master 2016-11-21 00:10:30 |
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――、
(立たなければと意識をすればする程に体は鉛のように動かず、冷や汗ばかりが体を伝いツウと背筋を滑った所で背中に触れる手の感触に思わずヒュと掠る様な音を共に息を飲み込み。落ち着かせるような声色と宥める手つきにバクバクと煩い心臓が少しずつ落ち着きを取り戻し始め、蹲る様に上半身を落とせばゴクリと唾を飲み込んで)
俺、__。…はなれたくない
(想像の話だが、風呂を選択すればそこに並ぶ召使の元へ委ねられるのだろう。そう思えば己に向かうその腕に控えめな力加減、少し掠めるほどの些細な詰め寄りで頭を寄せて。貴方と離れたくない、と伝えようとしたところでその名が分からなければ歯痒く言葉に詰まり、省略する思いを伝え)
……よし、なら一緒に入ろう。俺が身体を洗ってやる。
(相手の事等まだ何も知らないが、今の反応を見ただけでもどれ程酷い生活を強いられてきたか、その端緒を垣間見たような気分になり。痛む心とは裏腹に微笑みを崩す事無く背中を撫でていたが、落ち着いてきたのか拒絶されないまま荒かった呼吸が静まり始めたのが分かって。その時か細く聞こえてきたのは二度目の相手からの願い、無理して入る必要は無いがあの劣悪な環境で過ごしていた手前、どちらにせよ風呂には入らせた方が良いだろうと考えて意気揚々と提案し)
(向けた願いを拒否される事無く受け入れられるとその優しさに安堵し、浅い動きで頭を二度三度と縦に揺らして、何よりも安心を与えるのは最初にも感じた太陽の優しい香りを傍で感じたからだろうか。己の知る風呂とは単純に水を掛けられるもの、嫌な時間も彼と一緒ならと今一度大きく頷いて。落ち着くために丸めていた身体をゆっくりと起こせば矢張り幾つもの目に見られる事に慣れず瞳は伏せたまま)
…ごめん、
(伝えた頼みを聞き入れてくれ急かすこともしない、明らかに今までとは違う環境と、只管と優しい彼に浮上する罪悪感から繰り返す様にその言葉を伝え。一緒が良いと伝えてしまえば幾分か気が楽でゆっくりと立ち上がり離れた距離を詰めるように隣に並び)
……そう言えば伝え忘れていたな。俺は芳崎廉祐という。好きに呼んでくれ。
(謝罪の意図には気付けないままはたと目を瞬かせるも、何処と無く居心地悪そうな相手の様子に気付くと周囲を取り囲んでいた使用人達にあれこれと指示を出してその目を払い。気付けばこの場には自分と相手のみ、立ち上がる彼に合わせて腰を上げた時今更ながら名乗る過程を失念していた事を思い出し。簡潔な自己紹介の後、相手へ視線を向けて)
お前、名前はあるのかい?
よしざき、れんすけ。
(人の目が無くなると居心地の悪さが薄れ行き、その中で教えられる名を一度復唱して覚えるように頭に刻み。先程呼びたくとも知らずに呼べなかった彼の名前を知れたことを嬉しく思えば不器用ながら口元を微かに上げて。続く問いかけに上げた口元を引き締めてから頭を縦に揺らし)
サバカ、…って呼ばれてた
(必要な知識が無いのだから雑学なんてほど遠く、その名の意味合いすら知る事無いが口にしたその名前の響きはどうしても痣がうずく様に現実だった過去を呼び戻し。口ごもる様な苦い表情で告げて)
うーん……少し呼び難いな。
(舌足らずのようなぎこちない物言いではあるものの、素直に復唱するその姿は愛おしく見えて。相手の口元に初めて見る微笑が浮かんでいるのもまた喜ばしい事であるが、それを大っぴろげに手放しで喜ぶ事もせずただ見詰め。しかし此方の問い掛けによって消える笑み、聞けば何とも耳慣れない呼ばれ方をしていたらしい。その表情はあっと言う間に暗い影に支配され、察しようとするまでもなく相手がその名前に良い思い出が無い事が窺え。顎に手を当てて首を傾げると虚空へ独り言ち、その後穏やかに微笑んで相手へ提案し)
良かったら、俺に新しい名前を付けさせてくれないか。嫌なら良いんだが…。
(初めて口にする単語はこれで良いのかと不安になる、口にした発音は合っていたようだと彼の微笑みが消えない事で安心を一つ。次いで持ち掛けられた提案に伏せていた瞳を開いて反射的にその視線の先に彼を映し、数秒動きを止めて)
