YUKI 2015-09-05 09:08:35 |
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☆ 第一章 出会い ☆
ある暑い夏の日。純愛小説家の水凪水連(ミズナギスイレン)は、この家でもっとも涼しい部屋の縁側で、参考資料とパソコンを広げたまま、気持ち良さそうに昼寝をしていた。
そう、しかも締め切りが迫っている中で。
案の定電話も鳴り響いているのだが、全く起きる気配などはなく、そのまま電話機は、留守電に切り替わった。
『先生。水凪先生。またお昼寝中ですか?まったく、今日はそちらに新しい担当が参りますと伝えてあったでしょう?あと30分程でそちらに着くはずですから、ちゃんと起きてて下さいよ』と担当の声が留守電に吹き込まれた。
しかし、水凪はそれでも起きる様子はなく、そうこうしている間に時間は過ぎ去っていく。
《ピーンーポーンー》と玄関からチャイムの音がした。しかし、やはり水凪は起きない。
少し間を置いて《ピーンーポーンー、ピーンーポーン》と今度はさらに長くチャイムを鳴らした。
それでもやはり水凪は起きず、《ピンポンピンポンピンポーンー》とまるで苛立っているかのようにチャイムが鳴り、ようやく水凪は目を覚ました。
「・・・っんぅ、なんなんでしょう?」寝ぼけ眼で目を擦りながら、縁側から庭に出て玄関の方へ向かって行くと、そこには見慣れない青年が玄関の前に立っていた。
青年はこちらに気づくと軽く会釈をして「水凪水連先生ですよね?ご連絡は入っていると思いますが、自分は月鐘文庫の葉月菖蒲(ハズキアヤメ)と申します」とキリっとした瞳で挨拶をした。
その様子を見た水凪は「あれ?ってことは君が新しい担当さんですか?」とやっと思い出したらしく、葉月という青年を見つめた。
そういえば、担当変わるとか言われていたような気がするなぁと考えながらとりあえず玄関の前でいつまでも立ち話もなんだしと思い「えっと、葉月くんって呼んで良いですか?とりあえず家の中へどうぞ」と家の中へ招き入れた。
「はい、ではお邪魔いたします」と葉月は、水凪に招き入れられ家の中に入ろうとしたが、葉月自身はそこそこ身長がある為玄関の梁にぶつかりそうになってしまう。
そんな葉月を見て、水凪は少し驚いたように「あの、葉月君って身長どれくらいあるんですか?」と聞いてみた。
すると「身長ですか?確かこの間の健康診断では195センチだったと思いましたが、どうかしましたか?」と葉月は少し考えた後、さらりと答えた。
それを聞いた水凪は自分もそれなりに身長がある方だが、そんな自分よりも15センチもあると聞いて驚きを隠せないでいた。
その様子を見ていた葉月は首を傾げながらも「ところで、肝心の原稿の進み具合はいかがでしょうか?」と本題の話を始めた。
それに対して客間に向かって歩いていた水凪は、「うーん、ボチボチといったところですねぇ」と自分の人差し指を顎に添えながら、大丈夫だろうと言った様子で答えた。
「まったく、水凪先生のお噂は編集部でも有名なんですよ。」と葉月は言いながら客間に入り、額に手を当ててため息を吐いた。
その様子を見て水凪は「僕の、噂ですか?どんな噂でしょうか?」と興味心身にお茶を入れながら聞いてみる。
「水凪先生は、お昼寝大好きな、締め切り破りの常連だととても有名ですよ」と葉月は呆れたように答えた。
「酷いなぁー、それじゃあまるで僕がしょっちゅう締め切り破っているみたいじゃないですか」と楽しそうに笑いながら、一杯のお茶を葉月の前に差し出した。
