カイヌシ 2015-12-26 22:41:32 |
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──こら、動くなって言っただろ。
(相手の仕草にはやはり目が見えていないのだろうと確信せざるを得ず、暫しその様子を無言で見詰めていたがふ、と破顔するなり嗜める言葉を掛けながら相手を抱き上げマンションの中へ足を踏み入れ。滞りなく滑らかに上昇したエレベーターを降りると角部屋の鍵を解錠し、独り身にしては無駄の多い広々としたリビングへ真っ直ぐに足を運び。起毛の柔らかなカーペットの上に相手を下ろしてやると、コートと鞄をソファの隅に押しやりつつ様子を眺め)
っ…!?
(感情が高ぶっているところをまた急に抱き上げられ咄嗟に相手の大きな手に噛み付いてしまい慌てて顔を離し驚きを隠せないと言ったようにじたばたしていれば鍵の開く音を聞いて一旦落ち着きを取り戻し。どうやら目的地についたらしいとあたりの匂いを嗅いではまた新しい環境に戸惑いながらも下ろされた絨毯の踏み心地が気に入ったのか早速座り込み)
(どうやら中々の高級素材にご満悦なようで、微笑ましくその様子を一瞥しては一度キッチンへ向かい。急に抱き上げた所為だろう、先程噛まれた場所を念のため水で軽く洗い流すが、然程痛みは無く顎の力も大分衰えてしまっているらしいと一人思案して。程無くして水を止めて冷蔵庫から牛乳を取り出すと、浅い皿に少量注ぎ電子レンジで温め始め。これを与える事が正しいのかはよく分からないが、猫の餌などを揃えるのをすっかり失念してしまっておりやむを得ず。猫舌という物を考慮して仄かに温度を持った程度で皿を取り出すと、相手の傍にしゃがんで皿を置いてやり存在を知らせるように牛乳へ指先を付け僅かに波立たせ)
…ほら、飲めるか?明日はちゃんとしたもんやるから今日はこれで勘弁してくれ。
(おそらく相手は水道をひねったのだろう、水の流れる音がして水分をくれるのかとさほど気にもとめずに待っていれば傍に懐かしい匂いのするものが置かれ。そちらへ顔を向け匂いをかぐもののやはり慣れない環境や相手をよく知らないこともありどうしようか戸惑っていて。お腹は空いているし喉も乾いているがもしかしたらまたあの時のように食べてはいけないものを与えられているのかもしれないと考えを巡らせ。尻尾をびたびたと揺らして要らないと意思表示をするも空腹には勝てず恐る恐る一口だけ舐め)
(生き物を飼うのは初めてで、動物の意思表示の手段など全く心得ていない身でも相手が拒絶を示しているのは曖昧ながら汲み取る事ができ。何故それを口にしたがらないのか、様々な意味合いで思い当たる節が多すぎる相手の心中までもを察する事は不可能で、考え込むように眉を寄せながらその様子を暫し見守って。その時ふと相手の瞳に鈍い緑色の色彩を見出だしよく見ようと絨毯の上に体を伏せた刹那、怖々と舌先で牛乳を掬うのを見れば軽く目を見開き。思わず漏れそうになる驚きと喜びが入り雑じった声を確と口を噤む事で押し殺し、尚も観察を続けながら同時に相手の瞳の色を確認し)
(久しく飲み食いしなかった「暖かい」食事に嬉しさと不安と、色々なものが混じった感情を抑えることが出来ずについには片方の前足まで皿に浸けて牛乳を飲み。ふと相手の目が近くにある気配を感じ皿から顔を上げてみるも何も音がしないのでまた気にせず再開し。最後の一滴まで綺麗に飲み干してはは満足げに皿に浸けていた足も綺麗に舐め。これからどうしようかと考えながら少し緊張もほぐれたのかくるっと丸まる所謂箱座りをして相手に敵意がないことを示し)
ッは、可愛いなお前。
(最初の一口目こそ恐怖心を滲ませた物であったが気付けば夢中になってしまっているらしく、早くも皿の中は空になっていて。前足を舐める仕草は如何にも猫らしく、頬が緩んでしまうのを抑えられずに目を奪われており。気が済んだのか今度はその場に丸まって腰を落ち着ける様を見るも、やはりそれの意図する事は分からないなりに何処か先程よりはリラックスしているように見え。自然と溢れた笑みに続けて静寂の中に呟きを落とすと、刺激してしまわないよう細心の注意を払いながら頭を撫でて)
(ふわりと頭に載せられた手に注意を向け目を瞑って気持ちよさそうに喉を鳴らし。満腹になったことや緊張が溶けてきたことからか先程よりも高い声で小さく鳴いて相手の顔があるのであろう方を見上げては未だ優しく規則的なテンポで撫でてくれている手に額を押し付け好意を示してみて。先程から自分の意思はどうやら伝わっているようだと踏みそれならばと相手の指先をぺろ、と一舐めしてついさっき噛み付いたことを反省し)
…なんだ、悪かったってか?