嫌じゃねぇ、です。廉、さん?が、呼びやすいのが良いから
(何よりも先に頭を左右に揺らし意思表示を、必死に脳内を働かせれば職員同士の会話で使われていた名前の後の単語を添えて。再び瞳は伏せられるものの、今度は遠慮がちに腕を伸ばして先程背を撫ぜてくれたその手のスーツの裾へ軽く触れ)
良かった。それなら……そうだなぁ……。
(言葉の使い方も教わって来なかったのだろう、その様子さえ微笑ましく思えるが言葉遣いは矯正しなくては相手も今後苦労するのだろうとぼんやり考えて。そんな最中相手の手が自分の手の近くに触れた事に気付くと、目元を緩めてその手を弱い力で握り。この程度のスキンシップもまだ怖がるかもしれないが、その後は何も言わずに相手の名前の方へ心を傾け)
――真清。……どうだ、良い名前だろう。
___まきよ。
(手の平を握られると反応する様に両目を強く瞑り、身構えを見せる物の与えられた名前に気を引かれたことで身構えは本の数秒程。優しい声と優しい表情で贈られた初めての贈り物を復唱して。言葉にした事で実感がわくと浮上する嬉しさのままに小さい声で、独り言のようにもう一度だけ呟いて)
廉さん、ありがとう
(視線は地面を捉えたまま、この単語がお礼の意味で良いのかを不安に思いつつ探り探りに言葉を続け。今までお礼なんて言ったことがなければ言葉でそれが伝わるのかが分からずに、ぎゅうと触れ合う手を握り返すことで言葉の後押しをして)
いや、気に入ってくれたみたいで良かった。
(手を握った刹那やはり身を固くする様子が見られたのだが、それは僅かな間でどうやら与えた名前がお気に召したらしく。一層力を込めて握られる手は喜んでいるという解釈で良いのだろうか、素直な礼の言葉に微笑んで相手の目の前に膝を折ってしゃがみ込むと、怖い思いをさせないよう下方からそっと手を伸ばして相手の髪をさらりと撫で)
良い子だね、真清。
(伝えた言葉は場面に沿っていた様だと彼の表情から読み取って胸をなで下ろし。髪を引っ張るのではない痛みの生じない触れ合いは何をされているのか分からずに疑問符を浮かべ、続く言葉に目を見開いて)
サバカは役立たず、マキヨは良い子
(繰り返される初めては既にキャパオーバーで、ぶつぶつと独り言のように呟いては与えられる髪への刺激に身を委ねて)
……役立たずなんかじゃないさ。きっと真清はずっと良い子だったよ。
(小さな声で呟かれた言葉に眉を下げて微笑むと、両手で相手の髪を梳かすように丁寧に撫でながら囁き。そんな考えは相手の中から取り払ってやらねばならず、時間が掛かりそうだと漠として考えていて。しかし秋に吹く風は冷たく、体が冷えて来るのを感じればいつまでも此処で話をしているのは得策でなく。そろそろ使用人達も入浴の準備を終えているだろうと繋いだ手はそのままに歩き出し)
さて、そろそろ冷える。風呂に入りに行こうか。
(触れられる事が痛みを生じない、気持ち悪くも無い、そんな事が有るなんて知りもしなかったとその行為に浸り。撫でる手が離れてしまうと物寂しい、名残惜しいと言う感情が生まれ"あ"と漏らすような小さい音を上げて。もっと撫でて欲しいと生まれた欲を飲み込んで直ぐに聞き分け良く頷いてから隣を歩き)
手も、胸も、あったかい
(歩く中も離される事のない手の平が最初の様な警戒心が薄れている今心地よさしか与えておらず、手を繋ぐことが嫌じゃないと教えたいようで遠回りな言葉ながら頭に残る優しい手付きを思い出して目元を緩ませ)
そうか。それならまたこうやって歩こう。
(伝わって来る温かな相手の意思を感じ取って小さく首肯しては、握った手に控えめに力を込めながら穏やかに告げ。普段客人を通す時とは違い、自分の好むように改造してしまった裏口の扉を開いて簡素な日本家屋風の玄関を抜けると、廊下を歩いて相手の為に用意した部屋の襖を開き。中は広々とした和室、畳が敷かれ殆ど何もない部屋だが和風の照明器具や襖は上品な装飾を施してあり温かみのある空間となっていて。満足気に室内を見渡すと相手を振り返り)
