風人 2016-11-02 05:15:58 |
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一同の視線が、翔太に集まった。太助が身を乗り出す。
「じいちゃんに向かってバカとはなんだ!」
「うるせぇ!てめぇは黙ってろ!」
「親に向かって、てめぇだと!」
「俺はなあ、夏希がこーんなちっちゃい頃から知ってんだ!」
声を荒らげ、人差し指と親指で何かをつまむような仕草をする翔太。夏希はかつて3ミリほどの大きさだったことがあるらしい。
サマーウォーズ/陣内翔太・陣内太助・他/岩井恭平 より
気がつくと千春は車両に足を踏み入れていた。背後でプシューッと音がし、ドアが閉まった。
「JR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は東海道線普通電車、熱海行きです」
……やってしまった。もう逃げられはしまい。
こうなったら、本当にお遍路に出て生まれ変わろう。人生をリセットしよう。そうしていつかお婆ちゃんになった頃、「昔々お婆ちゃんは会社をバックレてお遍路に行きました」と孫達に語ってやるのだ。
流れ行く景色を見ながら、千春は遠い未来に馳(は)せた。
お遍路ガールズ/高松琴美/又井健太
店を出ると、すぐに全長六三八メートルのトンネルが始まった。
これを抜ければ高知県に突入だ。高知は寺と寺の間が離れ、四県の中で一番総距離が長いらしい。日差しもきつく、年間降水量も日本トップクラスなのだとか。そのため「修行の道場」と重々しい呼び名がついている。
さようなら徳島、こんにちは高知……。
トンネルを抜けると、「高知県東洋町」の看板が目に入った。ガソリンスタンドが一軒あるだけで他になんにもない。
昨日の夜の宴で、県境を越える時にはその県出身の芸能人の名前を呼ぶことに決めていた。特に意味があるわけではなく、ただの思い出作りだった。
「せーのっ!島崎和歌子の高知県!」
思い切りジャンプ。青春ぽい。
二人は和歌子と龍馬の故郷に足を踏み入れた。
お遍路ガールズ/柿下千春・高松琴美/又井健太
白鳥はため息をつく。
「失ってみて初めて、巌雄先生の言葉の真の意味がわかったよ。桜宮病院という闇が無くなって、これからの僕の仕事はずいぶんとやりやすくなった。そして……」
白鳥は言葉を切り、モニタ画面をぼんやり見つめた。僕は辛抱強く次の言葉を待つ。あまりに長い沈黙に我慢しきれなくなり、とうとう、そっと促してしまった。
「……そして?」
ぼんやりと宙を見つめていた白鳥は、僕の催促に、夢から覚めたようにはっと我に返る。
「そして同時に、とても難しくなった。なるほどね。光も闇も一ヶ所に集めようとすると気が狂う、か」
螺鈿迷宮/天馬大吉、白鳥圭輔/海堂尊
「家族へ」
蝉の鳴き声とパソコンの駆動音が響く大広間に、万理子の朗読が重なった。
「まあ、まずは落ち着きなさい。人間、落ち着きが肝心だよ」
栄の遺言はまさしく彼女らしい言葉で始まった。
昨日、OZが混乱した時も、彼女の落ち着けという言葉が日本を救ったのだ。栄がそう諭してくれるならば、今のような状況でも落ち着ける気がした。
「葬式は身内だけでさっさと終わらせて、あとはいつも通り過ごすこと。財産は何も残ってやしないけど、古くから知り合いの皆さんがきっと力になってくれるだろうから、心配はいらない。これからもみんな、しっかりと働いてください」
3枚の便箋が、万理子の声を借りて遺族に伝わっていく。広間に立つ面々が鼻をすすり、嗚咽を漏らした。
「それともし侘助が帰ってきたら。10年前に出て行ったきり、いつ帰ってくるか知れないけれど、もしお腹を空かせていることだろう。うちの畑の野菜やぶどうや、梨を、思いっきり食べさせてあげて下さい」
夏希は目元を拭いながら、庭を振り返った。先ほど連絡した時は、一方的に通話を切られてしまった。彼は結局、戻ってきてくれないのだろうか。
「はじめてあの子に逢った日のこと、よおく憶えてる。耳の形があの人そっくりで、驚いたもんだ。朝顔畑で今日からうちの子になるんだよと言ったら、あの子はなにも言わなかったけれど、手だけは離さなかった」
サマーウォーズ/陣内夏希、陣内万理子、他/岩井恭平(原作:細田守) より
僕は冷泉の目を覚ますために尋ねた。
「構成員が自分の利益しか考えない組織なら、百八十度違う結果になりませんか」