「みたいではなく、本当にしょっちゅう締め切り破ってるんですよ」と差し出されたお茶を飲みながら、葉月はため息混じりで念を押してきた。
「大変なんですねぇ、編集さんって」とまるで人事のように言う水凪に「ちゃんと締め切りを守って下さったら忙しさも軽減されるんです。大変だと思うなら少しは締め切りに間に合わせる努力をして下さい」と訴えるように葉月は懇願した。
しかし水凪は全く気にしていないような顔をしながら「そうはいいますけど、どうにも筆が乗らないと」とわざとらしくため息を吐いて、僕だって大変なんですよとアピールをした。
その様子を見て苛立った葉月は「ならば、出来る限り協力するのでどうか原稿を進めて下さい」と座布団から立ち上がり、水凪の横に座り懇願する。
その様子を見た水凪は「本当ですか?いやぁー、よかった。葉月君が協力してくれたら、締め切りもきっと守れますよ」と嬉しそうに葉月を見つめ言った。
そんな水凪の様子を見て葉月は「本当ですか?よかった。ところで俺は何をしたらいいのでしょうか?」と喜びながら、水凪に笑顔で聞いた。
「たいしたことではないんですよ。葉月君の時間のある時に家に来て、小説のアイデアを出す協力をしていただければいいだけです」と、ニコリと笑顔で水凪は言い、残りのお茶を飲み干した。
その話を聞いた葉月は、一瞬嫌な予感がしたが、まぁそれで水凪先生の原稿が早く上がるならと「わかりました。では今日はとりあえずこれで失礼いたします」と言い、会釈した。
「うん、それじゃあ明日からよろしくお願いしますね」と言いながら水凪は葉月を玄関まで見送った。
思ったよりも気難しくなさそうな水凪を見て、葉月は内心安心していた。
これから起きる、悲惨な日々など予想もしないまま。
☆ 第二章 恋人ごっこ ☆
翌日の午後、編集部の仕事を一通り終えた葉月は、水凪家へ向かっていた。
編集部の先輩に聞いた話だと、水凪家には先生一人で住んでいるらしい。
あの広い日本家屋のような家に一人だなんて、寂しく感じることはないのだろうか?
そんなことを考えながら差し入れに買った老舗の和菓子屋の水羊羹の入った紙袋を手に、水凪家の玄関の前に着いた。
玄関のチャイムを鳴らそうとしたその時、庭の方から声が聞こえた。
「いらっしゃい葉月君。庭の方からどうぞ」と水凪の声が聞こえる。
その声に導かれ、葉月が庭の方へ歩いていくと、涼しげな縁側に声の主は団扇を仰ぎながら涼んでいた。
「水凪先生、原稿の進み具合はいかがですか?」あまりにも暢気な水凪を見つめ葉月は呆れ顔で聞いた。
それに対して涼しげに笑いながら「まぁ、ボチボチですよ」とあっけらかんとした態度で水凪は言う。
「その言葉は聞き飽きました」と葉月はため息混じりで水凪の隣の縁側に座り、差し入れの水羊羹を水凪に渡す。
もらった水羊羹を見た水凪は「わぁぁ、ここの水羊羹、僕大好きなんですよ」と嬉しそうに笑う。
「編集部の先輩に聞いたんですよ。水凪先生はここの水羊羹が好物だって」と喜ぶ水凪を横目で見つめ、クスっと笑いながら言った。
縁側には仕事をしていたらしく、パソコンと参考資料が広がっていた。
「お仕事中でしたか」と葉月が訪ねると、「いや、なかなか進まなくて困っていたんですよ。早速協力してくれませんか?」と困ったように笑いながら水凪は、葉月に協力を頼んだ。
「もちろんですよ。ところで、俺は何をしたらいいんでしょうか?」と葉月は水凪に聞いてみた。
「僕と付き合ってくれませんか?恋愛的な意味で」と、さらりと水凪は唐突なことを言い出した。
あまりの出来事に葉月は呆然としてしまう。彼は、水凪先生は今何と言った?
