月の書室

月の書室

月  2016-09-03 18:33:52 
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元ネタ・オリのblが基本の小説集です。
著者は私、月のみですのでよろしく
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では、始めます

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  • No.81 by 雪月桜  2017-05-21 02:56:56 

銀色の問いに数秒の間を置き、それに見合う答えを発したのは、使用済みの食器を片づけていた糸の方だった。
「代償は俺達自身だ」
糸の言葉に耳を傾げる銀色に、織が続けざまに説明を足す。
「この屋敷はね、妖人の力を何百倍にも増幅させる力があるんだ。でも、屋敷は少し寂しがり屋で、力を貸す代わりに契約者を此処に時間ごと閉じこめてしまうんだ。で、俺達はこの屋敷に力を借りる代わりに、この屋敷から出る事をしない。そういう約束なんだよ」
縁側に続く襖を指先で撫で、愛しそうに、でもどこか寂しそうな織を見つめ、銀色の心が揺れる。
彼らに願いを叶えてもらえば、銀色は屋敷を出られるだろう。
でも銀色がいなくなった後、織と糸はまた二人だけになる。
見た目が若く見える彼らの時が、本当に止まっているのなら、彼らはどれほどの時を止められてきたのだろうか。
どれほど外の世界に触れていないのだろうか。

  • No.82 by 雪月桜  2017-05-28 01:05:44 

「それでも、前の主よりはマシだけどな。前の主は俺達と違ってずっと一人だったらしいけど、俺達は二人で過ごせてる。だから、屋敷の外には出れなくても、寂しい思いをしないでいるからな」
銀色の寒空のような意識を暖めたのは、糸の日溜まりのような言葉だった。
糸自身は食器を片づけ、卓袱台を布巾で拭くついでに口走っただけなのだろう。
それでも、糸の言葉に救われた銀色は、内心で糸に感謝していた。
そんな会話を交わし終え、糸が台所に食器を片づけようと部屋を出ようとした時、銀色の視線は織を捉えた。
その時一瞬、織の瞳が冷たく感じた。
僅か数秒の事。
きっと気のせいだろう。

  • No.83 by 雪月桜  2017-06-11 01:34:42 

その証拠に銀色の視線に気づいた織は、昨晩と変わらない笑みを浮かべ、優しく見つめ返している。
縁側にかかる木漏れ日の笑みを持つ織が、氷の刃のような視線を浮かべる事などあるわけがない。

  • No.84 by 雪月桜  2017-06-17 01:53:58 

頭を振り銀色が精神を落ち着かせると、織と視線が交わる。
「どうかした?」
銀色の仕草に疑問を浮かべ、織が柔らかな声をかけた。
しかし銀色はその言葉に苦笑を浮かべ、織と自身へ言葉を発する。
「いや、何でもないんだ。気にしないでくれ」
「そう?なら良いんだけど」
銀色の言葉に追求をせず、それとなく心配してくれる織に、銀色は安堵と僅かな違和感を覚えた。

  • No.85 by 雪月桜  2017-06-18 00:58:19 

その様子を眺めていた織は、静かに立ち上がり、縁側に続く襖に触れた。
「そういえば、まだ庭を案内していなかったな」
織の落ち着いた声は、銀色の違和感をかき消す。
穏やかな視線を銀色に注ぎ、僅かな間を置いた後に織の指先が襖を開けはなつ。
結界の向こうから流れる風が、室内に注がれていく。
その風に首輪を引かれるよう、銀色は織の隣に立ち止まった。
「客間とは違う作りなんだな」
ようやく発した銀色の言葉に、織は微笑し説明を始める。

  • No.86 by 雪月桜  2017-06-18 09:13:16 

「客間の方は庭が狭いから、竹垣や菖蒲で纏めるくらいしか出来ないけど、ここはもう少し楽しめるよ」
織は庭先用の草履を二足靴棚から取り出し、言葉を紡ぎながら石畳にそっと乗せる。
「案内、と言うほどでもないかな。それでも、軽い説明で良ければするよ」
「そうだな、よろしく頼む」
先に草履に足を通した織が、ふわりと風を纏うよう銀色に微笑む。
そんな織に重なるよう、銀色もまた笑みを浮かべた。

  • No.87 by 雪月桜  2017-06-18 09:37:21 

初めて履いた草履の感触に、銀色が抵抗を覚えたのは数分だった。
馴染んでしまえば何て事はなく、むしろこちらの方が過ごしやすさすらも覚える。
「この小さな池には鯉もいるんだよ。あ、でも、食用じゃないから食べちゃ駄目だよ?」
「いや、いくら俺でもそのくらいの分別はあるから」
織のからかうような言葉に苦笑を浮かべ、銀色は池の内側に視線を向けた。
織が小さいという池のサイズは襖半分程で、その中には錦鯉が二匹悠然と泳いでいる。
鮮やかな鯉達はどこか屋敷の主達を思わせ、銀色の心に切なく響く。