彦根先生はいたずらっ子のみたいな表情を浮かべる。
「もちろんその通りだし、世界は概ねそんな風になっているらしい。僕にとってはサイアクの事態が今の、真実がふたつあるという状況だ。まあサイアクといってもその程度なんだけどね」
こともなげに言う彦根先生の顔を、僕たちは黙って見つめるしかなかった。
やがて冷泉は、思い切った口調で尋ねる。
「どうして彦根先生は、そんな風に達観していられるんですか?」
すると彦根先生は、眼を細めて笑う。
「それが現実だからさ。現実に歯向かって物事を変えようとするよりも、現実に即して動いた方が効率がいい。これは学生時代に会得した、合気道の極意なんだけどね」
すると、冷泉は目を見開いて尋ね返す。
「え?彦根先生も合気道部だったんですか?」
次の瞬間、怒濤のような冷泉深雪の言葉が飛び出してくるぞ、と僕は身構えした。ところが意外にも、冷泉は無言だった。ただ、彦根先生を凝視し続けていた。その時、僕は初めて、無言というのは最高の賛辞なのだ、ということを思い知らされたのだった。
輝天炎上/天馬大吉、冷泉深雪、彦根新吾/海堂尊
翌日の打ち合わせでまたしても僕は、冷泉深雪の優等生っぷりを思い知らされた。同じ話を聞いたメモなのに、九十パーセント以上は冷泉メモを採用することになった。発表内容の素案構成も、ほとんど冷泉がやってくれた、なのに素案がまとまると、冷泉は僕に向かって頭を下げた。
「今回は勉強になりました。私の世界は小さくて綺麗、だけど脆い。そのことを教えてもらえただけでもよかったです。それは天馬先輩と一緒でなければ、わからなかったことだと思います」
ぺこりと頭を下げ、ツイン・シニョンの髪飾りを揺らして、僕の前から姿を消した。
ニ〇〇八年が暮れようとしていた。
輝天炎上/天馬大吉、冷泉深雪/海堂尊敬
鎌形は、黒いサングラスで目元を隠していた。そのいでたちが無機質な表情に凄みを加えていた。ソファに寝ころんでいた比嘉は、エロ雑誌から目をそらさず尋ねる。
「儀式は済んだんでっか?」
「ああ、済んだよ」
「おめでとはん。これで冬の人事でいよいよ副部長でんな」
鎌形は口角をかすかに上げる。これが鎌形の最上級の笑顔であることを、千代田は理解していた。
「比嘉、お前には祝ってもらえるとは思っていたよ。お前の故郷へ異動だから嬉しいだろう。来週から浪速地検特捜部だ。一緒に比嘉の故郷に凱旋しよう」
鎌形の声に、雑誌をめくっていた比嘉の手が止まる。身体を跳ね起こした。
「ワテの故郷に凱旋して、どないするっちゅうんです。鎌形さんの故郷はみちのくやないですか」
「それは違う。私の故郷は日本だよ」
千代田はかつて故郷談義に花を咲かせた時に、鎌形が言った言葉を思い出す。
----我々検事の仕事は、日本に正義の花を咲かせることだ。だから故郷は日本だ。そう思えば日本で起こる犯罪はすべて、故郷を破壊する憎むべき意思に思える。
ナニワ・モンスター/鎌形雅史、比嘉徹之、千代田悠也/海堂尊
「ひとつ目の心残りは単なる説明不足のようですから、何でしたら不定愁訴外来で対応させていただきます」
高階病院長は、ふ、と笑顔になる。
「今のひと言で少し肩の荷が軽くなりました。それでもあの時、本当なら真正面から打ち倒すべきだった偉大な敵を、戦わずに葬り去ったという悔恨は消えません」
「その偉大な敵って、一体誰のことですか?」
「渡海征司郎という外科医です」
俺の中で、学生時代の外科学習の一場面が鮮やかに蘇った。医学生相手に容赦ない言葉を浴びせかけてきた、常識外れの外科医。その暗い瞳を思い出す。
----医者はボランティアではない。慰めの飴玉がほしいのなら、カウンセラーにでもなればいい。
そして、俺が懸命に言い返した時に返ってきた言葉。
----好きにしろ。世の中、そういう物好きな医者だって必要かもしれないからな。
俺が今、この立ち位置で残れているのも、あの言葉が原点だった気がする。
あの渡海先生と、高階病院長との確執はかくも深かったのか。
ケルベロスの肖像(ブラックペアン1998・回想)/田口公平、高階権太、渡海征司郎/海堂尊
高階病院長は窓から遠く、海原を見た。
「昔、あの岬に桜の樹を植えようとした人がいた。私はそれを引っこ抜いた。それが正義だと信じていました。でも、長い時を経て今、自分の間違いに気づいたのです」