付き合う?恋愛的な意味で?しかし俺達は男だし、知り合ったのも昨日のことだ。
それなのにと、混乱している葉月の前で水凪は「付き合うと言っても、疑似恋愛ですよ。実は今小説のネタがなくて、スランプなんですよ。それで何かネタが見つかるんじゃないかと思いまして」と葉月の様子を見て笑いながら言った。
「疑似恋愛ですか。だとしても、俺みたいな男じゃなくて、誰か女性に頼んだらいいじゃないですか」と、理由はともかく、男に頼むようなことではないだろうと呆れながら葉月は言った。
しかし水凪はそれに対して「だって前の担当さんにその事を話したら『先生のイメージが下がるから、簡単にそんな理由で女の人を連れ込まないで下さい』って、念を押されちゃいまして」とため息を吐きながら本当に困ってるんですよと言わんばかりに答えた。
確かに水凪先生は今や有名な純愛小説家で、女性ファンも多い。
そんな中、そんな小説家先生の家に、恋人でもない女性が頻繁に出入りしていたとなると、格好のマスコミの餌食になるだろう。
それだけで済めばいいが、純愛小説家が実は女性扱いが軽いなんて噂が立てば、小説の売れ行きに響きかねない。
葉月自身男性に興味はないが、この事に協力することで締め切りにまにあい、良い作品が出来るならと「わかりました。協力いたします。問題を起こされるよりはましですから」と、諦めるように葉月は答えた。
まったく、嫌な予感はしていたんだと、沈んだ顔をしている葉月を見ながら「いやぁー、助かります。それでは宜しくお願いしますね、菖蒲君」と嬉しそうに葉月の名前を唐突に呼び始めた。
「何で名前呼びなんですか?」と、少し怒ったように葉月が言うと「だって疑似とはいえ恋人同士なんだから、名前で呼んだ方が自然でしょう?」と葉月の顔に近づいてイタズラが成功した子供のように楽しそうに笑った。
まったく、この先生は何を考えているんだか、と呆れながら「わかりましたよ。もう、名前でもなんでも好きに呼んで下さい。俺も水連先生とお呼びいたしますから」と葉月は言った。
その様子を見た水凪は「はい。今日から楽しみですねぇ」と嬉しそうに笑いながら、台所から二人分の麦茶をグラスに入れ、持ってきた。
縁側で水凪と葉月は冷えた麦茶を飲みながら、風鈴の音色に癒され、その後たわいのない話をしてその日を終えていった。
☆ 第三章 締め切りのご褒美 ☆
翌日の正午前、葉月はまたもや水凪家に向かっていた。なぜなら、今日が水凪先生の締め切り前日だからだ。
おそらく今回も締め切りに間に合わないのだろうと、頭では分かっていても一応編集担当たるもの進み具合を確認しないわけにはいかない。
足取りを重くしながら、水凪家の玄関の前に到着し、ため息を一つ吐くと、玄関のチャイムに指をかける。
《ピーンーポーンー》玄関のチャイムが鳴った。しばらく待つが反応がない。
しかたなく《ピーンーポーンーピーンーポーンー》ともう一度チャイムを鳴らしてみるが、やはり反応はない。
玄関の引き戸を引いてみると鍵は掛かっていないようだし、おそらくまた昼寝でもしているのだろう。
しかたがないと、葉月は庭の方へ向かい昨日の縁側を見た。
縁側にはパソコンと、参考資料の山の中に、スヤスヤと気持ち良さそうに横になって眠る水凪の姿があった。
しかも、ご丁寧にタオルケットにくるまって眠っているのだから呆れてものも、言えやしない。
「起きてください、先生。水連先生」と言って葉月は、軽く水凪の肩を揺すり起こそうとする。
するとようやく「・・・っ・っうぅん・・なんですかぁ?・・」と言いながら眠い目を擦りながら、水凪は自分の肩に触れる手の持ち主に目をやってみる。
その目に移ったのが葉月だと気づくと、水凪は嬉しそうに「おや、おはようございます、菖蒲君」と暢気な顔しながら挨拶をした。
そんな水凪を見た葉月は「はいはい、おはようございます。水連先生」と呆れたようにタオルケットを水凪から剥ぎ取り、「原稿は進んでいますか?締め切りは明日なんですよ?」と、少し怒ったかのような顔して問いつめた。