(大分心を許してくれたらしい相手の行動に堪らなく癒され、だらしなく緩んでしまいそうな頬を辛うじて引き締めており。その時先程噛まれた場所の辺りに相手の舌先が触れると、偶然であったとしてもまるでそれは反省の意を示しているようで。目を細めて問い掛けながらも顎の下を撫でてやり)
──…碧。お前さんの名前だ。洒落てるだろ。
(そうしてやりながら惹き付けられるように相手の瞳を見詰めており、不意に小さく呟けばそれを相手の新たな名前とする事にし。機嫌良く口端を上げて自慢げに問い掛け)
(顎の下を擽られる感覚に一瞬顔を引くも相手の手だとわかればそこへ再び顎を載せもっと撫でろと言わんばかりに目をきゅっと瞑り。何か言っているのであろう相手だが自分にはよくわからず尻尾を揺らす他なく。相手の声色から怒ったり悲しんだりはしていないだろうと汲み取り自分も上機嫌に鼻歌のつもりでより一層大きく喉を鳴らしここに来て初めてきちんと触れ合う相手に少し甘えすぎたと居住まいを正して手から顎を外し)
…堪んねぇな小動物…。
(何かと軽い気持ちで引き取りはしたものの予想以上の愛らしさに充てられ悩ましげに額に手を当てると、俯いて低い声で一人呟き。だが気が済んだようで、不意に相手の温もりが離れて行くと強いて追うこともせず無抵抗に見守り。気付けば夜も大分更け、寝かせてしまう前に清潔な状態にしてやらなければと思い付けば「此処で待ってろよ」と一言声を掛けその場を離れ。体に生傷が残るなか湯に付けるのは酷であろうと頭を悩ませた結果、軽く濡らした蒸しタオルを用意し相手の元へ戻り)
猫って水嫌いだったっけな…。少し我慢してくれ、碧。
(待てを下され家中を動き回る相手の気配に集中して何が始まるのかと少しワクワクしながらおとなしく待ち。しばらくして戻ってきた気配を感じればすっと立ち上がり短い尻尾をピンと立てて相手へ近づき。つん、と鼻先になにか触れたかと思えばあまり好きではない湿気を感じてふいっと顔をそらしてふてぶてしくその場にどかっと座り込み。明らかに不機嫌ではあるが保健所でもされていたように体を拭いてもらうのだろうと、ならば好きにしてくれと背中をあずけるように相手に向け)
良い子。
(近づいてきた相手がやはり蒸しタオルにあまり芳しい反応を示さないのを見ると、何処か困ったように眉を下げて苦笑し。だがある程度の聞き分けや諦めがあるのだろうか、唯一予想に反しているのは逃げ出さない事で。猫の表情など分からないが伝わる憮然とした態度に笑みを溢しながらも相手をそっと抱き上げ、柔らかく包み込むように前後の足を拭いてやると傷が痛まないよう気を配りながら体を拭いていき)
(どうやら蔑まれているわけではなさそうな相手の声色で少し安心したのか大人しく足を拭かれ。時々傷の近くにタオルが近づくのがわかるとチラチラとそちらを気にしながらも清潔にしてもらえるのは嫌ではないのでじっとそのまま逃げずに終わるのを待ち。何もかもされるがままというのは少し抵抗があるのか終わったらすぐに離せとの意を込めて相手の手をぺたぺたと尻尾で叩き)
分かった分かった、直ぐ終わらせるから大人しくしてろ。
(決して友好的とは言えない行動に解放してほしいのであろう事をぼんやりと感じ取り、おざなりに頷くと宥めの言葉通りそれから数分と掛からず相手を解放してやり。その細く軽い体を絨毯の上に下ろすと一度腰を上げて使っていたタオルを洗濯機に放り込み、リビングへ戻るなりソファの上に放置されたクッションを数個鷲掴んで寝室へ向かい)
(思ったより早く終わったその行為にきょとんとした顔で床に下ろされもういいのかと言うように相手の方を向くもその気配はもう遠ざかっていて不安げにそれを追おうとするもソファに体をぶつけ。諦めてソファの前へ座り一つ小さい鳴き声を吐き出し相手の帰りをおとなしく待つことにするもののドアの開く音でまた置いていかれるのかとじっと座ったまま様子を伺い)
よし、…そろそろ寝るぞ、碧。
(流石に同じベッドで寝るとなると相手を下敷きにしてしまう危険性が無いとは言い切れず、況してや細身どころか痩せ細っている相手を下敷きにしてしまっては確実に圧死させてしまいそうな恐怖心があり。結果、ベッドの直ぐ傍に来客用の羽毛布団を二つ折りにして敷き、クッションを置いてやるという簡素な即席ベッドを作ると満足げに頷いて一言。リビングに戻ればソファの前に座り込んでいる相手に声を掛けてからそっと抱き上げ)
(真上から声がかかりそちらを向こうとすればふわりと抱き上げられ。戸惑う暇もなく寝室へと連れていかれれば香りが変わったことに気付ききょろきょろと落ち着きのない様子であたりを見回して。相手のことだから自分に害のあることはしないだろうとはわかっていてもやはり心のどこかで不安を感じていて元のリビングに戻りたいと抗議するかのように低めに鳴き声を上げて相手の様子を窺い。)
此処は嫌だってか?
(寝室へ来るなり落ち着かない様子を見せられ、更にはまるで抵抗を示すような鳴き声に足を止めると困ったように眉を寄せ。流石にリビングで一人で寝かせるのはあまりに不安で、どうしたものかと悩ましげに唸るが自分がソファに寝れば良いのだという結論に行き着けば「仕方ねぇな」と一人呟き。相手も絨毯の質感を気に入っているようだったし問題無いだろう。踵を返してリビングに戻ると絨毯の上に相手を下ろし、再度寝室に向かえば相手に出した布団とクッションを抱えベッドを作り直し)
(なにやら頭上で考え込むような声が聞こえたか思えば先程までいたリビングに戻され。香りで気付き満足げに目を細めて感謝の意を示そうと相手の手に額を押し付けては寝室へと戻る相手をおとなしく見送り作り直されたベッドこそ見えないが自分のために何かしてくれたことは分かり嬉しいのかごろごろと喉を鳴らして絨毯に寝転びここが自分の新しい居場所ならば自分の匂いをつけようところんころんと寝返りを繰り返し)
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