  • No.88 by 雪月桜  2017-06-24 21:23:11 

一陣の風が織と銀色の間を緩やかに抜けた時、不意に銀色の袖が僅かに揺れた。
腕に触れたその感覚が、銀色の思考を引き戻す。
「確かに綺麗だけど、見とれすぎだよ」

  • No.89 by 雪月桜  2017-06-25 11:41:26 

銀色の袖に触れていた織が苦笑を浮かべていた。
振り向いた銀色の視線は織の表情から、彼の右手握られていた【良く食べる鯉の餌】の箱へと流れていく。
「今日はまだ餌をあげていないんだ。良かったら銀色君もどう?」
「やったことはないが、楽しそうだな」
鯉の餌の箱を揺らし、餌やりの誘いを受けた銀色は小さく頷いた。
銀色の言葉に嬉しそうな笑みを浮かべた織は、箱の中から一日分の餌を取り出し、その半分を銀色の手のひらに乗せる。
薄茶色い餌は小粒で、手のひらに包み込めそうな量だ。
先に一歩前に出た織に習い、銀色も池により近づく。
織の愛しげな視線は、落とされた餌を食べる二匹の鯉に向けられている。

  • No.90 by 雪月桜  2017-07-08 01:00:56 

言葉を発さない二人の間に響くのは、水面に散る餌と、それを求める鯉が発した水音だけだった。
「…辛そうだよね、この子達」
柔らかに吹き抜ける風にかき消されそうな織の声は、銀色の耳に静かに響く。
「そうか?俺には、よくわからないな」
銀色に返せる言葉は、他に思いつかない。
餌をすべて与え終えた織は、同じく餌やりを終えた銀色を見つめ微笑む。
その笑みには微かな哀愁が滲んで見える。
「そっか。でも、僕には辛そうに見えるんだよ。限られた場所に閉じこめられて、たった二匹で生きるのって、少し辛そうだ」

  • No.91 by 雪月桜  2017-07-08 13:57:22 

織の言葉は鯉か織と糸、どちらに向けたものなのだろう。
風が肌寒くなり、織と銀色が各々自室に戻ったのは、そのすぐ後の事だった。
『少し疲れたから休んでくるよ』と言って立ち去った織を思い、銀色は客室の庭を見つめる。
やはり、織は寂しいのだろうか。
もしかしたら糸も、そう思っているのかもしれない。
もし銀色が此処に残れば、その寂しさは僅かでも埋まるのだろうか。
屋敷の中から出ることが叶わなくても、少しでも彼らの心が満たされるならそれでも良いかもしれない。
ぼんやりと考えていた銀色に、睡魔が訪れていく。
瞼が重くなり、静かな眠りが銀色の思考を隠すのにさほど時間はかからなかった。

  • No.92 by 雪月桜  2017-07-15 00:48:29 

「……っ…ぃ」
遠くに声が聞こえた気がする。
ぼんやりとした思考の中で、銀色は薄瞼を開けた。
肩に何か触れたような気もするが、未だ意識が朧気の銀色は指先を動かすしか出来そうもない。
「…ん、何だ…」
少しずつ覚醒する意識とともに、銀色の瞼が開いていく。
それと同時に肩に触れているものが、銀色の左手が重なる。

  • No.93 by 雪月桜  2017-07-15 02:59:56 

触れたものが誰かの手である事は、その手が銀色の左手から早急に逃れた時に気づいた。
そしてその手が誰の手かは、次の瞬間すぐ判明する。
「おい、寝ぼけてないでいい加減起きろ。夕飯の時間だぞ」
この声と言葉遣い、そして銀色の瞳が捉えた姿。
銀色の隣に座り声をかけていたのは、不機嫌そうな糸だった。
というか、今の時刻が夕飯時とはどういう事だろう。
銀色が眠りについたのは、おそらくお昼少し前。
銀色が寝ぼけながら腰を起こすと、自身に毛布がかけられていた事に今更ながら気づく。
「この毛布…」
「何も羽織らないで寝てたからな。俺がかけておいた」
毛布の裾を掴む銀色に、糸は呆れた顔を見せ答える。

  • No.94 by 雪月桜  2017-07-16 00:41:27 

「昼飯の時間に声かけにきたら、お前寝てたから…。さすがに昼飯食わなかったから腹減ってるだろ」
視線を逸らす糸の頬は少し赤い。
照れているのだろうか。
そんな事を考える余裕が出てくると、身体の動きも軽くなり、自身が空腹な事にも気づいてくる。
「そうか、ありがとう。それじゃ、冷めないうちに行くか」