その言葉を聞いて水凪は「うーん、まぁ、多分大丈夫でしょう」と暢気な声を出しながら、笑顔で言いながらタオルケットを畳んだ。
葉月は「いい加減にして下さい。俺が協力したら、締め切りを守る努力をしてくれると言ったでしょう?ちゃんと真面目に仕事して下さい」とつい、強い口調で言った。
その言葉に少しへこんでいる水凪を見て、葉月はしまったと思い、「えと、あのぅ、そこまで落ち込まなくても」と水凪の髪を優しく撫でてみた。
すると水凪は俯いた顔を上げ、悲しそうな顔をしていた。さすがに罪悪感を抱いた葉月は「そうだ、もし締め切りに間に合うように頑張って原稿を仕上げたら、ご褒美になんでもお願いを聞いてあげますよ」と水凪の顔を見つめ、優しく笑いながら言った。
その言葉を聞いた水凪は「本当ですか?約束ですよ。僕、頑張りますね」と言いながら嬉しそうに目を細め笑った。
少しはやまっただろうかと思ったが、水凪先生が元気を取り戻し、やる気を出してくれたのだからまぁいいかと思い、「それじゃあ、原稿の続き、頑張って下さいね」と言って、邪魔にならないよう葉月が帰ろうとしたその時、不意に腕を掴まれた。
そのことに気づき、振り向くとそこにはパソコンの中の原稿が入ったメモリーを持った、水凪が笑顔で立っていた。
「はい、お望みの原稿ですよ。約束、守って下さいね?」と言って、微笑んでいる水凪を見た葉月は、やられたと思いながらガックリと肩を落とした。
原稿は始めから出来ていたのに、水凪先生はわざと終わっていない不利をして葉月を騙していたのだろう。
そしてその事に気づかなかった自分は、呆れ、怒り、慰めていたと言うわけだ。
ため息を吐きながら「わかりました。お疲れさまでした、水連先生。では、原稿は編集部で確認いたしますので、お願い事決め手おいて下さいね」と、今度こそ庭を出て、嬉しそうに手を振る水凪に一度だけ会釈をし、水凪家を後にした。
あんな約束するんじゃなかったなと、考えながら会社に戻った葉月は先ほど受け取った原稿をチェックしため息をついた。
原稿の不備がないことを確認し、水凪のパソコンにその事を報告するメールを送った。
『お疲れさまです。葉月です。原稿のほう確認させていただきました。特に問題もないので、このまま印刷の方に回させていただきます』と手際よく送信すると、数分で返信メールが届いた。
『ご苦労様です。メール見ました。先ほどのお話した件ですが、明日一日私に付き合っていただくという事でいかがでしょうか?もしよろしければ返信のほうお願いします』という水凪からのメールだった。
以外と対したことのない内容を見て、安心しきった葉月は『メール、確認いたしました。明日は正午前から時間が取れそうなので、昼にはそちらに行けると思います』と、メールを送り終えると葉月はパソコンをしまい、先輩がたに挨拶をし、会社から帰路についた。
☆ 第四章 雨と子猫と恋人と ☆
翌日の正午前、葉月は相変わらず水凪家へ向かっていた。
昨日のメールで今日これから水凪に一日付き合わなければいけないのだ。
本音を言えば面倒なのだが、約束してしまったものはしょうがないと思い、水凪家の玄関の前に到着した。
玄関のチャイムを鳴らすと、珍しく水凪がすぐに出てきて、「いらっしゃい、菖蒲君。では、出かけましょうか」といつもとは少し違う和服姿のまま微笑んだ。
水凪は基本的にいつも和服姿だが、普段は深緑や、黒色の布地に花やら月やらの柄の着物を着ていることが多い。
しかし、今着ているのは淡い水色の布地に、菖蒲の花の柄が入った着物だ。
帯には睡蓮の花の柄が小さく入っており、とても鮮やかなように見えた。
「出かけるのは結構ですが、どちらまで出かける気ですか?」と葉月は水凪の顔を見て、訪ねた。
すると水凪は「とりあえず、お昼ご飯でも食べに行きましょうか。菖蒲君は何か食べたいものありませんか?」と、嬉しそうに葉月を見つめ、いそいそと玄関の鍵を閉めた。
その言葉に葉月は「お昼ご飯ですか?特に好き嫌いはありませんよ」とさらりと答える。