その話は以前も桜宮岬で耳にしたことがある。あの時は詳しく聞けなかったが、今なら聞ける気がした。
「桜の樹とは何のことですか」
「スリジエ・ハートセンターという大輪の花です。私はあの時、夜空に燦然(さんぜん)と輝くモンテカルロのエトワールを、地に叩き落としてしまったのです」
天才心臓外科医、モンテカルロのエトワール、天城雪彦。
天城先生が創設しようとした心臓疾患センターが頓挫したことを、速水はとても残念がっていた。時を経て救命救急センターのセンター長に就任した時、スリジエではなくオレンジになったが、桜宮に一本、大樹を植えることができたと喜んでいた。
「それはたぶん大丈夫です。速水のヤツがオレンジ新棟のトップに就任した時に、オレンジはスリジエの生まれ変わりだ、と言っていましたから」
「そうですか、あの速水君がねえ……」
高階病院長は、深いため息をついた。
ケルベロスの肖像/田口公平、高階権太/海堂尊
美智はベッドに横たわっていたが、俺の顔を見るとごそごそ上半身を起こした。
「ああ、そのままで構いませんよ」
「ワシをナメたらあかん」
美智は不敵に笑い、ごほごほと咳き込んだ。
碧翠院桜宮病院では、乳癌な末期癌のホスピス患者だった。癌が全身転移しているにもかかわらず美智は、飄々と生き続けている。治療しなくてもここまで生きられるのだ、という現代治療へのアンチテーゼを、東城医大の医療従事者たちに突きつけているかのように。
美智のケアをしている看護師の顔には時々、やるせない疲労の色が浮かぶ。それは、自分たちの治療が、本当はあまり効果がないものかもしれない、と感じるがゆえの徒労感かもしれない。
ケルベロスの肖像/田口公平、高原美智/海堂尊
「田口先生にウソをつかれるようになったら、いよいよお迎えは近ろうもん」
すべてを悟っている相手に、中途半端な慰めは意味がない。俺は今日の訪問目的を果たすことにした。
「実は今日、美智さんに聞きたいことがあって、ここに来たんだ」
いきなり美智はがばりと、元気よく上半身を起こす。
「田口先生がワシに聞きたいこと?よかろうもん、何でも答えちゃる」
「何で急にそんな元気になるんです?」
「すみれのヤツが言ったことだで。人は病人でも、誰かの役に立てるなら、死ぬ間際まで働かなくちゃダメなんだろうもん」
その言葉に胸が熱くなる。
すみれの言葉が、いのちの火が消えかけている患者の口から蘇り、俺に手渡される。
すみれが生きている可能性は低い。
だが、すみれは美智の中で、今も生きている。
碧翠院桜宮病院。死を司る病院だと言われていたその病院で、すみれは末期患者を集めて企業を作り、自立させようという独自の試みをしていた。俺は、そのトライアルを遠くから興味深く眺めていた。
ケルベロスの肖像/田口公平、高原美智/海堂尊
「お恥ずかしい話、ここんところろくに盗みもしていなくて、だから、それこそ一攫千金を狙って別荘なんかに入ってみたんですが、金目のものはないし、おまけにドジ踏んで捕まっちゃうし。そのとき、ふっと思ったんです。別荘で捕まったんなら、そのまま刑務所(ベッソウ)入っちゃおうかなぁって。そりゃあ冬は寒いけど、とりあえず三食は食わせてもらえるし、ホームレスになるよりはマシかなって。だから今度に限っては嘘つくのはやめて、全部素直に吐いてみようかなって思いました。ほんと、申し訳ありませんでした」
右京の同情でも引こうと思ったのか、槙原はどこかしんみりした口調で頭を下げた。
「またもや説得力のあるお答えですねえ」
そんな戦術は当然ながら右京には通用しない。
「だって本当のことですから」
槙原は思惑が外れたことに戸惑った。
「ですが、いまのはちょっと無理が感じられますね」
「え?」
「仮にこのままあなたが起訴すれば、窃盗未遂とはいえ常習犯でもあり、懲役三年から五年の実刑判決が出る可能性が高いと思いますよ。ひと冬では 済みませんねえ」
「あ、そうだったんですか?」
まるで他人事のようである。
「『そうだったんですか?』。ご存じなんでしょ。なぜならば、あなたはプロなんですから」
「プロ」という部分に独特のニュアンスをこめた。
相棒シーズン5(上)/杉下右京、槙原/戸山田雅司
「男なら、危険をかえりみず、死ぬとわかって行動しなければならない時がある……負けるとわかっていとも戦わなければならない時が……鉄郎はそれを知っていた。いいか、鉄郎にはカスリ傷ひとつつけるな!無事に地球へ帰すのだ!」
