた鬼の術にかけられている、というのだろうか。否、それでも構わない。鈴は少し歪んだ笑を浮かべてはまた彼を抱きしめる手に力を込めては彼の彼の肩口に顔を埋めて。)
…ようやく、大切にしたいと思える美しい花を見つけたのに、自分の手で散らしてしまうことが酷く恐ろしい…
(雨は、彼の心の寂しさや悲しみを体現するかのように静かに振り続け、相手を抱きしめたままそう小さく言って。やはり自分は臆病な鬼だ、彼女を壊してしまうと知りながら手放すことも出来ず、ただ謝る事しかできない、それでいて散らないで欲しいと懇願することしか。少し落ち着いたのか「戻ろう、すぐに湯に入っておいで、風邪をひいてしまうから」と少し微笑むと相手の手を引いて立ち上がり。彼女が大切だからこそ、どうしていいのか決断をすることができずにいて。濡れて水の滴る白銀の髪から覗く真っ青な瞳はどこまでも透き通っていて。)
(彼の言葉に、思わず口を噤む。自分にとっての一番の幸せは彼の傍にいる事なのに、それをする事によって彼を逆に傷つけてしまう結果になってしまいかねない。口ではいくらでも平気だと言うことは出来るが、それでも自分の体も、彼の心も痛めつけていってしまうことには変わりなく。彼の静かな湖のように澄んだ青の瞳を見上げては鈴はそっと彼の両頬に手を添えながら「貴方が私を散らすことを恐れてるように、私も貴方を1人にするのがとても怖い。……まるで私たち、一緒に生きることを運命に邪魔されてるみたい。」そう悲しげに揺れた瞳で告げるとお湯に入ってくるね、と彼から逃げるように視線を逸らして屋敷の方へと踵を返して。雨はまだしとしとと降りしきり、ぽろぽろと頬を伝う涙を隠すかのように鈴の頬を濡らして。)
──…
(全くその通りだと思えば少し悲しげに目を細めて相手の後ろ姿を見送って。生まれた種族が違うだけで何故このように互いが辛い思いをしなければ良いのかと。小さく息を吐き着物を新しいものへと変え簡単に髪を拭うと相手が上がった時に飲ませるようにと甘い香りの温かなお茶を用意して、一度縁側へと腰掛けるも暫くは鬼に見つからぬようにしなければと思い立てば傘もささずに花の小径へと歩いて行き)
(湯浴みも終わり新しい着物に着替えて、すっかり体はポカポカと暖かいのに心だけはどこかモヤがかかっているようにスッキリとしない。あんな事を言ったら彼が困るだけなのに。鈴はまだぽたりと雫が垂れてくる漆黒の髪を手ぬぐいで軽くぽん、と拭いたあとに彼がいるであろう縁側へと向かい。すらりと襖を静かに開けて縁側に出たものの、縁側にはふわりと湯気の立った湯呑みが置いてあるだけで彼の姿がいないことに気づき「……碧、?」と不安げな声で名前を呼び。まだ静かに振り続ける雨音を耳に流しながあたりを見回したものの傘は置いてあるままで、まるで神隠しにあってしまったかのようにその場にいない彼を目線で探しては不安げに眉を下げて。)
(花の小径の入り口へと向かい鬼の術を使って結界を強めると一息吐いて空を見上げて。見上げた空から降りしきる雨に再び着物が濡れてしまったと苦笑しつつ、相手はもう湯を出ただろうかとゆっくりと縁側の方へと歩き始め。足を止めたのは、花の小径に咲く花が地面に落ちていたからで。不穏なものを感じ、花を手で包み込み元の木へと咲かせて。そうしているうちに少し時間が経ってしまい足早に屋敷へと戻り)