「そうですか。でも、菖蒲君は若いから、和食より洋食の方が良いですよね」と水凪は少し考えたように自分の顎に人差し指を添えて、しかしすぐに答えがまとまったらしく嬉しそうに笑いながら言った。
そして「とりあえず、僕の行き付けの喫茶店でも行きましょうか?あそこは食事も、コーヒーも美味しくて、なかなか穴場なんですよ」と嬉しそうに葉月の前を歩きながら、笑いながら話した。
こんなことで喜んでくれるなら、少しぐらいのお願いなら締め切りを守ってくれるなら聞いてあげても良いかもしれない、なんて事を思いながら葉月は水凪の後をついて歩いた。
水凪の行き付けの喫茶店は、水凪家から徒歩10分程のところにあった。
お昼時で少し客が多く混んではいるが、店内は静かなものでなかなか良い店だった。
店員さんがお冷やを二つ、運んできて「いらっしゃいませ。珍しいですね、水凪さんが人を連れてくるなんて」と楽しそうに水凪に話しかける。
「僕の小説の新しい担当さんなんですよ。これからもちょくちょく連れてくると思うので、サービスしてあげてくださいね」と店員さんに葉月を紹介し、よろしくと笑いながら水凪は話した。
葉月も店員さんに軽く会釈し、愛想よく笑顔を浮かべた。
水凪は喫茶店としては珍しい、《和食セット》なるものを注文し、葉月はメニュー表にオススメと書いてあった《ハンバーグセット》を注文した。
しばらくすると、二人の目の前に注文した品物が運ばれてきた。
水凪の《和食セット》は焼き魚の切り身と、小鉢が二つ、お漬け物にお味噌汁、それにご飯と、なかなかな品数だった。
そして葉月の《ハンバーグセット》は、サラダに大きめなハンバーグ、果物が少しとスープ、それにご飯といった感じだった。
ハンバーグは手作りらしく、しっかりとしていてなかなか美味しく感じた。
葉月と水凪は食事を終え、コーヒーを飲み終えると喫茶店を出て、近所の少し大きな公園に向かってみた。
平日の昼過ぎのため人は少なく、突然雲行きも怪しくなってきた。
これは雨が降るかもしれないと思い、葉月が水凪に家に帰ろうと言いかけたその時、小さな空き段ボールらしき中に小さな子猫が震えて鳴いていることに気づいた。
その鳴き声は弱々しく、今にも死んでしまうのではないだろうかと思えるほどだった。
水凪はその小さな子猫を優しく抱きしめ、「君のお母さんや兄弟は何処に言ってしまったんですかねぇ」と少し困ったように、しかし優しく子猫に囁いた。
おそらく、この子猫は捨てられてしまったのだろう。段ボールには滲んだ文字で《この子猫は兄弟が皆死んでしまい、一匹だけ残った子です。誰か親切な人に拾われることを祈っています》と書かれていた。
子猫は水凪の腕の中で甘えるように《ゴロゴロ》と喉を鳴らした。
その様子を見た水凪は「君、家の子になりますか?」と子猫をいとおしそうに見つめ呟いた。
確かにこのまま、この場に置いていったらこの子猫は空腹と、寒さで、死んでしまうかもしれない。
しかし、小説家という忙しい仕事をしている水凪先生に子猫の世話を出来るかは不安と言えば不安だ。
そうこう考えている中に、《ポツリ、ポツリ》と雨が降り始めた。
仕方がないのでとりあえず、葉月と水凪と子猫はここから歩いて5分程の水凪家へ走って帰ることにした。
水凪家に着いた頃には雨も小降りになり落ち着いてきたが、いかんせん水凪も葉月も子猫など飼ったことがなかったため、どうしたものかと困ってしまった。
とりあえず、編集部で猫を飼っている同僚に連絡をとると、まずは動物病院に連れていって、健康診断とワクチン接種、あとは色々聞けば分かると言われ、水凪と子猫を連れ、タクシーで近所の動物病院へ向かった。
運の良いことに待合室は空いていて、すぐに子猫を見てもらえて、葉月と水凪は安心した顔をした。
「あの、どうでしょうか?子猫病気とかで弱っているんでしょうか?」と不安がる水凪の横で、葉月が代わりに質問する。
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