キャプテンハーロック/小説銀河鉄道999/若桜木虔
テレサからのテレパシー通信で記憶にある、彗星帝国大帝の顔だ。
「どうだ、わかっただろう?……宇宙の絶対者はただ一人、この俺なのだ。生命あるものは、その血の一滴まで、この俺の者なのだ。宇宙はすべて我が意志のままにある。俺が宇宙の法だ!宇宙の秩序なのだ!よって、当然地球もこの俺の者だ」
大帝は高々と哄笑した。
進は憤怒に燃えて叫んだ。
「違う!断じて違う!宇宙は命なのだ!万物はその恵みを受けて、すべて平等に、共に在り、共に栄えなければならない。それが宇宙の法であり、宇宙の愛なのだ。貴様の邪悪な意志は、宇宙の自由と平和を根底から抹殺しようとするものだ……俺たちは戦う、断固として戦う」
小説 さらば宇宙戦艦ヤマト/古代進 ズォーダー大帝/若桜木虔
「古代の恋人か……許してくれ、古代」
デスラーの瞳から涙が流れ、頬に伝うのをユキは見た。
(この人も、元からの悪人じゃないんだわ……)
ヨロヨロと歩いてゆくデスラーを、背後から射つようなことをしなくてよかった、とユキは思った。
「ヤマトの諸君に伝えてくれ。彗星帝国に身を寄せていたとはいえ、私の心ははるかに君たちに近い……古代、戦え!」
小説 さらば宇宙戦艦ヤマト/森雪、デスラー総統/若桜木虔
第七章 未来
地球連邦は、大きな期待と希望を込めて、人類の未来のため、以下の項目を準備することとする。
第十五条
一、地球圏外の生物学的な緊急事態に備え、地球連邦は研究と準備を拡充するものである。
ニ、将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者たちを優先的に政府運営に参画させることとする。
「将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者たちを優先的に政府運営に参画させる……」
棒読みしたオードリーの声音が、頭の中で爆発し、心臓をひと跳ねさせた。碑文に吸い寄せられ離れられなくなったオードリーを背に、バナージは瞬きを忘れてサイアムを凝視した。これが、こんなものが、こんなことで。定まらない思考が頭の中を跳ね回る間に、混乱を引き受けたサイアムの瞳が静かに揺れ、枕に埋まって動かない顔が遠い星々を見上げた。
「これが『ラプラスの箱』……。我々を百年ものあいだ縛ってきた呪いの正体だ」
長い時に蓄積された吐息が、氷室の空気を震わせて心身に突き刺さった。時間そのものが喋っていると思える声ん耳に、バナージは虚空に忽然と浮かぶ石碑に視線を戻した。
「……そして祈りでもある」
バナージ・リンクス、オードリー・バーン(ミネバ)、サイアム・ビスト/機動戦士ガンダムUC/福井晴敏
「青島、お前は、なんで最初に逃げなかった?」
「え?」
「どうしてだ」
「悪党の思うままになるのはいやです」
「怖くはないのか」
「怖いです。でも、正義を盾にしてますから」
「正義なんて言葉、死ぬまで口に出すな。心に秘めておけ。いいか、刑事は犯人に恨まれるんだ」
「……ぼくも今朝恨まれました」
「だからって、犯人を恨むなよ。恨んではいけない。この仕事は憎しみ合いじゃない。助け合いだ」
この土壇場で、手前の口からそんな言葉が出てこようとは、自分でも不思議だった。
青島俊作 和久平八郎/小説 踊る大捜査線/脚本 君塚良一 ノベライズ 丹後達臣
祐馬君は、素直にグラスを返して。
そして言った。
「よくこんなまずい酒が飲めるよな。いつか俺が、もっとおいしい主馬祐をつくってやるよ!」
おお!と、店中が喝采に包まれた。
小説仮面ライダー電王 より
「言うまいと思ってたが、やはり寂しいよな」
杉田の言葉に一条はハッとした。悟られないようにしていたはずなの思いを見透かされているのかと思った。だが杉田の視線は一条を通り過ぎて、その隣の席に向けられていた。
そこには料理が運ばれていたが、ずっと空席だった。そして披露宴が終わるまで、だれも座ることはない。
座席に書かれた名は----『五代雄介』。
(略)
「五代雄介……」
新郎新婦への祝辞がはじまる中、一条は胸の内でつぶやいた。席札のその四文字を視界の端で捉えると、あの笑顔がはっきりとよみがえる。
小説仮面ライダークウガ より
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