  • No.95 by 雪月桜  2017-07-16 02:19:39 

立ち上がり銀色が毛布を畳むと、糸はそれを受け取り部屋の角に置く。
どうせ今晩使うのだろうから、そのままにしておけとの事だろう。
「いくぞ、飯が冷める」
糸の言葉に頷き、どちらともなく部屋を後にする。
ふと、曲がり角の前、銀色の部屋と反対の廊下の奥の部屋から明かりが漏れていた。
「あの部屋、明かりがついてる」
銀色の指摘に、廊下を曲がった糸が数歩後ろに歩く。
「あぁ、良いんだよ。あの部屋は織の部屋だから。さっき夕飯は部屋で食うっつうから、膳も置いてきたしな」
糸の言葉を聞きあの部屋が織りの部屋で、糸と織は別の部屋で過ごしており、今夜の夕飯の席に織はいないという事を、銀色はゆっくりと理解していった。

  • No.96 by 雪月桜  2017-07-16 20:03:22 

十数歩進むと、目的の部屋に着いた。
室内には二人分の食事が用意されており、銀色は手前に、糸は奥の席に腰をおろす。
「いただきます」
銀色の言葉に頷き、糸も箸をあわせる。
数分間の無言の時に銀色は耐えきれず、いくつかの話を振ってみた。

  • No.97 by 雪月桜  2017-07-29 03:10:34 

「あのさ、お前達の前に、この屋敷の主をしていた人はどんな人だったんだ?」
銀色の言葉に糸は少し驚きを見せたような気がしたが、すぐにその気配は消え、糸が言葉を綴る。
「そうだな…先代の主は、優しくて孤独な人だったらしい」
糸の言葉はどこか遠く聞こえた。
冷たくもなく暖かくもない、透明な声。
そんな糸にかける言葉が見つからず、銀色は別の質問をする。
「そっか。ところでさ、朝も思ったんだけど、この食事は糸が作ってるのか?」
「そうだけど、何か不満でもあったか?」
糸の言葉には僅かな疑問が滲む。
「いや、美味しい食事だと思う。ただ、一人で食事の支度をするのは大変じゃないか?」

  • No.98 by 雪月桜  2017-07-29 03:24:01 

「料理は好きだから苦にならねぇよ。それに織は家事関係の作業が苦手だからな。俺が作るのは自然だろう」
銀色の言葉に苦笑し、糸は綺麗な所作で料理を口に運ぶ。
その後も雑談を交え食事を終え、食後のお茶を飲み終えたあとに『俺は片づけてから部屋に下がる』という糸の言葉を聞き銀色も自室に戻ることにした。

  • No.99 by 雪月桜  2017-08-13 03:25:11 

(この屋敷に来てから、なんか違和感があるんだよな…)
なぜ銀色のような平凡な青年が気に入られたのか。
なぜ織と糸の関係に違和感を覚えてしまうのか。
そしてなぜか最近銀色は、自身の『願い』に固執しなくなってきている。
あんなに取り戻したかったはずなのに、なぜ今はその思いに霞がかかるのだろう。
そんな事を考えていると、すっかり眠気は消えてしまった。
「お茶でも飲みに行くか」
確か、普段食事をする部屋にポットも茶場もあったはずだ。
お茶の道具の扱いぐらいは銀色にも出来るし、台所の位置も把握済みである。
朝にでもお茶を飲んだ事を告げれば、彼らも怒りはしないだろう。
「よし、行くかな」
寝間着の上に羽織をかけ、銀色は部屋を後にした。

  • No.100 by 雪月桜  2017-08-14 02:53:24 

静まり返った薄暗い廊下は、銀色の歩く気配しかない。
家鳴りもしない廊下は、足音をさせないし、頼りになるのは月明かりだけだった。
いや、廊下の奥の方、夕飯時に聞いた織の部屋から、僅かに明かりが漏れている。
織がまだ起きているのだろうか。
もし起きているならお茶に誘ってみようと、銀色は廊下を曲がらず、織の部屋へと歩みを進める。
「…っ…で…糸は…ゃないのかよ!」
争いのような声は織のものだろうか。
糸の名が出たなら、二人はともに部屋にいるのかもしれない。
部屋の前に立つとより明確に二人の声が聞こえた。
「やっと、主様が見つかったんだぞ!?それなのに、糸は帰ってきてほしくないのかよ!」
障子の向こうで、織は糸に掴みかかっていた。
「俺は、主様がこの屋敷に戻ってくれることより、主様の幸せを優先してほしい」
糸の声は、悲痛に響く。

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