此処が真清の部屋だ。洋室の方が良いかと思ったんだが、俺の部屋の周辺は粗方和室にしてしまってな。済まないが慣れるまでは此処で生活してほしい。
___ここが、?
(外から見ても広々としていた邸の中に入ると床ばかり見ていては覚えれずに迷惑を掛けてしまうの一心で下げていた顎を少し上げ、みっともなくキョロキョロと顔を動かすことはしない物の視線だけは彼方此方と左右に動き。到着したと教えられる部屋の広さに呆然と立ち尽くしては余りの豪華さに恐縮してしまい眉尻を落とした困惑を表情に見せ)
廉さんは、…どこ
(広い場所を与えられた事など当然と無く、近くに彼の部屋が有ると聞くと先ずはその場所を知りたいと落としっぱなしの顔を上げて、浮かべる面は不安が染まる情けない物だが懸命に問い掛け)
……おや、気に入らなかったかい?
(知らない場所から一方的に連れてきてしまうのだからとなるべく落ち着いた内装にしたつもりだったのだが、当の本人の様子を横目で窺ってみれば顔色に表れているのは困惑と不安ばかりで。困り顔で眉を下げながら尚も笑みを浮かべて問い掛けるが、自分の部屋の場所を問われると奥に続く廊下の方へ目を遣り。直ぐ近くの突き当りの方を指さしては簡潔に答え)
ああ、そこの突き当りを曲がって直ぐの所だ。何かあったら来ると良い。
ちが、くて。__廉さんの傍が…
(穏やかな表情に陰りが見えればその原因とは想像に容易く、気に入らない訳じゃないのに素直に喜べないのが自分でもわからずにマゴマゴと言葉に詰まりながらも己の我儘と彼の困惑した表情を天秤にかけては言いかけた言葉を飲み込んで振り切る様に頭を左右に揺らすと)
俺には勿体ないって、思った
(勿論天秤の先が下りたのは彼を困らせたくないと言う事、浮かぶ我儘の代わりに口元に不器用な弧を描けば嘘じゃない誤魔化しを言葉にし。繋ぐ手を少しばかりクイと引いてから”お風呂、”と当初の目的を促すように単語を告げて)
……そうだな。風呂に入るか。
(相手の様子を注意深く見ていれば何か言葉を飲み込んだことは明らかであるのに、それを察するにはまだ共に過ごした時間が足らず。眉を下げて相手の様子を見詰め“どうしたものか”と考えていたのだが、ふと手を引かれ短い単語を告げられると思い出したように歩き出し。しかしやはり先程の表情が胸元に支え、ゆったりと歩みながら声を掛け)
何かあったら遠慮無く言いなさい。真清が安心して過ごせるように出来るだけの事はさせてくれ。
(再び歩き始めれば強要する訳じゃなく意志を尊重するように告げられた言葉が優しすぎて、眉は八の字を綺麗に模り唇は両方の口角に力が籠り一の字を真似た表情で、頭だけは確りと縦に揺らし。それでも今以上の幸せなんて願う事は強欲であると自覚を持っていれば)
風呂に入って綺麗になったら、もう一回さっきの奴__やって欲しい
(時折通り過ぎる使用人の気配に応じて顔を背けながら、遠慮しなくていいと言うその言葉に図々しいだろうかと恐れを持ちながら、それでいて期待を含ませた伏目がちの瞳をジと真直ぐに向けて。補足するように言葉足らずを付け加え)
頭、触るやつ
……ああ、分かった。
(相手の表情の意味は喜んでいると取って良いのか微妙な物で、恐らく本人も胸中複雑であるのだろう事が窺え。ただ首肯された事だけで今は満足出来、それからは黙って浴室に向かい。その最中擦れ違う使用人達は一様に頭を下げながらもちらりと相手の様子を窺っているのが分かり、その度に一歩前に出て歩き。そんな事をしていればふと隣を歩く相手から小さな願望を伝えられ、触れる事を許可するようなその内容に心なしか嬉しそうにしながら頷いて)
気に入ってくれたようで何よりだ。
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