(すとん、と縁側に腰を下ろす。雨粒に化粧された庭の華々たちはこの雨を喜んでいるかのようにどこか生き生きとしていて、鈴はそれをぼうっと眺めながら上半身を横に倒して。ひんやりとした廊下の冷たさを頬に感じながらそっとまぶたを下ろしては自分がこの屋敷に来たばかりの頃を思い出して。最初に彼と会った時に、本当に美しい人だと思った。まるで冬に咲き雪化粧された桜のように儚げで、それでいて凛としていて。無論今もその印象は変わらないが、彼は少し寂しがりだということが段々と分かってきたんだな、と頭の片隅で考えては、少しでも彼が心を開いてくれた証だと先程まで落ち込んでいた心がじわりと温かくなり。)
…そんな所で眠っていたら、身体が冷える。
(戻れば縁側に身体を横たえる相手の姿をその瞳に映し、困ったように微笑んでそう声を掛けて。羽織を掛けてやろうかと思ったものの自分の着物は濡れてしまっていて、これでは尚風邪を引かせてしまうと思い。「お茶を淹れたから飲むと良い、温まるよ」と言いながら縁側へと上がるとぽたりと水滴が床に滴り、ひんやりとした白い手で相手の髪を緩く撫で、相手の髪が濡れていることに気がつくと緩く首を傾げ自分の事は棚に上げたまま相手の後ろに腰を下ろして手拭いで髪を優しく拭き始めながら)
髪の毛も、きちんと乾かさないと。
ん、……ふふ、くすぐったい。
(手ぬぐいで優しく髪を拭かれる感覚に思わずくすくすと可笑しそうに笑ってしまえば幼い頃にも母にこうして貰ったことを思い出して心に暖かな炎が灯り。ぽたり、とふと自身の頬に降ってきた水滴に顔をあげれば彼が雨に濡れていることに気付いて目を丸くしては「!私よりも碧の方が濡れてるじゃない!風邪ひいちゃう!」と慌てて後ろを振り返り彼の持っている手拭いを少し拝借しては壊れ物を扱うように拭いてくれた彼よりも少し大雑把な手つきで彼の髪や肩周りを拭いて。)
鈴、私は大丈夫だよ、そんなに犬みたいに拭かなくても…
(自分は大丈夫だと驚いたように声をあげるもすぐに手拭いに視界を塞がれ、わしゃわしゃと髪を拭かれるとじきにくすくすと笑い出してしまいながらそう言って。水気の少なくなった髪は強く拭かれたことでいつもの真っ直ぐな流れる髪とは打って変わって犬のようにふわふわとしてしまい、白く乱れた髪の向こうで少年のように楽しげな青い瞳がのぞいて)
……ふふ、いつもの真っ直ぐな髪を素敵だけどこっちも可愛い。
(ふっ、と手拭いを彼の髪から離した時に見えた彼の髪はいつものように彼の真っ直ぐな心にも似たサラサラとした髪ではなく、まるで小さな子犬のようにふわりとした柔らかそうな髪になっており鈴は思わずくすりと笑ってしまい。「髪はきちんと乾かさないと、なんでしょ?」先程彼が自分に言った言葉をしたり顔で返せば、やっぱり彼の髪が可愛くて1度彼の白銀の髪を指で梳いた後にへらりと微笑んで。)
私が鈴の髪を拭きに来たのに。
ほら、早くお茶を飲んで温まって。
(楽しそうに笑いながら乱れた髪を手で簡単に整え、相手にお茶を差し出しつつ澱んでいた心が温かくなるのを感じて自然と表情は和らぎ。縁側に腰掛け直しながら不意に相手の肩へと頭を凭れさせ)
ふふ、ありがとう!
(彼から湯呑みを受け取ってはじんわりと手の平に伝わってくる温かさにまるで心まで溶けていってしまうような感覚を覚えればふにゃりと気の抜けた笑顔を浮かべ。早速一口、と湯のみの淵を唇に近づけたところふと肩に暖かな体温を感じれば「……なあに、?」と優しげな笑顔を浮かべながら彼の頭の方へ軽くこつん、と首を傾げて。彼と触れ合っている肩から伝わる優しい体温に思わず目尻を下げてはこんな事で気分の上がる自分は単純だろうかと思いつつ思わず笑ってしまい。)
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